anko2087 とんでもないゲス(前編)

 ※ある意味ゲス大勝利
 ※おれ、希少種好きなんだな、これからもどんどん優遇するよ!



 人里から離れた所にある森のゆっくりの群れ。
 開けた場所にある群れの広場では、れいむ、まりさ、ありす、ぱちゅりー、ちぇん、み
ょんと言ったゆっくりたちが思い思いにゆっくりしている。
 朝から好きにゆっくりし続けていたが、やがて昼頃になると、子供たちが空腹を訴えて
騒ぎ出した。
「おきゃあしゃん、おにゃかすいちゃよ」
「ゆん! れいみゅも!」
「まりしゃも!」
「ゆん! それじゃ長のおうちに行こうね!」
 ぞろぞろとゆっくりたちは長のおうちの洞窟へと向かう。天然の洞窟を利用している長
のおうちは、いざとなった時に避難する場所でもあり、多少窮屈なのに我慢すれば、群れ
のもの全員を収容できる広大さであった。
「むきゅ、それじゃ持って行きなさい」
 長のぱちゅりーは、洞窟の奥の貯蔵庫にあるごはんを分配した。
「わーい、おいちちょーだにぇ!」
「おうちにかえってむーしゃむーしゃしようね」
「むーちゃむーちゃしたらおひるねすりゅよ!」
「れいみゅたち、とってもゆっくちちてるね!
 意気揚々と引き上げようとするゆっくりたちだったが……
「ゆっ!」
 一匹の子まりさが、何かを見つけて声を上げた。
「くじゅのれっとーちゅがいりゅよ!」
 そう言った子まりさの視線の先には、一匹の子ゆっくりがいた。
「ゆ?」
 なにが起きたのかよくわかっていないらしいその子ゆっくりは、
「ゆっくちちていっちぇね!」
 とお決まりの挨拶をした。
「ゆ?」
「ゆゆ!」
 子まりさの両側から子れいむと子ありすがやってきて、その子ゆっくりを見やる。
 子まりさも含めて三匹とも、今の挨拶を聞いているはずなのに何も言わない。これだけ
で異常事態である。普通ならば、この三匹も同じ挨拶を返すはずなのだ。
「ゆぅ? ゆっくちちていっちぇね!」
 不思議そうにしたその子ゆっくりは、もう一度元気に挨拶した。
 それに返って来たのは、汚いものを見るような子れいむと子ありすの目であり、同じ目
をした子まりさの体当たりであった。
「ゆぴ! い、いぢゃいぃぃぃぃ!」
「くじゅのれっとーちゅがあいしゃつしにゃいでにぇ!」
「むきゅ! やめなさい!」
 騒ぎを聞きつけて長ぱちゅりーがやってくる。
「ゆぅ……おさ」
 子まりさは、不満そうに後ろに下がった。
「れっとーちゅはきやすくあいさつしにゃいでにぇ!」
「いにゃきゃもののれっとーちゅめ!」
「れいみゅたちみたいなきちゅとはみぶんがちぎゃうんらよ!」
 三匹は口々に罵倒しつつ帰っていく。
「ゆ……ゆぴぃ……お、おしゃぁ」
 泣いていた子ゆっくりは、三匹が去り、そこにいるのが長ぱちゅりーだけと知るとそれ
に縋り付いた。
「まったく、あの子たちは……よしよし、泣くのは止めなさい」
「ゆぅ……しゃなえは……れっとーちゅにゃんだにぇ」
 子ゆっくりは、さなえ種であった。
 子さなえは、どことなく諦観を面に表していた。
 これまで教育されて頭では理解していたことを体に刻み込まれて嫌でも理解させられて
いた。
「むきゅぅ……確かにそうよ……でも、だからと言って暴力を振るうことはぱちゅは許し
ていないわ。さっきみたいにされたら言いなさい」
「ゆぅぅぅ、おしゃぁぁぁ!」
 子さなえが長ぱちゅりーの言葉に感泣する。
「ゆぴゃあああん、おしゃあ!」
「ゆっ、ゆっ、おしゃ、ありがちょう」
「ゆぅぅぅ、ゆうきゃたちはれっとーちゅだけど、やさちいおしゃがいてよかっちゃわね」
 そして、一連の出来事を物陰から見ていた子ゆっくりたちも同様であった。
 かなこ種、すわこ種、ゆうか種――他にもらん種、すいか種、めーりん種の子供たちが
いた。
 皆、れっとーちゅ、すなわち劣等種であった。数は大人が十匹、子供が二十匹ほどだ。
 この群れは、厳しい身分制があり、劣等種は、先ほどの子れいむが言っていた「きちゅ」
すなわち貴種の下に置かれている。
 貴種はれいむ、まりさ、ありす、ぱちゅりー、ちぇん、みょん種である。こちらは大人
が百匹、子供が二百匹以上といったところか。
 あらゆる点で貴種に劣ってゆっくりしていない劣等種は、毎日狩りをしてその成果を貴
種に献上することでなんとか群れにいることを許されていた。貴種の方が数が多いのだか
ら、それは大変な労働であった。
 今現在、大人の劣等種たちは狩りに出かけているところであり、その間、子供たちを長
が預かっているのである。
 先ほど貴種たちが労せず持っていった食べ物も、全て劣等種が集めてきたものだ。
 相当ゆっくりできていない劣等種たちだが、生まれた頃から自分たちは貴種よりも遙か
に劣っていると叩き込まれているために反乱に踏み切ることなどできなかった。
 そして、先のやり取りを見てもわかるように、長のぱちゅりーはかなり穏健な対処をと
っており、どのようにゆっくりできなく劣等なものたちでも同じ群れの仲間であり、また
一生懸命劣った体で狩りをして食料を集めているのだからと、馬鹿するのはともかく物理
的な暴力の行使は許さなかった。
 そのため、劣等種たちは重労働の狩りに耐え、貴種からの蔑みにさえ耐えれば、子供を
産むことも許されたし、夜の一時――むろん早朝から狩りに行くのだから早く眠るために
僅かな一時ではあったが、家族でゆっくりできぬこともなかった。
