夜の学校で夏木りんは頭を抱えながら夜空に輝く月を眺めていた。
電気は一切ついておらず、周囲を照らすのは天に変わらずそびえる月だけ。
どうやら『バトルロワイアル』とかいうわけの分からないことに巻き込まれたらしい。
その内容は殺し合い、生き残れるのはたったの一人だけ。
そして、その一人になるためには待つだけでなくこちらから他の全員を殺す必要がある。
特異な出来事には嫌になるほど巻き込まれた経験があるが、こんな吐き気のする出来事は始めてだった。
りんにそんなこと出来るわけがない、だから殺し合いになど乗れない。
やらないのではなく、出来ないのだ。
りんはひょんなことから伝説の戦士と呼ばれるプリキュアの力を手に入れてしまった。
幼い頃からの親友である夢原のぞみとの付き合いでなってしまったが、なることを決めたのは自分の意志だ。
怪我を負うどころか命を落とすことになるかもしれないこともあった。
それでもりんはりんなりに正しいと思うことを、プリキュアの力で行ってきた。
そして、そのプリキュアの力をこんな殺し合いなんてものに使うつもりはない。
殺し合いには乗らない、そう決めた瞬間からここを脱出するために動き出そうとした。
が、振り向いて廊下の奥を見た瞬間にある問題が立ちはだかり、りんの足を止めさせた。
動こうと思うが、ある理由で動けない。
ならば、一先ずこのデイパックの中を見ておこうと思った。
問題を先延ばしにするための行動、時間をつぶせるならば何でも良いと思いながら手を入れて掴んだものは名簿だった。
そこでりんはあの変なコスプレをした老人が『バトルロワイアル』の参加者の名前が乗った名簿を渡すと言っていたことを思い出した。
ある嫌な予感を感じながらも、りんはその名簿へと目を通して行く。
名簿へと目を通して数十秒もしないうちにりんは知り合いの名を見つけてしまった、しかも四人も、親友と呼んで差支えのない人たちの名前を。
夢原のぞみ、春日野うらら、秋元こまち、水無月かれん。
伝説の戦士プリキュアの全員が殺し合いに参加させられている。
何が何だか分からないが、とにかく今の事態はマズイ。
とにかく知り合いの命が心配でならない。
一つ上のこまちとかれんは、恐らく大丈夫だろう。
かれんは頭が良いため大丈夫だ、責任感が強いだけに考えすぎているかもしれないという不安はあるが。
こまちは少し抜けているところもあるといえばあるが、それでも残りの二人に比べれば幾分安心できる。
問題は残りの二人ののぞみとうららだ。
一つ年下のうららは何かと抜けた行動が目立つ、よく言えば純真ともいえるが。
芸能界と言う厳しい世界で活動しているため、どこか大人びた発言をすることもあるがやはり抜けているのに変わりはない。
そして、最大の問題はのぞみだ。
プリキュアのリーダーが一番心配だと言うのもおかしな話だが、とにかくのぞみが不安な事実は変わらない。
無鉄砲、無用心、不器用の三つを兼ね備えたのぞみがこんな状況で危険でない方がおかしい。
しかも、のぞみは悪意を向けていないのならばどんな人間も簡単に信じてしまうタイプだ。
今まで戦ってきた敵は悪意をむき出しにして襲いかかってくる相手だったから良いものの、世の中にはそんな連中だけじゃない。
笑顔で近づいてきて、こちらを騙すことに長けた人間も居る。
そんな人間に騙されて後ろからぶすっと刺されているかもしれない。
のぞみは妙に勘が良いところはあるものの、それでもやはり不安だ。
早く合流しておきたい。
とは言え、りんはどうしてもここから動く勇気が湧かなかった。
それは殺されるかも、という恐怖とは全く別の恐ろしいものが近くにあるからだった。
死ぬことよりも恐ろしいものがある、というのもおかしな話だがりんにとってはかなり重要な問題だ。
下手をすればりんはここから六時間近く動けないかもしれない。
全く大げさな話ではなく、本当にありえるかもしれない。
「あーもう、なんで最初が学校なのよぉ!」
動かなければいけない、だが動けない。
りんの足をここまで止めるもの、その正体はひどく簡単なものである。
それは人が、いや、生き物すべてが常に側にいるある種純粋な恐怖の対象。
