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あなたに会いたいから



 どうして、そんな顔をしているのか。
 ある人が聞いた。
 悲しい事があったのか。
 ある人が聞いた。
 私は答えなかった。
 答える事が出来なかった。
 だって、答える事の出来る理由が無いから。



「にとり、盟友を騙すだなんて、最低よ」
 神社から山に帰って来たにとりに出会い頭、ぴしゃりと言い放ったのは雛だ。
「そ、それは………非常に複雑な理由が………」
「言っておくけど、地底には行かせないから」
 雛の二度目の言葉は、にとりの今回の目論見そのものを破壊してしまうものだった。
「な、なんで!?」
「原子炉なんて、危険過ぎるわ。それに、今回の事のお仕置き」
 雛は時々、やたらと姉貴面を利かす事がある。
 今がその時だ。
「で、でも。核融合のエネルギーは我等河童の技術を更に発展させる為に必要なもので………そもそも、核分裂じゃなく核融合だから、限りなく安全であり………」
「だったら、他の河童に行かせれば良いでしょう」
 それは、根本的解決にはなっていない気がするが、雛的にはにとりさえ無事ならば、それで良いらしい。
「まあ、待って頂戴よ雛。外の世界の発明家に、ベルって人が居た。その人は電話を開発した訳だが、実はその少し後にグレイって人も特許を出願しようとしたんだ。しかし、発明の成立が早いベルが特許を取得した。そう、発明家はスピードが命!他の河童に先越されるとあっちゃあ、河城にとりの名が泣くってもんよ!!」
 自慢げににとり。
 これ以上が無い程、胸を張っている。
「私が………泣いても、良いの?」
 こんな時、よく「女はずるい」と男は言う。
 しかしながら、にとりも女である。
 でもやはり今言う台詞は。
「女はつらいよ」
 何か違う。
「じゃあ、思い留まってくれるの?」
 どう聞いてもその声音は明るい。勝利を確信している。
「うん、親友を泣かせたとあっちゃあ、義理と人情の河童の名が泣くってもんよ。それに、一日振りだし、ね」
 半ば無意識に雛の頭を左手で撫で、右手でその華奢な手を握ったのは、にとりの持つ天然ジゴロの才能が成した仕業だろう。
「きゃっ!…ちょ、ちょっと!!」
「雛の手って小さくて可愛いねぇ。私はすっかりごつくなっちった感じだけど」
「そ、そんな事無いわ!すっごく柔らかくて綺麗よ!」
「へ?………えーと、何に必死?」
 にとりは基本、鈍い。
 それはもう、恐ろしいぐらいに鈍い。
「ばっ、馬鹿ーーー!!」
「うぉぅ!?何処に行くんだー!」
 二人は出会って以来、こんなやり取りばかりしている。
「全く、二人の恋愛模様を連載小説として、文々。新聞に掲載しようと思ったのですが………こんなの載せたら、非難ブーブーですよねぇ………」
 これはこれで人気が出るかもしれないのだが、まず二人の肖像権というものがある気がする。



