石原都知事 公費私的流用問題
週刊朝日 06.12.22
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消えた500万円?キーマンが語る「一部始終」と証拠写真
石原親子と水谷建設元会長との「疑惑」の祝宴
写真―祝宴の席での記念写真。左から水谷功被告、石原宏高氏、糸山英太郎氏、石原慎太郎氏
東京・銀座の超高級料亭の最高級の部屋で、笑顔の面々が揃った。石原慎太郎・都知事と昨年の選挙で衆議院議員となった三男、そして巨額の脱税で東京地検に摘発されたあの「政商」、中堅ゼネコン水谷建設の元会長・・・・・・。彼らはいったい、何をしていたのか。会合の中身を知るキーマンがその一部始終を語った。
ジャーナリスト・時任兼作+本誌・小泉耕平
超高級料亭でこの写真が撮影されたのは、2005年9月14日。出席者は右から石原・東京都知事、糸山英太郎・元衆議院議員、石原都知事の三男・宏高衆議院議員、水谷建設元会長の水谷功被告ら。
いったい、どんな関係なのだろうか。
糸山元議員といえば、全国でゴルフ場を展開する実業家だが、かつては金権政治家、株の買占め屋として、世間を騒がせた。現在はJALの個人筆頭株主として知られ、主催する政治・経済についての研究会「糸山政経塾」に参加するメンバーの職種も幅広い。
石原都知事はそのメンバーではないものの、そんな糸山元議員と「40年来の親友」だとされる。
「宏高氏が政経塾の塾生であったことがこの会の発端なんです」
と関係者の一人は言い、こう続けた。
「というのも、会の趣旨が彼の衆議院議員の当選祝いだったからです。かねてより、慎太郎氏と親交のあった糸山氏は、宏高氏が出馬すると聞くと、さっそく応援団を組織してフルサポート。その中心メンバーの一人が奨励金も出したうえに社を挙げて大量動員をかけて当選に貢献したのが水谷氏だったのです」
この会は、選挙応援した功労者側が主催し、飲食の費用も負担しているというのだ。だが、そもそも、いったい何を目的として開かれたものなのだろうか。
本誌はこの会に参加し、その内容を熟知するキーマンに話を聞いた。以下、その詳細を公開する。
いったい、どんな関係なのだろうか。
糸山元議員といえば、全国でゴルフ場を展開する実業家だが、かつては金権政治家、株の買占め屋として、世間を騒がせた。現在はJALの個人筆頭株主として知られ、主催する政治・経済についての研究会「糸山政経塾」に参加するメンバーの職種も幅広い。
石原都知事はそのメンバーではないものの、そんな糸山元議員と「40年来の親友」だとされる。
「宏高氏が政経塾の塾生であったことがこの会の発端なんです」
と関係者の一人は言い、こう続けた。
「というのも、会の趣旨が彼の衆議院議員の当選祝いだったからです。かねてより、慎太郎氏と親交のあった糸山氏は、宏高氏が出馬すると聞くと、さっそく応援団を組織してフルサポート。その中心メンバーの一人が奨励金も出したうえに社を挙げて大量動員をかけて当選に貢献したのが水谷氏だったのです」
この会は、選挙応援した功労者側が主催し、飲食の費用も負担しているというのだ。だが、そもそも、いったい何を目的として開かれたものなのだろうか。
本誌はこの会に参加し、その内容を熟知するキーマンに話を聞いた。以下、その詳細を公開する。
※ ※ ※
私がこの会に出席するきっかけとなったのは、糸山氏からの電話でした。去年9月11日に行われた衆議院選挙での宏高氏の当選を受け、糸山氏はこんなことを言ってきたのです。
「選挙期間中は塾生である宏高氏の応援をしてもらったし、お金ももらった。いうなれば、あんたは宏高議員の生みの親みたいなもの。だから、これからも大事にしてやってほしいんだが、あれにはまだ大きなスポンサー一人いない。そこで、水谷さんにそれをお願いできないかと思っている。ついては、『宏高氏を祝う会』をするので、水谷さんも一緒に連れてきてほしい」
