少女とまりさ 後編
※少女とまりさ前編の続きです。
※注意、人間が酷い目にあいます。
※書いた奴の脳みそが残念なので、致命的な設定のミスがある可能性があります。
オレンジ色の淡い光が住宅街を溶かすかの様に包み込む。
西に傾きながらも、まだ衰えないその日差しを背に受けながら少女が歩みを進めている。
少女の足取りはぎこち無く、時折足を止めては乱れた呼吸を整えている。
それは、少女が抱えている大きな荷物のせいだった。
少女が朝に家を出た時に身につけていた鞄はこの場には無く、その代わりに薄汚れた大きなゴミ袋を背負うようにして運んでいた。
ズッシリと重量感のある黒い袋を乱暴に地面に降ろして肩で呼吸をする少女。
他人が見れば、その異様な光景に怪訝な表情を浮かべたであろう。
しかし、わざわざ遠回りしてまで選んだこの人通りの少ない道には、幸いにして少女以外の人影は何処にも見当たらなかった。
少女が自宅へと帰宅した頃にはすっかり日が落ちてしまっていた。
少女は薄暗い玄関の中を手探りで灯りのスイッチへと手を伸ばす。
その時、部屋の奥から「ぽいんぽいん」と床を弾む音がこちらへ近づいてくる事に気がついて少女は眉をひそめる。
玄関の扉が閉まる音で、少女が帰宅した事を察知したのだろう。
蛍光灯の灯りが玄関を照らすと、少女の目の前にはまりさの姿があった。
「ゆっくりしていってねっ!」
臆面も無く、満面の笑みを浮かべながら少女の周囲を軽快に飛び跳ねるまりさを一瞥して、少女は目を細める。
昨日のあの出来事までは、可愛らしいとまで感じていたニヤニヤとした薄ら笑いが、今日は少女の神経を激しく逆撫でた。
少女は、まりさに対してこれといった反応をする事も無く、再び重いゴミ袋を背負うと無言で薄暗い廊下を進んで行った。
「ゆっく!・・・ゆゆんっ!?」
少女に無視されたまりさは、驚きの表情を浮かべながらも、横を通り過ぎて行った少女の後を追う。
まりさの方へは振り向かずに、後ろ手で「ぴしゃり」とリビングの引き戸を閉める少女の背中が、一瞬だけまりさの視界に入った。
「ゆっ!ゆっ!ゆっくりあけるよ!とびらさん!ゆっくりひらいてねっ!」
昨日までは、まりさがリビングへと自由に出入りができる様に、まりさの体の幅の分だけ常に開かれていた引き戸は今日は固く閉ざされている。
まりさは自分の体を擦り付けるようにして、何とか引き戸をこじ開けてリビングの中へと入り込んだ。
先にリビングの中へと入っていた少女は、運び込んだ黒いゴミ袋を乱雑にソファーの脇に投げ捨てると、
備え付けの小さな冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出して、それを一気に胃の中に流し込む。
そんな少女の様子を見て、まりさが目を輝かせながら少女の足元へと擦り寄った。
「ゆっ!まりさもごーく!ごーく!するよっ!ゆっくりちょうだいねっ!」
「・・・・・」
少女は足元で屈託のない笑みを浮かべるまりさの問いかけを再び無視すると、ペットボトルを冷蔵庫に放り込んで少々乱暴に扉を閉めた。
その音にまりさは驚いて「ゆっ?」と小さな声を漏らしながら、ビクリと体を震わせる。
まるで、まりさなど始めから存在しないかの様に振る舞う少女は、そのまままりさの元を離れて部屋中のカーテンを次々と閉めていく。
そして、リビングに設置してあるテレビやコンポの電源を入れると、そのボリュームを最大にまであげていった。
「ゆっ!うるさいよっ!まりさをゆっくりさせてねっ!」
まりさはおさげで耳を塞ぐような仕草をしながら、少女に向かって大声をあげる。
何故少女は、まりさの話を聞いてくれずに無視するのだろうか?
その理由を今日のお昼頃までは、まりさも「ゆっくりと理解」していた。
それは、毎晩こっそりと少女に対してゆっくりの生殖行為である「すっきり」を行っていた事がバレたからである。
森のゆっくりの群れを飛び出して、人間が住む「まち」へと降りてきたまりさにとって、
虫や草等を主食にして、木の根元に穴を掘って細々と暮らすなどという昔の生活には、もはや戻る事はできなかった。
人間の食べる味の濃い食料を口にしてしまったまりさは、その虜になってしまったのだ。
それに、何時またまりさをあの「息のできない箱」に閉じ込めた「恐ろしい人間」がまりさの前に現れるかわからない。
だから、まりさは少女をお嫁さんにして、この家に住み着こうと画策したのだった。
しかし、その企みは見事に失敗して、まりさは窮地に立たされた。
なので、まりさは別の方法を考える事にした。
少女が家を留守にしていた間に、家をくまなく物色してその計画の足がかりを発見し、
作戦を練っている内に、まりさの記憶の中で「少女を怒らせた理由」がバッサリと抜け落ちてしまっていたのだった。
「おねえさんっ!ゆっくりとまりさのお話をきいてねっ!あのねっ!あのねっ!・・・ゆっ?」
まりさが視線を上げると、既にリビングに少女の姿は無かった。
再び、引き戸をしっかりと閉じて足早に階段を登っていく少女。
まりさは眉毛をハの字に折り曲げて、困った様な表情で少女の後を追って床を跳ねる。
「ゆっ!まってねっ!ゆっくりまってねっ!まりさのお話をきいてねっ!」
まりさは階段のへりに齧りつきながら、尻を振ってその上体を持ち上げるという動作を繰り返して、一段一段、器用に階段を登って行く。
汗だくになりながらも、何とか二階へと登り切ると、そこも一階と同じく、耳を覆いたくなる様な騒音に包まれていた。
「ゆっくり」する事を信条としているゆっくりにとって、この騒音は生理的に我慢ならない。
まりさは、すぐにでもこの騒音を止めて貰おうと、キョロキョロと忙しない動きで辺りを見回す。
その時、自室から出てこちらへと向かってくる少女を見つけてまりさは叫び声をあげた。
「おねえざんっ!まりさはねっ!もうぜんぜん怒ってないよっ!だからゆっくりしてねっ!」
少女の行く手を遮るように立ちはだかると、飛び跳ねながら声を張り上げるまりさであったが、
それでも少女は、まりさに対して何の反応も見せずに、まりさをまたいで通り過ぎて行く。
いつまでもまりさの存在を無視し続ける少女の行為に対して、まりさのこめかみに薄っすらと餡子の筋が浮かんだ。
「ばな゛じをぎげぇぇぇ!!」
甲高い声で奇声を発するまりさ。
ぷるぷるとその身を怒りで震わせながら、歯をギリギリと鳴らして全身を使って歯がゆさをアピールする。
「・・・何?」
「ゆ゛っ!!」
ふいに帰っていた少女の返事に、まりさは「びくり」とその体を震わせる。
俯いて絶叫していたまりさが目を開いて上を見上げると、そこにはまりさを見下ろす少女の姿があった。
少女の視線は冷ややかで、その雰囲気は昨日までとはまるで違ってまりさを蔑んだものだった。
そんな少女の態度に臆する事無く、まりさが大声をあげる。
「どぼじでばりざを無視するのっ!許してあげるっていってるでしょっ!」
少女の口は噤んだままだったが、口の中でギリッと歯の軋む音が鳴る。
内に秘めた怒りを表へと出す事無く、少女がまりさに素っ気無く切り返す。
「許すって・・・何を?」
「なにって・・・まりさに「いたいいたい」をしたでしょっ?ゆっくり思い出してねっ!」
先程も述べたように、まりさの中で自分に非がある部分だけがバッサリと抜け落ちていた。
今まりさの中にある記憶は、少女がまりさを床に叩きつけたという部分だけである。
自らに落ち度がある記憶を何時までも持ち続けていれば、「ゆっくり」する事ができない。
ゆっくりの存在は、自然のヒエラルキーの中で圧倒的に下位に位置づけされている。
それが今日まで絶滅せずに生き残れてこれたのは、驚異的な繁殖能力によるものが大きい。
その身体能力の低さ故に、番や子供を失う事は日常茶飯事だった。
何時までも番や子供の死に悲観していては、その生存競争の波にすぐに飲み込まれてしまうだろう。
なので、ゆっくり達はその悲しみを「断ち切る」術を覚えた。
ゆっくりの平均寿命は驚くほどに短い。精神的に成長して悲しみを克服する時間など無かった。
悲しい事、煩わしい事はすぐに「忘れて」目先の「ゆっくり」に没頭する個体だけがその命の鎖を脈々と繋げていった。
しばしば、窮地に立たされるとすぐに番を見捨てるゆっくりや、
「子供などまた産めばいい」と開き直るゆっくりを見かけるのは、ゆっくり特有の都合のいい脳内補完の習性が原因でなのである。
まりさは空気を吸い込んで「ぷくっ!」と頬を膨らませると少女を睨みつける。
精一杯の威嚇の表情で、少女に対する怒りをアピールするまりさだったが、
少女はそんなまりさに臆すること無く、先程までと変わらない冷たい視線をまりさに浴びせ続けている。
「ゆっ!まだいたの?ばかな人間さんっ!」
その時、少女が向かおうとしていた兄の部屋の引き戸の僅かな隙間から、
不貞不貞しい笑みを浮かべたれいむの顔面がズルリと姿を現した。
「ゆゆっ!なに見てるのっ!かわいくてごめんねっ!」
れいむの外見は昨日とは少し違っていた。その頭からは青々とした茎が生えている。
茎には、小さなまりさとれいむが三匹ずつ、目を閉じてすやすやと眠っているかの様な穏やかな表情を浮かべている
まりさはれいむの存在に気がつくと、驚きの表情を浮かべて溜め込んでいた空気を「ぶひゅるる」と吐き出してれいむの側へと向かった。
「ゆ゛っ!れいむっ!まりさが「いいよっ」って言うまで出てきちゃだめでしょっ!」
「ゆっ?うるさいよっ!れいむにはかわいいおちびちゃんがいるんだよっ!ゆっくりいたわってねっ!」
れいむの態度は昨日よりも輪をかけて不貞不貞しい
ニヤニヤと癇に障るその表情は、まるでこちらを挑発している様にも感じられる。
そんなれいむの悪びれない態度に、少し困った様な表情を浮かべたまりさだったが、
クルリと少女の方へ振り向くと、眉毛をキリッ!とさせて再び大声を張り上げる。
「ゆゆっ!ゆっくりきいてねっ!おねえさんっ!」
そういうとまりさは自分の帽子の中をおさげでごそごそと探り、一枚の紙片を取り出した。
それは昨日、少女が兄の部屋で見つけた日記に挟まっていた写真だった。
「この部屋はゆっくりできない」等と言っておきながら、少女が不在の間に兄の部屋に勝手に入り込んで持ち出した様だ。
「おねえさんっ!このゆっくりプレイスはね・・・っ!じつはまりさのものなんだよっ!」
写真を少女に見えるように床に置くと、芝居がかった動きで辺りを見回すまりさは、得意気にその理由を語り始めた。
まりさは元々、このゆっくりプレイスに「飼いゆっくり」として住んでいた。
この写真に写っているのが、このプレイスの元々の持ち主達で、この二人の人間は「じゅみょう」で死んでしまったのだ。
持ち主不在となったのであれば、ここは少女よりも先にこのプレイスに住んでいたまりさの物という事になる。
今までは、少女の自由にこのゆっくりプレイスを使わせてやっていたが、まりさに盾つくのであれば出て行ってもらうしかない。
それを証明するのがこの写真である。それがまりさの言い分だった。
「ゆっくり理解してねっ!この「しゃしん」さんが「ゆるぎないしょうこ」だよっ!」
「そうだよっ!後からここに来た人間さんはゆっくりでていってねっ!」
「どうだ!」と言わんばかりの表情で、眉毛をキリッとさせながらふんぞり返るまりさ。
その後ろでれいむが舌を出しながら少女を挑発して、薄ら笑いを浮かべる。
「まりさはねっ!本当はおねえさんをお嫁さんにしてあげようと思ったんだよっ!」
「ゆ゛っ!?なにいってるの!?「およめさん」はれいむでしょぉぉぉ!?」
まりさの意外な一言に、れいむが舌を出したまま驚きの表情を浮かべる。
そんなれいむを気にかける事無く、まりさはふるふると身を震わせながら、少女を睨みつけた。
お姉さんがまりさの番になれば、今まで通りこのゆっくりプレイスで暮らせる事ができたのだ。
そんなまりさの心遣いをお姉さんは踏みにじった。今更後悔してももう遅い。
「それなのに、おねえさんはまりさにひどいことをして、それからむししたよねっ!絶対にゆるさないよっ!ぷんぷんっ!」
まりさは昨日少女に行った行為を謝罪するどころか、開き直ってこの家を奪い取ろうと画策している様だ。
家から追い出されない為に、毎晩少女に対してこっそりと行ったゆっくりの生殖行為である「すっきり」を
恩義せがましくも、少女が家から出て行かなくても良い様に行った行為、善行だと主張しはじめたのだった。
それを聞いた少女の頬が時折引きつる様に波打っている。
粗だらけのどうしようもない嘘だ。
「では何故、そんな飼いゆっくりが水槽の中で溺れていたのか?」と問いただせばそれで終わりである。
ふいに目の前で世迷い言をのたまう饅頭を踏みつぶしたい衝動にかられた少女だったが、
一度目を閉じて、大きく深呼吸をして心を落ち着かせると、まりさに問いかける。
「まりさ、じゃあまりさが寿命で死んだらこの「ゆっくりぷれいす」は誰のものになるの?」
少女の問い掛けにまりさが「待ってました」とばかりに口を尖らせる。
「ゆゆっ!だめだよっ!まりさが永遠にゆっくりしたら、その後はこのおちびちゃん達がこのゆっくりプレイスを「そうぞく」するんだよっ!」
れいむの頭の上で揺れる赤ゆっくり達の生った茎をおさげで指差しながら、
あてが外れて動揺している筈の少女の表情を伺おうと仕切りに顔を覗き込んでくる。
「じゃあまりさ、持ち主が死んだらその「ゆっくりぷれいす」は子供の物になるっていう事?」
「ゆっ!そうだよっ!だからここにおねえさんの居場所はないんだよっ!わかるっ?ゆっくり理解してねっ!」
今更後悔してももう遅い。
そう簡単にお姉さんを許すわけにはいかない。
だが、お姉さんはこのゆっくりプレイスの何処に食料があるのかを知っているし「りょうり」も上手い。
お姉さんがまりさの気が済むまで謝罪すると言うのならば、召使いとしてこの家に置いてやるのもいいだろう。
いや、お姉さんとの「すっきり」はとてもゆっくりできた。「あいじん」として飼ってやるのも悪くない。
昨日までの可愛らしい面影は微塵も無い薄汚い笑みを浮かべるまりさが、
勝ち誇った顔でふんぞり返りながら、少女の謝罪の言葉を今か今かと待つ。
しかし、当然少女の口から出た言葉は謝罪の言葉では無かった。
少女は膝を折り曲げてその場に屈むと、床に置かれた写真に映った笑顔を浮かべる母を指差して静かに答えた。
「私はね・・・この人の「おちびちゃん」なの」
「ん゛ゆ゛っ!?」
少女の言葉にまりさの勝ち誇った表情が見る見る歪む。
「持ち主が死んだらその「ゆっくりぷれいす」は子供の物になるんでしょ?」
「ゆ゛っ!!・・・ゆ゛う゛う゛っ!?」
少女の告白に信じられないと言ったような表情を浮かべて、口をパクパクとさせて取り乱すまりさ。
たった今、まりさ自身が述べた理屈では、この家は少女の物という事になってしまう。
何とか反論しようと、必死に餡子脳をフル回転させて考えを巡らせるまりさであったが、出てくる言葉は単語の形を成さない。
「う゛っ!うぞだぁぁぁ!嘘だよぉぉ!ゆっくりうそつきだよぉぉぉ!」
「何故そう思うの?」
「ゆっ!それはっ!ゆゆゆっ!とにかくうそだよっ!「しょうこ」も無いのに変な事いわないでねっ!まりさ本当におこるよっ!」
まりさは自分の怒りを全身で表現しようと、限界まで空気を体内に取り込むと先程よりも更に大きく体を膨らませる。
目に涙を一杯溜め込み、醜く歪んだふくれっ面を維持して必死に少女を威嚇する。
こちらは「しゃしん」という揺ぎ無い証拠を用意して説明しているのだ。
だと言うのに、お姉さんはただ口で写真に映った人間の子供だと主張しているだけである。
そんな物が通るか、通るわけがない、嘘つきだ!お姉さんは嘘をついているのだ!このゆっくりプレイスはまりさの物だと言うのに!