 反抗できずとも、群れからの逃亡ならば可能であるのに、それをしないのもそのためだ。
 ここから逃げ出しても、群れの外もまた劣等種である自分たちへの敵意に満ちているで
あろうと、思い込んでいた。
 自分たちが逆らっても勝てっこないという諦観――。
 そして、我慢していれば殺されたりはしないという希望――。
 その二つが天秤の両端に乗って、バランスをとっていた。

「ゆぅぅぅ、おしゃがじゃまちなければ、れっとーちゅをせいっしゃいしてやっちゃのに
ぃ!」
「ゆゆん、にゃんでおしゃはあんなやちゅらにやちゃちくすりゅんだろうにぇ?」
 先ほど、子さなえをいたぶろうとして長に止められた子まりさたちは不平たらたらであ
った。
 貴種は貴種で、自分たちがいかに優れていて、いかにゆっくりしているかを教えられて
育っているので劣等種のことは当たり前に見下している。
 粗暴なものは、劣等種へ暴力を振るいたがるが、それを許さぬ長に対して不満を持って
いた。
「ねえ、どうちちぇ?」
 子まりさは、不満と疑問をストレートに親にぶつけた。
「ゆぅ、まりさたちも長はやさしすぎだと思ってるけど……この群れができたのは長のお
かげだからね……」
 親まりさはそう答えた。 
 大人のゆっくりたちも、長が劣等種を(貴種に言わせると)優遇しているのは疑問に思
っているのだが、そもそもこの群れを作った創成期のゆっくり唯一匹の生き残りがあの長
ぱちゅりーなのである。いわばその功績に対する尊敬というか気後れというかが大人たち
が表立って長に不満を表明することを躊躇わせていた。
「むきゅ、安心しなさい」
 そう声をかけてきたのはぱちゅりーだった。
 このぱちゅりー、長ぱちゅりーの孫にあたる。
 両親は既に死んでいて、長の唯一の身内であった。長と同じぱちゅりー種ということも
あって頭がよく、次の長になるだろうと言われていた。
「ぱちゅが長になったら、全部よくなるわ」
 と、言ったこの孫ぱちゅりー、もう自分は長になるのは決まっていると言わんばかりで
あった。
「おばあちゃんは……あんまり言いたくないけどもう長くないわ。もう少しの辛抱よ。ぱ
ちゅが長になったら、貴種は貴種らしく劣等種は劣等種らしくするわ」
 と、あんまり言いたくないようには見えない顔で言った孫ぱちゅりーに、その場にいた
貴種ゆっくりたちの期待の眼差しが注がれる。
 孫ぱちゅりーは、それを心地よさそうに受けていた。
 ここ最近、孫ぱちゅりーはこうやって今の長が劣等種に対して肩入れし過ぎると不満を
もらすものがいると、このように自分が長になったらよくなると言って回っていた。
 いわば、次の長の座を確実にするための運動である。
 これによって、不満を持っている貴種たちも、差し当たっては暴発せずに我慢していた。
 ここにもまた微妙なバランスをたもつ天秤があった。

「ゆっゆっゆっ」
「きょうはたくさんとれたねえ」
「そうだねえ、みんなよくがんばったよ」
 陽が落ちる前に、狩りに行っていた大人の劣等種が帰って来た。
 その成果を長のおうちの貯蔵庫に運び込む。
「むきゅ、今日はまたがんばったわね、ごくろうさま」
 長ぱちゅりーが声をかけると、劣等種たちはとてもゆっくりした笑顔になった。
 この群れで、このように暖かい言葉をかけてくれるのは長と、もう一匹ぐらいであった。
 その、もう一匹というのが、狩りに付き添っていた一匹のれいむである。
「ゆぅ、なんにもいじょーなしだったよ」
「むきゅ」
 長にそう言ったれいむの役目は、劣等種たちの監視である。と、言っても、実際はただ
単に付き添っているだけである。
 貯蔵庫に食べ物をおさめると、劣等種たちは長に預けていた子供たちを連れておうちに
帰る。
 入り口までそれを送りに出たれいむは、それを見ている貴種たちを見た。ひーそひーそ
と内緒話をしているが、聞こえずとも何を言っているかはわかる。
 劣等種と、それに劣らぬ劣等ぶりなれいむを嘲笑っているのだろう。
 れいむは、貴種たちにダメれいむと呼ばれていた。
 はっきりいってそう言われるだけのことはあり、れいむは何をやってもダメだった。
 かけっこ、おうた、けんか、何をやっても同世代のものたちの中で最低だった。
 いつしか、あいつは姿形こそれいむだが中身は劣等種だと言われるようになった。その
ことを特に苦々しく思っていたのが同じれいむ種たちで、自分たちの面汚しだとばかりに
もうこいつの扱いを劣等種と同じにしろと言い出したものだ。
 長が、れいむに身の回りの世話を頼んだのはそんな時だ。
 貴種は、労働をしない。
 長の世話を労働と呼ぶかどうかについては議論の余地はあろうが、少なくとも劣等種た
ちに課された狩りに比べれば軽労働であろう。
 それとともに、劣等種の監視という名目で狩りに同行させることにした。
 とりあえずそれで、ダメれいむを完全に劣等種扱いせよとの声はおさまった。もちろん
劣等種同然のダメれいむという評価は定着してしまったが。
 れいむは、長のその一連の処置を感謝していた。
 今ではれいむは狩りに行くのが楽しみになっていた。
 狩りに行けば、そこには自分をダメれいむと蔑む貴種はいない。
 散々自分が蔑まれたれいむは劣等種たちにも優しく接していたために、彼らとも仲良く
なっていた。
「ゆぅ……」
 おうちの奥へとぽよんぽよんと跳ねるれいむの顔色は冴えない。
 ここ最近、時々れいむは誰もおらぬところでこのような顔をすることがあった。
