頬から滴り落ちる汗で東京の路地を濡らしながら走っている男は、

(どうしてこうなった)

と思った。
自分が狙ったのは、いかにも世俗に疎そうで、そのくせだけはプライドは高そうな箱入り娘といった顔立ちと服装をした女だったはずだ。本来、魔術的な儀式であるはずの聖杯戦争の参加者でありながら、魔力のまの字も感じられない。彼女を発見した当時の男は「これなら楽に一勝をもぎ取れそうだ」とほくそ笑んだものである。
しかし実際、キャスターと共に一部の隙もない奇襲を実行した彼が浴びたのは、哀れな犠牲者の断末魔ではなく、銃声と弾丸の嵐だった。男の目が確かなら、女が握っていたのは二丁の機関銃だ。一丁だけでも手に余りそうな兵器をどこかから取り出した彼女は、それらをまるで自分の肉体の一部であるかのように使い、見事、奇襲を返り討ちにしたのである。その動きは完全に、戦場を常在の住処とする戦士の振る舞いだった。それだけにはとどまらず、彼女の背後から亡霊のように姿を見せた──霊体化を解いたサーヴァントの攻撃により、男とキャスターの距離は強制的に引き離されてしまった。いったいぜんたい、どうやったら、一本の刀を振るだけで大の大人がメートル単位で吹き飛ぶ突風を生み出すことができるのだろうか?
 間近にあった建物の陰に、男は勢いよく飛び込んだ。一瞬後には、彼が先ほどまで存在した空間を弾丸が貫いていた。

(大丈夫だ。想定外の事態になったが、まだ俺たちの負けが決まったわけではない)

そう思うことで、男は自分自身を落ち着かせようとする。しかし実際、男に勝機がないわけではなかった。女が扱う機関銃は、たしかに驚異的な暴力を有しているが、なにも弱点がないわけではない。弾詰まりによる暴発や予期せぬ跳弾など考えられるが、中でも特に、装填にかかる時間ほど、致命的な弱点は無いだろう。
 耳を澄ませば、建物の向こうから発砲音が絶え間なく響いている。あれだけ景気よく弾丸を放てば、近い内に弾切れが起きるのは必至だ。その時、彼女は必ず装填の為に攻撃を中断しなくてはならなくなる。両腕が得物で埋まっている分、機関銃女が装填にかける手間は通常よりも長いはずだ。その時こそ、男にとっての勝機である。
 来るべき時に備えて、いつでも俊敏に動くために、男は膝から下に力を込める。
 一秒、二秒、三秒……。


「……ど」

 どういうことだ?
どれだけ待っても装填の気配がない。
最初は銃声に叩かれ過ぎた鼓膜が、ありもしない銃声を生み出したのかと思った。あるいは機関銃女が、最初は片方の機関銃を撃ち放ち、それが弾切れになったら、装填しつつもう片方の機関銃を撃ち放つという交代制の発砲をおこなっているかとも考えた。だが、どちらも違う。男の耳に届いているのは、幻聴と呼ぶにはあまりにもリアルな、二丁の銃声だった。
壁の向こうから響く不可思議に、顔をこわばらせる男。
いつまで経っても尽きない銃声。
 それではまるで、弾丸が──

「『湯水のごとく(ノンリロード)』」

 女の声が聞こえた。
 銃声が轟く中にあってもよく響く、美しい声だった。

973: 弓は袋に太刀は鞘 ◆As6lpa2ikE :2021/06/26(土) 14:13:24 ID:bt02UZ2c0
「装填無しで弾丸を連射できる能力ですわ。これがある限り、わたくしが弾切れを起こすことは絶対にありえません」

「な……っ⁉」

 その絶望的な能力の開示は、これまで放たれたどんな弾丸よりも正確に、男の心を抉った。
 それと同時に、それまで彼の体を守っていたコンクリートの建物が崩壊した。数多の弾丸を数秒に渡って浴び続けた結果である。
 土埃を上げて崩れ落ちる壁の向こうには、女が先ほどと変わらない佇まいで、両腕に握った機関銃の重みに負けることなく屹立していた。
 大量の弾丸を消費して建物を破壊するくらいなら、素直に男の後を追っていた方が早く済んだかもしれない。しかし、彼女の戦士としての感覚は、数多の世界から参加者を蒐集している聖杯戦争において、敵に不用意に近づくことの危険性を理解していた。そしてそれ以上に彼女の高貴なものとしてのプライドが、「このわたくしが獲物を狩る為にわざわざ足を運ぶなんて、到底許されることではありませんわ」と判断したのだ。故にこそ、この壮絶な光景が生まれたのである。