逆上したまりさにとって、もはや嘘で継ぎ接ぎされた虚構が真実になってしまっていた。
まりさのゆっくりプレイスを奪おうとする悪の少女に対して、それを許さんとする正義のまりさの図式が脳内で出来上がってしまっている。
「証拠ならあるよ」
「ぶひゅるるるるるぅ!?」
少女の素っ気ない返事に、思わずまりさの体内に溜め込んだ空気が一気に抜けた。
少女は「とたとた」とまりさの方へ歩みを進めると、
まりさの隣でヘラヘラと薄ら笑いを浮かべているれいむの体を襟首をつかむように、皮を握りしめて掴み上げる。
その突然の行為に、れいむがクワッ!と歯茎をむき出して少女を威嚇した。
「なにじでるの!?れいむは偉いんだよっ!おちびちゃんがいるんだよっ!ゆっくりしたにおろしてねっ!」
少女に向かって唾を飛ばしながら妄言を垂れ流す饅頭を、少女は無造作に階段に向かって放り投げた。
「ゆっ!まるでおそらをとん・・・ゆ゛ん゛っ!」
突如宙を舞ったれいむは、その浮遊感に目をパァァ!と輝かせて一瞬の「ゆっくり」を満喫したが、
すぐに階段の角に頭を打ちつけて、醜い苦悶の表情を浮かべた。
「い゛っ!・・・い゛ぎっ!?・・・ひべっ!・・・ほだらっ!?」
そして、固い階段に何度も全身を叩きつけられながら、大きな音を立てて一階へと転がり落ちていった。
少女の突然の行動に驚いたまりさが金切り声をあげて叫ぶ。
「なっ!!なにじでっ!なにじでええええええ!?」
狂ったように奇声をあげるまりさだったが、
次の瞬間、まりさの頭上に重たいものがのしかかってきて、床に体を押さえつけられる。
「ゆ゛ん゛や゛!!」
それは少女の足だった。少女によって踏みつけられたまりさは、全身を平たく変形させて小さく呻き声を漏らしている。
苦しそうに「じたじた」と体を動かすが、少女の足の重圧からは逃れられずに「ゆひゅーゆひゅー」と苦しそうに息をする。
少女の大きく見開かれた濁った両目がまりさを覗き込む。
「こうやって母さんを突き落としたんだろ?」
「ゆ゛ん゛や゛ぁぁぁぁぁ!!」
少女の口から飛び出した言葉にまりさは思わず絶叫する。
まりさが無理やり「無かった事」にした記憶がムクムクと音を立てて蘇った。
何故だ?何故知っている?
そうだ、まりさはこのゆっくりプレイスの前の持ち主の「飼いゆっくり」では無かった。
そして、前の持ち主達は「じゅみょう」で死んだのでは無い。
本当はこの家を人間達から奪い取ろうとして、弱そうな人間をあの尖った坂(階段)へと突き落としたのだ。
そして「恐ろしい人間」にこのゆっくりプレイスを奪われたのでは無い。
弱そうな人間を尖った坂に突き落とした所を見ていたもう一人に「せいさい」されたのだった。
それがあの「恐ろしい人間」だったのだ。
逆だった。人間にゆっくりプレイスを奪われたのでは無い。まりさがこのゆっくりプレイスを奪おうとしたのだ。
何故だ。何故この人間はまりさも忘れていたような事を知っているのだ?
やはり本当に前に住んでいた人間達の「おちびちゃん」だからか?
もし本当ならこのゆっくりプレイスを奪われてしまう。
いやだ。ここはまりさのゆっくりプレイスなのだ。認めたくない。認めるわけには行かない。
認めたら「ゆっくり」できなくなってしまう。
◆
−10数年前の同じ場所−
「ゆっ!ゆっ!ゆっくりすすむよっ!かわいくてごめんねっ!ぷんぷんっ!」
まりさはこの状況に苛立っていた。
群れを離れて山を降りてきたまりさが、やっとの思いで見つけたこのゆっくりプレイスを、
後から来た人間が我が物顔でのさばっている現状が我慢ならなかった。
番のありすにその憤りを訴えても「召使いと思えばいい」等と呑気な事を言う。
人間がこんなにすぐ傍に居ると言うのに「ゆっくり」できるありすは、ゆっくりできない奴だ。
この出来事から、日に日にありすとの会話は減っていた。
「さっきから呼んでるでしょっ!はやくごはんにしてねっ!まりさおこるよっ!」
何時ものように、登りづらい尖った坂を何とか登りきったまりさは、ベランダで洗濯物を干している人間に怒鳴り声をあげる。
まりさの存在に気がついた人間はまりさの方へと振り返ると、くすくすと小さな笑い声をあげた。
「まりさちゃん、ご飯ならさっき食べたでしょ?おばあちゃん見たいな事言わないでね」
「あれっぽちじゃ全然足りないよっ!ばかにしないでねっ!」
頬を膨らませて人間の足にぐりぐりと自らの体を押し付けるまりさ。
まりさにとっては、威嚇を超えた攻撃の域にまで入った行動であったが、人間にとってはゆっくりがじゃれついている様にしか感じていない。
「あらあら、今はお洗濯してるから後で遊びましょうね」
「ゆぎぃぃぃっ!」
(ゆっ?あんなの”召使い”だと思えばいいわ・・・ゆっくりしてね、まりさ)
ありすの言葉を思い出したまりさが、苛立たしそうに何度も飛び跳ねて地団駄を踏む。
何が「召使いだ」まりさの言うことなどちっとも聞きやしない。
「せいさいするよっ!」
まりさはそう叫ぶと、息を大きく吸い込んで地面を蹴り、人間の腹部の辺りに体当たりをした。
その衝撃に人間は小さな呻き声をあげると、膝をついてその場にしゃがみ込む。
両手を床について、苦しそうに深い呼吸を繰り返す人間を見て、まりさがほくそ笑んだ。
まりさの一撃で、もはや立つこともできないらしい。
いい機会だ。そろそろ自分の「たちば」という物をわからせてやろう。
「いたかったっ?まりさは怒ってるんだよっ?ゆっくりはんせいしてねっ!」
まりさが勝ち誇った表情で人間にそう吐き捨てた次の瞬間だった。
「・・・ゆ゛っ?」
まりさの目の前が突然真っ白になって、視界がグルグルと回転していく。
突然体が動かなくなり、為す術も無く流れて行く景色を呆然と眺めるまりさ。
何が起こったのかわからない。まりさは吸い込まれる様にベランダから廊下へと転がり落ちて行った。
そして、冷たく固い床に全身が叩きつけられる。
信じられない程に重く感じる自らの体が、ひしゃげるように押し拡がる。
「いだいぃぃぃいだいよおおおおっ!!」
重くなった体がようやく元に戻り、何とか起き上がったまりさだったが、目の前はキラキラ輝いて地面が揺れる。
立っていられない。そして右の頬にじんじんと熱い痛みが走る。
まりさは「ゆっ?ゆっ?」と力の無い声を漏らしながら、何とか今の現状を理解しようと辺りを見回す。
まりさの視界には、まりさを睨みつける人間の姿が映った。
今のは、あの人間がやったのだろうか?まりさが何を言ってもヘラヘラして言い返してこないあの人間がやったのだろうか?
まりさは認めたくなかったが、じんじんと悲鳴をあげる頬の痛みがそれを許さない。
「前にも言ったでしょ?ここには私の「おちびちゃん」がいるの」
腹部をかばう様にして立ち上がった人間の語調は何時になく荒い。
そんな人間の様子と頬の痛みで、まりさはようやく自分の「立場」を理解した。
キュッと全身を硬直させてその身を一回り程縮めたまりさが、目に涙を浮かべながら弱々しい声で人間に語りかける。
「ごっ・・・ごべんなざいっ、ばでぃざははんせいじばじだっ」
「ううん、許さないわ。聞きなさい、まりさちゃん」
人間はまりさの言葉を遮って話を続ける。
約束、覚えている?私の赤ちゃんが生まれるまではここに居てもいいけど、早く元居た場所に戻りなさい。
人間の居る所にゆっくりの住む場所なんて無いの。
ここの暮らしに慣れすぎてしまって、森に帰れなくなったゆっくりはいずれ人間に連れて行かれて殺されてしまうよ。
街では人間と一緒に暮らす為に教育されたゆっくり以外は、人間は見向きもしないの。
野生のゆっくりだった貴方達を飼ってくれる人なんて何処にも居ないわ。
私も子どもが生まれたら、貴方達の面倒を見る事なんてできなくなる。そんな資格も無いしね。
人間の手を借りないで、二人で暮らすって言っても「ゆっくりプレイス」なんて何処を探しても無いの。
何故なら、この街全体が遠い昔から人間の「ゆっくりプレイス」なんだから。
だから、早く貴方達の本当のゆっくりプレイスに帰ってね。そこで好きなだけ「ゆっくり」しなさい。
「帰り道が怖いのなら、あの子に付き添って貰えばいいわ」
そう言うと、人間の表情は先程までの優しいものに戻っていた。
しかし、そんな人間の言葉はまりさの頭の中には入っていなかった。
何故、まりさのゆっくりプレイスで人間が偉そうにしている?
それ以外の思考はまりさの中で麻痺していた。
どんな情報もまりさの頭の中を素通りして外へ出て行ってしまった。
先程の頬の痛みも、これ以上の被害を受けることが無いと理解した途端忘却していた。
それほど、新たに手に入れたこのゆっくりプレイスの魅力は大きかったのだ。
この街全体が人間のゆっくりプレイスという事ならば、このプレイスに侵入したのはまりさという事になる。
しかし、自分が被害者ではなく、加害者と認識していてもそれを認める事ができなかった。
人間はカラになった洗濯籠を持ち上げると、腹部に気を使いながら慎重にベランダから廊下へと静かに降りる。
そしてまりさの方へ振り返るとにこりと優しい笑みを浮かべた。
「じゃあ、ご飯はまだ駄目だけど、おやつにしましょうね」
そう言うと踵を返して「とたとた」と廊下を進んで行った。
何故人間が、まりさのご飯を食べる時間を勝手に決めるのだ?
まりさは食べたいときに食べて、眠りたい時に寝る。それが「ゆっくり」だと言うのに。
ここはまりさのゆっくりプレイスなのに。まりさは何も悪いことしていないのに。
人間さえ居なければここはまりさのゆっくりプレイスになるのに・・・人間なんてゆっくりしないで即座に居なくなればいいのに・・・
「ゆっくりしねっ!!」
まりさはそう叫んで人間の背中に向かって懇親の力を込めて体当たりした。
「あっ・・・!」
人間は小さく漏らすとまりさからどんどん遠ざかっていく。
人間の倒れた先には床は無かった。
◆
「い゛だい゛!!い゛だい゛よ゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!」
「ゆ゛ゆ゛っ!?」
家中に響き渡るれいむの沈痛な叫び声でまりさは我に返った。
少女の踏みつける力が先程よりも少し緩んでいる事に気がついたまりさは、
素早く体を捻らせて少女の足の重圧から逃れると、悶え苦しむれいむの居る一階ヘと向かって階段を駆け下りて行った。
「でいぶぅぅぅ!ゆっぐりじでねっ!ゆっぐりだよぉぉっ!」
「ん゛ぎい゛い゛い゛い゛っ!!」
ギュッと目を閉じて醜く歯茎を剥きだしながら歯を食いしばって何とかその激痛に耐えるれいむと、
その頭に生えた六匹の赤ゆっくりに必死に声をかけるまりさ。
まりさは、れいむが階段から突き落とされる光景を見て、過去の出来事を思い出した。
(ここには私の「おちびちゃん」がいるの)
あの人間の大きくなった腹部を思い浮かべてまりさは、苛立たしそうに舌打ちした。
お姉さんが言った通り、お姉さんがあの人間のおちびちゃんという事はどうやら事実である。
もはや「わじゅつ」でお姉さんをこのゆっくりプレイスから追い出すことはできないだろう。
ならば今は、仲間の数が重要なのだ。言葉で駄目ならば、あの時の様に暴力でこのゆっくりプレイスを手に入れるしかない。
特に自分の餡子を色濃く受け継いでいるであろう優秀なまりさ種だけでも無事で無くてはならない。
まりさは赤ゆっくりの安否を確かめようと、れいむの頭のある方へ跳ねて回り込む。
「ゆ゛っ!な゛に゛ごれ゛っ!?」
しかし、れいむの頭から生えた茎は不自然な方向へと折れ曲がり、
赤ゆっくり達は先程までの穏やかな表情から一転して、目を大きく見開き、大口を開けて時折苦しそうに呻き声をあげている。
茎が折れかかってれいむからの餡子の供給が滞っているのだ。
水中で突然、酸素ボンベを奪われた様なものである。
このまま放置しておけば赤ゆっくり達は生まれる事無く、その生涯を終える事になるかもしれない。
「おぢびちゃん!ゆっぐり!ゆっぐりじでぇぇえ!べーろっ!べーろっ!」
苦悶の表情を浮かべて小刻みに痙攣する赤ゆっくり達をまりさはぺろぺろと舐め回す。
気の合った仲間同士、お互いを舐めあう事で「ゆっくり」を感じ合う行為であるそれは、今の赤ゆっくり達にとっては何の効果も無い。
それ所か赤ゆっくりと茎との結合部を破損させてしまう恐れすらあった。
この状況をどうする事もできないまりさは、涙をボロボロとこぼしながら鳴き声をあげた。
ぎしり、ぎしり
そんな中、静かで重い足音がこちらへと向かってくる事に気がつくと、
まりさはピタリと泣くことを止めて、咄嗟に音が聞こえる階段の方を見上げる。
そこに居た”モノ”を見てまりさは醜く歯茎をむき出して「ゆ゛っ!」と野太い声を響かせた。
恐ろしい人間。
そこには、まりさを何度も何度も殴りつけて、群れの仲間を焼き殺した「恐ろしい人間」の姿があった。
それが静かに階段を一歩一歩降りてまりさとの距離を少しずつ縮めている。
「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!ごっ!ごっぢごないでねぇぇぇ!!」
「ゆべぇ!?」
まりさはれいむを突き飛ばすと、少しでも恐ろしい人間から距離を取ろうと逃げる様に飛び跳ねた。
しかし、錯乱状態で周りの見えていないまりさは、目の前の下駄箱に全身を叩きつけてべちゃりと床に倒れこむ。
背後から聞こえて来る足跡に向かってまりさは必死に声を張り上げる。
「あっちへいっでねっ!ゆっくりどこかへいってねっ!」
何とか起き上がったまりさは、下駄箱に自分の体を押し付けてふるふるとその身を震わせる。
ダラダラと全身からこぼれ落ちる汗が床に水たまりを作った。
殴られる。ゆっくりできなくなる。
またあの息のできない箱に入れられる。いやだ。あそこはゆっくりできない。あそこだけはいやだ。
「助けてあげるよ」
「ゆ゛っ!?」
まりさは、その声で目の前に居たのはあの恐ろしい人間で無い事に気がつく。
そこには、まりさを助けてくれて、美味しいものを食べさせてくれた優しい少女の姿があった。
何故少女の姿があの恐ろしい人間に見えていたのか、まりさにはわからなかった。
ゆっくりには、現在の心理状態によって目に見える物を脚色して見たり、感じたりする習性があるという。
自分の体から出た餡子を臭いと感じたり、死んだ仲間の飾りに酷い恐怖心を覚えたり、
絶対に勝てる筈の無い外敵が、弱々しく見えたりするのもその習性の特性であり。
その習性が少女を「恐ろしい人間」である少女の兄に見せたのかもしれない。
目の前に居るのが恐ろしい人間では無く、少女だった事にまりさの餡子脳は更なる変調をきたした。
まりさは何を思ったか、少女の足にすがり付くようにして全身を擦りつけると、れいむの救助を懇願し始めたのだった。
「おねぇざぁぁん!だずげてねっ!はやぐでいぶをだずげであげでねぇぇっ!」
れいむがこうなったのは少女の仕業だという事も忘れてしまったのだろうか?
