『三つ食べた』 8KB
小ネタ 虐待描写はありません
お疲れさん、まりさ。外は寒かったんじゃないか? 早くあんよを拭いて家の中に入れよ。
今日は特別美味しいあまあまを用意してあるんだ。三つもあるぞ。ははは。そんなに喜ぶなって。
ほらほら、まだあんよが汚れてるぞ。ちゃんときれいにしろよ。
はい、ゆっくりおかえりなさい。
……こうして見るとアレだな。まりさも立派になったよなあ。初めて家に来た時のことは覚えてるか? 「もうわすれちゃった?」そうか。じゃあ、昔、俺とした約束も忘れちゃったか。
いや、俺はよく覚えてるよ。ついこの間のようにね。
まりさ、こーんなにちっちゃくてさ。やたら緊張してて「ゆゆゆゆっくち、おしぇわになりまびゅ!」なんて、最初のご挨拶も噛んじゃったりして。
「おにいさんのいじわる?」何だよ、本当のことだろ? ははは。
ああ、そうだ。今、あまあま持ってきてあげるな。ちょっと待ってろ。
どうだ、美味しいだろ? 「しあわせー?」それは良かった。不安だったけど、気に入ってもらえて嬉しいよ。ははは。
「はじめてたべた?」そうだなあ。今まで食べさせたことも無かったしなあ。わざわざ食べさせるのもアレだし。
ところで、さっきの話の続きだけど。まりさは立派になったよ。うん、体もそうだけど、一緒にお勉強も頑張ったよな。
最初はどうなることかと不安だったけど、今や銀バッジゆっくりだもの。「きんばっじさんめざしてがんばる?」そうだな。頑張れよ。
なんたって、まりさは優秀だからな。文字の読み書きはともかく、インターネットのできるゆっくりなんて、そうそう見かけないよ。テレビなんかでは結構見るけど、この辺りじゃまりさくらいじゃないか? すごいぞ、まりさ。
「てれるよお?」はは、照れんな照れんな。狩りの仕方なんかもアレだろ? ネットで覚えたんだろ?
お、あまあま食べ終わったか。じゃあ、あと二つあるからな。はい。「そんなにたべていいの?」ああ、今日はいいんだよ。今日は特別だ。「おにいさんもいっしょにたべよう?」ありがとう、まりさ。
でも俺はいいんだ。何だか胸焼け気味でさ。「だいじょうぶ?」大丈夫、大丈夫。優しいな、まりさは。
そんなところに、あのれいむも惚れたんだろうな。
ところで、狩りはどうだったんだ? 「たいっりょうっ?」へえ、そりゃすごいな。本当にすごいよ。ああいや、別に見せなくてもいいって。
どうせその辺に生えてる雑草かなにかだろ。今日は生ゴミの日じゃないし。「これはまりさたちのごはんだよ?」別に馬鹿にしたわけじゃないよ。そう怒るなって。
ほら、おぼうし被りなおして。
ほっぺぷーにぷーに。
「れいむとおちびちゃんのところにいく?」待てって。今は俺とお話ししてくれよ。
はい、これが最後のあまあまな。
しかし、あのまりさがなあ。お嫁さんをもらって、おちびちゃんを授かって。しかも二匹。まりさとれいむに似た、ちっこいの。
本当に立派になったよ。俺の知らない間に、まあ。「れいむはまりさのすいーとはーと?」「おちびちゃんたちは、たべちゃいたいくらいかわいい?」妬けちゃうなあ、おい。
いつの間にかおまえは大人になってたんだな。本当、おまえは立派になったよ。「ほめすぎ?」何だよ。俺は本気で感心してるんだからいいじゃないか、ははは。
それに最後くらい、お別れの時くらい、素直に褒めてやりたいじゃないか。
気持ちはわかるけど、ちょっと落ち着け。ああ、ほらほら、あまあまが飛び散っちゃってるって。「さいごってどういうこと?」言葉どおりだよ。「おわかれってどういうこと?」だから、言葉どおりだってば。
まりさ。おまえに、この家を出て行ってもらうって話だよ。
ああもう、だから、落ーちーつーけー! 落ち着けよ、な? 「どうしてそんなこというの?」「どうしてまりさがでていかなくちゃいけないの?」そりゃおまえ、おまえが約束を破ったからだろうが。
え? 「やくそくってなに?」ほら、やっぱり忘れてるよ。おまえがこの家に来た時に約束しただろうが。
「勝手に野良とすっきりーしたり、おちびちゃんを作ったりしたら、この家から出て行ってもらうからな」って。
思い出したか? いや覚えてたのか? でも? でも、なんだよ。「まりさのれいむとおちびちゃんはとってもゆっくりしてるよ?」そうかもな。俺に対する態度を見ても、おそらく善良なやつらなんだと思ったよ。
きちんと「ゆっくりしていってね!」って挨拶もしてたし。
口を開けば「おい、じじい!」とか「あまあまよこせ!」とか抜かす、その手のバカ野良とは違ったさ。おまえも「家族のごはんはまりさが探すよ!」なんて殊勝なこと言って、実際、狩りにも出かけたしな。
俺に迷惑をかけまいとしてくれたんだよな。それはよくわかってる。理解してるよ。
でもな、そういう話をしてるんじゃないんだよ。
俺は、おまえが約束を守らなかったことを言ってるんだ。
いいよ、まりさ。言い訳ならいいんだ。でもも何もない。これは決定事項だ。お別れの日だから、今日は特別なあまあまを三つも用意したんだ。
