「人気。順調に出てるみたいだね」
「……そう、ですね。元を辿ったら、アサシンさんのおかげだと思います」
「僕は何もしていないさ。『シーズ』が売れたのは君の努力のおかげだよ、にちかちゃん」

 七草にちか、十六歳。高校一年生。
 それでいて――アイドル。

 トップアイドルの登竜門たるWINGを勝ち抜き、合わない足でガラスの靴を履き十二時を超えた平凡な少女。
 この界聖杯内界においても、彼女に与えられた役割(ロール)はそれだった。
 WINGの激戦を勝ち抜き、ベテランの相方と二人で『SHHis(シーズ)』として歩み始めたばかりの新人アイドル。
 合わない土に投げ込まれながらも芽を出したどんぐり、或いはコンクリートを破って発芽したタンポポ。

 そんな彼女は、今。この界聖杯内界で――売れていた。
 その小さな輝きは、綺羅星のひしめく芸能界という星空の中で他に負けじと輝いていた。
 界聖杯内界は模倣の世界だが、しかしてそこにある命も魂も、そして営みも全てが本物だ。
 自分の世界でこそないものの、七草にちかがアイドルの一人として上昇気流に乗れたことは紛うことなき事実なのだ。
 だというのに、にちかの表情は複雑だった。素直に自分の手にした成功を喜べていないのが、傍から見ても判別できるほどに。

「君は、君の力で『院長』の心を掴んだんだ。
 だから君の事務所には巨額の支援金が出て、君の舞台はよりアイドルに相応しい形になった」
「……、」
「その何が不満なのか、率直なところ僕には分からないよ。むしろ、胸を張るべきことだと僕は思う」
「そう……ですよね。私も、そう思いたいんです」

 シーズが化けた発端は、ある病院でチャリティライブを行ったことにあった。
 都内に存在する大病院。常に何百人という人間が入院し、内の何十人かは生きて外に出ること叶わず生涯を終える、ありふれた生と死の集積場。
 そこでのライブの話を受けたにちかは――自分にできる限りのベストを尽くして歌い、踊った。
 結果は想い通じて大成功。患者や見舞い人の拍手を一心に浴びて、達成感のまま相方の顔を見たのをにちかは今でも覚えている。
 その日からだった。七草にちかのサクセスストーリーが、エレベーターか何かに載せられたような急上昇を始めたのは。

 件の病院の『院長』が、にちか達のライブに偉く感銘を受けた。
 その院長が、にちかの所属する283プロダクションに巨額の支援金を出資する意向を示したのだ。
 結果としてにちかは――シーズは、これまでの比ではないほど良好な場所と設備、演出を与えられることになった。

 それから今日の日に至るまで、にちかはずっと成功し続けている。
 客席の空きはいつの間にかなくなり、テレビや雑誌に呼ばれる機会も数倍に増えた。
 チャリティライブの話は美談として語られ、俗に言う好感度稼ぎにも大きく成功。
 特に元々甘え上手で人に好かれやすい質のにちかは、相方の美琴以上に人気が出た。

 だというのに、にちかの心は快晴ではなかった。
 成功の喜びと憧れの世界で輝けている達成感はもちろんある。
 けれど常にそのどこかに、灰色の鉛雲が漂っていた。ズルをしてゲームに勝ったような、そんな後味の悪さが――あった。

「でも、どうしても……これが私の力で掴んだものだって思えないんです。
 憧れた、夢にまで見た毎日なのに――ずっと何かに背中を押されてるみたいで。
 私は何もしてないのに、勝手に足が『成功』の方だけに進んでいくみたいな。そんな感覚なんです……ずっと」
「にちかちゃん。この世の物事には、『流れ』があるんだよ」

 彼女が召喚したサーヴァントはアサシン。
 魔術師ではないにちかだが、それでもステータスを見ればお世辞にも強いサーヴァントではないのだと分かる。
 彼は自分をサーヴァントだと認識させない力を持っていて、それを使って例の病院でアルバイトをしているというロールを手に入れていた。
 事の発端のチャリティライブも、アサシンを迎えに行ったにちかが来院した患者に見つかり、ちょっとした騒ぎになったのがきっかけだった。
 そこからにちかの話、ひいてはシーズの話が広がっていき……院長の耳に届き。チャリティライブをして貰いたいという話が生まれたのだ。

「君は今、成功の……幸運の『流れ』の中に居るんだ。
 『流れ』は誰にも止められない。それに乗っている君自身でさえもね」
「それって、私達じゃなくても良かったってことじゃないですか」

