anko2412 パーフェクトバッジシステム

『パーフェクトバッジシステム』 34KB
実験 赤ゆ 加工場 現代 独自設定  

※独自設定垂れ流し
 「ぼくのかんがえたさいきょーのばっじしすてむっ!」って感じの独自設定です
※先日スレでバッジに関する話題で盛り上がっていたのに触発されて書きました


「かいゆっくりにしてください! まりさはきんばっじのゆっくりだったんですうううう
う!!」

冬も近づいたある街角。
そこで叫び続けるのは、不思議生首饅頭ナマモノ、ゆっくり。大きなとんがり帽子と金髪
が特徴のゆっくりまりさが、行き交う人々に救いを求め叫んでいた。
数年前からありふれるようになった光景。まりさが力尽きるか、あるいはゆっくり対策課
の人間が処理に訪れるまで続くであろう、悲惨で、しかし滑稽この上ない有様。
足を止める人間はいない。
このまりさ、自称するとおり、かつては金バッジの飼いゆっくりであったのかもしれない
。だが、今となっては意味はない。今や、そのことに価値を感じる人間は誰一人としてい
ない。
まりさについているバッジ。かつて金色に輝いていたかもしれないそれは、黒く染まって
いたからだ。



パーフェクトバッジシステム



「ゆっくりのバッジを作れ、ですって?」

ゆっくり加工所の研究棟。そのひとつ、お飾りを専門に研究する研究室のひとつ。私の職
場であるそこにやってきた企画課の男は、そんな奇妙な提案をしてきたのだ。

「ゆっくりのバッジについて、どの程度知っている?」
「まあ、一般的なことなら。ランクは金、銀、銅に分かれてて……最近はプラチナとかも
ありましたっけ?」

企画課の男の確認の言葉に、私は半ば嘲笑しながら答えた。
ゆっくりのバッジ。金、銀、銅などといったようにランク分けされている。
銅は飼いゆっくりというだけで与えられる。人間の所有物であることを示すもので、犬や
猫につける首輪みたいなものだ。
銀はある程度の躾が施されたもの。人間の指示を正しく理解し、人間にとって迷惑な行為
をとらないことが最低限の条件だ。ペットとして一定以上の躾を受け、それを継続できる
ゆっくりに与えられるもので、銅が首輪なら銀は称号と言えるだろう。
金はさらに優秀なゆっくりに与えられる。銀に必要な条件を満たすのはもちろん、ゆっく
りとしては高い知能が要求される。ゆっくりは通常、数字を3までしか認識できないが、
金バッジのゆっくりは二桁程度は数えることができ、算数程度ならこなすことができる。
また、その知能を生かし、自分がゆっくりすることより人間をゆっくりさせることを優先
させるのも重要な条件だ。金は人間のパートナーとして認められた証で、ここまできてよ
うやくゆっくりの命は犬ネコ程度の「生き物」として扱われるようになるのだ。
プラチナはそれ以上の称号。詳しくは知らないが、特別優秀なゆっくりや、優秀な希少種
などに与えられる特殊なものだと聞いている。

「でもバッジなんてあれでしょ? ゆっくりペット業界の作った、破綻したシステム」

金、銀、銅。これらのシステム自体は別に間違っていない。審査機関の活動も審査試験そ
のものも、それなりに厳密で真っ当なものだ。
だが、問題はその対象がゆっくりであるということだ。
愚かで無謀で思慮に浅く、そのくせ欲望だけはやたらと強いゆっくり。その餡子脳ゆえに
、向上するには多大な努力が必要で、とてつもなく簡単に堕落する。
金バッジの高級ゆっくりが禁じられた子作りを、それも野良相手にやらかす事例はありふ
れており、もう話の種にもならない。
飼い主が原因の場合もあるが、どんなに優秀であろうと、所詮ゆっくりはゆっくりなのだ

私に限らず、加工所に所属する人間は大抵バッジシステムを破綻していると馬鹿にしてい
る。ゆっくりにペットとしての優劣をつけるなんて無意味だ。あいつらを正当に評価した
いなら、食品としての品質の良し悪しで判断すべきなのだ。
企画課の人間も加工所で働いているのだから、そんなことをわかりきっているはずだ。
バッジもゆっくりのお飾りとの範疇で、私に話を振ってくるのはわからなくはない。だが
、加工所がわざわざバッジを作るなんて意味がわからない。
だが、企画課の男の提案はそんな私の常識を打ち破るものだった。

「で、そのバッジだが……生まれたときからゆっくりについていたらどうなると思う?」
「は? 生まれたときからって……」
「つまり、生まれたときからゆっくりのお飾りにバッジがついているわけだ。優秀なゆっ
くりなら金、そこそこできのいいやつなら銀。普通のゆっくりは銅で、使い物にならない
のは……そうだな、黒いバッジとか。それが、生まれたときからついてる。そして、ゆっ
くりのペットとしての質の変化に伴ってバッジの色も変わるんだ。金バッジのゆっくりも
、野良と子作りした時点で銅バッジになる。逆に銅バッジのゆっくりでも、躾を受けて優
秀になればバッジの色も銀に変わる。どうだ、すごくないか? 作って欲しいのは、そん
な『新バッジ』なんだよ!」
「それは……」

