『決戦!双葉城』 33KB
自業自得 戦闘 群れ 自然界 ゆっくりvs中世山城 以下:余白
『決戦!双葉城』
・昔風の言葉と方言が混同している可能性あり
・時代考証については深く考えないでください
・中世は鎌倉時代・室町時代・戦国時代の事を指しています(舞台は十六世紀です)
一、
「ちくしょう! まただ! またおらんとこの畑が荒らされてるっ!!」
「おらんとこもやられただよ……。 まぁた、ゆっくり共の仕業だぁ……。 どうしたもんだかさぁ……、年貢で持っていかれ
ちまったら、おらたちのおまんまが無くなっちまうがや……」
掘り返された土。引きちぎられた葉っぱ。壊された木の柵。それらを呆然と眺める男たち。
時は中世。季節は晩秋。虹浦国に属する双葉村の村人たちは度重なるゆっくりによる畑荒らしの被害に、大いに悩まされてい
た。
「おらたちが、一所懸命に作った作物を……許せねぇべ……」
「だけども、御上はおらたちの事情なんてお構いなしだ……。 血も涙もねぇ……」
虹浦国は未曾有の財政難に悩まされていた。この年は日照りが続き、また度重なる天災のせいで、国内各地の村から納められ
る年貢が目に見えて減っていたのである。虹浦城内の人間も、質素な食事しか食べることができない上に、人員削減のために放
出される者も少なくなかった。そういう者が野党に早変わりし、食料を得るために村人を襲うことも珍しくはない。犬や、猫の
鳴き声もめっきり聞こえなくなった。国内の農民層は飢えを凌ぐために川の水をすすり、草や木の皮を剥いで食べるなどして辛
うじて生き長らえていた。
そのような危機的状況下に置かれた中では、双葉村の実情は余所に比べて幾分は恵まれていたと言える。双葉村の近隣には村
を貫流する双葉川が流れており、少し上流に行けば天然の鮎や岩魚などが採れる。天災による川の増水には毎度悩まされるが、
恵みをもたらしていたのだ。双葉村はそういう地理的な環境も合わさって、苦しい生活を強いられながらも飢え死にするような
者はまだ出ていない。
しかし、双葉村の近くには大規模なゆっくりの群れが存在していたのだ。と、言うのも、いよいよ食料が底を尽きた各地の村
人たちが、ゆっくりを乱獲しようと試みた。その際に逃げ延びたゆっくりたちが一匹、また一匹と双葉村の付近に集まってきた
のである。その数はおよそ四百から五百。それらのゆっくりたちは徒党を組み、野菜畑を狙ってしばしば人里に下りてきた。最
初の頃は日中にやってきていたので、追い返すなり叩き潰すなりの対処を取ってきたが、最近は夜にも姿を現すようになってき
たようだ。ゆっくりも食料集めに奔走している時期である。大規模な群れの全てを賄えるほどの食料を集めることができないの
だろう。そこで目をつけられたのが、双葉村だったというわけだ。
壊滅状態の畑を死んだ魚のような目つきで眺めていた村の男衆たちが、誰からともなく口を開いた。
「御上に相談してみるべか……」
「やめとけ、やめとけ。 意味がねぇだよ。 この間、御上の所へ相談に行ったら門前払いをくらっちまったとこだ。 御上は
御上で自分とこのことで手一杯なんだと」
「畜生め……。 せめて、ゆっくり共がいなくなれば何とか生き延びられるんだがなぁ」
「ゆっくり共を潰す暇なんてないがや……。 年貢は作物だけじゃねーからな……。 木を切りに行かないとなんねぇし、染料
や織物も作らないといけねぇ。 野党共に備えて見張りも立てねぇと、ならねぇし……」
どうしたものか、と腕組みをして頭をひねる。村人たちはゆっくりが冬籠もりの準備を始めていることを知っていた。犬や猫
と同じように人々と共に今日まで生きてきたゆっくりの生態は大体把握されている。しかし、冬に向けて食料を備蓄しなければ
ならないのは、双葉村の村人たちも同じであった。
「兎も角、ゆっくり共をどうにかしねぇと話になんねぇ。 誰か、何かいい知恵はねーのか?」
「……城を造ったてみたら……どうだ? 虹浦峠を越えた先の、国境付近にある村はよく戦争に巻き込まれるらしいがよ。 だ
から、村の人間たちで城さこさえてやり過ごしとる、っちゅう話を聞いたことがある」
「俺たちで城を造れるわけがねぇべよ……。 無理だっぺ」
「城を造って立て籠もるだか? 畑はどうするだ? 大体、ゆっくりを相手に戦するなんて聞いたことないべよ」
唯一の案にも難色を示す。話し合いは平行線。このまま何も決まらずにその日は畑の前から立ち去ろうとしていたそのとき。
「……待てよ。 村のもんに虹浦城の普請をやった男がおったはずでねか?」
「村はずれのじじいの事やろうけんども、あいつは駄目じゃ。 耄碌してるだよ」
「なーに、なんもせんよりはましじゃ。 聞くだけ聞いてみるべよ」
気乗りのしない村人たちを引き連れて、村はずれに足を向ける男たち。この時、彼らは知る由もなかった。ゆっくりたちとの
