構え太刀
一の太刀は相手をなぎ倒す。
二の太刀は相手を切り裂く。
三の太刀で相手の血を吸い取る。
そんな妖刀を、ご存じないかな?
☆
「長期休暇、か」
僕はふと、溜め息交じりに言っていた。
一般的な職業をやっている人ならば、それはどんなプレゼントよりも嬉しいものだろう。
でも、傭兵という職業は違う。
「貯えはあるだろう?君も一応は貴族だったんだ。それに、今までの仕事も決して少なくはなかった」
同じく、一月の休暇を得たリリーが言ったが、僕は尚もつまらない顔を続けてしまう。
「生活費の心配はしていないよ。そりゃあ、一月収入が無いのは少し懐が寂しいというものだが、十二分に生きて行ける。それよりも……」
「暇、か」
「その通りさ」
重ねて言うが、僕とリリーの付き合いは決して短くはない。
もう、僕がこの時期――呆れる程平和になる秋という時期に出される休暇を、快く思っていない事も知られている。
結論から言えば、僕は休みの日にする事が無い人間なのだ。
「戸籍から移した僕とは違い、君はまだ一応ノースコットの人間だろう?……あの家が破産して、随分になる。妹さんは良いのか?」
そう言えば、僕はまだ生家に帰る権利を残していた。
いや、肝心な時に居てやれなかったのだし、妹には怨まれている事だろう。
それでも、一度は生家に戻るのも良い選択なのかもしれない。
「リリーが一緒なら、或いはそうしてみようかな」
「…………?」
さてはて、リリーは訳のわからない顔をしているが、何時気付くのか。
リリーは確かに頭脳明晰で、僕よりずっと頭が良い。
しかし、こっち方面の思考の伝達速度は電話回線以下だ。
「ヴァン、それはどういう意…………っ!!?」
含みに気付くと、リリーは茹でられた車海老の様に顔どころか、全身を真っ赤にした。
ああ、こういう時のリリーは本当に女の子をしている。
しかし、時々信じられなくなるがこれで二十歳になるんだよなぁ。どうも、僕には十七、八の少年という感覚しかしない。
こんな可愛らしい面を見せられた時の印象は、十五、六の少女の様でさえある。
「はっ、破廉恥だぞっ!?ぼ、僕達はあくまでただの仕事仲間であり、そそそそ、そんな関係にまで発展してはならないんだっ!!」
本当に真っ赤。どもり倒しているし、本当に恋愛系には弱いなぁ。
普段は僕よりもしっかりとしている彼女だけに、可愛らしさは倍増だ。
「まぁ、冗談はさて置き、実際に考えておこうかな。たまにはシェリアに元気な顔を出さないと。便りが無いのは……なんて言うけど、やっぱり心配はしてくれているのだと思う、優しい子だから」
そろそろ助けてやらないと、リリーはいよいよ壊れてしまう気がした。
愛用の回転式拳銃(エンフィールド)向けて来てるし、引き金に指掛かっているし。
今にも射殺されかねない状況なのですが、リリアさん。
「そうか。なら、僕も純粋な意味で行きたいものだな。ノースコット家は全くの無関係では無いし、君の妹さんなら、楽しい人物には違いない」
何とか回復したリリーが、出来るだけ平然を装って言ったが、自分が言えた事だろうか。
リリーほど面白い女性は、そうそう居ないとは思うが…………いや、シェリアは確かに、貴族らしからぬ奔放な娘で、面白いと言えば確かに面白いかもしれない。
そう考えると、途端に早く会いたくなった。
「そうだな、きっとシェリアもリリーの事は気に入ると思う。じゃあ、本当に行く予定を組むとしよう。リリーは今月、暇かい?」
「ああ、君と同じだ。僕には読書という趣味があるから、本に埋もれる一月、というのも悪くは無いと思っていたのだが」
相変わらず、リリーも僕と同じく、暇を持て余している。
僕達は、今現在仕事をする事に、一番の生き甲斐を感じている。
さっきは冗談で言ったが、正直僕も色恋沙汰には然程の興味を持っていないのだ。
……先輩にそそのかされて、多少そっちのテクニックは持ち合わせていたりはするが。
「じゃあ、一度手紙を出してみよう。返事はくれないかもしれないが、連絡なしよりは良いだろう。詳しい日程が決まれば、メールでも送るよ」
「ん?ヴァン、君はもしかして、僕と離れて暮らそうと思っていたのか?」
……は?
