唯「うーいに花束を」

唯「うーいに花束を」



今日もなかよし学校に呼び出された。お姉ちゃんがまだ問題行動を起こしたらしい。
先生の話によると、お姉ちゃんはなかよし学校の友達のお弁当を奪い、抵抗したその子に暴力をふるってけがをさせてしまったらしい。
その子の両親は怒っていて、私は何度も何度も頭を下げた。
昨日ウンチを漏らしたからと言って、ご飯を抜きにしたのがいけなかったのだろうか。
お姉ちゃんは何が悪いのかもわかっていない様子で、いつものようにカスタネットでうんたんをしていた。
私が「謝らないとお仕置きするよ」と言うと、やっと「おしおきやー!ごめんなたい」といった。
その日の夜、お姉ちゃんはまたウンチを漏らした。私は昼間の恨みも込めて激しく暴行した。
「いちゃいいちゃい!うーいやめて!ごめなたい!」
何度も何度も言うお姉ちゃんにかまわず、私はお姉ちゃんを殴り、蹴り、物を投げ、痛めつけた。
お姉ちゃんは途中何度か気絶したが、目覚めさせるためにまたお仕置きした。
お姉ちゃんが何度目かの気絶をした時、私は我に返った。
またやってしまった。
お姉ちゃんは池沼なのだから、できないことがあるのは仕方ない。
できないことを責めて殴るのはやめよう、そう何度も決心したのに、また激しくお仕置きしてしまった。
両親が返ってこない今、私はたった一人で姉の面倒を見なくてはならない。そのために遊び、友達、勉強、恋と様々なものを犠牲にしてきた。
だけどお姉ちゃんが池沼なのはお姉ちゃんのせいじゃない。
お姉ちゃんは普通の18歳の女の子のように、部活をしたり、友達とおしゃべりしたりできないんだ。かわいそうに。
ああ神様、私が代わりに池沼になってもいいから、お姉ちゃんに知能を分けてあげてください。
今日なかよし学校の先生に、お姉ちゃんが何かしませんでしたかと聞いた。今日は唯ちゃんはとってもいい子でしたよと、先生は言ってくれたので、安心した。
帰宅して、お姉ちゃんにねだられたのでアイスを食べさせた後、突然お姉ちゃんが「うーい!うんち!」と叫んだ。
また洩らしたのかとお姉ちゃんのほうを見ると、お姉ちゃんはお尻を抑えてトイレへと駈け出していた。
おむつを脱いで便器に座った後、ブブブー!と聞こえた。間一髪間に合ったようだ。
「やったね!お姉ちゃん偉いよ!」と抱きしめてあげると、お姉ちゃんは「やった、やった、ゆいえらい」と喜んでいた。
その日は一日、お姉ちゃんはおもらししなかった。

今日はお姉ちゃんに勉強を教えてあげた。
「1たす1は2」しかわからなかったお姉ちゃんなのに、今日はなんと「1たす2は3」「2たす2は4」ができた。
それだけじゃない。十までの数を数えることができた。
もっと大きい数字も教えてあげちゃおう。
今日先生にさされたところがわからなくて困っていたら、梓ちゃんがこっそり教えてくれた。
あとで梓ちゃんと純ちゃんに、憂にしては珍しいねと笑われた。
私も頑張らなきゃ。

ご飯のとき、お姉ちゃんが顔をしかめて「まじゅい」と言った。どうしたのかと食べてみたら、たしかにまずい。
どうやら塩と砂糖を間違えるというベタな間違いをしてしまったようだ。
いったいどうしちゃったんだろう。
「ごめんねお姉ちゃん、今作り直すね」と言うと、お姉ちゃんはなんと、失敗したその料理をバクバクと食べ始めた。
そして笑って言うのだ。「うーいのごはんはおいしいよ」と。
お姉ちゃんが私を気遣ってくれたのだ…そう思って涙が出た。
これを書いている今気づいたけど、犬のうんちをチョコレートだと思って食べちゃっていたお姉ちゃんが塩と砂糖の違いを分かるようになったのは、すごいことだと思う。