まりさは、渡りに船とばかりに少女にすがり付く。
「恐ろしい人間」には何を言っても無駄だが、少女にならばまりさの願いは通じるかもしれない。
まりさの浅はかな打算がそこにはあった。
少女はまとわりついて来るまりさに露骨に嫌悪の表情を浮かべながらも、淡々と語りかける。
「れいむか赤ちゃん、どちらかなら助けてあげられるよ」
「どぼじで!?」
「体はひとつしかないから」
もはや少女には、ゆっくりにもわかるように説明する気などさらさら無かった。
わからなければ、わからなくても一向に構わない。そんな態度だった。
説明の意味がまるで理解できないまりさであったが、少女の様子に半ば諦める様に踵を返すと
れいむとその頭に生った赤ゆっくり達を交互に見る。
助かるのはどちらか片方だけ・・・どちらを助けるかまりさが選ばなければならない。
「おぢびはどうなっでもいいがらっ!れいむをずぐにだずげでねっ!」
今にも折れてしまいそうな茎に気を使う事も無く、丘に打ち上げられた魚の様に、
自らの体をぶるんぶるんと揺さぶりながら、涙をまき散らしてれいむが叫んだ。
もう少しで生まれ落ちようとしている生命に一切の母性を感じる事無く、
れいむは我が子である赤ゆっくり達を切り捨てる事をまりさに懇願しだした。
「なにじでるのっ!ばやぐでい・・・ぷぎっ!?」
そんなれいむの奇声がピタリと止まった。
れいむの右目に少女の足の指が深々と突き刺さったからである。
突然の少女の行為に、れいむは残された片方の目を丸く見開きながらポカンと口を半開きにして放心している。
「私はまりさに聞いてるの」
低く落ち着いた声でそう言うと、少女はれいむの右目から足を無造作に引き抜く。
それと同時に、ひしゃげた窪みになってしまった右目からドロリと餡子の糸を引きながら眼球が床へとこぼれ落ちた。
少女はそのまま餡子で汚れた足の先をれいむの頬に擦りつけて拭い取る。
れいむは頬に足を押し付けられるという屈辱的な行為に対して何ら反論の意思を示す事も無く、
床を転がる変わり果てた自分の右目を見て声にならない声を力無くあげている。
「まりさ、早く選んでね。別に両方死んじゃっても私は構わないけど」
完全に戦意を喪失して抜け殻の様になってしまったれいむの頭の上に腰を降ろして、少女が微笑む。
少女の行動に身を震わせてじりじりと後ずさりしていたまりさだったが、少女に声をかけられてビクリと驚いた表情を浮かべる。
そして、少女の下でえぐえぐと嗚咽を繰り返すれいむを暫し凝視していたが、こう切り出した。
「ばっ・・・ばやぐっ!おぢびちゃんをだずげでねっ!れいむなんかもういらないよっ!」
「な゛っ!!な゛に゛い゛っで!!・・・・・・い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛・・・」
まりさの心ない言葉に対して、れいむが怒りの声を張り上げた瞬間、少女の手によってれいむの頭髪がごっそりと引き抜かれた。
その激痛にれいむは再び口をつぐんで小さなうめき声を漏らしながら、無言でボロボロと涙をこぼす。
先程までの不貞不貞しい薄ら笑いの面影は微塵も無く、力無くすすり泣く事しかできない。
人間を舐めきって生きてきた結果がこれである。まさにごらんの有様であった。
「どぼじでぇぇ・・・どぼじでがわいいれいむがごんな目にぃぃぃ・・・」
「おねえざん!ばやぐじでねっ!れいむなんかどうでもいいからねっ!はやぐおちびちゃんをゆっくりさせてねっ!」
まりさはれいむの事など、もはや微塵も気に留めては居なかった。
飼いゆっくりの「きんばっち」だから番になっただけの事で、傷物になってしまっては何の価値も無い。
れいむなど、可愛い赤ゆっくり達の「土台」とでも言わんばかりの態度でれいむを無視するまりさ。
そんなまりさの腐りきった態度を横目で見ながら、
少女は神妙な面持ちでれいむの頭から生える茎に手を添えるとそれをジッと見つめている。
しかし次の瞬間、無造作に茎を握り締めるとポキリとれいむの頭から茎をむしり取る。
「失敗した」
「な゛っ!・・・な゛な゛な゛な゛!!な゛に゛じでる゛う゛う゛う゛ぅぅ!!」
少女の行動にまりさが激昂した。
赤ゆっくり達は茎が折れてしまった事により、母体からの餡子の供給が完全に遮断されてしまい、
ぐったりとうな垂れて舌を力無く「だらり」と垂れ流してる。
まりさは少女の手に握られている茎を凝視しながら、頭から煙が吹き出さんばかりに大声で喚き散らす。
少女はそんなまりさの怒りを受け流す様に、涼しい表情を浮かべながら、悪びれずにこう切り出した。
「まだ助けられるよ」
「ばやぐじろおおお!!」
少女はれいむの上から立ち上がって明後日の方向へ視線を泳がせるとこう呟いた。
「”まりさ”か”赤ちゃん”どちらかなら助けてあげられるよ」
「どぼじでそこでまりさの名前がでてくるのぉぉぉ!?」
その時、まりさは思い出した。
少女の母親を自分が殺して、それがバレてしまっていた事を。
むしろ、何で忘れていたのだろうか?
お姉さんは怒っているのだ。あの「恐ろしい人間」と同じ様に。
お姉さんははじめから、れいむもおちびも助ける気など無かったのだ。
危ない所だった。もう少し気がつくのが遅ければ、まりさもれいむと同じ様な目に会っていたかもしれない。
「まっ!まりさだけはたすけてねっ!・・・おちびはもういらないよっ!」
まりさが噛み付くような勢いで少女の足にしがみついたその瞬間だった。
まりさの目の前が突然真っ白になって、視界がグルグルと回転していく。
突然体が動かなくなり、為す術も無く流れて行く景色を呆然と眺めるまりさ。
何が起こったのかわからない。まりさは吸い込まれる様に廊下から玄関へと転がり落ちる。
そして、冷たく固い石造りの床に全身が叩きつけられる。
信じられない程に重く感じる自らの体が、ひしゃげるように押し拡がる。
「いだいぃぃぃいだいよおおおおっ!!」
何とか起き上がったまりさだったが、目の前はキラキラと輝いてグラグラと地面が揺れる。
立っていられない。そして右の頬にじんじんと熱い痛みが走る。
まりさは「ゆっ?ゆっ?」と力の無い声を漏らしながら、何とか今の現状を理解しようと辺りを見回す。
まりさの視線の先には、まりさを睨みつける少女の姿。
まりさには、少女の姿が今度はまりさを殴ったあの弱い人間に見えていた。
「私はれいむに聞いているの」
少女の言葉にまりさの視界がぐにゃりと歪む。
れいむを見捨てたまりさにとっては、少女の言葉は死刑宣告も同じだった。
少女の言葉に暫し呆然としていたれいむだったが、すぐに状況を理解すると、
ニタリと汚い笑みを浮かべてまりさを睨みつける。
その視線にまりさは汗を垂れ流しつつも「にこり」と引きつった笑い顔を浮かべた。
「ゆっ!ゆゆんっ!れ、れいむゆっくりしていってねっ・・・!」
「うるさいよっ!お前みたいなゲスは人間さんにゆっくりと「せいさい」されてねっ!」
「ゆっくりしていってねっ!ゆっくりしていってねっ!」
まりさは眉毛をハの字に曲げて、少し困った様な表情を浮かべると体を左右に伸ばしながら愛想を振りまく。
「ゆゆーんっ!まってねっ!きいてねっ!ゆっくりきいて・・・ねっ!!」
媚びへつらった声でそう囁きながらも、まりさは地面を力強く蹴った。
この窮地と脱するには、あの時の様に人間を殺すしかない。
あの時みたいに人間をゆっくりできなくさせてやる。
そして、今はあの「恐ろしい人間」の姿はここには無い。
まりさは全身に力を込めて少女の背中に体当たりした。
「んっ・・・!」
まりさの体は少女の背中に突き刺さり、少女はその意外な重さの衝撃に小さく声を漏らす。
そして壁に強く体を打ち付けると、ずるずると床に倒れこむように座り込んでしまった。
「じねっ!ゆっぐりじねっ!」
まりさは投げ出された少女の足に食いつくと、一心不乱にその体を揺り動かす。
肉食獣の様にそのまま足を食い千切る・・・とまではいかなかったが、少女の足に食い込んだまりさの歯からうっすらと血が滲んだ。
「やっ・・・痛・・・っ!」
「はふぃふぁのふよさにふぉふぉれふぉののふぃふぃえふぇっ!!」
少女の足に食らいつきながら、まりさが勝ち誇ったような叫び声をあげる。
少女は、何とかまりさの髪の毛を鷲掴みにして引っ張ろうと力を込めるが、
それをさせまいと、まりさの噛み付く力が更に増して、その痛みに少女は手を離してしまう。
「いっ・・・!ま、まりさぁ・・・!」
その痛みに少女の瞳に涙が浮かんだ。
噛み付かれている足を両手で押さえ込んで固定して、首を狂ったように振り回すまりさの動きを何とか止める。
自分は何でこんな事をしているんだろうか?ふとそんな考えが脳裏を過ぎった。
しかし、そんな考えも少女の足に食らいつくまりさの憎らしい顔を見た途端に吹き飛んだ。
「ぷぎっ!?」
ドシン!と鈍い音がした途端、まりさが間の抜けた叫び声をあげた。
少女はまりさに食いつかれたその足を、懇親の力を込めて壁へと叩きつけたのだった。
少女の足と壁との圧迫によって、真平らにひしゃげたまりさがグルリと白目をむいた。
まりさの口が「パカリ」と開かれて釣られた魚の様に、少女の足にひっかかって「だらり」とぶら下がった。
少女はまりさの口から足を引き抜くと、まりさの頭を握りしめて立ち上がり、床へ向かって思い切り叩きつけた。
「い゛びゃいっ!!」
パン!と渇いた音が鳴り響いて、まりさの目玉が飛び出さんばかりに大きく見開かれる。
少女はそんなまりさに覆いかぶさる様にして両脚で挟み込んで固定すると、握った拳をまりさの顔面に向かって振り下ろした。
腕はまりさの顔面に深々と突き刺さったが、それと同時に少女のか弱い右手が悲鳴をあげる。
更に、ズキズキと脈を打つように痛むその右手をまりさから引き抜くと、大きく振り上げて、再び振り下ろす。
「何様のつもりだ!」
再びまりさの顔面に少女の右手が突き刺さる。
まりさの歯がポキポキと砕ける感触が右腕から伝わってくる。
まりさが低い呻き声を漏らしてぶるんっ!とその体を苦しそうに震わせた。
少女は何度も何度も、その右手の感覚が無くなるまでまりさの顔面に拳を振り下ろし続けた。
「や゛・・・べで・・・も゛っ・・・やべ・・・」
完全に戦意を喪失したまりさを少女が赤く腫らした目で見下ろしていた。
まりさは元の顔がどうであったかわからない程に顔面を腫れ上がらせて、少女に弱々しい声で何度も許しを請う。
少女は悲鳴をあげる自らの右手の痛みを無視してまりさの髪の毛を掴むと、それを引っ張り上げる。
「ん゛ぎゅっ!・・・ううぅぅぅぅ」
まりさの体が不自然に縦に伸び上がって、髪の毛がブチブチと音を立てて千切れ始める。
次の瞬間、まりさの髪の毛が根元からごっそりと抜けると、少女の手を離れてその後頭部を床に激しく打ち付ける。
少女の手によって、綺麗に洗われてキラキラと光沢を放つまりさの髪は、今は見る影も無くボサボサに乱れて右側頭部は醜く皮膚を露出させていた。
「ばっ・・・ばでぃざの・・・ぎれいな・・・がみのげざんがぁぁぁ・・・!」
まりさは頭上の少女の手から雨の様にパラパラと降り注ぐ自分の髪の毛を見て、パンパンに腫れ上がった顔から涙を垂れ流す。
そんなまりさの声を聞いた少女は小さく舌打ちすると、無言で矢継ぎ早にまりさの髪の毛を次々とむしり取る。
「やべっ!やべっ!・・・やべでぇぇぇぇぇ・・・」
まりさは何度も後頭部を床に打ちつけながら、悲痛な呻き声を漏らす。
そんなまりさの様子を見て少女の体に体を擦りつけながら、れいむがゲラゲラと汚い笑い声をあげた。
「人間さんっ!もっとまりさをいたみつけてねっ!まだまだれいむの気はおさまらないよっ!」
少女の傍らで勝ち誇った様な笑みを浮かべるれいむ。
少女は無言でゆっくりと立ち上がると、そんなれいむの脳天に懇親の力を込めて足を振り下ろした。
「ひゃぶる!?」
ズムッ!と鈍い音がしてれいむの脳天が陥没する。
少し間を置いて、れいむが「えれえれっ」と大量の餡子を口から垂れ流した。
少女はぴくぴくと無言で痙攣するれいむを足で廊下の隅に寄せると、まりさのおさげを掴んで廊下を歩いていく。
「ま゛っ・・・ま゛っで・・・ね」
何とか声を絞り出したれいむだったが、少女の歩みが止まる事は無く「ピシャリ」とリビングの引き戸が閉められた。
肌寒い玄関には青い顔で痙攣する赤ゆっくり達の生った茎と、如何ともし難い傷を負ったれいむだけが寂しく取り残された。
「ゆ゛っ・・・ぐり・・・じだ・・・げっが・・・が・・・ごれ・・・だよっ・・・!」
そう呟くとれいむは、支えを失ったかの様に「くしゃり」と平たくなって動かなくなった。
◆
まりさはおさげを少女に掴まれて、ゆらゆらとその身を揺らしている。
「だずげでね・・・がわいい・・・ばでぃさを・・・だずげてね・・・」
「・・・・・・」
少女は世迷い事を垂れ流す饅頭を、無言でテーブルに向かって投げつけた。
「ん゛びゃん!!」
情けない表情を浮かべていたまりさの顔面が、テーブルの角に突き刺さる。
体をテーブルにめり込ませたまま、ジタバタと苦しそうに体を動かしていたまりさがべしゃりと床に転がり落ちた。
まりさの頬はテーブルの角にぶつかった為にパックリと大きく裂けて、そこからダラダラと餡子が滴り落ちる。
それを見たまりさが、ギュッと目を閉じて歯を食いしばった。
「んぎっ!・・・い゛ぃぃっ!・・・ゆっぐりっ・・・!ゆっぐりぃぃぃ・・・っ!」
そんなまりさを他所に、少女はポケットの中からデジタルカメラを取り出してSDXCカードを外すと、
大音量でニュースを垂れ流しているテレビのスロットに挿入する。
「まりさ、一緒にテレビをみようね」
そう言うと、ソファーに座って掴み上げたまりさを膝の上に置いた。
まりさは全身を硬直させて歯を食いしばり、ギリギリと音を鳴らして微動だにしない。
少女はリモコンを手に取ると、先程挿入したカードに記録されている動画を再生する為の操作を行う。
「ゆ゛っ・・・!ゆ゛っ・・・!ゆ゛っ!ゆ゛っ!ゆ゛っ!」
突然、早いテンポで痙攣を始めたまりさを見下ろして少女は憎々しげに舌打ちする。
少女は体をのけぞらせて、ソファーの裏側にある小さな冷蔵庫を開けると、ペットポトルを取り出して蓋をあける。
そして中に入っているオレンジジュースを自分の服が濡れるのも気にせずに無造作にまりさの頭の上から浴びせた。
早々に生きることを諦めてゆっくりできる方へ逃避を始めたまりさを強引に現実へと引き戻す。
「ゆ゛っ!ゆ゛っ!ゆ゛っ!・・・・・・ゆっ?・・・ゆゆっ!ゆっくりし・・・」
「うるさい」
すぐに意識を回復させたまりさが、ゆっくり特有の挨拶をしようと伸び上がった瞬間、
少女はまりさの下膨れに爪を突き立てると、真上に向かって思いっきりひっかいた。
「ていっ・・・だぁぁぁい!!」
一時、記憶が飛んでこの場に似つかわしくない呑気な声をあげたまりさだったが、
少女の手によってすぐに現在の過酷な現状へと引き戻されてクワッ!と歯茎を醜く剥き出す。
そんな中、暫く青い画面を表示していたモニタだったが、一瞬ノイズが走ると画面には鬱蒼と木の生い茂る森が映し出された。
「ゆ゛っ・・・ゆぐっ・・・!」
まりさはこの光景に見覚えがあった。そこはまりさが元々住んでいた巣からすぐ側の場所だったからである。
その時、ぐるりと景色が回転してカメラを持っている少女の顔が大写しになった。
「ここがまりさのお友達が住んでいる新しいゆっくりプレイスの今の様子だよ」
画面の中の少女がまりさに向かって声をかけてくる。
まりさは画面に映る少女と、自分を膝の上に乗せている少女とを交互に見て「ゆっ?ゆっ?」と驚いた様な声を小刻みにあげている。
画面が再び激しく揺れて、少女の姿が見えなくなるとその代わりに森のゆっくり達の姿が映し出された。
「ゆ゛っ!?な゛に゛ごれ゛!?な゛に゛ごでぇぇぇ!?」
