anko1921 理想郷

 野良ゆっくり害は徐々に徐々に広がっていった。
 その街の野良ゆっくり発生も、原因については、他の所とそう変わりは無かった。
 ゆっくりペットブームをあてこんで森から乱獲されたゆっくりたちが、一時飼いゆっく
りとして暮らした後に、
「飽きた」
「うぜえ」
 という無責任だがこの上もなく重大な理由で捨てられた。
 飼いゆっくりを捨てた人間は、無責任ではあるがそれを深刻にはとらえていなかった。
ゆっくりに接してきた彼らは、ゆっくりがいかに脆弱かをよく知っており、野良になれば
すぐさま死んでしまうであろうと考えた。
 人語で命乞いをする一時はともに暮らしたゆっくりを殺すまではしたくない人間にとっ
ては、
「こいつら、どうせすぐ死ぬだろう」
 という観測は、とても魅力的であった。
 しかし、人間とゆっくりが関係を持ってからこれもまた幾度となく起こった事柄である
が、人間はゆっくりという生物としては脆弱極まり無い饅頭が、種としては意外にしぶと
いことを後々になってから知ったのである。
 野良ゆっくりが飼いゆっくりから転落したものの、それなりにゆっくり生きられるのは、
大概がその期間である。
 次第に、人間たちが減るどころかどんどん増えていく野良ゆっくりに眉をひそめだす頃
には、まだ野良ゆたちはゆん生を謳歌している。
 眉をひそめるものの、ほとんどの人間はゆっくりを殺すのを躊躇う。なにしろ人語で命
乞いをし、小さな子供がおかあさんをいじめないでと甲高い舌っ足らずの声で泣き喚き、
親ゆっくりは自分はどうなってもいいからと子供を庇う。
 そんなものを見せられては、人間たちも殺すまではできずに追い払うに止まることが多
い。
 その捨てゆっくりが野良化した初期の段階では、いわばほとんどのものがペットゆっく
りになるための躾を施されており、人間に逆らってはいけないと叩き込まれている。その
ため、基本的に人間に対しては下手に出る。
 これが世代が変わってくると、中には親から受け継ぐ記憶などが薄れるものも出てくる。
そこで、一部のものは人間が自分たちを殺さないのを、自分たちを恐れているからだと解
釈することになる。
 哀れに思って餌をやる人間なども同じことで、自分たちの御機嫌をとっているのだとい
うことになる。
 こういうものが増えてくると、そろそろ黄信号である。
 第一世代の時には考えられなかったようなこと――人間を罵倒するものが現れる。
 それにカッとして野良ゆっくりを叩き殺す人間も出てくる。
 なにも殺すまではなかったかと、親の死骸にとりすがって泣く子ゆっくりを見て心を痛
める者もいたが、その一方で、
「やってみたらなんてこたない。ゴキブリ殺すのと同じだ」
 と開眼してしまう者もおり、そうなるとそろそろ赤信号だ。
 保健所には対野良ゆっくりチームという名の駆除部隊があったが、増えていく野良ゆっ
くりを要請に応じて駆除しに行っていた。
 以前、「ゆっくり駆除の日」を定め、ボランティアを募集したところ、ヒャッハーと叫
ぶごくごく少数の人間しか集まらなかった。
 いよいよ野良ゆっくりの被害が大きくなってくるにつれ、舞い込む駆除要請も増えたが、
同時に増えたのが家やら庭やらゴミ捨て場を荒らしたゆっくりを殺したのだが、死体の処
分に困っている。どうしたらよいか。という問い合わせだ。
 そこで今一度「ゆっくり駆除の日」を決め募集をかけると前回を遙かに上回る人数が集
まった。
「これで、保健所の職員だけでなく、人間全体を恐れるようになり、以前よりも被害は減
るだろう」
 と保健所はその意義を強調した。
 
 とある野良ゆっくりの群れ――
 リーダーの賢明なるぱちゅりーのもと、その群れは人間を怒らせないようにしていた。
人間に向かってあまあまを要求する行為や人間の家に入る行為などは厳しく禁じられてい
た。それをすれば、群れの一員とは見なさないという掟を作っていた。
 だが、どうしても生きていくために譲れないところがあった。
 ゴミ捨て場等でのゴミ漁りである。
 しかし、どうせ捨てるものなのに人間たちはそれをやると怒って追い飛ばすのだ。なん
でああも人間というのはゆっくりしていないのかと、蹴飛ばされて傷を作った食料調達部
隊のものたちをぺーろぺーろしながらゆっくりたちは話し合った。
 だが、蹴飛ばされる程度で済んでいたその時期は幸せだったのだ。
 そのうちに、容赦無く殺されるようになった。
 ゴミ捨て場に、ゆっくりを捨てるためのゴミ箱が設置されたのがそれに拍車をかけてい
た。
「むきゅぅ……」
 リーダーぱちゅりーは、打つ手の無い悩みに苦しんでいた。
 人間が本気で自分たちを殺しにかかったら対応すべき手段など無い。
 そのことは痛いほどにわかっている。せいぜい彼らの視界に入らないようにすることだ
が、やはり、どうしてもゴミ漁りをせねば群れが保てない。
「ゆん、まりさだぜ」
 そんなある日、近くでやはり野良ゆっくりの群れのリーダーをしているまりさがやって
きた。
 いつも快活なまりさだが、それにしたってここ最近はあちらとてぱちゅりーたちと同じ
悩みを抱えているはずだ。
 それでも、まりさは明るく笑ってゆっくりしていた。
 ……正直、とびきり性格はよいが少々思慮に足りないまりさではあるが、それにしても
その笑顔には屈託が無かった。無さ過ぎた。
「ぱちゅりー、まりさたちの群れは、森に帰ることにしたんだぜ!」
 まりさは、言った。
「むきゅ!?」
 代々餡子に受け継がれ、さらに語り継がれた森の記憶が蘇る。
 街のようなゆっくりできない場所ではない、自分たちの親たちがゆっくりしあわせーに
暮らしていた場所。
 辛いこともあったが、ゆっくり暮らしていたゆっくりたちを人間が捕獲し、躾と称して
ゆっくりできないことを強要してペットにしたのだ。
 そして、ペットとして最後まで面倒を見るならともかく、何匹ものゆっくりが捨てられ
て野良と化した。
 そして今、人間たちは野良ゆっくりを目の敵にして殺しにかかっている。
 酷い、と思う。
 しかし、その主張を通せる力など自分たちには無い。
 森――。
 そこへ帰る――。
 その言葉は、なんともいえぬゆっくりとした魅力を持っていた。しかし、ぱちゅりーは
それの困難さを思い、そのようなことに踏み切ることは考えもしなかった。
 森は遠い。
 正確な距離はもちろん知らぬが、人間でさえ歩いて行くのは時間がかかるので大きなす
ぃーを使っているぐらいだ。ゆっくりのあんよでは一週間はかかるのではないか。
 むろん、ぱちゅりーはそれらのことを念を押すようにまりさに確認したが、まりさはま
りさなりに色々考えたらしく、それらの困難は承知の上だと言う。
「ぱちゅりーたちもあとから来ればいいんだぜ、むかえをよこすんだぜ」
 まりさはそう言って去って行った。
 やはり無謀だ、止めた方がよい。
 その制止の声は、ぱちゅりーの中で消えた。
 まりさは全て覚悟の上なのだし――それに、森に帰れるというのはとてつもない魅力を
持っていた。
 まりさたちがそのための道を切り開いてくれるというのなら、止めることはない。と、
賢いゆえの狡猾さもぱちゅりーにはあった。
 だが、まりさたちのためにも自分たちのためにも、その壮挙の成功を祈る気持ちは本物
であった。