なかよし学校の先生に、この頃の唯ちゃんはすごいですねとほめられた。
テストは百点、掃除などにも積極的に取り組むし、問題行動もしない。なかよし学校の友達とも仲良くするようになったし、おもらしもしなくなった。
いいなあ、お姉ちゃん。
私は今回のテスト、48点だよ。初めて平均を下回った。梓ちゃんや純ちゃんより低かった。
そういうこともあるよとふたりはなぐさめてくれたけど、私の気持ちは晴れない。
帰り道、ごきげんなお姉ちゃんの隣で落ち込んでいると、「ういどうしたの?」と心配してくれた。
なんでもないよと笑うと、お姉ちゃんはぎゅっと私の手をにぎった。
「ういはいいこ、いつもありがとう、なかないで」
私はお姉ちゃんを抱きしめた。あんなにきつかった池沼臭も、今はほとんどしない。
「だいじょうぶ、ありがとうお姉ちゃん」
「うい、あったかあったかだね」
お姉ちゃんの言葉に、私の心は温まった。
「そうね、あったかあったか」
その日お姉ちゃんのカバンから出てきた画用紙に、笑っている私の絵と、こんな文字が書いてあった。
「うい、だいすき!」
この頃のお姉ちゃんがすごいので、ごほうびにアイスを上げようとすると、「ふとっちゃうからいりゃない」と断られた。
今のお姉ちゃんは毎日運動している。もともと食べても太らない家系なので、確実にやせてきている。
おむつも取れて、だんだん手がかからなくなったな。でも、ちょっとさみしいや。

今日、どこからともなくギターの音が聞こえてきた。
まさかと思って音のするほうに行くと、やっぱりお姉ちゃんがギー太を弾いていた。
ギー太はただの着せ替え人形だったはずなのに。おどろきを隠せない私に、お姉ちゃんは「じょうずでしょ!ふんす」と言ってきた。
ひき方はちゃんと様になっている。これが「天性の才能」というやつなのかもしれない。

「こんなださいTシャツはいやだよ」お姉ちゃんがそう言うので、今日はお姉ちゃんとショッピングに行った。
「これがいいかな」とシャツを体に当てるお姉ちゃんかわいい。
お姉ちゃんと二人でショッピングできる日が来るなんて夢にも思わなかった。うれしくて何着もおしゃれなのを買っちゃった。あわせてえーっと、何円だっけ。
そういえば今日は料理を教えてほしいって言ってきたんだよ。おねえちゃんかわいい。

テストが悪くて追試だった。みんなあの憂がってびっくりしてた。
先生にはなにかなやみがあるのかと聞かれた。なやみなんてない。お姉ちゃんのことで、うれしいことばかりなのに。

どうしよう、勉強が頭に入らない。今日習った内容もどんどん忘れていく。しょっちゅう「あれなんだっけ」と聞いてしまう。
あずさちゃんが、病気かもしれないというので病院に行ったけど、どこも異常はないみたい。
お姉ちゃんは「うい、どこかわるいの?」と心配してくれた。
お姉ちゃんのためにも、私はしっかりしなくちゃ。
お姉ちゃんを連れてけいおん部の部室に行った。みんなでケーキ食べた。山中先生も来た。
りつさんも、みおさんも、つむぎさんも、みんなお姉ちゃんを見て「変わった」とびっくりしていた。
とちゅうでのどかちゃんが来て、りつさんをおこっていた。
お姉ちゃんはあずさちゃんに、あずにゃんっていってだきついていた。
あずさちゃんにしんけんにギターをおそわっていた。
みなさんの音楽を聞いてよろこんでいるお姉ちゃんかわいい。

ついしは0点。こんなのおかしいよ、やっぱりびょうきなんだよってあずさちゃんとじゅんちゃんは言う。
家ではうんちもらした。おねえちゃんがそうじしてくれた。ごめんね。
りょうりがおもいだせない。カップめんにした。ごめんねおねえちゃん。

