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私が逝きたいのは地獄であり、天国ではない。
地獄へ逝けば、歴代の教皇、国王、皇太子と一緒になれるだろうが
天国には乞食と修道士と使徒しかいないのだから
――ニコロ・マキャベリ
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セミの、抜け殻みたいな人生だった。
抜け殻に命なんてない。あれは、元々中身があって、ある時を境にその中身が、皮膚を破って羽化して出て行ったなれの果て。そんな事、誰に言われるまでもない当たり前だろう。
だが私は違う。私は生まれた時から、ずっと抜け殻だった。生れ落ちたその瞬間から抜け殻。しかも、不幸な事に意思が宿った抜け殻だった。
よく卵が先か、鶏が先か、だなんて言われるけど、抜け殻の場合は論じるまでもなく中身が先。中身が、全てを持って行く。中身が、主体。
きっと、私にとっての中身とは、アイツの事だったんだろう。産まれたのが偶然先だっただけの女。私が持っていた筈の才能を奪っていった女。……双子の、姉貴。
その姉貴が、驚いたような……私に、こんな踏ん切りが出来る人間だったなんて、とでも言うような意外性の顔で見つめている。
どんだけ過小評価されてるんだっての……。まぁでも無理ないか、アイツ、子供の頃から呪霊なんて怖がる素振りも見せなかったもんね。術式を使える私の方が、昔から怖がってて、臆病だったから。
戻れと、アイツが叫ぶ。反発するように、海へと進む私。
私とアイツを区切る、波打ち際の境界線。其処を越えて、アイツが近づく。制止、握ったものを手渡す。受け取った姉貴が、そのものを確認した。葦。子供の頃、よく遊んだ場所に生えていた。
……違う。私の才能を奪って行ったなんて、見栄坊な嘘を吐いた。持っていたか、持たないかの違いでしかない。
姉は……真希は、良く動く足があった。未来へズカズカ進もうと言う意志があった。変化を恐れない、勇気があった。
私にはそれがなかった。与えられた足はクソな現状に根を張るだけの重い足で。宿っていた意志は克己と痛みと恐怖を拒む惰弱な性根でしかなく。裡に燃えるものは勇気じゃなく、燻るだけのうじうじとした女々しい、それこそ女の腐ったような負の心。
真希……アンタがなんで、あのクソな男共が支配する家を出たのか、今なら良く分かる。分からない方が、馬鹿だ。
誰だってあんなところで落ちぶれたくないに決まってる。誰だってあんな家を捨てて新天地を目指すに決まってる。あそこよりも楽しい場所などごまんとある事なんて、誰もが解る。
アンタに負けたくないから、置いて行かれたくないから禪院を飛び出して入学した高専での生活は、楽しかったよ。
私の身体をいやらしく触る男もいなかったし、私に歩み寄って寄り添ってくれる親切な女の子の友達だって出来たよ。
私ですら、人並みの生活が遅れたんだ。アンタなら友達たくさん出来ただろ? それを――失いたくなかったんだろ?
