「……うえぇ……」
 夜の職人街にて、金髪のスケバン少女が溜息をついていた。
「……何よ。お陰でたくさん情報を絞れたんだから、別に良いじゃない」
「いや、そういう問題とは別にッスね、アタシ、確かに今まで人死には何度か見てきたんスけど、ハラワタ撒き散らしながら胴体真っ二つになった人は初めて見たわけなんスよ……。っつーか、ああいうのってまず最初に腕や足がもげるモンなんじゃないッスか?」
「魔術的に力の負荷を腹部分に集中させてるのよ。勿論、関節の痛みも拷問の関係上重要ですから、痛覚だけはそのままにしてありますけど」
 何てことないように答えるSM系ボンテージ魔術師に、ノーマル系スケバン魔術師はドン引きだった。

 結局、あの後ノーランド司教はすべてを吐いて、一人から二つになった。
 すべての謀反者の情報は既に清教の上層部に伝達してあり、今夜中にも全ての謀反者は捕らえられ、宗教裁判にかけられることになるという。裁判なしで現行犯ブッチされたノーランド司教に比べたらまだマシかもしれないが、どっちもどっち、自分が迎えたい結末ではないな、とハーティは思った。
 ちなみに、彼が誘拐した少女たちの所在についても拷問中に彼自身が吐いた。何でも少女たちは来るべき大魔術のいけにえにささげるために魔術的に肉体を精錬させていたらしく、全員無傷で旧王立天文台《ロイヤルオブザバトリー》の地下に監禁されていたらしい。少女たちを助けた時、助けられた少女たちが一番最初に見たハーティをヒーローだと言ってわらわらと集まり、その対処に追われたハーティがヴィクトリアに助けを求めたといった一幕もあったが、これは割愛する。
 何にしても、これで事件は解決である。二人は、清教の女子寮に戻るために徒歩で移動しているところだった。
「……というか、魔法の船《スキーズブラズニル》使えば良いじゃない。いちいち徒歩なんてめんどくさいですよ」
「いや、いくら夜でも未確認飛行物体の目撃例出したら駄目ッスよ!!」
「だいじょーぶだいじょーぶ、イギリス清教は学園都市と同盟結んでるわけだし、学園都市製の新型飛行機のテスト運転って言えば誤魔化せるわ」
「でも、どっちにしても『幻影の王』に使わせないと動かすことすらできないから駄目ッス」
「……つくづく貴女の魔術って『幻影の王』任せなのね」
 一人だけでは意外と役立たずなことが判明した金髪スケバンに、ハーティは呆れたように溜息をついた。
「それにしても、『龍脈と縄を対応させる』とはね……」
「いやぁ、正直相当マズかったッスよね? あんなことされてたら、イギリスが滅亡してたッスよ。……あれ? とすると、アタシたちもしかして英雄ッスか!?」
 うひょー!! もしかして昇進ッスかー!? と喜ぶ現金なスケバンは無視して、ハーティはまた溜息をついた。
「……そのことについてもあるけど、ノーランド司教……ああ、もう司教ではなかったわね。ノーランドの一派の動きが過激だな、って思ったんですよ」
 もう今頃他のエージェントに始末されてるでしょうけど、と呟き、ハーティはまたまた溜息をつく。
「そりゃ、随分と辛酸舐められてたっぽかったッスしねー」
「それもそうですけど、それにしたっていきなり飛びすぎてます。普通なら、最大主教《アークビショップ》に陳情するなりするはずよ。そして、ノーランドの自供にもそんなことは含まれていなかったわ。貴方も聞いてましたよね?」
「……いや、あんまりにも凄惨だったモンで……」
「……もう良いわ。とにかくそうだったのよ」
 呆れたように溜息をつくハーティに、ヴィクトリアは少しだけむっとした。
「……さっきっから溜息ばっかッスね。何が言いたいんスか?」
「……はぁ、別に。ただ、『もしかしたらノーランドは外部から反乱を唆されたんじゃないかな』って思ったのよ」
「ええー、でも、拷問の最中にはそんなこと言ってなかったんスよね?」
「そうです。でも、稀にあるんですよ。『拷問されても自分の情報を吐かれないよう、相手の意識に残らないように唆す』輩が」
 相手の意識に残らないように唆す輩。……それは即ち、『さらなる黒幕』の存在を意味していた。イギリス清教を……いや、イギリス全土を巻き込む災害を、初手からいきなり齎そうとした、そんな『黒幕』の存在を。
 そのことについて考え、二人はしばし沈黙した。
「……にしても、謀反、ねぇ……」
「何です? 思うところでもあるの?」
 やがて口を開いたヴィクトリアに、剣呑な声色で問いかけるハーティ。ヴィクトリアは気だるそうな動きで首を振る。
「最近、カーテナのクーデターも終わって、第三次世界大戦も終わったばかりじゃないッスか。イギリス全体だって、まだ万全な体制とは言い難いッス。これから益々増長するだろう学園都市との戦いを前に、こんな調子で大丈夫かな、って思ったんス」
「……むしろ、そのための準備、じゃない?」
 憂うような調子のヴィクトリアに、ハーティは案外気楽そうな調子で返した。
「準備?」
「そう。学園都市との戦争に向けて、余計な反乱分子を排除するように動いているのよ。さっきも貴女が言っていましたけど、今回の事件はかなり危険なところまで言っていました。あの最大主教《アークビショップ》が、これほど危機的な状況の陥る段階まで反乱分子を見逃すはずがないわ。ノーランドは、最大主教《アークビショップ》に対して奇襲を仕掛けているつもりだったんでしょうし、黒幕の暗躍があったのかもしれませんけど、結局のところ全員が彼女の掌の上で踊っていたに過ぎなかったんだと思います」
「……、」
 あれほどの死闘が、数え切れない下準備の一つ。
 ヴィクトリアは、その意味を静かに噛み締めていた。彼女達の立ち位置が、『主役』からしたら如何に端っこで、如何に矮小であるか、というその意味を。
「なに辛気臭い顔してるんです。確かに私たちは大きな機械の歯車のひとつかもしれない。でも、歯車がなければそもそも機械は動かないのよ。ならば、そのちっぽけな歯車のひとつが大きな機械の動きを変える事だって、可能かも知れないわ」
 少女は知っている。その一例を。あのクーデターの最中、英国女王《クイーンレグナント》から分配された天使の力《テレズマ》を受けて、一つ一つの歯車が大きな機械の動きを変えた出来事を。あの、万聖節の前夜祭《ブリテン・ザ・ハロウィン》を。
「……そうッスね」
「そうよ。私たちは私たちで、変えていきましょう。一つの歯車として、このイギリスという大きな国家《きかい》の行き着く先を、少しでも良い方向に」

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最終更新:2011年09月03日 12:24