「ゆひぃ……ゆひぃ……ゆひぃ……」
 翌日、食料調達、要するにゴミ漁りに行ったまりさがボロボロになって帰ってきた。
 帰ってきたのはまりさだけである。他にもれいむやらちぇんやら、全部で五匹いたはず
なのだが。
 姿の見えないものの家族がまりさにその安否を尋ねるが、ぱちゅりーには既にその末路
はわかっていた。
 家族たちも、まりさが質問に答えずに泣き喚いているのを見て、ようやく認め難い事実
を認めるしかなかった。
 落ち着いたまりさから話を聞くと、決死の覚悟でゴミ捨て場に赴いた食料調達部隊は、
目的地に辿り着けもせずに、朝の散歩中だった人間によってまりさ以外は殺されてしまっ
た。
 まりさは最初に蹴飛ばされたが、むしろそのことがまりさを救った。
 強く蹴られたまりさはふっ飛んで繁みの中に突っ込んだ。
 まりさを蹴った人間は、しまった、と呟いて繁みを見ていたが、すぐに、まあいいやと
言ってから、他のものへの攻撃を開始した。
 繁みをかきわけてまりさを探すのを億劫がったのだろう。
「ゆひぃぃぃぃ、まりざだぢ、なにがわるいごとじた? ねえ、ばちゅりー! ねえ!」
「むきゅ……」
 まりさは話している内に再び錯乱して、ぱちゅりーに八つ当たりをするように叫んだ。
 まりさは、繁みの中で激痛に苛まれながら、仲間の断末魔の声を聞いていたが、人間の
声も聞いた。
「おれもこんなことしたくねえんだけどなあ……お前ら、ほっとくと増える一方だからな
あ。優しくすると付け上がるし……」
 本当に、鬱陶しそうな感じであった。ゆっくりを虐待すること自体を楽しんでいるので
はないそのことが、単なる虐待趣味者よりも恐ろしかった。
 やりたくないのに、なんでやるのか。
 ほっとくと増えるから殺すのか。
 優しくすると付け上がる?
 それだけのために?
 まりさはそういったことを全く無茶苦茶に思いつくままにぶちまけた。
「むきゅぅ……」
 ぱちゅりーは、人間の中にもゆっくりに対して優しい者がいることを知っている。彼女
の夢は、いつか人間とゆっくりが愛し合い共存できるようになることだ。
 もっとも、ここ最近、そんな夢はもはや夢として見ることすらできなくなっていたが。
 人間たちは、野良ゆっくりとともに生きる気は無いようだ。
「森……」
 呟いて、遠くを見た。
 以前より、より一層、まりさたちの森への帰還が成功することを祈った。