今度は逆に、僕が色を失くしてしまう。
リリーの言っている事の意味が理解できない。
「前に話さなかったか?最近、ギルドの会員も増えて来ただろう。だから、貸家の数が足りないんだ。その関係で、今パーティを組んでいる者同士で、家を共有する事になった。詰まる所、この休みから僕は君の家で暮らす。異存は無いだろう?」
予想以上だった。
僕は今までの経験上、リリーが自分をほとんど女性として見ていない事は認識していた。
しかし、こうも軽々しく異性との同居に首を縦に振るとは。
ギルドの上連中は、これを見越してリリーだけに話を振ったのか?
どうせ、その辺りの入れ知恵は先輩がした事だろう。
あの人は、僕とリリーを弄る事に楽しみを覚えている人間だから。
「どうした?僕が君以上に料理が出来る事は知っているだろう?母が病床に伏せている間は、僕が家事全般をこなしていたからな」
嗚呼、もう手料理の算段をしている。
完全な素だ。僕の言う意地悪の様に、相手の反応を楽しむ気など無い。
「――僕の方に問題は無い。でもリリー、君は本当に良いのか?」
「おかしな事を言うな。僕は、他の人間ならまだしも、君と暮らす事には抵抗なんて一つもない」
即答されてしまった。
やはり、リリーはこういう女性なのか。
前略 ヴァンゲリス・ノースコット様
えーと、堅っ苦しい挨拶とかは無しで良いよね。面倒だし。
久し振り、兄貴。まずは手紙だけでのやりとりだね。
いやね、もう三年ぐらい連絡無いじゃん。
あたしはもう、兄貴が死んだものだと思ってたよ。
なーんて、心にも無いんだけどね。
すっごいあたしの事を心配してくれてたみたいだけど、あたしは多分、兄貴の思ってる以上に元気だよ。
使用人は足りてるかーなんて聞いてきてたけど、貴重な財産を残す為に、皆辞めてもらったよ。
あたしの事を心配して、皆辞めるのを渋ってたけど、代わりの人が出来たから、何とか辞めてもらえた。
あたしが偶然見つけた、日本の人なんだ。
兄貴ぐらいのイケメンで、無償で働いてもらってる。
あ、別に強制労働とかじゃないよ。ちゃんと人道的ではあるから。
ま、そんな感じにあたしは不自由してないよ。学費は卒業式の分まで払ってるし、留年しなければ大丈夫だね。
って、そんな事する訳無いけどね。
で、兄貴は兄貴で彼女さんが出来たって?
良いねぇ。あたしも今、学園の先輩にそれとなくアタックしてるんだけど、結構空振りしてる気がするんだよなぁ。
兄貴が引っ掛けて来るって事は、さぞ美人さんなんだろうね。今から楽しみ。
都合の良い日、だったね。
あたしは別に、バイトとかもしていないし何時でも良いよ。彼女さんとの都合で、そっちが決めて。
どうせなら迎えたいから、午後に来てね。
知っての通り、あたしは午後は家で勉強してるからね。
夜は十時に寝ちゃうのも変わらないから、彼女さんとのお楽しみはその後で~
あたしはまだ、子供ですからねぇ。
では、会って話せる事を楽しみにしています。
それまでに彼女さんと別れないでね、兄貴は結構女性の扱い下手だった印象があるから。
ほら、メイドの……おっと、彼女さんも見ちゃう可能性あるから、黒歴史暴露はやめておこうかな。
じゃ、ダブルベッドのメイキングをして待ってまーす。
あなたの妹 シュルーティア・ノースコットより
僕の今、健在である唯一の肉親シェリアからの手紙だ。
僕が衝動的にこれを破り捨てたくなったのは、言うまでもない。
この手紙は、今日の夕方の便で届けられた。
都合の良い事に、リリーは現在夕飯の買い物に出ている。
今現在、この貸家に居るのは僕のみ、当然手紙も一人で読んだ。
しかし、シェリアから手紙が来た事を知れば、リリーは必ず読みたがるだろう。
いや、強引に読もうとする。
それで、この内容だ。
恋愛関連の話題に弱いリリーが読んでしまったら、これは対人用にしては大き過ぎる地雷になるだろう。
この家一つが吹き飛んでもおかしくはない。
とりあえず、僕はまだ十九で死にたくはないのでこれは隠し通す事にする。
だが、何時までも返事が無いと言っていたら、いずれは怪しまれる。
正直なところ、嘘の下手な僕だ。うっかり漏らしてしまうかもしれない。
ならば、当たり障りの無い手紙を用意する必要が出て来る。