りんは、目の前に広がる夜が作った暗闇が怖かったのだ。
しかも、現在地が学校と言うのもりんの恐怖を倍増させていた。
ここが小学校か中学校か高校かは分からないが、学校といえば怪談がつきものだ。
今はなんとか月明かりが当たる窓の側にいるが、その月明かりが届かない奥へとどうしても足が進まない。
と言うのも、男勝りで運動神経バツグンないわゆるカッコいい女の子であるりんはとにかくお化けが苦手なのだ。
あの闇の奥からぬぅっと幽霊が出てくるのではないかと妄想が膨らんでくる。
実際に幽霊など存在するわけがない、早く動かなければ皆が危ない。
だが、どうにも動けない。
「せめて電気がついてくれればいいっていうのに……」
りんは仕事を果たそうとしない電灯を恨めしそうに眺めながら溜息をつく。
そして、自らを鼓舞するようにパチンと小気味の良い音を立てながら頬を叩き前を見据える。
一歩踏み出す、恐怖は消えない。
もう一歩踏み出す、既に後悔を覚え始める。
もう一歩だけ踏み出す、もはや心には恐怖しかない。
もうすぐで廊下の突き当たりだ、曲がることで階段に出る。
ここでりんの脳に「階段と怪談って発音同じよね」という脈絡があるようで全くない考えが浮かんでくる。
だが、そんな馬鹿みたいな考えでもりんの歩みを止めるには十分なものだった。
もはや出涸らしとなってしまった、最後の勇気を振り絞り角を曲がる。
目をつぶって、怪談から転げ落ちることも考えずに駆け足で。
「うわぁ!」
「きゃっ!」
だが、廊下を曲がった瞬間に腹部に衝撃が走る。
りんは、ひっ、と喉をひくつかせながら視線を落とす。
そこにはりんとぶつかった衝撃か、階段へとゆっくりと落ちて行く小さな影が見えた。
危ない、と感じたりんは考えるよりも早く飛ぶようにして少女の身体を抱きかかえていた。
当然ダンダンと階段に身体をぶつけながら転げ落ちて行き、身体中に激しい痛みが走る。
「いたた……大丈夫?」
「……はい、大丈夫です」
胸の中の小さな子が若干苦しそうながらも声を返したことに安堵しながら、様子を目で伺う。
垂らされた長い髪、ズレ落ちた眼鏡、苦しそうに歪めた表情。
「………………」
「え、あ、あの?」
息が止まる、心臓が止まる、冷や汗すら止まる。
いっそ気を失ってしまえば楽なのだろうか、それが許されない程度にりんの肝は丈夫だった。
代わりに、その恐怖を外へと出すように大口を開け――――。
「うわあああああああああああああ!!!」
「きゃあああああああああああああ!!!」
――――大声で叫びながら、目の前の影から距離を取る。
そして、影もりんの声に釣られるように大声で叫び顔を押さえて姿勢を低くする。
「お、おば、おば、お化け……!」
「……へ?」
怯えるように腰の抜けた身体で這いずりながら、階段を登ろうとするりん。
その間抜けな姿を眺めながら、影はりんへと声をかけた。
「あの、私お化けじゃないです」
「…………え?」
その言葉にりんは涙がこぼれ始めている目で、ようやく影の姿をじっくりと眺める。
影は声の調子や口調から察せれるように少女の姿をしていた。
ボリュームの有る長い髪を二本の三つ編みに分けた髪と眼鏡が特徴的な、大人しそうな少女。
体付きから年下の女の子は弟たちより少し上ぐらいか、とりんは大体の当たりをつける。
りんならば運動の邪魔になるから、と直ぐに切ってしまうほどの長さだ。
そして、首にきらめくのは無骨な首輪、首輪を付けられるということは幽霊ではない、はず。
いや、実際に幽霊が首輪を付けられるのかどうかと言われると付けられるのだが。
そんなことを知らないりんとしては「幽霊は物を透き通す」と言うものがあった。
そこでようやくりんは自分が勘違いしていたことに気づき、慌てたように繕いはじめた。
「あー、ご、ごめんね? ちょっと動揺しちゃってたんだ。ほら、これあげるから許してよ。
あ、ちなみにあたしは夏木りんって言うんだ」
「りん……さん?」
中年の女性が泣き止まない子に飴をあげるような気安さで、りんは手首につけていたアクセサリーを少女に差し出す。
少女は訝しげにりんの顔とアクセサリーを眺めて、怯えるようながらもアクセサリーを手にとった。