そんな心の機微、私にも解るさ。解ってたから、私も禪院の忌庫に忍び込んだ。……結局駄目で、真希も駄目だったんだけど。
陰陽思想と言う物がある。天地が産まれる以前は善でも悪でも、天でも地でも、光でも闇でもない混沌が世界を支配し、その混沌から天地が産まれたと言う。
この混沌から産まれた光に満ちた明るい澄んだ気、すなわち陽の気が上昇して天となり、この混沌から産まれた重く濁った暗黒の気、すなわち陰の気が下降して地となった。そんな所だ。
真希。アンタは陽だ。日向で生きて良い人間なんだ。
私は……陰だ。本音を言うと、死にたくなんかないしみっともなく生きていたい。禪院の家で燻って生きて行けば良かったと、この期に及んで欠片でも思う自分がいる事が腹立たしい。
だから、アンタなんだよ真希。可能性は、真希の方がある。アンタの方がずっとポジティヴだ。だから、アンタが生きるべきだし、先に進むべきだ。
――呪術師にとって、双子は凶兆。そうと言われてきたっけね。
その理由が子供の頃は解らなかった。仲の良い二人が協力し合えるんだもんねと、無邪気に笑い合ってたっけ。
でも今なら解る、呪術師にとって双子、一卵性双生児とは同一人物。本来得るべき筈だった物があべこべに双子に分配されてしまうのだ。だから、中途半端になってしまう。
アンタがどれだけ強くなりたいと思って、血が滲み指から骨が見える程素振りを続けても、当の私が現状に甘んじて居たいと思っていれば、三歩進んで二歩下がってしまうも同然。
真希にとって私は枷、縄、鎖。そうと認識してしまったのは、結構前の事だった。それを認めたくないと言う思いが、私に頑張りの力を与えてくれたんだけど……。
誤魔化しにも限界が来た。真希、アンタを解放してやる時だ。
進んで。行って。そして、壊して。
簡単な道理だ、私が行っても力が足りない。理由はそれだけだけど、これ以上ない程明白で、そして厳然としていて……。
だから、真希が行くべきなんだ。セミの抜け殻に、羽化したセミを入れたって、最早抜け殻には入らないし壊れるだけ。羽化したアンタが、行けば良い。
私と言う抜け殻に、アンタの陰を詰め込んで。アンタを縛っていた鎖も縄も、適当に私と言う抜け殻に巻き付けてしまえ。
私達と言う双子は、比翼連理でも何でもない。真希は鷹の翼を持っていたのだろうが、私の翼は鳩だった。歪な両翼。私の翼が何時だって、アンタの邪魔をしていたんだ。
どうしようもなく弱い翼だったけれど、そんな私にも出来る事。アンタの闇と陰とを抱えて、私は堕ちて行く。昔はアンタにおんぶにだっこだったけど、一人で私は羽ばたくよ。
真希が飛ぶのに必要な代わりの翼は、私が命を掛けて作っておく。今ならその身も軽いでしょ? だったら、代わりの翼で、何処までも飛んで行って。
そして――
「全部壊して」
私が遂に飛べなかった所まで飛んで――私に出来なかった事を楽しんで来てね。お姉ちゃん。
……起きてと呼ぶ声が聞こえる。
はは、笑える。泣いてんの。真希お姉ちゃんが泣いてる姿、初めて見たかも。カスでゴミな従兄に殴られて、足蹴にされても泣かなかったってのに。
そう言う意味じゃ、バカ直哉に勝ったって、言えるのかな? 私。
――……だから私は……陰なんじゃないか――
真希の泣いてる姿を見て、そんな風に思えるんじゃ、そりゃ私の方が陰を押し付けられるよね、と、全ての意識と命の鼓動が黒く塗り潰される、その際に私は思った。
――これが私、『禪院真依』の、つまらない最期でありましたとさ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
土の臭い。むせ返るような濃密な植物の臭い。そして、焼け焦げる樹木の臭い。
それらが混然と、空気の中に混ざっている。舌を出せば、空気に味があると錯覚してしまうような、濃密なスープのような大気。