「あなた、人間?ここから先は妖怪の山、決して踏み入ってはならない場所よ」
 妖怪の山の麓にある樹海に立ち入って暫く行くと、明らかに自分の服装とは異なる衣服を身に纏った妖怪が現れた。
 自然と手が腰の剣の柄に行き、さもなくばそのまま引き抜こうと身構える。
「お前は何だ?妖怪の山(ここ)の門番か?」
「違うわ。私は厄神、あなた達人間の仲間」
 緑色の髪を胸の前で一つに纏めるという、特徴的な髪型をした妖怪は問い掛けに即答した。
「厄神、だと?お前の様な妖怪がか?」
「だから妖怪では無い。私は流し雛の神。あなた達人間は、雛人形を川に流すでしょう?それの象徴とでも思ってくれれば良いわ」
「信じられんな」
 妖怪との距離はおよそ三歩、相手の女の歩幅で見れば四歩、先に仕掛ければ間違いなく勝てる。
「私の操る災厄をその身で受けなければ信じられないの?随分と疑り深い人間ね」
「今からこの山に登るんだ。人外の者を信じろという方が無理な相談だな」
 前に一歩踏み込みつつ、剣を鞘から引き抜く、そして左足を二歩、右足で三歩、それと同時に思いっ切り剣を横薙ぎに振り払う。
 並大抵の妖怪は、この早業に反応し切る事は出来ない。
 運良く急所を外せても、脇腹を深く裂かれるのは避けられない現実だ。
 しかし、何時まで経っても剣が肉を裂いた感触は伝わって来ない。
 そればかりか、背後からは薄寒い気配が迫って来るではないか。
 軽く跳躍して振り返ると、さっきの妖怪が無傷で、仁王立ちしていた。
「私は妖怪では無いと言ったでしょう?神に敵う人間が居る筈も無い。あなたの動きはそう、蝗の跳躍程度でしか無い」
「何だと?」
「もう信じたでしょう。私に負けるぐらいでは、絶対にこの先では生き残れないわ」
「誰がお前に負けた?さっきのはまぐれだ。もう一度俺の早業を避け切れるとは到底思えない!」
 再び右足を前に出し、左足で二歩目を刻む…と見せ掛けたところでそれを後ろに出す。続いて右足も下げ、今度は四歩目で右足を思いっ切り踏み込み、剣を縦に振り下ろす。悪くても腕か足を一本持って行く事は出来る。上手く行けば即死だ。
「今度は飛蝗より酷いわ。今度からは横薙ぎだけをする事ね」
 気付けば妖怪は、見事に剣の軌道から外れ、向かって右で余裕たっぷりに忠告さえ寄越している。
 およそ激しい運動には向かないロングスカートを穿いているというのに、考えられない動きだ。
「なっ、何者だ!お前!!」
「だから神様よ。さっきから何度も言っているじゃない」
 その言葉を言い終わらせない内に右足で地面を蹴り、左足で着地しつつ振り上げた剣を左下に向けて斜め一文字に振り下ろす。たとえ相手の反応速度が人間離れして早くても、この一撃を避けれるとは思えない。
「後、あんまり近付くと漏れなく災厄を被る事になるわよ」
 今度も、剣の先に妖怪の姿は無かった。
 次に逃げ込まれたのは背後、先程も感じた薄気味悪い感覚をより一層強く感じる。
 瞬間、心臓を一突きにされた。
 意識は急速に遠ざかって行き、それが死の感覚なのだと悟るのは容易だった。
「あなたの様な常人がこんな厄を浴びれば、心臓発作ぐらいは簡単に起こすでしょうね。安心しなさい。ちゃんと里に帰してあげるわ」



「はぁっ……やっと追い着いた………」
 樹海まで走って行った雛に追い着いたにとりは、息も絶え絶え、かなりの強行軍だったのがよくわかる。
 一方で雛は更に酷い状態であって、木に縋り付いて浅い呼吸を何度も繰り返している。
「雛……なんでたってそんなになるまで必死で………」
「だってにとり、馬鹿なんだもん………」
 走っている間も思っていた事だが、更ににとりは疑問符を頭の上に五個程浮かべた。走っている間に五個浮かべたので、これで十個になる。
「えっと…私、何か変な事言ったっけ………」
 「そりゃあ言いましたよ。大いに言いました」そうツッコミたくなる衝動を、雛よりも早く来ていた文は何とか抑えた。
 雛もよく、こんなニブチンを好いたものだと思ったが、それもまた魅力なのかもしれない。
 いまいちよくわからないが。
「もう、良いわよ………にとりに気の利いた台詞なんて求めた私が悪かった」
 全面的に同意出来る。これは少々処か、かなり酷い。信じられないぐらいに酷い。
「うぅー、もしかして雛、今不安定(ナーバス)な時期?」
 言ってしまった。
 今、この状況で文が最も恐れていた台詞を、にとりはいとも簡単に言ってしまった。

 ―少し本筋を外れる事になるが、八百万の神というものは、その容姿は人間や妖怪とほぼ変わらず、生活もほぼ同じだ。ただ、信仰が薄いと存在が希薄になってしまったり、その神力の低下を招く。しかし、ちゃんと食べ物を食べていれば生きては行ける。そして、少し考えにくい事かもしれないが、子孫を殖やす事も可能である。

 このにとりの台詞、それは即ち、人間や妖怪と同じ様に、女神にもある月一のあの日の事を暗に、というか明らかに示唆している。
「さて、今日は久し振りに山の見回りでもしましょうかねぇ」
 小さく呟き、文は誰にも気付かれない様にその場から飛び去った。
 とりあえず、自分まで厄害に巻き込まれる事だけは避けたい。

 フラグクラッシャー河城にとり、妖怪の樹海にて厄死(やくじに)!
 遥か下方から聞こえて来た悲鳴をバックミュージックに、文は明日の新聞の一面記事の見出しを考えてみた。



「さて、今日は何処に行きますか。…あの後の二人も気になりますねぇ」





最終更新:2009年05月19日 23:19