「わ、わがらないよぉぉぉぉ!」
 ちぇんが、転がり込むようにやってきた。
 あの森へと向かったまりさの群れでリーダーの補佐をしていた幹部のちぇんだ。
 状態は一目でわかるほど酷い。
 二本の尻尾は、千切れて無くなっているし、顔の右半分が削れており、右目は見えない
ようだ。
 なんの打つ手も無い状況に、ぱちゅりーたちは日に日に、まりさからの森への迎えを待
ち望むようになっていた。
 ぱちゅりーは、成功を祈りつつも、その可能性は低いと理解していたが、群れのものに
少しでも生きる気力を持たせるために、そのことは言わなかった。
 そのため、少数のもの以外は、皆、今にも明日にも迎えが来ると信じて頑張っていたの
だ。
 だから、最初にちぇんを見た時は、希望に満ちた声が上がった。ちぇんを迎えだと思っ
たのだ。
 ちぇんがボロボロになっているのも、森からここへ来る途中に悪い人間にでも虐待され
たのであろうと思った。
 ぱちゅりーと、一部の群れの幹部ともいうべき賢いものたちは、ちぇんの言葉を聞かず
とも、森への帰還が失敗したのであろうことを悟った。
 まりさたちが出発してからの時間が短すぎるのだ。
 いくらなんでも、この時間内に森との間を往復できるとは思えなかった。
 果たして、ちぇんが泣きながら語ったのは、まりさの群れが森へ辿り着くどころかその
遙か以前に壊滅し、ちぇんだけが命からがら逃げ戻ってきたのだという事実であった。
 希望が反転し、絶望にうちひしがれ、狂ったように泣き叫ぶ群れのものたちを痛ましげ
に見やりながらも、ぱちゅりーはちぇんを促して詳しい話を聞いた。
 最初の頃は、希望に満ちた森への帰還ということで、リーダーのまりさ以下、ゆっくり
たちも意気軒昂であった。
 人間に見つからぬよう早朝に出発した群れはぞろぞろと進んだ。
 そこで出会ったのが、おそらく朝の散歩中の人間であった。
 その人間にやられたのか――皆は思った。
 しかし、そうではなかった。
 その人間は、ゆっくりの大行列に驚いていたが、いったいどこへ何をしに行くのかと尋
ねて来た。
 リーダーまりさが森へ帰る、人間さんたちが自分たちを無理矢理に街に連れてきたので
あって、自分たちの生きるべきは森なのだから、とそのようなことを言った。
 それを聞いて、ぱちゅりーが顔をこわばらせる、そのような人間批判と思われるような
ことを言っては危険だと思ったからだ。
 しかし、その人間は、それに怒らず、むしろ納得していたという。
「そうか……お前らの親とかを無理に連れてきて、飽きたと言って捨てたのはおれたち人
間だものな……」
 そう言って、お前らが森に帰るのならば人間たちも喜ぶだろうと、言った。
 その言葉に、ぱちゅりーは強く反応した。
 まりさの群れが壊滅したのは、その日の夕方であった。
 捕食種の襲撃を受けたのだ。
 しかし、それはれみりゃが三匹程度であり、それが直接の原因ではない。
 その襲撃によって大騒ぎになったのを人間が聞きつけたのだ。
 すぐさま保健所に通報が行き、職員がやってきた。
 捕食種は飛んで逃げたが、地べたに残されたゆっくりたちは駆除されてしまった。
 ちぇんは、れみりゃに尻尾をくわえられて巣に持ち帰られそうになっていたが、尻尾が
千切れて落ちた。
 保健所の職員がいる地上にまではれみりゃも追ってこなかった。
 そして、すぐに物陰に隠れて職員からも逃げることに成功したのである。
「ゆぅぅぅぅ!」
「そ、そんなぁぁぁ!」
「おわりだよ……もりにかえれないなら、もうれいむたち……」
「みんな! みんなにんげんにころざれぢゃうんだぁぁぁ!」
「ゆぴゃあああああん、ゆっくちできにゃいよぉぉぉ!」
「ま、まりしゃたち、にゃんで、にゃんでゆっくちできにゃいにょぉぉぉ!」
 泣き喚くゆっくりたち。
「むきゅぅ……むきゅぅ……むきゅきゅぅ」
 ぱちゅりーは、呻いていた。
 しかし、ただ単に絶望したからではない。
 ちぇんから得た情報により、人間には野良ゆっくりが森へ帰ることを喜ぶ者がいるので
はないか、と考えを巡らせていたのだ。
 これは、賭けになる。
 一歩間違えば群れは全滅だ。
 しかし、もう、このままではどうせ近い内にそうなるのではないか。
 食料の調達は全く上手く行っていない。
 その辺に生えている不味い草で命を繋いでいるが、そのような食事でゆっくりできない
からだろう、子供たちの成長が遅いし、中には非ゆっくり症の症状を見せている子もいる。
 しかし、踏み切るにはあと一押しが必要であった。
 そして、その一押しはすぐに来た。
 付き合いのあった群れが、人間に滅ぼされたのだ。
 日頃から付き合っているだけあって、その群れもぱちゅりーの群れと方針は同じであっ
た。
 できうる限り、人間とは関わらないようにするのだ。
 それでも、その群れは群れの場所を襲撃されてやられてしまった。
 食料を調達に出かけたものがやられたのではない。
 ひっそり隠れて暮らしていたのに、あそこにゆっくりが住んでいるらしいということで
保健所職員がやってきて駆除してしまったのだ。
 そのことは、曲りなりにも生きていられるのだからと踏ん切りをつけられなかったぱち
ゅりーの背中を強く押した。
「むきゅ……みんな、このままだと近い内に人間さんに殺されるわ」
 ぱちゅりーは皆を集めて言った。
「そ、そんなゆっぐりでぎないごといわないでえええええ!」
「そうだよ、ゆっぐりでぎないよ!」
「ゆぴゃあああああん!」
 ゆっくりできない言葉に、もちろんみんな拒否反応を示したが、ぱちゅりーは構わずに
このままではいつか自分たちのおうちも人間に見つかって全滅させられてしまうというこ
とを言い続けた。
 そして、群れのものが、このままではどうせ死んでしまう、という気持ちになったのを
見計らって、ぱちゅりーは言った。
「人間さんにお願いして、森に帰してもらいましょう」

