『どっちが本当?』 13KB
いじめ 観察 実験 現代 ゆっくりを洗脳
初投稿です。虐待無し。
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秋――それは恵みの季節。
恵みはあらゆる生物に対して等しくもたらされる。人にも、ゆっくりにも。
それと同時に、その恵みを巡って、一部のモノ達の間では激しい戦いが起こる季節でもある。例えば、人とゆっくり。
『にんげんさんがひとりじめしているとてもゆっくりしたおやさいさん』を取り戻すため(ゆっくり視点)、多くのゆっくり達が人間の畑に忍び込み、その大多数が野菜を口にする事も無く潰され、残りの少数は野菜を口にした直後に潰される。野菜を口にして生き延びるゆっくりは極々僅かしかいない。ゆっくりがこの世に現れてから、毎年繰り返されてきた出来事である。
人間は学習し、ゆっくりは学ばない。故に、その争いは年々(といっても最初からそうなのだけど)人間の圧勝へと傾いていく。だが、人間は完璧ではない。畑を荒らすゆっくりがいなくなる事は無く、その被害をゼロにする事も出来ない。毎年いくつかの野菜がゆっくりに齧られ駄目になる。例え犯人が直後に潰されても、それはある意味で人間の『敗北』なのだ。
これは、そんな人間とゆっくりのちょっとしたお話。
【どっちが本当?】
そんな季節、農村に面した山にはゆっくりの小規模な群れがあった。
「「ゆゆ、ゆっくりかりをするよ!」」
誰にでもなく宣言し、れいむとまりさの番いが藪から山中の道へと飛び出した。石を投げれば当たるような、何処にでもいる代表的な組み合わせである。
「きょうはきのこさんをとりにいくよ!」
野生生物にあるまじきやかましさで叫んだまりさは、山道を跳ねて、ゆっくりと狩場へ向かう。れいむ笑顔でその後ろをついてゆく。どうやらこのれいむ、番いをこき使い自分だけゆっくりしようとするいわゆる『でいぶ』ではないようだ。それどころか、越冬の準備の大切さを知っていて、決してまりさだけにその負担を負わせまいと、多少の助力になるためにこうして狩りに同行する比較的善良なれいむなのである。また、その番いのまりさもまた、群れの中でも有数の『狩りの名人』なのである。
さて、山道を跳ねるまりさとれいむの前に、巨大な影が現れた、ように見えた。実際は突然現れたわけでもなんでもなく、二匹がそれを視界に捕らえるのが致命的なまでに遅かっただけである。ゆっくりは、物理的と注意力的の両方の面で非常に視界が狭いのだ。それこそ、(ゆっくりにしては)速度を出して跳ねている間は、他の生物が近くにいることにすら気づけぬくらいに。
「ゆゆ、にんげんさん! ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていってね!」
影の正体は(別にかくしていたわけじゃないが)、道端の岩に腰掛けた人間の女性とぱちゅりーだった。
「ああ、君達もゆっくりしていってね」
「むきゅ、ゆっくりしていってね!」
柔和な笑顔で挨拶を返す女性を、二匹はゆっくりできるにんげんさんだと思った。
「にんげんさんは、ゆっくりできるひと?」
「ゆっくりできる人だよ。その証拠にほら、私の連れのぱちゅりーは実にゆっくりしているだろう?」
女性の言うとおり、帽子に赤と金の二つのバッチをつけたぱちゅりーは、今まで二匹が出会ったどのゆっくりにも負けないほどゆっくりとした、美ゆっくりであった。こんなゆっくりとしたぱちゅりーと一緒にいるおねーさんがゆっくり出来ないおねーさんである訳が無いと、二匹は女性に対する印象をほぼ確信的なものへと変えた。
「そういう君達も、ゆっくりできるゆっくりだろう?」
「ゆ! れいむはゆっくりしたゆっくりだよ!」
「まりさもゆっくりしてるんだぜ!」
「それはよかった」
女性は、横にいるぱちゅりーを優しく撫でた。気持ちよさそうに女性の手を受け入れるぱちゅりー。その様子は、まるで絵から切り出したかのようにゆっくりしている。
「君達は群れに所属しているゆっくりかな? この山には、実にゆっくりとしたゆっくりが集まった群れがあると聞いているんだけれど」