幸いにも、シェリアの文字は僕と同じく(自画自賛になるか?)かなりの達筆だ。
いざシェリアの屋敷に行き、リリーが彼女の文字を読んだとしても怪しまれはしない。
後は、いかにシェリアっぽく、リリーを騙し通せる文章を書くか、だ。
後回しにするのは苦手な性質である僕は、さっさと書き上げてしまう事にした。
善は急げ、ここでの善はすなわち嘘を指すが、嘘も方便だ。
「ヴァン、今帰ったぞ」
今時自動ドアじゃない押し戸が、案外静かに開けられる。
リリーは普段の口調や態度こそアレだが、別に素行全てが男性的である訳ではない。
速筆である僕は、既に偽のシェリアの手紙を書き終えており、ちゃんと封筒だけは本来の物に入れている。
これで消印でバレる事も無いし、封筒の文字と手紙本文の文字は、僕が見れば僅かな差異には気付く、しかしどちらも流麗な草書体の文字だ。
まず、書き手の違いに気付きはしないだろう。
「おかえり、リリー」
そんな手紙をテーブルに置き、僕は顔色一つ変えずに彼女を迎え入れる。
ここまで違和感無し、僕は嘘が下手だと前述したが、それは真実と虚構の中で生きる傭兵として、であり一般人と比べれば抜群に嘘が上手だろう。
「今日は君の好きなカルボナーラの準備をして来た。珍しく良い卵が入っていたからな。期待していてくれ」
万遍の笑みで買い物袋(当然、エコバッグ。色も彼女の大好きな黄色)をばんばん叩くリリー。
うぅっ、結構良心にクるものがある。
僕はこれから、こんなにも良い友人を欺くと言うのか。
ああ、気が重い。
「ありがとうリリー。そういえば、シェリアから返事が来ていたんだ。夕食の席で見せるよ」
胸と言うより、状腹部が痛い。
脾臓に刃渡り二十センチ程のナイフが突き刺さる様だ。
「そうか。君の妹はどんな字で、どんな事を書いているのか楽しみだ。その為にも、張り切って作らないとな」
…………リリー、もしかして、鎌かけじゃないのか。
それ程までに僕の心やら体やらは痛み出しているのだが。
前略 ヴァンゲリス・ノースコット様
えーと、堅っ苦しい挨拶とかは無しで良いよね。面倒だし。
久し振り、兄貴。まずは手紙だけでのやりとりだね。
いやね、もう三年ぐらい連絡無いじゃん。
あたしはもう、兄貴が死んだものだと思ってたよ。
なーんて、心にも無いんだけどね。
すっごいあたしの事を心配してくれてたみたいだけど、あたしは多分、兄貴の思ってる以上に元気だよ。
使用人は足りてるかーなんて聞いてきてたけど、貴重な財産を残す為に、皆辞めてもらったよ。
あたしの事を心配して、皆辞めるのを渋ってたけど、代わりの人が出来たから、何とか辞めてもらえた。
あたしが偶然見つけた、日本の人なんだ。
兄貴ぐらいのイケメンで、無償で働いてもらってる。
あ、別に強制労働とかじゃないよ。ちゃんと人道的ではあるから。
ま、そんな感じにあたしは不自由してないよ。学費は卒業式の分まで払ってるし、留年しなければ大丈夫だね。
って、そんな事する訳無いけどね。
都合の良い日、だったね。
あたしは別に、バイトとかもしていないし何時でも良いよ。お連れさんとの都合で、そっちが決めて。
どうせなら迎えたいから、午後に来てね。
知っての通り、あたしは午後は家で勉強してるからね。
では、会って話せる事を楽しみにしています。
あなたの妹 シュルーティア・ノースコットより
以上、当たり障りの無い様に僕が書き換えた文章。
現在これは、シェリアが出した本当の手紙の入っていた封筒の中に眠っている。
シェリア独特のテンポが、大幅に文章を削除した事で失われているのだが、直接話す分には違和感が無い筈だ。
前の本当の文面と見比べると顕著だが、基本的にシェリアは一言も二言も多い。
さて、リリーは台所でせっせとパスタを茹でたりしてくれている訳だが、今日はやけに機嫌が良い。
別に普段のリリーの愛想が悪い訳ではないが、鼻歌を歌いながら料理をするなんて、僕の中のリリー史上初の事件だ。
「リリー、何か良い事があったのか?」
と聞いてみても、リリーは「別に、何も変わりないが?」の一点張り。明確な返事は聞けない。
何か裏がありそうなのだが、リリーが僕の工作の件について何か知り得る事は隠しカメラでも仕掛けられていない限り無いので、この件については無関係だろう。
では、他に何が?