そんなことが実現したら、すごい。
ゆっくりのバッジシステムが破綻している理由は、ゆっくりが簡単に堕落するからだ。
バッジは通常、定期審査の義務がある。だが、劣化の激しいゆっくりのこと。正確なラン
ク付けを行うなら、極端な話、毎日審査を行わなければならないだろう。それは現実的で
はなく、定期審査はせいぜい半年に一回。人間に反抗的な態度を取ったり、あるいは野良
と子作りをしたゆっくりは即座に降格やバッジ剥奪もありうるが、それでは潜在的なゲス
化などはわからない。気づいたときには取り返しにつかないことになっていた、というの
もよく聞く話だ。
ところが企画課の男の言う生まれたときからついていて、リアルタイムに変化する「新バ
ッジ」ができれば解決する。ゆっくりの正確なランク付けがリアルタイムで確認できると
言うわけだ。

「できたら確かにすごいでしょうけど……そんなの、一回売りさばいたら終わりじゃない
ですか。だいたい現行の審査機関が許しませんよ、絶対」

仮にそんなバッジができたとする。
ゆっくりにつけて、生まれた子供もバッジつき。それから生まれる子供は全てバッジつき
になるわけだから、最初にある程度の数を売ればその先バッジはほとんど売れなくなるこ
とになる。
また、審査機関の存在も問題だ。ゆっくりのバッジ審査は今や大きな市場になっている。
どの分野でもそうだが、資格とそれを支えるシステムが生み出す利益は莫大だ。それを崩
壊させるものなんて、業界の反発を受けるに決まっている。
ゆっくりを飼う人間にとってはメリットの大きいバッジだが、それを作る加工所からすれ
ばリスクばかりで旨みが少なすぎる。研究室にこもりがちな私でも想像がつくことだ。
だが、企画課の男はそれも自信満々だ。

「大丈夫さ。審査機関はなくならない」
「なんでですか? だって審査の必要が……」
「審査の必要はある。というか、必要にする。バッジは定期的な品質チェックが要るって
ことにすればいい。品質チェックの際、併せて現行の定期審査も行うよう義務付ける。バ
ッジの品質チェックの特許をとっておけば加工所に利益が入るし、審査がある限り審査機
関にも金が入る。そりゃ、審査機関の利益は今よりは減るだろうが、新バッジシステムに
追従しないわけにはいかないだろうさ」

感嘆の息が漏れる。
確かに、それなら現実的だ。多くの飼い主たちはゆっくりの状況がリアルタイムでわかる
新バッジを望むだろうし、審査機関も生き残るためには新バッジを受け入れるしかない。
そして、ペットゆっくりが存在する限り、加工所は半永久的に特許料という利益を得るこ
とができる。
企画課の言う男のまさにゆっくりペット業界にとって革命が起きるといってもいい。
私がそんな未来を夢想していると、

「じゃあそういうことで、研究の方、よろしく」

実に軽い調子で言い、企画課の男は立ち去ろうとした。

「ちょ、ちょっと待ってください! そんな簡単に言われてもっ……!」
「まあ、研究の一環としてやってくれよ。どうせ暇なんだろ?」
「暇って……」

確かに、ゆっくりそのものと比較してゆっくりのお飾りの加工はそれほど注目を集めてい
ない。
ゆっくりは饅頭、食べ物だ。そのお飾りも例外なく、基本的には砂糖細工だ。だがゆっく
りの構成要素としては珍しく水に強く丈夫で、そのため食感があまり良くない。お飾りを
メインにしたヒット商品を出せないのが正直なところだ。
最近売れたのは「インスタントゆっくりおしるこ・まりさバージョン」。ゆっくりの中身
をお汁粉とし、具に成体ゆっくりの目玉の白玉、赤まりさのおぼうしを入れている。フリ
ーズドライされたそれらをお湯で戻して食べるインスタント商品だ。おぼうしは食感が良
くなるように、ゆっくりの涙でふやかしてやわらかくした後、軽く火であぶってある。こ
れはお汁粉の中で、ちょうどコーンポタージュのクルトンのようなアクセントになる。
もっとも、これがヒットしたのはそうしたお飾り加工の工夫によるものではない。お帽子
をお汁粉に浮かべ、その上に白玉をのっけて遊ぶ「水上まりさごっこ」がちょっと流行っ
たからだったりする。
ゆっくりのお飾り研究は、加工所において閑職で、他の研究と比べて低く見られがちなの
だ。
先ほどまで熱弁を振るっていたのも一転、企画課の男は投げやりな様子だった。
今更理解した。きっと今の話は飲み会とかで盛り上がって、翌日冷静になったけどダメも
とでとりあえず持ってきた、という感じなんだろう。
お飾り研究は閑職。遊ばせておくより、なんでもいいから研究させていたほうがいいとい
う判断かもしれない。いずれにしろ、馬鹿にしてる。。

「まあ、できるだろ。『だって、ゆっくりだから』」

だってゆっくりだから。
ゆっくりの研究で得られる結論は、どんなに不条理で理不尽でもその一言で済まされてし
まうのだ。
正直むかっ腹が立ったが、それでも私はけっこうやる気になっていた。うまくいけば一気
にお飾り研究の地位を向上できる。実際、わりと暇だったと言うこともある。
そもそも、なにやったってかまわないのだ。

