何もできなかった。
助けられなかった。
とっくに諦めてしまった。
最初からわかっていたのに、現実から目を背けて。
何がしたいのかわからないまま、一方的に命を奪い続けて。
なりたいわたしにも、憧れのわたしにもなれず……たくさんの犠牲を許しちゃった。
こんなわたしが、キュアスターでも
星奈ひかるでもあるはずがない。
わたしは、いったい何なんだろう。そんな疑問だけが、わたしの中を満たしていた。
『あ、が――ぃ、ぎ……! は、ぁ……あ、あぁぁぁあああ゛あ゛あ゛………ッ!?』
八宮めぐるさんの悲鳴が、頭の中でリピートされる。
腕が壊れて、全身からたくさんの血を流しながらも、彼女は真乃さんのために戦っていた。
苦しんでいためぐるさんの命を……わたしはこの手で奪ったよ。
『こ、の……人、殺……し…………!』
血と罪で濡れたわたしを見た、風野灯織さんの言葉を忘れられない。
その綺麗な体が壊れていくにも関わらず、めぐるさんの仇を取ろうとわたしに立ち向かったよ。
灯織さんの願いと優しさを、わたしは容赦なくぶち壊した。
言い訳はできないし、責任から逃げるつもりだってないよ。
わたしが二人の心を踏みにじり、命を奪ったのは事実だし、やり直すことはできない。
『辛えよなぁ。嫌になっちまうよなぁ』
どうしようもないわたしを助けてくれたのはライダーさん。
鬼にされた人たちの命を奪ったライダーさんを責められない。
あそこで駆けつけてくれなければ、わたしは命を奪われていた。
ライダーさんの目は、わたしの辛さと悲しみを理解した目だったよ。
でも、ライダーさんはすぐにいなくなっちゃう。
星野アイさんの所に戻っていったんだね。
わたしは命を助けられたけど、喜べないよ。
ライダーさんと話すことはたくさんあったはずなのに、それ以前に……わたしは何の責任も果たせなかったから。
助けられなかった苦しさがわたしの中に広がっていて。
わかりあえなかった悲しみがわたしの心を傷つけていて。
周りに広がり、わたしの体を容赦なく汚す赤い血のせいで、これからどうしたらいいのかわからなかった。
「……スターカラーペンと、ペンダント…………」
震える手で、わたしは握りしめる。
ララと出会った日に、わたしに与えられた大切な宝物。
いつも手にしている宝物だけど、今のわたしには重くのしかかって、両手が震えちゃう。
(…………わたしに、何ができるの? 約束も、責任も……全部裏切り続けた、わたしなんかに…………)
キュアスターの変身が解けちゃったのだって、わたしが真乃さんの願いを裏切ったからなんだ。
ここにいるみんなの幸せと毎日を、わたしが奪ったんだ。
約束を破ったから、その報いを受けなきゃいけない。
(…………ララと違って、わたしは本当に悪いことをしたのに……持っている資格があるのかな……)
ペンを持って思い出すのは、遠い日の出来事。
昔、ララが宇宙人だってことがクラスのみんなにバレそうになって、ララはひとりぼっちになった。
でも、ララは何も悪さをしてないし、ララはララだから……わたしはずっとそばにいると約束したよ。
今のわたしは違う。わたしに優しくしてくれた真乃さんから、灯織さんとめぐるさんを奪った。
いいや、どれだけの命を奪ったのか、もうわからない。
『……ひかるちゃん』
ふと、わたしの頭に声が響いてくる。
突然のことに、わたしの意識が浮かび上がった。
『ありがとう。ずっと支えてくれて。
この世界で、私の友達でいてくれて。
優しいひかるちゃんがいたから、私は今まで笑顔でいられた』
聞こえてくるのは、
櫻木真乃さんの念話だよ。
この世界に召喚されてから出会った、わたしの大切な人。
相変わらず優しくて、こんなわたしのことを、今も気遣ってくれる声だよ。
だからこそ、そこから聞こえる念話が、わたしにとって信じられなかった。
『だから……ごめんね』
えっ、と声が漏れる。
その真意を聞くことができないまま。
『私はもう、笑顔でいられないと思う』
真乃さんの想いは、わたしの心に突き刺さった。
ほんわかした暖かさはなく、まるでナイフのように鋭い。
真乃さんがそんなことを言うなんてありえない……いや、灯織さんとめぐるさんを助けられなかったわたしのせいだ。
『……な、なんでですか?』
ようやく届けたのは、強い疑問。
真乃さんの言葉に納得できなかった。
わたしにこんなことを言う資格がないのはわかっている。
だって今のわたしはまぎれもない悪人だし、誰かに守られる資格だってない。
例え、ララたちが優しく手を伸ばしてくれても、わたしは絶対に掴んじゃいけなかった。
……それでも、真乃さんを守る約束と責任だけは捨てたくない。
真乃さんには笑顔でいてほしいから、わたしは戦えた。
その真乃さんが、自分から笑顔を捨てようとしていることが、信じられない。
『ごめんね、ひかるちゃん……本当に、ごめんね……』
『あ、謝らないでください! 悪いのは、みんな、わたしなんです! わたしが、灯織さんとめぐるさんの二人を……!』
『違うよ』
真乃さんの念話が、氷のように冷たくなっていく。
まるで、真乃さんが真乃さんでなくなりそうで、わたしは息をのんだ。
真乃さんが、笑顔でいられない?