「今更ですし、十二大戦とは異なるこの戦いではそれも不要なのでしょうけれど、戦士の礼儀として名乗っておきますわ」

 そして女は、

「『亥』の戦士――『豊かに殺す』異能肉」

 と言った。その口元に浮かぶ微笑は、彼女の余裕に満ちた立場を表していた。
 絶体絶命の状況に男は歯ぎしりを鳴らす。
しかし彼はまだ諦めていなかった。
 彼は自身の手の甲に刻まれた『令呪』に意識を向けた。これを使ってキャスターに命じれば、弾丸が届くよりも速く、この場に呼び出すことが可能だ。出来ることなら、聖杯戦争の序盤も序盤な段階で、こんな貴重なカードを切りたくはなかったが──仕方ない。
 男は覚悟を決め、令呪を消費しようとする──だが。
 そこで彼は気付いた。
 気付いてしまった。
 自分とキャスターの間にあったパスが途切れていることに。
 というよりもこれは──

「キャスターが……消滅した……?」

 直後、彼の体を弾丸が貫いた。


時刻は僅かに巻き戻り、場所が移る。
 マスターから強制的に引き剥がされたキャスターは、自分の周囲に無数の使い魔を展開させながら、前方に佇むサーヴァントを睨みつけた。
 格好はいわゆる、日本のサムライか。雪のように白い髪を総髪にしており、女と見紛うその顔は、実に整っていた。この描写から彼の美しさが伝わることだろうが、そんな彼の顔以上に美しいものが、この場にあった。彼が握る日本刀である。
 日本刀と言えば、観賞の用途で所有されることも珍しくないほどに、芸術品としての価値が高い兵器だが、サムライの手にある刀の美しさは群を抜いていた。
 薄く、薄く、薄く、薄い──どれだけ繰り返しても足りぬほどに、その刀は薄かった。刀身越しに向こう側の風景が透けて見えるほどである。その柄を握ればきっと、羽毛のように軽く感じられることだろう。
 武器として振るどころか、観賞用として視線を浴びただけでも砕け散りそうなほどに脆いつくりをしているが、それの所有者であるサムライは、

「『速遅剣』」

 と言って、刀を振った。その風圧だけで刀身が露と消えてもおかしくなかったが、そうはならなかった。
 その代わりのように、キャスターが召喚していた使い魔たちが、一瞬にして細切れになる。それはは、生前、魔術師として数多の不可解な現象を目にしてきたキャスターであっても、息を呑まずにはいられない光景だった。
 あの刀の間合いでは届くはずの無い場所にいた使い魔までもが斬られている。サムライが刀の刃渡の伸縮を自由自在にできる妙技でも持っていない限り、こんな現象を起こすことは不可能だろう。

「くっ……、このオ!」

 キャスターの声に応えるように、使い魔たちの残骸が蠢き、やがて一カ所に集結して、形を成した。それはサムライの身の丈の三倍はあるであろう、巨大な怪物だった。
 怪物は咆哮をあげながら、大きく口を開け、突進する。殺意しか感じられない造形をした牙が、サムライの胸を食い破ろうとした、その瞬間──

「『逆転夢斬』」

 の声が響くと同時に、怪物が真っ二つに裂けた。怪物の巨体に隠れていたため、サムライが何をしたのかを、キャスターは微塵も理解できなかった。いや、仮に彼の両目が一切の障害物を隔てずにサムライの剣術を見ていたところで、その術理を看破できていたか怪しい──それほどまでに圧倒的な剣の実力を、サムライは有していた。

「『爆縮地』」

 鏡の表面のように滑らかな切り口を見せている怪物の死骸。ふたつに分かれたその隙間を貫くようにして、サムライは走った。眼前に突如として現れた彼の白髪が、慣性に従って揺れていなければ、キャスターはサムライが高速移動ではなく空間から空間への瞬間移動をおこなったと勘違いしたことだろう。

「本来なら、こんなところで使うような技ではないのでござるが……サーヴァントになった今、拙者がどれだけ生前と変わらない実力を有しているのか。その試し切りでござるな」

