彼女にとって、キース=ノーランド司教は気に入らない上司だった。
 彼女がまだ処刑《ロンドン》塔で拷問官をしていた頃、ノーランド司教は既にイギリス清教会の司教としての地位を確固たるものにしていたが、それでも彼が元々 処刑《ロンドン》塔で異端審問官《インクジショナー》をやっていた関係上、たびたび処刑《ロンドン》塔を視察していたものだった。
 ハーティはそのうち何回か、ノーランド司教から話を聞く機会があった。しかし内容を聞いていたハーティは、いつもすぐにその場を辞していた。
 彼の口から出てくるのは、権力だの利益だのといった『大人のする話』。それ自体が汚い、とは流石にハーティも考えない。ハーティ自身も幼いながらに権力については興味があるし、自分もゆくゆくはそういったものを手に入れられる位階に就きたいとは考えている。
 彼女が耐え切れなかったのは、それらを話しているときのノーランド司教の『顔』だ。
 ハーティは拷問官という職業上、『「人の表情」などの僅かな情報から真実を見抜く術』というものに長けている。権力について語っている時のノーランド司教の『顔』は、弱者を踏みにじることを良しとする……、それどころか、その行為に悦を感じているような、そんな『顔』だった。

 その時はどうしてあんな『顔』ができるのかと不思議だったが、実際に相対してみてハーティは悟った。
(……あの時から既に、幼い少女を誘拐して、自分の地位の肥やしにしていたのね…………)
 ハーティだって、敵を拷問にかけることには何の躊躇もないし、目的の為であれば誰だろうと眉一つ動かさずに甚振れる冷血である。そんな彼女が、何を言ってるのかと思うかもしれないが、彼女にだって最低限のモラルはある。『表』の……魔術に関係のない人間を、魔術がらみの事件に巻き込むのはなるべく避けるし、無関係の人間を犠牲にするのなんてもってのほかである。だからこそ、ハーティはノーランド司教のことが許せなかった。
「……フン、ハーティ=ブレッティンガムか」
 老人は、ハーティの全てを侮蔑したような口調でそう呟いた。
 特徴的な鷲鼻を起点に、顔中には彼の権力闘争の傷跡を表すかのように深い皺が刻まれている。髪は元々金色だったものが精神疲労によってか、ところどころ銀色になっており、金銀のまばら模様を形成している。服装は司教用の煌びやかなローブを纏っているが、服装だけが華美なのが却って滑稽だった。
「全く、部下の謀反というのは『元』であっても悲しいものだがな」
 緊迫した空気の中で、ノーランド司教はそう言って溜息をついた。拷問官であるハーティには分かる。これは『演技』の声色だ、と。
「何を言ってるの? この状況……私たちはイギリス清教から直々に下された命令に従ってます。謀反をしたのは、それを妨害した貴方の方よ」
「なるほど……。そう言って言い逃れするつもりだったのか。実際は任務に見せかけて旧王立天文台《ロイヤルオブザバトリー》を制圧し、自分たちに都合のいい武器に変えようとしていたのだがな」
「……?」
 まるでハーティたちの方が悪役だ、と言わんばかりのノーランドにハーティは思わず疑問符を浮かべ、そして次の瞬間ノーランドが言いたいことを理解した。
「私としても、無為に部下を殺すような真似は避けたいのだがな……。フン、旧王立天文台《ロイヤルオブザバトリー》を使ってまで上に反乱するというのならば、消すしかないのだがなッ!!」
「くッ!!」
 ノーランド司教の身体の回りに一本の縄が現れたと同時、轟!! と炎が吹き荒れた。ハーティ咄嗟に地面を転がり事なきを得る。
(クソ! ノーランド司教は、『私たちが旧王立天文台《ロイヤルオブザバトリー》を使って清教に反旗を翻そうとしている』という言い分を使って私たちを消そうとしている! おそらく、旧王立天文台《ロイヤルオブザバトリー》を使って捜索魔術を展開されたら困るから。つまり……犯人はやはりノーランド司教だったんですか!!)