まりさが森のゆっくり達の姿を見て大声を張り上げた。
◆
少女は木の枝にデジタルカメラをぶら下げながら、小さな液晶モニタを覗き込んで、
きちんとこの光景が撮影できているのかを確認すると、ありすの元へと向かってゆっくりと足を進める。
少女の足元にはぐったりと力無く地面に横たわり、苦悶の表情を浮かべるありすの姿があった。
ありすだけでは無い。群れのゆっくり達全員が、ありすと同じ様に苦しそうに呻き声を漏らしながら地面に這いつくばっていた。
「ゆ゛っ!?ゆ゛っ!?うごげないよっ!ゆっぐりうごげないよっ!」
「ゆんぎっ!これ・・・毒はいっちぇるよぉぉぉ!!」
「どぼじで!どぼじで!だれかゆっくり「せつめい」してねっ!」
「わからないよーっ!わからないよーっ!」
再び森のゆっくりの群れに姿を現した少女は、まりさからの「贈り物」と称して群れのゆっくり達にお菓子を振舞った。
お菓子と言っても、ここへ来る途中にスーパーで買った安物の甘味料を水に解いただけのものであったが、
普段は草や虫などを主食にしている野生のゆっくり達にとってその甘味料は、今まで口にしたどんな食べ物よりも美味しく感じただろう。
群れのゆっくり達は、奪い合う様にしてその甘味料を貪った。その結果が今のこの状況であった。
甘味料の中には、大量の「下痢止め」が入っていた。
ゆっくりに対して市販されている人間用の下痢止めを投与すると、体内の餡子が硬化してしまうという作用がある。
少量ならば動く事が困難になり、多量に与えれば、固くなった餡子が内側の皮を傷つけて全身から汗を垂れ流して苦痛を訴える。
どういった仕組みで、下痢止めが餡子に作用するのかは少女にはわからなかった。
兄の残したゆっくりの虐待方法を記したファイルの記述通りに実行したまでの事である。
「実は私は「恐ろしい人間さん」の妹なの」
「「「ゆ゛ゆ゛っ!?」」」
「お兄ちゃんは皆を長い時間をかけて苦しめてきたけど、私はすぐに殺してあげる事にしたよ」
「「「ゆ゛っ!!!」」」
ゆっくり達はそんな少女の言葉に身を震わせながらも、時折チラチラと明後日の方向へ視線を逸らす。
ゆっくり達の視線の先には、携帯ガスコンロの上でもうもうと煙をあげている壺があった。
その壺は、長い間ゆっくり達がありすを虐待し、その傷を癒す為に使われていたオレンジジュースが入っていた壺である。
その中身は、先程少女の手によって捨てられていて、今は中に新しいオレンジジュースが沸騰してぐつぐつと音を立てている。
少女は足元で舌を出しながら「ぜひぜひ」と苦しそうに荒い呼吸を繰り返して体中から汗を垂れ流している野生のまりさを掴み上げると、
その帽子を奪いとって、目の前の煮えたぎる壺の中へと放り込んだ。
「ゆゆっ!まりさのすてきなお帽子さんがっ!」
壺の中へと落ちたまりさの帽子は一瞬にして、ぐにゃぐにゃにふやけると、溶け込む様に壺の底へと沈んでいった。
それを目の当たりにした野生のまりさが、大口をあけて涙を垂れ流しながら叫んだ。
「なにじでるのっ!がえじでっ!ばでぃざのお帽子さんをゆっぐりがえずんだぜぇぇ!」
「うるさいよ」
少女は腕の中で喚き散らしている野生のまりさを、熱せられた壺の側面へと押し付ける。
「ジュッ!」という小気味の良い音が辺りに鳴り響いて、まりさの頬から甘い香りのする煙が立ち上った。
「ん゛っ!!の゛ぜえ゛ぇぇぇぇ!?」
身動きができないまりさは、少女の行為に抵抗する事ができずに、
徐々に黒く焼け爛れて行く自らの姿を見て声にならない声をあげる。
「やべでっ!あづいっ!ゆっぐりあづいっ!やべでっ!やべでっ!」
「黙ったらやめてあげるよ」
「い゛っ!?い゛っ!?い゛っ!?」
全身を駆け巡る耐え難い激痛に、まりさは反射的にその体を跳ね上げようとするが、それは叶わない。
硬化した餡子のせいで、その動きは僅かにビクリと痙攣するだけであった。
まりさが叫び声をあげている内は、この責め苦が終わる事はない。
まりさは声を押し殺そうと必死に全身に力を入れるが、やはりどんなに我慢しても声が漏れてしまう。
まりさは歯を食いしばって、自分の口から無意識に漏れる声を無理やり押さえ込む。
そうしている間にもまりさの体はどんどん焦げ付いて、嫌な臭いを辺りに充満させた。
暫くして、ようやく焼けた壺の側面から開放されたまりさ。
おさげを少女によって掴まれて、ゆらゆらと宙でその身を揺らしている。
「あ゛じゅい゛っ・・・あ゛じゅいよ゛ぉぉぉ・・・ゆ゛っぐでぃざぜでぇぇぇ・・・」
先程までの威勢の良かった「だぜ」言葉はすっかり鳴りを潜めて、弱々しい没個性なゆっくりへと成り下がっていた。
まりさは、顔をぐしゃぐしゃに歪ませながら、ぽろぽろと大粒の涙を零している。
そんなまりさの下腹部が僅かに盛り上がると、そこから申し訳なさそうにしーしーが地面へとこぼれ落ちた。
「みっ・・・見ないでね・・・ばでぃざのしーしーみないでね・・・」
群れのゆっくり達に向かって、自分の醜態を見ないで欲しいと訴えるまりさ。
足に振りかかるその液体を見て眉間にシワをよせた少女が、まりさを煮えたぎったジュースの中にゴミを捨てる様に放り込んだ。
「ゆ゛い゛ぎっ!!」
体の半分程が液体に浸かったその瞬間、まりさの髪の毛が「ブワッ」と逆立つ。
その熱に歯茎を剥き出して、苦悶の表情を浮かべたまりさの顔がボコボコと泡立つ様に醜く変形した。
その激痛を言葉で表現する事はできずに、ズルリと無言で液体の中へと飲み込まれていった。
群れのゆっくり達は、その地獄の様な光景を声も出さずに固まったように見ている。
「まりさとありすには、全員こうなってもらうよ」
「「「「「い゛や゛だあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」」」」」
まりさの無残な最期を目の当たりにしたゆっくり達は、一斉に鳴き声とも怒鳴り声ともつかない声を張り上げた。
母を殺したまりさとその番だったありすと同じ顔をしているゆっくりには、無条件に死んでもらう。それが少女の考えだった。
少女は何とかしてこの場を離れようと、必死に「びたんびたん」と丘に打ち上げられた魚の様に、
その場で飛び跳ねるまりさ種とありす種を掴み上げると、それを次々に煮えたぎる壺の中へと放り込んで行く。
「いやだ!いやだ!やべで!ばでぃざをゆっぐりざぜでよおおお!」
「どぼじで!?どぼじで!?」
「ごんなのっ!どがいばじゃないばぁぁぁ!!」
「おでえざん!ゆっぐりじで!!ゆっぐりじでいっでっ!やべでっ!」
「ゆっぐりできない!ゆっぐりざぜで!!」
ゆっくりを飲み込む液体は、オレンジ色から徐々に黒く濁った小豆色へと変わっていく。
「やべでぇぇぇ!やべであげでぇぇぇ!まりさとありす達は痛がってるよぉぉぉ!」
残されたれいむ種、ぱちゅりー種、ちぇん種達がどうする事も出来ずに、悲痛な声をあげる。
そんな「お目こぼし」されたゆっくり達を見回して少女が僅かに笑みを浮かべた。
「それとれいむ、れいむは昨日お母さんが死んだことを「大したことじゃない」って言ったよね」
「「「ゆ゛っ!?」」」
群れのれいむ種達が一斉に歯茎を向いた。
「悪いけど、見分けがつかないから全員死んでもらうよ」
「「「ゆ゛げぇ!!う゛ぞでしょぉぉぉ!?」」」
「嘘じゃないよ」
理不尽なその提案にれいむ達が声を張り上げる。
しかし、”見分けがつかない”と言ったのは嘘であった。
少女の提案を聞いた途端、他のれいむ達よりも更に大量の汗を噴出させているれいむが2匹。
互いに顔を見合わせて、何やら言葉にならない奇声を発している。
恐らくこいつらが、一昨日森で出会った二匹のれいむ達で間違い無いだろう。
少女はそのれいむ達の傍に近寄ると、泣き叫ぶれいむ達を見渡してわざとらしく、こう話を切り出した。
「名乗り出てくれれば、他のれいむ達は助けてあげられるんだけど」
「「「・・・・!?・・・・!?」」」
それを聞いたれいむ達は怒声を鳴り響かせた。
さっさと名乗りでろ。死にたくない。お前だけ死ねばいいのに。早くしてね。早くしろ。
半ば錯乱状態のれいむ達、とても名乗りを挙げられる様な状況では無かった。
例え名乗りを挙げたとしても、そこで浴びせられるのは賞賛では無く、この上無い罵倒の嵐であろう。
人間ならば、そんな汚名を被ってでも名乗り出る者も居るに違いない。
しかし、「ゆっくり」する事を信条として、それが生きる目的であると言っても差し支えないゆっくりにとって、それは到底不可能だった。
決して自己犠牲の精神が無いという訳では無い。
捕食者から群れを守る為に自らの身を囮にするゆっくりは存在する。
それは、その行動によって自らが死んだ後も「ゆっくりしている」と賞賛されるからである。
自らの身を犠牲にしてでも「ゆっくり」という荒唐無稽な物を渇望するゆっくりは、それを実行する事もあるだろう。
しかし、「ゆっくりできない」事にわざわざ頭をつっこむゆっくりなど存在しない。皆無であると言っていい。
少女の足元に転がる二匹のれいむも顔を引きつらせて、歯をガチガチと震わせながら、ただただ沈黙を守り続けるだけだった。
そんな二匹のれいむを睨みつけながら、少女が声を上げる。
「残念だけど、名乗り出る気は無いみたいだね」
少女の最終通告を聞いて、足元のれいむ達がびくりと大きく震える。
れいむ達と少女の目が合う。れいむは声を出そうと体に力を入れるが、そこから漏れるのは荒い吐息だけであった。
そんなれいむに少女は冷ややかな視線を投げかけると、他のれいむ達を次々と壺の中に放り込んでいった。
「なにじでる!れいむは選ばれたゆっぐでぃ・・・あづい!」
「じね!れいむをゆっぐりざぜない人間はゆっぐりじでぇぇえ!」
「れいむ!ばやぐじろ!ばやぐ!はやぐででごいいいい!」
「ぶざけるな!ゆっぐりじね!れいむはゆっぐりじね!」
そして、壺の中のゆっくり。
彼女らは暫く熱湯の中で苦痛を味わってから死んでいる訳では無い。
恐らく、中に入っているゆっくり全員が苦痛に身を踊らせながらもまだ「生きている」のだ。
あまり大きくない壺の中でその形状を維持できない程にグズグズに体を溶解させながらも”ゆっくり”と生きている。
いや、生かされていた。その理由は言うまでもなくオレンジジュースの効果によるものである。
沸騰したオレンジジュースの熱によって苦痛を味わいながら肉体を崩壊させつつも、
オレンジジュース特有のゆっくりへの回復機能によって、その肉体は簡単に死ぬことができないでいた。
それでも熱による肉体の破壊の方が回復するスピードより若干早い為に徐々にその肉体を維持できなって行く。
髪やお飾りは瞬時に欠損し、その皮も徐々に崩壊していって中身の餡子がむき出しになる。
やがて、生命を維持するのに必要な少量の餡子と中枢餡を残して溶けてなくなる。
親から受け継いだ生きるために必要な記憶も無くなり、最後に残るのは原始的な本能だけとなる。
すなわちこの場合は「熱い」「痛い」という感情を抱えた餡子が最後に残ることになった。
それが、無数に混ざり合ってひとつの意思を形成する。
拙い表現になるが、「痛くて熱いと訴え続ける餡子」が完成するわけである。
それに触れた「皮を失って餡子が剥きだしのゆっくり」は、従来の熱に加えて、
他のゆっくり達から蓄積された苦痛までもフィードバックして感じる事になる。
つまり、後になれば、なるほど苦しみも増す事となった。
意図的に少女によって壺の中に入れられるのが後回しにされたれいむが二匹。
おさげを掴まれて、もうもうと煙をあげる壺の上でゆらゆらと揺れている。
少女はまだ「熱くて痛い餡子」になる前の死にかけのゆっくり達に聞こえるように話す。
「実はこの二匹が犯人だよ」
「「「あづっ!あばばっ!おばっ!おばえがああああ!!」」」
ボコボコと泡立つ皮膚に剥き出しになった眼球が幾つも浮かんできて、二匹のれいむを睨みつける。
つい先程まで、一緒に助けあって生きてきたプレイスの仲間とは思えないその形相にれいむが悲鳴をあげた。
「「こっちみないでねぇぇぇ」」
れいむがもみあげをブンブンと振り回しながら、鳴き声をあげる。
少女が左手に握ったれいむを煮えたぎる液体の中に放り投げる。
「んぎぃ!!んぎぎっ!あばばばっばっ!!」
嘔吐を我慢する肥満児の様な表情を浮かべて、熱湯の中でのた打ち回るれいむ。
そんなれいむをもう「まりさ」なのか「ありす」なのか「れいむ」なのか分からない溶けかかった黒い塊達が
わらわらと寄ってきて、無言で液体の底へと引きずり込んでいった。
「れいむぅぅぅ!れいむぅぅぅぅ!ゆっくり戻ってきてねぇぇぇ!」
少女の右手に握られたれいむが「もるんもるん」と少女の腕の中で体を揺り動かなしながら絶叫する。
そんなれいむのもみあげを掴んだまま、半分ほど液体に浸けてやると
「ぴきぃ!」とゆっくりとは思えない甲高い奇声をあげた。
「「「やめてあげてねっ!やめえあげてねええっ!」」」
恐ろしい光景を見て身を震わせつつも、残されたゆっくり達はひたすら少女に助けを求め続けた。
そんなゆっくり達を横目で見ながら、少女は沸騰した液体に浸かっているれいむを引きずり出す。
「ゆ゛っ!ゆぐっ!ゆ゛ぐり゛り゛っ!」
れいむの半分は皮が泡立つ様にボコボコになり、所々中身を露出させていた。
もう半分が先程までと同じゆっくりの原型を留めた状態である為にその悲壮さが際立つ。
少女は気の狂いそうな激痛に襲われて、狂った様にもみあげを振り回しながら白目を剥くれいむに語りかける。
「どう思う?」
ぱちゅりーは助ける。
れいむはこれから、苦しんで恨まれてゆっくりできなくて惨めに死んで行くけど
助かったぱちゅりー達は、れいむと違って優秀なゆっくりした子だから、きっとこの群れを立て直して立派にゆっくりしていくだろうね。
むしろ、れいむみたいな”能無し”が居なくなって内心喜んでいるかも知れない。
そんな事を少女はれいむに淡々と告げる。
「れいむに選ばせてあげるよ、ぱちゅりーはどうしたらいいと思う?」
れいむは、グズグズになった自らの半身が、音を立てて壺の中へとこぼれ落ちて行く様子を呆然と眺めていたが、
見開いた目を四方八方にグルグルと動かしながら消え入りそうな声で呟いた。
「ばっ・・・!ばばばっ!ばちゅりーもっ!ゆっぐりこのつぼさんにいれてねっ!!」
「むぎゅううう!?」
れいむの言葉にぱちゅりーは目を見開いて絶叫した。
この日まで群れの為に全てを捧げてきたこのぱちゅりーが、馬鹿なれいむのせいで巻き添えを被ることになった。
効率の良い餌の探し方、夏の暑さのしのぎ方、快適な巣の作り方、越冬の知識。
全てこのぱちゅりーのお陰でこの群れは快適な暮らしを行えて来たというのに。
ありえない。断じてあってならないことだ。冗談じゃない。ふざけるな。
「むぎゅううう!!むぎゅうううう!けふっ!けっふっ!」
「ぱちゅりーにも選ばせてあげるよ」
「むぎっ!?」
怒り狂った拍子に、大きく咳き込んでクリームを撒き散らすぱちゅりーに側にいつの間にか少女は居た。
その手には、もうれいむは握られていなかった。
少女はにこりと涼し気な笑みを浮かべるとぱちゅりーを優しく掴み上げて語りかける。
「ちぇんは・・・どうしたらいいと思う?」
「むぎぃぃぃ!?」
ぱちゅりは歯をギリギリと鳴らしながら、暫く唸っていたが
やがて押し黙って頬をひきつらせながらも、こう呟いた。
「ちぇんも壺さんの中にいれてちょうだいね」
「「「わがらっ!!!」」」
◆
こうして”まりさ”の番だった”ありす”以外の群れのゆっくり達は全員その命を落とした。
火を止めても未だにもうもうと湯気を噴出し続ける壺の中からは、
時折「あつい」「しね」と呪詛の様なか細い呻き声が漏れるだけで、辺りは先程とは打って変わって静寂に包まれている。
「どぼじでごんっ・・・・!!」
「どうしてこんな事するの?」と絶叫しようとしたありすだったが、