実際、私は宏高氏を応援していたし、献金もしました。それから、私の声かけで水谷建設グループが大量動員したのも事実ですから、お祝いには水谷氏ともども出席させていただこうと思い、そう答えました。
と、開催前日の9月13日になって糸山氏の秘書から、「500万円持ってきてほしい。そう水谷さんに伝えてくれ」
と連絡が入ったのです。私は、どうしてそんなお金がいるのだか、それにどうしてこちらが用意しなければならないのか疑問に思いながらも、そのまま水谷氏に伝えました。すると、水谷氏はこう答えました。
「いまは献金はできない。どうしてもというなら領収書を出してほしい。それがダメなら出席しない」
こう言われてしまった私は、糸山氏の秘書にその旨を伝えた上で、
「領収書が出せないのなら、私が立て替えます。ただ、300万円ではどうでしょうか」
と持ちかけてみました。
秘書の方は
「(糸山)先生に聞いてみます」
と言って一度、電話を切った後、
「別の出席者が500万円出すというからその額でと言っている」
と言ってきました。そこで、仕方なく、私が500万円すべてを建て替えることにしたのです。
「選挙期間中は塾生である宏高氏の応援をしてもらったし、お金ももらった。いうなれば、あんたは宏高議員の生みの親みたいなもの。だから、これからも大事にしてやってほしいんだが、あれにはまだ大きなスポンサー一人いない。そこで、水谷さんにそれをお願いできないかと思っている。ついては、『宏高氏を祝う会』をするので、水谷さんも一緒に連れてきてほしい」
実際、私は宏高氏を応援していたし、献金もしました。それから、私の声かけで水谷建設グループが大量動員したのも事実ですから、お祝いには水谷氏ともども出席させていただこうと思い、そう答えました。
と、開催前日の9月13日になって糸山氏の秘書から、「500万円持ってきてほしい。そう水谷さんに伝えてくれ」
と連絡が入ったのです。私は、どうしてそんなお金がいるのだか、それにどうしてこちらが用意しなければならないのか疑問に思いながらも、そのまま水谷氏に伝えました。すると、水谷氏はこう答えました。
「いまは献金はできない。どうしてもというなら領収書を出してほしい。それがダメなら出席しない」
こう言われてしまった私は、糸山氏の秘書にその旨を伝えた上で、
「領収書が出せないのなら、私が立て替えます。ただ、300万円ではどうでしょうか」
と持ちかけてみました。
秘書の方は
「(糸山)先生に聞いてみます」
と言って一度、電話を切った後、
「別の出席者が500万円出すというからその額でと言っている」
と言ってきました。そこで、仕方なく、私が500万円すべてを建て替えることにしたのです。
「何があってもバックれる」と
会合の当日、14日の朝、秘書からまた連絡があり、
「3時半から4時の間に(糸山氏の会社や自宅がある)タワーのほうに500万円を持ってきてほしい。糸山は、それを焼酎の『森伊蔵』の4合びんの箱に詰めて、慎太郎さんに渡すと言っているので、ピン札で用意してくれるとありがたいんだけど」
と言うのです。
そこで、私は銀行でわざわざピン札を用意し、お菓子に見えるように包装紙でくるんで紙袋に入れ、3時半に糸山タワーの4階に出向いたのです。秘書にそれを渡すと、
「これでいい」
と言って受け取りました。
そのおよそ2時間半後、午後6時過ぎに私は友人をひとり伴って銀座の吉兆に行きました。案内されたのは2階にある素晴らしい部屋でした。立派な書画に見とれているうちに、石原都知事が6時15分ごろに到着しました。相前後して水谷氏もやってきて「つくばエクスプレスができて、周辺の開発があるから、水谷さんも土地を買っておいたらいい」などと雑談をしていました。