だって、ゆっくりだから。








新バッジの作成にあたり、まずはその素体となるバッジ――「素体バッジ」を作ることに
した。
まずはゆっくりのお飾りをどろどろに溶かし、脱色する。要は溶けた砂糖の塊にするわけ
だ。これを型に流し込み、冷やして固める。大きさはビーズ程度、形はこの段階では丸い
板状になっていればよく、正式な金バッジのような細工は施さない。これで「素体バッジ
」は完成だ。
今回のために飼育用の部屋の中には、濃縮オレンジジュースに満たされた三角フラスコに
挿された茎が整然と並んでいる。実の生る茎は五本、実の数は計30。実ゆっくりの種類
は、まずはゆっくりの基本種とも言えるれいむ種とまりさ種を選んだ。
これらの茎は加工所からまわしてもらった低級品だ。低級品と言ってもあくまで加工所の
基準、食品としてであり、中には性格の良いペット向けのゆっくりもいるだろう。まあ、
ゆっくりなんてどいつも大して変わらないものだから、問題ないだろう。
「素体バッジ」を軽く熱して表面を溶かし、これらの実ゆっくりすべてのお飾り付着させ
る。
素体接着作業の翌日。さすが加工所製と言うべきか。予定通りきっちりと、実ゆっくり達
は生れ落ちた。
生れ落ちる赤ゆっくりたちの様子を、私はモニター越しに観察する。

「ゆっくちちていっちぇね!」
「ゆっくりしていってね!」

次々に生まれる赤ゆっくりを迎えるのは金バッジをつけた成体のゆっくりれいむだ。成体
と言うより老体と言った方が適切かもしれない。
加工所のある部署では、高級品をつくるために、金バッジのゆっくりに赤ゆっくりを生ま
せて育てさせ、育ちきったところで一気に虐待するという手法を行っている。何一つゆっ
くりできないことを経験せずのびのびと育ったゆっくりが突然、最上級の虐待を受けるこ
とで高品質な甘みを生み出すと言うわけだ。
この金バッジのれいむは、そこで長期間子育てを行っていた。経年劣化により廃棄になっ
たところ、折りよく研究用に入手したのだ。このれいむが今回の新バッジ作成の要となる

赤ゆっくり全てが生れ落ち、生まれてはじめての食事として茎を与え、ようやく落ち着い
た頃。
成体れいむは、赤ゆっくりたちに語りかける。

「おちびちゃんたち! ゆっくりしていってね!」
「ゆっくちしちぇいっちぇね!」

成体れいむの呼びかけに元気に答える赤ゆっくりたち。刷り込みは問題なくうまくいった
ようで、餡子の縁などかけらもないあの成体れいむを自分の親と思い込んでくれたようだ

そして、親れいむは台本通りに赤ゆっくりたちに語りかける。

「おちびちゃんたち! こっちをみてみてね!」

れいむの指し示した先には大きな鏡がある。赤ゆっくりたちは楽しそうにそちらに向かう


「これは『かがみさん』! かがみさんは、じぶんでじぶんをみれる、ゆっくりしたもの
だんだよ!」

赤ゆっくりたちはもの珍しげに鏡に映る自分の姿を眺めている。きょろきょろしたり、の
ーびのーびしてみたり。実ににぎやかで真にイラッとくる。
やはり教育をれいむにまかせて正解だ。私がいたら育成などうまくできないだろう。もち
ろん、老練な加工所の子育てれいむとは言え、ゆっくりに全ての世話を任せるつもりはな
い。通常の高級品育成時と同様に、定期的にブリーダーに指導してもらう約束は取り付け
てある。

「みんな! おかーさんをみてね!」
「ゆ! おかーしゃんのおかじゃり、とっちぇもゆっくちしちぇるよ!」
「ゆううう! きらきらしゃん、きりぇーだよ!」
「いいにゃ! いいにゃ! きらきらしゃん、ゆっくちー!」

頭のリボンに輝く金バッジをきらりと見せ付ける親れいむ。ゆっくりは人工物の、きらき
らすべすべしたものが大好きだ。野良や野生のゆっくりがおうちにそうしたガラクタをよ
く溜め込む。
野良がバッジにあこがれるのはステータスばかりではない。ゆっくりできる綺麗なお飾り
であるということも重要なのだ。

「これはおかあさんのばっじさんだよ! おちびちゃんたち! おちびちゃんたちにも、
ばっじさんはついてるよ!」

れいむに促され、鏡を覗き込む赤ゆっくりたち。すぐに自分達のお飾りについた「素体バ
ッジ」に気づいたようだ。
どの赤ゆっくりも一瞬笑顔を見せ、しかしその顔はすぐ失望に沈む。

「ゆ、おかざりしゃん……」
「きらきらしゃんじゃないよ……どうちて……?」
「ゆえええん! ゆっくちできにゃいいいいいい!」

あまりにも飾り気のない「素体バッジ」に絶望し、泣き出す赤ゆっくりも出始めた。
だが、親れいむはゆっくりとした笑みを崩さない。

「おちびちゃんたち! しんぱいしなくていいよ! ばっじさんがきらきらしてないのは
、おちびちゃんたちがまだうまれたばかりだからだよ! おちびちゃんがいいこでげんき
にそだてば、おかあさんみたいなとってもゆっくりしたばっじさんになるよ!」
「ゆううう!? そうにゃの!?」
「れーみゅ! れーみゅ! いいこになりゅ! きらきらしたばっじしゃんつけりゅ!」
「まりしゃも! ゆっくちおーきくなって、きれーなばっじしゃんをつけるのじぇ!」

