anko2374 大嫌いなものは

『大嫌いなものは』 10KB
制裁 不運 自業自得 ゲス 現代 人間不幸 負傷なし






俺はゆっくりが嫌いだ。

うねうねと気持ち悪く流動する足の裏。
人語を匠に操るが、相手を見下すだけで理解を得ようとしない餡子脳っぷり。
これは喋れる利点を生かしきれてない。

そして、脆弱な固体ばかりにも関わらず、交戦的な性格が多すぎる。
勝てる訳が無いのに……。
どこからくる自信なのか、頭を開いて調べてみたい。
……まあ、餡子しか無いからわかりませんけどね。

そのような理由で、俺はゆっくりと言うものが嫌いだ。




昼下がりの休日。
俺は庭の植木に水を掛けていく。
満遍なくホースの水を木々に浴びせた後、水を止めるために蛇口へと向かった。
しかし、そこで嫌な物を見てしまう。

「ゆっ! ゆっ!
 ……せまいよっ!? ゆっくりできないんだぜっ!」

ブロック塀の隙間から不法侵入を堂々と行なっているまりさを見つけた。
水でもぶっかけて撃退してやろうかと思い蛇口を大きく捻る。
ホースの先から流れている水は一段と太くなった。
そして、それをまりさに向けようとした所で俺の手が止まる。

「ゆんゆ~んっ! きたないにわさんだね?
 それにせますぎるんだぜっ!」

暴言を吐くまりさの帽子には金色のバッジが輝いていた。

「……」
「なにを、ぼ~っ……と、しているんだぜっ! あまあまちょうだいねっ!
 まりさはきんばっじでごめんねっ!」

いきなりの発言に俺は困惑する。
あまあまはさておき、自分の事を金バッジと歌う奴は、碌な金バッジじゃないのは間違いない。
このまりさは、クズに変化した金バッジ持ちだろう。

それに、まりさは小汚いのだ。
帽子とかに限定するのではなく、全体が満遍なく薄黒い。
泥と砂に汚れていて、野良でないかと疑うほどだ。

「まりさはえらいんだよっ! 
 あかちゃんもつくってあげるから、およめさんもよういしてね?
 きんばっじのえりーとができるんだから、たくさんかんしゃしてくれてもいいよっ!」

俺はそして確信した。
こいつは臭すぎる。

そして叫ぶまりさを置いて、携帯を取りに自宅へと戻った。




携帯を手に取り庭に戻ると、不快な音が響いてくる。
これは咀嚼の音だ。
自称金バッジまりさが庭の花を食らっているらしい。
正直キレそうになるが、証拠が揃うまでは動かない方が得策だ。
どう考えてもあいつは黒い。

「む~しゃむ~しゃ! それなり~っ!」

俺は携帯を構えてまりさにフォーカスを合わせる。
金バッジが花を貪る珍しい光景を写メするわけではない。
固体識別番号を読みとろうとしているのだ。

金バッジみたいな高価なものは、多数の保険のような機能が付加している。
ナビゲーションに緊急治療権限。
それに証明書のような固体情報だ。

これは誰にでも確認できるようになっている。
飼い主の情報も記載されている場合が多い。
俺はそれを確認するために金バッジにプリントされているリーダーを読み込んだ。

「きれいにとってね! このかくどがまりさはおきにいりだよっ!」

勘違いしてポーズをとり始めるまりさ。
顔を左右に忙しく振りながら、キリッとした表情を作っていた。
俺はそれを完全に無視して、情報の転送を静かに待つ。

ピーッ!と、いう機械音の後に表示された言葉。
アンノウン。
登録が抹消されている証だ。

「これで捨て野良金バッジ確定……」

かと思いきや、俺の嫌な予感はさっぱり晴れる様子は無い。
むしろ、益々タールのような黒い不信感は膨れあがり、危険の警鐘をけたたましく鳴らし続けていた。

「まりさ、お帽子を洗濯してやるよ」
「ゆっ!? やめてねっ! おぼうしにさわらないでねっ!?」

俺が帽子に触れただけで、すさまじい抵抗をみせる金バッジ(仮)まりさ。
噛み付くような視線で俺を睨み上げてくる。
自分が上位の存在だと疑いも無い自信に満ちた表情だ。
俺がこの足をまりさの丸い腹に打ち下ろし、力を込めて虫のように踏み潰すだけで尽きる命だと判っていない。