この間、私は糸山氏の秘書に電話し、「石原都知事がもう来てますよ」と伝えると、糸山氏本人が電話の横から「カネをもらうとなると早いんだから」などと口をはさんだのでした。それから10分ほどたった6時半ごろ、糸山氏が秘書のふたりを伴い、焼酎の箱が入った紙袋を持参して部屋に入ってきました。ほぼ同時に、石材業を営む男性もやってきたのですが、糸山氏はすぐに秘書と私に目配せをして、自分と石原都知事以外を別室に下がらせました。
そして1、2分後、部屋に戻ると、焼酎の箱は紙袋に入った状態で石原都知事の脇に移っていました。その直後、宏高氏も到着。私は紙袋をちらちらと見ながら、全員での記念撮影に応じたのを覚えています。撮影が終わると会食でした。
この件が関係者の間で問題となったのは、05年12月13日のこと。助成金詐欺の容疑で水谷建設に捜査が入ったためです。その報道が流れると、糸山氏の秘書があわてた様子で電話をかけてきました。そして、こう言ったのです。
「先日のあの吉兆でのお金だけど、どんな処理になっている?糸山がひどく気にしているんで」
私は、あくまでも自分が立て替えているので、捜査のことは心配いらないと答えました。秘書は安心したようですが、今年7月に入っていよいよ東京地検の捜査が水谷建設に及ぶ(7月8日に強制捜査、12日に水谷元会長逮捕)と、またあたふたし始めました。
秘書は水谷氏の逮捕翌日の7月13日に電話してきて、
「石原都知事の会計責任者が『何があってもバックれる』と言っている。そもそも、石原都知事には水谷氏にもらったという認識がないんだから」
などと妙なことを言いだすのです。これを聞いて私は疑問に思いました。どうして知事の認識がないのだろうか、と。そこで秘書を追及すると、こんな事実が明らかになったのです。
「実は、あの500万円は石材業者からの500万円、さらに糸山の1千万円を加えて一緒にしてしまったんだ。1千万ずつ、森伊蔵の箱二つに詰めたんです」
話を聞いて私は唖然としました。これでは、私の500万円は糸山氏にあげたようなものじゃないですか。
ならば
「糸山氏に返してもらわないと」
と私は言いました。秘書が「そうだよね」と応じたので、そうするつもりでしたが、あとで考えてみると、筋が違うと気づきました。もし、500万円を含め、2千万円の献金が糸山氏からのものだとするならば、石原都知事の会計責任者があせるはずがない。あわてるのは、500万円が水谷氏側からのものとわかっているから。となれば、私が返してもらうべきは石原都知事ということになるのです。
さて、私は実際にそうしようとして、驚くべきことに気づきました。念のため、石原都知事の政治資金収支報告書を確認してみると、2千万円自体の記載がないのです。宏高氏の政治資金収支報告書も見てみましたが、結果は同じ。水谷氏が激励金として選挙期間中に贈った現金の記載も見当たりませんでした。
これでは、石原都知事親子に返金請求をすることはできそうにありません。さらに秘書の話では、「国会議員の当選祝いとなると2千万円くらいは包まないとならないが、全部自分で出すのはいやだ。半分くらい誰かにもたせないと、と糸山は言っていた」というのです。そこで、私は当初考えたとおり、糸山氏に返してもらおうと思い、起訴準備に入ったところです。
「3時半から4時の間に(糸山氏の会社や自宅がある)タワーのほうに500万円を持ってきてほしい。糸山は、それを焼酎の『森伊蔵』の4合びんの箱に詰めて、慎太郎さんに渡すと言っているので、ピン札で用意してくれるとありがたいんだけど」
と言うのです。
そこで、私は銀行でわざわざピン札を用意し、お菓子に見えるように包装紙でくるんで紙袋に入れ、3時半に糸山タワーの4階に出向いたのです。秘書にそれを渡すと、
「これでいい」
と言って受け取りました。