よし、刷り込みはうまくいった。
新バッジの作成。その第一段階は、「お飾りとともにバッジを成長させること」だ。
通常、ゆっくりのお飾りは自身の成長に伴い大きくなる。これはゆっくりが常に甘みを帯
びた「ゆっくりオーラ」を放出しているためである。
あまり知られていないことだが、とある博士の研究によると、ゆっくりは振動によってコ
ミュニケーションをとっているらしい。振動によってゆっくりが性行為するのは良く知ら
れているが、通常のコミュニケーションでも人間にもわからないくらいにゆっくりの身体
は微弱に振動し、「ゆっくりオーラ」を放出している。ゆっくりが何か行動する際いちい
ち口に出すのは、声を出す振動でこの「ゆっくりオーラ」の放出を高めるためらしい。ま
た、まったく同じ発音で同種のゆっくりの名前を呼ぶとき混乱しないのは、実はこの「ゆ
っくりオーラ」によるコミュニケーション能力のためらしい。
そしてゆっくりのお飾りは、「ゆっくりオーラ」の受信機であり送信機となっている。ゆ
っくりがお飾りを失うと同族に排斥されるのは、「ゆっくりオーラ」の送受信機能が低下
し、コミュニケーション能力を減ずるからなのだ。
ゆっくりが常に放出し、吸収する甘みを帯びたオーラ。このオーラを糧に、ゆっくりのお
かざりは成長する。甘みで成長するあたり、お飾りもまたゆっくりの身体の一部と言える
のだ。
そして新バッジはまずこのお飾りの一部とならなくてはならない。そのためにお飾りを材
料にし、生まれる前に着け、生まれた後もこうして刷り込みを行ったのだ。
ゆっくりは思い込みのナマモノ。いかなる加工過程においても、こうした刷り込みは最重
要事項だ。
親れいむもよくやってくれている。もっとも、必死にもなるのも当然だろう。あの親れい
むは本来廃棄品。研究に転用されなければミキサーにかけられ飼料と化していたのだ。研
究に不適格とみなされば廃棄すると言い含めてもいる。文字通り命がけで子育てに励んで
くれることだろう。

「ゆっくりしていてね!」
「ゆっくちしちぇいっちぇね!」

親れいむの呼びかけに、赤ゆっくり達は元気に答える。
新バッジの刷り込みは成功。親子関係も良好。まずは第一段階はクリア、といったところ
か。私はそんなゆっくりどもの和やかな様子を横目に、研究レポートを作成するのだった








「ゆゆ!? れーみゅのおかざりしゃん、ぴかぴかしゃん!」
「まりしゃも! まりしゃも! ぎんぎんなのじぇ!」
「れーみゅはなんだかゆっくちできにゃいいりょだよ……」

翌朝。鏡を見てゆっくり共が騒ぎ始めた。騒動の元はそのお飾りについた「素体バッジ」
の色だ。
赤ゆっくりによって金、銀、銅と色が変わっていたのだ。

「おちびちゃんたち! ゆっくりきいてね!」

親れいむの声に、赤ゆっくり達は騒ぐのをやめ注目する。親子関係は相変わらず良好なよ
うだ。

「ばっじさんにはいろんないろがあるんだよ! きんいろのぴかぴかばっじさんはとって
もゆっくりできるいろなんだよ!」
「ゆわーい! ゆっくちー!」

親れいむがモミアゲで指し示した金の「素体バッジ」をつけた赤ゆっくりは喜びに飛び上
がった。
金の「素体バッジ」をつけた他の赤ゆっくり達もうれしそうに踊っている。

「ぎんのぴかぴかばっじさんは、きんのつぎにゆっくりできるいろなんだよ!」
「ゆっくち!」

今度は銀の素体バッジをつけた赤ゆっくりが喜びに飛び上がる。銀の素体バッジ赤ゆっく
りは金より数が多く、さらににぎやかだった。
とてもゆっくり、和やかな空気。だが、それはすぐに壊れた。

「どうのぴかぴかしてないばっじさんは……あんまりゆっくりできないいろなんだよ……

「そんにゃああああ!」

親れいむの声に、大多数だった銅の「素体バッジ」をつけた赤ゆっくりは沈み込む。先ほ
どの楽しげな空気から一転、まるでお葬式のような空気。
そんな空気の中、親れいむだけが力強い笑顔で、「台本通り」に声を上げた。

「おちびちゃんたち! しんぱいしなくていいよ! おかあさんとにんげんさんのいうこ
とをちゃんときいていいこにしてれば、ばっじさんはぴかぴかになるよ!」
「ほ、ほんちょ……?」
「れーみゅたち、ゆっくちできりゅの……?」
「ゆっくちちたい……ゆっくちちたいよお……!」
「だいじょーぶだよ! ゆっくりいいこになれば、ゆっくりぴかぴかのきんばっじさんに
なれるよ!」

赤ゆっくり達の弱気な声に揺るがない、あくまでも力強い親れいむの声。赤ゆっくり達の
憂鬱なたちまち気持ちは吹き飛んだ。

「れーみゅ! いいこになりゅよ! ばっじさんをぴかぴかさんにするよ!」
「まりしゃも! まりしゃも! とってもゆっくちしたゆっくちになっちぇ、ぴかぴかば
っじさんをつけるのじぇ!」
「ゆううん! れーみゅ、もういいこなのにぃ……でも、がんばっちぇもっちょいいこに
なりゅよ!」

赤ゆっくりたちは元気を取り戻し、良いゆっくりになるべく決意を固めてくれたようだ。
モニター越しでもその熱意のほどが伝わってくるかのようだ。
まったくもってゆっくりの単純な餡子脳は簡単に刷り込みができて助かる。これで赤ゆっ
くりたちは金バッジを目指してがんばってくれることだろう。

