桜が咲き始めようとする頃、男は感慨深く部屋に佇んでいた。1つ深呼吸して、呟いた。
「じゃあ、行くか」
男が手荷物を持ち玄関を開けて、1歩踏み出したその時だった。
「「ゆううううう!!」」
何かが足元を通り過ぎて、侵入してきた。
「ここはまりさたちのおうちなんだぜ!」
「じじいはでてけー!」
「「ぷきゅううう!」」
不可思議饅頭生命体、ゆっくり。家族なのだろう、まりさとれいむに2匹の似た子ゆっくりが1匹ずつだ。
おうち宣言と同時に男を精一杯威嚇する。
「あっそ」
少し目を遣っただけで、男は玄関を閉めて外に出た。
せっかくの気分を邪魔されたのは心外だが、相手にするともっとイラつくだけだ。
男は1度だけアパートを見上げると、駅に向かって歩き出した。
「ここはまりさのおうちだよ!」
「ここはれいむのおうちだよ!」
「ここはれいみゅのおうちだよ!」
「ここはまりしゃのおうちだよ!」
まりさ達は再び、おうち宣言を高々と宣言した。
「やったね!まりさ!」
「まりさのかんがえにまちがいはないんだぜ!」
「おちょーしゃん、かっきょいー!!」
人間のお家は、外と違って雨風防げる。しかも、人間はあまあまを独り占めしているのだ。
そんな人間のお家を自分のものにしてしまえば、しあわせー!以外の何物でもない。
だが、人間のお家は堅く閉ざされており、ゆっくりでは侵入すること不可能。
そこでまりさは、人間が出て行く瞬間に、侵入し、おうち宣言する。それがまりさの作戦だった。
ゆっくり…ゆっくりできるんだぜ
野良ゆっくりのまりさ達の生活は苦労の連続だった。ご飯集めもままならず、寒さに震える日々。
人間、猫、犬、カラス、外敵も沢山いた。同じゆっくりだと言っても安心出来はしなかった。
ご飯やおうちを横取りするゲス、自分は可愛そうだから寄越せを喚くしんぐるまざー、無差別に襲い命を奪うれいぱー。
そんな生活の中でおちびちゃんも何人か死んでしまった。全くゆっくり出来なかった。
だが、人間のお家を手に入れた今は違う。まりさはこれからのゆっくりした生活に想いを馳せ、震えた。
ここがまりさたちのゆっくりぷれいすなのだ。
「まりしゃ、おにゃかしゅいたー!」
「れいみゅ、あみゃあみゃ、むーしゃむーしゃしたいー!」
「ゆ!そうだね、あまあまさん、むーしゃむーしゃしよーね!」
人間が扉を開く瞬間を狙って隠れていたため、食事をしていなかった子ゆっくりは空腹を告げる。
成功すれば、あまあまが食べられる、と言って我慢させていたのだ。
「あまあまをさがして、むーしゃむーしゃするんだぜ!!」
このゆっくりぷれいすには、あまあまだってあるのだ。
「「なんで、あまあまないのー!!」」
いくら探してもあまあまはなかった。それどころ、食べ物1粒たりとも存在しなった。
「あまあま、でてくるんだぜー!!」
まりさは雄叫びを上げ、家を這いずり回る。子ゆっくりは、我慢出来ずに泣き喚いている。
「あまあま、できてきてね!れいむたちにたべられてね!」
そんな叫びも空しく響くだけだった。
この家にないのは、あまあまだけではない。
イスもテーブルの机もテレビも棚も、ティッシュや洋服も本も、何も無かった。
家を出た男は、電車の中でこれからの生活に想いを馳せた。もう少し経てば、自分も新社会人だ。
窓越しに4年間住んだ街を見つめた。
さっきのゆっくりのことなどもう頭の中になかった。
入ることが出来ないように出ることもゆっくりには、出来ない。
誰かが新しく入居するまで、まりさ達はここで過ごすしかないのだ。
何もないこの部屋で。
外より少しばかり暖かいということを差し引いても、何もないここは、まりさの想い描いたゆっくりぷれいすとは、かけ離れていた。
※部屋の片付け中にふと思い付いた
ちなみにお隣さんももう出て行ってるので叫んでも大丈夫!
僕も就職決めたい…
最終更新:2010年10月12日 16:16