私は忘れない。この屈辱を。この痛みを。
絶対に忘れない。私を、私たちを殺した敵の顔を。
何度腹部にメスを入れられようと、この身がどれだけ血を浴びても辛くはない。
身動きが取れない中で狂った女の狂刃に晒されようと恐怖はない。
だって羽入が、圭一が、沙都子が、レナが、魅音が、詩音が見守ってくれているから。
―――梨花っ!?
―――梨花ちゃん!?
……羽入や皆の焦燥に満ちた声がする。
何でだろう?私は大丈夫。頑張れる。きっともうすぐ私は死んで皆と同じところへ行くのだろうけど、それまで決して壊れたりなんかしない。
そりゃあ私はこれまで何度も諦めかけたり自棄になったりしたけど、もう少しぐらい私を信じてくれてもいいと思う。
―――駄目だ梨花ちゃん!手を伸ばせ!そっちに行くな!!
圭一が身を乗り出して手を伸ばす。
……あれ?何だかさっきより皆が遠ざかってる?
意識が遠のく。私の命の灯火が消えようとしている。
仲間たちの姿は見えなくなり、声も聞こえなくなった。私が暗闇に溶けて、無になっていき―――
……意識が浮上する。背中越しに硬く、冷たい感触が伝わってくる。
「羽入っ!?みんな!?」
意識がなくなる直前のことを思い出し、慌てて身体を起こした。
自分の身体を見る。さっきまでと同じ、着衣を全て奪われた裸体。
しかし決定的に違う点が三つ。私の身体を縛っていたロープや猿渡が無い。さっきまで散々に切り裂かれていた腹が完全に治っている。
……それだけなら良かったのだが、その腹部に見たこともない刺青のような紋様が浮かび上がっている。
何かはわからないが、正直に言って良い気分はしない。
709: 逢魔召喚1983 ◆/q/biQ4NVY :2021/07/15(木) 00:48:04 ID:i0tqtgSg0
次に思い出すべきこと。私が覚えていなければいけないこと。
「敵は……鷹野三四!!」
覚えている。覚えている!私は私の敵の顔と名前を記憶することができている!
今度こそ勝てる。すぐに仲間たちに相談しよう。準備さえ出来ていれば私たち部活メンバーが山狗なんかに遅れを取るものか!
「って……羽入?どこ?いないの?……いやそれ以前に……どこよ、ここ?」
見上げれば満天の星空。一目で深夜の屋外だとわかる。
次に私が今いる場所。どうやら私はコンクリートの上で寝転がっていたらしい。…道理で硬くて冷たいはずだ。
そして辺りを見回すと雛見沢や興宮では見たこともないような高層建築物がズラリと並んでいる。
どうやら私が今いる場所もどこかの高層建築の屋上らしく、周囲には転落防止用のフェンスが見える。
私はフェンスに近付き眼下の景色を確かめた。
「凄い……眩しいぐらい明るい……。ここは都会……?」
我ながら乏しい語彙でしか言い表せないような衝撃を受けた。感動と言い換えても良い。
寂れた田舎の雛見沢や雛見沢よりは賑わっているものの田舎の街としか言えない興宮とはまるで別世界のようだった。
上から遠目に眺めるだけでも街中を彩るライトやネオンが輝いているのがわかり、私は興奮さえしていた。
もし昭和58年6月の死の運命を乗り越えたら何をしたいか、これまで考えてこなかったわけじゃない。
田舎臭い雛見沢を出てお洒落な都会、それこそ圭一が雛見沢に来る前に暮らしていた東京に行ってみたいという願望はその中でも上位に入るやりたいことだ。
もしかすると……ここは東京なのだろうか?密かに抱いていた夢がこんな形で叶うとは!
「厳密には違う。ここは界聖杯が作り出した架空の東京。
これから我々が臨むことになる聖杯戦争のための舞台だ」
「誰っ!?…………はい?」
唐突に背後から掛けられた声に振り返り、間抜けな声を出した私を誰が責められるだろう。
振り返った先にいた人物……いや人なのだろうか?はとにかく異様としか言いようのない風体だった。
夜の暗闇に眩く輝く黄金の鎧、あるいはスーツ、そこまではいい。いやこの時点で十分おかしいけどこれだけならただの成金趣味で済む。
全身の各所に人型の小さな像、ないしレリーフが配置されていて腰にはやたらゴテゴテとしたベルトらしきものを巻きつけている。
とどめに一番目立つのが顔面に「カメン」、「ライダー」とピンク色の文字が書かれた仮面かヘルメットのような物体だった。
いや、本当に誰……?というか、何……?