 まずい、とハーティは思う。ノーランド司教がそうやって理由をつける以上、そんな詭弁でも正当化されてしまう準備が既に整っているのだろう。しかも、ノーランド司教は処刑《ロンドン》塔の上層部と深い関わりがあった関係上、その下部組織の一員であるハーティの武装については全て知っている。対して、ハーティはノーランド司教の装備など知りもしなかった。
 処刑《ロンドン》塔に所属していた関係上、拷問に関する魔術を使っていたと想像できるが、ひとくちに拷問に関する魔術と言っても、拷問には様々な文化が存在する。北欧系の地域で使われていた拷問と東洋で使われていた拷問ではまるで違う。ヨーロッパでの拷問には長けた知識を持っているハーティだが、その他の地域の拷問については、本当に『知っているだけ』のレベルである。これに神話のエピソードなどまで混ぜられたら完全にお手上げだ。現に、ハーティは『縄と炎が関連するエピソード』など皆目見当もつかなかった。
「逃がさんよ!!」
 ボバッ!! とノーランド司教の周囲を取り囲む古めかしい麻の縄から、炎の爆発が起きた。爆発によって生み出された炎は、弾丸のような勢いを以ってハーティの身体を焼き尽くそうと近づいてくる。
 ハーティは手に持った鉄槌を水平に振る。すると、ガン!! と何かを叩くような音が響き、直後ハーティに迫る炎の中心に大きな穴が一つ開いた。それを確認したハーティは、軽々と飛び上がるとまるでサーカスの火の輪くぐりみたいに炎をかわす。
「……フン、鉄槌と『釘を打つ』行為を対応させたか。無駄な足掻きなのだがな」
 大分応用を利かせたはずなのだが、それでも一瞬にして手の内を見破られたハーティは、少し歯噛みした。今やったのは、鉄槌の『釘』を打つ機能を対応させ、殴った空気を釘のように変換して前方に叩き飛ばす魔術だ。これによって炎の中心に穴を開けたわけなのだが、やはりノーランド司教は見破ってしまう。
(く……、私の専門はリーチの短い拷問器具でも十分に戦える接近戦……。しかし、あの『縄』が怖いです。拷問や処刑では『縄』というのは絞殺の象徴だから……無策で近づくのは何かマズイ気がする!)
 縄と炎、という関連性がある以上、アレが単なる拷問器具と対応した魔術でないのは明確。普通、あのように『何の変哲もないモノから攻撃が放たれる』タイプの霊装は、攻撃を放つ霊装自体にはそこまで強力な付加価値などない。しかし、ハーティはそれでも不安が拭えなかった。この事件の前に購入した『縄』の入った紙袋は、今も彼女の懐に忍ばせてある。あれは、『罪人を絞首刑にする』霊装である。そのイメージと、ノーランド司教が元々 処刑《ロンドン》塔の異端審問官《インクジショナー》――拷問官であった、という事実が、彼女を踏みとどまらせていた。
 結果、起こるのはジリ貧。接近戦で真価を発揮するハーティが、接近を封じられれば、防戦一方になるのは当然の展開だった。
「フン! どうした? 早く攻勢に転じないと火炙りになるのだがな!! フランスの聖女のように!!」
 ボワッ!! と新たに上がった火の手を回避しつつ、ハーティは申し訳程度に鉄槌を振ることで空気の釘を放ち続ける。しかし、これはノーランド司教の周囲を取り囲む縄から爆発するように放たれる炎に悉く防がれてしまう。
「チッ……!!」
 返す刃で放たれた炎を、ハーティはもう片方の手に握られている針を振ることで防いだ。空気に穴を開け、そこから鉄の処女《アイアンメイデン》の針と対応させることで無数の穴を生み出し、擬似的な真空空間を作り出したのだ。
「フン……。炎は無駄か。なら、『水責め』を使うまでなのだがなッ!!」
 ノーランド司教が嘲笑った瞬間、縄からボッ!! という音と共に巨大な水の塊が現れた。
「……ッ!?」
 炎は吹き散らすことができたが、ハーティに水を防ぐような術《すべ》はない。かわそうと咄嗟に横に飛ぶが、その動きを追尾した水に直撃してしまった。
「ガボッ……!!」
 しかし、責め苦はそれでは終わらなかった。まるでハーティを窒息させようとせんばかりに、水が彼女の口元を覆ったのだ。
(これは……溺死刑!? しかし、さっきの炎と説明が……、)
 ノーランド司教の使う魔術は、縄と炎が関連した何らかの神話的エピソードを介した魔術であるはずである。そこから、口元を自動で覆う水を放つ魔術が加わる、それは有り得ないことだった。拷問魔術以外にはそこまで詳しくないハーティだが、それでも一般的な魔術師並みの知識はある。類似したエピソードを介して一つの象徴から複数の魔術を放つ霊装は確かに存在するが、それにしたって炎と水と言えば、互いに相反する属性である。無理に一つの霊装に纏めてしまえば、互いの属性が競合を起こして魔術が発動しないことだって有り得るはずだった。
(まさか……、いや、先ほどノーランド司教は『火炙りになる』と言っていたわ。そして、『フランスの聖女のように』とも。フランスの聖女とは、おそらくジャンヌ=ダルクのこと。それはつまり、炎の正体が『火炙り刑』であることを指しているはずです!!)