そのおよそ2時間半後、午後6時過ぎに私は友人をひとり伴って銀座の吉兆に行きました。案内されたのは2階にある素晴らしい部屋でした。立派な書画に見とれているうちに、石原都知事が6時15分ごろに到着しました。相前後して水谷氏もやってきて「つくばエクスプレスができて、周辺の開発があるから、水谷さんも土地を買っておいたらいい」などと雑談をしていました。
この間、私は糸山氏の秘書に電話し、「石原都知事がもう来てますよ」と伝えると、糸山氏本人が電話の横から「カネをもらうとなると早いんだから」などと口をはさんだのでした。それから10分ほどたった6時半ごろ、糸山氏が秘書のふたりを伴い、焼酎の箱が入った紙袋を持参して部屋に入ってきました。ほぼ同時に、石材業を営む男性もやってきたのですが、糸山氏はすぐに秘書と私に目配せをして、自分と石原都知事以外を別室に下がらせました。
そして1、2分後、部屋に戻ると、焼酎の箱は紙袋に入った状態で石原都知事の脇に移っていました。その直後、宏高氏も到着。私は紙袋をちらちらと見ながら、全員での記念撮影に応じたのを覚えています。撮影が終わると会食でした。
この件が関係者の間で問題となったのは、05年12月13日のこと。助成金詐欺の容疑で水谷建設に捜査が入ったためです。その報道が流れると、糸山氏の秘書があわてた様子で電話をかけてきました。そして、こう言ったのです。
「先日のあの吉兆でのお金だけど、どんな処理になっている?糸山がひどく気にしているんで」
私は、あくまでも自分が立て替えているので、捜査のことは心配いらないと答えました。秘書は安心したようですが、今年7月に入っていよいよ東京地検の捜査が水谷建設に及ぶ(7月8日に強制捜査、12日に水谷元会長逮捕)と、またあたふたし始めました。
秘書は水谷氏の逮捕翌日の7月13日に電話してきて、
「石原都知事の会計責任者が『何があってもバックれる』と言っている。そもそも、石原都知事には水谷氏にもらったという認識がないんだから」
などと妙なことを言いだすのです。これを聞いて私は疑問に思いました。どうして知事の認識がないのだろうか、と。そこで秘書を追及すると、こんな事実が明らかになったのです。
「実は、あの500万円は石材業者からの500万円、さらに糸山の1千万円を加えて一緒にしてしまったんだ。1千万ずつ、森伊蔵の箱二つに詰めたんです」
話を聞いて私は唖然としました。これでは、私の500万円は糸山氏にあげたようなものじゃないですか。
ならば
「糸山氏に返してもらわないと」
と私は言いました。秘書が「そうだよね」と応じたので、そうするつもりでしたが、あとで考えてみると、筋が違うと気づきました。もし、500万円を含め、2千万円の献金が糸山氏からのものだとするならば、石原都知事の会計責任者があせるはずがない。あわてるのは、500万円が水谷氏側からのものとわかっているから。となれば、私が返してもらうべきは石原都知事ということになるのです。
さて、私は実際にそうしようとして、驚くべきことに気づきました。念のため、石原都知事の政治資金収支報告書を確認してみると、2千万円自体の記載がないのです。宏高氏の政治資金収支報告書も見てみましたが、結果は同じ。水谷氏が激励金として選挙期間中に贈った現金の記載も見当たりませんでした。
これでは、石原都知事親子に返金請求をすることはできそうにありません。さらに秘書の話では、「国会議員の当選祝いとなると2千万円くらいは包まないとならないが、全部自分で出すのはいやだ。半分くらい誰かにもたせないと、と糸山は言っていた」というのです。そこで、私は当初考えたとおり、糸山氏に返してもらおうと思い、起訴準備に入ったところです。
※ ※ ※
以上が証言の概要だが、事実とすれば政治資金規制法違反などの疑いすら出てくる。本誌は石原都知事らに話を聞いた。、すると、こんな回答が返ってきたのだ。
