一人ぼっち(その3)
「どう?ちょっとは反省した?」
「ん…ひぃ…("q")」
「お姉ちゃんは私のこと嫌いなんでしょ?私を怒らせたくてウンチを漏らしたりして迷惑かけるんだよね?」
「うぇぇっひっぐ…うーい、ゆい、ちがうれす(TqT)ひっく」
「何が違うのよ。私が一生懸命作ったご飯を食べようともしないじゃない。やっぱりお姉ちゃんは私のことが嫌いなんだね」
それを聞いた唯は泣きながら床に散らばったペペロンチーノを拾い集め、もそもそと食べ始めた。
「うーい、うーいのうどん、おいちーおいちー、ひっぐ(TqT)」
「お姉ちゃん、何してるの?」
「ひっく、うーい…まんま…おいちーでつ…」
唯は自分が憂を嫌ってなどいないということを重度の池沼なりに懸命に訴えているのだが、
その汚らしい惨めで下品な所作が憂をさらに苛立たせた。
「何してるのって聞いてるのよッ!」
「ん゛”っぎぃ」
唯の頭を思い切り踏みつけて言う。
「ねぇ、あんたさ、何なの?何であんたなんかが私のお姉ちゃんなの?」
「む゛ひぃぃ…うーい、いちゃいいちゃい…ゆるちて…」
憂はますます力を強めて踏みつける。
「んぎ、ぎ…とんちゃ、たちけて…」
唯は救いを求めて大切な大切なお友達の名を呼んだ。
お仕置きは憂のために受け入れるものと耐え忍んできた唯にとって、初めてのことだった。
「…………」
それを聞いた憂は足をどけて、憎悪に満ちた目で唯を見下ろした。
「そうか、そういえばまだそんなのがいたわね」
「あう?(TqT)」
「お姉ちゃんはお友達がいっぱいいて羨ましいなぁ。私なんて一人もいないのに」
亀の水槽に手をかけて言う。
「ああああああーーーー!!!とんちゃ、だめええええええええええええええ!!!!!!("Q")」
憂が何をしようとしているのか気付いた唯は、痛む体を引きずって憂の足に縋り付いた。
「うーい、とんちゃ、やめちぇええええ!!わるいこ、ゆいれす…とんちゃ、おりこーれす…」
「へぇ~。じゃあトンちゃんの代わりにお姉ちゃんにお仕置きしてもいいのかな?」
「あう!あう!わるいこ、ゆいれす!うーい、ゆい、おちおき!とんちゃ、おちおきない!」
唯は必死に首肯して大切なお友達を庇おうとするが、その様が憂の怒りに油を注いだ。
「友だちってそうまでして庇いたくなるものなんだね。本当に羨ましいなぁ。退いて、お姉ちゃん」
「んぎゃっ(>q<)」
憂は唯をふりほどくと、水槽を台から突き落とした。
ガチャン!!ザァァァァ
「あああああああああああああああああああ!!!だめええええええええええええええええええええええええ!!!!!!("Q")」
水槽の汚れた水がフローリングの床に広がる。
亀はひっくり返ってせわしなく足を動かしていた。
「あああああああああああっ!!とんちゃ!とんちゃああああああああああああああ!!!!!」
憂は亀に駆け寄ろうとする唯の鼻頭を蹴り上げて転ばせると、贅肉のたっぷりついた腹に鞭を振り下ろした。
ビシィィィィ!!
「んひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!("q")」
ビシィィィィ!!
「んひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!("q")」
ビシィィィィ!!
「んひいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!!!!("q")」
「あ~あ~お姉ちゃん血まみれになっちゃったじゃない。いたそ~」
「むひぃむひぃ…うーい、とんちゃ、やめちぇえ…」
唯は全身から血を噴き出しながらも、お友達を守るため憂の足首を掴んで必死に懇願した。
「うるさいなぁ」
「んひぃぃぃ……」
憂は唯の背中に鞭を振り下ろすと、ひっくり返った亀の甲羅を蹴飛ばした。
亀はぐるぐると回転しながら転がっていく。
「とんちゃ、とんちゃああああああああああああああ!!!!」
無我夢中で亀に手を伸ばす唯の手を鞭で叩き落とすと、亀を足で小突きながら言った。
「私調べてみたんだけど。この亀、成長したら60cmにもなるらしいじゃない。
当然水槽も大きくしなくちゃいけないだろうし、そんな水槽、どうやって水を替えるの?