 にちかは、自分の言っていることがとんだ贅沢だと理解している。
 売れ出したことに違和感を感じて、不満を覚える。
 自分の身の丈を考えればこれがどれほど不遜で大それたことなのか分かっているし、禁忌を犯したような気にさえなっている。
 だがそれでも、今の言葉は無視できなかった。
 この成功が幸運の流れなるものによるとしたら、それはつまり、流れに乗れさえすれば誰でもいいということ。

 あの日、あの時、たまたま病院で騒ぎになったから。
 たまたまそれが院長の耳に入ったから。
 だから流れに乗れた。流れに乗って成功し続けて今日の日を迎えている。
 だとすれば、"七草にちか"が、"緋田美琴"が、――"シーズ"であらなければならない必然性はどこにもないということではないのかと。

「そう自分を卑下するものじゃない。
 『流れ』に乗ったのは君自身の行動の結果だよ、にちかちゃん。他の誰でもない君が、幸運の流れを生んだんだ」

 にちかは、このアサシンを信用している。信頼も、たぶんしている。
 いきなり知らない世界に放り込まれ、事実上の殺し合いを求められたにちかにとっての唯一の拠り所。
 不安と恐怖のすべてを吐露できる、世界でたった一人の味方。
 けれど。アサシンはシーズのことについて話す時。
 ただの一度も、"君たち"とは言わない。マスターであるにちかのことだけを、彼は見て、褒めそやすのだ。
 彼の口から美琴の名前が出たことは、にちかの覚えている限りでは一度もない。

「この世界には流れがある。
 流れに逆らうことは誰にもできない。
 けれど流れの発端にはいつも人の『行動』があるんだ。
 誰かに会う、誰かと話す、――誰かを追う。そういう『行動』があって、流れは人を呑み込む」

 呑み込んで、伝播して、拡散して、止まらない。
 アサシンは、そう話す。

「君があの日わざわざ僕を迎えに来てくれたから。
 君が一円の金にもならないチャリティーライブを引き受けてあげたから。
 君がライブをミスなく成功させてみせたから。だから『院長』は君を目に留めた。
 君が起こした行動で、『流れ』は生まれたんだ。
 君は恥じる必要も、怖がる必要もない。ただ流れに身を任せて、夢にまで見た成功をし続ければいいんだよ」

 アサシンの言葉はどこまでも甘くて、耳通りが良かった。
 七草にちか。自他共に認める凡人。どんぐりの中でも、一番普通などんぐり。
 それを肯定し、彼女の抱く疑問を優しく氷解させ、美酒を美酒のまま飲み干せるように語りかけてくれる。
 なのにその言葉に。何か、はりぼてのような。そんな印象を抱いてしまうのは、きっととても失礼なことなのだろう。
 たまたま芽を出せただけのどんぐりが思うには、過ぎた考えなのだろう。にちか自身、そう思う。

「それに、第一だ。この世界は君の人生に残らない……『内界』は君の世界じゃあない」

 そしてこれは、アサシンが度々口にする言葉。
 そして今のにちかにとって、おそらく一番甘い言葉だった。

「にちかちゃんも夢を見ることだってあるだろ?
 夢の中でテーブルいっぱいの美味しいもの……ケーキとかアイスとか。
 そんなものが目の前にあったら、君はどうする? 太るから控えておこうとか、そんな殊勝な考えをするかい?」
「……しないです。そんな夢を見たら、きっとお腹いっぱいになるまで食べちゃう」
「"そういうこと"だよ。この世界は君にとって、いつか終わる『良い夢』だ」

 聖杯戦争の熾烈な戦いから、七草にちかは必ず生還できる。
 アサシンは最初から今に至るまでずっとそう信じているようだった。
 彼の口から不安になるような言葉は聞いたことがなく、そのおかげでにちかは最近全く"そっち"について不安を抱くことなく日々を過ごせている。

 自分は帰れる。
 帰って、また元の日常に戻っていける。
 だから何も心配することはない。
 "僕は戦わないし、君も戦うことはない"と――召喚が成立し、対面したその瞬間。開口一番に彼はそう言ったのだから。