リリーは決して無愛想な人物では無いが、それほど社交性がある人物という訳でもない。
傭兵仲間以外に同性、異性共に友人は少ないし、居てもそれほど深い付き合いはしていない。
生真面目な性格の為、街頭でちょっと軟派な男に顔やスタイルを褒められたところで、逆に睨み返す程度で相手にはしない筈だ。
いや、そもそも仕事では無いので釣具入れにライフルを隠したり、袖口に小拳銃を忍ばせてはいないにしても、太い皮ベルトのホルスターには二丁の拳銃が収まっているし、歩き方一つにしても隙が無い。
一般人には、どこか近寄りがたい雰囲気があるので悪い虫も付く事は無いだろう。
皆目検討が付かないので、とりあえずこの件については保留だ。
それよりも大きな問題は、僕の精神面についてだ。
既に本当の手紙の方は、僕の自室にある日記(鍵付き)に挟んで隠してあるので、絶対に見つかる事は無い。
しかし、僕は大好きな(人間として)リリーを欺き通せるのだろうか。
リリーは今も、僕の為に今日の夕飯を作ってくれている。
元来、リリーは料理は量さえ食べれば良い、という性格なのでパスタ料理だなんて面倒臭い料理は、あまり好きではないのだ。
そりゃ、美味しい物が食べられる事自体に異存は無いだろうが、それは食べさせてもらう側として、だろう。
そのリリーが、僕が好きだというだけの理由でカルボナーラを一から作っている(最近は冷凍食品にクリームソースがあったりするが、僕は全卵を使って作るソースの方が好きである)。
そこまで献身的なリリーを、真実僕に家族の様に優しく接してくれるリリーを騙す。
僕に出来るか?いや、出来る訳が無い。
絶対にボロは出てしまう。
かと言って、シェリアの送って来た手紙をそのまま渡す?
……それも有り得ない。
何時ぞやの時みたいに、一瞬にして茹蛸状態になったリリーは、あの時以上の勢いで崩壊する事だろう。
根が真面目過ぎる所為で、恋愛関連の話題で茶化されると何時までも引っ張ってしまう節がある。
しかも、ポイントはその送り主が「僕の」「妹」であるというところにもあるだろう。
安い男だったり、知らない人ならば無視も出来るのだが、僕の血縁の、しかも少女とは言え女性だ。
下手に間に受けてしまって、収拾が付かなくなるかもしれない。
やはり、ここで嘘を吐くのはお互いの、………………人生の為だ。
ああ、葛藤。
方便とは言うが、ここでリリーを騙すか。
僕とリリーの人生を危険に曝して、真実を話すか。
嗚呼、今までこれ程に悩んだ事があっただろうか。
今までの仕事の中で、一番危険だったのは恐らく、マフィアの取り締まりの仕事だろう。
今でも鮮明に思い出せる。
僕とリリーはとあるマフィアのファミリーの一つに、スパイとして潜入した。
確か、ほぼ同期に赤色の髪の女の子(当時の僕らと同い年ぐらいだから、十七、八だろうか)も入って来ていて、僕らと彼女は結構な友人になった。
結局、その子の素人離れした首尾の良さから銃の密造の現場を抑え、そのまま警察に引き渡す事に成功。
連鎖的に幹部(キャプテン)の一人も逮捕になり、敵対していたというマフィアも一時的に活動を静穏化させ、イタリア南部、メッシーナの治安は一時的に良好化した。
あの時は、その子……確かフルーレティと言っただろうか。彼女の活躍が凄まじかったが、僕やリリーも相当に死線を渡って来た。
その過程で何度も生死を分ける決断をして来たのだが…………。
今回の決断は、それ以上に難しい。
どうすれば良いのか、まるでわからない。
僕は今、人生の大きな岐路に立っているのだろう。そうに違いない。
「ははは、ヴァン、やはり君の妹は僕の想像通り……いや、それ以上の面白い子だな」
結局、僕はこっそりとリリーのエンフィールドを預かった上で(流石に料理の時ぐらいは帯銃していない)本当のシェリアの手紙を見せる事にした。
そしたら、これだ。
僕の葛藤は、完全な杞憂だった、という事になる。
「そ、そうかな。兎も角、気に入ってもらえて良かったよ」
「いやいや、態々広いベッドを用意してくれるだなんて、親切な妹さんじゃないか」
………………ああ、そういう事でしたか。
理解、出来なかったんですね。
十七歳の妹の書いた事が。
それ程の朴念仁でしたか、あなたは。
でも、それでこそリリーですね、はい。
最終更新:2010年04月25日 00:30