「どうしたの?」
 突然いないと思っていた長に声をかけられて、れいむは驚いて跳ね上がった。
「ゆ! ゆ! ゆゆ! れ、れいむは別になやんでないよ! 長に聞きたいことなんかな
いよ!」
「むきゅきゅ」
 長はれいむの様子を見て微笑んでいた。
「む……き……」
 だが、次の瞬間、その顔は歪んだ。
「げ……ごほ! ごほっ!」
「ゆゆ! 長!」
 れいむが慌てて跳ねよって心配そうにする。
「むきゅ……大丈夫よ……でも、もうそろそろぱちゅも永遠にゆっくりするころね」
「ゆゆぅ、長、そんなこと言わないでね」
 れいむは、純粋な悲しさもあったが、長という庇護者を失うことへの恐怖も同時に感じ
て表情を暗くした。
 次の長は、おそらく長の孫のぱちゅりーだろう。
 しかし、こちらは劣等種にも自分にも相当辛くあたってくるであろうことは容易に推測
できた。
「れいむ……」
「ゆん?」
「なにか聞きたいことがあったら、ぱちゅが永遠にゆっくりするまえに聞くのよ。……今
までよくやってくれたれいむだからね、どんな質問にも答えるわよ。……孫にも教えてい
ないようなことでも、ね」
「ゆ! ……ゆ、ゆぅ……も、もしどうしても聞きたいことができたら、そうするよ」
「むきゅきゅ」
 長は笑顔になった。
 先ほどの、慌てるれいむを見て浮かべた微笑が混じり物無しの純度の高いそれであった
としたら、その笑顔には、多分に斜にかまえたような色があった。

「ゆっ! ゆっ! ゆゆゆゆっ!」
「ゆぐっ!」
 かなこがごろりと地面に転がる。
「ゆん!」
 転がしたのはすいかだ。
「さすがだねえ、すいか」
「ふふん、これでようやく勝ち越したよ」
 何をやっているかと言えば、お互いに体を押し合って倒す遊びである。これをみんなは
スモウと呼んでいた。
 すいかは劣等種の中では一番の力持ちだ。
「よーし、それじゃ次は」
「かなこ、こないだのりたーんまっちだよ!」
 と踊り出してきたのはすわこだ。
「よし、いっちょもんでやるか」
「まけないよー」
 かなことすわこは、仲が良い一方でお互いへの対抗意識も強くことあるごとに張り合っ
ている。
 みんなが囃し立てる中、二匹は真っ向から激突した。
「ゆぅ……」
 れいむも、それを見ていた。
 今は、狩りの最中である。と言っても、もうだいぶ成果を上げたので、こうして遊んで
いるのである。
 監視役という本来の役割からすれば、れいむはこのことを咎めるべきであった。遊んで
いる暇があったらもっと狩りを続けろと。
 しかし、貴種よりも劣等種に親近感を感じているれいむは、そのようなことは言わなか
った。
 長は、どうも感付いているらしいのだが、
「……まあ、息抜きのゆっくりは必要ね」
 と言って黙認している。
「ゆぅ……」
 れいむは、複雑な表情であった。
 かなことすわこのスモウは白熱している。
 それを見て、れいむの中でどんどんある一つの疑問が大きくなっていくのを止められな
い。
 なんでもどんな質問にも答える、という長の言葉が何度も何度も思い浮かぶ。
 明敏な長のことだ。れいむがどんな疑問を抱いているのかすら知っているのかもしれな
い。
「……れいむ」
 そんなれいむに声をかけてきたのはらんだ。
 このらんは、とあることがあってからそれまで快活だった性格が暗く沈んだものになり、
あまり他のものとも話さなくなった。
 そのらんが自ら声をかけてくるのは珍しい。
「かなこもすわこも強いな」
「ゆ?」
「わたしも、まけてないぞ。最近はやってないが、前はよくスモウをした。すいかにも勝
ったことがあるんだぞ」
「ゆ……それは……れいむも見てたよ」
 まだ、らんの性格がこうではなかった頃、らんもみんなと一緒になって遊んでいたもの
だ。何度かすいかのパワーをいなすようにらんが勝ったのをれいむも見たことがある。
「れいむは、どうかな」
「ゆ?」
「れいむは、わたしや、すいかやかなこやすわことスモウしたら、勝てるかな」
「ゆゆゆゆ!?」
 れいむは改めてらんをじっと見る。冷徹な無表情であった。
 そこからは蔑みとか挑発しようとかそういった感情は読み取れなかった。
「……勝てないよ……れいむは弱いから」
 他の貴種ならば、口が裂けても言わぬことだが、ダメれいむと蔑まれ続けてきたれいむ
にとっては、あまり抵抗のある言葉ではなかった。
 なにより実際、とてもではないが勝てるとは思えなかった。
 すいかやかなこだけではなく、ゆうかやさなえ、めーりん、この場にいる劣等種の誰に
も勝てる気がしない。
「貴種で、一番強いのって誰だろうな」
「ゆ? ……それは……たぶん、まりさだよ」
 まりさは、腕自慢のものを全て叩きのめした群れ一番の喧嘩自慢だった。れいむも長の
庇護を受ける前はよくいじめられたものだ。
「まりさ……ああ、あいつか」
「ゆぅ」
 れいむはドキドキしていた。
 らんが、ダメなれいむにならともかく、それ以外の貴種にも平気でぞんざいな口をきい
ているからだ。
 今のも、あいつ呼ばわりされたことを知られただけでまりさにせいっさいっされるだろ
う。
「あのまりさとならどうだろう。どっちが強いと思う?」
「ゆ?」
 れいむは卑屈な探るような視線でらんを見る。
 まさか、まさか、まさか――。
「れ、れいむにはわからないよ。れいむダメだから、ばかだから」
 困った時にいつもやっていたことをれいむはした。