710: 逢魔召喚1983 ◆/q/biQ4NVY :2021/07/15(木) 00:48:40 ID:i0tqtgSg0
「私の名は常盤ソウゴ。セイバーのクラスを得てこの地に降り立ったお前のサーヴァントだ」
「さっきから言ってることが一つもわかんないわよ!この変質者が!」
界聖杯だの聖杯戦争だの何だのと、突然現れて理解できない専門用語を並べてくるこの男(?)は怪しいとかそういうレベルではない。
……考えたくはないが、もしや私は今から手籠めにされようとしている……?
そうでなくてもこの状況は誰がどう見たって事案だろう。今すぐ警察が踏み込んでこの変態仮面を逮捕してくれないものだろうか。
沙都子の叔父が帰ってきた時も山狗に襲われた時も全く役に立たなかった赤坂もこんな時ぐらい働いてくれてもいいのではないか。
「ふむ……マスターであれば聖杯から必要な知識を与えられているはずだが……」
「そんなもんあるわけないでしょうが!!」
もういい、と内心で見切りをつけた。こんなあからさまな危険人物に付き合っていられるか。
ここが高所、それもフェンス際でフェンスの高さもそれほどでないのは幸いだ。
私は奴に背を向けてフェンスをよじ登った。
「忠告しておこう。それはやめておけ」
「お生憎さま、あんたみたいな変態の言うことを素直に聞くほどお人好しじゃないの、私。
こんな狂った世界からはさっさと退場させてもらうわ」
おかしな場所に来たとは思っていたが、こいつのおかげで確信が持てた。
私の戦場はここじゃない、昭和58年6月の雛見沢だ。
少し前までは私を捕らえて離さない鳥籠のようなあの村に嫌気が差してさえいたけれど、敵の正体がわかった今となってはすぐにでも戻りたい気分だ。
記憶の継承はもう出来ている以上、今この場で自殺しても何の問題にもならない。
「じゃあさようなら。二度と会うこともないでしょう」
躊躇わずジャンプ、虚空に身を投げ出した。
地面に激突するまで数秒はかかるか、あるいはそれ以下か。
いずれにせよ、この世界とはお別れだ。東京観光は自力で昭和58年6月を越えてから堪能しよう。
『クウガ!』
よくわからない謎の音声が聞こえた瞬間、私の理解を超える出来事が起きた。
間違いなく何もなかったはずの空中に巨大なクワガタムシのような何かが出現し、落下する私の身体を受け止めたのだ。
「へっ?え?ちょっ……ええっ?」
羽ばたいて飛んでいくクワガタムシ的な何かに為す術もなく運ばれていく私は悪くないと思いたい。
強引に身体を傾けて転げ落ちれば自殺を続行できたかもしれないが、今一度真下を見下ろすと想像していた以上の高さに恐怖心が勝ってしまった。
そうして私はあっという間に黄金変態仮面の傍まで運ばれてしまった。
あっ、ヤバい。腰が抜けた。立てない……。
「な、何したのよあんた……」
「この世界で自ら命を絶ったところでお前の望む結果になることはない。
何故ならお前に時を遡り、世界を渡る力を与えていた神の力はこの界聖杯にまでは及ばないからだ」
「えっ!?」
こいつは今何と言った……!?
私が死ぬ度に時間を遡っていることを、何より羽入の存在を知っている……!?
いや、それ以上にもしもこいつが言っていることが本当だとしたら……
「じゃあ、何?この世界で私が死んだら、そこでおしまいってこと……?」
「そうだ」
「ふざけるな!!」
反射的に吼えていた。
それほどまでにこいつの発言は私にとって認めがたかったからだ。
…私だって理屈の上では薄々と気づきつつはある。
だってこの世界に来てから羽入の存在を全く感じられなくなっていた。
さっきの私はその事実から目を背けるために身を投げた。―――そんなこと、信じたくなかったから。
「百年よ!?わけもわからず殺され続けて、百年も惨劇を見せられ続けて、やっとここまで辿り着いた!!
今まで叔父が帰って来たら壊されていくだけだった沙都子を初めて救えて、
古手梨花を殺す者の正体もわかった!!
次の世界にさえ辿り着ければ昭和58年6月を越えられるはずだった!最高の仲間たちと7月を迎えられるはずだった!!
なのに……どういうことよ!?聖杯戦争にサーヴァント!?死んだら終わり!?何でそんなものに私を巻き込んだのよ!?」
「巻き込んだ、と言うのは半分正しく、半分は外れているな。
お前の魂は元々界聖杯によって蒐集されていた。最初からお前は界聖杯でマスター候補となる運命だったのだ。
界聖杯にアクセスした私がお前の時を渡る性質に目をつけ、マスターに選んだのはその後の話だ。
どうやら私の介入によって予期せぬバグが生じたらしい。本来ならばお前にはマスター候補として然るべき役割(ロール)と知識が授けられていたはずだ。
そのどちらもが欠けたままそのような姿でこの世界に放り出されたことについては、確かに私の落ち度であるな」
相変わらず言っていることの意味が半分もわからないのは私に知識とやらが無いから……?