 人間たちが、ざわめいていた。
 人通りの多い繁華街であった。
 そこに三十匹はいるかという野良ゆっくりたちが現れて、大声で叫び始めたのだ。
「お願いします! ぱちゅりーたちを森に帰してください! お願いします!」
「ゆっくりおねがいします! ゆっくりおねがいします!」
「ゆっくちおねぎゃいちましゅぅぅぅぅ!」
 異様な光景に足を止める人間がたくさんいた。
 そして、すぐに駆除しようという感じではないのを見て取ってぱちゅりーは切々と訴え
た。
 自分たちの親は元々森でゆっくり暮らしていたのを無理矢理に連れてこられてペットに
されて、そして捨てられた。
 自分たちは好きで街で野良ゆっくりをやっているのではない。
 知り合いのまりさの群れが自分たちのあんよで森に帰ろうとしたが、ちぇん一匹を残し
て全滅してしまった。
 森に帰りたいが、自分たちの力では不可能だ。
 だから、もう人間さんにお願いするしかない。
 そう言ったことを、涙ながらにぱちゅりーが訴え、群れのゆっくりたちが合間合間にお
願いします、おねぎゃいちましゅ、と声を上げる。
 ぱちゅりーとしては、人間への非難がましいことを言うのはできれば避けたいところだ
ったが、やはりそれを言って人間たちにも少しは自分たちにも非はあったと思わせなけれ
ば、成功しないだろうと思った。
 ちぇんから聞いた人間の話だけが一縷の望みだった。
 一定の効果はあった。
 人間たちはあれこれと話していたが、とにかくこういった訴えを集団でしてきたゆっく
りは初めてなので、すぐに駆除してしまっていいものか迷っていた。
 そして、午後には、テレビ局の取材班がやってきた。
 ゆっくりというのは、テレビ局にとってはよいネタであった。そのゆっくりが妙なこと
をしていると聞いてやってきたのだ。
 このカメラを通して、大勢の人間に話を聞いてもらえると言われて、ぱちゅりーは熱弁
を振るった。
 ぱちゅりーの話は、なかなかバランスが取れていた。
 ペット目的の乱獲、そして無責任に捨てて野良化させたという話で人間に罪悪感を感じ
させ、知り合いのまりさの群れが自力で森に帰ろうとしたが失敗したという話で何もはじ
めから人間を頼っているのではないと思わせ、そしてひたすら自分たちは無力であるから
とお願いすることで人間の感情をやわらげていた。
 いいから駆除してしまえ、という声はほとんど無かった。
 それよりも、人間にも非はあったのだから森に帰してやろう、という声が上がった。
 保健所の職員――あの恐怖の対象でしかなかった人間――がやってきて、ぱちゅりーに
森へ帰してやることを決定したことを伝えた時、ぱちゅりーも他のゆっくりたちも大泣き
してひたすら顔を地面に打ち付ける、ゆっくり式の土下座をして感謝した。
 それを見ていた人間たちからは歓声と拍手が上がった。
 ぱちゅりーは、思った。
 夢は夢ではなかった。
 ゆっくりと人間が愛し合い共存する理想の世界――その実現は決して夢ではないのだ。
 すぐには無理だろうが、こんなにも、自分たちのために喜んでくれる人間たちがいるの
だ。不可能ではない。
 ぱちゅりーたちは、とある広場に集められた。森への移動の準備が終わるまでここで暮
らせと言われ、その間は生ゴミだが食料が提供された。
 明日にも駆除で全滅か、という境遇からのこの待遇である。ゆっくりたちは大喜びで、
ぱちゅりーのことを褒め称えてゆっくりした。
 そして、喜ばしいことは続いた。
 他の野良ゆっくりがどんどん広場に連れてこられたのだ。
 聞けば、他にも森に帰りたい野良ゆっくりがいれば名乗り出ろと言ったところ、最初は
恐る恐る少数のものが、やがて、どうやら本当に森に帰してくれるし、それまでは食べ物
までくれるらしいと知った野良ゆっくりたちが我も我もとやってきているのだという。
「ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていってね!」
「いっしょにもりへかえろうね!」
「もりでゆっくりしようね!」
 日に日に増える仲間たちに、広場はゆっくりした声で満ちぬ日は無い。
 やがて、ぱちゅりーは、この森への帰還を人間に願ったいわば功労者ということで、後
からやってきたゆっくりたちからもリーダーと仰がれるようになった。
 元々ぱちゅりーの群れだったものたちはそのことを喜んだ。
 自分たちのリーダーが、こんなにも多くのゆっくりにリーダーと認められる偉いゆっく
りだったのだということを誇っていた。
 おそらく、生涯で最高のゆっくりを広場に集められた野良ゆっくりたちは感じていた。
 誰もが、これから行く森でこそ最高のゆっくりが待っているのだと思っていたが――。
 ――最初の、ぱちゅりーの三十匹程度の群れだけが森に帰れば、後の悲劇は起こらなか
ったであろう。
 しかし、既に人間たちの意図は、当初の哀れな街の野良ゆっくりを森に帰して上げよう
という、ある意味では単純素朴な善意から変質を遂げていた。
 今や、その目的は、鬱陶しい野良ゆっくりをできるだけ多く森に帰してしまおう、とい
うことになっていた。
 人間たちとて、自分たちに非があることは認め反省していた。だから、殺さずに森に帰
して上げるという解決方法は魅力的であった。
 そのことでゆっくりたちも喜ぶのだから、よいではないか。
 ――彼らが、本当の意味で反省するのはもっと後のことである。
 そして、元々思い込みの激しいゆっくりである。
 明日無き絶望の反動のせいもあったが、既にゆっくりの大半は森に帰れば全てが上手く
行く、森ではゆっくりできないことなどは無く際限なくゆっくりできると思い込んでいる
ものが多かった。
 森には森で辛いことはあるだろうが、みんなで頑張って生きて行こう、人間が駆除に本
腰を入れた街よりはマシなはず、といった考えを抱いていたのは、ぱちゅりーの群れのも
の他、少数であった。
「ゆっゆっ、もりにいったら、あまあまをむーしゃむーしゃするんだぜ」
「あみゃあみゃ、たのちみだにぇ!」
 そんな会話をしているものがたくさんいた。そのことをぱちゅりーが知っていれば、さ
すがにリーダーとなるのは躊躇ったであろうが、ぱちゅりーの周りには元からの群れのも
のがいて、その声は届いていなかった。
 そしてある日、とうとう明日、森に帰ると告げられた。
 その時に湧き上がったゆっくりの大歓声たるや凄まじいものであった。
 近所の住民はそれに驚いたものの、その理由を知ると、まあ今日だけは騒音だとか言わ
ないで許してやろうと苦笑した。