食料争いを引き金に起こる農民層による大がかりな戦争の主役になることを。そして、後世に名を残す農民層が築いた中世山城
……「双葉城」の築城者となることを。
数日後。双葉村を囲むように聳え立つ尾根尼山の細長い尾根を一列に並んで歩く村の男たちの姿があった。先頭は、双葉城の
普請を任された村はずれに住む老人である。老人は、村の男衆たちのゆっくりに対抗するための城を造りたいという願いをあっ
さりと聞き入れた。若かりし日の記憶が蘇りつつあるのか、老人の目には強い光が宿っているように見える。老人はこの話を受
けて、すぐに背後の尾根尼山に目をつけた。簡単には人を寄せ付けぬこの急峻な地形は、ゆっくりではなく人間であっても容易
に登らせてはもらえまい。尾根尼山の尾根を歩いているだけで息切れをするものもいた。
「じいさま。 あんたの事をとやかく言うつもりはないけんども……、こんな所にどうやって城さ造るだ? オラたち、こんな
ところまで木やら何やら、運んでこれる気がしねんだが……」
不安そうな声でそう言うと、老人はぴたりと足を止めた。村の男たちもそれに倣う。
「心配せんで、ええ。 一からここに城を造るわけではないからのぅ……!」
「どういうことだべ……?」
「この尾根尼山が城になっておるようなもんじゃ。 わしらは、これにちょっと手を加えるだけでいいんじゃよ」
「尾根尼山が……城?」
「オラにはじいさまの言ってることが一つも理解できねぇだよ……」
老人は笑いながら男たちの顔を見渡した。それから、双葉村の城についての構想を語って聞かせた。
「おめら、ここまで登ってくるのはしんどかったじゃろうが?」
「んだ」
「敵もここまで登ってくるのはしんどいじゃろうなぁ。 ゆっくりだったら、なおさらじゃ」
「……?」
老人は喉を鳴らして笑うと、村の男たちにゆっくりと説明を始めた。
城。使い古された言葉ではあるが、その漢字は「“土”から“成”る」と書く。中世段階の城には、今で言うような天守閣や
水を湛えた巨大な堀。更に見る物を圧倒するような石垣はほとんど存在しない。それらが出現するようになるのは、かの有名な
戦国武将・織田信長が安土城を築いてからの話である。他にも豊臣秀吉が築いた大阪城なども天守閣や石垣を有する城であり、
こういった築城形態の城を織田・豊臣の両者の名前を用いて、「織豊系城郭」と言う。
中世段階ではそれほどまでの築城技術はまだない。しかし、中世の城と織豊系城郭の基本的な在り方は変わらないのだ。尾根
尼山の急斜面はそれだけで巨大な石垣の役目を果たす。更に尾根尼山の山頂付近を主郭とするなら、そこへ通ずる道は、今、村
人が立っている尾根筋に限定される。これを遮るように尾根筋を数カ所切るだけで、主郭への侵入は非常に困難なものになる。
この防御構造を“堀切(ほりきり)”と言う。老人はまず、ゆっくりの侵入を防ぐための防御措置を図ろうとしていたのだ。
そして、万が一ゆっくりが攻め込んできた場合に備えて、それらを迎え撃つための平坦な場所を造る。これが“曲輪(くるわ)”
と呼ばれている籠城側にとっての主戦場となる平坦面だ。
しかし、曲輪を攻城側に制圧されてしまった場合、相手の数が勝ればそのまま一気に主郭へと攻め込まれてしまう。それを防
ぐために、堀切→曲輪→堀切→曲輪……と複数の防御線を造るのが山城の基本理念なのだ。こうすることにより、攻城側は堀切
の底と曲輪の上部との間に生じた高低差を上り下りすることを強いられてしまう。更に進入路を限定されてしまうことにより、
大軍で持って城を一息に攻め落とす事ができなくなる。これが、平地に築かれた城との違いであり、山城最大の利点であると言
えよう。
更に、人一人が通れるほどの幅しかない別名“犬走り状遺構”とも呼ばれる“帯曲輪(おびぐるわ)”を斜面に回し、各曲輪
間の連絡路として相互の連携を強化する。
東側の斜面はほぼ断崖絶壁となっているため、天然の“切岸(きりぎし)”の役目を果たしていた。切岸とは山の斜面を垂直
に削平して、攻城側に取り付く隙を与えないようにするための防御施設である。こうして籠城側の向けるべき守備意識の方向を
限定させることにより、更に効果的な防御を行うことができるのだ。
西側の斜面は比較的なだらかになっているが、それは舌状に張り出した尾根の先端部付近のみであり、北西部は東側斜面ほど
ではないがかなりの傾斜がついた地形を呈していた。尾根筋の上に築かれた曲輪群を攻め落とすために、この西側の斜面を攻城
側が利用しない手はない。これを迎撃するために造られるのが“畝状竪堀群(うねじょうたてぼりぐん)”だ。これは先に述べ
た堀切のように侵攻方向に対して直交する形に掘り込むものではない。畝状竪堀群の畝とは、畑の畝を意味している。つまり、
西側の斜面に沿ってそこを上ってこようとする侵攻方向に対して平行する形で無数の堀切を築いていくのだ。これにより西側の