あんなに暖かくて、優しい真乃さんが笑えない?
疑問が胸の中で爆発して、わたしは言葉が出ないよ。ここにいない真乃さんから、感情がどんどん消えていきそうな気がして。
『絶対に……許しちゃいけないの。
酷いことをする人や、悲しいことを起こす人なんて、許しちゃいけないし……ひかるちゃんを、傷つけるなんて、ズルいから……
だから、私は…………』
『そんなの……そんなの、ダメですッ!』
その先を言わせないために。
気が付いたら、わたしは立ち上がりながら念話を送っていた。
真乃さんの声は本当に辛くて、悲しく聞こえる。
灯織さんとめぐるさんがいなくなって、自分の心がコントロールできないんだ。
『……どうして?』
『真乃さんが……真乃さんが、危ないことをするなんて、ダメです! わたしが、イヤなんです!』
わたしは必死に思いを叫ぶ。
確かに、わたしだって悪いことをする人は許せないし、戦う責任がある。
グラスチルドレンの子とわかりあえないと決めて、その命を奪ったことを忘れないよ。
でも、真乃さんが危険なことをするのは違う。
ううん、させたくない。
もしも、真乃さんが危ないことをしそうになったら、わたしが止めなきゃいけないんだ!
だってわたしは……真乃さんを守りたいから!
『真乃さん! 今から、わたしは真乃さんのところに戻りますから……待っていてくださいね!』
『……うん、待ってるから。ひかるちゃん』
必死に念話を送るけど、真乃さんの返事はとても弱々しい。
今にも壊れそうな声で場所も教えてくれた。
(そうだよ……わたしは、真乃さんと約束したんだ。ちゃんと、真乃さんの所に戻るって)
わたしの名前を呼んだ真乃さんは、今もわたしを待っている。
人の命を奪い続けて、許されない罪を背負ったわたしを責めなかった。
わたしが足を止めている間、真乃さんはたったひとりで不安だったはず。
だから、キュアスターに変身するための宝物も、わたしは絶対に捨てない。
真乃さんと交わした約束を忘れちゃダメだよ。
「…………本当に、ごめんなさい」
その前に、わたしにはやるべきことがあった。
誰かの悪意に巻き込まれて、わたしに命を奪われてしまった人たちに目を向ける。
わたしのせいで、酷い姿にされた命。
謝ったって、許されるわけがない。
自己満足でしかないのはわかっている。
この世界で生きている命を、わたしは確かに奪い続けた。
本当なら、帰りを待っている人たちにだって、ちゃんと謝る責任がわたしにはある。
「苦しかったですよね? 怖かったですよね? わたしが、何もできなかったせいで…………本当に、本当にごめんなさい」
だけど、今は時間がない。
この人たちから逃げて、その弔いだって誰かに押しつけちゃう。
本当に無責任で、最低なわたしだ。
「…………でも、わたしは行かないといけないんです。
わたしを待っている人が、いますから。
全部、全部終わるまで……待っていてください。
その時まで、ごめんなさい…………」
上手く言葉にできないまま、わたしはこの場から去っていく。
(咲耶さん……それに、摩美々さんのアサシンさん……ごめんなさい、わたしはお二人の優しさを裏切るかもしれません。
わたしは、真乃さんを守り抜いたら……ちゃんと、悪いことをした罰を受けます)
地球に限らず、宇宙に広がるどの惑星でも当たり前のことだよ。
この界聖杯でも同じで、みんなの命を奪い続けた罰をわたしは受けるべき。
アサシンさんが知ったら、絶対に止めようとするけど、わたしに優しさを受ける資格なんてない。
ただ、わたしのワガママが許されるなら、真乃さんを守り抜いてからにしたい。
わたしと違って真乃さんは何の罪も背負っていないし、背負わせちゃいけないから。
真乃さんのためにも、わたしは足を必死に動かしていた。
『今回は、散歩ついでの“手助け(スケダチ)”だ。
“特例(サービス)”……って奴だぜ?