どうやら私はこいつが言うところのマスターとかいうやつらしいけれど、私に何をさせるつもりなんだろう。
「お前が何かをする必要はない。私はこの世界で霊基を維持するための要石を探していたに過ぎない。
全てのサーヴァントを殺した後に現れるという万能の願望器、聖杯に問題がなければお前が使うといい。私には無用のものだ。
……この界聖杯に何の問題もなければ、という話になるがな」
「サーヴァントを…殺す?それに願望器って、何か願いが叶うってこと?」
「万能の願望器を巡るマスターとサーヴァントによる殺し合い、それが聖杯戦争だ。
口で説明するより実演する方が早い。―――早速来たようだな」
「来たって何が、………っ!?」
私の疑問を遮るようにして、突風が吹き、次いで金属音が聞こえた。
何が起こったのかと前を向くと、金色仮面、もといセイバーの前方十メートルほどの場所に誰かがいた。
その誰かはまるで御伽噺にでも出てきそうな鎧を着込んで右手に眩い剣を持った大男だった。
大男がセイバーを睨みつけた。直接私に向けられたわけでもないその睨みだけで、私は全身が竦む思いだった。
人間が出す殺気、というものを百年の間に何度か見たことはある。
自慢ではないが、私はそういう剣呑な空気や威圧感というものを人並み以上には見てきた自負があった。
しかし乱入してきた大男が放つ殺気は雛見沢症候群で凶暴になった仲間たちの比ではない……!
気づけば私は両手を地面に着け、両脚を大きく開いた無様な態勢で後退っていた……。
「まさか聖杯戦争に彼の魔王がいるとはな」
「なるほど、私の名は英霊の座とやらにまで届いていたか。
あらゆる時空の因果を収斂した界聖杯ともなれば、仮面ライダーの歴史から私の存在に行き着くのは道理ではあるな」
「……我々英霊が後の人間に託した未来を破壊し我がものとした、最低最悪の魔王である貴様は許しがたい。
とはいえそれだけなら俺とて憤慨はしなかった。聖杯戦争である以上善悪を問わず英霊が集結するのは当然の帰結だからな。
だが常盤ソウゴ、いやオーマジオウ。貴様、
ルール破りをしたな……!?この俺の目は誤魔化せん。
自らをサーヴァントに偽装して何を目論んでいる?」
大男の眼光はどこか義憤に満ちているように思えた。
いや、それよりも……最低最悪の魔王ってどういうこと……?
「オーマジオウ、貴様はまっとうに召喚された英霊ではないだろう……!?」
セイバーを召喚したのは死別した家族との再会を望む魔術使いの男だった。
聖杯を得るためとはいえ、内心使い魔として魔術師らしい魔術師の風下に立たされることを苦々しく感じていたセイバーにとっては僥倖だった。
聖杯戦争に召喚され、第二の生を得ることそのものが如何に得難い奇跡であるかは知っていたからこそ聖杯を得るまで外道の者に従うのもやむなしと考えていた。
それがよもや自分が心から力を貸したいと思えるような人間的に共感できるマスターを得られるとは!
喜び勇んで深夜の哨戒を買って出たセイバー。聖杯を競う敵を求めて街を駆けていた時、それを見た。
魔術や宝具に依らぬ空間の揺らぎ、無数の時計が縁に飾られた奇怪な時空の裂け目から出現した黄金の魔王とその近くに横たわる少女を。
見た瞬間に理解した。あれこそは聖杯から与えられた知識に該当する、遠い未来に君臨する魔王。聖杯戦争に参戦した英霊全てにとっての敵であると。
故にこの激突は必然。むしろマスターが拠点にいてくれていることに感謝したいほどだった。
「人類が築き上げた文明を破壊し、30億もの人間を抹殺し、世界を支配したその次は界聖杯を狙うつもりか……!
