迷騒「走らなくて良いです、姉さん」
ルナサは激怒した。
必ず、かの邪知暴虐の男から、妹を救い出さねばならぬと決意した。
ルナサには恋愛がわからぬ。
ルナサは、恋とは縁の無い騒霊である。バイオリンを弾き、妹達と遊んで暮して来た。
けれども、邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。
きょうの昼ルナサは三女であるリリカが見ず知らずの男と遊びに行ったと言う話を聞いた。
ルナサは激怒した。
「呆れた男だ。生かして置けぬ。」
ルナサは、単純な女であった。バイオリンを、背負ったままでのそのそ二人を尾行した。
たちまち彼女は、巫女に発見され、弾幕ごっこの後、家に強制送還された。
「このバイオリンで何をするつもりだったの?姉さん!」
次女メルランは静かに、けれども余裕を以って問いつめた。
その妹の顔は蒼白で、眉間の皺は無かった。
「妹を暴漢の手から救うのだ。」
とルナサは悪びれずに答えた。
「姉さんが?」妹は、憫笑した。
「仕方の無い姉さんだわ。あなたには、リリカの気持ちがわからぬ。」
「言うな!」
とルナサは、いきり立って反駁した。
「人の最愛の妹を奪うのは、最も恥ずべき悪徳だ。奴は、私から妹を引き離そうとしている。」
「それが、普通の事なのよ、姉さん。家族は、姉妹はやがて離れ離れになって行く、それが普通なのさ。それを拒んでは、ならぬ。」
妹は落着いて呟き、ほっと溜息をついた。
「私だって、平和を望んでいるのだが。」
「なんの為の平和だ。自分の地位を守る為か。」
こんどはルナサが嘲笑した。
「よく知りもしない男に妹を渡して、何が平和だ。」
「静かにして頂戴、姉さん。」
妹は、さっと顔を挙げて報いた。
「口では、どんな清らかな事でも言えるの。
私には、人の腹綿の奥底が見え透いてならぬ。
あなただって、いまに、素敵な男を見つけてから、リリカを祝福しても聞かないわ。」
「ああ、メルランは悧巧だ。自惚れているがよい。私は、ちゃんと一生独身の覚悟で居るのに。
男乞いなど決してしない。ただ、――」
と言いかけて、ルナサは足もとに視線を落し瞬時ためらい、
「ただ、私に情けをかけたいつもりなら、結婚までに三日間の日限を与えて下さい。たった一人の三女から、男を引き離してやりたいのです。三日のうちに、私はリリカを納得させ、必ず、結婚を食い止めます。」
「ばかな。」
と妹は、明るい声で高く笑った。
「とんでもない嘘を言うわね。一度恋に目覚めた乙女が簡単に諦められるというのか。」
「そうです。諦めるのです。」
ルナサは必死で言い張った。
「私は約束を守ります。私を、三日間だけ許して下さい。妹が、私の帰りを待っているのだ。そんなに私を信じられないならば、よろしい、この家にメルラン・プリズムリバーという騒霊がいます。私の妹だ。あれを、人質としてここに置いて行こう。私が失敗してしまって、
三日目の日暮まで、ここに帰って来なかったら、あの騒霊を絞め殺して下さい。たのむ、そうして下さい。」
それを聞いて妹は、笑いながら言った。
「え?私が人質?」
「なに、何をおっしゃる。」
「はは。妹が大事だったら、大分はやく来い。」
「…二人でこの話って、色々と無理が無い?姉さん」
「わ、私もそろそろ苦しくなって来た所」
「えーと、なんでこんな話を始めたのかしら」
「やがて幽霊“劇団”としても活動をしようと思って」
「まず、3人で劇団って変じゃない?」
「3人で楽団もすごい話だと思うが」
「…それで姉さん、どうするの?リリカの事」
「当然、私は男との交際なんて認めん。リリカに恋なんてまだ早い、姉として何があっても阻止するつもりだ」
「私達、何百年生きてるのよ。それにリリカは賢い子だわ。悪い男に騙されたりはしないって」
「いや、だからこそ心配なんだ。狡猾なあいつの事、もしかしたら騙されているのを知っていて、下手に利用しようとしてドツボに嵌るかもしれない。あいつは詰めが甘いんだ。
ああ、それにあいつは儲け話には弱いし…」
「もう、姉さん、もっとリリカのこと、もっと信頼してあげたらどう?
そりゃあ、姉としてリリカを心配してあげる事も大事、だけど、リリカの成長を認め、好きにさせてあげるのも大事な事なんじゃない?