「うん、似合ってるよ。落ち着いた雰囲気にいい感じにあってる」
「……そう、ですか?」
少し照れたように顔をうつむかせる少女。
そこでりんは少女の名前を聞いていなかったことを思い出した。
「あ、そう言えば名前は?」
「……宇佐、美々です」
「そっか、美々ちゃんか。よろしくね」
りんは先程の動揺を隠すように、なるべく笑顔で話しかけ続ける。
美々は視線を外しながら、ぺこりと頭を下げる。
未だに距離をとっていることから用心深い少女のようだ。
もしくは人見知りをする性格なのだろうか?と思いながら眺めていると、逆に美々から訝しげに見られる。
幼なじみであるのぞみがあっけらかんとした性格のためどうも物珍しく見てしまったのかもしれない、りんは慌てて話題を変える。
「えーっと、美々ちゃんは名簿とか見た?」
「……はい、友達が二人いました。りんちゃんと、黒ちゃん」
「りん? あたしと一緒……って、そうか。だから名前言ったときに驚いた顔してたんだ」
美々は言葉にはせずに頷くだけで肯定を示す。
これはいいきっかけになる、とりんは安堵する。
何かしらの共通点があれば仲を有効な関係も作りやすいはずだ。
そう思い美々を安心させるために移動しながらでも話そうと口を開いた瞬間。
一人の女性が階下に立っていることに気づいた。
美しい女性だった。
長い髪を一つにまとめた髪型と鋭い目、シャンと背筋の伸びた丁寧な姿勢が鋭利な印象を与える。
普段のりんならば、綺麗な人だな、と見とれていたかもしれないが今はそんな想いを抱けなかった。
何故ならその女は物騒にも剣を持っていたからだ。
重量を感じさせる使い勝手の悪そうな、だけど分かりやすい暴力の証。
西洋のものと思われる形状と、奇妙にも青い刃が特徴的だ。
刃はふつうのものとは違い、ただただ青い。まるで宝石を刀身にしたかのようだ。
青い刀身はまだエターナルではなくナイトメアと戦っていた時に同じプリキュアのキュアアクアが扱ったことのある剣を思い出させる。
「……首輪をつけている、か」
女は鋭い目を和らげようともせずに、確認するように鈴の鳴るような声でポツリと漏らして手に握った剣を高く掲げる。
その流れるような動作から剣の扱いには慣れているように見えた。
「バトルロワイアルの参加者ならば、その命を渡してもらう……!」
「うわっ!」
「きゃ……!」
物騒な言葉と共に、女は一足飛びで階段を飛び越えりんの懐へと潜り込む。
七十は軽く超える戦いによって染み込まれた危機に対する反応により、美々を押し倒してりんは避けた。
肩に僅かな切り傷が出来たが、たいした傷ではない。
だが、傷など関係なくりんは女へと怒鳴りつける。
「なにすんのよ! 死んでもらうって、アンタ危ないじゃないの!」
「……動くな、大人しく命を私に渡せ」
「なっ……!」
女の冷たい言葉に、りんは肩から通じる痛みを無視してカッと頭が熱くなる。
死んでしまうかもしれなかったのだ。
死ねば何もない、アクセサリーをつけてお洒落をすることも綺麗な花を愛でることも、何もできない。
「あたしさぁ……まだこの「バトルロワイアル」ってのでどうすればいいかってのはイマイチよく分かんないけど……」
りんは怒りをフツフツと滾らせながら、ポケットから携帯電話のような小物を取り出す。
ローズパクトに宿った五つの蝶がもたらした力の一つ、キュアルージュへと変身するために必要なキュアモだ。
半ば睨みつけるように女へと視線を向けながら、キュアモを持った右手を前へと突き出す。
「アンタみたいなのは野放しにしちゃいけないってことは分かるわよ!」
ピッ、ピッ、ピッと、激しい言葉と共にキュアモのボンタを押して行く。
そして、最後に一言。
目の前の女に対する怒りを隠すことなく大声で叫んだ。
「プリキュア・メタモルフォーゼ!」
りんの手の中のキュアモから激しいエネルギーが溢れ出し、そのエネルギーの放流がりんの回りに渦巻き始める。
腕と臀部、脚部が赤い光に包まれて、その光が白を基調とし各部に赤い装飾のついた服へと変わっていく。
そして、最後に薔薇を模した髪飾りをつけることによって、りんは伝説の戦士へと姿を変えた。