これは我々英霊の戦争だ。今を生きる人間たちの生存競争だ。貴様が土足で踏み入っていい戦場ではない!」
「そうか、ならばかかって来るがいい。チャンスを与えてやろう。
今の私はこの霊基の性能を十分に把握できていないからな。今なら、あるいは私を倒せるかもしれんぞ?」
「貴様……!!」
怒りを裂帛の気合いに変えて、音速でセイバーが踏み込んだ。
迎え撃つもう一方のセイバー、ジオウは徒手空拳の構え。袈裟斬りを左腕で防御し右拳で反撃。
無論セイバーはこれに難なく反応して最小限の動作で回避すると次々と斬撃を浴びせかける。
ジオウの鎧や籠手に何度となく宝具である聖剣を叩きつけるものの罅が入る気配すらない。
「おおおぉっ!!」
渾身の力で振り下ろしたセイバーの剣を両腕をクロスさせて防ぐジオウ。
僅かな間の均衡はセイバーが押し切ったことで破られ、ジオウの胴体に斬撃を叩きこんで二メートルほど後退させた。
「人類の自由と平和のために時代を駆け抜けた英雄たちから奪った力と歴史を鎧にするとは悪趣味な……!」
「この反応の鈍さ、装甲越しに伝わる痛み……。
ふっ、懐かしい感覚だ……。彼らの力を継承した後の姿とは言ってもかつての私の力はこんなものだったか」
セイバーの糾弾を意にも介さず、ジオウは今の自分の状態の把握に努めている様子だった。
無視されているセイバーからすれば侮辱でしかなく、命を以って償わせるべく剣を握る手に更なる力を込める。
「チャンスは与えた」
『カブト!』
セイバーの突撃に合わせるように身体に配置されたレリーフの一つに触れたジオウ。
するとこれまで鎧の強固さを頼みとした防御重視の構えから回避に重きを置いた動きへと変化、セイバーの剣が空を切る。
負けじと瀑布の如き連撃を叩き込まんとしたセイバーだったが、その悉くが見切られ最小限の動作で躱される。
逆にセイバーが剣を振った直後の僅かな隙に黄金の右拳を鳩尾に叩き込んだ。
「ぐぅっ…!!まだぁ!!」
「ライダーキック」
人体の急所を突かれても即座に立て直したセイバーもまた英雄だ。
大上段に剣を構え直しジオウの頭部を狙うが、その狙いを読んでいたようにジオウが右足に渾身の力を込める。
仮面ライダーカブト、天の道を往き総てを司る男の力。あらゆる物質を粉砕するタキオン粒子を纏った必殺の回し蹴りがセイバーを打ちのめした。
ともすれば吹き飛ばされ転落してもおかしくなかったが、セイバーは血反吐を吐きながらも魔力放出のスキルを使ってフェンス際で踏みとどまってみせた。
「まだだ……!」
……それでも傷は深い。ジオウのライダーキックは堅固な筈のセイバーの鎧を砕き、内臓にも少なからぬ損傷を与えていた。
サーヴァントの霊基のためか、本人が言う通り知識にある伝承ほどの絶対的な力は感じない。だがそれでも己との間に埋めがたい戦力差がある。
これが魔王。日本の平成という時代を駆け抜けた英雄たちの歴史を簒奪した時の王者か。
セイバーは迷わず宝具を発動することを決めた。
あまりに時期尚早ではあるが、この魔王は今、この瞬間に打ち倒さねばならない!
聖剣に魔力が満ちる。―――有り難いことに状況を察したマスターが令呪で支援してくれていた。
「まだ抗う気力を保つか。流石は人類史に名を残した英霊。その意気に敬意を表し、私も剣で応えるとしよう」
『サイキョーフィニッシュタイム!』
ジオウの右手に二つの剣を組み合わせた長剣、サイキョージカンギレードが顕現する。
セイバーの宝具に合わせるように、ジオウもまた悠然と右腕を掲げた。
空を貫くが如く黄金の光が天へと立ち昇る。『ジオウサイキョウ』という巨大な文字がそのままジオウとセイバーの格の差を表していた。
『キングギリギリスラッシュ!!』
真名を解放し、両腕で握った聖剣を下段から振り上げたセイバーと右腕で必殺技を発動した剣を振り下ろしたジオウ。
一瞬の拮抗の後、ジオウの剣がセイバーを押し潰し、爆発と共に霊基を完全に消し去った。
―――目の前で起きた出来事が現実のものだと理解するまでどれだけかかっただろうか。
銃や爆発物を使ったわけでもないのに、互いの剣と拳がぶつかり合うだけで爆音めいた音が響いた。
二人の人間が戦っている余波だけでボロボロになっていく足場やフェンス。……ここ鉄筋コンクリートだよね?
