「あ……あ、あぁ……!」

 ドロドロとした熱い気持ちを自覚したまま、体の奥から震えます。
 夜よりもどす黒い、暗闇の中に引きずりこまれそうで、とても怖いです。
 瞳がにじんで、涙がほおにこぼれますが、今の私にぬぐうことはできません。
 自分の弱さと情けなさ、そしてひかるちゃんを道具として見ていたことに気付いて……呼吸も荒くなります。
 地上にいるのに、まるで水の中でおぼれたような息苦しさを感じて、何かにすがろうとキョロキョロしました。

「…………あぁっ……!?」

 私の口から声がもれました。
 だって、手のひらに刻まれている令呪が、目に飛び込みましたから。
 私たちを繋いでくれる絆の証であり、ひかるちゃんの存在を感じられる印。
 マスターとして令呪に願いをこめれば、サーヴァントのひかるちゃんは何でもするでしょう。
 ……でも、その令呪で、ひかるちゃんを操り人形にしようと私は考えちゃいました。
 あんなに優しいひかるちゃんの気持ちを踏みにじって、戦わせようとしていた。
 もしも、令呪でひかるちゃんの心とイマジネーションを壊したら……そこにいるのは、私の大切なひかるちゃんじゃない。
 マスターという立場を悪用して、サーヴァントのひかるちゃんに戦いを押しつけようとしていた。
 強いからって、誰かから何かを奪う理由にならないと、わかっていたはずです。
 許せない人と戦うために、ひかるちゃんを壊すなんてあってはいけません。
 それは、私から大切なみんなを奪った人たちと、いったい何が違うのでしょう?

「ーーーー…………!」

 私の手に刻まれた令呪がおぞましく見えてしまい。
 もう、何を口にしているのか、私自身にすらわかりません。
 思考が働かなくて、ただ震えています。
 大切なみんなを奪った人たちは許せませんし、分かり合いたくもないです。
 アイさんとの同盟だってもう関係ありませんし、いつか戦う時が来るでしょう。
 この胸で燃える怒りと憎しみを、捨てるつもりはないです。
 だからって、ひかるちゃんの心をねじ曲げていい理由になりません。
 令呪で強引に戦わせたら、ひかるちゃんが悲しむことは……ちょっと考えればわかるのに。
 それはズルいことのはずです。
 摩美々ちゃんだったら、許さないって言ってくれるのに。
 なのに、私は…………
 ショックのあまりに、何も考えられなくなったその時。

「真乃さん!」

 誰かが私の名前を呼びながら、手首をつかんでくれました。

「落ち着いてください!」

 聞き覚えのある声に、わたしは振り向きます。
 ひかるちゃんです。
 キュアスターじゃない、星奈ひかるちゃんでした。
 でも、さっきとは打って変わって、いたましい姿になっていて。
 彼女の小さな体と、可愛らしい衣服は真っ赤に染まっていました。

「ひ、ひかる……ちゃん……?」

 生々しい赤い模様とイヤな臭い。ひかるちゃんが浴びてしまった大量の返り血に、わたしは思わず後ずさりました。
 手を振りほどこうとして、彼女の目のよどみに気付きます。
 灯織ちゃんとめぐるちゃん、そして恐ろしい姿にされた人たちの命を奪った……
 その重みに、ひかるちゃんは苦しんでいるのでしょう。

「あっ……ま、真乃さん…………」

 私の視線に気付いたのか、ひかるちゃんは手を離します。
 彼女の悲しそうな表情を前に、私は言葉を失いました。
 今、私は確かにひかるちゃんを拒絶した。
 ひかるちゃんには誰かの助けが必要で、私が支えてあげるべきだったのに。
 真っ赤な跡と、生ぬるい感触が手首に残りますが、それどころじゃありません。

「……ご、ごめんなさい……わたし、灯織さんとめぐるさんの、命を……奪って……それどころか、誰のことも、助けられなくて…………」

 ただ、ひかるちゃんに謝らせていました。
 震える声で、真っ赤になった目からは涙がいっぱいこぼれているのに。
 きっと、私に伝えることを、ひかるちゃんは怖がっていた。
 誰も助けてくれないまま、ひとりぼっちで戦わなきゃいけないことに泣いていた。
 ひかるちゃんだって、本当はみんなを助けたいと思っていたのに。

