序章-前編- 追われし者
地球からは見る事さえ適わない遠き、遠き大宇宙の果ての星。
地球の言葉に訳すれば『
惑星セクターα』と呼ばれる星がある。
地球の暦にして、それはB・C2000年頃の事だった……
惑星セクターαに一人の男がいた。
名前を……いや、コードナンバーを地球語訳すれば
『
α-0057』と呼ばれた男。
全銀河レベル最強規模の戦闘民族の、
その最精鋭の一員でありながら、
その支配階級による政策の一環から名前さえ与えられずに、
ただ命令された地点で戦闘行為のみを行う
戦闘用の生命体であった。
α-0057はその日の戦闘行動を終えたばかりだった。
目標としていた敵勢力はほぼ壊滅。相当の大規模戦闘だったが、
未だ彼等のサイドには一人の軽傷者さえ出ていない。
それがセクターα戦闘用バトルノイドたる彼等の実力である。
だからと言って彼等は決して機械などの類というわけでもない。
純然たる生命体なのだ。それは過酷にすぎる環境がもたらした、
ある意味当然の進化の帰結であったのかもしれない。
「ふう……」
自らの居住区へと帰還したα-0057は、自らの武器を放り投げ、
一人、ただ嘆息する。あまりにも
変貌の無い日々に飽き飽きしていたのか。
「どうした、α-0057。体調に不良でもあるか?」
話しかけてきたのは『
β-0162』。
彼の同僚で本作戦にも参加していた。
隣星『
惑星セクターβ』出身である。
その外見は大きくα-0057とは異なり、
人型と呼べるα-0057に対し、相当の巨体である。
「いや、敵が弱すぎて退屈なだけだ。この変わり映えせん毎日にもな」
α-0057は空いている席へと勝手に座る。
「はは、頼もしい事だ。流石は我が軍のエース殿だよ」
軽く笑うβ-0162。
「俺達はこれでいいんだろうか?」
「α-0057。俺達は戦いを生業とする生き物に過ぎん。
上の意志に従い、戦っていればいい。
それ以外に生きる道は無い。考えるな。
それがお前さんのためだぞ?」
「β-0162。俺はこのままでいいだなどとは思えない……
俺は知りたい。この世界の外に何があるのかを。
そして俺達はどこへ行き、どう歩むべきなのかを。
この世界は停滞し過ぎた。淀んでいると言ってもいい。
そんな所に縛り付けられるのは……もううんざりなんだ」
「……α-0057。お前さんは疲れている。少し休む事だな」
β-0162は振り向く事をせず、報告のために立ち去った。
しかし異変はその日の夜のうちに早速起こった。
「α-0057、起きろ!」
その呼び声に起こされたα-0057は、驚愕した。
β-162が大勢の兵士を引き連れて、
α-0057を拘束しているのだ。
巨大なカプセルのような電磁式の
拘束装置に縛られていたのである。
「……β-0162、何のつもりだ?」
「α-0057。セクターα査問会からの命令だ。
お前さんの考えは我々の文明にとって危険なようだ。
自らを『
ギルティ』と称し、
いつぞや追放された
β-0178のようにな。
我々は名前を持ってはならぬ。外に興味を抱いてはならぬ。
自らの境遇に疑問を持ってはならぬ。それが我々のためなのだ。
α-0057。お前さんにも分かってはもらえなかったか」
嘆くようにβ-0162が嘆息する。
「β-0162! β-0178が抱いた知識欲求は
生命体ならば当然の事ではないか! それを束縛してまで、
何の理想と言うか! 俺を拘束してどうするつもりだ!」
「α-0057。お前さんには二つの選択肢が今突きつけられた」
「何!?」
「追放処分を受け、この星から消え失せるか、
あるいは処刑を受け、文字通り生命ごと消え失せるかだ」
ぎりっ、と歯軋りが聞こえる、α-0057のものだ。
生まれて初めて抱いた怒りによるものである。
「なめるなッ! β-0162!!」
バキンッ!
気迫を軽く込めてやるだけで
特注の拘束カプセルは木っ端微塵に砕けた。
「ひいいッ!?」
逃げ惑う兵士達。彼等も相当の手練れであるが、
セクターα最強の兵士であるα-0057の相手にはならない。
「俺にこの程度の拘束が通用するなどと
本気で思ってはいないだろう!
ならば、俺がこの後どうするかはお前には分かるはずだ!
長年俺と作戦行動を共にしてきたお前にならな!!」
β-0162は兵士を退避させてから応じてきた。
「勿論だ、来るがいい」
β-0162が誘い、α-0057はその後ろをついて行く。
「これは……!」
α-0057は進んだ先にあった
超巨大な建造物を目の当たりにする。
それは星系間航行用の宇宙船であった。
勿論これほどの高度なメカニズムを個人的に所有することなど、
セクターαではれっきとした背信行為に他ならない。
「お前さんが追放処分される時に使う予定だった宇宙船だ。
これに乗って、お前さんの好きな場所に行くといい。
お前さんは少なくとも、それを望んでいるのだろう?」
笑った――ように見えた。少なくともα-0057には。
感情を見せることなどなかった
β-0162にしては珍しい事である。
もっとも人型ではないので、
笑ったとしても気付きにくくはあったが。
「だが、β-0162! お前はそれでいいのか!?
追放処分にすればお前の功績に出来たはずだ!
俺が自らの意志で出奔するのとはわけが違うんだぞ!?」
「私はお前さんの事が割と気に入っていてね。
それに疑問自体は感じなくもなかった。だがそれを考えるたび、
背信行為で処分される事を私は恐れていたのだろう」
「ならばβ-0162! 俺と一緒に来るんだ!」
α-0057が手を差し伸べる。
「ありがとうよ。本当ならそうしてみたいところだが、
残念ながらこの宇宙船は一人乗りの空間しか用意されていないし、
私の巨体ではそもそも乗り込むことさえ出来ん。
それに私の抱いた疑問の答えを、お前さんなら
遠いどこかで導き出してくれるかもしれんと信じておる。
さあ、行け。上層部の手が伸びんうちにな」
β-0162はα-0057の背中を掴み、宇宙船へ放り込む。
そして勝手にハッチを閉めてしまった。
「β-0162ッ……!」
涙が勝手に溢れてくる……初めて知った悲しみの感情だ。
別れの時になり初めて知った。友情というものの意味を。
「ハッチ、オープン。オートジャイロ作動、
射出準備完了! 射出!!」
β-0162が発射スイッチを押した。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
「忘れんぞ、β-0162、β-0178……
お前達の想いと希望を。ならば俺は
何としてでも生き延び、この疑問の答えを導き出す。
他ならない俺自身の手によってだ! 後は任せろ!!」
亜光速飛行に当たり、時間の流れは緩やかになってくる。
α-0057はコールドスリープカプセルを開き、
その中で眠りにつく。いつか、未知の惑星へ
到着する夢をほんのわずか、見ながら。
そして、時は進む、4500年もの間、
地球の暦にして、時はA・D2500前後に――
最終更新:2010年02月24日 00:13