おとうさんとおかあさんがきた。
おねえちゃんをみてびっくりしてたけど、わたしをみてもびっくりしていた。なんでだろう。
おむつしてるからかな

びょういんにいった
おいしゃさんはわからないことおいった
ういさんは、ちてきしょうがいです
あずさちゃんとじゅんちゃんがきた
あずさちゃんわないていた
じゅんちゃんわもっぷだった

おねえちゃん あ り が と う

「ぐすっ・・・憂・・・」
日記をめくる手が震え、ページにぽたぽたと涙が落ちる。
平沢憂の日記は、「ありがとう」で終わっていた。日付を確認すると、憂の前で感謝の心を込め、U&Iを披露した日だ。
唯には過去の記憶がほとんどない。
物心ついたときには唯には頭の弱い、だけどしっかり者の妹がいて、日に日にその頭が弱くなっていくのを心配していた。父と母が帰ってきて、病院に行って、初めて憂が知的障害だと診断された。
父は医者に掴みかかった。ふざけるな。憂は聡明な子だった。知的障害は姉の、唯のほうだと。
その意味が、憂の日記を読んでやっとわかった。
同時に、記憶が次々によみがえる。
「くさい!くるなゆいぶた!」ドカッ!
「いちゃい!やめちぇ!」ブブブー!
「うわくっせ、もらしたぞこいつ!」バキッ!
「おねえちゃんをいじめるなー!」
「ゆいぶたのいもうとだ!」
「はあ、はあ・・・おねえちゃん、だいじょうぶ?」
「むひい、むひい・・・うーい?」
「だいじょうぶだよおねえちゃん、わたしがまもってあげるから。さあ、おててうないでかえろ」

「うーいー!」
「うわ、なにこいつ」
「わたしはひらさわゆいです!なかよしがっこうすみれぐみです!」
「ねえ憂、この池沼知り合いなの?」
「う、うん…お姉ちゃん」
「まじ!?」
「はあ・・・憂、ごめん、もう帰るね」
「そんな・・・はあ、またお姉ちゃんのせいで友達なくしちゃった」
「うーい?」

「申し訳ございません!お姉ちゃんは、知的障害があるんです」
「障害があったら何をしてもいいの!?うちの子は怪我したのよ!?」
「もちろん悪いと思っています!すみません!」
「びええええええええええ!あいすとったー!うーいのばかー!」
「その子は反省していないようね…もういいわ、これだから池沼は迷惑なのよ」
「・・・」

「お姉ちゃん!またなかよし学校のお友達いじめたでしょ!」
「あーうー!ゆいいじめてない!ゆいいいこ!」
「ふざけるなこの糞池沼があ!」ドカッ!
「ぐほっ」
「お前のような池沼のせいで私は青春をめちゃくちゃにされたんだ!友達も、恋も、部活も、勉強も…」ドカッ!バキッ!ドギャ!
「うーい!いちゃいいちゃい!ごめなたい!やめちぇ」ブブブー!
「(ブチッ)ふざっけんじゃねえーーーーーー!!!」ドガシャーン!!!
「」ひく、ひく・・・

「うーい!ゆい、うんちできたー!」
「やったね!お姉ちゃん偉いよ!」
「やった、やった、ゆいえらい」

「1たす2はー・・・3!」
「お姉ちゃん、1たす2がわかったの?」
「あう!」
「すごいすごい!お姉ちゃん天才だよ」
「やった♪やった♪」
「じゃあ次の問題はねー…」

「はあー・・・」
「ういどうしたの?」
「なんでもないよ」
「ういはいいこ、いつもありがとう、なかないで」
「だいじょうぶ、ありがとうお姉ちゃん」ぎゅっ
「うい、あったかあったかだね」
「そうね、あったかあったか」