「れいむもまりさもむれのゆっくりだよ!」
「むれのゆっくりはみんなゆっくりしてるんだぜ!」
「素晴らしいね。実はね、私はゆっくりしたゆっくりとお話しするためにここに来たんだ。よければ、少しだけ私と話をしてくれないか?」
「ゆゆ! れいむはおねーさんとゆっくりおはなしするよ!」
「まりさもゆっくりおはなしするのぜ!」
勢い良く返事を返す二匹を見て、女性はくすくすと笑った。ぱちゅりーは何を言うでもなく、飼い主と野生の番いの様子を見守っている。
「この山を降りたところに、畑があることは知っているかな?」
「しってるのぜ! はたけさんにはゆっくりしたおやさいさんがいっぱいあるんだぜ!」
「知っているのか。それは良かった。その畑には人間さんがいることも知ってるね?」
「ゆ! はたけさんのにんげんさんはゆっくりしてないよ! かってにはえてくるおやさいさんをひとりじめしてるんだよ!」
「いつかまりささまがにんげんさんをおいだしてはたけさんをみんなのゆっくりぷれいすにするのぜ!」
そのまりさの言葉に、女性の眉が少しだけ動いた。といっても別に怒っている様子でも無い。ただ、まりさを見る目が少し変わっていた。言うならば、おもちゃを見つけた子供のようだ。
「そうそう、畑にはゆっくりしてない人間さんがいて、ゆっくりしたお野菜さんがいっぱい生えている。そこまではいいね?」
女性の言葉に、二匹は身体を小刻みに揺らす。頷いているつもりなのだろう。普通の人間としては嫌悪感を覚えずにはいられないような醜い動きだが、女性がそれを気にしている様子は無い。
「ところで、君達のゆっくりプレイスに生えている草さんがあるだろう? あれとお野菜さんは、どっちがゆっくりしていると思う?」
「「おやさいさん!!」」
「いや、それはおかしいだろう?」
「「ゆゆゆ!!?」」
思いもがけぬ女性の言葉に、二匹のゆっくりはたっぷり十秒はフリーズした。女性とぱちゅりーは顔色を変えずにそれを見ている。想定どおりなのだろう。二匹がショックから復帰したのを見計らったように、女性は話を切り出した。
「考えてみてもごらんよ。畑には年がら年中ゆっくりとしていない人間さんがいるんだ。そんな畑がゆっくりしていると思うかい?」
二匹は身体を横に揺らした。寒い訳では無い。否定のジェスチャーだ。
「一方、君達の群れのゆっくりプレイスにはゆっくりしたゆっくりが一年中ゆっくりしているんだ。そうなると君達のゆっくりプレイスは畑とは比べ物にならないくらいゆっくりしているに決まっているじゃないか」
なのに、と女性は続ける。
「ゆっくりしていない畑さんから生えたお野菜さんの方が、ゆっくりしているゆっくりプレイスに生えた草さんよりもずっとゆっくりしているなんて、おかしいじゃないか!」
『ゆがーん!』と、二匹はまるで雷に撃たれたかのようなショックを受けた。
そうだ、はたけさんはゆっくりしていない。いつも意地悪な人間さんが一人占めしていて、勝手に生えてくるお野菜さんを食べようとすると永遠にゆっくりさせられてしまうか、二度とゆっくり出来ないような身体にされてしまう。れいむとまりさの目の前でお家宣言を正式に済ませたちぇんとぱちゅりーの家族が訳の解らない事を言う人間さんに理不尽な暴力を受けて永遠にゆっくりしてしまうところを見てしまったこともある。今までは人間さんは何とゆっくりしていない事かとだけ思っていたが、言われればおねーさんの言うとおりなのだ。
『そんなゆっくりしていないはたけさんから、あんなにゆっくりしたおやさいさんがかってにはえてくるのはおかしい』
二匹はゆんゆんと唸りだした。身体からはうっすらと湯気が出ているようにも見える。いままで碌に使った事の無い餡子脳をフル回転させた結果、知恵熱を出しているのだろう。
もちろん、人間が(ゆっくりから見て)ゆっくりしているかどうかと、野菜の味は関係ない。しかし、万事をゆっくりしている・いないで考えるゆっくりはそれに思い至らない。丁度、まるで関係の無いぱちゅりーのゆっくり具合と女性のゆっくり具合を結び付けて考えてしまうように、人間のゆっくり具合と野菜のゆっくり具合を結び付けてしまう。