ま、そういう訳だ―――』
わたしの頭に過ぎるのはライダーさんの言葉。
きっと、ライダーさんは大きな壁にぶつかって、心が折れちゃった人なんだ。
キラやば~な夢や想いがあったのに、叶えられなかったことに苦しんでいた。
やっぱり、ライダーさんは立派な大人だと思う。わたしの代わりに戦って、そして守ってくれたから。
もちろん、次に会えばどうなるかわからない。戦う時が来たら、ライダーさんが相手でも全力を出すって決めたから。
『―――じゃあな、嬢ちゃん。元気でな』
だけど、ライダーさんがわたしを助けてくれたのは、本当のことだよ。
あの人と違って、約束を破ったわたしが、真乃さんを助けられる自信はまだない。
でも、このまま何もしなかったら、ライダーさんの気持ちだって裏切るような気がして。
それも、どうしてもイヤだった。
「ありがとうございます、ライダーさん」
あの人に届かないことはわかっても、わたしはお礼を言うよ。
ライダーさんがわたしを守ったように、わたしも真乃さんを守ってみせる。
これが、わたしなりの誠意だから。
スターカラーペンとペンダントを手に取って、わたしは魔法の言葉を叫んだ。
「スターカラーペンダント……カラーチャージッ!」
心と体の疲れを無視して、必死に力を振りしぼりながら、わたしはキュアスターに変身する。
力を貸してくれたことに安心せず、前を進んだ。
コスチュームに血は残っているけど、今は関係ない。
わたしの罪とも呼べるにおいに、顔をしかめながらも走る。
まだこの足は動く。
わたしは走ることができる。
怖くてたまらないけど、真乃さんがわたしのことを待っているから。
街灯は壊れて、東京なのに光がほとんどなくて、周りはとても暗い。
ガレキで転ぶかもしれないけど、気にしていられないよ。
「真乃さん……真乃さん……真乃さん……ッ!」
ただ、わたしは名前を呼んでいた。
わたしの大切な人……真乃さんの名前を呼びながら、地面を強く踏みしめる。
運動会のリレーやマラソン大会みたいに、わたしは全力で走るよ。
だって、真乃さんはひとりで待っているから、わたしは足を止めちゃダメ。
罪悪感で全身が痛むけど、わたしは真乃さんに会わなきゃいけない。
わたしは、真乃さんの所に進むしかないんだ。
◆
私は彼女のことを大切に想っています。
この聖杯戦争に巻き込まれてから、
星奈ひかるちゃんという女の子はいつだって私の隣にいてくれました。
283プロのアイドル……
櫻木真乃でしかない私のことを、いつだって優しく励ましています。
『真乃さん! 勉強でわからないことがあったら、いつでも相談してくださいね!』
『ほわっ……ひかるちゃん、こんなに難しい問題も解けるんだね!』
『えっへん! わたしは宇宙飛行士になるため、いっぱいお勉強をしましたから!』
予選期間中のある日、ひかるちゃんと一緒にお勉強をしたこともあります。
聖杯戦争の最中でも、ちゃんと勉強を忘れてはいけません。そんな時、ひかるちゃんから教えてもらうこともあります。
彼女の夢は宇宙飛行士でしたから、その実現のために努力したのでしょう。
胸を張るひかるちゃんがとても元気で可愛かったです。
『あっ、真乃さん! 流れ星が見えましたよ! キラやば~!』
『本当だ! ひかるちゃん、一緒にお願い事をしようか!』
『はい! えっと……真乃さんと一緒に聖杯戦争を止めて、みんなで元の世界に帰れますように!』
『ふふっ……それじゃあ、私のお願い事は……ひかるちゃんと一緒に、頑張れますように……!』
一緒に夜空の天体観測をした日もありました。
いつも、ひかるちゃんは私よりも先に流れ星を見つけちゃいますよ。
オリジナルの星座をノートにいっぱい描くくらい、彼女は宇宙と星座が大好きです。
『ひかるちゃん、それは何の星座なの?』
『真乃さんの星座ですよ! その名も真乃さん座です!』
『そっか……ひかるちゃんのおかげで、宇宙に私の星座ができたんだね!』
前に星座ノートを見せてもらったこともありましたが……とてもキュートな星座でいっぱいでした。
私の星座を見せてくれた時、胸がキラキラしましたよ。
夜空を見ながら、ノートにオリジナルの星座を描くひかるちゃんは可愛いです。
『できたよ、ひかるちゃん!』
『すごいです! 真乃さんのおかげで、髪がまとまりました!』
『ひかるちゃんの髪は、とてもきれいだからね! 私も、ちゃんとセットしたいんだ!』
