「そういえば今日は七夕ね」
新しい仲間を作る手を止め、アリスはぼんやりと窓を見ながら呟いた。
「世間では恋人がどうとか言ってるけど、私には関係無いわね。上海」
少し寂しそうな声音でアリスは私に同意を求めた。
勿論、私が言う言葉は一つである。
「シャンハーイ(そうだよね)」
「ふふ、ありがと上海。そう、私にはあなた達が居る、そうよ。私には沢山の人形が居るの。
娘で、友達で、時々お姉さんであるあなた達が」
アリスは一層寂しそうな震える声で私に…よりは、自分に言い聞かせる様に同じ言葉を繰り返した。
あなた達が居る…
「シャンハーイ?(寂しいの?)」
アリスは首を左右に大きく振って見せた。
私の様な人形には難しい動作だ。
「そんな訳無いじゃない。私の友達はあなた達、他に人間や妖怪の友達なんて要らないわ。
それに恋人?馬鹿らしい、恋なんて気がおかしくなった人の病気だわ、聡明な私には一生関係無いわね」
アリスの口調が厳しいものになるのは、動揺している証…現在稼動している人形の中では、最もアリスと長い時間接している私にはわかる。
和蘭人形、そう名付けられる仲間の服を作るため、赤い布を手に取ったアリスの手が震えている。
「そう、今日なんて特別な日でも何でも無いわ」
アリスがもう一度、感情を振り払う様に首を大きく振ると、風を受けて乱れる金糸の中に雨粒が見えた。
前にアリスが教えてくれた。
これは涙、心の雨だ。
生き物は悲しかったり、すごく嬉しかったりすると涙を流す。
涙を流す人形も居るらしいが、それは半分以上妖怪になっている物らしい。
今のアリスの涙、これはどう見ても悲しみの涙、冷たい雨だ。
私は、布を破かんばかりに強く握り、その所為で血の気が失せてしまい白くなったアリスの手に血の通っていない、小さな白い手を重ねた。
「上は…うっ!」
アリスの手から力が抜け、赤い布はアリスの青いスカートの上を滑り、床に落ちて行く。
それと同時にアリスの目から落とされた大粒の涙が彼女の手と青いスカートを濡らし、その色を紺に変えて行った。
私はとっさにその場から離れる。水に濡れてしまえば、動けなくなる危険がある。
今のアリスは悲しんでいる。その上で長い間一緒に過ごして来た私が壊れてしまえば、アリスの心までが壊れてしまうかもしれない。
だから、私は決して壊れてはいけない。
そうわかっていても、私はアリスの雨に打たれてあげる事が出来ない。
悲しみを共感してあげる事が出来ない。
人形の体は、あまりに私に不便だ。
どうして私は人形なのか、とても歯痒く思えた。
「うっ…くっ…」
アリスは手を顔に当て、本格的に泣き出してしまった。
私は生み出されてから、アリスの涙を三回見て来た。
初めて見たのはまりさ、どんな字を書くか忘れてしまったが、そんな名前の魔女と一緒に月の異変を直しに行って帰って来た後、彼女が自分の為に怪我をしてしまったのを知った時だ。
私にはその時、その事の意味をよく理解してなかったのだが、人間と言うのは一度怪我を負ってしまうと、しばらくは治らないらしい、人形の様に直す事は出来ないそうだ。
二回目は何時だったか、冬だったはずだ。
まりさからプレゼントをもらい、喜びの温かい涙を流した。
なんでもバレンタインデーと言う、特別な日だったらしく、もらったお菓子には何か意味があるらしかった。
そして三度目は今度だ。
このたなばたと言う日も、何か特別な日らしい。
やはりプレゼントをもらったりする日なのだろうか。
しかし、さっきアリスは恋だとか何だとか言っていた。
恋、どういう意味の言葉かは知らないが、とりあえずまりさとは関係しているかもしれない。
アリスが涙を流す時、それは全てまりさ絡みの時だ。
「シャンハーイ(蓬莱人形、ちょっとアリスに伝言頼める?私、ちょっと出掛けないといけなくなったの)」
今は炊事場で洗い物をしている仲間の人形に呼び掛ける。
「ホライ?(上海人形、お出掛け?どうしたの、伝言って)」
「シャンハーイ(今、アリスは泣いてるの。泣いている時は悲しい時、だからアリスがまた元気になった時にね、伝えて欲しいの。「すぐにまりさがやって来るよ」って)」
「ホライ(わかった、それじゃ伝えておくね)」
「シャンハーイ(うん、きっとよ。それじゃ、急いで行って来るから)」
まりさはよく、湖のほとりのお屋敷の図書館に居るとアリスが言っていた。
なら、始めに当たるのはそこだ。
私は窓からその紅い屋敷を目指して、飛び出した。
続く
あとがき
上海は、本当にしっかりした子です
流石、アリスの最高傑作って所でしょうか
だって、人形が自らの生について考えるなんて、普通は有り得ない
最終更新:2008年07月24日 13:02