「なんて勝手な!」
 青年が、いきり立っていた。
 それに頷く何人もの人間たち。
「だから、街の人間は信用できねえって言うんだ!」
 青年の怒りに満ちた声は続く。
「街の野良ゆっくりなんだから、あっちで始末つけりゃいいじゃないか、なんだってこっ
ちに持ってくるんだ」
 村の会館の一番広い部屋。
 そこで座っている多くの人間たち。
 青年はその中で一人立ち上がり、手を振り顔を振り、時に人々から少し離れて、その人
々と向かい合って座っている初老の男を指差して叫んでいた。
「村長、なんで承知したんだ。そんな話!」
「……森は、国のもんで、わしらのもんじゃない。わしが承知せんでも……強引にやられ
たらどうしようもない」
「そりゃあそうだが、その森から一番近いとこに住んでるのはおれらじゃないか」
「おい、村長だって、おれたちが言ってるようなことは全て承知の上だろう」
 青年の袖を、彼と同年代らしい別の青年が引いた。
 それにより、青年は憤然と鼻を鳴らしたものの、腰を下ろした。
「ええっと……それで、その野良ゆっくりってのが、約五百匹か……」
 その声に応じて、うんざりしたといった感じの呻きやため息が各所に上がる。
「話にならん。駆除じゃ」
 最前列にいた老人が言った。
 駆除、という言葉にざわめきが起こる。ここにいる人間たちがそれに対してある程度の
抵抗感を持っていることがわかる。
「おやじさん……」
 村長が、遠慮がちに言った。
「先代とわしらが散々苦労して教え込んで協定を結んだ群れでも、群れの数は百匹前後と
取り決めておるんじゃぞ。そこへ街の野良ゆっくりが五百匹じゃと。話にならん」
 老人は吐き捨てるように言った。それへ同調する声が上がる。
 まったくもって話にならない、と皆が思っていた。
「……やっちゃいましょうよ。しょうがないわよ」
 と、一人の中年女が言った。人のよさそうなおばさんなのだが、言うことには容赦が無
い。
「街の野良ゆっくりって、テレビで見たけど、人間のことをどれいとか、死ねとか、チン
ピラみたいなタチの悪い連中なんでしょ」
 彼女は、テレビで特集されていたそういった映像を見ていた。やや誇張されてはいたが、
決して嘘ばかりとは言えない。
「あんなのがそんなたくさん来たら、あの子たちが酷い目にあわされないか心配よ」
 その言葉にもまた同調の声が上がった。
 彼女は、村と協定を結んだ群れのゆっくりたちをことの他可愛がっていた。
 あの子たち、という呼び方からも、そのことは察することができよう。
「そうだ。むしろあいつらのためにも、そんな連中はやっつけてやらないと」
 青年が、再び立ち上がって言った。
「よし……」
 村長は、人々の間の空気が一定の方向へ向かって流れるのを感じて頷いた。
「村長、つれてきたぞ」
 そこへ、一匹のまりさを抱いた男がやってきた。
「おお、来たか」
「ゆん、まりさが来たんだぜ。ゆゆ? みんな集まってどうしたんだぜ?」
 まりさは村長が呼んでいると言われてやってきたので、こんなに大勢が集まっていると
は思っていなかったのだろう。
「うん、まりさ、実はな……」
 と、村長は、街の方から野良ゆっくりが五百匹ばかり連れて来られることを告げた。
「ゆ!? ゆゆゆ? ごひゃく、ってどのぐらいなんだぜ? まりさたちはひゃくぐらい
だけど……」
 このまりさは、子供の頃から人間の教育を受けた群れの子ゆっくりの中でも特に優秀と
認められて長になった個体である。
 協定にあるすっきり制限により、群れの数が百と定められているために、それを遵守す
るために百までの数字を理解することが長の条件みたいなもので、そのためまりさは百ま
でなら数えられる。
「五百というのは……百が五個あるということじゃ」
「ゆ!? まりさたちがあと五……ゆゆゆゆ!? だ、ダメなんだぜ! そんなのダメな
んだぜ!」
 まりさは、それを聞くと困惑して言った。
「そんなにたくさん来たら、ごはんがなくなっちゃうんだぜ! そんなにたくさん森さん
はごはんをくれないんだぜ!」
「うむ、その通りだ」
「お前でもわかることをわからん奴らがおるんじゃよ。まったく……」
 村長に被せるように言ったのは、先ほど真っ先に駆除を主張した老人だ。
「それで、その五百匹の連中じゃが、おそらくゲスじゃ」
「ゆっびいいいいい!」
 まりさはゆわゆわと痙攣し出してしまった。そんな大量のゲスが来たらまりさたちの群
れはあっという間に蹂躙されてしまうに違いない。
「大丈夫じゃ、わしらがついとる!」
「そうよ、そんな街のチンピラゆっくりなんかに、あんたたちをやらせるもんですか」
「それについては、お前らにも協力してもらいたい」
「ゆっ! な、なんでもするんだぜ!」

 何台ものトラックが停車する。
 荷台にびっしりと積み込まれているのは今朝まであの広場にいた野良ゆっくりたちだ。
「ほい、ほい、ほい」
「ほい、ほい、ほい」
「ゆっくりおろしてね! つぎはれいむだよ!」
 男が手渡しでゆっくりたちを地面に下ろす。
「ゆわああああああ、ここが、ここがもりなんだねえええええ!」
「むきゅ、そうよ、おとうさんやおかあさんの故郷よ」
「ゆわーい、ゆわーい」
「ゆゆぅ、にゃんだかくうきがおいちーよ!」
「ゆっくちできりゅよ!」
 念願の森へとやってきて、街で薄汚れた野良ゆっくりたちは目を輝かせていた。
「ゆゆん、にんげんさんたち、ゆっくりありがとう!」
「ゆっくち!」
 去っていくトラックを見送ったゆっくりたちは、まずはおうち探しに取り掛かった。
「ゆゆぅ! 段ボールさんがどこにもないよ……」
「なんでおうちがないのぉぉぉぉ!」
「ゆゆ、ここに穴があるよ、ここをおうちにすれば……」
「ゆん! それじゃそこはまりささまのおうちにするんだぜ!」
「ゆっ! そこはれいむが見つけたんだよ!」
「うるさいんだぜ! ここはまりささまのおうちなんだぜえ!」
 とてもではないが、五百匹ものゆっくりがおうちにできるような穴や洞はすぐには見つ
からない。
 それならばとりあえず腹ごしらえを……と食べ物を探したところ、これもまた五百匹の
満足するような量はとれない。
「リーダー、どうしよう……」
「リーダー、なんとかしてね!」
「リーダー、ゆっくりできないよ!」
「むきゅぅ……」
 この時になって、ようやくぱちゅりーはリーダーを引き受けたことを後悔していた。
 とにかく、この数である。
 ぱちゅりーだけで統率などとてもではないができない。
 結局、街に住んでいた時の群れをそのままに、どこの群れにも属していなかったものを
適当に割り振り、各群れのリーダーの上にぱちゅりーが総リーダーとして立つことにした。