その叫びは少女の足がありすの口の中に突き刺さった為に最後まで発せられる事は無かった。
少女の靴はありすの歯を砕きながら、喉の奥まで突き刺さり、すぐに引き抜かれた。
「わかりきったこと言わないで」
「いじゃいぃぃ!いじぁぁい!!」
砕け散った歯の欠片をボロボロとまき散らしながら、ありすが悲鳴をあげる。
しかし、それでも少女に対しての戦意を喪失させる事無く、目を血走らせて少女を睨みつけると狂ったように喚きだした。
「ばでぃざがっ!ばでぃざが勝手にやっだのよっ!」
「あでぃすはなにもっ!なにもしてないのにっ!」
「ぞれなのにっ!群れのゆっくりをだぐざんごろじでっ!」
「そっちは「ひとつ」だけどこっちは「たくさん」じんだのよおおおお!!」
「ごのいながものっ!いながものっ!」
ありす達にとってみれば、あまりにも理不尽な少女の行いに、ありすが怒りを露にする。
だが、再び少女のつま先がありすの画面に突き刺さると、ありすはくぐもった声を漏らしたきり静かになった。
そんな中、少女はありすの目の前に一匹の芋虫を投げ込んだ。
「ゆ゛っ!いもむしさん!むーしゃ!むーしゃ!」
こんな状況であるのにも関わらず、ありすは目の前の芋虫に舌を伸ばすとそれを一気に口へと運び込んだ。
どうやら、相当お腹が減っているらしい。
開放されたとはいえ、長年の仲間からの虐待によってその体は未だに自由に動かせないでいた。
いや、永遠に昔の様に自由自在に動き回れる事は無いだろう。オレンジジュースを使っても回復しなかったのならばそういう事なのだ。
そして自らの体と動揺に、仲間との確執も修復できなかった様だ。
自由に身動きができずに狩りを行うことができないありすが空腹に苛まれていると言うことは
仲間が誰もありすを助けてくれなかったという事だ。
少女が何もしなくても、ありすは時間をかけて寂しく死んでいく運命だったのだ。
そんなありすの目の前に再び芋虫が投げ込まれる。
今度は一匹ではなく、数匹。
「その芋虫は今食べた芋虫の子供だよ、ありすを許さないって言ってるよ」
「ゆっ?何を行っているのかわからないわっ!そんなの関係・・・ゆゆっ!?」
ハッ!と何かに気がついた表情を浮かべてありすがキョトンとした顔で少女を見上げる。
何を言っているのかわからない。
そう、それが答えだった。
少女、いや、人間にとってはゆっくりの存在は目の前に転がる芋虫の様なものなのである。
ありすにとっては芋虫など、取るに足りない存在に過ぎない。
芋虫が何匹死のうと、ありすには何の関係も無かった。
そんな芋虫に自分の親や仲間を殺されたとしたら・・・それは許されない事だ。
人間がゆっくりをどう思っているかを理解したありすはガクガクとその身を震わせる。
「ありすは賢いね」
少女はそれが逆に許せなかった。
そこまで考えがまわるのならば、まりさを止めることも、家から立ち退くこともできた筈であろう。
聞くまでも無い、一時のゆっくりの為にわかっていてまりさを放置したのだ。そしてその恩恵に浸った
少女は木の脇に立てかけておいた筒状の器具を手に取る。
それはポリタンクに入った灯油をヒーターのタンクに移す時に使う「自動給油ポンプ」だった。
しかし、その形状は通常のそれとは若干異なっていた。
本来ならば、ヒーターのタンクの給油口に装着されるべきその管に、斜めにカットされた金属の筒が装着されている。
その槍の様な形状をした金属が装着された管をありすの脳天へと突き刺す。
「ゆんぎっ!!」
ありすは自分の体内へと突き刺さった異物の冷たい感触と激痛にその身を震わせた。
そして金属の筒の反対側、本来ならば灯油の入ったポリタンクに入れられる側の棒状の装置をまだ湯気をあげる煮えたぎった壺の中へと放り込む。
「なにずるのっ・・・!まっでっ!!まっでええええ!?あやばりばず!あやばりまずがらああああ!!」
賢いありすにはこれから何がはじまるか、ゆっくりと理解できた様だった。
オレンジジュースで煮詰めた大量のゆっくり達は、その形状を粉々に崩壊させながらも死ぬ事は無く、
原始的な「感情」を持ったまま互いに混ざり合ってひとつの「意思」を形成している。
その夥しいまでの「苦痛」抱え込んだ生きた意思である餡子を、生きているゆっくりに注入するとどうなるか?
兄の残したファイルにはこう記されている。
見た目の外傷は全く無いが、全身が焼けただれる苦痛を何時までも味わう事になる。
煮詰められたゆっくり達の記憶を何度も追体験する事になり、死にたくても体は無傷である以上、死ぬことは無い。
かと言って、発狂する事もできない。ゆっくりの体の制御を司る「中枢餡」はこの「熱くて痛い餡子」を無害な栄養分と認識するからである。
「やべでええええやべでえええええええ」
少女はポンプのスイッチを入れた。低い駆動音と共に壺の中の液体がありすの体内に侵入していく。
その瞬間、全身が強張った様に硬直し、歯は砕けんばかりにギリギリと鳴り響き、目はまぶたが破れる程に見開かれた。
煮詰められたゆっくり達の全身を駆け巡る熱さと、その苦悶の声をフィードバックしているのだろう。
しかもそれは一匹分ではない、数十匹分の苦痛である。
経験した事の無いその痛みに、ありすは叫び声を上げることも無く、全身を携帯のバイブの様に痙攣させている。
ありすの体は見る見る膨れ上がっていき、その下膨れは醜いまでに丸々と肥えている。
「ん゛え゛れ゛っ!お゛ろ゛ろ゛ろ゛ろ゛ろ゛お゛っ!!」
ボコン!とありすの中で音がして、ありすの頬が大きく膨らむ。
それを見た少女がありすの口にガムテープを貼りつけて蓋をした。
「ひゃぶっ!!ひひゃぶっ!」
許容量の限界を超えたオレンジ色の液体が、ありすの口から流れ出ようと押し寄せるが、それは叶わない。
頬をはち切れんばかりに膨らませてグルリと白目を剥くありす。
少量の液体が水鉄砲の様にありすの下まぶたの涙腺がら放出されるだけだった。
少女はそんなありすに黒いゴミ袋を被せた。
ゴミ袋は苦しそうにぶるんぶるんとその身を踊らせる。
そんなゴミ袋を少女が蹴り飛ばすと、中から小さくうめき声が聞こえてゴミ袋は動くことを諦めた。
画面に映し出されているゴミ袋。
それが今、まりさの目の前にあった。
少女が家に持ってきた黒いゴミ袋。その中にはまりさの元番であるありすが入っていたのだ。
少女が伸ばした足を乗せているその物言わぬ黒い袋から、少しでも距離を取ろうとまりさが体をよじった。
「ゆわっ・・・ゆわわっぁぁぁ!!」
少女の膝の上から転がり落ちて、尻で後ずさる様にしてリビングから出ようと、戸を目指して逃げるまりさ。
しかし、今までは何とかまりさの力でも開けることのできた廊下へと続く戸は、今はビクともしない。
少女がまりさを連れてこの部屋に入ったときに、戸をロックしていたのだ。
「だじゅげでええええ!だれがっ!だずげでっ!ばやぐがわいいばでぃざをだずげでねぇぇぇえ!!」
天を仰いで、精一杯の大声を張り上げて助けを求めるまりさ。
しかし、その声は家中で鳴り響く大音量の、テレビやラジオそしてコンポの音楽によってかき消され、外に漏れる事は無かった。
まりさにとってこの家は、まさに陸の孤島と化していた。
そんな様子のまりさを眺めながら、少女は足を乗せていたゴミ袋を蹴り飛ばす。
ゴロリと転がった袋の中から変わり果てたありすの姿が躍り出た。
全力疾走した心臓の鼓動の様に早いテンポで痙攣を繰り返し、真っ赤に充血した目をグルグルと回転させて何処を見ているかわからない。
少女はありすの口に貼られたガムテープを無造作に剥がすと、足を使って逆さまになっているありすを無理やり立たせる。
「ごろじでええええっ!あでぃずをごろじでぐだざいいいいい」
「昨日の約束通り、合わせてあげたよ」
「ゆ゛っ!!?」
「ありす、そこにいるのが「まりさ」だよ」
少女に促されて辺りを見回したありすは、
どうやっても開かない戸にカリカリと必死に自らの歯を突き立てるまりさの後ろ姿を見つけると、狂ったように奇声を張り上げて絶叫した。
「までぃざぁぁぁっ!おばえのっ!おばえのぜいだああああっ!」
「ゆんぎっ!」
背中に叩きつけられた怒声にまりさは汗をまき散らしながら振り返る。
そして、自分を凄まじい形相で睨みつけるありすを見てまりさは勢い良くしーしーを放出させた。
「ありす、久しぶりにあったんだから二人でゆっくりしてね」
「ごろじでやるううう!!」
パンパンに膨れ上がったその身を持て余しながらありすがまりさに向かって襲いかかる。
「あっ!あでぃすっ!・・・ゆ、ゆっくりしてい・・・」
ニコリと引きつった笑みを浮かべたままの表情でまりさが宙を舞った。
轢かれたと形容してもいい程の、勢いで壁に叩きつけられるまりさ。
「どっどぼじでっ!・・・ま、まりさは・・・おむこさんなのにっ・・・」
説得など通用しないだろうという事が、ゆっくりであっても見れば分かった筈である。
どうやらまりさは、自分自身の都合のいいように状況を解釈する「脳内補完」の速度が他のゆっくりよりも飛び抜けて早い様だ。
あの一瞬でまりさの脳内はありすと共に群れから離れて街へ降りてきた頃にまで遡っていた。
いや、無理やり遡ろうとして失敗したのだった。
ありすは一瞬、大きく沈み込むとゆっくりとは思えない程の跳躍力を見せた。
天井に頭を掠める勢いで、宙に舞ったありすはそのままその醜く膨れ上がった巨体をまりさめがけて振り下ろした。
まりさは「ゆ゛っ!?」と小さく野太い声を漏らすとありすの落下地点から飛び退く、
その次の瞬間、轟音をあげてありすが床に着地した。
まともに食らったらそこには餡子の水たまりが出来ていたであろう。
そんなゆっくりの常識を超えたありすがギョロリと目を動かして、逃げたまりさを追う。
まりさの逃げた場所は部屋の角。逃げ場は無かった。
まりさは部屋の角に体を押し付けて、フルフルと首を振るようにその身を揺り動かしている。
「こないでねっ!こっちこないでねっ!」
まりさの言うことなど、ありすが聞き入れる筈が無い。
しかし、ありすの動きは止まっていた。
ありすはまりさを舐め回すように眺めている。
オレンジジュースによって幾分回復したとは言え、少女の暴行によってボコボコに腫れた皮膚。
所々、皮膚を露出させたボサボサの醜い髪。
おまけに野生のゆっくりにとっては、命と同じ位に重要な要素であるお飾りすら持ってない。
ありすが通常の思考を持っていれば、今のまりさなど歯牙にもかける事の無いゆっくりできない存在である。
しかし、今のありすの思考は既にその機能を停止していると言っても良かった。
ありすは舌からダラダラと涎をまき散らしながら、まりさに絡みつくと飴玉の様に舐め回す。
「やべでええ!!ぎぼぢばるいいいい!!」
「んほおおおおおおおっ!!!んほおおおおおおおっ!!!」
くんつほぐれつの揉み合いは三分もすると、どういう訳か交尾に移行していた。
全身から滴る何なのかよくわからない粘着質な液体を垂れ流しながら、ありすが咆哮をあげる。
テラテラと鈍く輝く、二匹は蛍光灯の光りを反射して怪しい光りを放っている。
少女はそんな二匹を冷めた目で暫く見つめていたが、リビングに飾ってあるバットを取り出してありすの後ろに立つ。
少女は手に取ったバットを「ぼぅっ」と眺める。これは兄のバットなのだろう。
その確証が無かったのは、少女が一度も兄がこのバットを使っている所を見た事が無いからである。
しかし、そのバットと一緒に飾ってある賞状やトロフィーを見れば、それが兄の物だという事はわかる。
目の前で「こうこつ」の表情を浮かべている二匹は、兄がこのバットで青春を謳歌するという囁かな夢も握りつぶしたのだ。
少女の目に浮かぶ兄の姿は、疲れきった作業服姿の兄、父だと思しき男とこのリビングで口論している兄、
泣き叫ぶゆっくりを笑顔で追いかける兄、そんな姿ばかりだった。バットを振る所か手に取っている所すらも見たことが無い。
「んほおおおおっ!んっほおおおおっ!」
「すっきりするよっ!かわいいまりさがすっきりするよぉぉぉっ!」
ぴきっ!と少女の頭の中で、何かが切れる音が響いた。
自然と体が動いていた。
振り下ろされたバットは、ありすの後頭部に突き刺さり、大きく沈み込んでいる。
行き場を無くしたありすの「中身」は結合部を経由してまりさの中へと流れ込み、まりさの体が大きく膨れ上がる。
「ずっぎりいだい!!いだあづい!!」
恍惚の表情から一転して、舌をだらりと垂らしながら転げまわるまりさ。
ありすも、ぷるん!と気色の悪い音を出して抜けた”それ”を振り回しながら床をのた打ち回る。
少女はそんなありすに狙いを定めて、もう一度大きく振りかぶったバットを振り下ろす。
「ゆ゛っぐり゛!!」
ありすの動きがピタリと止まり、うつ伏せの状態で「どくんどくん」と醜く胎動する。
少女は躊躇する事無く、更にもう一度バットを振り下ろした。
今度は、ありすから声が漏れる事なく、鈍い音と共にありすの後頭部が裂けて、
カスタードと黄色い液体が混ざった液体が噴水の様に「びゅるびゅる」と吹き出した。
それでも少女はバットを振り下ろす事をやめない。何度も何度も一心不乱にありすにめがけてバットを振り下ろし続けた。
「ゆ゛っ!!ゆ゛わ゛っ!!」
ありすから流し込まれた「熱くて痛い餡子」によって、
床をのたうち回っていたまりさが突然、素っ頓狂な声をあげはじめる。
「い゛っ!い゛だいよっ!あだまがいだいっ!ゆっぐりっ!割れ゛っ!?」
まりさの頭からギチギチと得体の知れない音が鳴り響いたと思った矢先の事だった。
まりさの頭からは、通常の物とは比べ物にならない速度で茎が生え始めた。
それも一本では無い。夥しい数の茎が一瞬にして生えて、そこに生った赤ゆっくりもまた形相を浮かべながら、瞬時に膨れ上がる。
あっという間に子ゆっくり程度の大きさになったそれは、皮の伸びる限界を超えて渇いた音と共に爆発した。
茎はすぐに膨れ上がる赤ゆっくり達の重さに耐えきれずに折れ、成長途中で茎から切り離された赤ゆっくりも爆発することは免れたものの、
ありすからまりさに注入された「精子餡」に混ざった「熱くて痛い餡子」によって、産まれた直後にしてその激痛に悲鳴をあげる。
「「「「ひぎぃぃぃぃぃ!!!」」」」
「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
まりさは頭上と目の前で起こっている地獄絵図を見て歯茎を剥いて絶叫した。
それで終わりではない。更に折れた茎を押し分ける様にして次から次へと新しい茎が生えてくる。
打ち上げ花火の様に赤ゆっくりが次々と生まれては、爆発してまりさに降り注いだ。
それはありすから注入された過剰な栄養分が、まりさの中で尽きるまで延々と繰り返された。
まりさは周りに転がる無数の「ゆっくりの成り損ない」の耳を劈くような奇声を一斉に浴びて放心している。
「ゆっぐじうばれあばばばばばばばっ!!」
「いだいいいい!!いだいいい!!」
「がわ゛い゛・・・・いだだだだっ!ゆぎぃぃぃ!」
赤ゆっくりにとっては、一体何が起きているのかわからない。理解のしようが無かった。
親ゆっくりと茎で結ばれて、ゆっくりと母体から栄養分を供給してもらい、
それと同時に脈々と受け継がれてきた記憶を引継ぎつつ、母体やその番から「ゆっくり」した声をかけられる事によって、
自身を「ゆっくり」だと自覚し、平均して数十時間から数週間かけて「ゆっくり」と生まれるのが通常のプロセスである。
しかし、今回はそれらを全て省略して、瞬時に生まれ落ちてしまった赤ゆっくり達。
子ゆっくりサイズにまで膨張してしまった自らの体、体中に駆け巡る激痛、
そして頭の中で響く煮詰められて死んでいったゆっくり達の声。
どういう事だ?これはどういう事なのだ?何故ゆっくりさせてくれないのだ?親は何をしているのだ?