まりさは下位の存在。
バッジ保護も無い今、こいつは庭に生えている雑草みたいなものだ。
さっさと刈り取ってゴミ袋にいれればいい。
だが……それは出来ない。

「帽子が汚いままお嫁さんに会うのか? それは金バッジとしてどうなのよ」
「ゆっ?」

虫唾が走りそうな説得を続ける。
帽子を奪って水に沈めてもいいが、後々めんどうな事になりかねない。
ここは根気良くいかせてもらおう。





それから数十分後。

「……ほら、ここに入れると奇麗になるぞ」
「おぼうしさんっ! きれいになってねっ!」

まりさが自ら黒帽子を水の張ったバケツの中へと沈めていく。
たっぷり水を吸った後、気泡を伴いながら底に落ちていく帽子を、とてもウキウキした表情で見つめていた。

「もう嫌だ。コリゴリだ」
「? なにかいったのぜ?」

帽子を洗うのを説得するだけでこれだ。
まりさの大切な物だという事は解る。
しかし、お嫁さんだのあまあまだの有利な条件を揃えないと、こちらの話を聞く耳すら持っていない。
交渉というか買収に近いと思う。
それを実行する俺も嫌気が差してきた。

先程の俺は間違いなくこのまりさよりも下位の存在。
ご機嫌取りに勤しむ愚者の姿。
思い出すだけで吐き気が込み上げてくる。

喉から上がってきたすっぱい液を飲み下しながら、そのまま時を待つ。
更なる愚者の来訪を。




それから家の前に車が止まったのは直ぐだった。
まるで監視していたのかのような素早さ。
そして、事前に決めてあったかのような手際のよさだった。

「まりさちゃんを出しなさいっ! ここに居るのは解っています!」

黒塗りの高級車から降りてきた女性は凄い剣幕で捲くし立て、
出迎えた俺をひと目見るやいなや、早々に狭い庭へと足を運んでいく。
その女性の瞳は勝利を得た輝きを放っていた。

「ゆんゆ~ん! きれいになってねっ!」

しかし、目の前の状況に輝きは絶望へと変わる。
死んでいると思ったまりさが生きていた。
そんな表情だ。
俺はそう感じた。

「ま……まりさちゃん無事だったのね! 痛いことされなかった?」
「ゆん……? おねえさんっ!? あいたかったよぉ~っ!」

涙を流しながら胸に飛び込んでくるまりさを、嫌々ながら受け止めているようだ。
俺が見ている前では不審な行動は取れないから当然の結果だろう。

「ねぇ? 痛いことされなかった? 
 あら……お帽子さんがないじゃないっ! 無理矢理取られたのねっ!?」

それは確認と言うより同意の念が込められていた。
俺を陥れる為の口裏を合わせよう。と、いう算段だろうか?
しかし、その策略を全く感じなかったまりさはこう言い放つ。

「まりさは、おぼうしさんをじぶんであらっているんだぜっ!
 きれいになったら、あまあまをたべて、およめさんとすっきりーっ! するのぜっ!」

女性は頭を力無く垂らした。
ウキウキまりさとは正反対。
明日で地球が滅亡するかのような落胆ぶりだ。
そこで俺は確信する。

これは金バッジ詐欺だと。





最近……巷ではゲス化した金バッジを使った詐欺が横行している。
手持ちの金バッジを外出させて、自由行動をさせるのだ。
金バッジは上位の存在と洗脳しておけば、自然と活動範囲は広がり他人の敷地にも無断で侵入するだろう。
そしてゲスい行動をするゆっくりを、感情のままに潰すカモをひたすらに待ち続ける。

後はナビゲーション反応が止まった場所に赴き、被害者を装った金銭要求をするのだ。

「……なんて、使えないまりさなの
 もう、時間が無いのに……」
「ゆぇえ~んっ! ゆぶぇえ~ぇんっ゛!」

泣きじゃくったまりさを抱きかかえる女性はボソリと呟いた。
そう大きくない声は、まりさの大声に掻き消される。
手は小刻みに震え、顔色も良くない。

「……あ、ありがとう御座いました。保護して頂いて助かりましたわ」

女性は作り笑顔全開で感謝の意を示す。
来た時よりも随分老けた印象を露にさせた。
力無く立ち上がると、まりさを胸に抱えたまま車に戻ろうとしている。

「いえいえ、無事でなによりです」
「それでは……失礼させて頂きますわ」

庭から玄関に戻ってきた女性は無表情で別れを口にした。
想定外の出来事。
上手くいかなかった計画。
そんな悲壮感が滲み出ているのが痛々しい。

「あぁ、バッジは入らないのですか?」

俺はそんな女性に声を掛ける。
肝心かなめのバッジを失念していた女性は、手を口元にあてた後でバケツへと足早に駆け寄っていく。
それはそうだろう。
コレが無ければ再度詐欺計画を実行できないのだから。