斜面には無数の凹凸が刻まれる。攻城側は、この竪堀の底を一列縦隊で進んでいくしかない。これに対して守備側は矢を射るに
しても石を放つにしてもいちいち狙いを定める必要がなくなるというわけだ。まさに攻防一体のこの防御施設は十六世紀に入っ
てから生み出されたものである。
更に尾根尼山の頂上付近に築かれた主郭からは城全体を一望でき、戦局が手に取るように把握することができる。主郭部分に
は平坦面を造り出す際に生じた大量の土砂を利用して“土塁(どるい)”を築いて防御を強化。更に切り倒した木を使って“柵
列(さくれつ)”を回し、鉄壁とも呼べる守備網を造り上げたのである。
北東には斜面を削り無数の平坦面を造り出した。これは防御施設となる曲輪ではなく、双葉村の村人たちが居住するための曲
輪だ。ここにも伐採した木材を用いて簡単な小屋を造る。斜面を利用するため、どうしても階段状に平坦面が造られていくこと
から、“段状遺構(だんじょういこう)”と呼ばれる場合もあるが、正確な位置づけはなされておらず考古学的にも城郭研究的
にもまだ検討していく余地があると言える。
これらの防御機能を備えるための築城には約一週間の期間を擁した。
こうして双葉城は最先端の技術を用いた要害と化したのである。しかし、山城はその性格上、長期籠城をすることは不可能だ。
食料はいつか尽きる。水も麓を流れる川まで下りなければ確保できず、籠城中は不便な生活を強いられるだろう。これが山城最
大の短所なのだ。故に、ゆっくりとの戦いは短期決戦を望まなければならない。
最も、村人たちもゆっくりたちも本格的な冬が来る前に互いを排除しようと考えているため、双方迅速な決着を望んでいるは
ずだ。少ない労働力でやや突貫工事気味に築かれた双葉城ではあったが、農民たちが築いた城の中では最高峰の山城であると言
えよう。
「ゆぅ~ん。 れいむのおちびちゃん、ゆっくりうまれてねっ」
頭から生えるうずらの卵ほどの大きさの赤ちゃんゆっくりが実った茎をゆらゆらと揺らしながら、それに語りかける成体のれ
いむ種。そこへ、もこもこさせた黒い帽子をかぶり、口に大根の葉っぱを咥えた同じく成体のまりさ種がやってきた。
「にんげんさんのおうちからおやさいさんをわけてきてもらったのぜっ」
自信満々の笑みを浮かべたまりさが口の中の大根を吐き出し、帽子からも種々の野菜を放り出す。二匹は番になったばかりだ
った。冬籠もりも初体験である。越冬の難しさも知らない若いゆっくりたちは、ゆっくりしたいという気持ちだけで初めてのち
びちゃんを作った。巣穴の中にばらまかれた野菜を見てれいむが感嘆の声を上げる。それから、思いつく限りの言葉で自慢の旦
那を……まりさを褒め称えた。
この群れの長は生後三年目を迎えたぱちゅりー。群れを構成するゆっくりたちは七種のゆっくりたち。れいむ種、まりさ種、
ありす種、ぱちゅりー種、ちぇん種、みょん種、さなえ種。一芸に秀でた特技を持つようなゆっくりはいないが、その圧倒的と
も言える増え続ける個体数と、乱獲から逃げ延びることができる程度の反骨精神を持つゆっくりたちの群れは、そんじょそこら
の群れとは比較にならないほど質が高いと言える。群れの拠点も村の動きが一望できる小高い丘の上に造られていた。
この丘よりも高い山としては、拠点から東方に聳える尾根尼山しかない。
昔、山の頂上には尼が住んでいたらしいが、それは尼ではなく尼の姿をした男性だったという伝承が伝えられている。特徴的
な険しい尾根と尼の伝承が合わさり、現在の名前になったようだ。
「むきゅきゅ……。 にんげんさんたちからおやさいさんをわけてもらえば、ぱちゅたちのゆっくりぷれいすは、あんったいっ!よっ」
「ゆふふ……。 そうですね! さなえもあんしんしてふゆさんをこすことができそうですっ」
「もちろん、じぶんたちでもごはんさんをあつめないとだめよ? にんげんさんのおやさいさんも、いつかはなくなってしまう
から……むきゅ……むきょきょ……むーきゃっきゃっきゃっきゃっ!!!!」
ぱちゅりーは、このまま畑荒らしを続ければいずれ村人の食料が尽きるであろうことを知っていた。ぱちゅりーは決めていた
のである。双葉村の食料が全て尽きるまで、野菜を“分けてもらう”ことを。それによって村人たちは食料が無くなって餓死し
てしまうことも、何もかも知っていたのだ。
「むきゅきゅきゅ……。 ぱちゅたちが、ゆっくりできれば……それで、いいのよ……っ」
高笑いを続けるぱちゅりーの元に、双葉村を監視していた見張り役のみょんが飛び込んできた。
「おさっ! たいへんだみょんっ! にんげんさんたちが、むらからいなくなってしまったみょんっ!!」
「むきゅ……? いったい、どういうことなのかしら……?」
すぐに群れから数匹のゆっくりたちが視察に派遣された。万が一に備えて、まりさ、ちぇん、みょんと比較的身体能力に優れ
たゆっくりたちで構成されている。もぬけの空となってしまった双葉村を見回して、三匹のゆっくりは餡子脳を振り絞ってこれ