胸に幾度となく危機を救った伝説の戦士の証である蝶のリボンと、キュアローズガーデンの赤い薔薇の力を得た戦士。
「情熱の、赤い炎! キュアルージュ!」
――――伝説の戦士プリキュアの一人、キュアルージュへと。
「美々ちゃんは隠れてといてね」
「へ……え……?」
「大丈夫よ! ちょいちょいとやっつけてくらからさ!」
美々は突然姿を変えたルージュに呆気に取られていたが、やがて慌てたように階段を駆け下りていく。
目の前の女はそれを目で見送るだけで追おうとはしない。
それよりも突然姿を変えたルージュに警戒の眼差しを向けている。
「……魔導師か? いや、それにしては魔力が……?」
「魔導師だか窓拭きだが知らないけどさ、アンタ恥ずかしくないの? あんな小さい子を襲おうとしたりしてさあ!」
ルージュは腕を組んで見下すような視線で女へと言葉を投げ捨てる。
だが、女はそれに答えずに、ルージュとは違う冷たい目で冷たい言葉を投げかける。
「烈火の騎士、シグナム」
「はい?」
「名乗りをあげるのならば返そう。それが騎士たる者として、出来る限りの礼儀だ」
「あんた……あんな小さい子にそんな物騒なのを向けといて騎士とか言うつもり!?」
その言葉と共に、次はルージュから攻撃を仕掛ける。
ルージュとしては攻撃をまともに当てるつもりはない。
ただ、剣を落とさせて戦闘力だけを奪うつもりだった。
その過程でシグナムが怪我を負うことになろうと知った事ではない。
そんな加減を忘れさせるほどに、ルージュは怒りに燃えていた。
「ドリームたちとさっさと合流したいっていうのにさぁ!」
「……仲間が居るのか?」
「まあねぇ! アンタみたいなのを倒すための信用できる仲間が居るのよ!」
軽口叩きながらも強く握りしめた右の拳を振るうが、シグナムの剣に力の流れる向きを変える様に添えられて捌かれる。
だが、そこでルージュは止めはしない。
前方へと流れて行く身体を足の踏ん張りだけで耐え抜き、シグナムへと鉄拳を放つ。
「てりゃあああ!!」
一撃目を止められれば直ぐに二撃、二撃目も止められたならば三撃、それでも駄目なら四撃、五撃、六撃。
とにかく攻撃の手を止めない。
伝説の戦士とは言えルージュには技術のようなものは持ち合わせていない。
だからルージュは手数と馬力で押し続ける。
強く握った拳は超硬質に加工された鉄そのもの、拳を前方へと撃ち放つ速度は雷光と見間違うほどのもの。
元々、超近距離は身体能力を大幅に強化されたプリキュアの得意とする範囲だ。
シグナムが剣を振るうことすらままならない距離で、万が一でもまともには入れば致命傷となりうる速く重い打撃を打ち続ける。
しかし、シグナムはルージュの攻撃の一つ一つを丁寧に捌いていく。
身体を揺らせ、剣を前方に脅すように振るい、位置取りを確かめ、あらゆる手でルージュの攻撃を誘導していく。
度々ルージュの重い打撃に眉をしかめはするものの、それでも会心の当たりは確実に防いでいるのだ。
そのシグナムの技巧に、今度はルージュが思わず顔をしかめてしまう。
ルージュの目的はシグナムから武器を奪うことだ、それ以上のダメージを与えるつもりはない。
それは出来ると思った、伝説の戦士と呼ばれるプリキュアならば武器だけを破壊することぐらい可能だと。
だが、それは違った。
「はぁー!!」
右の素早いジャブでシグナムに一撃を入れ、僅かに作った隙を狙い蹴りを入れる。
だが、それもあの青い剣を緩衝材に使われて大したダメージは与えていない。
しかも、青い剣に与えられる衝撃は外へと流して行く。
やはり、隙に見えたものもシグナムによる攻撃の誘導。
先程からこのようなことを何度も続き、何時までもまともな攻撃を入れることが出来ない。
ルージュの雷光のように速く激流のように重い一撃を、シグナムは剣一本で防ぎ続けているのだ。
「……ッ! ハッ!」
逆に何時まで経っても攻撃が入らない苛立から隙が生まれたのだ。
剣による攻撃ではなく、剣による捌きで流れた胴体へと膝を叩き込む。
攻撃出来るチャンスを逃しはしないと言わんばかりに剣を振るう。
ルージュとてこの一撃の振りかぶりが少ないと言えど必殺の物だとは、今までの経験が察することが出来る。
(引くんじゃない、いく!)