「めぐるさんを、怒らせて…………灯織さんからは…………!
 ひ、ひと…………ひと…………ひと…………! うう、うぅ…………うえ…………」

 ひかるちゃんの嗚咽は止まりません。
 言葉がのどにつっかえているけど、伝えたいことはわかりました。
 私がいなくなった後、灯織ちゃんとめぐるちゃんは、ひかるちゃんに酷い言葉をぶつけたのでしょう。
 本当なら、私はあそこに残ってひかるちゃんを守らないといけなかったのに。
 ひかるちゃんは2人から傷つけられました。
 灯織ちゃんとめぐるちゃんは、そんな女の子じゃないとわかっています。
 でも、大切な友達が、他の大切な友達を悪く言うのは悲しいですし、誤解をといてあげるべきでした。
 優しさに甘えて、妹同然の女の子を泣かせている今がつらくて、私だって泣いちゃいます。
 誰にも頼れず、いじめを受けて泣いている子と、今のひかるちゃんは同じですから。

「ごっ、ごめん、なさい……真乃さん…………泣いちゃ、ダメなのに……泣き虫で、ごめんなさい…………
 体だって、こんなに…………うぅっ…………よ、よごれて…………」

 真っ赤になった両手で、ひかるちゃんは涙をぬぐいます。
 違うよ。
 謝ることなんてない。
 あなたは何も悪くないよ。
 ひかるちゃんは泣き虫なんかじゃない。
 むしろ、私こそひかるちゃんに謝らないといけないことがたくさんあるのに。
 でも、アイさんたちを許すことができない。
 いざとなったら、ひかるちゃんを戦わせようとしていた。
 たくさんの感情が頭の中をかき回して、私は言葉を出せません。
 ただ、ひかるちゃんの姿にいたたまれなくなって……

「…………ひかるちゃん…………」

 気がつくと、私はひかるちゃんの小さな体を抱きしめていました。
 震える背中をなでてあげる以外、私は何もできません。
 ひかるちゃんの傷ついた心もなでたいけど、私の手では無理です。
 せめて、少しでもひかるちゃんの心が癒されますように。そんな願いと共に、なでていました。

「……ま、真乃、さん……? だ、ダメですっ! 今の、わたしにさわったら…………!」
「いいの、気にしないで……私が、ひかるちゃんを抱きしめてあげたいの」

 ひかるちゃんから流れる涙とたくさんの血が、私の両手やジャケットにも染みつきます。
 でも、関係ありません。
 これは私にできるせめてもの償いです。
 小さく震えているひかるちゃんを守れるのは私だけ。
 だって今のひかるちゃんは…………泣いている一人の女の子ですから。

「ひかるちゃん……怖かったよね? 辛かったよね? 苦しかった、よね?」
「真乃さん…………!」

 とんとん、と……私はひかるちゃんの頭と背中を優しくなでました。
 すると、ひかるちゃんは思いっきり泣きました。
 彼女の気持ちを受け止めるため、わたしは両うでをまわして、ひかるちゃんを抱きしめます。
 やっぱり、ひかるちゃんの体は暖かいです。
 でも、私よりも小さくて細いことを、改めて実感しました。
 もしも、強く抱きしめたりしたら、このまま壊れちゃいそうで。
 こんな小さな体で、凶悪な敵と戦ってみんなを守り続けたことがすごいです。
 私の元に戻るまでにも、荒れ果てた道をたった1人で走ったはず。
 転んだらケガじゃ済まないのに、ここに駆けつけてくれました。
 全身が血で汚されて、そのイヤなにおいにひかるちゃんは耐えてくれた。
 そんなひかるちゃんを抱きしめて、私は消えたくなります。
 ひかるちゃんは、ちゃんと帰ってきてくれた。
 待っている間、私はひかるちゃんを道具として見ていたのに。
 とってもひどいことをしようと考えていたのに。
 こんな私を心配して、ひかるちゃんはたった1人で走ってくれていた。
 ひかるちゃんの優しさを踏みにじろうとして、私は泣いちゃいますが、何とか声を抑えます。

「う、うあ…………あ……あ、あっ……!」

 私の涙を、ひかるちゃんに気付かれないよう、小さな頭を胸に押しつけました。
 彼女の温度が、ほんわかと伝わります。
 あぁ……ひかるちゃんは本当に優しくていい子です。
 私よりもずっと。