「どうせ夢なら楽しまないと。そうすれば自信も付くし、アイドルとして一皮剥けられるんじゃないかな」

 そう言って笑うアサシンに、にちかは。

「自信を持って。君のシーズは、今幸運の流れの中にある」

 "君の"シーズは、と嘯くアサシンに、にちかは。

「この夢の中では、君は紛うことなきトップアイドルだ。
 そうなるまで幸運の流れが君の背中を押してくれるさ」

 ……どんな顔をすればいいのか、分からなかった。


◆◆


 この街では事件が多い。
 この街では、事故が多い。
 青年は暖かい風の吹く公園の東屋でスマートフォンの画面を眺めながら、ふっと小さく笑みを浮かべた。

 聖杯戦争。
 英霊とそれを従えるマスター達が、ルール無用で殺し合う魔術儀式。
 此処はそれをさせるためだけに設計された模倣の世界で、この戦いが終わればすぐさま消え去る泡沫の世界だ。
 要するにこの世界は遠からず、住まう全員が界聖杯の終末という厄災に呑まれて滅びることとなる。

 厄災。そう、厄災だ。
 この世界はずっと、大きな大きな厄災の流れの中にある。
 生まれた時から、滅びる時まで。ずっと、ずっと。
 厄災の流れは止まらない。何もかもを巻き込んで、時に誰かに厄災をおっ被せて、世界の終わりまでずっと続く。

「考える誘蛾灯ってのは、ちょっと面倒だな」

 七草にちか。
 自分でも理解しているように、彼女は凡人だ。
 透龍の目から見てもそう写ったし、アイドルはこれでやっていけるんだなとある種の驚きも抱いた。
 とはいえ才能がないわけではない。一般人と比較すれば、むしろ十二分にある。
 綺羅びやかで才能に溢れた同業者と比べると些か見劣りするどんぐりであるという、それだけの話。

 しかし。この世界において七草にちかは、もはやどんぐりなどではない。

 たまたま足を運んだ病院で騒ぎが起きた。
 たまたまその騒ぎが院長の耳に入った。
 たまたまチャリティライブを依頼する話が出た。
 たまたまライブが大成功し、それがまた院長の耳に入った。
 と、にちかはそう思っているのだろう。しかし実情は、彼女の認識とはてんで違う。

「まあ、本人も満更でもないみたいだしな……"当面は"大丈夫か」 

 幸運の流れ。
 にちかの手で掴んだ栄光へのエレベーター。
 違う、違う――そんなものはない。存在しないのだ。
 あったとしても、にちかはそれに乗っかってなどいない。

 七草にちかは『誘蛾灯』なのだ。
 眩しく、不自然なくらいに輝いて、蛾を呼んでくる誘蛾灯。
 寄ってきた蛾はライトに流れる電流ですぐさま死ぬ。
 そこまで含めて、誘蛾灯なのだ――にちかは。


 『透龍(アサシン)』が人間を装って勤務している病院。
 そこに訪れた――『にちか』。
 そしてそれを見初めた『院長』。
 全ては一本の線で繋がっている。全ては、ある一つの存在の手のひらの中で繰り広げられる茶番に過ぎない。
 『院長』なんて人間は存在しないのだ、端から。
 それを形作っているのは、装っているのは、人智を超えた……そもそも始まりから人間ではない、さる『岩人間』の異能の賜物。


「『厄災』は止められない。誰であってもだ。奇跡はもう二度と起きない。誰にも微笑むことはない」


 にちかという目立つ輝き。
 分不相応な眩さ。不自然なまでに装飾された偶像。
 それを不自然だと思うまでは許される。けれどそれを追跡すれば、もう全ての終わりだ。
 にちかをシンデレラたらしめる厄災は、十二時過ぎまでの魔法の真実を科学しようとする者を許さない。
 かぼちゃの馬車に乗れるのは七草にちかただ一人。ガラスの靴の採寸を知る者は透龍と院長ただ二人(ひとり)。
 それを疑い、追跡すれば。ただちに其奴は、厄災の『流れ』の中。

「これは良い夢だ。いつか思い出になる、『良い夢』なんだよ……にちかちゃん」

 ――シンデレラを疑うな。
 ――ガラスの靴はサイズ通り。
 ――かぼちゃの馬車は不思議の賜物。
 ――七草にちかは舞踏会の正当なる主役である。

 それを疑うなら、是非もなし。
 不信の罰は死に繋ぐ『厄災』。
 追うな、疑うな、関わるな、踏み込むな。

 界聖杯など夢見るな(・・・・・・・・・)

 それが、厄災に遭わないためのただ一つのこと。
 安らかな終わりでこの夢を終わらせられる、ただ一つのすべ。


◆◆


 スマートフォンの画面の中、ニュースサイトに躍る数多の悲劇。
 その内のどれもが誰かにとっての『厄災』で。
 故にどれが聖杯戦争に関わった者の末路かなんて判別はつかない。
 それでも――中にはきっと、居るはずなのだ。


