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序章-後編- 見守りし者





神界、そして魔界と呼ばれる領域がある。
人類よりも先に精神体生物として地球にその存在を確認されていた、
後に『神族』『魔族』と呼ばれる者達の住処である。
そして間たる『領域』には『冥界』なる存在がある。
死した生物が最終的に行き着く場所でもあった。

そこには神王、魔王と呼ばれる神族、魔族それぞれの筆頭が
わずかな随行者を連れ立って、相見えていた。

神族と魔族はこの当時、戦争状態にあった。
しかし神界では神族の能力が増し、魔界では魔族の能力が増す。
どちらが優勢に立ったとしても、最終的な決め手が無い。
敵地に行けば戦力としての計算が十分の一にまで減衰する彼等には、
敵を攻め潰すだけの要因がそもそも導き出せるわけがないのだ。
この不毛さを看過出来なかった両陣営筆頭の
初代神王ゼウス及び、初代魔王サタンの両名は
和睦会談のために、こうしてテーブルについていたのである。

「では、この条件でよろしいか?」
「結構だ、神王ゼウス。原則として両陣営は不干渉を貫く。確認した」
会議はまとまりつつあった。書類へのサインも済んだところだ。
そして両名は立ち上がった。
「話もまとまったか。では『監視者』を作り上げるとしよう」
「うむ」
随伴していた一人の神族の女性、
そして一人の魔族の男性が前へと出た。
「彼等二人を一つのものとするため、融合の呪術を執り行う」
「その触媒たるは、我等が母なる地球なり」
二人は裏で愛し合う間柄だった、しかしそれは戦争の最中では
ただの裏切り行為と見られてしまう。だが、和睦となればそれは
容易に平和への架け橋となる側面も現実としてあった。
そして『触媒』とはいわゆる保険でもあった。
何らかの事故が起こった場合、
それを破壊する事で暴走を食い止められる。
つまりこの呪術の失敗時にもそれは行われる。
だがそのリスクと引き換えに、
この呪術のキャパシティ自体は大きく、
あまりに強大な力を作り出す事さえ可能だった。
「あなたと融合するのならば、怖くはありません」
「共に行きよう。文字通り一つとなって」
二人が手を取り合い、口付けを交わす。
「はぁぁぁッ!!」
「だぁぁぁぁ!!」
神王、魔王がそれぞれに呪術を組み上げ、それを二人に叩き込む。
使っている呪術が同一の物なので、それは効果を引き上げる。
「あああああああああッ!」
「がぁぁぁぁぁぁああ!!」
二人が苦痛の絶叫をあげる。
そして二人の身体が重なり、一つとなる。
神秘さや醜さという印象は無い。
光だけがその場を包んだからだ。

――そして、その場に一つの生命が生まれた。
凄まじい能力が黙っててもビリビリと伝わる。
当たり前である。神王を上回る最強の神族、
そして魔王を上回る最強の魔族をわざわざ引き会わせ、
全てを包み込む許容量を持つ地球を触媒として
生み出した、まさに文字通り、理論上の最強に近い存在なのだ。
そして、この一人の人間の男性にしか見えない生き物こそが、
神族、魔族、そして地球全体を監視する存在となるのだから。
「我が名は『魔神王』――」
最初からそれが筋書き通りであったかのように、
自称『魔神王』は口を開く。
「我が務めは神界、魔界を含む世界の調律――」
それを聞いた途端に神王、魔王は跪き、そして安堵した。
自らの目的通りに、上位者としての行動を起こしてくれたからだ。
「神王ゼウス。あなたは戦いをやめようと言うのだな?」
「は、神族総意にございます」
神王ゼウスの言葉に、魔神王が頷く。
「魔王サタン。あなたも戦いをやめようと言うのだな?」
「全ての者は戦いに倦み、疲れ、当然にございますれば」
魔王サタンの言葉に、また魔神王は頷く。
「重畳だ。面を上げよ」
その言葉に、ようやく神王、魔王両名は立ち上がる。
「我は、我自身の持ちうる能力を既に全て把握している。
 我は死なぬ、我は滅びぬ。
 我の触媒となった地球が在る限りはな。
 これからは、我、その名も『魔神王』が汝等、
 そして自然の生命の最上位者として全てを司り、
 見守る。それで良しとするか?」
「御意にございます」
「異存ありません」
神王、魔王はそれだけを言うと冥界から立ち去った。

後に世界に君臨する『虚ろい易き神と魔の器』とも呼ばれる
魔神王の誕生――時代にしてA・D2500前後の事であった。

それからしばらくの間、魔神王は神界、魔界を時折監視しては、
もう一つの世界である物質界に関する資料と歴史を読みふけった。
神界と魔界の戦争は終わっていたし、単純な対立構造でもあった。
歴史と呼べるほどの歴史らしいものは、
双方に存在し得なかったと言い切ってしまってもいい。
だが物質界に住まう『人間』という種族は違った。
各々の思惑が複雑に絡み合い、イデオロギーによって対立し、
時には感情論だけでさえ殺し合いが出来てしまう生き物である。
その人間に魔神王は興味を抱き、
その歴史をスポンジのように吸収した。

ペルシア戦争。
ダキア戦争。
赤壁大戦。
ザクセン戦争。
百年戦争。
ブルゴーニュ戦争。
関ヶ原の戦い。
ミュンスターの反乱。
カール・グスタフ戦争。
アメリカ独立戦争。
フランス革命。
太平洋戦争。
冷戦。
ベトナム戦争。

エトセトラ、エトセトラ――
そして魔神王は理解した。人間とは争わねば生きていけない種族。
闘争本能さえ制御できない程度の知的生命体なのだと。
「愚かな……」
相容れない存在であるはずの神族と魔族でさえ和睦したのだ。
人間という生き物の愚かさが魔神王には不可解だった。
そして西暦2000年頃の歴史に差し掛かったところで、
不毛である事に気付いて、魔神王は調べるのをやめてしまった。
時間の浪費であると判断したためであろう。
そして魔神王は視点を地球、物質界に移し、
今度は人間達の観察を開始するのであった。
その類稀なる忍耐力と、慎重さをもって、
人間という生物の本質を見極めようというのである。

魔神王は人間の汚点ばかりを見てきたわけでもない。
人間の美徳は彼の目から見ても明らかだった。
だがその暖かみを持つ人間が地球さえ破壊するのではないか。
その一抹の危惧が、魔神王を警戒させている要因であるなどと、
当の人間達には知る由も無かったし、何よりまだ彼等人間は、
神を崇め、魔を恐れている。神も魔も所詮人間にとっては部外者だ。
一部を除き、その事実に気付いていない事が一番の問題である、と、
ようやく魔神王は事態の本質を掴もうとしているのだった。

だがそんな事に気付かぬまま、
各国の緊張は多少ならずあるものの、
世界はゆっくりと停滞の時期を迎えていた。
世界レベルの戦争が無ければ、魔神王も静観を決め込むつもりで、
神界、魔界、冥界、物質界いずれも穏やかな時間が流れた。

そして、緩やかかつ、比較的静かに時は進む。
ざっと、二千年ほど先へと。
その先に待つ悲劇など誰も知らないままに。
あるいは、魔神王さえも予測出来ないままに。


<第一章 へと続く>
最終更新:2010年02月24日 00:22