さて。色の変わった素体バッジだが、これは今回の目的どおり、「新バッジ」としてゆっ
くりに受け入れられ、その性格に応じて色を変えたのだろうか?
もちろんそんなことはない。いくらゆっくりが思い込みのナマモノだからと言って、たっ
た一晩で新バッジが出来上がるのなら苦労はない。
昨晩、赤ゆっくり達が眠ったのを見計らい、ランダムで色を塗っただけである。だから今
現在、金色の「素体バッジ」をつけているやつが優秀なわけでも、銅色の「素体バッジ」
をつけているやつが劣っているわけでもない。単に初期の刷り込みのために仕込んだだけ
なのだ。
だからこれからが面倒だ。これから毎晩、その日のゆっくりの行動を観察し、悪い赤ゆっ
くりの色はランクを下げ、良い行動をした赤ゆっくりの色はランクを上げるという作業を
しなくてはならない。ランダムで塗るのが通用するのは最初だけ。これからきちんと行動
を反映しないと「新バッジ」は望む形に完成しない。
しかも塗りなおすのは一度脱色しなくてはならない。そうしないと、ゆっくりが自ら素体
バッジの色を変えてもわからないからだ。
着色作業は専門技術を持つ加工所の研究員が行う必要がある。だが、観察は別だ。

「そんなわけで、バイトのみなさん。しっかり観察よろしく」

バイトは基本的にゆっくりを愛でることのできる人間、という条件で集めている。この段
階において虐待要素はないため、そうでなくては勤まらないのだ。加工所のバイトで「愛
で」、という条件は難しいかと思ったが、意外と集まってくれた。楽しそうにモニタを眺
め、担当の赤ゆっくりの行動をチェックし、所定のチェックシートに記入してくれている
。赤ゆっくり達のお飾りには、昨夜バッジの着色をしたときに小型の電子タグが埋め込ん
である。モニターには常に番号が表示されるようになっているから、人間でも問題なく個
体識別できるようになっている。
モニターの向こうでは親れいむがはりきって子供に教育を始めていた。さすが老練の高級
品生産用ゆっくり。和やかな空気を保ちつつ、それでいてきっちりと赤ゆっくり達を教育
している。見る人が見れば微笑ましい光景なのだろう。
バイト達は楽しそうに見ているが、加工所の研究員である私としては胸がムカムカする光
景だった。
モニターから目を背けると、別の作業を始めて早々に記憶から今の光景を締め出そうとし
た。だが、親れいむのとてもゆっくりした笑みだけが、妙に印象に残った。







「素体バッジ」の装着。バッジの刷り込み。
それらを万全に行ったところで、すぐに定着するとは思っていなかった。
ゆっくりのお飾りを原料としているとはいえ、素体バッジはあくまで人の手による加工品
。初めからゆっくりの成長に合わせて大きくなることまで期待していたわけではない。途
中で素体バッジは打ち切り、定期的にバッジを交換する予定だった。そうして育ったゆっ
くりを交配して世代を重ね、徐々に定着を狙う計画だった。
ところが、赤ゆっくり達が子ゆっくりになる頃。バッジの色が自然に変わるようになった
。それもこちらの意図した色にそまりやすくなり、そのサイズもまたお飾りの成長に合わ
せて大きくなった。驚くべきことに、その変化の過程で形まで変わった。何の細工も施し
ていなかった素体バッジが、親れいむの金バッジと同じように細かな彫刻までほどこされ
つつあったのだ。
新バッジは早くもゆっくりの身体の一部になっていた。まるで初めからそうなることが決
まっていたかのような、奇妙な自然さで。
疑問は絶えなかったが、研究としてはうまくいくに越したことはない。研究は次の段階に
進めることとなった。







「ゆっくちできにゃああああああい!」
「ゆわーん! おかあしゃああああん! ゆっくちさせちぇえええええええ!」

ゆっくりたちの住む飼育部屋は透明な壁で三つに仕切られた。
まず、隅の区画。ここには銅バッジの子ゆっくり達がおさめられている。泣き叫ぶ声はこ
の銅ゆっくり達のものだ。まだ赤ゆっくり言葉が抜けないことからも、こいつらができの
悪いゆっくりであり、素体バッジの変色が正常に行われていることがわかる。
細長い区画の端には餌場、反対側の端には寝床やといれなどの通常の生活空間となってい
る。区画の中央にあるのは平べったいベルトコンベアだ。これが常に銅ゆっくりの通行を
阻む。
生活空間から餌場に向かうとき。ベルトコンベアは生活空間に向かって回転するから、子
ゆっくりたちは必死に走らなければならない。逆に餌場から生活空間に向かうときベルト
コンベアは餌場に向かって回転するから、やはり子ゆっくり達は走らされる。
楽をしようとどちらかに居座ろうとすれば、係の人間によって容赦なく体罰をくわえられ
る。体罰と言ってもハエたたきで軽く叩く程度。あくまで普通の躾の範疇だ。
これは加工所では一般的な手法だ。ゆっくりは苦しむことで甘みを増し、運動することで
身が引き締まり食感が良くなるのだ。

「ゆっくり……ゆっくり……」
「おかーさん……おかーさんとゆっくりしたいよぉ……」

情けない声を上げているのは中央の区画にいる銀バッジのゆっくり達だ。
こちらの区画も餌場や寝床の位置などは銅バッジのそれと大差ない。大きな違いはベルト
コンベアがないことだ。特に不自由なくゆっくりできる空間。だが、銀バッジたちはゆっ
くりしきれない。
銅バッジの区画にも銀バッジの区画にも、たった一匹の親れいむはいないのだ。