 ガラスの靴のサイズを測ろうとした者が。
 シンデレラを疑った者が。今日もどこかで、厄災に呑まれて死んでいく。


【クラス】
アサシン

【真名】
透龍@ジョジョリオン

【ステータス】
筋力E 耐久E 敏捷E 魔力EX 幸運A 宝具EX

【属性】
中立・悪

【クラススキル】
気配遮断:EX
 暗殺者ではなく、脅威ある存在と認識されないという意味。
 アサシンがサーヴァントであること、ないしはその関係者であると推測された時点でその人物に対しては効果を発揮しなくなる。
 逆に言えばそうだと推測されない限り、アサシンは脅威ある存在としてすら認識されない。

【保有スキル】
岩人間:A
 皮膚が硬質化して石のようになる体質を持つ人型の知的生命体。
 自分の意思で岩に変化することが出来、その状態の身体は非常に硬質。
 しかし岩状態から活動を再開するには微弱ながら皮膚呼吸が必要であり、これができない状況では体細胞が急激に劣化して窒息死する。

岩生物:B
 武器の一貫として岩生物、特に"岩昆虫"と呼ばれる種類のそれらを所持している。
 宝具に届くほどの神秘は持たないもののサーヴァントを殺傷できる攻撃力を持つ。

【宝具】
『君の奇跡の愛(ワンダー・オブ・U)』
ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:∞ 最大捕捉:-
 透龍の持つスタンド能力。遠隔操作型。
 射程距離は存在せず、アサシン並びに彼のスタンドに対して敵意ないし追跡の意図を持った時点で宝具が起動する。
 その対象に対して偶然発生した事故や不幸という形の"厄災"を与え、対象が死亡するか追跡を断念するまで継続的に厄災は続く。
 落ち葉が指を切断する、雨や水滴が人体を貫通するなど物理法則を無視した事象まで引き起こすことができ、そこに整合性の概念は存在しない。
 "アサシンを追跡すること"は厄災の招来に繋がるが、しかし"アサシンに追跡させる"分には厄災は発動しない。
 平時この宝具は"明負悟"という老人の人格と姿を持ち、東京都内のとある病院の院長として生活している。
 院長が得た情報やその状況は本体であるアサシンに共有され、更に他者は院長の顔を記憶することができない。
 この性質により"透龍"は気配遮断スキルが効力を失った場合でもサーヴァントとしてのステータスを視認されることがない。

 また、この宝具は元から世界に存在する厄災のエネルギー・理そのものと一体化して発現している性質を持つ。
 そのため仮に本体であるアサシンが消滅した場合でも、"厄災の流れ"としての『君の奇跡の愛』は界聖杯内界に残留し続ける。
 運用の上でマスターに掛かる魔力消費は限りなくゼロに近く、能動的にアサシンが宝具を用いて行動しない限り魔力関連の問題は浮上しない。

 マスターである『七草にちか』を疑い追及した者にも厄災は及ぶ。
 にちかへの追及はそれ即ち、彼女が従えるアサシン。透龍、そして明負悟への追跡行為と同義だからである。
 アサシンはこれを利用し、にちかをトップアイドルへと押し上げ、それを追跡した者を軒並み厄災で呑む方針を取っている。

【人物背景】
 スタンド能力『ワンダー・オブ・U』を操る岩人間。
 等価交換であらゆる病気、怪我、人体の欠損をも快癒させる果実"ロカカカ"を巡り暗躍する。
 東方家の果樹園に隠されて成長した"新ロカカカの実"の独占で巨額の富を築こうとしたが、東方定助らの干渉によって失敗。
 抵抗するが殺害され、本体が死んで残った『ワンダー・オブ・U』も破壊。この世から完全に消滅した。

【サーヴァントとしての願い】
 受肉して復活し、果たせなかった野望を今度こそ成就させる。


【マスター】
七草にちか@アイドルマスターシャイニーカラーズ

【マスターとしての願い】
 元の世界に帰りたい。

【能力・技能】
 アイドルとしての才能。
 アイドルの中では凡才だが非才ではなく、アイドルとして活躍していけるだけの力と情熱は確かにある。

【人物背景】
 アイドルを目指して茨の道に踏み入った少女。
 身の丈を超えた努力と奮闘で夢を叶え、望んだ世界に踏み出せたなりたての偶像。

 誘蛾灯。

【方針】
 透龍(アサシン)さんの言う通り、普通通りの生活を続ける。
 元の世界には絶対に帰りたいけれど、そのために誰かを殺したりする度胸はない。
 その辺りのことについては敢えて直視しないようにしている節がある。
 現実には既に、彼女は一つの"凶器"にされているのだが。

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最終更新:2021年07月12日 20:41