赤ゆっくり達は、一様にその答えを母体であるまりさに問いかけようと、重い体を引きずってにじり寄る。
しかし、当のまりさは首をぶんぶんと振りながら、かわいいおちびちゃんである彼女らに向かって、
来るな、こっちへ来るなと、ただひたすらに拒絶するだけであった。
そのまりさの態度に、赤ゆっくり達にゆっくりにあるまじき感情が芽生えはじめる。
沸々と煮えたぎる様な、やり場の無い負の感情。
自分たちをゆっくりさせずに、何もできずに泣きわめいているでかいだけの愚図に憤りを感じていた。
何一つ教育されること無く、生まれ落ちた赤ゆっくり達だったが、脈々と受け継がれた餡子に眠る罵倒の言葉を一心不乱に絶叫した。
「「「「じねっ!ゆっぐじじねええええ!!」」」
「ごないでねっ!!ぐるなぁぁぁっ!!」
赤ゆっくり達は這うようにしてまりさに接近すると一斉にその体に食いついた。
「ん゛ぎっ!?」
ぎゅうう!という締め付ける様な音と共に、まりさの体に熱い痛みが走り、次々とその小さな痛みの箇所が増えて行く。
まりさは頭から生えた膨大な量の茎によって立つことすらままならなかった。
自らが産んだ赤ゆっくり達に囲まれ、為す術も無く形相を浮かべて泣き叫ぶだけであった。
「じねっ!じっ・・・!?ゆ゛びえっ!?」
その時、まりさに歯を突き立てる膨張した赤ゆっくりの一匹が突然断末魔の叫びと共に爆ぜた。
水風船を破裂させたかの様に、爆散する膨張した赤ゆっくり、その餡子は水っぽくまるで泥水の様だった。
まりさにかじりつく歯と転がる目玉だけを残してその姿は床の染みになってしまった。
そんな仲間の呆気ない最後を見て、膨張したゆっくり達がまりさから離れる。
「「「やめちぇあげちぇにぇ!」」」
「「「ゆ゛っ!?」」」
そこには他の赤ゆっくり達とは違い、比較的普通の赤ゆっくり近い形状をしたゆっくりの姿があった。
ありすの過剰な栄養分が尽きかけていた時に産まれた為に「痛い餡子」の流入を極力回避することのできた赤ゆっくり達である。
「おかあしゃんにそんなことするなんて、ゆっくりしてない「げしゅ」だにぇ!」
「しぇーしゃいしゅるよっ!」
「ゆっゆぉー!」
膨張した赤ゆっくりは意外にも見た目よりその力は弱く、自分よりも二回りは小さい赤ゆっくりに容易に弾き飛ばされて床を転がる。
「ゆびっ!」
「げしゅはそくざにしんでにぇ!!」
面白いように敗れ去って行く膨張したゆっくり達を見て、赤ゆっくり達は自信を深めていった。
最後は奪いあうようにして、膨張したゆっくりを競う様に次々と殺して行く。
あっという間に膨張したゆっくり達は、全滅してしまった。
「「「ゆっくりちていっちぇにぇ!」」」
「ゆっ!ゆゆうっ!」
まりさの前に一列に並んで同時に軽く飛び跳ねながら、ゆっくり特有の挨拶をする赤ゆっくり達の姿を見てまりさは昔の事を思い出していた。
ゆっくりしたおちびちゃんを沢山授かる為に、群れを出て街へと向かった日の事を思い出していた。
(ゆっ!ゆっ!まりさっ!ゆっくりすすもうねっ!)
(ゆっ!ゆっ!ありすっ!丈夫でゆっくりしたおちびちゃんを産んでねっ!)
群れを離れた時は、今目の前に広がるこんな光景を夢見ていた筈でだった。
それが、人間の居るこの「まち」に来てからは目に映るもの全てが物珍しくて、とてもゆっくりしていると思った。
気がついた時には、大きなゆっくりプレイスを手に入れる為に、躍起になっていて、群れを出た時の想いなどすっかり忘れてしまっていた。
どうしてこんな事になったの?どうしてまりさがこんな目にあわないといけないの?
(ゆっくりプレイスなんて何処を探しても無いの)
(何故なら、この街全体が人間のゆっくりプレイスなんだから)
ふいに思い出したあの「弱い人間」の言葉がまりさの脳裏を過ぎる。
どうしてそんな事を言うんだろう?まりさはただ、ただゆっくりしたかっただけなのに。
人間たちは数え切れない程の大きなゆっくりプレイスを沢山持っている。
ひとつくらい。ひとつくらいまりさがそこでゆっくりしてもいいではないか。
ありすを失ってしまい、自らもこんな深手を負ってしまった。可哀想。可哀想なのだ。
そう、こんなに可哀想なまりさが何でこんな目にあわなくてはならないのだろうか?
「ゆぐっ!どぼじでぇぇぇ・・・、どぼじでぇぇぇ・・・」
「おきゃぁしゃん!なにないちぇるのっ!?ゆっくちしちぇ・・・い゛っ!」
その時、母を慰めようと一歩前に飛び跳ねた赤ゆっくりに少女が握ったバットの先がのしかかった。
バットの先が赤ゆっくりの頬を撫でて、その頬がぷるん!と揺れた。
「ゆっ!やめちぇにぇ!ゆふふっ!くすぐっちゃいよっ!」
最初はそのいい匂いのする木の感触に笑顔を浮かべていた赤ゆっくりだったが、
赤ゆっくりを押さえ込む力が次第に強く、重くなっていく。
「やっ!・・・やめっ!・・・ちゅぶれ!・・・ゆっぐぢっ!・・・ちゅぶれり゛ゅ!!」
少女の押し付けるバットの圧力から逃げる様に、
押しつぶされた赤ゆっくりの体内の餡子が逃げ場を求めて、押しつぶされていない部分へとプルンと寄った。
バットの先からはみ出した顔面に一斉に餡子が流れんで、はち切れんばかりに顔を膨張させる。
その苦悶の形相が、先程競うように殺した膨張した赤ゆっくりと重なった。
皮は中身の餡子が透けて見える程に薄く引き伸ばされ、両目は大きく見開かれて火花を散らすかの様に血走った。
「ちゅぶれっ!や゛め゛ろ゛っ!ばきゃっ!・・・ちゅぶ・・・れ゛ッ!!」
赤ゆっくりの両目はコルク栓の様にぽんっ!という渇いた音と共に飛び出して床を跳ねる。
それと同時にその両目の窪みから噴水の様に餡子がビュル!と吹き出した。
赤ゆっくりが爆ぜた事を確認した少女は赤ゆっくりをそのバットの重圧から開放してやる。
「ゆっぐち!まっぐらでっ!・・・どごっ!?おがあ・・・ざっ!!」
ぽっかりと穴のあいた両目から黒い涙を垂れ流しながら、よろよろと親であるまりさの元へと向かおうとする赤ゆっくりだったが、
その暗闇の中でまりさに出会うことができずに明後日の方向へと進んで行く。
「おがあしゃん!なおじでにぇ!おべべをゆっぐりなおじでにぇ!べろべろじでにぇ!」
ようやく、ふわっ!とした感触の元にたどり着いた赤ゆっくりがパァァ!と安堵の表情を浮かべる。
「ゆっくち!ゆっくちさせちぇにぇ!しゅーりっ!しゅーりっ!ちあわちぇーっ!」
赤ゆっくりが必死に体を擦りつけるそれは、先程自らが殺した膨張したゆっくりの残骸であった。
そんな赤ゆっくりだったが、再び少女のバットがその脳天に振り落とされると、再び両眼から餡子を噴出させて、呆気無く動かなくなった。
「やべでえええ!やべでぐだざいいいい!」
まりさが涙をまき散らしながら赤ゆっくり達を庇うように少女の前へと躍り出た。
「おでがいじばず!ごで以上までぃさのがわいいおぢっ!!」
それと同時に少女のバットがまりさの右頬に突き刺さった。
バットはまりさの体の半分の所までめり込み、右側の歯を粉々に砕きながら振り抜かれた。
叩きつけられる様に地面を滑るまりさ。それに赤ゆっくりが巻き込まれて下敷きになる。
「ゆ゛わ゛っ!?おぢび・・・じゃっ!!」
「ゆぴぃ!いちゃいよぉぉぉ!」
そんなまりさの脳天にバットが再び振り下ろされた。
その稲妻が落ちたかの様な激痛に、まりさが目玉を飛び出さんばかりの形相を浮かべる。
少女は無言でバットを振り上げる。
それを見たまりさは、バットをかわそうと身を捻ろうとしたが、
まりさの下でフルフルと震えながらつぶらな瞳に涙を貯めている赤ゆっくりが視界に入った。
かわせば赤ゆっくりが犠牲になる。
まりさはギュッと目をつむると、随分と数を減らした歯をギリギリと鳴らしてバットをその体で受け止める体勢に入った。
「ゆっぐりうげどめるよっ!おぢびぢゃん!ゆっぐりじでねっ!」
鈍い音がして先程と全く同じ位置にバットがめり込んだ。
違ったのは音である。今度は湿った音が鳴り響いて、まりさの頭からボタボタと餡子が滴り落ちた。
「あんござんっ!」
それを見てまりさが大声で絶叫する。
そして、天を仰ぐとそこには、更にバットを振りかぶる少女とその光る眼が視線に入った。
「おきゃぁしゃん!ゆっくりありがとうっ!とってもゆっ・・・ぷぎゅるっ!!」
まりさは少女の振り下ろしたバットを転がってかわした。
わが子を守ろうと奮起した「ぼせい」は早々に萎んで消えた。
バットの直撃を受けた赤ゆっくりは、跡形も残らず床の染みになった。
「ま゛っ!ま゛っでっ!!」
少女はまりさの言うことなど聞かない。
転がったまりさに再び横薙ぎにバットが突き刺さる。
まりさは少女に必死に話しかけようと声をあげるが、その訴えは聞き取られずに何度も何度もバットが突き刺さった。
「・・・何?」
「い゛っ・・・!い゛ぎっ・・・!」
ようやく少女がまりさの訴えに耳を傾けた時にはまりさの全身はうっすらと滲んだ餡子で醜く変色していた。
まりさはグルリを白目を向きながら、ゆっくりと後ろにさがると、絞り出した様な小さな声で、こう呟いた。
「も゛う゛要ら゛な゛い゛です゛・・・」
次の瞬間、少女のバットの先がまりさの顔面へと突き刺さる。
その激痛にまりさは舌をだらりと出して苦悶の表情を浮かべる。
「大きな声でハッキリ言って」
「おちびはもう要らないがらっ!までぃざに痛いことをするのをやべでぐだざいっ!」
まりさは痛みから逃れる為に、自分を救ってくれた赤ゆっくり達をあっさりと見捨てた。
当の赤ゆっくり達はまりさの発した言葉の意味がわからずに目を白黒させている。
「食べて」
「ゆ゛っ!?」
「要らないんでしょ?・・・なら全部「食べて」みせて」
「ゆ゛ん゛や゛っ!!」
信じられないと言った表情で少女を見上げるまりさ。
少女は何も言わない。
その冷たく輝く両目でまりさをジッと睨みつけている。
「はやくしてね」
少女はリビングの引き戸に手をかけると、吐き捨てる様にまりさにこう言い放った。
私が戻ってくるまでにやっておく事。
そうしたら”今日は”焼かないでおいてあげる。
そういうと少女はリビングから出て行ってしまった。
少女が戻ってくるまでにおちび達を全員食べなければならない。
しかも「焼く」とは何だ?これから一体何がはじまると言うのだろうか?
とにかく、あの「恐ろしいお姉さん」がまたここへ戻ってくるまでにやらなければいけない。
ゆっくり殺しはゆっくりできない。しかし、それをやらないとゆっくりできなくなる。
いや、これからまりさが「ゆっくり」できる事なんてあるのだろうか?
どうしてまりさがこんな・・・いや、どうしてまりさはこんな恐ろしい「まち」に何か来てしまったのだろうか?