「おちびちゃんたち……」
「ゆうう! みんなでゆっくりしたいよ!」

最後の区画。銅バッジの区画の反対側には、金バッジの区画には金バッジの子ゆっくりと
、親れいむがいる。それを除けば銀バッジの区画とそう変わらない。

「おかーしゃん、こっちきちぇえええ!」
「しゅーりしゅーりしちゃいよおおお!」

情けない声を上げる銅バッジのゆっくりたち。しかし、区画ひとつ挟んで親ゆっくりとの
接触は阻まれている。

「おかーしゃん……すーりすり……」
「ゆうう……すーりすり! すーりすり!」

ゆっくりの接触コミュニケーション「すーりすり」を試みる銀バッジ子ゆっくり。しかし
、透明な壁を隔てて柔らかな感触は得られず、満足には程遠い。

「すーりすり……みんなでゆっくりしたいね」
「みんなきんばっじさんだったらいいのにね……そうしたらみんなでゆっくりできるのに
ね……」

金バッジのゆっくり達は親と一緒のゆっくりできる空間だ。だが、金バッジを持つほどの
善良な個体である。今まで一緒だった姉妹と離れ離れになり、また自分達だけが親れいむ
とゆっくりできる後ろめたさからか、どこかゆっくりできていない。
すべての区画には鏡が設置されている。いつでも自分のバッジの色が分かる。金バッジ以
外は、親と離れ離れになってしまう原因のバッジが、惨めに見えることだろう。
三区画、それぞれゆっくりできない空間。
そんななか、親れいむの声が響き渡った。

「ゆっくりしていってね!」

一瞬、そのあまりにゆっくりとした響きに全ての子ゆっくり達は返事も忘れて陶然となっ
た。だがすぐに、本能に従い、なにより母親に呼びかけられたことがうれしくてたまらな
くなり、喜びを声に出して爆発させた。

「ゆっくち! ゆっくちしちぇいっちぇね!」
「ゆっくりしていってね! ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりーっ!」

離れていても、声は届く。近づけなくても、心はひとつ。親れいむの呼びかけに、子ゆっ
くり達はみなそのことを知った。寂しい気持ちは消えはしなかったけれど、それでもみん
な、ゆっくりできる――そんなことでも考えているのだろう。どいつも実にゆっくりとし
た顔をしている。
親れいむは、そんなゆっくりした子供達に激励を送った。

「みんな! ゆっくりしてね! おかあさんとにんげんさんのいうことをきいて、いいこ
にしてればみんなきんばっじさんになれるよ! そうしたらみんなでゆっくりできるよ!

「ゆっくりりかいしたよ!」
「れいむ、がんばるよ!」
「まりさもまけないよ!」
「ゆっくりー!」

こうして教育の第二段階は始まった。
バッジとはゆっくりに格付けすることであり、それはすなわち差別を生む。それを実感さ
せるのだ。その上で、新バッジが正常に機能するかを検証するのだ。
この環境で適宜ブリーダーの監修に入ってもらい、ゆっくり達の育成は始まった。
実のところ、研究の目的はバッジの完成であり、別に金バッジゆっくりを増やすことでは
ない。だが、目に分かる目標があった方がやりがいがあるというものだ。研究員にとって
も、ゆっくりどもにとっても。

「ゆっくりがんばるよ! れいむ、いいこになるよ!」

親れいむの呼びかけに素直に応え、銅から銀にあがるゆっくりも現れ始めた。銀から金に
あがる子ゆっくりもいる。つくづくゆっくりというのは思い込みのナマモノだ。
だが、どちらかと言えば逆のゆっくりの方が多かった。

「れいむわかったよ! きんばっじのれいむはとくべつなゆっくりなんだね! かわいく
ってごめんね!」

突然何やら悟った顔をして、そんなことを叫んだ子れいむ。そのバッジは、驚いたことに
一瞬で金から銅へと変色した。
銅になったら即座に研究員によって区画移動させられた。

「はいはい、銅バッジは銅区画ね」
「どぼじでええええ!? おがあざああん! おがあざあああああん!」
「おちびちゃん……ゆっくりはんせいして、またきんばっじさんになってかえってきてね
……!」

また、銅バッジからさらに落ちるゆっくりもいた。

「くそじじいいいいい! おかーしゃんとゆっくちさせるのじぇ! ゆっくちさせちぇく
れないと、ぎったぎたにしてやるのじぇええええええ!」

銅バッジということは頭も悪い。人間との力の差も理解できない、銅バッジにすらなれそ
うもないその子まりさのバッジは……なんと黒に染まった。
これは想定外だった。まさか教えていない色に……それも、新バッジの話を持ってきたと
き、企画課の男が思いつきで言っていた黒バッジになってしまうなんて。
協議の結果、その子まりさは処分することになった。

「黒バッジのゆっくりはゲスだ! ゲスは加工所行きだ!」
「かこうじょはいやあああああああ!」

ここはそもそも加工所の研究棟なわけだが、親れいむ以外のゆっくりには知らされていな
い。
子ゆっくりどもは恐怖に震え上がった。

この区画分けによる教育は子ゆっくりが成体になるまで続けられた。
バッジの変色はおおむねこちらの期待通りに行われた。たまに変色しないことがあったが
、その場合は眠っている間に手作業で着色した。その頻度も徐々に減っていき、成体にな
る頃にはこちらの望む機能を備えた新バッジは出来上がった。
最終確認として、試験的に銀以上のゆっくりに、その色に見合ったバッジ試験を受けさせ
た。すると驚いたことに、実に九割のゆっくりが合格した。この結果には研究に関わった
ブリーダー達も驚いていた。バッジ試験は何度か落ちてようやく合格、というのが常識ら
しい。
とにかく、この世代のバッジは完成したと言って問題なさそうだった。