一瞬でルージュは防御ではなく拳を撃つべきだと判断する。
当てに来ているのだから先程よりも隙は大きい、プリキュアの力を持ってすれば可能なはずだ。
「いったぁい……!」
「……くっ!」
それは正解だった。
後からの攻撃だというのに、ルージュの拳はシグナムの剣がつくよりも早くシグナムの腹部へとめり込んだ。
しかもルージュが前に出ることによってシグナムの剣は十分に振りきれていない、脇腹に切り傷が出来る程度のダメージで済んだのだ。
とは言え、スピード重視のルージュの一撃ではシグナムを沈めるには足りなかったようだ。
バックステップでシグナムは距離を取る。
そして、今までのやり取りでルージュは確信にいたった。
目の前のシグナムはプリキュアと十分に戦うことが出来る存在だ。
幾度となく戦ったコワイナーやホシイナーなどよりも手強い。
もはやルージュに余裕など存在しない、武器を奪うのではなく相手を打ち倒すつもりで攻撃を放ち続けている。
しかし、それでもシグナムは捌き続ける。
シグナムは強い上に隙が全く存在しない。
剣を踊らせながら隙を窺い、確実に殺しに来る。
殺す、その単語を考えるとルージュの背筋に冷たいものが走る。
その冷たいものを否定するように、ルージュは後ろへと飛び階段の踊り場の窓から外へと飛び出す。
三階からの飛び降りだが、プリキュアにとってはたいしたことではない。
シグナムにとってもそれほど驚きを示す行動ではないのか、涼しい顔をして同じく窓から飛び降りて追ってくる。
このルージュの行動は距離を取るための行動ではない。
ルージュの持つ攻撃の中で最も信頼できる攻撃を放つためだ。
「プリキュア――――」
落下しながら両腕を胸の前で交差させることにより、胸の蝶を思わせるリボンを光らせる。
そのルージュの行動にシグナムがしまったと言わんばかりに顔を歪ませるが、それを無視するように口を動かせる。
「――――ファイヤー・ストライク!」
炎のボールを身体能力を強化された体で強く蹴りつける。
フットサル部で毎日毎日練習している、体に染み込んだ動きは狙いを外すわけがない。
炎はその自信を肯定するように、ルージュの着地と同時にシグナムに炎が直撃する。
シグナムが剣を盾にする形で防御する姿は見えたが、炎の威力自体に押されて校舎へと叩きつけられた。
だが、叩きつけられるだけでは済まない。
シグナムを校舎に叩きつけるだけでは推進をやめずに、衝撃を受け止めていた校舎の一角をシグナムごと破壊していく。
「やっば……!」
剥き出しになった廊下を眺めて、ルージュはそこでようやく焦りを覚えた。
いくら殺されるかもしれなかったからといって、自分が人を殺してしまったかもしれないという焦りだ。
だが、そんなルージュの不安は杞憂に終わった。
シグナムが瓦礫を跳ね除け、崩れ去った学舎の一角から屋上へと飛び出てきたのだ。
「……」
「生きてる……」
フゥっと安心のため息をつくと同時に、ルージュは少し奇妙な感覚を覚えた。
間を置かずに攻めつづけてきたシグナムが足を止めているのだ。
代わりに剣を天へと捧げるように、大上段に構えている。
いや、それは既に剣ではなかった。
柄を杖を思わせるロッド状へと、青い刀身を同色の水晶へと姿を変えている。
一瞬だけ、ルージュはシグナムが戦う気をなくしてくれたのかと機体してしまう。
だが、シグナムのルージュを睨みつける視線は厳しいままで、戦意を失っているようには見えない。
「ふっ!」
そのルージュの思考を肯定するように、女は高く掲げ上げた杖を鋭く振り下ろす。
かなりのダメージを与えたはずだというのに、ルージュたちを襲った最初の一閃となんら変わりのない鋭いものだ。
「……なっ!?」
そして、鋭く振られた杖に導かれるように天空から降り落ちるいくつものエネルギーの塊の『雨』。
ルージュは一瞬で、その雨が十分なダメージを与えるであろうことを理解した。