「いっぱい、泣いてもいいから…………ひかるちゃんは、泣いてもいいんだよ…………」

 私が言えるせめてものなぐさめ。
 虫がいい話とはわかっていますが、今はひかるちゃんのことだけを考えたいです。
 だって、ひかるちゃんはどこにも飛ぶことができません。
 本当なら、宇宙にまで届く力を持っているのに。
 ひかるちゃんの強さに、私は甘え続けました。
 私を守り続けてくれてうれしいですが、そのせいでひかるちゃんが酷い目にあわされるのはイヤです。
 今だって、ひかるちゃんから涙があふれていますから。
 もう誰かに笑顔や癒やしを届けられない、弱くてズルい私に、何ができるかわかりませんが。


 聖杯を求めて悪さをする人たちのせいで、こんなにも傷ついたひかるちゃんを支えたいです。




 真乃さんを見つけてから、どれだけの時間がたったのか。
 ただ、わたしと真乃さんは歩いていた。あてはないし、どうすればいいのかわからないけど。
 少しでも新宿から離れようとして、2人で誰もいないコインランドリーの前にたどり着く。
 しかも、コインシャワーまで付いているお店だよ。
 あれだけの地震があったのに、奇跡的にも被害は少なくて、お店として利用できた。
 もしかして、災害対策がしてあるお店かな。

「ねえ、ひかるちゃん……コインシャワーを、使おう?」
「えっ? で、でも……」
「私が見張っているから、大丈夫だよ。女の子だから、体を大事にしないと……洋服だって、私が洗濯してあげるから」

 真乃さんの提案を、わたしは断れなかった。
 確かに、今のわたしの全身は血で汚れていて、とても人前に出られない。
 いつまでも霊体化はできないし、何よりもわたし自身が体を洗いたいのは確かだよ。
 幸いにも、お店の中には誰もいないからね。

「……わかりました。何かあったら、すぐに呼んでくださいね」

 そうして、わたしは手元にスターカラーペンとペンダントを用意しながら、コインシャワーの個室に入る。
 でも、鏡に映ったわたし自身に、わたしは何も言えなくなる。
 真っ赤になった目と、髪や全身に飛び散った大量の血を見て……胸が痛んだ。
 あぁ……わたしは、どれだけの命を奪ったのだろうって。
 それでも、真乃さんを心配させたくないから、シャワーで体を洗い流す。排水溝に流れる血が、まるでSFホラー映画のワンシーンみたいだった。

(誰かの命だった血が、こんなにも簡単に流れちゃうなんて……)

 シャワーで体が温まっても、わたしの心はちっとも落ち着かない。
 シャンプーやボディソープの香りも、血の匂いを忘れさせてくれない。
 これ以上、わたしから流れていく血を見るのが辛すぎて、シャワーのお湯を止める。
 真乃さんが用意してくれたタオルで体を拭いても、血の感触は消えない。
 ここに来るまで、真乃さんがお店で買ってくれたのに、わたしの罪を染みこませちゃう。
 どこまで、真乃さんのものを汚しちゃうのだろうと、わたしは不安になった。

「……真乃さん…………」
「おかえりなさい、ひかるちゃん……」

 洗濯機の音にかき消されそうなほど、わたしと真乃さんの声は小さい。
 当然、わたしたちは笑えていないよ。
 真乃さんが買ってくれたワンピースを着ても、ちっともワクワクしなかった。
 2人で選んだお気に入りの洋服なのに、わたしの心は動かない。

「家には私が連絡したよ……今日は地震の影響で帰れないから、どこか泊まれるところを探すって。
 この分だと、明日のライブだって中止になると思うから……」

 元々、わたしたちは真乃さんの家に帰る途中だった。
 だけど、新宿の災害のせいで交通機関の大半がマヒして、乗り物は使えそうにない。
 この聖杯戦争では、真乃さんの家は文京区に用意されているけど、とても帰宅できなかった。
 キュアスターに変身して、真乃さんを家まで送り届ける方法もある。でも、疲れ切った真乃さんを抱えたまま、長距離を走るのはダメ。
 真乃さんが休める場所を見つけるしかなかった。

「ひかるちゃん、座ろう?」

 備え付けられた椅子に、真乃さんはわたしを座らせてくれた。
 今、わたしは実体化をしている。
 狙われるリスクが高くなるけど、真乃さんの見える所にいたかった。
 だって、もしもわたしが霊体化をしたら、真乃さんがひとりぼっちになりそうな気がしたから……