成体になったら次はいよいよすっきりーによる繁殖である。バッジつきの赤ゆっくりが生
まれれば、この「新バッジ」は本当に完成だ。今までの実験手順を10世代も繰り返せば
定着するのではないかと予想されている。まあ、これは甘く見積もっての話だ。定着には
まだまだ時間がかかるだろう。
だが実のところ、私個人としてはここまでの成果で満足していた。ゆっくりのランクを正
確かつリアルタイムに量るバッジは完成した。少々手間はかかるが、研究で行った手順を
繰り返せば量産も可能だ。
それにここまでの成果だけで私の評価は大きく高まった。今では研究費用も以前の数倍得
られる。気持ち悪いくらい上手くいく研究だったが、これから先たとえ困難があろうと大
丈夫だと思えるだけの立場は築けていた。
もっとも、こういう時こそ危ないものだ。研究は常に慎重に、石橋を叩いて渡る気持ちで
やらなくてはならない。立場が上がったということは責任も重くなったということだ。私
は一層気を引き締めて研究に臨んだ。

だから、驚いた。
「新バッジ」を装着した第一世代のゆっくり達。その子供達のいずれもが、「新バッジ」
を着けた状態で生まれてきたのだ。







「新バッジ」の生産技術は実にあっさりと固まった。量産すると、「新バッジ」は瞬く間
に世に広まった。
つけたゆっくりのランクを正確かつリアルタイムに把握できる。その便利さを望む大衆の
声に、反対を唱えるバッジ審査機関はまったく抵抗できなかった。
新バッジは飛ぶように売れ、加工所は初期において大きな利益を得た。また、あらかじめ
とっておいた特許により、長期安定した収入も約束された。審査機関も流れに逆らえない
と、柔軟に対応し、かつて企画課の男が意図したようにこの新バッジに対応するべく加工
所と協調の道を選んだ。
誰もがこの新バッジを受け入れた。
だが、この新バッジをなにより受け入れたのは人間ではなく、ゆっくりなのかもしれない

私は夢想する。気味の悪いくらいうまくいった研究。これは、ゆっくりという種がバッジ
を望んだからではないだろうか。
愚かなゆっくりは、すぐに相手を自分より下に置きたがる。己の力もわきまえず人間を奴
隷呼ばわりしたり、お飾りを失った同族を排斥する。「かわいくってごめんね!」「まり
さはむれでいちばんかりがうまいんだぜ!」など、簡単に頂点に立ちたがる。そうした欲
求が、自分のランクをはっきりさせたいという想いが、「新バッジ」を呼び込んだのでは
ないか。そんな風に思えるのだ。
そんなことを考えてしまうくらい完璧なバッジのシステムができあがったのだ。







「ばりざを! ばりざをかいゆっくりにしてください! ばりざはぎんばっじだったんで
ず! ごはんをちらかしません! おといれだっでちゃんどできまず! だがら! だが
らぁ……!」

今日も街角でゆっくりの悲痛な声が聞こえる。そのほとんどが黒バッジで、たまに銅も見
かけるが、銀以上は見たことがない。
都市部のゆっくりのほとんどが「新バッジ」をつけている。捨てゆっくりが野良と交配し
た結果だ。
現在、バッジは純粋にゆっくりのランクを示すものになっている。飼いゆっくりかどうか
は、住所タグの有無で調べられる。以前はバッジを取られ捨てられたことが多かった。今
は住所タグをとって捨てられる。
もっとも、ゆっくりが捨てられること自体は減少しているという。ゆっくりのゲス化はバ
ッジの微妙な色合いの変化でわかる。多くの飼い主は手遅れになる前にブリーダーに相談
するなどして最悪の事態を避けることができるようになったのだ。
また、飼いゆっくりが野良と付き合う、ということも少なくなった。「新バッジ」の色は
ゆっくりでもわかる指標だ。自分のバッジの輝きを失うリスクを犯してまで黒バッジの野
良交流することなど、ゆっくりの餡子脳でも損なことだとわかるのだ。
それでもゆっくりは簡単に堕落する。そうした場合、問答無用で捨ててしまうマナーの悪
い飼い主もいるのだ。だから、野良にもバッジは広まった。
街中を歩く中、そんなゆっくり達を見かけていると、ふと、あの研究に使った親れいむの
笑顔が蘇った。

「さいごにいっぱいのおちびちゃんをそだてられて……れいむはしあわせーだったよ……
にんげんさんとゆっくりがなかよくできるおてつだいができて……れいむはとってもゆっ
くりできたよ……」

「新バッジ」の完成とほとんど同時期に、親れいむの寿命が尽きた。だが、それは満足し
た実にゆっくりとした最後だった。

「ゆっくりしていってね……」

れいむは「もっとゆっくりしたかった」と言わず、みんながゆっくりすることを願いなが
ら「永遠にゆっくり」した。それはおそらく、ゆっくりにとって最高の最後と言えるだろ
う。
確かにあの、本来廃棄品だったれいむのなしたことは大きい。バッジシステムは完璧なも
のになった。人がゆっくりのランクを見誤ることは無く、ゆっくり同士も自分のランクを
理解できる。
私自身も地位も給料もぐんと上がった。
そう、あの研究は、正しかった。そのはずだ。
だが、なにかがひっかかる。
そんなとき、私の気を引く声が聞こえた。