「うい、今日病院行ったの?どこかわるいの?」
「どこも悪くないよ、大丈夫」
「よかったー」

「憂ただいま。今日はかわいい妹の憂のために、この曲を演奏します。『U&I』!」

「おねーやん」
声をかけられ気づく。部屋の扉には妹の憂が立っていた。
もう前のような知性の感じられる顔ではない。口元にはよだれをたらし、スカートはおむつでもこもこにふくれている。
だが、心配げな様子、そこから感じ取れる唯への無垢な愛情は、以前と全く変わらなかった。
「うい―――!!!」
唯は泣きながら憂に抱き着いた。憂はびっくりして姉の背中をさする。
「おねーやん、どったの?」
その手つきも以前と同じだという事実が、唯の涙をさらに誘う。
「憂!ごめんなさい、ごめんなさい!」
憂は唯のために何もかもを犠牲にしたのだ。青春も、友達も、恋も、部活も、勉強も・・・そして知性でさえも。
「おねーやん、いいこね、なかないで」
「うわあ――――ん!!」
すべてを与えられた姉と、すべてをなくした妹。薄暗い部屋の中、二人はいつまでも抱き合っていた。

「わわ、早くしないと!憂、学校行くよ!」
「おねーやん、まってー」
姉に声を掛けられ、憂は自分でパジャマを脱ごうとするが、うまくいかない。唯に手伝ってもらってようやく着替えができる。
「あらー、憂、うんちしちゃった?」
「おねーやん、ごめなたい」
「いいよいいよ、おむつかえよ」
池沼になってからも憂は聞き分けがよく、また唯は相変わらず根が怠惰であるため、お仕置きには発展しない。

「行ってきまーす!」
あれから唯は、憂の通っていた桜丘高校に、憂は唯の通っていたなかよし学校に行っている。
「あ、唯先輩!」
「おおー、あずにゃんよ!それに純ちゃんも」
唯はいつものように梓に抱き着いた。
「もお、抱き着くのはやめてください」
そう言いながらも、唯がそばに来るだけで顔をしかめていた以前とは違い、梓もまんざらではなさそうだ。
「憂にあいさつしにきたんです」
「あずさちゃ、じゅんちゃ」
憂は二人の名を呼びながらとたとたと近づき、純に抱き着いた。
「こらーよだれがついちゃうよー」
「あうー」
唯が引き離すと、憂は残念そうな顔をしながらも素直に離れた。純は特に気にしていない様子である。
「ごめんね二人とも、こんなになっちゃっても憂と仲良くしてくれてありがとう」
「何言ってるんですか。憂は、変わってないですよ。池沼でも憂は優しい女の子で、私たちの大事な親友です」
梓の言葉に唯は胸を打たれた。
「ちょっと、唯先輩何泣いてるんですか」
「ぐすっ・・・へへ、あずにゃんありがとう」
「あ、バスが来た!急がなきゃ!」
純の言葉で唯は我に返り、憂いとともに全速力で駆け出し、間一髪でバスに間に合った。
「ねえあずにゃん、私は池沼だったって、本当?」
「そうですね。世の中には不思議なことがあるもんです」
「あずにゃんたちにも迷惑かけちゃったみたいで、ごめんね」
「もういいです、昔のことです」
そのとき、「おーい!唯-、梓ー!」と前方で声がした。率が、澪が、紬が手を振っている。
「・・・とあと、佐々木さん?」
「鈴木です!」
唯はもともと軽音部に籍だけ置いていたのだが、本格的に軽音部の一員として活動を始めている。
実をいうと今でもたまにギー太を着せ替え人形にすることはあるのだが、とにかく憂にかわって青春を謳歌しているのだ。
そして唯は人がかわったように勉強し始めた。大学では障碍者福祉の勉強をするという。もちろん、憂のために。
(憂は私のために生きてくれた。今度は私が、憂のために生きるんだ)
「いっくよー!あずにゃん!」
「待ってください先輩!」
「おーい、置いてくなー」

ありがとう!うい、だいすき!


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最終更新:2016年12月25日 19:29
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