「……、」
夢を――見た。
世界の終わりのような夢だった。
さりとて、悪夢を見たという印象はない。
群れを成す鋼の群々、それと相対する戦の神。
青年の世界に御わす、八つ裂きにしても飽き足らない邪神と同一の存在ではないのだろうが、夢の中の視点でも一目でそれが神だと分かった。
荘厳にして超大。ヒトの形をしていることが不思議に感じられるような、あまりにも破壊的な力の塊。
機械の大軍を単身で相手取るという構図でありながら、しかしそれでも神は圧倒的な"個"だった。
個で以って群を圧する。そんな、世界中のありとあらゆる兵法を瓦解させてしまうような出鱈目な存在だった――そう見えた。
しかしそんな雄々しく強い"絶望"の神性にも、群れ成す機械達は臆することなく。
戦いを終わらせるための、最大にして最後の一撃を放ち……気付けば瞼が開き。仮の塒として利用しているホテルの天井を見つめていた。
「……おはよう、マスター……。もう、お昼……よく、寝れた?」
主の起床に気付いたのか、彼と契約で結ばれているサーヴァントが声を掛けてくる。
身体を起こすことなく視線だけでそちらを見れば、既に彼女は霊体化を解除し、像を結んでそこに居た。
見てくれは黒髪の少女。年の頃は恐らく十歳かそこらだろう、人間の見た目で換算すれば。
「……夢を見た。
マスターとサーヴァントは契約で繋がってるから、相手の過去を夢に見ることがある――それは知ってたが、まさか本当に見るとは思わなかったよ」
「……ゆめ。それ、シュ――アーチャー、の?」
「真名でいい。監視カメラや使い魔の目がないのはお前のお墨付きだろ、アーチャー」
「……ん。誰か見てたら、シュヴィ……すぐ、気付く……」
サーヴァント・アーチャー。真名を、
シュヴィ・ドーラ。
あらゆる世界線から"可能性の器"を呼び寄せているからなのか、此処での戦争で召喚されるサーヴァントは異世界の存在であることが多いというが。
青年とシュヴィもそのパターンだった。少なくとも彼はシュヴィ・ドーラなどという名の偉人や神に覚えはないし、彼女から伝え聞いた世界の話を加味しても、とてもではないが同じ世界の出身者であるとは思えない。
異界の英霊。機械の身体を持つ、弓兵の少女。
否、正式には――【機凱種(エクスマキナ)】と、いうらしい。
この少女こそが青年のサーヴァント。青年が界聖杯を手に入れ願いを叶えるためその背を預ける、英霊という名の兵器であった。
「それ、で……マスター。シュヴィの、なに、見たの……?」
「"神殺し"だよ」
正確には、先の夢の結末を見届けられたわけではない。
最後の一撃が放たれるや否や世界は白く染まり、気付けばこうして目が覚めていた。
だが、不思議と青年にはあの夢の結末が分かった。
死んだのだ、戦神は。勝ったのだ、機凱種は。シュヴィ・ドーラは。
「……それ。シュヴィじゃ、ない。
シュヴィが、消滅した後に……シュヴィの同族たちが、成し遂げたこと……」
「いいや、お前の成し遂げたことで合ってる筈だ。
そうじゃなきゃ、俺が見知らぬ世界のそんな光景を夢に見るワケがないからな」
ふるふると首を振るシュヴィに、マスターの青年はそう言う。
真っ白な天井を見上げながら、思い返すように言葉を紡いだ。
「形はどうあれ、あれはお前のやったことなんだろ。
少なくともオレは、そう思った」
「……、」
シュヴィはその言葉に何も答えなかったが、彼の言葉はある種的を射ていた。
確かにシュヴィは、最強の戦神"アルトシュ"との戦いには居合わせられなかった。
その前に彼女の肉体は消滅し、死亡してしまっていたからだ。
しかし、である。シュヴィが――心を持つ機凱種などというイレギュラーが生まれなければ、あの光景は決して有り得なかった。それは確かだ。
とある人類種(イマニティ)との出会いを経て、シュヴィは心を得た。
それはいつしか愛情に変わり、死の間際に彼女はそれを全ての同胞へと伝えたのだ。
彼女は死んだが、その"想い"は繋がれた。
残された機凱種達は軍勢となって最強の神とその軍勢に立ち向かい、神殺しは成し遂げられ。