真依の嗅覚が、この臭いを知覚する。パチっ、と目を開ける。仰向けに倒れていた。10m程頭上に存在する、割れたガラスのドーム天井。其処から見える、星明り。
夜であるという事と、2級以下の呪霊を放置している禪院の訓練・懲罰室でもないと言う情報しか解らない。
立ち上がり、辺りを見渡す。凄惨な光景が広がっている。折れた樹木、刈り払われた草花、燃えている樹木。
ある種の植物園の様にも思える、その風景の中で、一人の男が本を読んでいた。
「……アンタは?」
不思議と、警戒心を真依は抱かなかった。少なくとも敵じゃない事も、況して禪院の者でもない事は解る。
そう言った対立関係にあるのなら、真依は眠っている間に殺されていただろうから。
――そうと認識した瞬間、真依の脳裏を過る、『存在しない記憶』。
聞いた事も学んだ事もない単語が、凄まじい速度で彼女の脳の空白領域に刻まれていく。それに対する戸惑いも狼狽もない。
それを覚えるよりも早く、真依の頭に情報が刻まれ、それに対する納得を強制されてしまったからだ。
聖杯戦争、界聖杯、多次元……成程。つまり彼女は何の因果かこの東京の街に招かれて、殺し合いを強要されているらしい。
では目の前の男は……。
「サーヴァント、って奴?」
真依の言葉に、それまで本を眺めていた男が、目線を此方に向けた。
ただの男じゃない。漆黒のウルフカットに、両袖を肩口から完全に破り捨てたロングコートを、裸の上半身の上から纏う男。
全身にはビッシリと、アフリカ辺りの部族か呪術師が精霊や神霊とでも交信する為に刻むようなタトゥーが彫られており、およそ、女の様に線の細い目の前のランサーには不釣り合いだった。
そんな男が、地面に寝そべって本を読んでいた。
ただ、寝そべっていただけではない。男が枕にしているものが問題だった。黒豹(ブラックパンサー)、そうとしか言いようのない生き物の腹に頭を預けていたのである。
豹が、その頭部を真依の方に向けた。爛々と光る赤い目が彼女を射貫く。ゾワリ、と全身の産毛が逆立つ。汗が下ではなく上に、重力が反転したように上って行くが如き、その恐怖。
二級の呪霊など、目の前の黒豹に掛かれば容易く食い物であろう。一級の呪霊ですら、この黒豹の前では餌になり得るかも知れない。
だが真依が本当に戦慄したのは、ロングコートの男に付き従うこの黒豹が、呪霊でも何でもない、『真依ですら理解不能の生命体』であったと言う事だろう。
「……【ぼくには名前がまだない。生まれて2日だもの。どんな名前がいいだろうか。“ぼくはとっても幸せだから喜びの名がいいな”。いつまでも喜びが続く事を祈って】」
本のページを開いたまま男は立ち上がる。左手にはそのハードカバーの本を持ち、右手には銀色の杖を握っている。杖の先端は、槍の穂先みたいに尖っていた。
「頭のおかしい病人だったみたい」
突然そんな事を男が口ずさんだのを見て、真依は冷めた反応を取る。
見た目の時点で怪しい男だとは誰もが思う所だろうが、思想の方も、異常寄りな可能性が高い。
「ギャハハハハハ!! 言われてるぜェ『V』ちゃん!! 初対面の女の子を詩集の引用で口説こうなんて、4、500年以上前の吟遊詩人の流行だぜ!!」
突如として響く、低俗で下品な男の声。上の方から、羽ばたきの音と一緒に聞こえて来た。
頭上を真依は見上げると、青黒い大烏が彼女らを見下ろしている。動物に知性がある、と言う事を彼女はあの生物を見て理解した。
一見するとカラスに似ているが、顔つきはヒクイドリのような鳥類と類似性が見られ、しかも明白に、此方を嘲っていると言う事実が解る表情を作っている。
大分、品のない方向に知性が寄っているらしかった。タチが悪い事に、このカラスもまた、黒豹と同じレベルで強い存在だ。呪力……いや、内在させている魔力がそれを如実に証明している。
「俺の名前など欠片も知られていないだろうが、流儀には則れ。此処での俺はランサーだ」
「ランサー? お前が槍ってタマかよぉ。そんな粗末な杖が槍で判定されるなら、世の男は皆ランサークラスだぜ」