あの『雨』からはルージュと同じプリキュアであるキュアアクアが放つ、必殺の水流と同じものを感じるのだ。
「うわっ、っとと!」
ルージュは曲芸師を思わせる変則的な動きで間を置かずに降り注いでくる『雨』を避けていく。
ふと、の一つが校舎へと降り注いでいるのがルージュの視界に入る。
あの方向は確か美々が逃げて言った方角だ。
美々はあまり運動が得意なようには見えなかった上に、しかも真夜中で足元も定かでない中だ。
もしかするとまだ校舎の近く、もしくは中に居るかも知れない。
ならばあの周辺の校舎が崩れると、美々が危険だ。
「ええい!」
空へと高く飛び上がり、再び両腕を胸の前で交差させる。
胸のリボンから飛び出た炎はルージュの前方へと四つ現れる。
それを順番に一つずつ蹴り上げ、決して狙いを逸らさずに確実に『雨』へと当てていく。
百発百中のその炎は、『雨』が校舎へと落ちる前に全てを破壊する。
その様子にルージュは、ふぅ、と息をつく。
これで校舎が崩れることはなくなり、同時に美々の危険もなくなった。
ルージュがシグナムの位置を確認するために屋上を眺めると、既にそこにはシグナムの姿はなかった。
(居ない!? 何処に行ったのよ!?)
最初に浮かんだ考えは、逃げられたか、という考えだった。
あの『雨』はルージュの気を惹きつけるための囮で、ルージュが気を取られた隙に逃げ出したと言うもの。
だが、その次に浮かんだ考えはそれよりもぞっとするものだった。
あの『雨』は囮、というところまでは最初の考えと変わりがない。
違うのは逃げたのではなく、シグナムは先に美々を殺しに行ったのではないか、というところだ。
「あんの女……!」
そうだとしたらこうしてはいられない、早く美々を助けにいかないといけない。
そう考え、後ろを振り向いた瞬間。
ルージュの胸に鋭い痛みと激しい衝撃が広がった。
ドスンッと鈍いが大きな音を立ててルージュの身体が地面に縫いつけられた。
胸に飾られた蝶のリボンを狙っているかのようにそこに剣が突き刺さっている。
すなわち、剣がルージュの胸を貫いている。
シグナムは、空に居たのだ。
「あん……たっ……!」
シグナムはルージュが『雨』へと気を取られた隙に上空へと位置を移す。
そして、ルージュの放った炎がエネルギーを壊す際の爆炎を目隠しに降下を始める。
その際に、手持ちの武器を杖から剣へと変えてルージュの胸に突き刺したのだ。
シグナムの戦法を理解すると同時に、ルージュの体の端から端まで力が抜けていく。
「アンタ……こんな馬鹿なコト……!」
「……」
ルージュの言葉を無視するように、シグナムは剣を引き抜く。
その目は冷たいようにも苦しんでいるようにも見える。
今までの何も感じてないような目とは違う。
いや、今までも何も感じていないのではなく、何も感じていないように装っていたのだ。
ひょっとするとシグナムにも何かしらの理由があるのかもしれない、殺し合いに乗らざるを得ない理由が。
だが、その理由があるのかないのかすらルージュにはもう分からない。
死んでいくルージュには、もう何も分からないのだ。
◆ ◆ ◆
シグナムは剣にもたれかかりながら、動かなくなったキュアルージュの姿を眺めていた。
強かった、何度も『狩った』有象無象の魔術師や生き物とは比べ物にならないほど。
好敵手と認め、同じくここに連れてこられたらしいフェイト・テスタロッサと同等と考えて良いだろう。
一瞬でトップスピードへと持っていき初速から終速まで一切のスピードを落とさない機動力。
鉄槌の騎士と称されるほどのヴィータと比肩するほどの重い一撃と早い連撃。
基礎的な能力が優れており、それを最大限に生かした戦法を使う肉弾戦タイプ。
切り札と思われる中距離からの炎の球を蹴り出す攻撃もまた強力なものだった。
さらにキュアルージュには仲間が居るとのことだ。
ルージュと同等か、或いはルージュをも凌駕するかもしれない仲間が。