『じゃあ、これからも真乃さんにお願いしていいですか?』
『もちろんだよ!』
毎日のように、私はひかるちゃんの髪をセットしてます。
ふんわりした髪は、さわるだけで心が落ち着いて、私は自然と笑顔になります。
おなじみのツインテールはもちろん、ポニーテールや三つ編みを結ってあげましたし、ハーフアップにした日もありますよ。
鏡の前でヘアメイクをしてあげる時、私とひかるちゃんは一緒にワクワクしてます。
『ピーちゃん! この子は、
星奈ひかるちゃんだよ! 私の新しいお友達なんだ!』
『初めまして、ピーちゃん! わたしは
星奈ひかるです! ぽっぽるぅ~!』
『ひかるちゃん、鳩さんの言葉が上手だね! ピーちゃんも喜んでいるよ!』
『はい! キラやば~! って、挨拶をしましたからね!』
私の家にいるピーちゃんに、ひかるちゃんを紹介しましたよ。
この世界で生きるピーちゃんも
NPCかもしれませんが、大切なピーちゃんであることに変わりません。
ひかるちゃんとピーちゃんはすぐに仲良くなって、わたしの心はぽかぽかしました。
『はやるココロ~!』
『じらさないで!』
『『輝きのたもとへ、走りだそうよーーーーヒカリのdestination!』』
二人でカラオケに行って、熱唱した日もあります。
私とひかるちゃんだけの特別ステージで、お互いに気持ちを合わせて歌いました。
ひかるちゃんは歌もとても上手で、私の心をワクワクさせてくれます。
もしも、ひかるちゃんがアイドルだったら、一緒に高めあっていたかもしれません。
『ひかるちゃん! いつも一緒にいてくれるから、私からおこづかいをあげるよ!』
『やったー! 真乃さん、ありがとうございます~!』
『どういたしまして。ひかるちゃん、大事に使ってね!』
『はい! わたしと真乃さんのお約束ですね!』
本戦が始まるちょっと前に、私はひかるちゃんにおこづかいをあげました。
3000円で大丈夫かな? と、悩みましたが、ひかるちゃんは喜んでくれました。
ぴょんぴょんと、ウサギさんみたいにジャンプしてて可愛かったですし、目をキラキラと輝かせています。
「………………」
ひかるちゃんと念話をするたびに、聖杯戦争の本戦が始まるまでの日々を思い出しています。
彼女の笑顔に、私はたくさんの元気をもらえました。
もしも、私に妹がいたら……こんな元気で楽しい毎日を過ごしていたのでしょうか?
私は理想のお姉ちゃんになれるよう、頑張ったかもしれません。
風野灯織ちゃんや八宮めぐるちゃんに紹介して、4人でどこかにおでかけもしたかったです。
でも、私のささやかな願いはもう叶いません。
『真乃さん!』
私の頭に声が聞こえました。
ひかるちゃんが念話を送ってくれました。誰も通らず、しんと静まりかえった路地裏に、彼女の声がよく響きます。
『今から、わたしは真乃さんのところに戻りますから……待っていてくださいね!』
ひかるちゃんの声で、新宿での騒ぎを止めてくれたことに気付きました。
彼女だって辛いはずなのに、気丈に振る舞っています。
変わり果ててしまった灯織ちゃんとめぐるちゃんを、ひかるちゃんはその手にかけてしまった。
そんなこと、信じたくありませんでした。強くて優しいひかるちゃんが、灯織ちゃんとめぐるちゃんの命を奪うなんて、何かの間違いだと。
でも、彼女は嘘をつく子じゃありませんし、たちの悪い冗談だって絶対に言いません。
何よりも、グラスチルドレンと戦って、その命を奪ったことをちゃんと話してくれましたから…………
『……うん、待ってるから。ひかるちゃん』
わたしは返事をして、ひかるちゃんに居場所を教えました。
きっと、もうすぐ彼女が来てくれるでしょう。でも、どんな言葉をかけてあげればいいのか、まだわかりません。
こんな私の笑顔をひかるちゃんは望んでいるのに、私はひかるちゃんの優しさを裏切ろうとしていますから。
「……灯織、ちゃん……めぐる、ちゃん……」
ひかるちゃんと同じくらい、大切な2人の名前を呼びます。
もちろん、2人から返事が来るわけがありません。だって、灯織ちゃんとめぐるちゃんはもう……
そして、脳裏に浮かぶのは、恐ろしい姿になった灯織ちゃんとめぐるちゃん。
ひかるちゃんですら、彼女たちを助けられなかったのでしょう。
聖杯戦争は過酷で、白瀬咲耶さんも命を奪われましたから、力を尽くしても届かない願いがあります。
だからこそ、咲耶さんの悲劇を繰り返さないって私たちは誓ったのに。
(…………どうして?)