「品がないわね、そのデブカラス。調教はちゃんとしておいたら?」
「あぁんっ!? デブカラスだぁ!? おい其処のケツの青いメスガキ、良く聞けよ。俺様はカラスでもなければデブでもねぇ、グリフォン様ってぇ立派な名前があるのさ!!」
「どう見たってグリフォン何て大きさもないわね。当然威厳も。おデブなカラスちゃんにしか見えないわよ」
「あ、え、あ……が、く、クキクゥ~……!!!!」
真依の煽りを受けて怒りが頂点に達し……と言うより、怒りのボルテージが限界を超えてしまった為か。
何をしようとすれば良いのか、何を言えば良いのか。解らないから、グリフォンを名乗る不審なカラスは、意味不明の空気の漏れを悔し紛れに生じさせる事しか出来なかった。
「随分起きるのが遅かったな。お前を殺されないように立ち回るのは苦労した」
「……戦ってたの? それは悪い事をしたけど……大目にも見て欲しいわね。さっき、と言うよりは元居た世界じゃ死んでたんだもの」
それはそうだった。
真依はほんのさっき――彼女の脳内の感覚では数分前の事のよう――まで、禪院家の訓練室にいて、其処で、真希に全てを託してこと切れた筈だったのだ。
其処で力を使い果たして眠りにつき、そうしてこの部屋にいるのである。ちょっとやそっとの騒ぎで起きない位、今回ばかりは大目に見て欲しいと言う心理が彼女にはあった。
「俺達の到着が遅れて居たら、死んでいたかもしれないのはそっちだ。次回は気を付けろ」
「……所で、誰と戦ってたのかしら」
当然の疑問を口にする真依。
此処まで凄まじい傷跡を残す戦いだ。激しい様相を示したであろう事は想像に難くない。
となれば相手は誰だったのか。サーヴァントを使役する、同じ聖杯戦争の参加者? それは、生きているのか、死んでいるのか。
グリフォンが言う所のVと言うランサーが、手にした杖を2m程左に転がってる白い人間大サイズの棒に差し向けた。
当初真依はこれを、戦いの最中で燃え上がった灰の堆積だと思っていたが、違う。よく見ればそれは蠢いている。人間の男。三十代前半位だろう。アジア人ではなく、欧風の顔つきだ。
「魔術的な植物の生育に堪能な人間だ。人の血肉を養分に植物を育てる術を会得している。無関係な人間を拉致して、腑分けしてからそう言った植物に喰わせる」
「絶体絶命だった……って事ね」
その男の方に目線を向ける最中、真依は気付く。
下半身の風の通りが良い。本来身に着けているべきものを身に着けてない。下着を穿いてないのだ。
その下着は直ぐにみつかった。色が黒だから良く分かる。色素が抜け落ち、灰色になった男が握っていたのである。
「ああ……そういう意味でも、ピンチだったってわけね」
子供じゃない。あの男が何をしようとしていたのかは理解出来る。
餌にする前に、役得をいただこうとした、と言う事なのだろう。嫌悪に歪む表情のまま、真依は口を開く。
「とどめは刺さないの?」
「こいつの使役するサーヴァントは倒してある。行使出来る植物も全て破壊してある。この世界において、奴は無力だ」
「それでも、魔術は使えるのよね?」
「正直に言うと、お前を試す為にこいつは生き永らえさせている」
「……私を?」
怪訝な表情で、Vの方を向き直る真依。
「俺と言うサーヴァントの制約だ。俺は戦闘の際には、其処にいるシャドウや、グリフォン達を使役して戦う。だがこいつらは、絶対に相手を殺す事は出来ない。仮死状態に留めるまでが限界だ。その状態で、俺が止めを刺して初めて敵を殺せる。そして、その止めを刺す行為は、俺じゃなくても良い」
「……私が人を殺せるか、試したい訳?」
「選択をしくじって、お前を殺そうと言う事はない。界聖杯を手に入れて俺もやりたい事がある。そういう人物か、と言う事が解れば良いのだからな。無理だと思うのならそう言えば良いし、俺に代わりに殺してくれと言うのも間違いじゃない」