身を寄せてガタガタと震える赤ゆっくり達を見下ろしながら、まりさはこの世の終わりの様な表情を浮かべた。
「おきゃーしゃんはみんにゃを食べたり何かしにゃいよね?ね?」
「こんなにきゃわいいのに、食べるわけがないよねっ?」
「ねっ?ねっ?・・・ね!」
「にぇ?なんときゃいっちぇにぇ!」
「こっちをみてにぇ!」
「こたえてにぇ!」
「こたえろおおお!!」
「ぐる゛な゛!」
「あっぢへいげっ!じねっ!!」
無言でぽすんぽすんと床を跳ねてこちらへ向かってくるまりさから、蜘蛛の子を散らす様にして赤ゆっくり達が逃げ惑う。
まりさは舌を伸ばして逃げ惑う赤ゆっくりの一匹を絡めとると、口の中に運び込んだ。
「やめちぃぃえぇぇ!ゆっくちさせちぇぇぇぇ!」
まりさの口の中で悲痛な叫び声が反響して頭の中で響く。
何とか口の中から脱出しようと、まりさの歯に内側から必死に体を擦り付ける赤ゆっくりの様子が手に取るように感じられた。
しかし、躊躇はしなかった。
まりさは一瞬、歯を僅かに開くと、そこに滑り込んできた物体を歯で挟み込んで食い千切る。
「ぴきゅっ!!」
ぐにゃり!と柔らかい感触が走って、口の中で狂ったように暴れまわる物体が二つに増えるのを感じた。
その嫌な感触を消すために、まりさは何度も何度も歯を上下させてその物体を粉々に噛み砕いた。
物体はすぐに動くのをやめる。その瞬間、まりさの口の中に焼けるような甘みがパァッ!と広がった。
◆
「「「むーちゃ!むーちゃ!ちやわちぇー!」」」
「「「どぼちてぇぇ!どぼちてぇぇ!」」」
れいむは死んでいなかった。
茎が折れた赤ゆっくり達も既に実ゆっくりから赤ゆっくりへと成長しきっていた為に、
茎からその身を引き離すと、パチリと目を開けて産声をあげた。
そもそも、少女の脚力ではゆっくりを一撃で死に至らしめる事など不可能であったのだ。
恐ろしい少女の姿も居なくなった事もあり、失った片目の事などとうに忘却の彼方のれいむが不貞不貞しい笑みを浮かべている。
その視線の先には、3匹の赤れいむと、3匹の赤まりさが対照的な表情を浮かべていた。
赤れいむ達は自らが生っていた茎をむしゃむしゃと口に頬張って舌包みを打っている。
一方、その光景を涎と涙を垂らしながら、羨ましそうに見つめている赤まりさ達。
「しょりょーり!しょりょーり!」
そろりそろりと実際に口で言いながら、赤れいむ達の元へ忍び寄る一匹の赤まりさだったが、
すぐさまそれを見つけたれいむによって排除される。
「ゆぴんっ!」
ころころと涙をまき散らしながら床を転がる赤まりさ。
他の赤まりさが目をギュッと瞑りながら身を捩らせて叫び声をあげる。
「どぼじでまりちゃ達にはむしゃむしゃさせてくれないのじぇぇぇ!!」
「しょうだよぉぉ!ゆっくちさせちぇぇぇ!」
そんな赤まりさ達の悲痛な面持ちを見下ろして、れいむが鼻も無いのにフン!と鼻息を荒らげて吐き捨てる
「あんなゲスと同じ顔をしたゆっくりなんてれいむの子供じゃないよっ!ゆっくり飢えていってねっ!」
「「「うえちぇいっちぇにぇ!」」」
まりさのせいで大きな傷を負ったれいむに、まりさと同じ姿をした赤まりさを養う母性など無かった。
そして、そんな光景に自分たちは「選ばれたゆっくり」だと錯覚して高飛車な態度を撮り始める赤れいむ達。
赤まりさにとってはれいむの理由など理解できる筈も無かった。ただただ理不尽な親の仕打ちに涙を流す赤まりさ達。
そこに少女がゆらりと現れた。
少女の姿を見たれいむはビクリと体を震わせると大きく後ずさった。
「かわいそうに、はいチョコをあげるよ」
少女が赤まりさ達の前に半分に割った板チョコ置く。
そのチョコに向かってわらわらと集まってくる赤まりさ達。
「ゆゆっ!これくりぇるにょ?」
「うん、仲良く分けて食べてね」
「「「ゆわーい」」」
残り半分の板チョコをかじりながら少女はにこりと笑った。
そんな少女の微笑みに生まれてはじめての「ゆっくり」を感じた赤まりさ達はフルフルと身を震わせてほろりと涙をこぼした。
「むーちゃ!むーちゃ!・・・ち、ちあわちぇぇぇぇ!」
「なにこりぇぇぇぇ!ゆっくち!ゆっくちぃぃ!」
「ちやわちぇのじぇ!ちやわちぇのじぇ!」
チョコにはむはむと口を押し付けて、目を輝かせる赤まりさ達。
「ゆっ!なにしょれ!れいむも「むーちゃむーちゃ」しゅるよっ!」
「ちょうらいにぇ!」
「はやくしてにぇ!」
少女は図々しく食べ物を催促する赤れいむ達に向かって、無言でチョコの欠片を投げ捨てた。
床を転がるチョコの欠片は、赤まりさ達に与えられた量の十分の一も無い。
それに我先に群がって、奪い合うようにして貪る赤れいむ達。
「うみぇ!これめっちゃうみぇ!」
「もっと!もっとちょうらいにぇ!」
「はやくしてにぇ!たくしゃんでいいよっ!」
「嫌だね」
「ゆゆっ?」
少女は赤れいむ達にもわかるように、わかりやすく、回りくどく、何度も言い聞かせるように語りかけた。
今食べたものがお前たちの人生で最も美味しかった食べ物である。
これ以降、お前たちがこんな美味しい物を食べる事は二度と無い。
それどころか、間もなく飢えて死ぬだろう。
普通に暮らしていれば、美味しいと感じることのできた食べ物も、今食べたチョコのせいでおいしいとは感じない。
それも皆、お前達を産んだれいむが無能だからである。
しかし、それに対して不平不満を漏らせば、れいむによって即座にその人生は終わるだろう。
何故ならば、お前たちを産んだれいむは無能だからである。
お前たちはこれから短い、短い期間を飢えと乾きと、そして親の機嫌を取りながら惨めに寂しく過ごすだけだろう。
何故そんな事になったのか?そう、それは”れいむが無能だから”である。
「「「ゆ゛ぅ!?・・・ゆゆゆううう!?」」」
赤れいむ達は少女とれいむを交互に見渡しながら声にならない声をあげた。
赤れいむ達のゆん生は今始まったばかりである。
産まれてすぐにまりさ達よりも優遇された事によって、自分たちは「選ばれたゆっくり」と錯覚していた。
甘いチョコを食べてしまった為に、今では大しておいしいとは思わなかったが、茎をお腹いっぱい食べて幸せだったのだ。
そしてこの幸せはこれからもずっとずっと続くものだと、そう勝手に思い込んでいた。
しかし、目の前の人間が言うには、もう幸せな事は無いらしい。
それどころか、間もなくゆっくりできずに死ぬとこの人間は言っている。
赤れいむ達は一様に、心配そうな眼差しで親れいむを見る。
だが、頼みの綱の親は、赤ゆっくり達と視線を合わせようともせずに
少女に対して何も言い返すこともできずに、ひきつった笑みを浮かべるだけである。
「おきゃーしゃん!なにかっ!なにかいいかえちてよっ!」
「あのにんげんを「しぇいしゃい」ちてねぇ!」
「はやく!ころちて!ころちていいからにぇ!」
少女の言い分を認めるわけに行かなかった。自分たちの待っている未来が絶望的にゆっくりできない事を認めるわけに行かない。
赤れいむ達は金切り声でれいむを焚き付ける。しかし、れいむから出た言葉は意外なものだった。
「おちびちゃんをあげたかわりに・・・れいむも・・・飼ってね」
「ゆゆっ!なにいっちぇるの!?おきゃーしゃん!」
「うるさいよっ!}
「「「ゆゆうう!?」」」
少女はれいむの問い掛けには一切答えずに無言で外へと続く玄関の扉を開けた。
外からは身を切るような冷たい風が吹き込んでくる。
「ゆっ!さ、寒いよっ!お姉さんっ!ゆっくりと扉さんを閉めてねっ!」
少女が赤れいむ達に話した言葉を一番痛感したのはれいむだった。
飼いゆっくりであった筈の自分がこの数週間、何故か飼い主からはぐれて野良生活を強いられている。
認めたくは無かったが、れいむは捨てられたのだ。
もう冬がもうすぐそこまで迫っている。今から食料を集めて、越冬の為の丈夫な巣を探すなどとても間に合わない。
そもそも、飼いゆっくりであるれいむには、越冬の経験すらなかった。
このまま外へと放り出されれば、間違いない命を落すことになる。
そしてあのゲスのまりさのせいで、担がされた居るだけで枷になるチビども。そして自身の重い怪我。
状況は絶望的だった。
つい、数分前までこの広くて餌の豊富なゆっくりプレイスで悠々自適な暮らしが約束されていたのいうのに。
何故だ?どうしてこうなったのだ?
しかし、今はそれを嘆いている場合ではない。抜き差しならない状況を打破するにはこうするしかなかった。
れいむは土下座をするような姿勢で深々と床に頭をこすりつけると少女に懇願した。
「おでがいじばず!ごのままお外に出たら!でいぶが死んでしまいばす!だから飼ってくだざいっ!」
「いやだよ、出て行って」
れいむの譲歩に譲歩を重ねた必死の訴えは、そっけなく少女に打ち消された。
「じゃあおちびはいいでず!れいむだけは飼ってくだざいっ!」
「聞こえないの?」
少女はにこやかな表情とは裏腹にやや強い口調でそう言った。
「しぇーしゃい・・・しゅ!!!」
その時、業を煮やした一匹の赤れいむが大きく飛び跳ねて少女に襲いかかった。
「制裁する」そんな短い言葉を言い切る事無く、赤れいむは少女の払いのけた手に叩き落されて、
玄関の固い石造りの地面にその体を打ちつけると、ジワリと餡子を全身から漏らした。
「ゆ゛っ・・・!ゆぴっ・・・ゆぴぃぃん・・・」
虫の息の赤れいむは、まだ何が起こったのかよく分かっていない姉妹達と
醜い形相を浮かべるれいむを見回すと、力無く呟いた。
「もっちょ・・・ゆっくち・・・しちゃ・・・」
ほんの僅かな餡子をトロリと口から出すと、赤れいむは見る見る黒ずんでいった。
他の赤ゆっくり達には、まだ状況が良く呑み込めていない。
「ゆっ?ゆっ?」と声を出しながら、黒ずんだ姉妹に体を擦りつけたり、ペロペロとその体を舐めたりしている。
そんな光景を目の当たりにしながらも、れいむは土下座の体勢を崩さない。
「おでがいじばずっ!おでがいじばずっ!」
れいむの中で赤れいむは切り捨てられていた。既に全員死んでいるのと同じだった。
少女はそんなれいむのもみあげを握り締めると、外へつまみ出した。
「ゆべぇっ!・・・ま゛っ!ま゛っでっ!おでがいじばずっ!」
れいむはその怪我からは想像できない動きで素早く立ち上がると、
家の中へ戻ろうと目を血走らせながらずりずりと体を引きずる。
「飼っでぐ・・・だざゆ゛っぐり゛っ!!」
そこに重い鉄の塊が後ろから迫ってきて、れいむを挟み込んだ。
少女が勢いをつけて閉めようとした扉に挟まったのだ。
その顔面を焼けた餅の様にぷっくりと膨らませて、れいむは両目を大きく見開いた。
「ゆっくりしていってね・・・わたしの視界に入らない所でね」
再び僅かに開いた扉から、れいむと赤れいむ達がコロコロと転がって外へ放り出された。
れいむは少女の家の前でいつまでもわめき続けた。
れいむはきんばっちなんです。といれも自分でいけます。
餌も残り物でかまいません。おちびも全部あげます。
上手にお歌も歌えるんです。だから、寒くて死にそうなんです。
お願いだから飼ってください。お願いします。お願いします。
簡素な作業着を着た男達がれいむ達を連れて行くまでその叫び声が鳴り止む事は無かった。
少女の言った通り、赤ゆっくり達の惨めな生活は僅か2日で終了した。
◆
数ヶ月後
空は透き通るような青空で覆われていた。
雲ひとつない快晴。
少しばかり降り積もった雪も今はその名残りを塀の隅に僅かに残すだけである。
柔らかな春の風に乗って何処からとも無く桜の花びらがひらひらと舞い込んで少女の頬を撫でた。
手入れの仕方が分からない為に、荒れ放題になってしまった芝の上に縁側から足を投げ出して、少女はぼんやりと庭を眺めている。
その視線の先には、楽しげにボールを蹴る三匹の子まりさの姿があった。
「ゆっ!ゆっくりけるよっ!ゆっくりとうけとめてねっ!」
「ゆっくりりかいしたよっ!ゆっくりけってねっ!」
「ゆんゆっ!ぱすっ!ぱすっ!ぱすなのぜええっ!ゆんやっ!」
あの時、れいむから奪い取った赤まりさ達は子まりさに成長していた。
生みの親の非道な行為もあってか、子まりさ達は人間である少女によく懐いていた。
子まりさ達は、少女の前で自分が優秀な個体であるという所を見せようと、競いあうようにボールを追いかける。
「かわいくてごめんねっ!}
いち早くボールに追いついた一匹のまりさが、全身をふくっ!と膨らませた勢いでボールを強く弾く。
ボールは勢い良く弾んで、少女の元へと転がっていった。
少女は目の前まで転がってきたボールに足を置いてその回転を止める。
「ゆゆんっ!おねえさんっ!ゆっくりまりさにパスしてねっ!」
「ゆゆっ!おねえさんはきっとまりさにパスするよっ!」
「パスなのぜっ!パースパースっ!ゆっくりまりさにパスするのぜっ!」
地面を軽快に跳ねながら屈託のない笑顔で少女に声をかける子まりさ達。
しかし、少女はそんな子まりさ達の声に耳を傾けること無く、足元のボールをジッと見つめている。
暫く微動だにしなかった少女だったが、ポツリとこう漏らした。
「もう子供に蹴られるのもすっかり慣れちゃったね「ゆっくり」してるでしょ?まりさ」
「ゆゆん?」
少女の言葉の意味がわからずに一様に小首を傾げる子まりさ達。
その言葉は庭で遊んでいた3匹の子まりさ達に投げかけられたものでない。
少女の足の下にあるボールに対して言ったものだった。
少女はボールを拾い上げると、それについている不自然な3つのジッパーを静かに開いていく。
そこには二つの大きな濁った目と、カチカチと音を鳴らすボロボロの歯が並んだ口があった。
「・・・やべでね・・・やべでね」
「「「ゆ゛っ!?なにぞれぇぇぇ!?」」」
そのボールは子まりさ達が、まだ赤まりさだった頃に少女からはじめて貰った宝物だった。
他の玩具で遊んでいる時よりも、少女が嬉しそうにしていたのを見ていた子まりさ達は、
少女の笑顔を見るために毎日毎日、飽きること無くそれを蹴り続けてきたのだった。
その正体がゆっくりだった事に今初めて気がついたまりさ達がガクガクとその身を震わせる。
「あなた達のお母さんはどんな人だった?」
いびつな肉塊を地面に無造作に放り捨てると、唐突に少女が3匹の子まりさ達に問いかけた。
「ゆっ!ゆゆぅ・・・っ!ま、まりさの・・・まりさのお母さんは・・・」
まりさ達は赤ゆっくりだった時の事を忘れずに記憶していた。
産まれたばかりの自分たちに一切餌を与えること無く、不貞不貞しい笑みを浮かべていたゲスの事を。
それでも自分たちは、おねえさんの言うことをしっかり聞いて立派に「ゆっくり」している。
それは、きっと自分の父親が立派なゆっくりだったからだ。そう自分たちに言い聞かせて生きていた。
「おっ、お母さんは・・・ゆっくりしていない「ゲス」だったよ」
「そしてそこに転がってるのが、お父さんだよ、まりさ」
「「「ゆ゛ん゛ぎぃぃぃ!?」」」
子まりさ達の前でブクブクと泡の塊を口からこぼしながら、小刻みに痙攣する肉塊。
それが、子まりさ達が思い描いて心の糧としていた「立派な父親」だった。
少女は呆然とした表情を並べる子まりさ達に、父親であるこの肉塊が行って来た事を淡々と告げる。
少女の母を殺し、少女の兄に制裁されたのにも関わらす、それを助けた少女に行った行動。
ゆっくりよりも、人間に同族意識を感じるように育てられたまりさにとって、それは衝撃的なものだった。
「お゛ばえ゛はっ!おばえばっ!な゛に゛をじでる゛ぅぅぅ!!」
「人間ざん゛にっ!なんてごとじでるのぉぉぉぉ!!」
「じね゛っ!ゆ゛ん゛っ!ごろじでやるんだぜぇぇぇ!!」
三匹の子まりさ達は激昂して、目の前に転がる父親を罵倒し、踏みつけ、蹴り飛ばした。
そんな子まりさ達に対してまりさはオドオドと怯えた様な表情を浮かべるだけて何も抵抗しない。
いや、抵抗できなかった。
その全身は少女の手によって、火で入念に焼かれた為にきらきらと輝く綺麗な髪は二度と生えてくる事無く、
底の部分の皮はガリガリに炭化してピクリとも動かせないので、二度と自分の足で飛び跳ねる事はできない。
まりさは喋るだけの達磨になってしまっていた。
「や゛っ・・・やべでね・・・っ!おぢびちゃん・・・っ」
「おばえなんがっ!「おや」じゃないよぉぉっ!!」
「おばえじゃないっ!まりさ達の「おや」はおねえさんだよっ!」
「あの時助けてもらった恩をかえすよっ!おねえさんっ!」
惨めに許しを懇願する親を憎々しげに睨みながら、子まりさ達が叫び声をあげる。
醜い肉塊を奪い合う様にして、何度も何度も体重を乗せて踏みつけた。
まりさは自らを殺そうとする子まりさ達に対して「やめてください、やめてください」と力無く呟くだけであった。
「ごめんね(子)まりさ、もう貴方達・・・もう要らないの」
「「「ゆ゛ゆ゛っ!?」」」
少女の声を聞いて、子まりさ達がその動きをピタリと止めた。
食い入る様に少女を見つめるその瞳には、今にもこぼれ落ちそうな程に涙が浮かんでいる。
そんな子まりさ達の表情を見ても、少女は顔色ひとつ変える事なく、淡々と話を始めた。
あの日、子まりさ達をれいむから助けた理由。
それは、このまりさを精神的に痛みつける道具として必要だったからである。
子まりさ達がおいしい食べ物を食べて、綺麗に体を洗ってもらい、
清潔な寝床でゆっくりとした生活を満喫している傍らで、ゴミの様に扱われるまりさ。
まりさは矮小な薄っぺらいプライドを大きく傷つけた様で、子まりさ達は大いに役に立った。
しかし、目の前の肉塊は、もう苦しんでいないし、何も感じていないのだ。既にこの苦痛には慣れてしまっていた。
傷ついたフリをしてこっそりと「ゆっくり」しているのだ。だからもう子まりさ達は必要無くなってしまった。
まりさをゆっくりさせないという事が子まりさ達の存在価値と言っていい。それができないのならもう必要無いのだ。
「だからお願いしてもいいかな?」
自分たちの事を必要無くなったと言い放つ少女にすがり付きながら、子まりさ達はポロポロと涙をまき散らした。
そして、一様にフルフルとその身を揺さぶりながら大声をあげる。
「なにっ!おねえさんっ!なんでもするよっ!」
「だから要らないとかいわないでねっ!」
「まりさはこんなにゆっくりしてるんだぜええ!!」
子まりさ達の言葉に少女は少し表情を綻ばせると、こう言い放った。
「そこのゴミクズと”すっきり”してね」
「ゆ゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛!!!」
そう告げると、少女は踵を返して家の中へと入っていってしまった。
一匹の子まりさが後を追うように縁側に飛び乗ると、
少女が入って行った引き戸をこじ開けようと、その体を必死に擦り付ける。
しかし、何時もは容易く開くその戸は、今日はピクリとも動かなかった。
固く閉じられた戸と、目の前に転がる肉塊を交互に見るまりさ達。
辺りは不気味な程の静寂に包まれている。
「お゛っ!お゛ぢびぢゃん゛・・・っ!に゛げよ゛う゛ね゛っ!・・・ゆっぐりばでぃざど、にげっ!!」
世迷い事を抜かす肉塊を一匹の子まりさが齧り付いて掴むと、草むらへ向けて突き倒した。
為す術無く、ゴロゴロと芝を転がって子供の様な嗚咽の声をあげるまりさ。
そんな、あまりにも情けない自らの親を道端に転がる汚物を見るような目で見下ろす子まりさ達。
縁側にあがって何とか戸を開けようと、顔を真赤にしている子まりさが、ニコリと笑顔を浮かべて家の中の少女に語りかける。
「ゆゆんっ♪おねえさんっ!いじわるしないであけてねっ!ゆっくり一緒にお歌を歌おうねっ!」
額に汗を滲ませつつも、精一杯の猫なで声で「ゆーゆー」と調子の外れた歌を披露する子まりさ。
しかし、何時まで経っても中から返事が帰ってくることは無く、戸は依然固く閉ざされたままだった。
再び、辺りは重く苦しい静寂に包まれた。
そう、辺りは物音ひとつしない静寂に包まれている筈である。
しかし、子まりさ達の頭の中には少女の言葉が何度も反響して響く、それ所かどんどん大きくなっていく。
もうあなたたち、いらないの。
子まりさ達は、少女に世話をしてもらっていたが、
その代わりに少女をとても「ゆっくり」させてあげていると思っていた。
だから、その立場は対等と思っていた。しかし、そんな事は無かった。全くそんな事は無かったのだ。
目の前で泣き叫んでいるゴミを悲しませる。ただ、それだけの存在だったのだ。
少女に自分たちは必要な存在だと理解させるにはどうしたらいいだろうか?
