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闇符「ブラインドナイトバード」



 私が巫女への同行を決めて迎えた最初の夜、私はあの金髪の妖怪にキャンプ地から少し離れた場所に呼び出された。

 金髪の妖怪―ルーミアは夜空に浮かぶ星々、否月を見ていた。
「久し振りの再会ね。また会えて嬉しいわ」
 幼い子供の外見に似合わない大人びた声。冷たい夜の空気によく乗る声は、まるで感情の込められていないものだ。
「……気紛れで妖怪にしてやった様なやつがまだ生きていて、不快?」
「さて、何の話かしら」
 ルーミアは明らかに機嫌を悪くしながら、睨む様に私の方に向き直る。
「私にだって自覚はあるわ。あなたが私の存在を疎ましく思っている事ぐらい」
 見た目は幼くても本性は私なんかが手を出せない大妖怪だ。少し声が震えてしまうのは肌寒いからだけではない。
「何故、その様に考える?」
「私は元々、妖怪雀として生まれては居たけど、呪歌を歌うだけの力が無かった。あなたはそれを哀れに思って私に妖力を与えた。どうせ他の妖怪に食われるだろうから、それまでの余生を精々楽しく生きる様に、と。でも私は今もこうして生きている。私が死なないとあなたの私に与えた分の妖力は戻って来ないのに」
 言い終えてから冷たい空気を音を立てずに吸い込むと、ルーミアの赤い双眸が小さな笑いの色を浮かべながら私を見つめていた。
「それだけの理由で私があなたを疎ましく思うと考えたの?残念ながらその推論は的を得ていない。そもそも私はあなたを疎ましく思っていないから」
「…なんで?」
 息が詰まりそうな中、無理矢理声を出した。
「私があなたに与えた妖力なんて、私の妖力全てを百とするなら小数点以下、零点零一にも満たない。それを取り戻した所で何になるのかしら。それに私があなたに妖力を与えた理由は哀れに思ったのでは無く、後々の手駒として使おうと思った為よ」
「…っ!」
 決して私は特別にプライドが高かったりする訳では無い、でもこの言葉はさすがに頭に来る。
「安心しなさい。私も異変なんて呼ばれるごっこ遊びをしようとは思わないわ。あなたは天命を迎えるまでのうのうと鰻を焼いていれば良い」
「…言いたい事はそれだけ?」
 感情の見えない声で撃ち出された弾丸は、私の一対の羽を再起不能にまで撃ち抜いたかの様に感じた。
 しかし、この妖怪にだけは屈したくない。そう心は訴えている。
「訳の分からない話を持ち掛けて来たのはあなたの方よ。私はただ当然の挨拶をしただけなのに」
「当然の挨拶をする為にこんな遅くに人を呼び出す?」
「私は本来したかった話をまだしていないわ。先に話を切り出して来たのはあなた。私はそれに応じただけ」
 金髪の幼い少女の顔から先ほどの不敵な笑みは消え、また感情の感じられない蝋人形の様な表情が表れた。
「…そうだったわね」
 私は私で感じている恐れを隠し、平然を装いながら言葉を返す。
「最近の若い妖怪は本当、総じて可愛らしいわね。そんなに恐れなくても良いわ。取って食べたりはしないから」
 手を口に優雅な仕草で当て、その下にある緩んだ唇を隠す様に小さく笑う。しかしその瞳は相変わらず無機質で、より一層恐怖をかきたてた。
 目が笑っていないという事は、恐らく先ほどの様に心から笑ってはいない。
「あなたに一つ質問があるの。答えてもらって良いかしら?」
 笑い声が止んだ後、ルーミアはぴたと私に向けて冷たい視線を向けると、その視線と同じぐらい冷たい声で問い掛けた。
 これを断れるのは、彼女と並ぶ事の出来る大妖怪ぐらいだろう。
「…何?」
「随分と味気無い返事ね。私はこれでもかなり友好的に話しているつもりなのだけど」
 絶対に嘘だ。友好的に話すつもりが欠片でもあるならばあの様な…今も向けられている冷たい視線を飛ばす筈が無い。
「まあ良いわ。それでは質問。私が死ねば、あなたに宿っている妖力は完全にあなたの物になる。そう言えばあなたはどうする?」
 赤く大きなルーミアの双眸は、より険を増した気がした。
「………」
 下手な返答は出来ない。この少女の姿をした妖怪の本性は確かに絶大な妖力を持った大妖怪だ。しかし考え様に寄っては、今の姿ならば私よりも力の弱い弱小妖怪、ここで殺してしまう事など容易にも思える。
 しかし、そんな上手い話を私に持ち掛ける事など、あるだろうか。この冷酷な妖怪が。
「面白く無いわね。もし有無を言わさずあなたが私に向かって来てくれたら、あなたに与えた妖力を取り戻すチャンスだったのに」
「…は?」
 半ば自発的に声が出た。それまで張り詰めていた空気が一気に柔らかなものになり、ルーミアは見た目相応の表情を見せた。
「私は知っての通り、月の力を利用する事が出来るわ。実は私の立っているこの場所には結界が張られていて、私以外の生物が踏み込めば即座に体を八つ裂きにされる。悪いけどあなたの事を少し試させてもらったわ」
 月光の結界、思えば私が彼女から妖力を授かった時もその結界の中に入れられた。その時のは身を清める結界だったらしいが、どうやらこの結界はその様な平和的なものではないらしい
「愚かな従者は要らないわ。でもあなたはどうやら莫迦では無いらしい。寝惚けていたりしない限り私があなたに手を出す事はこれから無いわ。日々精進して、足手まといにはならない様にしなさい」
 ルーミアは一人で喋り、一方的に言葉を押し付ける。
「ちょ、ちょっと、従者って何の話よ!?」
「さっき言ったでしょう?あなたは私の便利な手駒。でも私には野望が無いのだから、従者として働くのは当然の事よ」
 その当然の意味が理解出来ない。
「断ったら、どうするの?」
「あなたの妖力を返してもらうわ。別に死んでもらわなくても私の意思一つで好きな様に出来るわ。元々私の妖力だし」
「…従者って、何をさせるつもりなの?」
「簡単な話よ。戦いがあった時、私を守ってくれれば良いわ。さっきも言った通り、私があなたに手を出す事は無い。でもあなたが勝手に死ぬ可能性はあるわ。精々私の盾になって死んで頂戴」
「…ちょっと!あなた!」
「だから日々精進しなさい。私の与えた妖力は鍛え方次第で幾らでも強くなるわ。もしかしたらそれを元に私の様に成れるかもしれないわね。そしたら私の所に下克上に来れば良いわ。美味しい焼き鳥にしてあげるから」
 一方的に言い放つと、ルーミアは私の横をすり抜け、寝床へと戻って行った。
「…何なのよ。あの性悪幼女!」



最終更新:2008年10月01日 08:06