「ゆん、それじゃ狩りに行ってきてね」
「ゆっくりいってくるよ!」
「おとうしゃん、がんばっちぇぇぇ!」
「あみゃあみゃたべちゃいよ!」
 元街の野良ゆっくりたちは、なんとか森で生きていこうとしていた。
 そして、今日も番のれいむと子供たちに見送られて、一匹のまりさが狩りに出た。
「ゆん、ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていってね!」
 道々、何匹かのゆっくりと合流する。
「ゆん、ゆん、ゆゆっ!」
 一匹のれいむがぴょんぴょんと跳ねてきた。まりさたちを見てひどく驚いている。
「ゆっくりしていってね!」
「ゆぅ……ゆっくりしていってね……」
「ゆぅ……れいむはどこのれいむ? 見たことないけど」
 だが、なにしろ五百匹もいるのだ。街では全く接触が無かったものも多く、顔を知らな
いものが同じ群れにいてもおかしいことではない。
「れ、れいむは、ずっとここに住んでるんだよ」
「ゆゆ、それじゃ、ずっともりに住んでるんだね」
「ゆぅ、それはすごいゆっくりしてるね」
 まりさたちは、れいむが森の先住ゆっくりだと知って感心していたが、れいむは決して
まりさたちと目を合わせずにぴょんと跳ねて背を向けた。
「それじゃ、れいむはいそぐからいくね。ぜったいついてこないでね! ぜったいだよ!」
「「「ゆゆぅ?」」」
 過剰に念を押すれいむの言葉に不思議そうにするまりさたち。
「それじゃあね、ぜったいついてこないでね! ぜったいだよ! ぜったいだよ!」
 最後までれいむはそう言いながら去っていった。
「ゆぅ……気になるよ」
「……ついていってみるんだぜ」
「ゆん、ついてくるなっていってたけど……ちょっとならいいよね」
 好奇心を刺激されたまりさたちは、こーそこーそとれいむを尾行した。
「ゆん! ただいま!」
「ゆっくりおかえり!」
「れいむ、おかえり!」
 れいむがやってきた場所を見て、まりさたちは思わず大声を上げそうになってそれを必
死に我慢した。
「ゆぅぅぅぅ……」
「す、すごい……あんなにおやさいが……」
「あ、あんなにあったら、みんなむーしゃむーしゃできるよね……」
 小声でひーそひーそと話す。
 そこは、畑であり、たくさんの野菜が生えていた。
 大きな数が認識できないゆっくりではあるが、視覚的にそれが五百匹のゆっくりがむー
しゃむーしゃしてもなお余る量であることはわかった。
 さっきのれいむは、そのおやさいの海に向かっていき、それをまりさやらありすやらの
他のゆっくりが出迎えていた。
「ゆぅ……あのおやさい、あのれいむたちのなのかな」
「……にんげんさんはいないみたいだし、そうなんだよ、きっと」
「ゆゆゆゆ、きっとあれがでんせつのおやさいがはえてくるゆっくりぷれいすなんだよ」
 なおもひそひそ話すまりさたちに、れいむたちの、ちと不自然なぐらいに大声の会話が
聞こえてきた。
「れいむ! どうだった!」
「ゆん! 例のよそものたちだね! すぐそこで会ったよ!」
「ゆぅ、そんな近くにまで来ているんだね!」
 まりさたちは顔を見合わせる。れいむの言う「よそもの」というのが自分たちであるの
は明らかだ。となると、あのれいむは自分たちを偵察にやってきていたのか。
「ここのことを知られないようにしないとね!」
「そうだよ、ここのおやさいはぜんぶれいむたちのものだからね!」
「まりさたちじゃとてもたべきれないけど、よそものにあげることはないよ!」
 思わぬ事態に呆然としていたまりさたちだが、そんな声を聞いているうちに腹が立って
きた。こんな素晴らしいゆっくりぷれいすを独り占めしているなんて!
「ゆっ!」
「ゆっくりまってね!」
 跳ねて行こうとするれいむを、まりさが制した。許し難いことだが今はこちらの数が少
ない。
「リーダーに言ってみんなで来よう」
「ゆん、そうだね」
「それじゃ、ゆっくりしないで帰ろうね!」
 まりさたちが跳ねて行った。
 それを見て、畑にいたれいむたちは顔を見合わせて頷く。
「上手くいきそうだな、れいむ、よくやったぞ」
 まりさたちの位置からは見えないところに伏せていた青年が姿を現した。その手にはビ
デオカメラがあった。

「ゆゆゆゆ! おやさいの生えるゆっくりぷれいすを独り占めしてるなんて、そいつらは
ゲスなのぜ! やっちまうのぜえ!」
 まりさたちの報告を受けて、リーダーのまりさが叫んだ。
 ゲスと言うが、はっきり言ってこのまりさ自身がかなりのゲス気質であった。
「みんなを集めるんだぜ! ゲスどもを攻めるんだぜ!」
「ゆっくりりかいしたよ!」
「ゆっへっへ、でんせつのおやさいが生えてくるゆっくりぷれいすがあるなんて、やっぱ
りもりはすごいんだぜ」
 このまりさ、ゲス気質による容赦の無さと身体能力の高さでリーダーを張っていたもの
の、頭はあまりよろしくなかった。
 そのため、森に来ればあまあま食べ放題なのぜ、などというアホな考えをしていたのだ
が、幻想とは違う現実に戸惑っていた。
 これはおかしい。
 もりはゆっくりぷれいすのはず。
 きっと、どこかにおいしいものがあるに違いない。
 そう思い続けていたまりさにとっては、おやさいの生えるゆっくりぷれいすは、やっぱ
りそういうゆっくりできるものがもりにはあったのか、といった感じであった。
「リーダー、みんな集まったよ!」
「ようし、やろーども、ゆっくりしないでなぐりこみなのぜえ!」
「おやさいをむーしゃむーしゃできるよ!」
「おちびちゃんにもむーしゃむーしゃさせられるね!」
「「「えいえい、ゆー!」」」
 まりさに率いられた二十匹ほどの集団は、大急ぎで跳ね飛んで畑へとやってきた。
「ゆゆゆ?」
「な、なんなの、まりさたち!」
 先ほどのれいむやまりさたちがそれを見て驚く。
「ゆっひゃあああああ、おやさいがたくさんなのぜえ!」
「す、すごいよぉぉぉぉ、たべきれないぐらいあるよぉぉぉぉ!」
「ゆっくりできるよ! ゆっくりぃぃぃぃ!」
 リーダーまりさたちは一面のおやさいを見て興奮し、雪崩を打って向かってくる。
「待ってね! ゆっくり待ってね!」
 その前に、れいむが立ちはだかった。
「ここは人間さんの畑だよ! このおやさいは人間さんのものだよ! れいむたちはお手
伝いをしておやさいを分けてもらってるんだよ!」
「はあああああああ? おやさいは勝手にはえてくるんだぜ、それをお前らが独り占めし
てるんだぜ! 人間さんなんかどこにいるんだぜ!」
「今はいないけど、ここは人間さんの畑なんだよ!」
「ゆっぎいいいいい! うるさいんだぜ、ゆっくりしね!」
 リーダーまりさの体当たりを貰ってれいむがふっ飛ぶ。
「ゆぎ……いだいぃぃぃぃぃぃ!」
「ゆへん、こんじょーなしなのぜ。おとなしくゆっくりぷれいすを渡すんだぜ」
 リーダーまりさが言うと、痛がるれいむを見てすっかり恐れをなした畑のゆっくりたち
は、このゆっくりぷれいすをまりさたちに明け渡し、自分たちは奴隷になることを誓った。
「ゆふん、そういうことならわるいようにはしないのぜ」
 とりあえず、まりさたちは野菜をむーしゃむーしゃしてしあわせーの声を上げた。そし
てこのゆっくりぷれいすに定住するために、留守番のゆっくりや子ゆっくり赤ゆっくりを
呼び寄せた。
 勇猛果敢ではあるが、既述の通り、あんまし頭のよろしくないリーダーまりさであるか
ら、それらの指示が「偉大なまりささまに逆らったことを後悔しているダメれいむ」に誘
導されたものであることなど当然気付かない。
「ゆわあああああああ!」
「しゅ、しゅごいよ! おやしゃいがあんにゃに!」
「むーちゃむーちゃできりゅよ!」
「おとうしゃんたち、しゅごーい!」
 この素晴らしいゆっくりぷれいすにやってきた子供たちは一様に驚き喜び、リーダーま
りさたちを讃えた。
 それにいい気分になっていたまりさたちだったが、それへ冷水を浴びせるように、奴隷
になったはずのれいむたちが、野菜を食べようと畑に駆け寄る子ゆっくりたちの前に立ち
はだかって叫んだ。
「「「ここは人間さんの畑だよ! おやさいは人間さんのものだよ!」」」
 一瞬、リーダーまりさたちは呆然とした。それはさっきも聞いた。
「まだそんなこと言ってるのかぜ! おやさいは勝手にはえてくるんだぜ、人間さんなん
かどこにいるんだぜ!」
「ここにいるぞ!」
「この野菜泥棒め!」
「やれっ!」
 それまで伏せていた人間が立ち上がった。
「ゆっびゃああああああ、に、にんげんざんだああああああ!」
 街の野良時代に散々な目にあっているので、人間に対する恐怖心は大きい。リーダーま
りさたちは逃げようとしたが、いつのまにか後ろにも人間がいて、自分たちが完全に包囲
されていることを知った。
「ゆ゛っ……ゆぐ……ゆひぃぃぃぃ、だ、だずげでええええええ!」
 リーダーまりさは真っ先におそろしーしーを漏らしたところへ鍬の一撃を受けて死んだ。
「ゆ゛わあああ、やめでえええええ!」
「やじゃよぉ、まりざ、じにだくないよぉぉぉ!」
「おきゃあしゃん、たじゅげぢぇぇぇ!」
「にゃ、にゃんで、にゃんで……」
「い、いじゃいぃぃぃぃぃ!」
「ゆるじでえ! ゆるじでえええええ!」
 元街の野良ゆっくりたちは、久しぶりに本気で殺す気の人間の恐怖を味わいながら皆殺
しにされた。