「髪、セットしてあげるね……」

 いつの間にか、真乃さんはお店に用意されたドライヤーで、わたしの髪を乾かしてくれる。
 髪留めとカチューシャを外して、肩にまで届いたわたしの髪を、真乃さんは丁寧にほぐしていた。
 一本一本、髪の毛をドライヤーで暖めながら、くしでとかしてくれる。
 アイドルとして、髪にも気をくばっていた真乃さんだからこそ、おしゃれを意識したドライヤーの使い方を知ってるよ。
 聖杯戦争が始まるまでの一ヶ月、真乃さんはわたしに何度ヘアメイクをしてくれたのか。
 でも、鏡の前にいるわたしたちは……やっぱり、笑顔じゃない。
 いつもなら、2人ではしゃいでいたのにな。

「ひかるちゃん、ごめんなさい……」

 髪をセットしている最中、いきなり真乃さんにあやまらせてしまう。
 悲しい声に、わたしの瞳から涙が浮かんだ。

「……どうして、真乃さんがあやまるのですか? 真乃さんは、何も悪いことを……してませんよね?」

 誰が悪いかと言われたら、わたしだよ。
 約束を裏切って、真乃さんを心から悲しませたから。
 今だって落ち込んでいて、笑顔を見せてくれない。

「灯織さんと、めぐるさんのことを…………助けられなくて、本当にごめんなさい…………」

 わたしは涙をこらえることができないよ。
 真乃さんを心配させたくなくて、下を向きながら両手で涙をぬぐうけど、とまらない。
 信頼を裏切ったことが申し訳ないし、本当だったら合わせる顔だってないよ。
 真乃さんから買ってもらった変装セットだって、台無しにしちゃった。
 さっきだって、わたしを抱きしめたせいで、真乃さんのジャケットを汚しちゃったのに。
 道路で鬼にされた人たちだって、誰1人も助けられなかった。
 責任を取ると言いながら、わたしは何もできていない。

「何も、できなくて……何も、頑張れなくて……真乃さんを、裏切り続けて…………!」

 いつか、真乃さんともわかりあえなくなりそうで。
 どんどん、わたし自身が……わたしのことをきらいになりそう。
 当然、真乃さんから逃げるなんて許されないし、ちゃんとわたしの口から話すって決めたのに。
 だけど、涙をがまんできない。
 真乃さんの顔を見た瞬間、頭の中がぐちゃぐちゃになって……決意したはずなのに、泣いちゃった。

「…………違うよ」

 髪をセットしている真乃さんは、わたしを悲しそうな目で見つめている。
 でも、すぐにわたしの頭を優しくなでてくれた。
 まるで小動物に触れるような、丁寧な手つきが暖かいよ。

「ひかるちゃんは、私を裏切ってなんかないよ?」

 はっきりとした口調で、真乃さんは言ってくれる。
 その手と、言葉が本当に暖かくて、わたしの中から気持ちと一緒にあふれでてくる涙が止まらなかった。

「……むしろ、私こそ……最低なマスターだよ。ひかるちゃんに、ひどいことをしようと考えていたから……」

 そう口にしながらも、真乃さんはなでてくれる。
 そっと振り向いてみると。

「……私ね、令呪で……ひかるちゃんを戦わせようとしていたから……こんな私なんか、ひどいよね……?」

 つぶやきと共に、わたしの髪をセットする真乃さんの手が止まっちゃった。

「……令呪で戦わせることがひどいって……どうしてですか?」

 真乃さんを傷つけないよう、わたしはゆっくりと聞くよ。
 いざとなったら、真乃さんが令呪を使う状況は必ず来るし、わたしだってサーヴァントだからどんな願いでも叶えてみせる。
 だから、真乃さんがこんな話をした理由がわからない。

「…………それは、ね…………さっきも言ったように、許せないって、思ったんだ…………」

 ためらいながらも、真乃さんは言葉にした。
 まるで怖がっているように、体が震えている。
 この聖杯戦争や凶悪な主従ではなく、もっと別の何かに不安を抱いていた。
 真乃さんの心の奥底に、重くて大きな何かがのしかかっている。
 数秒ほど、沈黙が続いた後……真乃さんは口を開いてくれた。

「聖杯を狙うために、みんなを傷つける人たちを……許せないって……」
「そ、それは……わたしだって同じですよ! いくら願いがあるからって、優しい誰かを傷つけるなんて……!」
「……そのために、私は……ひかるちゃんを復讐に利用しようと考えたの…………」