「ゆっくりしていない人間さんが独り占めしている畑から生えてくるお野菜さんが、ゆっくりしているとは私には少し信じられない。どんなにゆっくりしたゆっくりだって、ゲスに育てられればゲスになるに決まっている。例えゲスの子だって、ゆっくりしたゆっくりが育てればゆっくりしたゆっくりに育つさ」
そんな事は無い。それは喋っている女性自身が知っているのだが、今は事実は対して重要ではない。持論をゆっくりに刷り込ませる為の下準備として、少し考えればおかしいとわかる話をしている。この二匹も普段なら、女性の例え話がおかしいと気づけたはずだ。
『ゆっくりは大抵の物事、特にゆっくり出来ない事を直忘れるので、例え話は破綻しててもいい。どうせ思い返すことなんてしない。ただし餡子脳でも解るように、インパクトを重視して極端に』
それがこの女性が隣のぱちゅりーを育てた友人から教わった『洗脳法』だった。
「なのにゆっくりはみんな言うんだ――『ゆっくりしたおやさいさんをひとりじめするゲスなにんげんさんはゆっくりしね!』ってね」
二匹は何も言わない。いや、言えないのだ。そもそもゆっくりは人間と討論など出来やしない。故に人間の話に対するゆっくりの言葉は、頭ごなしに否定するか、肯定するかのどちらかになる。そしてどちらになるかは、自分の損得関係と、目の前にいる人間のゆっくり具合による。この二匹は、目の前のゆっくりした女性の話が自分達に損か得かを判別できない。
「これはおかしいと私は考える。誰かが何かを間違えているんだ。つまり、お野菜さんは本当はゆっくりしていないのかもしれない。森の中で見れない珍しいものだからゆっくり出来るかと勘違いしているのか、人間さんがあんなに意地悪して独り占めするからゆっくりしているに違いないと勘違いしているか、あるいは、苦労して手に入れたからゆっくり出来る味だと勘違いしたのか」
女性は、二匹に見えないように意地悪に笑って、
「ともかく、お野菜さんはゆっくりしていない。さもなくば、人間の方がゆっくりよりゆっくりしているという事になるね」
二匹は、さっきより強いショックを受けた。例えれみりゃとれいぱーが一緒に現れても、ここまでのショックを受ける事はあるまい。意識を戻した二匹が怒鳴り散らすまで、今度はたっぷり三十秒超フリーズした。女性はその間に、一度欠伸をした。
「なあにいっでるのおおおおおおおお!!! にんげんざんがゆっくりよりゆっぐりしてるわけないでしょおおおおおお!!!」
「ゆっぐりはゆっっぐりじてるんだぜえええ!!! にんげんざんよりゆっぐりじてるのがとうぜんなのぜえええええ!!!!!」
繰り返す事になるが、この二匹のうち少なくともれいむはゲスではない。ゆっくりはゆっくりしていることを誇りに思い。人間をゆっくり出来ないものと見下している。それが普通なのだ。人間がゆっくりよりゆっくりしているかもしれないという話は、それだけゆっくりには受け入れ難いのである。
「私も勿論そんな事は思っていないさ」
一方の女性は、そんなれいむの様子を気にする素振りを見せない。淡々と話を続ける。
「君の言うとおり、人間よりゆっくりのほうがゆっくりしているのは当然だよ。だからやっぱり、お野菜さんがゆっくりしているというのは勘違いで、本当はゆっくりしていないのさ」
「「ゆゆ!?」」
そうだ。人間さんがゆっくりよりゆっくりしているなどありえない。あってはいけない。
けれど、本当にお野菜さんはゆっくりしていないのだろうか? 畑さんに並ぶお野菜さんは、本当にゆっくりしているように見えた。お野菜さんを食べたゆっくり達の叫んだ『しあわせー!!』が、ゆっくりしていないご飯さんを食べて出したものだとはとても思えない。
でも、
「だって、人間がゆっくりよりゆっくりしているなんてありえないじゃないか」
そうだ、
「じゃあゆっくりしていない人間の独り占めするゆっくりしていない畑から生えてくるお野菜さんも、ゆっくりしているゆっくり達がゆっくりする君達のゆっくりプレイスに生えてくる草さんよりゆっくりしているなんてありえないじゃないか」