鋭い目線でVを見つめる真依だったが、男の方はそれを涼しい顔で受け流している。
強いサーヴァントではない。目に映るステータスの水準は低く、また気のせいでなければ、彼の力は途方もなく弱弱しい。
線が細いとか、身体が薄いとかそんなレベルじゃない。もっと根本的な所で、彼は弱い。まるで、力を吸いつくされた抜け殻のようで――。
こんな男でもサーヴァントと渡り合い倒せると言うのだから、余程、使役しているあの2体の生き物が強いと言う事なのだろう。
殺せるか、か。改めてその言葉を脳内で反芻する真依。
禪院家には、その家に属する者ならば誰もが知っている、忌み名の男がいた。
呪力を一切持たず、呪霊が何も見えないにも関わらず、多くの呪霊を屠り去ったと言う男。
直毘人は彼を語る時、出来が悪い奴だと言いつつも出奔した事を何処か惜しむような声音だった。扇は彼を口にする時、禪院の思想に凝り固まったような侮蔑の言葉を吐き捨てる。
直哉が彼を語る時、馬鹿にしながらも、言葉の端々から憧憬とも畏敬とも取れる感情が伝わって来たものだ。直哉が甚爾くんと呼ぶその男は、
伏黒甚爾と言う名前だった。その実子は、東京の高専にいた。
今頃真希は、何をしているのだろうか。
禪院家に於いて半ば伝説の様に語られている、伏黒甚爾と同じような、鬼神そのものの如き活躍で、殺しの限りを尽くしているのか。
呪力が邪魔をしていた時の中途半端な真希の時点で、強かったのだ。アレが完成したら、きっと手が付けられない強さになるだろう。
そして同時に、自分と言う比翼が居なくなったのだ。負い目も気兼ねなく、人を殺すであろう事も容易に想像出来る。
元来、人を殺した者の行く末など、地獄だと相場が決まっている。
手垢の付いた、陳腐な道徳の話だが、これは多分本当なんだろうと真希は信じている。
だが、人を殺した呪術師の逝く先とは、果たして何処なのか? 呪術師とは呪いを祓う者。呪いとは文字通り人を蝕み世界を病ませる事象。そして、その呪いを操るのが呪霊である。
呪霊を祓い人を救うが故に呪術師なのに、その守るべき者を殺した呪術師に課せられる罪とは、何で、どれだけの重みがあるのか。それに対する答えを出せた者は嘗ていない。
間違いなく言える事があるとすれば――人を殺した呪術師など、より等級の上の地獄に堕とされ、凄絶な責め苦を味合わされるだろうと言う事だけだ。
真希は、きっと禪院の者を皆殺しにするだろう。
炳の部隊も、恐らくは給仕の者ですら鏖殺し、正真正銘完成された天与呪縛の威力をしろ示す事であろう。
地獄に堕ちるな、と真依は思う。予感でもなく確信だ。真希はやる、やり遂げる。それだけの意志の強さを持つ女であるから。
そのきっかけを作ったのは、真依の言葉である事を、彼女は自覚している。
結局、何から何まで真希に頼りっぱなしだったじゃないかと真依は考える。
真希から、真希を縛る陰や縛りを持って行った。そうと言えば聞こえは良いが、裏を返せば、自分に出来ないから後は頼んだと言っているに等しい。
何て、無責任な女。真依は自分に虫唾が走った。今際の際どころか、死してなおお姉ちゃんにおんぶにだっこの性分から脱し切れてなかったのだ。
極めつけに、『全部壊して』何て言葉で真希の生涯に呪いを掛け、彼女の生き方を固定化させて。
『呪術師に悔いのない死など存在しない』。それを高専に入学する際、楽巌寺学長に言われた事がある。
その時は真依は意味が解っていなかった。悔いを残して死ぬ者の方が多いだろうと。呪力を持つ持たないに関わらぬ、当然の話であろうと。
だが今なら言葉の意味と恐ろしさが解る。真希は、死を目前にして、自分を呪うのだろうかと真依は考える。
どうして自分から呪力を奪ったのかだとか、どうして一緒に死んでくれなかったのかだとか、恨み言を吐いて死ぬかも知れない。
真希に限ってそんな事はないと思いたいが、死の魔力の前ではあらゆる人間は狂う。真希ですら、どんな信条の変化が起きるのか、真依には解らない。