それなりに喧嘩慣れしていて、常識では理解できない出来事にも触れている私をしてこの世のものとは思えない戦いがそこにはあった。
「見ていたな、これがサーヴァント同士の戦いというものだ。
……気絶しなかった胆力は賞賛に値するが、流石に刺激が強すぎたようだな」
大男を倒した…いや、殺したセイバーが私を見下ろした。
顔に文字が張り付いているため視線をどこに向けてるか微妙にわかりづらいが、いつの間にか私の足元に出来上がった生温かい水溜まりを見ていることは嫌でもわかった。
……そう、セイバーが戦っている間、とても情けないことに私は失禁していたのだ。
汚れて困るような衣服を何も着ていないことも、今この時ばかりは幸いだったのかもしれない……。
「…ふ、ふふふ。あははは……」
……もう乾いた笑いしか出なかった。
裸で大股開きになった上に失禁までしているところを何処の誰とも知れない相手にまじまじと見られるなんて、百年の旅路でも間違いなく最大の痴態だろう。
もうここまで来ると屈辱も怒りすらも感じない。ある種の爽快感すらある。
簡単に言えば、この時点で私は既に開き直りの境地にあった。
もうどうにでもなーれ☆
……とは言ったが、やっぱり物事には限度というものがあると思う。
「はぁ……聖杯戦争、か……」
私は今、その気になれば泳げそうなほど広い風呂場の湯舟に浸かっている。
と言っても自宅の風呂でもなければどこかの宿を利用しているわけでもない。
役割とやらが設定されていない私には家も金も食糧その他物資も、ついでに言えば戸籍もない。
この風呂場はセイバーがいきなり召喚した空中を走る列車の中の設備だ。
……いや、空中を走る列車って何?私の中の常識が現在進行形で音を立てて崩れている気がする。
セイバーは時の列車とか言っていたけど、今はそれ以上のことを突っ込んで聞く気にはならなかった。
今私の頭の中を占めるのはセイバーから聞かされた聖杯戦争とやらについてだった。
曰く、様々な世界から召喚された人間たちがマスターとなりサーヴァントを召喚して最後の一組になるまで殺し合うバトルロイヤル。
サーヴァントとは様々な世界の、過去現在未来を問わず歴史に大きな功績や名を残した偉人が英霊として現世に界聖杯に蘇った存在。
サーヴァントはマスターなくして存在できず、マスターは基本サーヴァントより圧倒的に弱いため令呪によってサーヴァントを律する。
驚いたことにあのセイバーでさえ私なしではこの世界に留まることは難しいのだそうな。
「人を殺すことなんて、出来ればしたくはないけど……」
殺し合い、勝ち残った果てには聖杯なる万能の願望器が手に入るという。
それを使えば未来は思いのままにできるのだろう。昭和58年6月を越えることさえ簡単に出来てしまうに違いない。
でも、そのために恐らく私と同じように巻き込まれた普通の人までも殺しては、沙都子を救ったあの奇跡を穢してしまうに違いないのだ……。
私だって聖人じゃない。他のマスターが揃いも揃って殺る気に満ち溢れた殺人者だという確証があれば殺人も已む無しだと覚悟を決められる。
しかしそれはそれで楽観的な考え方だろう。どんなに少なく見積もっても一人や二人は巻き込まれた善人もいるはず。
……一応、その旨はセイバーに伝えているしセイバーは了承した。
あるいは、だからだろうか。この東京の空を列車で移動するなどという非常識かつド派手なことをやっているのは。
こうすることでそこらの通行人やマスターを意図せず戦いに巻き込む危険はなくなる。
空を飛ぶ手段を持つ英雄も沢山いるそうだが、もしそうだとしてもマスターまで随伴してこの列車に近付くようなことはできないだろう。
つまりあいつは向かってくるサーヴァントのみを相手取るつもりでいるのだ。
敢えて難しい道を選んでいることは子供でも簡単に理解できる。超人のサーヴァントと人間のマスター、与しやすいのはどちらかという話だ。
まあセイバーの尊大な態度からしてそもそも負けることを一切考慮していないだけ、という可能性も普通にあるのだが……。
そして喫緊の課題でこそないが、考えておくべきことはもう一つある。
仮に聖杯に辿り着けたとして、私は何を願うのかということだ。
何しろ私は死んでいる。それはセイバーからも改めてお墨付きを貰っている。
私は鷹野に殺されて、魂だけが界聖杯に連れ込まれた形になっている。
常識的に考えれば私自身の蘇生を願うべきかもしれないが、生憎私にそうするつもりはない。
……私一人が生き返って雛見沢に戻ったところで、大切な仲間たちは既に山狗によって殺されているからだ。
そこを度外視したとしても改めて山狗に殺し直されるのがオチだろう。
鷹野が何を思って女王感染者の私を殺そうと思ったのかはわからないままだが、あそこまでの準備をする辺り相当の執念があるのだろう。
なら何を願うのか。昭和58年6月を越える?