 そう、口にした真乃さんの瞳は、とても暗かった。
 疲れ果てて、すべてに絶望したように。深い深い、闇しか見えない。
 怒りと憎しみ、そして自分自身に対する失望が……真乃さんの瞳に広がっていて、わたしは驚いた。

「……令呪を使って、ひかるちゃんの心を奪ってでも……ズルくて悪い人たちと、戦わせようとしたの……
 そうしないと、摩美々ちゃんたちを守れそうにないって……思って……」
「ま、真乃さん…………」
「最低だよね、こんな私……だって、ひかるちゃんをモノみたいに扱おうとしたんだよ?
 酷いことをする人たちは、もう許したくないし、歩み寄りたくなんてない。
 ……でも、そのために……ひかるちゃんを、壊そうって考えちゃったんだ……!
 今だって、心のどこかで……ひかるちゃんの意志を無視してでも、復讐してやろうって、考えちゃうの……!
 ひかるちゃんを、支えたいって思うのに……ひかるちゃんを、道具みたいに、考えて…………!
 なのに、ひかるちゃんを休ませることで……私自身を、安心させようとして……ズルいよね……?」

 そう、真乃さんはうつむきながら、ドライヤーとくしを落としちゃう。
 真乃さんだって、どうにもできない心の叫びだ。
 いつもならこんな酷いことを考えないし、思いついても絶対に実行しない。
 だけど、大切な人を失い続けて、辛すぎるんだ。
 わたしの気持ちを知っているからこそ、真乃さんはよけいに悲しくなってる。

「だから、私はもう笑顔でいられないの……
 咲耶さんだけじゃない。灯織ちゃんとめぐるちゃんも、いなくなって…………
 ひかるちゃんに、ひどいことをしようって、考えたのに…………!
 どうやって、笑えばいいのか…………わからないよ…………!」
「…………無理に、笑わなくて、いいと思います」

 気が付くと、わたしの口からそんな言葉が出ていた。
 ほとんど直感だから、これが正しいなんて保証はどこにもない。

「……誰だって、辛いときが来たら、笑えませんよ。
 許せない人と出会ったら、許せないままでいいですし、心から怒ってもいいですよ。
 わたしだって、そうですから」

 ただ、わたしは真乃さんの心に寄り添いたかった。
 挫折の痛みを知ったライダーさんが、わたしを励ましてくれたように。
 あの人が届けてくれた想いは、わたしの背中を確かに押して、真乃さんの所まで走らせるパワーになったんだよ。

「たとえ、真乃さんの笑顔が見れなくなっても、わたしの気持ちは変わりません。わたしは、何があっても真乃さんの隣にいます。
 もちろん、真乃さんの苦しみだって、分けてほしいです……」
「…………ひかるちゃんは、やっぱり優しいね。
 でも、私は笑えないし、そうなったらアイドルでもいられない……輝くことも、できない…………」
「アイドルじゃないとか、輝いていないとか……何も関係ありません! 真乃さんは、真乃さんですから!」

 椅子から立ち上がって、わたしは声を出すよ。
 今にも折れそうな心と体で、それでも必死に力をふりしぼって。
 真乃さんがアイドルでいられないなら、それでもいい。
 輝きたくないなら、わたしはその意思を尊重する。
 でも、それで真乃さんをきらいになるなんて、絶対にありえないから。

「……これから本当に、許せなかったり、どうしても危険な相手と出会ったら……令呪を遠慮なく使ってください」
「……なにを、言っているの? それは、ひかるちゃんを……」
「そうしないと誰かを守れないって、真乃さんが思うほどの相手なら……わたしも全力で戦いますよ」

 令呪を使おうとしたことに、真乃さんは苦しんでいたよ。
 そんな真乃さんが令呪を使うなら、よっぽどの状況になる。
 他にどうにもできなかったら、わたしは真乃さんの令呪を受け入れるよ。
 令呪を使った結果、わたしが誰かの命を奪っても、それは真乃さんの罪じゃない。
 もちろん、相手の命を奪わなければそれに越したことはないよ。
 ただ、誰かの命を奪う痛みや重圧を、真乃さんに背負わせたくない。
 真乃さんと出会ったあの日から、わたしはずっとそう誓った。
 もしも、真乃さんが1人でも誰かの命を奪ったりしたら、永遠に笑えなくなるから。
 それに…………鬼にされた人たちと戦った苦しみは、わたしだけが背負えば充分だよ。