そうだ、そうなんだ。
「と、私は思うのだがね。君達はどうだい?」
「ゆ…ゆゆ……れいむは…」
「まりさには…わからないのぜ……」
女性は、溜息をついてから、
「君達みたいなゆっくりしたゆっくりでも、わからないのか」
「ゆうう…おねえさん、ごめんね…」
そんな言葉を吐いたれいむに、笑顔を向ける。表情の変化が大き過ぎて演技臭いのだが、二匹がそれに気づく事は無かった。
「いや、いいんだよ。話したらすっきりしたしね。けれど、よかったら――」
悪意の塊に近い言葉が、笑顔より吐き出された。
「群れにいるみんなにも聞いてみてくれないかな? みんなでゆっくり考えれば、答えが見つかるかもしれないよ。なにせ、みんなゆっくりとしたゆっくりなんだから」
答えなんて、一つしかない。
『人間はゆっくりよりゆっくりしている』
『お野菜さんは本当はゆっくりしていない』
この二択を突きつけられて前者を選択出来るゆっくりは、野生に存在し得ない。もしいたとしても、即座に他のゆっくり達から迫害の対象とされてしまうだろう。
要するにこの女性の目的は、『お野菜さんは本当はゆっくりしていない』と、ゆっくりの価値観を、さもなくばゆっくりできないという脅しに近い方法で捻じ曲げる事だったのだ。
「おお。もうこんな時間か。私はもう帰らなくてはいけないね。ほら、おいでぱちゅりー」
女性はぱちゅりーを抱きかかえると、一言お礼をいってから山道を下り始めた。後にはれいむとまりさが残されている。天気は晴れ、日が沈むまでまだまだ時間はある。きっと二匹は無事に群れに帰りつけるだろう。そして、女性の思惑通りに群れの価値観を捻じ曲げる話を群れに広めるに違いない。
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「もしもし、私だよ私。実験? 失敗したさ」
後日、女性の部屋には野菜が詰められたダンボール箱とサラダを幸せそうに頬張るぱちゅりー、そして物憂げな表情でソファーに寝転がりながら電話をするあの女性の姿があった。
「いや、君から教わった話術は完璧だったよ。今度からゆっくりの専門家じゃなくて、教祖様と名乗るといい。君なら全ゆっくりの心を掌握する事も簡単そうだ。で、それは良かったんだけどね」
女性は学者だった、ゆっくりの行動を研究していて、今回はゆっくりの間で情報が広まる様子を調べるために、わざわざ山に入って自称『専門家』の友人直々の話術によって餡子脳でも忘れないようなインパクトのある話を吹き込んだのである。
「話がちゃんと広まったら、畑に来るゆっくりが減るだろう? だから農家の方に調査の協力を頼み込んでたんだけど、事前に、そう、話しちゃったんだよ。全部。ゆっくりに吹き込む話をね」
ゆっくりの間で情報が広まるスピードは以外に速い。『加工所』がそのいい例で、加工所の設立から程なくして、加工所が無い地域のゆっくりも加工所を恐れるようになった、という事例がある。
だが、人間の間でのそれは、別格だ。
「ゼロなんだってさ。あれから畑に来たゆっくり。ばったりこなくなったって。おかげでお礼の野菜がたっぷり届いて処分に困るくらいだ。今頃は全国の農村で、同じ話が近場のゆっくりに吹き込まれてるだろうさ。これじゃ私の欲しいデータは到底得られないよ」
溜息が漏れる。ゆっくり実験の内容を吟味せずに焦った結果がこれだ。
「いいことをしたからいいだろうって? ぱちゅりーもそう言ってたさ。けど、私は人助けがしたいわけじゃなかったんだよ。それで、野菜が余ってるから腐る前に取りに来てくれ。後は今度吹き込む話を考えてくれ。それじゃ」
電話を切る。もう一度溜息が漏れたが、同時にお腹がなった。
テーブルの上ではまだぱちゅりーがサラダを食べ続けていた。金バッチのぱちゅりーは、決して食い散らかしたりはしない。あれだけ美味しそうに、残さずに食べられるのなら、野菜も本望だろう。
「ハイキングついでに食費が浮いたと考えよう。そうじゃなくちゃやってられん」
誰にでもなく呟いて、女性は碌に使ってない台所に足を運んだ。
最終更新:2010年10月26日 15:50