が何を意味するのかを考えていた。不意にちぇんが口を開く。
「わかるよー……。 にんげんさんたちは、ちぇんたちがこわくてにげてしまったんだねー……。 ちぇんたちはにんげんさん
たちにかったんだよー……っ」
確かに人の姿は見えない。普段は絶対に近づかないようにしている木造の家の中にもあんよを踏み入れた。ついでに食料を奪
っていこうとするまりさ。しかし、探せども、探せども、食料が見当たらない。
「どういうことなのぜ? にんげんさんがいなくなるのはべつにかまわないけど、ごはんさんがなくなるのはこまるんだぜ……?」
「ほかのおうちもさがしてみるみょん! きをつけてそろーりそろーりすすむみょんよっ!!」
「ゆっくりりかいしたのぜっ!」
「わかるよー!!」
みょんの号令に呼応してまりさとちぇんが動き出す。双葉村は不気味なほどに静まり返っていた。時折、遠くの山から鹿の鳴
き声が聞こえてくる。山を彩る紅葉もそろそろその衣を脱ごうとしているようだ。山からの冷たい尾根尼下ろしが身を切り裂く
かの如く三匹に吹き付ける。
「わからないよー……。 なんだかとっても、へんなかんじなんだねー……」
「これはいくらなんでもおかしいのぜ……? にんげんさんも、ごはんさんも、みんな、いなくなってるなんてあんまりなんだぜ」
まりさが小屋の中からもそもそと這い出てくる。三匹はしばらく「ゆんゆん」と唸った後、顔を見合わせた。
「とりあえず、おさにほうっこくっ!するみょんっ!」
二匹を統括していたみょんの一声で一斉に丘へと跳ね出す偵察ゆっくりたち。その様子は拠点の見張り台に陣取っていたぱち
ゅりーとさなえにも映っていた。先の報告を受けたぱちゅりーも見張り台から双葉村を見下ろしていたのである。
「さなえはどうおもうかしら?」
ぱちゅりーが極めて冷静な口調でさなえに尋ねた。さなえも冷ややかな目つきで眼下の村を見下ろしている。
「……にんげんさんは、かんたんにおうちをすてて、ほかのばしょにすんだりはしないはずです。 さなえには、にんげんさん
たちがなにかをたくらんでいるようにみえます」
「むきゅ。 ぱちゅも、そうおもうわ。 ……でも、ぱちゅたちもにんげんさんたちも、えっとうがたいへんなのはおなじはず
よね……? こんなたいへんなときに、ごはんさんもあつめないでいったいなにをしているのかしら……?」
そのとき、さなえが東に目を向けてポツリと呟いた。
「おさ……。 むこうのおやまさんは……、あんなにきがすくなかったでしょうか?」
「むきゅ?」
ぱちゅりーが尾根尼山に目を向ける。それから目を丸くしてぽかんと口を開いた。木が少ないなどと言うものではない。ほと
んどなくなってしまっている。草木に覆われていたはずの山は地山がむき出しになっており、黄褐色の平坦面が尾根沿いに無数
に造られていた。それだけではない。尾根尼山の頂上付近には麓の村と同じような木製の小屋が建てられており、その周辺に人
間の姿が見える。
そこへみょん率いる偵察ゆっくりたちが戻ってきた。ぱちゅりーが三匹に尾根尼山を見るよう促す。まりさも、ちぇんも、み
ょんも。その場に立ち尽くして呆然としていた。
「あれは……いったい、なんなのぜ……?」
「わからないけど……ひとつだけ、わかるよー……。 にんげんさんたちはみんな……あのおやまさんのうえに、いるんだねー……」
「わけがわからないみょん……。 にげるなら、もっととおくににげればいいんだみょん」
みょんの言葉にぱちゅりーが異を唱える。
「みょん。 それはちがうわ。 にんげんさんたちは、ごはんさんをぱちゅたちにたべられないように、たかいおやまさんのう
えにおひっこししたのよ……」
「どういうことだみょん?」
「はたけにおやさいさんがないわ。 ……おうちのなかにごはんさんは、のこっていなかったんじゃないかしら?」
「そ、そうなのぜっ!!!」
「それじゃあ……」
見張り台の五匹が一斉に尾根尼山に目を向けた。山頂付近でちらちらと動く村人たち。人間たちと一緒に、人間たちの蓄えも
あの山の上にあるに違いない。
「おさ……。 どうしましょうか。 にんげんさんのごはんさんがなければ、さなえたちはふゆをこせませんよっ?」
さなえの一言にようやく事の重大さに気づいたのか、三匹のゆっくりたちが慌てふためき始める。ぱちゅりーだけは不敵な笑
みを浮かべていた。ぱちゅりーは、尾根尼山を眺めながら囁くように呟く。
「……ごはんさんをひとりじめする、げすなにんげんさんたちを……せいっさいっ!してあげましょう……」
「そういうとおもっていたみょんっ! ごはんさんをまもるためとはいえ、みょんたちからにげたよわむしなにんげんさんたち
なんかに、みょんたちがまけるわけないみょん!!」
武闘派のみょんの言葉に勢いづいたのか、まりさも、ちぇんも、さなえも「えいえい、ゆー!」、「ゆっ、ゆっ、おー!」と