そして。シュヴィが愛したちっぽけな男が、大戦の終わりを導いた。
神殺しを以って完遂されたあの偉大な物語に、シュヴィ・ドーラの存在は必要不可欠だった。それは彼女がどれだけ謙遜しようとも、決して揺らぐことのない事実。
「凄えな――お前も、お前の同族(なかま)達も。
お世辞でも皮肉でもねえよ。素直にそう思う」
だって、お前らは。神を――殺してみせたんだ。
そう言って青年はようやく寝台の上から身を起こすと。
枕の脇に置いてあった眼帯を手に取り、片目を隠す。
伸びをするまでもなく身体は万全の状態だった。
夢に没入し長く眠っていたためか、溜まっていた疲れもすっかり消えてくれたらしい。
「マスター、は……殺したい、の?」
「神をか?」
「……ん……」
「ああ、殺してやりたい。
何しろ諸悪の根源だ、文字通りのな。八つ裂きにしても飽き足りないさ」
彼は――神に、全てを奪われた者の一人だ。
否定者。何かを"否定"して生きる宿命を課せられた能力者。
今や彼の手は、彼が触れた全ての武器は、等しく癒えない傷を与える特性を帯びる。
傷口は塞がらず、応急処置すら意味を成さず、"否定"を解除するために彼を倒そうとする行動がそもそも否定される。
人間の身には余る能力。アンリペア――不治。さりとてその力を誇りに思ったことも、ありがたいと感じたことも、共に一度たりともない。
彼に、
リップにとって。
彼だけでなく、"否定"を背負わされた大半の能力者達にとっても。
神の悪意が具現化したようなこれらの力は、呪い以外の何物でもなかった。
言うなれば人生を狂わされたことの証だ。とてもではないが、祝福(ギフト)などと呼べるような代物ではない。
「だが、聖杯が手に入るならそんな奴の処分は"ついで"だ。
オレにはそんなクソ野郎のことよりも、優先して叶えるべき願いがある」
界聖杯は、真の意味での全能の願望器であるという。
リップにとっては神など、最大の願いを叶えるついでで不在証明を突き付けてやればいい程度の存在でしかない。
本当にあらゆる願いを叶える奇跡なんてものが存在し、この手に収まると言うのならば。
まず真っ先に叶えるべき願いは――、
「オレは何が何でも……オレの、オレ達の人生を"やり直す"。
そのためなら、オレは誰だって殺せる。この忌々しい力にキスをして、何人だって殺してやる」
全ての始まり。或いは、終わり。
"あの日"をやり直し、あるべき未来に戻すこと。
それはリップの願いであり、彼の相棒である女の願いでもきっとあるはずで。
故にこそ負けるわけにはいかなかった。どんな手でも使い、可能性の地平線を踏破する必要があった。
「……"シュヴィ"。お前の頼みについては、オレはちゃんと覚えてる」
「……マスター……」
「だが、そうしなきゃいけない時が来たら期待はするな。
こればかりは、こんな人でなしを引いちまった自分の運を恨んでくれ」
力のみならず、その覚悟も――ヒトの器にはもはや余るもの。
そんなマスターの、人類種の青年の姿を見るシュヴィの目は。
どこか懐かしいものを見るようでもあり、届かない何かを見るようでもあった。
彼女は、知っていた。こういう目をする人間を知っていた。――愛していた。
それは、シュヴィの最愛の人。
シュヴィの世界の全てと言っても良かった、伴侶。
彼が進んだ道は、今目の前のマスターが進んでいる道とは真逆だった。
死を容認せず、それでいて勝利を決して妥協しない――不殺の道。
一見するとその道は、魔道にも似たリップの道とはまるで似つかないように思われたが。
必ず目的を遂げるのだと誓い、一心不乱に進む姿は……確かに、似ていた。
だからシュヴィは、愛する人の居ないこの世界を捨てられない。
多くの血と不幸を生み出すと分かっていても尚、彼というマスターを見捨てられない。
マスターを殺すのはしたくないと意向を伝えることはしたし、彼も今言ったようにそれを覚えてくれてはいる。
だが――これもまた、彼が今言ったように。
そうせねばならない時が来たなら、聖杯の獲得に全てを懸けるリップは躊躇なく刃を振るうだろう。
「(……リク……)」
リクなら、どうする?