 れいむはダメだから、ばかだから、だから、わからない、だから、できない。
 そう言えば、みんな納得してくれた。
「もちろんまりさのほうが強いよ、とは言わないんだな」
「ゆゆっ!」
 れいむは哀れなぐらいに困惑していた。あの疑問がなければ、そう答えていたはずなの
だ。れいむとて、貴種が優れており劣等種は劣っていると教え込まれて育ったのだ。
「れいむを困らせようとしたわけじゃないんだ。すまないな」
 らんは、涙目になっているれいむにそう言って離れて行った。
 らんも、れいむと同じ疑問を持っているに違いない。
 そして、その疑問が確信に変わった時どうなるのか――。

 長ぱちゅりーは数日後に生クリームを吐いて昏睡状態になった。
 そこからなんとか意識を取り戻したが、もはや死を確信した長は皆を集めてその前で次
の長を誰にすべきかを問うた。
 一瞬の間があってから、孫ぱちゅりーを長に推す声が上がり、やがてそれは大きな声と
なった。
 ちなみに、当然のことながら群れの行く末を決めるこの場に劣等種はいない。
「むきゅ……そう、それじゃあそのようにしましょう」
 長ぱちゅりーはそう言って皆を解散させ、孫ぱちゅりーを自室に招いて話をした。
 待ちに待った時が来たと孫ぱちゅりーは興奮しつつ帰っていった。
「長……」
 れいむは長ぱちゅりーの死を間近にして、決意していた。
 そして、それを長も察していた。
「れいむ、なにか聞きたいことがあるんでしょう?」
「……ゆん」

「むきゅ! 劣等種の子供なんか預かるのは嫌よ」
 長の死後、新たな長になった孫ぱちゅりーは、とりあえず大人が狩りに行っている間に
劣等種の子供を長のおうちに預かるのを止めた。
 今や我が城となった長の住居に劣等種など入れたくなかったのだ。
 それに合わせて狩りのノルマも増やされた。
 当初、子供たちだけを残していくのに不安を覚えた大人たちは何匹か残ろうとしたのだ
が、増大したノルマに対応するためにはそれは無理であった。
 そして、数日もしないうちに、留守に残っていた劣等種の子ゆっくりが、貴種の子ゆっ
くりに暴行される事態が起きた。
 もちろん、親たちは長に対して訴え出たが、劣等種といえども暴力を振るってはいけな
いというのは前の長の時代の掟であって、自分が長になったからにはそのような馬鹿げた
掟は廃止だと告げられた。
 仕方なく、大人が何匹か残ったが、貴種の子ゆっくりたちは制止する大人たちを嘲笑い
ながら劣等種の子たちをいたぶった。制止と言っても少しでも触れたら劣等種の大人が貴
種の子供をいじめた、などと言われるのはわかっていたために懇願するしかなかったのだ。
 それまでは満腹とは言わぬものの、それなりの量が支給されていた食料についても新長
は大幅に削減したために、空腹で傷付いた子供たちを前に劣等種たちは途方にくれた。
 一度、れいむが改善を掛け合ったが当然のことながら無視された。
 そればかりか、その話が群れに伝わるや、とうとうれいむはダメれいむから劣等れいむ
と呼ばれることになった。
 前の長の頃はこんなことはなかったのに、と嘆く劣等種たちにれいむはかける言葉も無
いといった顔をしていた。
「れいむ」
 そのれいむへ声をかけたのは、らんであった。
「長に掛け合ったらしいな……馬鹿なことをする」
「……ゆぅ、でも、あまりにもひどいからね……」
「れいむは、ちぇんが死んだ時に、わたしをなぐさめてくれたな」
「ゆ、そんなこともあったね……」
「わたしは……いやわたしたちは、れいむのことを仲間だと思っているよ。……劣等種に
そう思われるのは嫌かな?」
「……そんなことはないよ。れいむも、そう思っているよ」
「そうか」
 らんは久しぶりに微かに笑って言った。

「ゆああああああ、おねえざん! おねえざぁぁぁん!」
 一匹のさなえが泣いていた。
 その前には黒ずんでいるさなえ種の死体がある。
 頭から何本もの茎が生えていることから、すっきりのしすぎで死んだのは明らかだ。
 泣いているさなえの姉のさなえで、今日は狩りの間に留守番をしていた。
 お決まりの貴種の子ゆっくりの襲撃があり、それにやめてやめてと懇願し無視され、そ
れでその日は終わらなかった。
 子ゆっくりたちが引き上げた後、大人のゆっくりが何匹もやってきて代わる代わる、さ
なえが死ぬまで犯したのだ。
 その光景を見せ付けられた劣等種の子供たちはむろん見たままを証言したのだが、長と
幹部たちにより「劣等種の証言は信用できない」と断定されて無視された。
 姉さなえを犯し殺した貴種たちの、
「さなえから誘ってきた。ほんとうなら劣等種なんかとすっきりしたくないんだけどあま
りにもひっしに頼むからかわいそうになってすっきりしてやった。なんどやってももっと
もっととせがむのでかわいそうに思って相手してやっていたら死んでしまった。まったく
とんだいんらんめすぶただった」
 という証言が全面的に採用され、姉さなえの死は事故、それも自ら望んだ自業自得のも
のとされてしまった。
 長も他の貴種たちも、それでその件は解決したとしてすぐに忘れてしまった。
 劣等種をとことん見下していた貴種たちは、その細かな感情の動きなどに気を配ったり
はしなかったし、そんな必要もないと思っていた。
 奴らは劣等であり、自分たちの方が強い上に数も多いのだ。何かの間違いで反抗してき
てもすぐに叩き潰せる。