掛け声を掛け合った。ぱちゅりーが颯爽と指示を飛ばす。ゆっくりたちによる双葉城総攻撃は明朝。総攻撃に参加するゆっくり
は成体ゆっくりのみで編制されることになった。ぱちゅりーは、「子ゆっくりの中でも“我こそは”と思う者は名乗りを上げよ!」
と言うような内容の演説をし、血気盛んな子ゆっくりたちも複数参戦することとなった。
本陣は、今は主なき双葉村に敷いた。目の前には尾根尼山が聳えている。この山の上に食料があるのだ。双葉村の最も開けた
場所にぞろぞろと集まる無数のゆっくりたち。赤ゆとその母親ゆっくりは群れの拠点に隠れている。そのうちの一匹は見張り台
に待機し、尾根尼山の様子を側面から窺うこととなった。この見張り役のゆっくりと本陣に控える群れで最もあんよの速いちぇ
んが伝令役として両陣営を結ぶ。
朝靄の中、山頂の主郭にいた村人たちが、ゆっくりたちの本陣を見下ろす。村の男衆たちはごくりと生唾を飲み込んだ。女子
供は念のため、背後に築かれた北東の曲輪群に隠れている。村人たちの主な武器は農具だが、ゆっくり相手には十分すぎる破壊
力を誇るだろう。
やがて、尾根尼山の更に東に聳える山の向こう側から陽が昇り始めた。ゆっくりたちにとってはそれが合図だったのだろう。
一斉に動き出す。村人たちの鋤や鍬を握りしめる手にも力が入った。
双葉村軍総勢三十五名。ぱちゅりー率いるゆっくり群四百五十匹。今まさに目前に迫る冬を越すための食料をかけて、前代未
聞の人間とゆっくりによる合戦が幕を開けた。
二、
「ゆっ! ゆっ! ゆっ! ゆっ!」
尾根尼山の裾部に沿って回り込むゆっくり群。統一された美しい動きとは言えないものの、そこに蠢く全てのゆっくりたちが
尾根尼山の山頂へ向けていかにして攻撃を仕掛けるか考えているのだろう。やがて、最も勾配が緩やかになっている尾根の先端
部にたどり着いた。先陣を切っていた数匹のゆっくりたちが互いの顔を見合わせて頷き合う。そこから一気に尾根を駆け上がっ
ていく無数のゆっくりたち。
「本当に尾根筋さ上がって来ただよ……っ!」
第一の堀切と曲輪に陣取る四人の男たちが、駆け上がってくるゆっくりたちを睨みつける。決して速い行群であるとは言い難
いが大挙して押し寄せるゆっくりの群れは流石に迫力があるようだ。
「お、おら……なんか怖くなってきただよ……っ! い、戦なんかやったことねぇべよ!」
「臆病風に吹かれる腰抜けがぁっ! 気合い入れねぇか! 相手はゆっくりだがや! その鍬で叩っ切ってやればいいべや!!!」
ゆっくり群の先頭はやはりあんよの速さに定評のあるまりさ種とちぇん種。その後ろにみょん種が多く控えており、あとは団
子状態に近い。
「ゆっ! にんげんさんがいるのぜっ!」
「わかるよーっ! みんなでやっつけるんだねー!!」
だが。人間に迎撃される前にゆっくりたちの前に堀切が立ちはだかる。堀切の目前で急停止する先頭のまりさとちぇん。堀切
と曲輪の距離。堀切の深さは村人が持っている武器……すなわち鋤や鍬などと言った農具よりも少し短い程度の長さだ。これが
本当の合戦であれば、槍などの長さと言った武器の変化に合わせて堀切の規模や形態が変わるのである。
「みんなっ! ゆっくりとまびゅげべっ?!!」
先陣を切っていたまりさの脳天に鍬が垂直に叩き込まれた。兜など持たず帽子しか被っていないまりさの頭頂部は何の抵抗も
なく鈍い刃を受け入れて、まりさの顔を寸断してしまう。まりさは突然の出来事に口をぱくぱくと動かすだけだ。
「な、なんなのっ?! きゅうにとまらないでねっ! まりさっ! どいてねっ! どいてねっ! れいむ、おされてるよっ!!
ゆ、ゆわわわわ……っ!!」
前の状況が確認できない後続のゆっくりたちが雪崩れ込んでくる。後ろからどんどん押されたせいか、堀切を前にして立ち止
まった先頭のゆっくりたちにぶつかって、それらが堀切の底に落ちていく。
「どぼじでごんな゛ごどずる゛の゛ぉぉぉ!!!」
堀切の底に落とされたゆっくりたちが上を向いて叫び声を上げた。悪態を突くのも束の間、底でもぞもぞと蠢くゆっくりたち
に農具が垂直に撃ち込まれる。村人たちの攻撃方法が切るから叩き潰すに変わった。狭い堀切の中では思うように動くことがで
きず、また、真上からの攻撃によりほとんど何の抵抗もできず、ぐちゃぐちゃに潰れた饅頭の残骸が量産されていく。
「よくも、さなえたちのなかまをぉぉぉっ!!! ぜったいに、ゆるさなえぇぇぇ!!!」
累々と築かれるゆっくりの残骸が堀切の一部を少しずつ埋めていった。何匹かのゆっくりがそこを足掛かりにして曲輪へと侵
入してくる。防御側はこうなってしまっては劣勢に回ってしまう。曲輪内を跳ね回って攻撃を仕掛けてくるゆっくりたちに気を
取られて、堀切の向こう側から侵入してくるゆっくりたちにまで攻撃の手が回らないのだ。しかも多勢に無勢。
「ゆ゛っぎゃあ゛あ゛あ゛っ!!!! でいぶのがわ゛い゛い゛おがお゛があ゛あ゛!!!!」