「会合があったのは事実だが、それ以外についてはバカバカしくて答える意味がない」(石原都知事の会計責任者)
「糸山氏の誘いで、水谷氏や都知事らと会合を行ったのは事実です。『会食をするからおいでよ』と言われ、私としては当選祝いだと思っていました。お金のやりとりがあったという話は全くの事実無根です。焼酎の箱を渡したかはわかりませんが、おそらくないと思います。水谷建設から選挙の応援も受けていません」(宏高議員)
「会合があったのは事実だが、それ以外についてはバカバカしくて答える意味がない」(石原都知事の会計責任者)
「糸山氏の誘いで、水谷氏や都知事らと会合を行ったのは事実です。『会食をするからおいでよ』と言われ、私としては当選祝いだと思っていました。お金のやりとりがあったという話は全くの事実無根です。焼酎の箱を渡したかはわかりませんが、おそらくないと思います。水谷建設から選挙の応援も受けていません」(宏高議員)
2千万円の札束いったいどこへ
糸山氏もこう答える。
「糸山政経塾の塾生である宏高氏の当選祝いで、都知事も顔を出すというから呼ばれていっただけ。焼酎の森伊蔵は慎太郎氏と宏高氏に一本ずつあげましたが、箱に現金をいれたなどということは絶対ありません。そもそも1千万円の札束は、森伊蔵の箱には入らないよ。新米の宏高氏にお金をあげてお願いするようなことは何もないし、誓願や陳情もしたことがない。そんなことをすれば政治資金規制法違反になることも知っているし、私はそんなドジな男ではない。水谷氏と会ったのもあの場が初めてで、初対面の人からお金をもらうわけもない」
だが、同じくこの会合の中身を知る糸山政経塾の関係者の一人は、
「糸山の話はデタラメだ。そもそも水谷氏とは初対面ではない。昨年夏、韓国・済洲島で知り合っている。それから、2千万円のお金が用意され、焼酎の箱に入れられて会場に届けられ、その焼酎の箱を慎太郎氏が受け取ったのは事実。箱の中身がまさか焼酎とは・・・・・・誰も思わないでしょうね」
と語るのだった。
真相はどうなのか。いったい2千万円はどこにいってしまったのだろうか。
会合に出席した当事者達の主張は食い違っているが、訴訟となればそれもはっきりするだろう。ちなみに、東京地検も一連の経緯を把握している模様だ。そちらで結論を出してもらうと、もっとわかりやすいかもしれない。
「糸山政経塾の塾生である宏高氏の当選祝いで、都知事も顔を出すというから呼ばれていっただけ。焼酎の森伊蔵は慎太郎氏と宏高氏に一本ずつあげましたが、箱に現金をいれたなどということは絶対ありません。そもそも1千万円の札束は、森伊蔵の箱には入らないよ。新米の宏高氏にお金をあげてお願いするようなことは何もないし、誓願や陳情もしたことがない。そんなことをすれば政治資金規制法違反になることも知っているし、私はそんなドジな男ではない。水谷氏と会ったのもあの場が初めてで、初対面の人からお金をもらうわけもない」
だが、同じくこの会合の中身を知る糸山政経塾の関係者の一人は、
「糸山の話はデタラメだ。そもそも水谷氏とは初対面ではない。昨年夏、韓国・済洲島で知り合っている。それから、2千万円のお金が用意され、焼酎の箱に入れられて会場に届けられ、その焼酎の箱を慎太郎氏が受け取ったのは事実。箱の中身がまさか焼酎とは・・・・・・誰も思わないでしょうね」
と語るのだった。
真相はどうなのか。いったい2千万円はどこにいってしまったのだろうか。
会合に出席した当事者達の主張は食い違っているが、訴訟となればそれもはっきりするだろう。ちなみに、東京地検も一連の経緯を把握している模様だ。そちらで結論を出してもらうと、もっとわかりやすいかもしれない。
どーも三男への当選祝いを慎太郎パパンがネコババしたくさいです。