 そして、劣等で根性無しの連中は、見せしめに子供たちを痛めつけてやれば言うことを
聞くはずだ。
 その程度の認識であった。
 だから、劣等種たちの顔色から何から何までが以前のようではないことに気付いたのは
れいむぐらいであった。
 さなえは、死んだのだ。
 前の長の頃には死ゆっくりなど出なかった。
 それが超えてはならない一線であるというような認識は、当然ながら貴種たちには無か
った。
 今まで、前の長に遠慮していただけで、内心では劣等種など貴種に殺されても当然の存
在なのだと思っていた。
 それが、一連の事件とそれに対する貴種の態度で、劣等種たちに刻み込まれた。

「れいむ、頼みがあるんだ」
 らんがやってきた。
「ゆ? なに?」
「ほら、あのまりさ、群れで一番強いまりさ」
「ゆ……ああ、あのまりさ」
「まりさを呼び出してくれないか」
「ゆ?」
「実は……」
 れいむはらんの話を聞いてまりさの所へ行った。
 今や劣等種扱いのれいむであるから、ゴミでも見るかのような目をされたがそれでも一
応はれいむ種なのでなんとか話を聞いてもらえた。これが生粋の劣等種ならば話にもなら
なかっただろう。らんも、それを見越してれいむに頼んだのだ。
 そして、れいむの話を聞くや、まりさは身を乗り出してれいむに促されるまま、らんが
待っているという群れから少し離れたところへと着いてきた。
「ゆっ、ゆっ、ゆ~っ」
 れいむの後ろで上機嫌にまりさは口ずさんでいる。
「ゆっへっへ、劣等種のくせになかなかわかってる奴なのぜ、あのらんのことはそれなり
ーにあつかってやってもいいんだぜ」
 まりさは、群れでけんかが一番強いことで貴種の中でも威張り散らしており、普通なら
ば劣等種の呼び出しになど応じるわけがない。
 それに応じたのだから、もちろんまりさがそうせざるを得ないほどの旨味があるのだ。
 らんからの申し出は、狩りで得た食べ物の一部を他のものには内緒でまりさに渡すので
劣等種への便宜をはかって欲しい、というものであった。
 最初それを聞いた時、まりさは疑わしい目つきでなぜ長に言わないのか、と聞いた。
「正直、長はあてにならないって……みんな、まりさの言うことの方を聞きそうだって」
 と、れいむは答えた。らんに絶対にそう言っておいてくれと頼まれていた言葉だった。
 それを聞くと、まりさはあからさまに喜んでれいむに着いてきた。
 まりさは、その強さで新体制において群れの幹部におさまっているが、実のところ不満
であった。
 自分こそ、長に相応しいと思っていた。
 しかし、今の長は支持されている。前の長と同じぱちゅりー種で、その孫だからみんな
盲目的に支持しているのだ、とまりさは固く信じていた。
 幹部であるまりさは、他のものより多くの食料支給を受けていたが、自分以外のものへ
分け与えられるほどではない。劣等種どもから別途食料が得られれば、それを与えて自分
のシンパを作ることができる。
 それがある程度増えたところでクーデターを起こして長に取って代われば、みんななん
となく支持しているだけなので、すんなりまりさを新しい長と認めるに違いない。
「ゆふふふ」
 ほくそ笑むまりさの目の前のれいむが停止した。
「ゆ? ついたのかぜ?」
「ゆん」
 れいむは一瞬、まりさを哀れみを込めた視線で見た。
 しかし、劣等れいむごときにそんな目で見られるわけはないと思っているまりさは、そ
れには気付かなかった。
 れいむは、らんの申し出をそのまま受け取ってはいなかった。
 これが他のもの、かなこ辺りからの申し出ならば、そうしただろうが、らんはどう見て
もれいむと同じ疑問を持っていた節がある。
 今回のまりさの呼び出しもおそらくは……
「ゆん」
 現れたらんに、まりさは倣岸にそっくり返る。
「わざわざまりささまが劣等種のために来てやったのぜ。話は本当なのかぜ?」
「ああ、嘘だ」
 あっさりと、あまりにもあっさりとらんは言い切った。
「ゆあ? はあ? ゆゆゆゆ? な、なに言ってるのぜえええええ!?」
 まりさは何を言っているのかしばらく理解できなかったようだが、ようやく理解すると
当然のことながら激怒した。
「まりささまは貴種でも一番けんかが強いのぜ! そのまりささまを劣等種ごときがから
かったらどーなるかわかってるのぜ? 同じ貴種でも、まりささまをからかう奴はせいっ
さいっするのぜ? それを、それを、劣等種ごときがあ!」
「せいっさいっ、か……」
 らんは、少し考えるような素振りを見せたが……
「じゃ、せいっさいっしてもらおうか」
「ゆっぎいいいいいいい!」
 まりさはもう怒り過ぎて全く感情を制御できていない。
 ただでさえ喧嘩っ早いまりさである。
「ゆっくりじねええええ!」
 すぐさま跳ねてらんに飛びかかった。
「……!」
 らんは、一瞬緊張した表情を見せたが、素早く後ろに飛んでまりさの体当たりを回避し
た。
「ゆっ? よ、よくかわしたのぜ」
 渾身の体当たりがかわされて、まりさは一瞬戸惑った。劣等種など、自分の体当たりを
かわせもしないと思っていたのだ。
「ゆひゃあああ! いつまでかわせるのぜえええ!?」
 気を取り直して飛び掛る。
「ゆ、ゆひぃ……ゆひぃ……なんで……どぼじで……」
 そして、何十回も攻撃を繰り出し、そのことごとくがかわされ、とうとうまりさは疲労
で動けなくなった。
 一方、らんは涼しい顔でそれを侮蔑をあらわに見ている。
「ゆ、ゆぎ、ゆぎぎぎぎ」