真希には――姉には、そんな恨み言を吐いて死んで欲しくないなと、真依は思う。
杞憂であって欲しいが、どの道、地獄に堕ちてしまうのは避けられないだろう。
「……向こうでは仲良くありたいな」
「何?」
真依の呟きに反応するV。
「その杖ってさ、重さ何キロぐらいあるの?」
「解らん」
「貸してくれる?」
手を刺し伸ばす真依。Vが無言で杖を渡してくる。
重量感がある。中身は空洞ではなく、みっちり金属が詰まっているらしい。重さにして7㎏程はあろう。狙撃銃などを持つ事もあるので、手にした重量には真依は敏感である。
杖の重さではない。鈍器の重さだ。だが、それが良い。武器の重さとは、それを扱えぬ者にとっては枷でしかないが、扱える者にとっては絶対の安心感であり、保証なのだ。
Vにとってはこの重さこそが、彼の命を保証する信頼であり、保険なのであろう。
「借りるわ。すぐ返す」
そう言って真依は杖を持って、灰色と化している魔術師の男へと近づいて行き――
杖の尖った先端を、勢いよく男の脳天に突き刺した。初めに、頭蓋の硬い感覚が腕を伝い、その後で、ブラン・マンジェにも似た柔らかい感触が腕に伝わって行く。脳。
杖で一気に脳天から顎までを貫かれた男は、一瞬、吊り上げられた魚みたいにビクリと強い痙攣を示した後、ぐったりとし始めた。
そしてそこから、男の身体は足の指の末端から、風に吹かれた灰の山みたいに細かい粒子となって雲散霧消して行く。数秒と待たずに最後に残った頭頂部も消え、この世から完全に消滅した。杖の先端に、血は吐いてなかった。
「返すわ」
杖を投げ渡す真依。パシッ、とVは上手くキャッチ。
その様子を見てゲラゲラと笑う物がいた。グリフォン、と呼ばれる大烏。
「ヒューッ!! やるねぇ嬢ちゃん!! 行動に迷いが一切ねェ、本物の人殺しだぜェ!!」
肥えた烏のような怪物が、真依の狂行を囃し立てる。喜色が、声音からありありと伝わって来る。
「……こんなもんか、って思っちゃったわ」
ふぅ、と一息吐いて真依は言った。
「全然、愉悦も感じないし悦楽にも酔えないの。殺しの感覚って、こんなものなのかしら」
こんなものを……こんな事を有難がって、行い続ける感性が知れない。
「人を殺す事は、お前の言う通り面白い事じゃない。だが俺には、お前はそんな事を先んじて解っていながら、殺したように見えた」
「地獄に堕ちるのが、解りきってる姉がいるの」
Vの疑問に、真依が答える。
「姉……?」
「私よりもずっと強くて有能で、決断力も思い切りにも優れてたけどね。その行動力のせいで、地獄に逝っちゃうのよ」
ふっ、と。寂し気な笑みを浮かべながら、真依は言った。
「地獄で一人は可哀そうでしょ? 私も地獄に堕ちてあげなきゃ、アイツの泣き顔また見れないわ。それに、先に地獄に堕ちれば、先輩風、吹かせられるし」
「お前より先にその姉が地獄にいたら、どうするつもりだ?」
これに対する真依の返事は、早かった。
「それはそれで良いわよ。……地獄でなら、今度こそ、普通の姉妹でいられるでしょうから」
今生の真依と真希は、双子の姉妹でありながら、呪術の家柄と言うしがらみと、禪院の因習に翻弄され、余人が想像するような普通の姉妹の付き合いや生活とはとんと無縁であった。
地獄でなら。現世での因縁がリセットされた死後の世界でなら、今度という今度は、真依の記憶の中で鮮明に輝く幼い頃の一瞬間。
あの時のような姉妹の付き合いが、地獄では出来るだろう。地獄でなら、ずっと一緒だ。罪を贖い続けるまで。
「姉妹……兄弟……か。因果だな。だからお前は、俺を呼べたのか……」
Vは、真依が口にしていたその言葉を、反芻する。思う所があるような表情。ハードカバーの本のページをめくり、Vは口を開いた。
「……【いや、まだそのときじゃない。まだまだ眠くないからさ。それに小鳥は空を飛び、丘には羊がいっぱいだもの】」