なるほどそれなら出来るだろう。元の世界に戻れさえすれば羽入と合流して次の雛見沢に渡ることができる。
その世界で仲間たちが団結することと、鷹野や山狗を倒すことを願えばそれで片付く話だ。
……でも、それでいいのだろうか?圭一が私に見せてくれた奇跡は、皆で団結して惨劇を打ち破ることだった。
聖杯でインスタントに惨劇を突破するというのは、結果が同じでも何かが決定的に違うように思えてならない。
「でも聖杯が欲しいか欲しくないかと言えば欲しいに決まってるし……」
繰り返すが私は聖人じゃない。無欲でもない。
万能の願望器なんてアイテムを示されて無条件に手放せるわけもない。
決めておく必要がある。胸を張って言える私の願いを。
「やはり時の砂漠には入れんか」
己のマスター、
古手梨花を休ませている間、セイバーことジオウは時の列車、デンライナーのコックピットに居た。
仮面ライダー電王の力を継承している故にデンライナーを我が物として扱うことも運転を行うこともできる。
しかし本来時の正しい運行を司るはずのこの列車が、この模倣東京の範囲でしか移動できなくなっていた。
サーヴァントとなったが故の力の制限か、あるいは界聖杯の防壁が優れているのか。恐らくは後者。
この分では他の仮面ライダーたちの時間・空間を移動する手段も阻まれるに違いない。
とはいえ、それはジオウが界聖杯に潜入するにあたって当然予期していた事態でしかない。
「界聖杯。数多の時空の因果が収束して発生した新たな時空。
生まれて間もない願望器が他の時空や歴史に如何なる影響を与える存在なのか……見極めねばなるまい。
全てが杞憂に終わるに越したことはないが……」
かつては王様を目指す普通の高校生だった青年、常盤ソウゴ。
その成れの果てにして2068年の時代に君臨する魔王、オーマジオウ。
常盤ソウゴ=仮面ライダージオウが存在し得るあらゆる並行世界を睥睨し、時空を破壊し創造する力を持つ彼はある時突如として生まれた時空を察知した。
その時空の中核こそが界聖杯であると理解するまでに時間はかからなかった。だが問題はここからだ。
数多の時空の因果から生まれた界聖杯はあらゆる時空から人間を、あるいは人間でない者すらも蒐集し、万能の願望器を賭けた聖杯戦争を始めたのだ。
数多の時空にアクセスできる界聖杯ともなれば、なるほど確かに凡そ叶えられぬ願いは存在しないだろう。
しかし願いの成就によって界聖杯と繋がった数多の時空にどれほどの影響が齎されるのかは未知数だ。
加えて界聖杯は時空が不安定なためか、並行世界をも見据えるオーマジオウの力を以ってしてもその本質、全容を伺い知ることが出来なかった。
そこで彼は内部から界聖杯を見定めるべく敢えて聖杯戦争のシステムに乗り、自身と繋がった端末(アバター)を送り込んだ。何せ門戸は開かれているのだ。
英霊召喚のシステムに不正アクセスし、作成した端末をサーヴァントとして登録。
然る後界聖杯に「装填」されていくマスター候補たちの中から自身と比較的相性が良いと思われた梨花をマスターに選んだ。
その結果、梨花がイレギュラーと判断されたのか本来あるべき役割(ロール)と知識が無い、という状況に陥ってしまったが。
「界聖杯に問題がなければあの娘に使わせても構わんか……」
オーマジオウ、今はそこに至る前の姿で現界しているジオウは梨花を己の民であると定義する。
自身の行動でマスターとして巻き込み、不利益を被らせてしまったからには王として守り通した上で何らかの方法で償わねばなるまい。
彼女の置かれた状況を鑑みれば、聖杯を渡しても悪用することはないだろう。
「カッシーン」
「お呼びですか、我が魔王」
ジオウの呼び声で機械兵、カッシーンが音もなく出現した。
ジオウの宝具のうちの一つとして登録された臣下であり、今はグランドジオウの姿でいる彼が確かにオーマジオウなのだと知らしめる存在。
「我がマスターのために必要な物資を調達するのだ。略奪になるが致し方あるまい」
「我が魔王の命令とあらば」
王命を受けたカッシーンがコックピットを後にする。
デンライナーは移動拠点として使えるほどの居住性を持っているが、さすがに物資は街から手に入れる必要がある。
と言っても戸籍も金もないとなれば取り得る手段は一つしかない。このような雑務はカッシーンにやらせるに限る。
「さて、まずはこの地に集った英霊たちがどのような者か。そこから見定めるか」
界聖杯が如何なる性質を持つのかを見極めるためには集ったサーヴァントの性質を見るのが早い。
ジオウはそう判断したために東京上空をデンライナーで常時移動し続けるという目立つ手段を取った。
誰の目にも明らかな奇行。あるいは挑発とも受け取れる行いに他の主従はどう反応するか。