この家には私と役立たずな池沼のお姉ちゃんの二人しかいないのに」
「ひっぐひっく、うーいやめちぇえええええ」
「しかも寿命も長くて20年も生きるとか。何の役にも立たないのにご飯だけはいっぱい食べて。
ウンチをたくさんして部屋を臭くして。あれ、なんかこれってお姉ちゃんのことみたいだね。ハハハッ」
「うーいぃぃぃぃやめちぇぇぇええええええええええええええええ」
「こういう邪魔でしかない生き物はさ、小さいうちに殺しちゃったほうがいいんだよ。よく見ててね、お姉ちゃん」
憂は亀の上で足を持ち上げた。
大切な大切なお友達が踏みつぶされそうになった、その時―
「むふううううううううううううううううううううううううううううううううううう(`q´)」
「えっ!?」
ドンッ!!
お友達を助けるため立ち上がった唯は、痛みも忘れて憂に全力で体当たりした。
憂は咄嗟のことに受け身も取れず、テーブルに頭をぶつけてぐにゃりと倒れた。
「むあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ(`oo′)」
唯は傍らに落ちていた水槽用の岩を拾い上げると、憂に馬乗りになり、その顔へあらん限りの力で叩きつけた。
ゴッ
「とんちゃ、だめ!!!」
ゴッ
「とんちゃ、だめ!!!」
ゴッ
「とんちゃ、だめ!!!」
憂は抗おうとしなかった。頭のうちどころが悪かったのか、四肢に力が入らず脳裏には濃い靄がかかっている。
唯の声と自分の顔に岩がぶつかる鈍い音をどこか他人のことのように聞きながら、
お姉ちゃんは、私がいなくなったらどうするのかな、と思い、憂の意識は沈んでいった。
「とんちゃ、むううううううううううううううう!!アウアウアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァ!!!!!(`oo′)」
「あうっ(゚q゚)」
唯が気付いたときには、憂の頭部は血まみれになり顔の突起もすべて潰れ元の形が分からなくなっていた。
唯の体にも返り血がべっとりとついている。
「うーい、うーい!(゚q゚)」
呼びかけても揺すっても、憂が起き上がることはない。
「うーい!(゚q゚)…あう、うーい、ねんねでつ(^q^)」
唯は手に握った岩を放り投げて立ち上がった。
「あう!(°q°)とんちゃ、とんちゃ、だめでつ!まいご、だめ!(>q<)」
いつの間にか地に足をつけた亀は惨事から逃げようとするかのように足をぎこちなく動かし遠ざかっていた。
血だらけの唯の手が大事そうに亀を抱え上げた。
「あうーおみず、おみずキョロ (゚ρ゚≡゚ρ゚) キョロあう!」
台所にあるアヒルの絵が描かれたビールジョッキに目を止めた。
唯が朝食のときに使ったものだ。洗わずに放っておかれたのだろう。
水も半分ほど入っていたのでその中に亀を放り込む。
「とんちゃ、あいるたん、いしょ!(^q^)」
「んひぃんひぃ("q")」
ドデン
「あうっ!(>q<)」
唯は茶色や黄色の染みだらけのタオルケットを持って階段を下りてきた。
唯が寝るときに使っているものだ。
悪戦苦闘しながら引きずり、憂の体にかけてやった。
「うーい、ぽんぽんいちゃいなるれつよ(^q^)」
「うーい?('q')」
ユサユサ
「あう…('q')」
「ぐがぁぁぁぶるすぴいいいいい(-q-)あう(~q~)」
グキュルルルル
「あう…ゆい、ぽんぽんちゅいたれす('q')」
ユサユサ
「うーい、うーい、ゆい、ぽんぽん('q')」
ユサユサ
「うーい?(゚q゚)」
ユサユサ
「うーい!!うーい!!!(゚q゚)」
………………………………
「うーい……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
梓はケータイの地図と格闘しながら憂の家を探していた。
どんよりとした雲は昨日から変わらず、天気予報では日が暮れてから雪になるだろうと言っていた。
吹きすさぶ風に縮こまりながら、昨日のことを思い返していた。
憂たちが逃げるように去ったあと、梓の胸に凄まじい後悔が襲ってきた。
憂の人を寄り付かせない雰囲気、あれはきっと、先ほどの自分が見せたような態度を恐れてのことだったのだ。