村人たちも慌て始めているのか農具を滅茶苦茶に振り回し始める。その一つがれいむの顔面を掠めて顔の表面の一部が刮ぎ落
とされてしまったようだ。悶え続けるれいむは曲輪の上をごろごろとのたうち回り、東側斜面へと転がっていた。
「ゆ゛べべべべべべべっ!! ……っ!! おそらをとんでるみ……ゆんや゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!!」
顔面を連続で地面に打ち付けながら斜面を転がり落ちるれいむを最後に迎えたのは切岸の役目を果たしていた断崖絶壁。空中
に投げ出されたれいむは叫び声を上げながら山の下へと転落し、地面に叩きつけられて絶命した。同じように曲輪の端っこに追
い詰められたさなえが泣きながら命乞いをしている。
「ゆわ……ゆひぃ、ま、まってくださいっ! さなえはしんじていますっ! にんげんさんはきっとさなえをたすけてくれるは
ずで……ゆ゛ぼぉ゛っ!??」
村の男のつま先がさなえの顔面に激しくめり込み、れいむ同様宙に投げ出される。幸か不幸かさなえは激しく山の斜面に叩き
つけられて勢いよく転がりながらも、巨大な岩に叩きつけられてその動きを止めた。しかし、その凄まじい衝撃はさなえの柔ら
かな皮を大破させてその中身を盛大に爆散させてしまった。薄れゆく意識の中、未だに曲輪の上で戦い続ける同胞を見つめなが
らさなえが呟く。
「もっと……しんじて……いたかった……」
しかし、仲間の為に戦い死んでいったゆっくりたちの活躍でついに、尾根沿いに築かれた曲輪の一つが制圧された。こうなっ
ては数で勝るゆっくりたちが圧倒的に有利になる。村人たちは我先にと曲輪を放棄して主郭部へと撤退を始めた。それに対して
追撃をかけようとしたゆっくりたちが再びあんよを止める。
「ど……どぼじでぇ゛ぇ゛ぇ゛!!???」
ゆっくりたちの行群が再び堀切によって遮られる。しかも、目の前にはまた農具を構えた村人たちが立ちはだかっている。
「ゆ……ゆ、ぐぅ……っ!!!」
この曲輪を制圧するのにどれほどの仲間が永遠にゆっくりしてしまったか。それを思えばなかなかあんよを踏み出すことので
きるゆっくりはいない。両者の睨み合いが始まる。近づけば農具の餌食になることを先の戦いで理解したのか、距離を置いてい
るようだ。膠着状態が続く。
「ゆ……あぁぁぁっ!! ち……っ、ちんぽおぉおおぉぉぉおおおおおっ!!!!!」
ゆっくり群に置いての剛のゆっくりであるみょんが突如として咆哮を上げた。自分を。仲間を奮い立たせようとしたのであろ
う。後続のゆっくりたちの瞳に強い意志が宿り、歯を食いしばってあんよの震えを抑える。みょんが自ら堀切を飛び越えようと
勢いよく跳躍する。
「どの゛がだの゛っ゛??!!!」
が、鍬の先端で叩き落とされ呆気なく撃沈されてしまった。堀切の底で痙攣を起こしていたみょんの最期を見て、ゆっくりた
ちが「みょんの仇!!!」と一斉に堀切を飛び越えようと大跳躍を披露する。その中の何匹かのゆっくりはみょん同様堀切の底
に叩き伏せられた。だが、全てのゆっくりが堀切の底に落とされたわけではない。この曲輪も少しずつ制圧されようとしていた。
「ひ、ひぃぃぃぃぃっ!! なんだべ、なんだべぇぇぇっ!!! こいつら、う、うわああぁぁぁぁ!!!」
何匹かのゆっくりが固まって村人の足を封じ、東側斜面へと押し出して落とそうとしている。村人は恐慌状態に陥っているの
か鍬を振り回すものの、取り付くゆっくりたちの数を減らすことができない。
「た、助けてくれーーー!!! おら、ゆっくりなんかに殺されたくねぇだっ!!!」
「ゆっくりしねっ!!!」
勝ち誇ったように叫ぶれいむがひょいと持ち上げられて、即座に地面に叩きつけられて破裂した。同様にして村人の足に絡ま
るように密着していたゆっくりたちが次々と引き剥がされて曲輪の地表面に叩きつけられる。膨大な量のゆっくりたちの中身が
曲輪を覆う。
「ありがてぇっ!! ありがてぇっ!!!」
どこの村にも、一人は豪傑がいるものだ。この男は、山で仕留めた猪を一人で担いで下りてきた正真正銘の剛の者である。一
瞬にして仲間の残骸を積み上げられたゆっくりたちのどんどん士気が下がっていく。歯を鳴らし、怯えた様子で後ずさり始めた。
「う……うわあぁぁぁぁ」
一匹のゆっくりはそのまま堀切に落下して激しく後頭部を打ち付けてそのまま死んだ。本能が死を予感させているのか、曲輪
から逃げ出そうとしていたゆっくりたちを剛の者が一匹ずつ髪を掴んで持ち上げていく。
「い゛だい゛よ゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!!」
「ありずのどがいばながみのげざんがあ゛ぁ゛ぁ゛!!!!」
「ぎに゛ゃあ゛あ゛あ゛っ!! ちぇんのじっぼがぢぎれちゃう゛んだね゛ぇぇぇ!!! わ゛がれ゛よ゛ぉぉぉぉ!!!!