不安材料はそれだけではない、強敵の存在にも加えてシグナムの身体にも僅かな不調が窺えるのだ。
剣を振るう速度や単純な膂力に関しては問題は少ない。
最も痛いのは飛行魔法における疲労の増大と思念通話の遮断だ。
特に思念通話が封じられたことは痛かった。
シグナムと同じくここに連れてこられた仲間のヴィータ、主であるはやてと連絡を取る術が事実上なくなったのだ。
強大な敵、多大なる制約、そして守るべき主。
この三つがシグナムに大きくのしかかる。
そして、それをシグナムも理解している。
「だが、負けはしない……」
シグナムは静かに言葉を漏らす。
誰に言うでも無く、自分に言い聞かせるように。
「私は負けない……負けはしない……」
例えレヴァンティンが無くとも、孤独な戦いになろうと、シグナムは負けるわけにいかなかった。
シグナムの主に残された時間は少ない、一刻も早く闇の書を完成させなければいけない。
しかも、その主までこの『バトルロワイアル』に巻き込まれているのだ。
足を不自由な主が、だ。
安全を確定するために、シグナムは三人殺しを達成して位置を確認しなければいけない。
武器は烈火の騎士という肩書きには些か不釣合だが、使い勝手は悪くはない。
剣という形状を取っているが、不意打ちとしてあの雨を思わせるエネルギーの塊を降らせる能力は中々に優れている。
シグナムの愛剣レヴァンティンほどではないが、武器としては十分に及第点を入れることが出来る。
シグナムは痛む身体に鞭を打ち、立ち上がる。
まだ殺せる相手がいる、あの眼鏡をかけたボリュームの有る髪の少女だ。
ルージュとの戦闘はそれほどの時間は立っていない。
逃げることが出来たとしても、精々がこの学校の付近。
恐怖で足を竦むことを考えるともっと近くにいるかも知れない。
疲労覚悟で飛行魔法を使い、空から周囲を見渡す。
美しく輝く月が周囲を照らしてくれる中で、目を凝らして逃げる少女の影を見つけ出す。
いつもより多大な魔力量を要求し、遠目からでも目立ってしまう飛行魔法は行うべきではないかもしれない。
しかし、シグナムはあえて飛行魔法を使ってでも少女の探索を優先した。
死神博士なる怪人物の約束した三人殺しの報酬が故だ。
疲労の大きさから何度も使える手ではないが、確実に殺せる今はある程度無理をしておくべきだとシグナムは判断した。
「見つけた」
裏から学校を出ようとする小さな影。
見つかることを警戒しているのか電気の類は一切つけていないようだ。
その分、月明かりだけを頼りにしなければいけないこともあり何度も転んでいるようだが。
シグナムは風を斬り空を舞い、少女の前へと降り立つ。
「ひっ……!」
空から降りてきたシグナムを少女は怯えた目で眺めてくる。
痛みと疲労を訴える脳を無視して、カチャリと剣を構え直しながら少女へと目を向ける。
改めて見るとやはり幼い、主である八神はやてと同年代ぐらいだろう。
外を駆け回るよりも暖かな部屋で本を読んでいる姿に合うような大人しそうな少女だ。
ふと、図書館で借りる本を選ぶはやての姿がシグナムの脳裏によぎる。
だが、それでも――――
「やらなければいけないことも、ある」
恐怖を与えて、恨みを向けられ、憎しみを背負うことになろうとも、シグナムはやらなければいけない。
ろくな死に方は出来ないであろうことは、シグナムにだって理解できる。
だが、悠長に手段を選んでいる場合ではない。
今こうしている間にもはやての生命が危険に晒されているのだ。
「嫌です……嫌ぁ……」
そんなシグナムの耳に泣き声が入ってくる。
少女はただただ、文章にならない恐怖を訴えるだけの言葉を発し続けている。
逃げようともせずに哀願を続けるだけ。
目の前の少女はシグナムやフェイト・テスタロッサのように特異な存在ではないのだから当然だ。
主である八神はやてと同じ、戦う術を一切持たない存在なのだ。
そう考えた瞬間に、振り上げた腕が急に重くなる。