物憂げに窓の外を見つめるあの横顔に惹かれて仲良くなりたいと思っていたのに、まるで正反対のことをしてしまった。
悔やんでも悔やみきれなかった。
正直重度の池沼である唯にはまだどう接していいかわからないが、たとえ姉妹でも唯と憂は別の人間だ。
唯と本当の意味で親しくなるには時間がかかるかも知れないが、憂とはきっと仲良くなれるはずだ。
次の日朝一番で謝ろうと思っていたのに、憂は学校に来なかった。
担任に聞いても連絡は来ていないという。
こんな状態では部活に身が入らないと思った梓は、軽音部の先輩に事情を話し、学校を飛び出した。
ルート案内の指し示す目的地の近くに来ると、主婦と思しき中年の女性たちが井戸端会議に花を咲かせていた。
梓は目的の家の場所を聞こうと彼女たちに近づいた。
「あの!」
「あら、なあに?」
「この辺りに平沢さんという方は住んでいらっしゃいますか?」
「ええ、平沢さんのお宅はこちらですけど…」
と背後の家を指し示す。裕福な家庭なのかかなり大きな一軒家だ。
「そうですか。ありがとうございました」
「あなた、平沢さんに何か用事?」
「はい、そうですけど…」
そう言うと彼女たちは顔を見合わせた。
「何か?」
「いえね、何か今日の朝から変な泣き声がするんですよ、この家から」
「泣き声…?」
言われて耳を澄ませてみると、たしかに動物の悲鳴のような唸り声がする。
「それで、警察とか救急車とかに連絡したんですか?」
「いえいえ、そんな、ねぇ」
女性がとんでもないというように首を振ると、他の人もうんうんとしきりにうなずいた。
「ここの家は…ほら…」
と口ごもる。恐らくは池沼の唯のことだろう。
「そうですか。わかりました。ありがとうございました」
梓がお辞儀をして玄関に上がると、背中から声がかかった。
「あなた、やめといたほうがいいわよ!」
ムッとした梓はそれには答えずインターホンを押した。
1分ほど経っても反応がないのでもう一度押してみたが、やはり何の物音もしなかった。
試しにドアを押してみると、鍵がかかっていないようで何なく開いた。
「ごめんください…」
逡巡の末、そのままドアを開けて滑り込んだ。
「うっ…何?これ」
中に入ると、凄まじい悪臭に襲われた。
三和土には未消化の食べ物や得体の知れない黄色い染みが大量に飛び散っている。
どう考えても片づけずに放っておくものではない。
「が”ぁあ゛あ゛ー!が”ぁあ゛あ゛ー!」
家の奥からは、さきほど外で聞いた奇怪な声がする。
ただ事ではないと感じた梓は、靴を脱ぐことも忘れリビングに駆け込んだ。
「ん゛ぐ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!!!ん゛ぐ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!!!」
滅茶苦茶に散らかった部屋の中には、顔の部分が一面赤黒い人間のようなものと、それに縋り付いて泣き叫んでいる唯がいた。
「ひっ」
梓の脚から力が抜け、思わずその場にへたり込んだ。
倒れている人の顔は判別できないが、髪に纏わりついたトレードマークの黄色いリボンから憂だとわかる。
確かめるまでもなく、明らかに死んでいる。今さら救急車など呼んでも意味がないだろう。
「ん゛が゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!!!ん゛があ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!!!」
唯は梓が入ってきたことにも気づかず泣き続けていた。
目は真っ赤に充血し、絞り出すような掠れた声だった。恐らく朝からずっとこうなのだろう。
「ん゛あ゛ぁぁああぁぁぁぁ……ぅーぃー」
憂の顔と同じ赤黒い色に染まった唯の手から事の顛末は朧げに察せられたが、不思議と怒りはわいてこなかった。
ただ、
ああ、この人は
一人ぼっちになってしまったんだな
と、ぼんやりした頭でそう思った。
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最終更新:2011年12月31日 03:29