 サムライは──日本最強の剣士(セイバー)・錆白兵は、そう言った。
 その手できらめく刀──『薄刀・針』は、美しく、脆く、弱く──そして強かった。

「拙者にときめいてもらうでござる──『薄刀開眼』」


 キャスター主従との戦闘を終えた後、異能肉は都内タワーマンションの最上階にて、自身の二丁機関銃・『愛終』と『命恋』に、優しい手つきでメンテナンスを施していた。マンションの内装はどれだけ言葉を尽くして賞賛したとしても、その全てが贅言と化すほどに素晴らしかったが、そんな空間も、三百年の歴史を持つ名家の跡取り娘である肉にとっては、戦争中の仮住まいとしてなら及第点を与えられなくもない、質素で見窄らしい陋屋にしか見えなかった。
 肉は本来ならば、十二年に一度開催されるバトルロワイアル・十二大戦に参加していたはずの戦士である。それがどういう因果か、界聖杯なる超常現象に誘われ、異世界の東京へと招かれてしまっていた。だが、戦士として長年活動していれば、予想だにしない戦争に巻き込まれることなど、日常茶飯事だ。雑談のタネに話すハプニングにすらならない。そこに戦争があるのなら、動じることなく淑やかかつ優雅に、そして圧倒的な暴力でもって戦争を勝ち抜くのが、肉の考える戦士像である。

(それに──この戦いは十二大戦とは違って、予めバディがいるんですものね)

『愛終』と『命恋』から目を離す。動いた視線の先には、彼女のサーヴァントであるセイバーの姿があった。その顔は相変わらず美しく、「サーヴァントでなければ、わたくしの十三番目の恋人にしてあげてもよかったのに」と肉は残念に思った。
誰かと協力することなんて、戦場では珍しくもない。肉にだって、何度か経験はある。しかしながら、それが「戦争の最初から最後まで一心同体も同然な同胞」というのは、彼女にとっては初の体験だった。聖杯戦争と同じくらいに、常識が通用しない人外魔境の戦争として知られる十二大戦の長い歴史を紐解いても、参加者同士で協力し合った回なんてなかったはずだ。
 静かに佇んでいるセイバーの姿は返り血に濡れていないどころか、衣服が乱れてすらいない。他のサーヴァントとの戦闘を終えたばかりとは思えない風貌である。
 その姿から、肉はセイバーを召喚した時のことを思い出す。
当時、彼は喜んでいた。それは、肉というマスターの元に呼び出されたことでなければ、聖杯戦争という万能の願望器への獲得権に手を半分掛けられたことでもなく、自分が『薄刀・針』という刀と共に召喚された事実に対する喜びだった。

「この刀が再び拙者の手にあるのは、無上の喜びでござる。これだけでも、サーヴァントとして召喚された甲斐があった」

 その声音から、セイバーが本音でそう語っていることが感じられた。彼のマスターである肉としては、召喚時点で満たされて戦争へのやる気をなくし、万が一サーヴァントとしての職分を放棄されたら困ると思っていたが、彼がそのような中途半端な剣士でないことは、先のキャスター戦で十分に理解できた。
 実力を疑うまでもない自分に、日本最強の剣士。
 このふたりなら、聖杯戦争を勝ち上がることなど、造作もないだろう。なんなら、今のうちから、元の世界に戻った後に参加する十二大戦のプランニングをおこなっておいていいかもしれない。
 そのような余裕ある思考をしながら、肉は口元に薄い微笑を浮かべた。

【クラス】
セイバー

【真名】
錆白兵@刀語

【属性】
混沌・中庸

【ステータス】
筋力D 耐久E 敏捷A 魔力E 幸運C 宝具A+

【クラススキル】
騎乗:C

対魔力:D  

【保有スキル】
全刀流:A
 全刀・錆。
 セイバーに流れる剣術の血刀、もとい血統。このスキルの所有者はあらゆる物を刀として使うことができる。棒切れ一本だけでも、セイバーにとっては十全な装備となる。

爆縮地:A
敵を驚愕させ、翻弄する、この世で最も自由自在な足運び。このスキルの発動時、セイバーの敏捷ステータスはプラス値が3つ振られたものとして扱われる。

無窮の武練:B
 ひとつの時代で無双を誇るまでに到達した武芸の手練。
 心技体の完全に近い合一により、いかなる地形・戦術状況下にあっても十全の戦闘能力を発揮できる。
セイバーは日本最強の剣士である。しかし、彼はとある剣士との決闘の末に敗北し、その称号を受け渡すことになったため、本スキルのランクが最高位ではなくなっている。

【宝具】
『薄刀開眼』
ランク:? 種別:対人~対星宝具 レンジ:? 最大捕捉:?

