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ハバネロと翠星石と雪華綺晶 - (2006/03/03 (金) 21:04:18) のソース

 とある夏の早朝。 
 部活の朝練がある薔薇水晶に付き合って、雪華綺晶も早出していた。 
 しかし、雪華綺晶が顧問を務める部に朝練はない。はっきり言って暇だった。 
 あてどなく校内をさ迷っていると、ぷ~んと鼻腔をくすぐる甘く豊潤な香り。 
 雪華綺晶は、ふらふらと引き寄せられていった。 
 扉を開けると、そこは一面の緑。朝露が朝日を浴びてきらきらと輝いていた。 
 畑の一角に屈み込み、びっしりと網目に覆われた球体を両手に取る。 
「ああっ、お前、何しに来やがったですか!」 
 声のしたほうを見ると、愛用のじょうろを手にした翠星石が柳眉を逆立てていた。 
 そう、ここは彼女が顧問を務める園芸部のテリトリーだ。 
 雪華綺晶は、何事もなかったように視線を手の中のものに戻すと。 
「……メロン、とても美味しそう……食べて、いい?」 
「ダメですっ、それは園芸部のみんなが楽しみにしてるのですからっ」 
「……………………そう、とても残念……」 
 表情は変えないまでも、未練たらたらといった様子で、メロンを畑の中に返す。 

 立ち上がると、菜園をぐるりと見渡した。そして再び問う。 
「……あの赤いトマトは、食べちゃ……駄目?」 
「ダメダメダメっ、ダメですぅっ、一体何ですか、お前は……朝ご飯、食べてこなかったですか!?」 
 食べた。しかし、メロンの甘い匂いが、雪華綺晶の胃袋を刺激したようだった。 
 と、雪華綺晶の視線が一点で止まる。 
「あれは……何?」 
 彼女が指差したほうには、コンパクトサイズのビニールハウスが建てられていた。 
 中には、数本の植物が葉を生い茂らせ、赤い実を実らせている。 
 盛夏で、日差しを遮るものも何もないのに、何故? 
「ああ、あれは、交雑しやすいから隔離してるですよ」 
「……交雑?」 
「ええと、簡単に言うと、種類の違うオスとメスが結ばれて、望まれない子供が生まれちまうってことです。 
そいつを逆手にとって、品種改良に用いられたりもするですけど、あいつの場合は……」 
 と、そこで翠星石の目がきらーんと光った。 
「そうだっ、あいつなら食べても構わんですよっ。食べてみるですかぁ?」 
「……本当……?」 
 翠星石はゴム手袋をはめ、ビニールハウスの中から赤い実をもぎ取って、雪華綺晶の前に差し出した。 
「ささっ、たーんと召し上がれですぅ!」 


「……パプリカ?」 
「そうですそうです、生のままでもイケるですよ。てーか、通は生のまま丸かじりですぅ!」 
 しかし!! それは、言うまでもなくただのパプリカなどではなかった。 
 世界で最も辛いと言われるハバネロ・レッドサビナ。 
 今や希少種のそれを、翠星石は、万難を排して手に入れた。 
 何のためかって? それはもちろん……。 
 雛苺の苺大福の中身とすり替えるため。エキスを抽出して、真紅の紅茶に、 
水銀燈のヤクルトに、金糸雀の玉子焼きに、こっそり混ぜ合わせてやるためだ。 
 恐らくは、即座に誰の仕業か露呈して、袋叩きに遭うだろう。 
 だが、このイタズラには、翠星石にそれを失念させるだけの魅力があった。有頂天になっていた。 
 辛さ577000スコビルの恐怖が、何も知らないきらきーの身に襲いかかる。 
 かぷり……しゃきしゃきしゃき……。 
「……美味しい……」 
 ぽっと頬を染める雪華綺晶。 
 がっくりとうなだれる翠星石。 
「まあ、こんなことになるんじゃないかと思わないでもなかったですが……」 
 翠星石はよろよろとよろめき、新鮮なキュウリのトゲで、うっかり手のひらを傷つけてしまう。 
「痛っ!!」 
 血がにじみ出していた。と、それを見た雪華綺晶。 
「大丈夫……」 
 と翠星石の傷ついた手を取って、舌でぺろりと血を舐め上げる。 
「唾をつけておけば、消毒される……」 
 へ? 
 呆然と雪華綺晶を見返す翠星石。そして数秒後。 
「ぎぃいいいいいいいいいいいいやぁああああああああああああーーーーーーーーッッ!!!!」 
 飲み下したからといって、口の中のカプサイシンは、そう簡単には消えはしない。 
 傷口に塩をすり込まれたほうが、どれだけ増しだっただろう。 
 翠星石は、地べたを転げ回って、悶え苦しんだ。 
 自業自得以外の何ものでもなかった。 


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 おまけ。 
「まあ、こんなことになるんじゃないかと思わないでもなかったですが……」 
 翠星石が肩を落としていると、雪華綺晶はけほんけほんとむせた。 
 レッドサビナのタネが、喉に引っかかったのだ。 
「えっ……」 
 うっかり彼女のほうを見た翠星石の左目に、雪華綺晶の唾液が降りかかってしまった。 
「ぎぃいいいいいいいいいいいいやぁああああああああああああーーーーーーーーッッ!!!!」 
 ……そして。何度もかきむしったせいか、左目はすっかり赤く染まってしまった。 
 べそをかきながら職員室へ戻る。 
翠「え~~ん、蒼星石~~」 
 居合わせた蒼星石に抱きつくと。 
蒼「ええと……誰?」 
翠「……………………へ?」 
紅「ええっと……どちらさま?」 
銀「誰だったっけぇ……?」 
金「誰だったかしらー?」 
雛「ヒナ、見たことない人なのーーっ」 
薔「……………………?」 
翠「…………おっおっおっ、お前ら~~ッ!! 普段から翠星石をどんな目で見てやがるですかーー!!」 
 自業自得以外の何ものでもなかった。 
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