だが、ここでやめる、なんて選択肢は存在しない。
シグナムは既に一人の戦士を切り捨てたのだ。
その戦士は少女を守ろうとしただけ、決してシグナムの主に危害を加えるような存在ではなかった。
それをシグナムはただ主の居場所を知るためだけに殺した。
エゴ以外の何者ではないの塊だと、シグナム自身でも分かる。
「りんちゃん……黒ちゃん……レイジさん……」
「……すまない」
何の力も持たない、ただ泣くだけの少女を見ていると自然と口が勝手に動いていた。
そのことにシグナムは驚愕する。
外道を装って切り捨てれば良いだけというのに、シグナムは許されようとしている。
今までの、八神はやてが闇の書の所有者となるまでのシグナムなら何も言わずに斬っていたはずだ。
少女の意思など無視して、ただマスター以外の存在はどうでも良いと、他人の命などよりも新たな武器を手にいれる方が優先だと。
――――これも、主はやての影響か。
青い刀身を宙に滑らせて、シグナムは神速を持って少女の首をはねる。
シグナムに出来る限りの丁寧さと素早さを使った、なるべく痛みや苦しみを与えない太刀筋だ。
一瞬で胴から切り離されコロコロと転がる少女の頭部をシグナムは見下ろす。
作られた表情は恐怖の一色に染まっている。
その少女の最後の表情を見て、シグナムは再認識した。
所詮、シグナムは戦うことだけしか出来ない。
戦うことでしか、はやてを救うことが出来ないのだ。
「シャマル、ザフィーラ……闇の書の完成にもう私とヴィータは関われんかもしれん」
シグナムは最終的にヴィータと共に自害をしてはやてだけを生還させることも選択肢に入れる。
もちろんシグナム、ヴィータ、シグナムの三人全員が生還する方法が最善ではあるが、そう上手く話が進むとは限らない。
このような悪趣味なことをやる相手に三人全員を帰すなんて仏心があるとはシグナムには思えなかった。
様々な不安要素はある。
だが、今はとにかくはやての安全を確立させることが最優先だ。
故にまずは三人を殺し、はやての居場所と現在の状態を死神博士から聞き出す。
残り一人だ、それ自体は容易いだろう。
だが、聞き出した後のことを考えると胸が苦しくなる。
はやては賢い少女だ、シグナムの様子から後ろめたい物を感じるぐらい訳ないだろう。
自分の為に信頼するシグナムが人を殺した、そんな罪悪感に苛まれることは目に見えている。
それでもシグナムは止まるつもりはなかった。
例えこの殺し合いによって二度と主の前に姿を表すことが出来なくなろうと、当の主が無事ならば構わなかった。
生きていれば、救われることは確実にある。
それは、シグナムが誰よりも知っている。
主であるはやてが教えてくれた幸福、それも現世に存在しているからこそ知ったものだ。
「恩義に報いる、などとは言いません……ただ生きてください、主」
【夏木りん@Yes!プリキュア5シリーズ 死亡】
【宇佐美々@こどものじかん 死亡】
【A-1/小学校/一日目-深夜】
【シグナム@魔法少女リリカルなのはA's】
[状態]:身体中に鈍い痛み
[装備]:ダークアクアの剣@Yes!プリキュア5シリーズ
[持物]:支給品一式×3、ランダム支給品0~1、0~1(夏木りんの物)、1~2(宇佐美々の物)
[方針/目的]
基本:はやてを守る。
1:三人殺してはやての位置を確認する。
2:全員を殺してはやてだけを生かすことも考える。
[備考]
※魔法少女リリカルなのはA's原作第6話終了後からの参戦です。
※夏木りんの死体の側にキュアモ@Yes!プリキュア5gogoが落ちています。
【ダークアクアの剣@Yes!プリキュア5シリーズ】
映画『Yes!プリキュア5 鏡の国のミラクル大冒険』にて登場したダークアクアの所持武器。
青い刀身を持った大剣からロッドへと変えて、上空から雨を思わせるエネルギーの塊を降らすことによる攻撃も行うことが出来る。
最終更新:2010年02月19日 09:40