言うまでもない。「ゆっくり」させてあげればいいのだ。
少女の言うとおりにすれば、少女はゆっくりしてくれる筈だ。
いや、違う。
目の前に転がるゴミクズ。あれはかつてゆっくりだったのだ。
お姉さん・・・あの人間の命令を無視したら・・・自分たちもあんな目に会うのでは無いだろうか?
徐々にその目をはち切れんばかりに見開く子まりさ達。
その視線の先には、醜く顔を引きつらせた自らの父親の姿があった。
◆
以前とはすっかり様変わりしてしまった少女の部屋のリビング
暖かな色のカーペットは剥がされて、剥き出しのフローリングの床の上に簡素な作業台が置かれている。
その上には、様々な小物や金属部品、そして兄の残したゆっくりの虐待方法を記したファイルが置いてある。
最初はこのファイルの終盤の記述の意味がわからなかった。
ゆっくりを殺すための装置でも、薬でも、習性を記したものでもない無いこの記述。
しかし、今ならばこの項目の意味が理解できる。つまり、兄も私と同じ「結論」に達したのだった。
ゆっくりどもよりも許せない。
あいつがもっとしっかりしていれば、そもそもゆっくりにこの家を蹂躙される事なんて無かったのだ。
これは思ったよりも簡単に作ることができる事を知った。
市販の製品を利用して、材料さえ用意できれば半日も製作に掛からない。
そして兄の記した材料は、夏に使う嗜好品、文房具、調理用具、普通に暮らしているのならば、誰もが購入するであろうものばかりである。
几帳面に製品の型番まで指定されており、それらの商品はこの国所か、世界各地で製造されているものもある。
これならば、材料から身元が割れる事はまず無いだろう。
しかし、ひとつだけ問題があった。この装置の核となる部分。
それに時計を使った場合、時間通りに対象がその場に居るのかがわからない。
それに化学反応を利用した場合、その知識の浅さからか成功率が芳しくなかった。
だが、それを解決するのが、ゆっくりを利用した方法である。
試行錯誤の上にようやく完成した一本の銅線がはみ出した小箱を大事に両手で抱えた少女は、引き戸を開けて庭へと戻った。
そこに広がる光景を見て少女は、ふわりと笑みを浮かべた。
「ゆ゛っ!ゆ゛っ!ゆ゛っ!ゆ゛っ!」
塀に餡子と思わしき、黒い染みが斑点のように幾つもこびりついている。
この子まりさは、自分の体を何度も壁に叩きつけたのだろう。
顔面を黒く変色させて、壁の傍で仰向けになって白目を剥いて痙攣している。
「~~~~~!!」
この子まりさは自分の舌を噛みちぎっていた。
止めどなくあふれ出てくる餡子を口の中一杯に貯めて苦悶の形相を浮かべながら、
無言で頬を膨らませて、自分のやった行為を後悔する様な悲しげな表情を浮かべている。
二匹の心境などわからない、自分の両親の外道ぶりに悲観して行ったのか。
それとも、少女の手で”それ”を行われるくらいなら、と自らを自傷したのか。または「これは夢」だと逃避したのか。
少女にとっては、心底どうでもいい事だった。
こいつらを可愛いなどと思った事は一度も無い、道端に落ちている蝉の死骸程にも関心が無かった。
そんな二匹には目を合わせること無く、”まりさ”の元へと向かう少女。
「すっ!すっ!すっ!すっ!すっ!」
最後の子まりさは、親の上に乗って一心不乱に腰を振っていた。
醜い恍惚の表情を浮かべながら、、顔を真っ赤にして涎をまき散らしている。
こいつらの何時もの気持ちの悪い表情だ。
「いつまでやってるの?」
少女はそう言うと、子まりさを蹴り飛ばした。
横腹に衝撃を受けた子まりさは、餡子をまき散らしながら芝生を転がって歯茎をむき出した。
その体は楕円に醜く歪んだままで、元の形状には戻らない。
少女のつま先が突き刺さった疵痕から夥しい餡子を垂れ流しながらも、まだ一心不乱に腰を振っている。
少女が”まりさ”に視界を移すと、その頭からは弱々しい茎が一本生えていた。
茎には四つの実ゆっくりが生っている。
四つの実ゆっくりの内、二つは舌をだらりと垂らして髪は抜け落ち、黒ずんでいる。既に死んでいるのだ。
もう一つはギリギリのところでゆっくりという存在を何とか維持していた。
閉じたまぶたは微かに震えて、青ざめた顔がその生命の維持が限界に達している事を告げていた。
それに反して、最後の一つは丸々と太って幸せそうな笑みを浮かべて、すやすやと眠ったような表情を浮かべている。
少女は、丸々と太った一匹を掴むと捻じり取る様に茎から切り離して手元に寄せる。
柔らかな笑顔を浮かべていた実ゆっくりはクワッ!と形相を浮かべて痙攣を始める。
そして、少女を睨みつけるとギリギリと歯を鳴らして威嚇を始めた。
少女は何をする訳でもなく実ゆっくりを、ただジッと見つける。
実ゆっくりは次第にその表情を威嚇から、許しを請う様な弱々しいものへと変化させていった。
そんな実ゆっくりの様子を見て少女は口の先を吊り上げると、それをまりさの口の中へと放り込んだ。
「食べろ」
まりさは何も反論することなく、プチップチッと小気味の良い音を出しながら実ゆっくりを貪りはじめた。
まりさが少女の行為に対して反抗の態度を示したのは最初の数日だけだった。
最近は叫び声さえあげる事も少ない。ただただ「やめてください」と力無く呟くだけになっていた。
今回も黙々と少女の言いつけを実行したまりさを
少女はまりさを優しく抱き抱えると、懐から取り出したまりさの帽子を被せてやる。
そして、優しげな笑みを浮かべて撫でた。
「もう大丈夫だよ、怖かったね」
「ゆ゛っ!!」
その言葉を聞いたまりさはカッと目を見開いた。
目の前に居るのは、恐ろしいお姉さんでは無い。
まりさをあの恐ろしくて、息の出きない、怖い箱の中から助けてくれた優しいお姉さんだ。
待っていて良かった。まりさはずっと待ち続けていたのだ。優しいお姉さんがまりさを助けてくれる日を。
きっとまた優しいお姉さんがまりさを助けてくれると信じていた。
「恐ろしいおねえさん」と「優しいおねえさん」
まりさの中で少女はいつの間にか二人の人間になっていた。
「までぃざば!!ばんぜいじばじだあああ!!ぼんどうに!ぼんどうになんでずううう!!」
「そう、怖かったね」
本当に反省していようが、していまいが、少女はどうでも良かった。
仮に本当に反省していたとして、だからなんだと言うのだろうか?
なので少女は、機械的に優しい声で返事をしてやった。
そんな少女の声にまりさは頬を綻ばせてポロポロと涙をこぼす。
歓喜の声をあげるまりさを他所に、少女はまりさの頭から生えた茎をジッと眺めていた。
それを一度優しく撫でるとポキリと根元から折って静かに地面に置いた。
そして、まりさを抱き抱えたまま縁側に腰を降ろすと、まりさを綺麗な箱の中へと寝かせて入れた。
そして懐から取り出した先程の「小箱」をまりさの帽子の中に入れてそこから伸びる銅線をまりさにくわえさせた。
「ゆっ・・・!これはなんですか?おねえさん?ゆっくりできるもの?」
「違うよ、でもとても大事な物なの」
「・・・ゆ゛っ?」
まりさはとても怖い夢を見ているの。
これはまりさが群れを離れて街に来る前の日の夜に見ている夢なの。
本当は、怖い思いも痛い思いもしていない、群れの温かい寝床ですやすやと眠っているの。
少女の言葉にまりさが目を輝かせる。
「ほんとうにっ!?ほんとうにっ!?」
「うん、そうだよ。早く起きたい?この夢を終わりにしたい?」
「したいっ!したいですっ!してくださいっ!おねがいしますっ!」
夢から覚めるには方法があるの。
これからこの箱をゆっくり閉じるけど、中では喋ってはいけないよ、身動きひとつしちゃいけない。
そして、この箱がもう一度開いた時に元気に「挨拶」をして、それからこの線を噛みちぎってね。
少女の口から告げられる悪夢から目覚める方法を、
目を血走らせて念仏の様に何度も唱えて自らの餡子脳に刻みつけるまりさ。
「ゆっ!でぎばず!ゆっくりしないでできばず!」
それができたら、まりさの怖い夢は終わるよ。
優しいありすと群れの仲間がまりさを起こしてくれる。
だから「夢から覚める」までは決して「寝ては」駄目だよ。
「わかったよっ!ゆっくりしないでやるよっ!」
「・・・失敗したら「えいえん」にこの夢は終わらないからね」
最後に低く冷たい声でそう告げると少女は静かに箱を閉じる。
その声を聞いて恐怖に表情を引きつらせたまりさの形相が一瞬だけ見えた。
例えこの中で十年待たされても、まりさが箱の中で眠ることは無いだろう。
それ程に、まりさが”今見ている夢”は恐ろしいものだった。
少女は、まりさの入った箱を可愛らしい包装紙でラッピングするとリボンを添える。
それを両手で抱えると、誰もいない家の中へ向かって大きな声で叫んだ。
「それじゃあ、いってくるね!」
その声は少女の見た目からしてもまだ幼い、まるで幼稚園児の様な小さな子供の声だった。
◆
「今の子・・・一体だれなの?」
男はそう呟いた声の主を一瞥すると、憎らし気に舌打ちして自室のドアを力強く閉めた。
男の部屋は酷く散らかっていたが、そこに置いてある家具や小物はどれも価値のある物ばかりである。
艶やかな光沢を放つ黒いソファーに深く腰を降ろすと、小脇に抱えた「箱」を投げ捨てる様に置いた。
「馬鹿女の子供もやはり馬鹿なのかねぇ」
そう呟くと、箱のリボンを無造作に解いた。
その光景に男は、この箱を持ってきた少女の胸に飾りつけてあったリボンを解く妄想を思い浮かべて汚い笑みを浮かべた。
もう少し自分の”賢い”血を色濃く受け継いでいれば、上手に楽しく世の中を渡って行けると言うのに。
保証だの、賠償だの、小煩かったあの兄貴の様に騒いでもいいものなのに事も有ろうか、
毎月勝手に振り込まれていたらしい雀の涙程の養育費を「もう要りません」と断りに来たのだ。
しかも、こんな御大層なプレゼントまで用意して、だ。間抜けにも程があるだろう。
もしかしたら、今まで振り込んでいた額の十倍くらい振り込んでやったら、向こうの方から勝手に服でも脱ぎだすかも知れない。
再びそんな妄想を脳内で描きながら、男は胸のポケットから煙草を取り出して口にくわえると、忙しなくライターを求めて体中をまさぐる。
その時、机の上に置いた箱がビクリ!と震えると蓋が勝手に開いた。
その中身は男が想像していた物とは全く異なっていた。
ケーキでもクッキーでも無い。
中では異臭を放つ物体がプルプルと小刻みに震えている。
無意味に大きく見開かれた両目は焦点が定まっていない。何処を見ているのかわからなかった。
僅かに開かれた口からは、ボロボロになった歯が僅かに頭をのぞかせている。
そんな気味の悪い物体が、もぞもぞと体を揺り動かしてムクリと立ち上がった。
男の口にくわえらえた煙草がポロリと床に落ちる。
気味の悪い物体は、男と目が合うと体をくねくねと踊るように揺らしながら、
ニコリとこぼれ落ちそうな笑顔を浮かべて、底抜けに元気に叫んだ。
「ゆっくりしていってねっ!」
その瞬間、男の目の前が真っ白になって、何も見えなくなった。
おしまい
今まで書いたもの
・ふたば系ゆっくりいじめ 131 れいむ視点と人間視点
・ふたば系ゆっくりいじめ 987 少女とまりさ前編
・ふたば系ゆっくりいじめ 1113 少女とまりさ後編
最終更新:2010年10月09日 20:49