 劣等種などにそんなふうに見られることは、貴種の中でも特に気位の高いまりさには耐
えられないことであった。
 しかし、いかなまりさとて、実際ここまで攻撃がかわされ続ければ、らんの素早さは認
めざるを得ない。
 ――ゆぎぃ、あたれば……いっぱつあたればあんな奴ぅぅぅ。
 歯軋りするまりさに、らんは言った。
「終わりか、それじゃこっちから攻撃するぞ」
「ゆぅ……ゆへ」
 まりさがにやっと笑う。
 調子に乗って劣等種ごときが攻撃と来た。
 これはチャンスだ。これを逃してはいけない。
「ゆ、ゆへえ、お、面白いのぜ、劣等種のごみのこーげきがまりささまに効くかためして
みるのぜ、お、おばえみたいにコソコソ逃げないで、受け止めてやるのぜ」
 そう言ってまりさはべたりと地面にあんよを密着させ、歯を食いしばった。
「よし、いくぞ」
 らんは、跳躍した。
「ゆっはああああ! かうんたーなのぜ!」
 まりさも同時に飛んで、真っ向から迎え撃った。
 両者が激突し、らんがよろめきながらも着地する。
「ゆべえええ!」
 一方のまりさは、跳ね飛ばされて着地もままならず顔面から地面に落ちた。
「ゆびぃぃぃぃ、い、いだいのぜええええ」
 地面でこすった顔に小さな擦過傷が無数についている。
「ゆ、ゆびぃ、お、おがじい、おがじい、のぜ」
「おい」
「ゆ、ゆひぃぃぃ、く、くるなああああ! れ、劣等種は近付くんじゃないのぜえええ!」
「ふんっ!」
 らんはまりさの前でくるりと回転した。
「ゆばああああ!」
 尻尾に叩かれたまりさがふっ飛んで木の幹に激突する。
「ゆ、ゆびぃ、い、いだいのぜえ」
「おい、みんな、出て来い」
 らんが言うと、そこかしこから劣等種たちが出てきた。
「ゆ、ゆひぃ」
 プライドの高いまりさにとっては、こんな哀れな姿を劣等種に見られるのは辛いことで
あった。
 しかし、逃げ出そうにも体が動かない。
「「「ゆぅぅぅ……まさか、そんな……」」」
 みな、愕然としている。
 らんには、今から自分がやることを隠れて見ていてくれと言われていた。
 群れで一番強いまりさがやってきて、らんがそれにあからさまに喧嘩を売るようなこと
を言い出した時には皆恐怖に震えた。
 らんがせいっさいっされて永遠にゆっくりしてしまう、と。
 だが、そうはならなかったのは見ての通りである。
「みんな、わかっただろう。……こいつは……いや、こいつらは、貴種は……弱い!」
「「「ゆぅぅぅぅぅぅぅ……」」」
 さすがにショックからすぐには立ち直れずに、劣等種たちは唸るばかりである。
 らんの強さは幾度となくスモウで対戦してわかっている。劣等種の中でもそんなに群を
抜いて強いわけではない。
 らんが、あそこまで余裕を持って勝てるのなら、他のものも、劣等種の中ではそんなに
強くないさなえでも十分に勝てるだろう。
「れいむ、すまなかったな」
「ゆん」
「……あまり、驚いていないな……やっぱり、お前もわかっていたのか?」
「ゆぅぅぅ、もしかしたら、とは思ってたよ……らんたちが狩りをしているのを見てたら
……どう見ても、れいむはもちろん、他のまりさとかれいむよりも……」
 どう見ても、劣等種の方が身体能力が高い。
 何度も何度も狩りに同行し、それを見ているとそう思わざるを得なかった。
 それをそんなわけはない、そんなわけはない、と押さえ込んでいたのだ。
 しかし、そんなれいむの前で劣等種たちは、群れで一番のジャンプ力が自慢のちぇんよ
りも高く飛び、群れで一番の「剣」の達人であるみょんよりも巧みに口で棒を使っていた。
 木の実を落とそうと幹に何度も体当たりするめーりんはどう見ても貴種の誰よりも頑丈
な体だったし、すいかよりも多くの荷物を持てるものなど貴種にいるとは思えなかった。
 それが、れいむの抱いていた疑問であった。
 れいむの餡子脳裏に、あの時の情景が蘇る。
 あの時――そう、先代の長ぱちゅりーが死ぬ前のあの時だ。

「れいむ、なにか聞きたいことがあるんでしょう?」
「……ゆん」
 れいむは疑問をぶつけた。
 劣等種は弱く劣っていて、貴種は強く優れている。
 そう教えられてきたし、この群れのものはみんなそう思っている。
 だが、劣等種たちの狩りを見ていると、どうしてもそうは思えないのだ。みんな、貴種
の中でも優れたものたちよりも上に見える。
「むきゅきゅきゅ」
 長は、笑った。
「……れいむ」
「ゆ、ゆぅ」
「その通りよ……劣等種は、貴種なんかよりも遙かに優れているわ」
「ゆ!? ゆゆ!?」
 疑問は解決した。
 しかし、戸惑う。長年の先入観は強く、れいむは実は、長にその疑問を馬鹿げた疑問と
して否定されたがっていたのかもしれない。
「で、でも、どぼじで……」
「少し長くなるけど、話しておきましょう……あの馬鹿孫は話す価値がなかったからね」
 長は、吐き捨てるように言った。
 この群れが出来てしばらく経った頃、そばに住んでいた現在の劣等種たちの祖父母の代
のゆっくりたちと接触した。
 友好的に付き合っていたのだが、こちらの群れから、油断しているうちにやってしまお
うという意見が出た。
 そんな物騒な意見が出たのは、奴らがその気になって侵略してきたらおしまいだからだ。
 群れの創成期のものたちは、劣等種――人間たちは希少種と呼んでいるようだ――は自
分たちなど問題にしないような強さを持っていると認識していたし、それは間違ってはい
なかった。