もしリリカが危ない目に遭いそうになったら、私達が助けてあげれば良いじゃない」
「メルランは考えが前向き過ぎるんだ。
事実、まだリリカには心配な所が多い、私だってもっとリリカがしっかりしていれば、あいつの好きにさせてやりたいと思っている。
でも、私はまだそれをさせてやるべきではないと考えているんだ。
こういう事は用心に用心を重ねるに越した事は無い、私は何があってもこの考えを曲げないつもりだ」
「ふぅ、姉さんは考えが後ろ向き過ぎるわ。
そもそも、用心を重ねる事とリリカを信用してあげない事は同意義では無いんじゃなくて?
そう、姉さんはリリカへの心配が、リリカへの束縛に変化している。
姉は妹を守る存在であっても、その自由を奪って良い存在では無いはずだわ」
「そう言いつつ、一番無責任なのはメルランの方じゃないのか?
私にはどうも、お前が面倒ごとを避けようとしている様に見える」
「へー、姉さんは私のことまで疑うって言うんだ」
「事実、そうじゃないのか?
任せるだとか、信用するとか言っておいて、相手の男と一悶着起こすのが煩わしい、もしそれでファンが逃げたらどうしよう、万が一自分が怪我をする様な事になったら嫌だ、そんな風に考えているんじゃないか?本心ではリリカのことなんて一つも心配せず、愛しい愛しい我が身の事ばっかり考えてるんじゃないのか?」
「へー、姉さん、そこまで言うんだ。
それを言い出したら姉さん、実はリリカが羨ましい、妬ましいだけなんじゃない?」
「何だと?」
「姉さんは今まで、恋愛経験が無い。
ファンもバイオリンと言う楽器とそのキャラクターから、女性ファンが多く、男性ファンが居ても、良い年の人間の男か、既に妻子持ちの妖怪。
男に縁の無い生活を送っている中で姉さんは男に飢えるようになった。でも付き合える機会なんて無い。
だから男と付き合っているリリカが妬ましい、そうなんじゃない?」
「完全な濡れ衣だ。私は恋愛がしたいだなんて思った事、今までに一度たりとも無い」
「そう返すなら、私もこう返すわ。
完全な濡れ衣。私はリリカの事を心から愛しているし、我が身を犠牲にしてでも助けるつもりよ。
最愛の妹の為なら、楽団を潰しても良いと思っているわ」
「私の反応を見てから否定するとなると、いよいよ怪しいな」
「真っ先に否定する姉さんも怪しいわね。必死で隠したいと思っているんじゃない?」
「えーと、お取り込み中、失礼しまーす」
「リリカ!?」
「リリカじゃない!?」
「はーい、どうもー、皆さんの妹、リリカでございまーす」
「ど、どうなったんだ!?
!それ、涙の跡か!?あの男にどんな酷い事をされたんだ!?いや、返事は良い、今すぐそいつの頭をかち割って来てやる、大体の人相は覚えてる。いや、間違っていても良い、適当に男の頭を一つ割って来てやるからな」
「いやいや、それは色々と困るんだけど」
「分かったわリリカ、さては交際をしていた男性、既に許婚が居たりしたんでしょ?
だから結婚は絶対に叶わないはずだった…
だけど、彼は親を振り切り、あなたを選んだ。
そう、その涙は嬉し涙なのね」
「いや、それは違うんだけどね」
「じゃあどうしたんだ!?言ってくれ!すぐに頭をかち割るから!」
「もうルナサ姉さんは、自分のでもかち割ったらどう?
えーと、二人共色々と勘違いしてるみたいだけど、とりあえずあの人は私の彼氏でも何でも無いわ」
「あらびっくり」
「大して驚いてなさそうね、実はメルラン姉さん、真相知っていたんじゃない?
彼は幻想郷の外から来た人。でもこっちに居ついちゃったみたいなの。
それで彼、私達のライブを聴いてくれて、ファンになってくれたの」
「そうか!悪質なファンに付き纏われたんだな!今からそいつの鼓膜をうち破って来る!」
「もうルナサ姉さん、聞かなくて良いよ?
そしてファン同士の情報交換で私が聴いた音なら何でも出せるって聞いて、幻想郷の外の世界の音楽を私に聴かせてくれたのよ。彼、外の世界で楽器をやっていたらしくてね。
楽器も持っていたし、「音楽しーでぃー」ってのも持っていてね。それを香霖堂の「しーでぃーらじかせ」で聴いたのよ。
そしたら私、その素晴らしさに思わず泣き出しちゃってね」
「やっぱり、そんな所だと思っていたわ。
ねえ、姉さん?」
「う…
気圧が…下がる…」
「姉さん達も聴いてみる?その人、しーでぃーを貸してくれたんだけど」
「ええ、聴かせてもらうわ。
ねえ、姉さん?」
「う…
私は…良い…」
「だって、明日にでも聴きに行きましょ?」
「うん、今度は二人でその人にお礼を言いに行こうね」
「私の…杞憂は…」
終わり
かもしれないし
続く
かもしれない
それは割りと気分次第
最終更新:2008年10月27日 01:08