正面から挑みかかる勇壮な者であれば堂々と迎え撃ち、マスター殺しを目論む者であれば相応の報いを受けさせる。
己が敗北する可能性など全く顧みない、魔王としての絶対の自負と傲慢さであった。
【クラス】セイバー
【真名】常盤ソウゴ(オーマジオウ)
【出典】仮面ライダージオウ
【性別】男性
【属性】混沌・善(混沌・悪)
【パラメーター】
筋力:A 耐久:B 敏捷:B 魔力:A++ 幸運:C 宝具:EX
【クラススキル】
対魔力:A+
魔術に対する抵抗力。魔法陣及び瞬間契約を用いた大魔術すら完全に無効化する。
また悪属性の者の魔術に対しては瞬間倍化補正が発動する。
騎乗:B
乗り物を乗りこなせる能力。
大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、幻想種あるいは魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなすことが出来ない。
ただし継承した仮面ライダーが扱っていたマシンやモンスターは問題なく扱える。
【保有スキル】
単独降臨:C(A)
過去・未来を問わず単独で顕れるスキル。単独顕現とは似て非なる権能。
現界したジオウは本体であるオーマジオウから力の行使に必要な魔力を供給されている。
このため現界の要石たるマスターが存在している限りジオウが魔力不足に陥る事態は起こり得ない。
また時間旅行によるタイムパラドックス等の攻撃、あらゆる即死攻撃に対してランクA+相当の耐性を持つ。
サーヴァントの霊基で現界しているため本来よりもランクダウンしている。
時の王者:A(A+++)
全ライダーの力を受け継ぎ、時空を超え、過去と未来をしろしめす時の王者。
英霊の座にまで轟く有名さと存在感からジオウと対峙したサーヴァントは一目見ただけで彼の真名を理解する。
またジオウと対峙した悪属性のサーヴァントの全パラメーターを1ランクダウンさせ、悪属性と魔性特性を併せ持つサーヴァントに対しては追加で幸運を3ランクダウンさせる。
Bランクの千里眼、直感をも内包する複合スキル。
サーヴァントの霊基で現界しているため本来よりもランクダウンしている。
余談だが、オーマジオウの力をも継承し仲間と共に最高最善の魔王となった若き日の常盤ソウゴはこのスキルをEXランクで保有する。
最低最悪の魔王:B(A+)
「オーマの日」と呼ばれる日に世界の文明を破壊し人口をそれまでの半分にまで減らし、その後長きに渡り王として君臨し人々を苦しめる魔王。……というレッテルから生じたスキル。
実際には彼が世界を救ったことで世界の文明が崩壊し人口がそれまでの半分になる程度の被害で済んだのだが、いつしか事実が歪曲して人々の間で伝えられるようになった。
真名を知った相手からはアライメントが混沌・悪であると認識され、秩序かつ善属性の者からは強く畏怖・警戒されるようになる。
また善属性かつ救世の逸話を持つサーヴァントから受けるダメージがアップするデメリットスキル。
魔王の象徴たるオーマジオウではなくグランドジオウの姿で現界しているため本来よりもランクダウンしている。
このスキルはランクの変化こそあれど基本的には外せない。
ただしオーマジオウの力をも継承し仲間と共に最高最善の魔王となった若き日の常盤ソウゴのみこのスキルを外すことができる。
【宝具】
『平成の継承者(グランドジオウ)』
ランク:EX 種別:対人(自身)宝具 レンジ:- 最大捕捉:1人
仮面ライダークウガから始まった平成仮面ライダーの力と歴史を受け継いだジオウの姿。
身体の各部に配置されたライダーレリーフに触れることでクウガ~ビルドまでの歴代主役仮面ライダーの力を召喚・行使する。
ライダー本人を活躍していた時代から呼び出す、武装やマシンを取り出す、技や特殊能力を取り出し行使する等その用途は多岐に渡る。
また召喚したライダーに対して局所的な時間停止・時間遡行を行うこともでき、一度攻撃させたライダーの時間を巻き戻して攻撃前の状態に戻し、再度攻撃させるといった芸当も可能。
膨大な戦術を組み立て行使することで多くのサーヴァントに対して相性で優位に立つことができる。
若き日の常盤ソウゴは継承したライダーの力と歴史に対する理解が曖昧であるが、今回の聖杯戦争で現界したのはオーマジオウまで至った2068年の常盤ソウゴである。
このため継承したライダーの力と歴史に対する理解の深さや練度は若年時とは比べものにならないほど高い。…が、若い頃の癖か時折奇妙な解釈で奇妙な技を繰り出すことがある。
彼が継承した仮面ライダーの歴史は世界観も設定もバラバラで不揃いな凸凹道であるが故に、この宝具をまっとうな数値やランクで正確に評価することはできない。
故にこの宝具のランクはEX。字義通りの評価規格外である。