私の中に生まれてくるのは、真っ黒な疑問。
(咲耶さんと……それに、灯織ちゃんとめぐるちゃんが、何をしたって言うの?)
とまどいと、胸の奥からわき上がってくる怒りと憎しみ。
(ひかるちゃんはあんなに優しいのに……どうして、傷つかないといけないの?)
激しくなるのは、アイさんとの電話をきっかけに生まれた感情。
咲耶さんが踏み台にならないといけなかった理由があるの?
灯織ちゃんとめぐるちゃんがあんな酷い目にあわないといけない理由があるの?
ひかるちゃんが重荷を背負って、悲しまなきゃいけない理由があるの?
どうして、私から大切な人たちを奪っていくの?
大切な人を失った瞬間、私の心がバラバラになったことを知らないのに?
私だけじゃなく、摩美々ちゃんだって傷ついたはずなのに?
(グラスチルドレンや、灯織ちゃんとめぐるちゃんに酷いことをした人だけじゃない。
アイさんだって……みんなを悲しませるつもりなんだ)
星野アイさんは聖杯を狙っていることを、私は知っていました。
その気持ちを変えるつもりはないでしょうし、これからも聖杯を求めて戦うでしょう。
アイさんを放置していたら、いつか摩美々ちゃんも狙われます。
(そんなの……許せるはずがありません。アイさんは聖杯を狙うでしょうが、認めませんよ)
心の中で炎が激しく燃え上がります。
私が咲耶さんを失った悲しみを知っているはずなのに、摩美々ちゃんの命を奪おうとするなんて酷いです。
アイさんは私の命だって狙うでしょうが、私にも考えがあります。
(…………ひかるちゃんは本当はとっても強いサーヴァントだから…………私がその気になれば、ひかるちゃんは誰にも負けないよ)
ひかるちゃんは宇宙すべてを救ったほどのサーヴァントです。
私が令呪を使って、ひかるちゃんを戦わせればアイさんとライダーさんは敵じゃありません。
(みんな、知らないんだ。ひかるちゃんが本気を出せばすごいことができるって……なら、ちょうどいいや。
令呪さえ、使えば…………)
ひかるちゃんの可能性は無限大です。
すべての令呪を使って、宝具だって展開させれば……ビッグ・マムだけじゃなく、新宿を破壊したマスターとサーヴァントたちも仕留められるでしょう。
もちろん、灯織ちゃんとめぐるちゃんに酷いことをした人も敵じゃありません。
その気になれば、こんな戦争を仕掛けた界聖杯すらも破壊できるはず。
ひかるちゃんだって、私の言葉ならなんでも…………!
『真乃さん……もうすぐ着きますから!』
念話が聞こえて、我に返ります。
えっ……?
私は今、何を考えていたのですか?
まるで、冷たい雨水に打たれたように、心と体にショックが走ります。
ドクドクと響く心臓の音に、全身が真っ青になりました。
今までひかるちゃんはずっと私の隣にいて、守ってくれたのに。
聖杯戦争に巻き込まれてから、ひかるちゃんの素敵な笑顔をいっぱい見たのに。
私の代わりに、グラス・チルドレンと戦って、
神戸あさひくんを助けてくれたはずなのに。
さっきだって、バスに乗っていた人たちを助けようと、ひかるちゃんは頑張っていたのに。
何よりも、私と一緒に聖杯戦争を止めると、約束してくれたひかるちゃんに……
……大切なひかるちゃんに、酷いことをしようと考えていた?
ひかるちゃんが私のことを心配してくれている間、私は何をしていたのか?
私は、声をかけてくれたひかるちゃんを……復讐の道具として、考えていた?
最終更新:2021年12月01日 21:01