 ゆっくりの天敵といえば捕食種のれみりゃ、ふらんだが、通常種(貴種)がこれらには
なす術が無いのに対して、希少種はやりようによっては互角に渡り合える強さを持ってい
る。 
 そこで、寝込みを襲って皆殺しにした。
 むろん、罪悪感なくやってのけたわけではなくやらねばやられると思い込んでのことだ
った。しかも、完全に奇襲したのに反撃にあってこちらも相当殺された。
 目を覚まして騒いだ子供たちも殺したが、眠っていた子供たちをどうするかで意見が割
れた。
 結局、とりあえず殺さずに、両親は突然襲ってきたふらんたちから自分たちを守るため
に死んでしまったと言って、育てることにした。
 子供の頃から洗脳して育てていけば、従順になるのではないかという打算があった。
 奇襲成功にも関わらず手痛い反撃を受けて希少種の恐ろしさを痛感していたぱちゅりー
たちは、こんな恐ろしいものは殺してしまわないと、と思うと同時にこの力を使えるよう
になったら……という思いもあったのだ。
 そして、希少種は劣等であると教え込まれ、貴種とされた通常種に逆らうような気にな
らぬように育てられた。
 創成期のゆっくりたちは次々に死んでいき、生き残ったぱちゅりーがそのシステムを完
成させた。
 今や、群れでそのことを知るのはぱちゅりーだけだ。
「ゆぅぅぅ……」
 話を聞いて、れいむは唸るしかなかった。れいむの中の長ぱちゅりーはひたすら慈悲深
い存在だった。
「むきゃきゃ……つまり、ぱちゅはとんでもないゲスなのよ」
 長がそう言ってにたりと笑った時、れいむは中枢餡がゾッとする思いだった。
「で、でも長は優しいよ。劣等種にも優しくしてたよ」
「むきゅ」
 長はおかしそうに笑った。
「れいむは優しいわね。だから、そういうあまあまなふうに考えるのよ」
「ゆ、ゆぅ……」
「ぱちゅが優しくしていたのには、全部理由があるのよ」
 子供たちを預かるのは、ゆん質である。
 暴行を禁止していたのは、何度もやられているうちに劣等種が死を覚悟で反撃して、そ
れであっさり貴種が殺されてしまい、劣等種が真相に気付いてしまうのを防ぐため。
 その他、あらゆる「優しい」処置は、全て劣等種を追い詰めてダメで元々と覚悟を決め
て反乱に立ち上がらせたり、群れから逃亡させないためである。
「ゆ……ゆ……ゆ、で、でも」
 れいむは、震えながら言った。
「でも、劣等種のみんな、長のことを好きだよ。長に感謝してたよ」
「むきゃきゃきゃきゃ! それもこれもぱちゅたち貴種が狩りもしないでむーしゃむーし
ゃしてゆっくりするためよ」
「ゆぅぅぅ……」
「もう一度言っておくけど……ぱちゅは、ゲスよ、むきゃっ」
「ゆぅ……ゆ? ゆ、ゆ、長、長」
「なにかしら」
「そ、それじゃあ、これから……長が永遠にゆっくりしちゃったら、どうなるの?」
「むきゅきゅ」
「さ、さっき長、言ってたよね、次の長のぱちゅりーにはこのこと話してない、って」
「むきゅ、そうね」
「ど、どぼじて? は、話しておかないと、いけないんじゃ、ないの?」
「むきゃきゃきゃきゃ! だから、ぱちゅはゲスなのよ!」
「ゆゆぅ……」
「ぱちゅはね……あの馬鹿にはもうあいそがつきてるのよ」
「ば、馬鹿って……でも、ぱちゅりーは頭がいいってみんなが」
「あんなのはただの馬鹿よ、口だけ達者なだけ」
 長ぱちゅりーは、次の長になる孫ぱちゅりーのことを話す時は声から表情から嫌悪感が
ありありと出ていた。
「馬鹿のくせに、こともあろうに、このぱちゅを……」
「ゆゆ!?」
 先ほど、孫ぱちゅりーと二人きりで話した時、その時に劣等種のシステムを全て打ち明
けるかどうかは長も迷っていたらしい。
 しかし、孫ぱちゅりーは長ぱちゅりーの言うことを一切聞こうとはせず、あからさまに
どうせもうすぐ死ぬのだからと軽んじていた。
 そのことに、長ぱちゅりーは激怒した。
 そうなると、日頃から自分が長になったらこんな間違った状態は正してやると言って回
っていたことも思い出された。
 しかし、その場で罵ったりはしなかった。そんなことは馬鹿のやることだと思っていた。
 だから、長ぱちゅりーは、何も教えてやらずに孫ぱちゅりーを帰したのだ。
「むきゅきゅ、ゲスなぱちゅは、もうあの馬鹿も群れの連中もどうでもいいのよ。むしろ
あの貴種だと威張っている馬鹿どもは、劣等種に皆殺しにされてしまえばいいのよ」
「そ、そんな……」
 これまでの経緯から、れいむの気持ちはとうに貴種などよりは劣等種寄りになっている。
 しかし、それにしても、慈悲深いと思っていた長ぱちゅりーがこのようなことを考えて
いるということがショックであった。
「れいむ……ぱちゅは、劣等種を道具だと思っていたわ」
 自分たち、貴種が狩りもせずにゆっくり暮らすための道具。
 そのために、長ぱちゅりーは長ぱちゅりーなりにあれこれ考えてやってきたのだ。
「なんとか……ぱちゅの生きてる間は上手くいったけど……これだって綱渡りよ。運がよ
かっただけよ」
 些細なきっかけで、天秤のバランスは崩れ、真実に気付いた劣等種たちが怒り狂って貴
種を殲滅する可能性はこれまでいくらでもありえた。
「それでも、ぱちゅだからできた、とは思っているわ。ぱちゅが死んだらほんの少しの遅
い早いの違いはあっても……すぐに駄目になると思うわ。それに……」
「ゆ……」
「れいむ、貴種を見てどう思う」
「ゆ、ゆゆ?」
「あいつら、ゆっくりしてるように見えるけど、どうかしら」