わがっでねぇぇぇ!? わがっでぐだざい゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!!」
数匹のゆっくりを片手で持ち上げ、余ったもう片方の腕で鍬を振り回し、ゆっくりたちの顔を破壊していく。それはまさに戦
場において討ち取った敵兵の生首をぶら下げ、敵を薙ぎ倒し続ける一騎当千と呼ぶに相応しい姿だった。
しかし、何匹かのゆっくりたちの動きに変化が訪れる。先ほど陥落させた一つ目の曲輪の側面を迂回して主郭部へと向かうゆ
っくりたちが現れ始めたのだ。比較的傾斜の緩やかな西側斜面を狙って二手に分かれたゆっくりたちが行群を始める。東側斜面
は移動に適さない。あの剛の者がいる限り正面突破は難しいと判断したのか、別の侵入路を探し始めたようである。まだ、直接
戦闘に参加していないゆっくりの数はゆうに三百を超えていた。
「こっちからまわっていけば、まえにすすめるかもしれないんだねーーー!!!」
手引きしているのは群れの拠点の見張り台と本陣の連絡役を担っていた最速のちぇんだ。拠点側から合戦の様子を眺めていた
見張り台のゆっくりたちは、山の側面から攻撃を仕掛けたほうが戦い易いのではないかとの提案をしたのである。それを本陣の
ぱちゅりーに伝えると、すぐに指示が飛ばされた。
「ゆはっ、ゆはっ、ゆふっ、ゆふぁっ……!!!」
西側斜面を回り込んで跳ね続けるゆっくりたち。しかし予想以上に斜面を跳ねることは体力を消費しているようだ。中には上
手く跳ねることができずに転んでしまい、そのまま山の下まで転がり落ちるゆっくりもいた。時折、尾根筋から泣き叫ぶゆっく
りが降ってくる。曲輪の上での攻防はまだまだ続いているようだ。
「ゆゆっ! こっちにとかいはな、みちがあるわっ!!」
一匹のありすが畝状竪堀群の一条にあんよを止める。西側斜面を進んでいたゆっくりたちもたくさんの竪堀を発見したようだ。
あんよで二度、三度跳ねてみる。斜面を跳ね続けるよりよっぽど跳ね易い。
「ここからなら……うえでたたかってるみんなを……よこからたすけてあげられるよっ!!」
「いくのぜぇぇぇぇ!!!!!」
曲輪の上の仲間を助けるために一斉に跳ね出すゆっくり群。何の障害もなく山の斜面を登っていける事でゆっくり群は明らか
に調子に乗り始めていた。
「きせきです!! さなえたちのうごきに、おろかなにんげんさんは、だれもきづいていませんよっ!!!」
「いっきにすすむみょんっ!!!」
もちろん、村人たちが気付いていないわけがない。村人たちは待っていたのだ。少しでも多くのゆっくりたちが畝状竪堀群の
中に入ってくることを。一列になって駆け上がってくるゆっくりたち。あと少しで尾根の頂上までたどり着ける。どのゆっくり
もが自分たちの勝利を確信しかけたそのとき。
「ゆゆっ?!」
尾根筋の上に複数の村人たちが立ちはだかる。しかもその手には、恐らく尾根尼山を掘削した際に集めていたのであろう、大
量の岩や大きな石が持たれていた。誰からともなく、一斉にそれらを畝状竪堀群に向かって放り投げる。勝ち誇った表情が一瞬
絶望に染まった。転がってきた岩によって先頭を進んでいたゆっくりの頭が勢いよく弾け飛ぶ。それでも転がり続ける岩の勢い
は止まらない。後続のゆっくりたちを轢き潰しながら斜面を駆け抜けていく。
「ゆ゛っぎゃあああぁぁぁぁ!!! い゛だい゛よ゛ぉ゛ぉ゛!!!!」
「ゆ゛びゅぎゅっ?!!」
「どがい゛ばっ!!???」
「ごくぶどっ!??」
更に尾根の上から石つぶてが雨の如く撃ちこまれる。それらは一撃が致命傷にならない文、余計に性質が悪い攻撃だった。皮
を突き破り、目玉を抉り、顔の一部を弾けさせ、なお無数の弾丸がゆっくりたちの柔らかい皮を容赦なく崩していく。死を免れ
て辛くも尾根の際までたどり着いたゆっくりも、何もさせてもらえず踏み潰された。
石や岩はまだまだ斜面を転がり続けていた。不規則な動きをする砕かれた岩の先端に刺さったまま転がっていくありす。逃げ
ようとしたゆっくりに踏み潰されて圧死してしまった、「我こそは!」と名乗りを上げた子ゆっくり。
畝状竪堀群の半分は、ゆっくりたちの残骸で埋まってしまった。これには見張り台から戦局を見守っていた母親ゆっくりたち
も、本陣で西側斜面の攻防を見つめていたぱちゅりーも絶句せざるを得なかったようだ。三百匹前後もいた西側斜面のゆっくり
たちはほぼ全滅してしまった。尾根の上からも聞こえてくるのはゆっくりの泣き叫ぶ声と断末魔の悲鳴だけである。しばらくし
て、その声も聞こえなくなってしまった。
「む……むきゅきゅっ……!! てったいっ!するわよっ!!!」
「ゆっくりりかいしました!!!!」
本陣で待機していた十数匹のゆっくりたちが必死の形相で拠点である丘へと逃げていく。
「むきょおおぉっ!!???」
そこに現れたのは双葉村の男衆だ。ゆっくり群の総攻撃に乗じて尾根尼山の北西から回り込んで本陣を包囲していたのである。
「おめぇら……。 全員、ここで叩き殺してやるべよっ!!!!」
「「「どぼじでぞんな゛ごどいう゛の゛ぉぉぉぉぉぉぉ」」」
「ぱちゅはかくごをきめたわっ!!!」
長であるぱちゅりーが完全に四方を囲まれた生き残りのゆっくりたちから、一歩あんよを前に進めた。ぱちゅりー以外のゆっ
くりは既に全身を震わせて涙を流している。涙で滲んだ視界にぱちゅりーを捉えるのに必死だった。
「むきゅ。 ぱちゅたちのまけだわ。 でも、にんげんさん。 ぱちゅのなかまたちだけはたすけてちょうだい」
「おさっ!? なにをいっているんですかっ!? さなえは、おさをしんじてきましたっ! これからもずっとしんじていますっ!