「その、こころは?」
「お前に付き合ってやる。姉妹(きょうだい)は、大事だからな」
「Vが言うと重いねぇ、殺し合いの半生だったからなお前とあのバカは」
ゴンっ、と、周りを飛び回るグリフォンを、Vは杖で打ち叩いた。間抜けな声を上げ、グリフォンは、その名前からは信じられない無様さで地面に墜落した。
「痩せないからそうなるのよ」、と皮肉を飛ばす真依に対し、グリフォンは目を血走らせて反論するのであった。
【クラス】
ランサー
【真名】
V@Devil May Cry 5
【ステータス】
筋力E 耐久E 敏捷B 魔力A 幸運B 宝具A
【属性】
中立・悪
【クラススキル】
対魔力:D
【保有スキル】
使役(悪夢):A
特定の使役物に対する練度とその適正。ランサーは悪夢と呼ばれるものの操作に適している。
但し、生命が眠った際に見ると言う夢を操る訳ではなく、悪夢が現実世界に形を成した3つの存在をランサーは操る。言ってしまえば、ある種の式神使役である。
使役する3体の悪夢には共通項があり、1つは『存在が悪夢と言う非実体の存在であるが故にどれだけ相手を傷つけても相手を直接殺す事が出来ない』事。
3体の悪夢がどれだけ攻撃を加えようとも、決して相手を死なせる事は出来ず、行動不能の仮死状態に留まる。この状態では、一撃加えただけでどんな存在でも死に至る。
この特性により、最後の止めを刺すのはランサー或いはそのマスター、またはそれ以外の聖杯戦争参加者か
NPCでなければならない。
そしてもう1つの共通項は、『存在が悪夢である故にどれだけダメージを喰らおうとも完全に消滅する事はなく、完全な行動不能状態に留まると言う点』。
行動不能の回復にはクールタイムが必要であり、魔力を消費する事でその回復速度を速めさせることが出来る。
次の共通項は、『悪夢はランサーが消滅してもそれに連動して消滅はせず、独立した存在として召喚が維持される点』。
この状態の悪夢達は、楔となるランサーが完全に存在しない為、各々の自由意志に従い独立行動を取る為、マスターの制御も基本不可能である。
但し、この独立状態になった悪夢達は、『夢』としての機能や属性を失い、『悪魔』としての属性が強く出るようになる為、悪魔に対する特攻効果が有効となる。
そして、この状態になって初めてランサーが使役する悪夢は完全に消滅させる事が出来、これを以てランサーと現世の関りは初めて途絶える事になる。
止めの杖:A
ランサーが有する固有スキル。ある種の魂喰いであり、それが昇華された上位スキル。
上述の悪夢の使役によって仮死状態になった存在を、ランサーが自身が彼の有する杖によって止めを刺した場合、通常の魂喰いの数10倍以上の魔力が回復する。
この回復には、殺した相手が所有していた魔力が非常に少ない、それこそゼロに近い状態であっても非常に高い量の魔力を吸収する事が出来る。
瞬間移動:D+++
極短距離、数m間をテレポート出来る。但し、悪夢によって仮死状態になった敵がいる場合、そのテレポート可能距離は跳ね上がり、移動可能距離は数十mを越え、百mにも達する。
消費する魔力は極めて少なく、これを連発して超高速で移動する事が可能。
搾取の抜け殻:EX
一つの力ある存在が、意図的にその存在を分割させた姿。それが今のランサーである。
ランサーはその力ある存在から分かたれた、『人間の部分』。故に、人属性の特攻を極めて強く受ける事となる。
本来のランサーは極めて儚い、消滅を待つだけの存在であったが、界聖杯による英霊の座への登録により、現界を可能としたレアサーヴァントである。
【宝具】
『忌夢・赤雷幻獣(グリフォン)』
ランク:B 種別:対人~対軍宝具 レンジ:10~ 最大補足:1~50
ランサーが使役する悪夢が一。青黒い大きな烏と言うべき巨鳥で、使役する悪夢の中で彼だけが人語を話す事が可能。