「それと一言だけ伝えておきますが……そのまりさでは裁判にすら勝てませんよ?」

その言葉で女性の動きが止まる。
そして、油を注し忘れたロボットのようなぎこちない動きで、バケツを庭にひっくり返した。
俺の口から発せられた単語は聞こえていませんでしたと言うように。

「登録削除されると、金バッジとしての地位は無に帰すんですよ。
 所有者で賠償請求しても、まず承認されません。元金バッジだろうと、価値としては銅バッジ以下になりますので」

金バッジを摘んだ指が、銅バッジ以下の件で大きく振動した。
強張った指は挟む力を失うと、掴まれていたバッジは地面へと落下していく。
そう高くない距離から落ちた水の滴る金バッジは、音も無く芝生の上へと転がった。

「まあ……色々と口裏を合わされるのが一番厄介ですけどね。
 家の前で騒ぎ立てられるのが、状況としては最悪だと思っています」

スッと音なく立ち上がった女性。
金バッジは芝生に放置したままだ。
もう拾う気は無いらしい。

「でも良かったですね? 警察が介入したら大変でしたよ。
 登録切れのバッジを使用していたら……偽装バッチ詐欺の疑いも掛けられますからね?」

住所は知られたくなかったのだろう。
電話番号すら登録していないのは珍しい。
念には念を入れて金バッジ登録さえも抹消したのは早計と言わざるを得ない。

完全に素人の初犯状態だな。
切羽詰ったような行動は、相当追い詰められている証だ。

「ナビ使用は違法ではありませんけど、後日請求が来るので確認した方が良いと思います」

俺の話を聞いていないようで聞いている女性は、
苦虫を噛み潰した表情をさせながら目の前を通り過ぎて、玄関前に止めてある車へと向かう。
もう会話をする気も無いらしい。
そこで俺は、女性の胸に抱かれたまりさへと声を掛けた。

「まりさ! 大好きなお姉さんに会えてよかったな」
「ゆぅーんっ! おぼうじざんーっ! きんばっじまじざの、おぼぉうじざぁんーっ!」

うん、聞いちゃいねぇ。
女性は金バッジを放棄したとき、ついでに帽子回収も放棄していた。
まりさが泣いている理由に気付いたようだが、既に事態は後の祭り。
もう一度庭へと向かう気力もないだろう。
一刻も早くここを去りたいと思っているハズだ。

「まりさを大切にしてあげてくださいね?」
「……!」

俺の最大の皮肉は的確に伝わったらしい。
女性は睨みをきかせて凝視してきた。
それはここに来た当初のまりさを彷彿させる汚ならしい表情だ。
やはり飼われたペットは飼い主に似るらしい。

正面に向き直った女性を乗せて、高級車が道を進みだす。
俺はそれに手を振る事はない。
ただ無言で玄関のドアノブを回して自宅へと入るだけだ。

……と、その前に芝生に散らかったゴミを片付けないとな。
最後まで迷惑を掛ける愚者だったよ。





リビングに差込む久しぶりの日差し。
最近は雨続きだったので実に心地よい。
素晴らしい休日の過ごし方と言えよう、

しかし、テレビのニュースは今日も不快な情報を垂れ流していた。
でも、第三者からの目線で見ると、人は非情になれるものだと実感する。
悲惨な事故や天災が踊るニュース番組。
それらに同情はするが……それだけだ。
そこからの進展は無い。

俺は熱いコーヒーを啜りながら画面を見続ける。
そして、ある会社の倒産が報道された。
多数に及ぶ人員の退職、借金の総額、そして今後の展開について。
事件ではないので顔写真は出ない、会社外観の映像だけ流れている。

だが……その会社は知っていた。
最近その会社関係者にかかわった……というか巻き込まれた事がある。
あの後、詐欺情報ネットサイトで警告情報を掲載したので、他の人が被害にあわなかったのは幸いだった。

俺は飲み終えたカップを机の上に置いて一息つく。
少しだけあの時のまりさが頭をよぎったが、直ぐにその考えに対する結論が付いた。

死んでいるに決まっている。
生きている方がおかしい。

早くて帰ったその日の内に潰されるか埋められるかされたハズだ。
もしかしたら、車の中から外へ投げ飛ばされたのかもしれない。
その状況を思い浮かべるだけで、俺の口のにやけ具合は収まることなく横に広がっていった。

そして、あの女性のゆっくり出来ない表情も思い出す。
俺を心の底から憎んでいるような黒い怨念を感じる怒り。
それを目を瞑り頭の中に投影すると、笑い声が抑えきれずに俺の口から漏れ出していく。
俺の中である考えがまとまった。



そう、俺はゆっくりが嫌いだ。
しかし、それ以上に……飼いゆっくりよりも愚かな飼い主は大嫌いだ。
最終更新:2010年10月10日 15:24
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