そんな質問をしてみたい。
でも、答えが返ってくるはずはなくて。
シュヴィはその心に秘めた小さな、しかし決して消えることのない願いごとを再認識した。
輪廻転生の無い世界で、永遠に分かたれた二人の運命。
それをもう一度、交差させることができるなら。界聖杯の力は、そんな奇跡でさえ叶えられるというのなら。
――リクに会いたい。
一瞬でもいいから、会いたい。
哀しき男の背中を見つめながら、シュヴィはきゅっと自分の胸を抑えた。
【クラス】アーチャー
【真名】シュヴィ・ドーラ
【出典】ノーゲーム・ノーライフ
【性別】女性
【属性】中立・善
【パラメーター】
筋力:B 耐久:C 敏捷:A+ 魔力:A 幸運:B 宝具:EX
【クラススキル】
対魔力:B
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。
単独行動:B
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
ランクBならば、マスターを失っても二日間現界可能。
【保有スキル】
機凱種:EX
【十六種族(イクジード)】位階序列十位、エクスマキナ。
太古の昔に不活性化した神霊種に創られた、生物ならざる機械。
疑似精霊回廊接続神経から精霊回廊の精霊を吸い上げ動力を賄うため、出力の割に魔力の燃費が非常に良い。
彼女は、機凱種の在り方と未来を大きく変えた特異点である。故にランクは規格外に分類されている。
心持つ機械:A
シュヴィ・ドーラという存在にとって、どんな武装にも優る大切なもの。
機凱種の落伍者でしかなかった彼女が英霊の座に登録されるに至った理由。
後に誰にも知られない偉業を成し遂げた【人類種】の青年との交流の中で芽生えた――心。
高速演算:B
機凱種としての演算能力。
宝具を解放しない状態の彼女は"単独機"であるためランクがやや落ちるが、それでもその性能は人間の限界を遥かに置き去る次元にある。
【宝具】
『典開・偽典兵装(シュヴァルツァー・アポクリフェン)』
ランク:A 種別:対人・対軍宝具 レンジ:1~50 最大補足:100
解析とそれに基づいた設計/模倣に長けた種族である機凱種が、熾烈極まる大戦の中で生み出しては貯蔵してきた武装。
種族全体で保有する数は27451。シュヴィは戦闘を役割としない個体だが、それでも47を固体単位で保有している。
攻撃から高速移動系まで多種多様武装を保有するが、この宝具の真に恐ろしい点は敵の攻撃を"解析"することも可能なこと。
後記する第二宝具を解放しなければ全霊である"同期"状態にはなれないものの、機凱種の性能を活かした解析で敵の宝具を模倣し、新たな武装として使用することができる。
無論、同期を完了した状態で模倣を行えば。その完成度はより絶大なものとなるだろう。
『全典開(アーレス・レーゼン)』
ランク:EX 種別:対神宝具 レンジ:- 最大補足:-
真名解放を以って、彼女の霊基の内側に存在する全機凱種のクラスタと同期状態に入る。
全武装、全火力、全装置を限界まで同時典開することができるようになり、その際の姿は遠目から見ると巨大な翼に見える。
同期前のシュヴィとは次元違いの戦闘能力を得られるが、それに加えて、同期を完了した状態のシュヴィは"神殺し"の特性を獲得する。
これは彼女亡き後、その"心"を継いだ機凱種達が最強の戦神を滅ぼした逸話に基づいており、神及び天使の特性を持つ敵に対して特攻を発揮する。
【weapon】
機凱種としての武装
【人物背景】
機凱種の少女。見た目は十歳ほどの黒髪の少女に見える。
とある人間と出会い、絆を深め、心を得た。
結果的に彼と添い遂げることはできなかったものの、彼女の存在と残した遺志は未来へと繋がれていき、遂には永遠に続くと思われた【大戦】を終結させるに至った。
【サーヴァントとしての願い】
叶うのなら、もう一度リクに会いたい。
【マスター】
リップ@アンデッドアンラック
【マスターとしての願い】
界聖杯の力を手に入れ、"あの日"をやり直す
【能力・技能】
不治(UNREPAIR/アンリペア)
自身が付けた傷の治癒を否定する能力。
彼が誰かに刻んだ傷は、文字通りリップ本人が死ぬまで治らない。
止血などの治療行為も否定する他、この能力の詳細を知った上で"リップを倒すこと"を目的として攻撃を試みると、その行為自体が"治療行為である"と見做され同じく否定される。
【人物背景】
眼帯の青年。否定者で構成される集団、"アンダー(UNDER)"に所属する。
過去は医者だったが、執刀中に否定者としての能力が発現。
それにより命を奪ってしまった女を救い、やり直すために"アーク"を求める。
【方針】
聖杯狙い。敵サーヴァントの排除を進める。
アーチャーの意向は一応汲むが、縛られすぎるつもりはない。
最終更新:2021年06月09日 22:41