「このこはうまれたときはぎんばっじだったんです!」

飼いゆっくりへの売込みを行うゆっくりの親子だ。片親らしい。薄汚れた親まりさの帽子
についたバッジの色は、やや黒っぽいが辛うじて銅に見える。野良にしては優良な個体と
言えるだろう。子供のときから躾ければ銀までいけたかもしれない。
そして、子まりさのバッジは黒味のない綺麗な銅だった。野良には珍しい。本当に最初は
銀だったのかもしれない。
目を向けると、うっかり親まりさと目が合ってしまった。親まりさの目が輝いた。

「にんげんざん! おちびぢゃんを、がいゆっぐじにじでぐだざい!」

やれやれ、面倒なことになった。無視してちょっと走るか、などと考えたとき、子まりさ
のつぶやきが耳に届いた。
私は、子まりさのバッジが銀から銅に変わった理由を理解した。
そしてその理解は、私の中でひっかかったものを明確にした。







研究棟の一室、私専用の研究室。その中で一人、椅子に座る。正式に生産されるようにな
った新バッジを手にもてあそびながら、ぼんやりと考える。

研究は気味が悪いほどうまくいった。
それは、ゆっくりという種がそれを望んだから。
自分をやたらと上に置きたがる、愚かなナマモノゆっくり。自分のランクをはっきりとさ
せるゆっくりは、きっと「新バッジ」のようなものを望んでいたのだ。

「新バッジ」は驚くほど簡単に人間社会に広まった。
それは人間という存在がそれを望んだから。
より良いゆっくりを手に入れたい飼い主。堕落する金バッジゆっくりに悩まされていた審
査機関。利益を得たい加工所。みんなきっと、「新バッジ」のようなものを望んでいたの
だ。

「新バッジ」の研究は、ゆっくりのペット業界に革命を起こした。だが、私のしたことと
いうのは、実はたいしたことではなかったのかも知れない。ゆっくりと人間。二つの種の
欲求の一致。そこにただ、ちょっとしたきっかけを与えたに過ぎないのかもしれない。
ゆっくりの醜いエゴと人間の醜い欲。二つの醜いものの落とし子、「新バッジ」。
考えてみたらひどいものだ。
だが、金バッジのゆっくりは本当にゆっくりしている。「新バッジ」を本当に輝かせるこ
とのできるゆっくりは、同じ重さの黄金以上の価値を持つという。その金バッジの輝きは
、本当に美しいと聞く。
おぞましく醜いものから生まれた金バッジが、純粋で美しいとは、なんて皮肉なことだろ
う。
あの、街であったまりさの親子を思い出す。

「私はゆっくりにひどいことをしてしまった……」

甘い言葉だ。「新バッジ」の製作前に、もし加工所の同僚が同じ言葉を吐いていたら、私
はためらわずぶん殴っていただろう。
私はむしろぶん殴られたい気分だった。
その時だ。

その私の甘さに反応したかのように。バッジが変色を始めた。


「うわああああああ!」

私は悲鳴を上げバッジをゴミ箱に投げ捨てた。
どんな色か確かめようとは思わなかった。
金色だったら? ぞっとする。どんな虚飾にまみれた金なのか?
黒だったら? 吐き気がする。自分がゆっくり以下だなんて、考えたくもない。

本当はこんなバッジなど作ってはいけなかったのだ。
自分がどれほどの価値があるか。
誰もが知りたくて、しかし本当の意味では絶対に知りたくないこと。
人間はさまざまな場面でその価値を評価される。学生の頃は試験、社会に出てからは仕事
の成果や勤務態度の評価。それで価値が決まる。だが、逃げ道がある。「勉強が人間の価
値が計れるものか」「仕事ができる、できないで人の価値は決まらない」。そんな風に逃
げられる。人の価値なんて言葉の上だけで、本当に計測できてはいけないのだ。
だが、「新バッジ」は違う。そんな逃げ道を奪ってしまった。あのシステムは完璧だ。完
璧すぎた。
ゆっくりはもはやバッジの色でしか相手の価値を判断せず、人間もまたバッジの色でしか
ゆっくりの価値を計れない

それで得たものは、明確な基準。
失ったものは……きっと数えきれない。
私は恐怖する。
あの親子のまりさ。かつて銀だったという銅のバッジをつけた子まりさはこうつぶやいた
のだ。

――おとーさんと、はなれたくないよ……

子まりさは、きっと本当に生まれたときは銀バッジだったのだろう。その子まりさが、な
ぜ銅バッジになったのか。どんな想いで、自分のバッジを「銅に変えてしまった」のか。
それは「新バッジ」では計れない、人として失ってはいけない大切なものだ。
「新バッジ」の完成によって失ったものとは、きっとそういうものなのだ。
今となっては、研究に使ったあの親れいむの笑顔が痛い。胸に、突き刺さる。
知りたくなかった。気づきたくなかった。こんな、こんな、こんなこと……!
私は胸の痛みを強引に押さえつける。そしてゆっくりの不条理に相対したときに唱える魔
法の呪文を口にする。

「……だって、ゆっくりだから」

いつもは不思議な納得感を与えてくれるその言葉は、しかし、今の私になにひとつ与えて
くれなかった。





by触発あき


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最終更新:2010年10月12日 16:07
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