「ゆ……ゆっくり、してるよ、でも、なんか劣等種たちを馬鹿にしてる時とかは、ゆっく
りしてないよ」
「むきゃきゃ、それはね、あいつらが働かないでもゆっくりできるからよ」
「ゆ!?」
「ぱちゅは、まさにそのために色々苦労してきたんだけど……生まれた時からそういう環
境にいると腐るのよ」
 長ぱちゅりーの目から見て、とてもではないが奴らは貴種などという呼び名に値しない
存在だ。それどころか、奴らこそ劣等種と言うに相応しい。
「それに比べて、あの子たちは違うわ」
 ずっと何かにがにがなものを噛んでいるようだった長ぱちゅりーの顔が、ふっと綻んだ。
 あの子たち、というのはゆん質として預かっている劣等種の子たちのことだ。
 子供たちは、先ほどれいむの言った通りに、長に感謝し、これを慕っていた。
 知っていることを教えてやると、どんどん吸収する賢さもある。
 長のやることは甘いよ、などと文句を言う連中や、自分が長になったら今のやり方は全
部変えてやる、などと言い回っている孫ぱちゅりーに比べれば、こちらの方が幾倍も可愛
い。
 いわば、預かっていた子たちに情が移ってしまったのだ。
「ゆ! や、やっぱり、やっぱり長は優しいんだよ!」
 れいむは勢い込んで言ったが、それに返って来たのは長ぱちゅりーの嘲りだった。
「優しいものですか! ぱちゅは、自分でそうしたというのに、そのせいで群れの奴らが
駄目になったからと、それに比べて可愛くて賢い劣等種の子たちに情を移してそのために
貴種の奴らなど殺されてしまえと思っているのよ」
「ゆ!?」
「無責任でひどいゲスなのよ、ぱちゅは」
「ゆ、ゆぅ……」
「むきゅぅ……大きな声を出して疲れたわ。そろそろ永遠にゆっくりさせてもらおうかし
ら」
「お、長ぁ……」
「こんなゲスの死に泣くあまあまで馬鹿なれいむに言っておくわ」
「ゆ?」
「今でも、あなたは劣等種たちには好かれているわ。次の長が劣等種たちへひどいことを
したら、それを止めるように言いなさい」
「ゆ、で、でも、れいむの言うことなんか」
「いいのよ、それで、あなたは劣等種たちの大きな好意を得られるわ……そうすれば、あ
なたは生き残れるはず」
「長ぁ、なんで、なんでれいむにそこまで……」
 長ぱちゅりーはそれには何も言わなかった。
 劣等種の子たちのように賢いとは言えないものの、れいむもまた長を慕っていた。そし
て、足りないながらも懸命に長の世話をしていた。
 そんなれいむもまた、長にとっては可愛い子だったのだ。
 しかし、それは言わぬままに長ぱちゅりーは永遠にゆっくりした。
 ゲスが最後に言う言葉ではない、と思っていたのだろう。

「れいむ、れいむ、れいむ!」
「ゆっ! あ、ご、ごめん、ちょっとぼーっとしてたよ」
 らんが自分の名前を連呼しているのに気付いて、れいむの意識は過去のあの時から、現
在へと戻ってきた。
 れいむが回想をしていた間に、らん以外のものたちも現実を受け止めたらしい。
 ていうか、いつのまにかまりさが破裂して死んでいた。
 なんでも、すいかがまりさに思い切り押してみろと言い、まりさが必死に押したのだが
すいかがその弱々しさに怒り出して、もっと強く押せと激昂し、これでせいいっばいなん
でず、もうゆるじでぐだざい、とまりさが言ったらすいかがキレて体当たりしてそのよう
なことになったらしい。
 すいかがキレたのは、目の前のまりさにだけではなく、今までこんな弱っちい連中の言
うことを聞いていいようにされていたのかということへの怒りであろう。
 そのすいかをはじめとして、かなこたちも明らかに先ほどまでと顔つきが違っていた。
 その顔に、劣等種をごみと見下す貴種たちに通じるものを感じたれいむは寒気を感じた。
「れいむ、前にも言ったが、れいむは今の長がわたしたちにひどいことをした時に、それ
を止めてくれた。ちぇんの時のこともあるし……れいむのことは、仲間だと思っている」
 れいむは薄々と劣等種たちの本当の強さをわかっていたようだが、それとても確信があ
ったわけではなく、さらにはあの時点でそのような行動に出るには十分に勇気が必要だっ
たことをらんは認めていた。
「おう、そうさ! れいむは仲間さ!」
 すいかが同調すると、それに賛同する声が上がる。
 れいむは、とりあえずはほっとしたが、すぐに恐ろしくなった。
 ――長、長! 長の言った通りになったよ! 長! 長はすごいよ、怖いぐらいに、す
ごいよ……
「よーし、それじゃ早速、あいつらぶっ飛ばしてやるか!」
 すいかが頭を振って角をぶんぶんさせながら言うと、らんがそれに反対し、かなこも同
意した。
「なんといっても、数があまりにも違う、正面からやるのは少し減らしてからにしよう」
「そうだな」
「うーん、二人がそう言うなら、あたしはそれに従うよ」
「あいつらは、わたしたちを弱いと思っている……それにつけこむんだ」
 活き活きとした表情で相談しているらんたちを見て、れいむはぶるりと震えた。自分は
外れているからいいものの、標的になっている群れの貴種たちのことを思うと、やはりそ
こはれいむ種である、一抹の哀れさを感じていた。

 
                               後編に続く
最終更新:2010年10月10日 15:28
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