『時王最強剣(サイキョージカンギレード)』
ランク:A++ 種別:対城宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1000人
ジオウが装備する、ジカンギレードとサイキョーギレードを組み合わせた長剣。
ジオウとリンクしてシステム的な同一化を行うことでジオウの力に追随する形で常に「サイキョー」の剣であり続ける。
必殺技「キングギリギリスラッシュ」の発動が実質的な真名解放にあたり、「ジオウサイキョウ」と書かれた長大な光の刃で敵を両断する。
単独降臨のスキルもあり、何の制約もなく『平成の継承者』との同時複数使用が可能。
『偽・忠実なる我が僕(カッシーン)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:一人
オーマジオウとなった2068年の常盤ソウゴがサーヴァントとして現界する際自動的に付加される宝具。
高度な知能と平均的なサーヴァントに匹敵する戦闘能力を併せ持つ配下の機械兵・カッシーンを召喚する。
カッシーンはオーマジオウの指令を遂行することを第一に行動する。が、機械なのでハッキング等で奪取されるリスクがある。
召喚できるカッシーンは一度に一体だけだが、何度破壊されても無制限に再召喚できる。
単独降臨のスキルもあり、何の制約もなく上記二つの宝具と同時複数使用が可能。
【weapon】
ジクウドライバー、ジオウライドウォッチ、グランドジオウライドウォッチ
仮面ライダージオウへの変身に使用するツール。
今回の聖杯戦争では常にグランドジオウの姿で固定されているため変身を行う必要はない。
ドライバー、ライドウォッチともに破損・破壊されれば力を維持できなくなるジオウの弱点部位。
ジカンギレード、サイキョーギレード、サイキョージカンギレード
ジオウの専用武装。ジカンギレードとサイキョーギレードは分離して二刀流で使うこともできる。
ライドヘイセイバー
ジオウの専用武装。本来はディケイドアーマー変身時に使用する剣だがグランドジオウでも使用可能。
この剣単体でクウガ~ビルドまでの歴代主役仮面ライダーの力をある程度引き出すことができる。
この他歴代ライダーたちの武装、及びマシン
【人物背景】
2068年の時代に君臨する魔王、オーマジオウ。かつて世界中の人々を幸せにするため最高最善の王様を目指した普通の高校生・常盤ソウゴの成れの果て。
本企画では界聖杯の出現を察知、界聖杯内部からその実態を見極めるため自身をサーヴァントに偽装して聖杯戦争に潜り込んだ。
この際仮面ライダーエグゼイドのマイティクリエイターVRXの力を使い、聖杯戦争の
ルール、サーヴァントの規格に合わせて自らの端末(アバター)を構築し召喚システムに介入した。
構築されたサーヴァントとしてのジオウはオーマジオウに至る前の姿、グランドジオウで固定されているが人格は2068年の常盤ソウゴ、といった具合になっている。
サーヴァントとしてのジオウは姿が固定されているため変身を解くことができず、また厳密には死者ではなく生者であるため霊体化もできない。
【サーヴァントとしての願い】
界聖杯が他の時空に影響を及ぼす存在であるか否かを見定める。
願望器としての運用に問題がないようであれば梨花に使わせるのも吝かではない。
【マスターとしての願い】
まだはっきりとは決まっていない。聖杯を手に入れてから考える。
【能力・技能】
女王感染者
雛見沢特有の風土病、雛見沢症候群の女王感染者。
感染者に接することである程度発症を抑制できる。
また雛見沢症候群の研究者の論文によれば、女王感染者が死亡した場合感染している雛見沢村の住民は四十八時間以内に集団で末期発症を起こすとされている。
オヤシロ様の生まれ変わり
雛見沢村の古手神社を代々受け継ぐ御三家の一角、古手家では八代続けて女の子が生まれた時、八代目の子が村に祀られた神であるオヤシロ様の生まれ変わりとされる。
実際に梨花はオヤシロ様である羽入と言葉を交わし、彼女の力を借りて時間を遡り、カケラの海を渡り歩いている。
【人物背景】
自らの死の運命に抗い続ける百年の魔女を自称する少女。
幾多の挫折、幾多の惨劇に心が折れかけるが仲間である前原圭一の奮闘によって再び戦う意志を取り戻した。
沙都子の叔父の帰還という最悪の悲劇を覆し、ついに自らを殺す黒幕を突き止めるも力及ばず敗北。
仲間は全員殺され、自らも生きたまま腹部を切開され死亡した。―――次の世界にこの記憶を持ち越すのだと誓いながら。
参戦時期は皆殺し編の死亡後から。
【方針】
聖杯は欲しいけど人を殺したら仲間たちに顔向けできない。
サーヴァントだけを倒すに留めてマスターや
NPCへの被害は極力避ける。
最終更新:2021年07月18日 15:31