「アイさんや、ライダーさんが……本気で、敵になっても?」

 真乃さんが口にしたのは、星野アイさんたちとの決別を意味する言葉。
 わたしの元にライダーさんが来てくれたように、真乃さんもアイさんと話をしたのかな。
 何を話したのかわからないけど、きっと同盟が決裂したんだ。
 あの時、ライダーさんが残してくれた言葉は、本当の意味のお別れだった。
 あれは最後の手助けであって、次に会えばわたしたちは敵同士になる。
 ライダーさんは口に出さなかったけど、そんな予感がした。

「……真乃さんが2人と戦うなら、わたしは力になります。
 アイさんたちが、真乃さんを傷つけるなら、わたしが真乃さんを守りますから」

 これも、わたしの本心だった。
 ライダーさんには感謝しているけど、わたしだって真乃さんを守りたいからね。

「……ひかるちゃんが、こんな私を守ってくれるのは、サーヴァントとしての責任だから?」
「…………それ以上に……真乃さんが大切だから。大切な人だから、守りたいんですよ。
 だから、真乃さんには危ないことを……してほしくありません。
 戦いだったら、わたしが引き受けますから…………」

 マスターとサーヴァントだからじゃない。
 たとえ、その繋がりがなくても、わたしは絶対に真乃さんを守ってた。
 優しくて暖かい人だから、真乃さんを守りたいって心から思うようになったんだよ。
 さっきだって、悪い人たちへの怒りと憎しみを抱えながらも、わたしを支えてくれたから。

(今のわたしに、何ができるかわからないけど……何があっても、真乃さんを守りたい)

 聖杯じゃなく、わたし自身の力で叶えたい願いが、わたしの中で生まれていた。
 本当に真乃さんを守り抜いて、優しい笑顔を取り戻せるのか……その方法は、少しずつ考えるしかないよ。
 こわくて、不安なことはたくさんあるけど、この気持ちだけはゆずれない。

「真乃さんは、ひとりじゃありませんよ」

 その気持ちを込めて、わたしは真乃さんの手を包むよ。
 まだ、真乃さんは笑えていない。
 夜空で輝く満天の星みたいな笑顔は、今のわたしたちには遠くなっている。
 それでも、わたしと真乃さんはつながっていた。
 わかりあえなくなってもおかしくないし、心が離れそうだけど、何度でも追いかければいいだけ。
 昔、大切な友達のララとケンカしても、わたしはまた手を取り合えたように。
 わたしは……真乃さんの笑顔と幸せをあきらめるつもりはないよ。



【渋谷区のどこかにあるコインランドリー兼コインシャワー/一日目・夜】

櫻木真乃@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:疲労(中)、精神的疲労(大)、深い悲しみと怒り、令呪に対する恐怖
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:当面、生活できる程度の貯金はあり(アイドルとしての収入)
[思考・状況]基本方針:???
1:悲しいことも、酷いことも、もう許したくない。
2:アイさんたちがひかるちゃんや摩美々ちゃんを傷つけるつもりなら、絶対に戦う。
3:いざとなったら、令呪を使うときが……? でも、ひかるちゃんを……
[備考]※星野アイ、アヴェンジャー(デッドプール)と連絡先を交換しました。
プロデューサー田中摩美々@アイドルマスターシャイニーカラーズと同じ世界から参戦しています。
※文京区の自宅に帰ることは困難になったため、どこかの宿泊施設を探す予定です。


【アーチャー(星奈ひかる)@スター☆トゥインクルプリキュア】
[状態]:疲労(小)、ワンピースを着ている、精神的疲労(極大)、魔力消費(小)、悲しみと小さな決意
[装備]:スターカラーペン(おうし座、おひつじ座、うお座)&スターカラーペンダント@スター☆トゥインクルプリキュア
[道具]:洗濯中の私服(真乃のジャケットと共に洗濯中)、破損した変装セット
[所持金]:約3千円(真乃からのおこづかい)
[思考・状況]基本方針:……何があっても、真乃さんを守りたい。
1:真乃さんに罪を背負わせたりしない。
2:もしも真乃さんが危険なことに手を出そうとしたら、わたしが止める。
3:ライダーさんには感謝しているけど、真乃さんを傷つけさせない。
4:真乃さんを守り抜いたら、わたしはちゃんと罰を受ける。


時系列順


投下順


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076:ベイビー・スターダスト 櫻木真乃 089:ブラック・ウィドワーズ(前編)
アーチャー(星奈ひかる)

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最終更新:2022年01月25日 22:29