「むきゅぅ……」
 ぱちゅりーが唸っていた。
 リーダーの一人であったまりさの群れが一匹もいなくなっていると聞いたためだ。
 移動するにしても、そんなに遠くに行くとも思えないし、なんらかの理由で死んだのだ
としてもこちらに助けを求める前に全滅するとは思えないし、なにより死体が無い。
「総りーだー! 総りーだー!」
「むきゅ、なにかしら」
「た、たいへんだよぉぉぉ! ありすのところも誰もいないよぉぉぉぉ!」
「むきゅっ!」
 ありすの群れが住んでいたのは、まりさのところと隣接した所だ。あの辺りに何かある
のだろうか。
「むきゅ……きっとあの辺りに、何か、恐ろしい動物でも住んでいるのね」
 ぱちゅりーはそう推測して、そちらには近付かないように群れに通達を出すことにした。
 まりさとありすの群れの消失は確かに気になる。しかし、目下の問題は食料であった。
 さすがにこれだけの数のゆっくりが突如移住してきたために、森の恵みと言えどもおっ
ついていないのが現状だ。
 その観点から言うと、立入禁止の区域を作って狩りの範囲を狭めるのはよろしくないこ
とであったが、なにしろ三十四十の群れが突然消えるという事態である。
「総りーだー! 総りーだー!」
「むきゅ……なにかしら……」
 なにかまた悪い知らせではないかと思う癖がついてしまっているぱちゅりーは、駆け込
んできたちぇんに対して身構える。
「このもりにずっと住んでいるっていうれいむとまりさが来て、おやさいがはえてくるゆ
っくりぷれいすがあるって言うんだよー」
「むきゅ! そ、そんなものが……」
「それでね、おやさいを分けてあげるからみんなで取りに来てって」
「むきゅぅぅぅぅ」
 正直、ありがたい。
 そのありがたさ、そしてなんと言っても、森にずっと住んでいたというゆっくりならば、
とてもゆっくりしているだろうから嘘などつくまいという思い。
 それらが、ぱちゅりーの判断力を著しく鈍らせた。
「おちびちゃんたちも連れてきてって、あっちのおちびちゃんとともだちになってほしい
んだねー、わかるよー」
「むきゅ! それじゃ、みんなで行きましょう。他の群れも呼びましょう」
 総リーダーの招集によってみんな集まってきた。
 おやさいがはえてくるゆっくりぷれいす、という言葉に引かれぬものはいない。
 まりさとありすの群れがまるごといなくなっているが、その数はそれでも四百を少し超
えている。
 それらが意気揚々と、森を進む。
 やっぱり、もりは凄い。
 おやさいがはえてくるという伝説のゆっくりぷれいすがあるなんて!
 もりに帰ってきてよかった。
 本当によかった。
 もりは、とってもゆっくりできるよ!
 ゆっくり~、ゆっくり~、おやさいでゆっくり~♪
 いつしか、そこかしこからおうたの声が上がる。
 とってもゆっくりした笑顔のゆっくりたちは、そうやってゆっくりぷれいすを目指し、
そしてゆっくりぷれいすに辿り着き、ゆっくりぷれいすだと思っていたそこで殺された。