いや、だからもう決めたの。おまえが何を言っても無駄なの。「のらになったらいきていけない?」大丈夫だって。さっきから言ってるだろ。まりさは大人になった。立派になった。野良になったってやっていけるに決まってるだろう。今日だってほら、狩りを成功させたじゃないか。
それとも何か? 加工所や保健所に連れて行って欲しいか? 「それだけはやめてね?」わかってるよ。
それにもう、少なくともおまえは飼いゆっくりじゃないよ。野良に片足突っ込んでる。
野良ゆっくりとすっきりーしたこともそう。それにおまえ、さっき雑草を「ごはんだ」って言ったろ。あれはおかしいよ。飼いゆっくりなら絶対に言わないことだ。
いいか。「雑草も食べられる」ならまだわかる。でも、おまえは「食べ物だ」って言ったんだ。この違いがわからないかな。わからないか。
家の向こうに公園があるだろ。あそこ、半ば公認の野良公園になってるからさ。最初はあそこにでも住むといいんじゃないか。仲間たちと一緒にゆっくりやれよ。
ただし一斉駆除には気をつけろよ。
いつ、なにがきっかけで駆除が行われるかなんて、誰にもわからないんだからな。
いや、まりさ、今さら謝られても困るよ。「おこらないでね?」怒ってるわけじゃないんだ。もう怒ってない。
そりゃ昨日、いきなりれいむと二匹のおちびちゃんを連れて来たおまえに「まりさのかぞくだよ!」なんて言われた時は、頭の中が真っ白になったよ。
おまえが、他ならぬ俺のまりさがだよ、まさかそんなことをするとは思ってもみなかったからな。俺に黙って結婚していた上、もうおちびちゃんもいるなんて……。とにかく驚いたし、ショックだったさ。
で、布団に入って目を閉じて、そうして初めて怒りが込み上げてきた。家族で固まってすーやすーやと眠ってるおまえらを、いっそまとめて潰してやろうかとさえ思った。
「ごめんなさい?」だから謝るなって。いいから、な? ほら、泣くなって。
夕べは腹が立って眠れなかったけど、おかげでゆっくり考えることができたんだ。そして今朝早く、はりきって初めての狩りに出かけるおまえを見て、そのあと朝飯を食べたら、そうしたらまりさ、おまえに対する怒りはおさまった。
済んだことは仕方ないよ。「もうおこってないの?」怒ってない。
約束を破ったおまえをもう飼ってはやれないけど、俺は本当に怒っていないんだ、まりさ。だから泣くなって。せっかくのあまあまが、涙で濡れちゃってるじゃないか。
落ち着いたか? そりゃよかった。じゃあ残りのあまあまを食べちゃおう。そしてお別れしよう。な? だから泣くなってば。
あれ、どうした。食べないのか? 「このあまあまはれいむたちにもわけてあげる?」それはどうだろうな。あいつら、もういないし。
うお! どうしたまりさ! 急に暴れて! 「れいむたちはどこにいったの?」どこ……って聞かれると返答に困るな。まあ、とにかくそういうアレだから、そのあまあまはおまえ一人で食べろよ。
さっきおまえが言ってたように、まさに「食べちゃいたいくらい可愛いおちびちゃん」と同じくらいの大きさのあまあまをさ。ははは。
ん? なんだかおまえ、震えてないか?
え? なんだって?「このあまあまはなに?」「なかみは?」中身なんて見慣れたもんだろうに。なんだよ。なにを急にキレてんだ、おまえ。
饅頭だよ饅頭。中身は餡子。おまえらの中に詰まってるアレだよ。ははは。
うおおっ! なに吐き出してんだよ、まりさ! 大丈夫かおまえ!?
ああ、そうか。いや悪い! 今のは俺が悪かった! 食い物を「おちびちゃんと同じ大きさ」だの「おまえらの中に詰まってる」だの言っちゃって。悪かったな。
そりゃ俺だってカレー食ってる時に……ん? 違うのか? 「このあまあまはれいむたちなんでしょ?」はあ? ……おまっ! ……なにを言ってんだ、おまえは!?
俺がそんな残酷なことするとでも思ってんのか!?
あ! ひょっとしておまえ、ネットができるのをいいことに、変なサイトでものぞいてんじゃないだろうな? ゆ虐スレとかそういう!
ゆっくりを騙してその家族を食わせるなんて、そんな嫌な発想、あそこの住人くらいしかしないだろ。常人にはちょっと無理だぞ。「なにをいっているのかわからない?」あ、そう。ならいいんだ、わからないなら。
……こういうのって、ゆっくりの本能的な恐怖かなにかなのかな。生ける饅頭としての。
ああ、なんでもないよ。
とにかく心配すんな。そのあまあまは、俺が買ってきた、ちょっとお高いだけのごく普通の饅頭だよ。
「いままでたべたことがなかった?」そうだよ。ゆっくりに饅頭、とりわけ餡子を食べさせるのには抵抗があったからな。悪趣味っていうか。だって中身が……とにかく、なんとなく避けてたんだ。
ちなみにその饅頭は俺の大好物だからさ。今日は特別ってことで、最後におまえに食べて欲しかったんだよ。「これはれいむたちじゃないんだね?」だから違うって言ってるだろう。
ははは、しつこいなあ。
だいたい、あいつらなら俺が朝飯として食ったよ。朝から甘いもの三つも食って、いまだに胸焼けしてるんだ。
(了)
作・藪あき
最終更新:2010年11月08日 19:44