セイバーが持つ刀『薄刀・針』の限定奥義。
天才刀鍛冶・四季崎記紀が薄さと軽さに重点を置いて作った、この世で最も脆い刀という針の特性と、あらゆる刀を使いこなすセイバーの実力が合わさることで可能となる技。
その威力は凄まじく、彼と対峙した奇策師・とがめに「太陽を切り裂くことさえ不可能では無い」と言わしめた

『美刃薄命』
ランク:? 種別:? レンジ:? 最大捕捉:?

この宝具はセイバーが生前に使っていた刀や技ではなく、彼がサーヴァントとして召喚される際に、彼の美しくも短命に終わった流星のごとき生涯と、美しくも脆い『薄刀・針』の特性が混ざり、昇華されたことで誕生した宝具。
その正体も詳細も不明だが、セイバー曰く「もしもこの宝具を無限定に使うことが出来れば、拙者は瞬く間にこのいくさの勝者となるでござろう」とのこと。

【weapon】
  • 『薄刀・針』
 伝説の刀鍛冶・四季崎記紀が作り、戦国の情勢を左右してきた千本の『変体刀』──その中でも突出した強さを持つ十二本の『完成系変体刀』に名を連ねる一本こそが、『薄刀・針』である。
 薄さと軽さに重点を置いて作られた刀であり、そのため非常に脆く、生半可な剣士が振れば瞬く間に壊れてしまうのだが、それが日本最強の剣士である錆白兵の手に渡れば、世にも恐ろしい名刀と化す。
 四季崎の刀はあまりの強さから、人の心を力に溺れさせる毒を有している。そのため錆白兵もまた、針に尋常ではない執着を抱いている。

【人物背景】
 日本最強の剣士。
 時の幕府のとある奇策師・とがめが計画した四季崎記紀の変体刀の蒐集に協力していたが、『薄刀・針』の毒じみた魅力に当てられて、裏切る。
 四季崎記紀の刀が持つ毒に一度でもやられた人間が、針というたった一本の変体刀で満足できるはずもなく、その後も更なる変体刀を求めて独力で『刀集め』の旅をしていたが、その結果は芳しくなかった。そこにかつて裏切った奇策師が新たな協力者である虚刀流の使い手・鑢七花を連れて刀集めをおこない、既に何本もの完成系変体刀の蒐集に成功したという情報が届き、錆はとがめたちに互いの刀をかけた決闘を申し込む。
 錆たちの決闘は凄まじく、その結果、決闘の舞台となった巌流島の面積が半分になったほどであり、かの有名な宮本武蔵と佐々木小次郎の戦いに続く伝説として、島に刻まれることとなった。決闘の末に錆は敗北し、命を失うことになったが、彼と直に戦い、その強さを思い知らされた鑢七花は、後に「勝った実感が湧かない」と語っている。

【マスター】
異能肉@十二大戦

【weapon】
  • 『愛終』と『命恋』
二丁の機関銃。
彼女は重火器の扱いに精通しており、どんな重厚な兵器でも自在に操るのだが、中でもこの二丁は彼女にとって自分と繋がっている肉体の一部のようなものである。

【能力・技能】
  • 『湯水のごとく(ノンリロード)』
装填無しで弾丸を連射できる能力。
彼女はこの能力により、銃火器を得物とする戦士についてまわるリロードという致命的な隙を克服している。

【人物背景】
本名・伊能淑子。四月四日生まれ。身長176センチ、体重60キロ。三百年以上の歴史を持つ名家の跡取り娘。虐待的なまでに苛烈な教育方針を持つ父親と、溺愛に溺愛を重ねる母親との板挟みになりながら育ち、両者の期待に公平に応えるという離れ業をこなす。大人の顔色を窺いながら育った分、成人して地歩を固めてからは、比較的奔放な性格になった。特に両者から共通して禁じられていた恋愛方面に関しては完全に箍が外れてしまったようである。現在、十二人の男性と健全につきあいつつも、更なる恋人募集中。
本来、優勝者の願いを何でもひとつだけ叶える十二年に一度のバトルロワイアル・十二大戦に参加するはずだったが、その直前で界聖杯から招待されてしまった。

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最終更新:2021年06月26日 15:48