「むきゅ! むきゅ! むきゅっ!」
 ぱちゅりーは、もうなにがなにやら、わけがわからなかった。
 おやさいがはえたゆっくりぷれいすにやってきたはずであった。
 そこでは、森で暮らしてきたとてもゆっくりしているゆっくりたちが歓迎してくれて、
そして、人間にさらわれて街の野良ゆっくりとなっていた自分たちと森の先住ゆっくりた
ちはこれから仲良く森で暮らしていくはずだったのだ。
 四百以上の口からのゆっくりしていってね、の挨拶。
 それへ返ってきたのは、突然現れた人間たちによる攻撃だった。
 それは、駆除だった。
 使っている道具こそ違うが、それは街で保健所の職員が行っていた駆除そのものであっ
た。
 馬鹿な。
 ここは、街じゃない。
 森だ。
 なんで、なんで、なんで――。
 なんで、ようやく帰ってきた、ゆっくりできるはずの森にも人間の駆除があるのだ。
 やっぱり――。
 やっぱり、人間は野良ゆっくりを駆除せずにはいられないのだ。
 あの日、一緒に喜んで拍手までしてくれたアレは、一体なんだったのだ。
 広場に住ませて森に行くまでに食べ物までくれたのは、一体――。
 やっぱり、ゆっくりと人間が愛し合い共存する理想郷など、夢のまた夢、理想に過ぎな
かったのか――。
 きっと、森に住んでいたゆっくりたちと言うのも人間にいつ駆除されるかと怯えて暮ら
し、おどされて自分たちを騙しておびき出す手伝いをさせられたに違いない。
 無かった。
 理想郷など、ここには無かった。
 そして――他のどこにもあるとは思えなかった。
 ぱちゅりーは、ゆっくりと人間との対立という構図しか意識になかった。当然といえば
当然である。
 それゆえに、街の人間とこの森のそばの村の人間とで、考えなどに差があるという認識
がなかった。そして、それはゆっくりにとっても同様であった。
 だが、ぱちゅりーは、次々に殺されていく仲間たちの連続する断末魔の中、それを聞い
てしまった。見てしまった。
 そんなものには気付かぬままに、さっさと殺されていればよかったのに。
「ゆん! 街のゲスゆっくりはゆっくりしね!」
 森のゆっくりが、人間と一緒に「駆除」をしていた。
「ゆわあ!」
「危ない! まりさ、危ないから前に出るなと言っただろう」
「ゆゆぅ、おにいさん、ありがとうなんだぜ」
 そして、反撃されそうなところを助けてゆっくりを気遣う人間、それにお礼を言うゆっ
くり。
「でも、まりさもおてつだいしたいんだぜ!」
「気持ちは嬉しいが、無理はするなよ。お前らに何かあったら……」
 そのまりさと、人間の青年は、お互いを思いやっているようであった。
 見れば、そこかしこで似たような光景があった。
「む……きゅ……え゛っれえええええええええ!」
 ぱちゅりーは、盛大に吐いた。
 ここは、理想郷だったのではないか。いや、そうなのだ。
 夢に見た光景がそこにあった。
 ゆっくりと人間が愛し合い共存する理想郷。
 あった。
 理想郷は、ここにあった。
 ただ、その理想郷は、ぱちゅりーたち、元街の野良ゆっくりを激しく拒絶していた。
 お前らなんかいらない、と。
 お前らなんかこの理想郷には必要ない、と。
 色々理由はあるのだろうが、この人間たちの駆除の理由の一つに、自分たちと仲良くし
ているゆっくりたちへの危害を未然に防ぐということがあるのだろう。
 明晰なぱちゅりーはそれを理解してしまった。
 理解しなくていいのに、してしまった。
 そして、精神が死んだ。
 それに僅かに遅れて、体が死んだ。
 自らが吐いた生クリームに突っ伏して、ぱちゅりーは死んだ。



「ゆるじでえええええ!」
「だずげでええ、ころざないでええええ!」
 街の野良ゆっくりが一匹残らず森へ帰ったわけではない。
 様々な理由から、森へ行くよりもこのまま街で暮らした方がよいと思って残ったものも
いた。
 このれいむとまりさも、そうであった。
 いきなりそんな大勢で森に帰っても上手く行くとは限らない。
 それよりも、それだけ大量の野良ゆっくりがいなくなった街の方が食料調達の競争も緩
くなるし、住みよいかもしれない。
 そう考えたこの二匹は、決して愚鈍でもなく、むしろなかなか利口であった。
 実際、当初は思惑通りにゆっくりできたのだ。
 大量の野良ゆっくりを森に送った人間たちは、ゆっくり駆除を前ほど熱心にやる必要は
無いと思っていた。
 しかし、それでも駆除を全くしなくなったわけではない。
 れいむとまりさも、少々油断したところを捕まってしまったのである。
「もり! もりにがえるがら、ゆるじでええええ!」
 まりさが叫んだ。
 れいむを踏みつけ、まりさの髪の毛を掴んで持ち上げていた男は、それを聞くと、ぴた
りと動きを止めた。
 脈ありと見たまりさが、なおも叫ぶ。
「ぼりに、ぼりにがえりばずぅぅぅぅ」
 踏みつけられて餡子を吐きそうになっているれいむもそれに続いた。
「そういうわけにはいかないんだよ」
 男はそう言うとれいむを踏み潰し、それを見て絶叫するまりさを叩きつけてかられいむ
と同じようにしてやった。

 街の人々の善意で森に送られた野良ゆっくりたちが、森の近くの村の人間によって殲滅
されたということがニュースになった時、村の人間を非難する声は上がったが、それもす
ぐ止んだ。
 村長をはじめとする村の者たちが、毅然と反論したからだ。
 そもそも、森の生態系とか何も考えずに五百匹もの野良ゆっくりを運んで来るというの
が暴挙なのだ。
 善良ならばまだよいが、これがどいつもこいつもタチの悪いチンピラみたいな連中とき
ている。
 その証拠として、村が畑の被害をなくすために躾けて協定を結び、今ではそういった利
害関係を超えて仲良く付き合っている群れのゆっくりたちが制止するのも聞かずに暴力を
振るい、畑の野菜を奪おうとした様子を撮った映像を提示した。
 それらを見て、聞いて、街の人間たちは今度こそ本当に反省した。
 自分たちがやって喜んでいたのは偽善であった。
 自分たちの都合で負担をよそへ押し付けていただけであった。
 だから、街の人間たちは野良ゆっくりを殺す。
 もう、森に帰せだのなんだのという言葉には耳を貸さない。
 街の野良ゆっくりは、街で始末をするべきだからだ。
 
                                   終わり



 書いたのは「本当に悪いのは人間さんだよ! ゆっくりは悪くないよ! 殺すけど」
 でおなじみののるまあき。
 久しぶりに長めの書けてよかった。

 なお、このお話は余白あきさんの「人間の世界でゆっくりが見た夢」にインスパイア
 されています。

 過去作品

 anko429 ゆっくりほいくえん
 anko490 つむりとおねえさん
 anko545 ドスハンター
 anko580 やさしいまち
 anko614 恐怖! ゆっくり怪人
 anko810 おちびちゃん用のドア
 anko1266 のるま
 anko1328 しょうりしゃなのじぇ
 anko1347 外の世界でデビュー
 anko1370 飼いドス
 anko1415 えーき裁き
 anko1478 身の程知らず
 anko1512 やけぶとりっ
 anko1634 かわいそうかわいそう
 anko1673 いきているから
最終更新:2010年10月13日 11:38
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