非常に高い敏捷性と飛行スキルを有し、ランクにしてA+相当の魔力放出(雷)を以て相手を焼き殺す戦術を可能とする。
彼に捕まり疑似的にランサーは飛行する事が可能。雷の魔力消費はその派手さの割に非常にローコストで、威力については申し分ない。三つの悪夢の中の、遠距離担当。
『惨夢・百形魔獣(シャドウ)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1~10 最大補足:1~10
ランサーが使役する悪夢が二。漆黒の黒豹とも言うべき存在。
銃を除いたあらゆる武器に身体を変形させる事が出来、身体の至る所から十mを越えて延びる槍を生み出し相手を貫いたり、
元々の身体の大きさを越えたサイズの手裏剣となって相手を切り裂いたり、巨大な針を体中から全方位に伸ばして串刺しにしたりなど、多岐にわたる近接戦闘能力が売り。
また、この世の如何なる武器についての防御方法を記憶しており、その武器の攻撃を記憶させたバリアを常に張り巡らせており、
受けた攻撃をそのまま魔力の矢に変換、相手に跳ね返してしまう。このバリアは許容量を超える攻撃を受けると破壊され、『銃』の属性を持った攻撃は全く機能せずそのまま素通り、本体に直接ダメージが通ってしまう。
『悪夢・破壊巨兵(ナイトメア)』
ランク:A 種別:対軍~対城宝具 レンジ:50~ 最大補足:1~100
ランサーが使役する悪夢が三。流動する黒いタールのようなもので身体が構築された単眼の巨人。
ランサーの切り札とも言うべき悪夢であり、他の悪夢に比べて魔力の消費が格段に高い。
無敵の存在とも呼称される存在で、このナイトメアに対して放たれた全ての攻撃は無効化され、破壊には至らない。
また、このナイトメアが召喚されている限り、先のグリフォンとシャドウにもその攻撃の無効化能力はリンクされ、彼らも完全な無敵の耐性を得る。
但しこの無敵の耐性も、ランサーが存在しなくなった場合は、維持する事が出来なくなり、許容量を超えたダメージを受ければ消滅の可能性が出てくる(勿論素の耐久力も埒外)。
その巨躯を利用した攻撃は一撃必殺級の威力を誇り、容易くビルを倒壊させ、大地を砕く。
また、その瞳からは超高熱超高エネルギーの熱線を放出したり、極大のレーザーの放射も可能とする。鈍重そうな体躯に見えて、数十m間の距離を一瞬で詰めるワープすら行使出来、遠近共に全く隙の無い怪物である。
【weapon】
杖:
ランサーが有する杖。金属製で、止めを刺すのに利用する。
【人物背景】
嘗て存在した一人の男。大魔剣士の息子でありながら、惨めな最期を遂げ、それをも生き残ってしまった男から産まれた、良心であり、人間としての部分。
【サーヴァントとしての願い】
力が欲しい。それが、願い。或いは、またネロ達と……
【マスター】
禪院真依@呪術廻戦
【マスターとしての願い】
界聖杯の機能が真実なら、その力で元の世界での厄介事を解決したい。
【weapon】
各種銃器:
携帯性に優れる拳銃を主に用いる。
【能力・技能】
構築術式:
無から有を、完全なる0から己の呪力を用いて1を作り出す術式。
ともすれば神の領域、御業に踏み入れている、ある種評価不能、規格外の能力であるが、破滅的なまでの燃費の悪さを誇り、1日に弾丸1個が精いっぱいと言う有様……『だった』。
当企画に於いては、真希を縛っていた呪力を持っていき、また天与呪縛の真希の比翼から解き放たれた結果、呪術師として皮肉にも完成してしまった。
結果、原作よりも燃費の悪さが改善され、ある程度複雑な物も構築出来るようになった。ただし、後者に限っては呪力の消費も相応に高い。
銃のスキル:
銃を扱う腕前。腕前はかなり立つ。
【人物背景】
禪院家の落ちこぼれ、吉凶の双子。その妹。
原作において死亡後から参戦。
【方針】
界聖杯は欲しい。けどあまり邪悪な手は使いたくない。まぁ、死んでも別に……
最終更新:2021年07月12日 20:45