だから、そんなことをいわないでくださいっ!!!!」
「いいのよ、さなえ……。 ぱちゅは、みんながぶじならそれでいいわ……」
「おさっ!!!」
「さぁ、にんげんさんっ! ぱちゅはせっぷくっ!するわっ! かいっしゃくっ!をしてちょうだいっ!!!」
「おめぇ、さっきから何を言ってるだか。 ゆっくりに腹はないべ。 そもそも、おめぇら、最初から生首だぁ」
「む゛ぎゅぶる゛っ゛!!!!」
ぱちゅりーの頭を鍬が捉えた瞬間、ぱちゅりーは中身を盛大にぶちまけて存在した痕跡の全てを消した。途端に震え上がって
言葉を失うゆっくりたち。もう、どのゆっくりもが悟っていた。今から自分たちは殺されるのだと。何と言おうと殺されるのだ
と。
「だずげでぇぇぇぇぇ!!!」
「じに゛だぐな゛い゛ぃぃぃぃ゛ぃ゛いぃぃ!!!!」
恐怖に心を支配され、もはや逃げ惑う気力すら失くし、泣き叫ぶだけのゆっくりたちを村の男衆は容赦なく叩き潰した。一匹、
一匹、積年の恨みを晴らすかの如く。眼前で潰されて死んでいく仲間を目の当りにしたゆっくりたちは、しーしーを漏らしたり、
発狂したりと反応は様々だった。だが、全てのゆっくりたちに等しく死が与えられたのだ。尾根二山の頂上から村人が麓に向か
って叫ぶ。
「どうだぁぁぁぁ?! そっちのゆっくりは、全部潰したっぺかあぁぁぁぁ!??」
「全部殺しただぁぁぁぁ!!! 山の上の方はどうなってるべぇぇぇぇ!??」
「おらたちの勝ちだべぇぇぇ!!! もう、ゆっくりは一匹もいねぇがよぉぉぉぉ!!!!!」
双葉村の男たちが咆哮を上げた。自分たちは勝ったのだ。ゆっくりとは言え、十倍もの数で村を襲い、畑を荒らし続けた害獣
を完膚なきまでに叩き伏せたのである。これで汗水流して作った作物を奪われる心配もない。
「ちび……ちゃ……」
「?」
「もっと……いっしょに、ゆっくり……した、かっ……――――」
一匹のれいむが事切れる瞬間に漏らした言葉。男衆はそう言い残してぴくりとも動かなくなったれいむを見下ろした。男の一
人が頭を掻きむしる。そして、誰からともなくこの害獣たちの死骸に両手を合わせた。
村人たちと同様、ゆっくりたちもこの乱世の世を生きるのに必死だったのだろう。それぞれが暮らしていた群れを壊滅させら
れ、路頭に迷い、ようやく見つけたゆっくりの群れ。大きくなり過ぎた群れは、食糧の供給が追い付かず双葉村に手を出したの
は間違いない。もし、このゆっくりたちが……、こんな世の中に生まれていなければ、あるいは……。
三、
「おめぇらの事情は分かっただよ。 でも、それとこれとは話が別だべ」
「どぼじでぞんな゛ごどい゛う゛の゛ぉぉぉぉ!!???」
「おきゃああしゃああああんっ!!! きょわいよぉぉぉぉ!!!!!」
「たしゅけちぇにぇっ! たしゅけちぇにぇっ!!!」
「ゆるちてくだちゃいぃぃぃ……。 しゃなえ、ゆっくちしちゃいでしゅうぅぅぅ」
丘の上に築かれたゆっくりたちの拠点。そこに潜んでいた赤ゆ、子ゆ、母親ゆっくりたちは村人によって一匹残らず捕えられ
た。そして、村外れに掘った大きな穴にそれらを全て放り込んだのである。
「おねがいしますぅぅ!!! とっても、ゆっくりしたいいこたちばっかりなんですぅぅぅぅ!!! せめて、ちびちゃんだけ
でもたすけてくださいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
穴の底から必死になって叫ぶ数匹の母親ゆっくりたち。赤ゆたちの反応は様々で、互いに身を寄せ合って震えているものもい
れば、放心状態で「ゆっくち、ゆっくち」と呟くだけのものもいた。
「おちびちゃんたちはうまれたばっかりで、なんにもわるいことしてないんだよぉぉぉ?!!」
ゆっくりたちの必死の訴えに村人は誰も答えない。数人の村人たちが手に持っていた松明を穴の中に一斉に放り込んだ。
「ゆゆっ!??」
炎の光が穴の底を照らす。どのゆっくりも上を見上げて泣き叫んでいた。既に火が燃え移って火だるまになっているゆっくり
もいる。
「ゆ゛ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!! あ゛づい゛よ゛お゛ぉ゛ぉ゛!!!!!!!」
「い゛ぢゃい゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!!! ゆ゛んぎぎぎぎぎぎぎ……っ、もっちょ……ゆっ、く……」
「い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!!」
「まりしゃは、ちにたくないのじぇぇぇぇ!!!! ゆびびびびびびびび」
小さな炎は繋がり輪になり、最後は大きな大きな炎となった。揺らめく紅の向こう側に炭化しているのであろう黒い物体が見
え隠れする。炎がゆっくりたちを完全に蹂躙し終えたのを確認して、村人たちはその穴を埋めた。
虹浦国、双葉村。ゆっくりの脅威に初めて晒され、初めて正面を切って戦った村。食糧難を乗り切った翌年、虹浦国は隣国と
の戦争に突入し、双葉村もその戦乱に巻き込まれた。その戦いの際、虹浦国は双葉村が築いた城を利用して隣国の者たちに挑ん
だのである。
山城は改築されてその姿を次々に変貌させていく。大規模な戦乱が続くうちに、この山城が最初に築かれた理由は人々の記憶
から薄れていくだろう。
双葉村と尾根尼山周辺には凄まじいゆっくりたちの死臭が漂っているようであり、それ以来この地にはゆっくりが一匹も住み
着かなくなってしまったという。
時は流れて現代。尾根尼山と双葉村はゆっくりの被害に悩まされる人間や、ゆっくり駆除を生業にする業者たちにとって、
「ゆっくり駆除」の願掛けを行う神聖な場所となったそうな。歴史とは、紐解いてみなければ、何が眠っているのかわからない
ものである。
La Fin
最終更新:2010年11月15日 18:49