 そう考えたとき、ハーティの中で何かが繋がった。
(ノーランド司教の使う魔術は『処刑』という類似性から複数の処刑方法を魔術的に再現する術式。『縄』という絞首刑の象徴を持ち出して、そこから火炙り刑と溺死刑に対応した魔術を使っている……!!)
 そして、タネが分かれば話は簡単だった。ハーティは拷問専用の魔術を使う魔術師である。その彼女に、『異端者の処刑に使う魔術』など釈迦に説法もいい所だ。
(――鉄槌の柄を『看守の槍』に対応する!!)
 左手に収められた鉄槌を翻し、柄の方が先になるように持ち変える。鉄槌の柄の先には、フォークのような二又の鈍い刃があった。ハーティが鉄槌に魔力を込めると、柄と刃が急速に巨大化し、二又の槍のようになった。
 ハーティがこれを振ると、彼女の口元に張り付いていた水がパン!! と小気味のいい音を立てて弾け飛んだ。
「……『看守の槍』よ」
 二又の槍を軽く振って水しぶきを弾き飛ばしたハーティは、静かにそう言う。
「拷問する側だって、『拷問具』の恐ろしさは知っているわ。直接使用している分受刑者よりもずっと。勿論、それを使われて反逆される可能性だって考慮に入れてます。『看守の槍』は受刑者の動きを制限し操作するだけでなく、反抗しようとした受刑者も押さえつけたというわ」
 本来は前者の『受刑者の動きを制限し操作する』役割の方を利用し、敵の挙動を制限・操作する術式なのだが、『看守の槍』である以上後者の役割も当然使用可能である。
「……なるほど、『受刑者の反乱』を即ち『武具の反乱』ととらえ、同系統の魔術を無効化したのか。フン、用意のいいことだがな。……とすると、私の使う魔術のタネも見抜いているようだな」
「もう、取り繕う気はないみたいね。今からでも遅くないわ。降伏して大人しくすべてを話すなら、正気くらいは保たせてあげます」
「フン、私は司教、貴様は一介の魔術師。証言の信憑性は私の方が格段に上なのだがな!!」
 その一言が合図となった。
 ハーティは少女とは思えないスピードで駆け出し、ノーランド司教と肉薄する。
「……ほう、素早いな」
「リーチが短いものですから。身のこなしを鍛えてないと、此処まで生き延びることなんてできなかったの、よッ!!」
 そう言い捨てると、ハーティは手に持った『看守の槍』を振った。二メートル近い二又の槍は、もう一つの槍の役目、『受刑者の鎮圧』に対応し、目に見えない力を持ってノーランド司教を吹き飛ばさんとする。
(『縄』に魔術的な威力は伴っていない!! 『火』と『水』を繋ぐ為のコネクタ、絞首刑の象徴、それがあの『縄』の役割!! ならば、火と水を扱えない懐まで一瞬で移動して攻撃を叩き込めば、ダメージが通るはず!!)
 ズバン!! と空気を裂いて、見えない『力』がノーランド司教の身体に着弾した。
 ……が、ノーランド司教は眉一つ動かさない。
 良く見ると、ノーランド司教の周囲を漂っていた縄が『力』の当たる箇所に集まり、攻撃を防いでいた。
「な……っ!?」
「フン、そういえばハーティ=ブレッティンガム。貴様は魔女狩りの拷問を『魔力の循環を阻害することで魔術の発動を無効化し、結果的に魔術師を無力化する』ものだと解釈していたようだったな」
 『縄』が防御機構として機能する、その予想外の事実に愕然とするハーティをよそに、ノーランド司教は彼女のすべてを侮蔑するような口調で言う。
「私の持論はまた違うのだがな。私は、『魔女狩りの処刑器具にはもともと恐るべき魔術的防護機能があった』と考えている。……フン。これが意味することが、貴様に分かるか?」
 魔女狩りの処刑器具には、もともと恐るべき魔術的防護機能があった。そして、ノーランド司教の纏っている縄には、その防護機能が備わっている。それは即ち、
「……っ!! しまった!!」
 気付いたハーティは、しかし回避することは出来なかった。
「貴様はこの『縄』を『火』と『水』の属性を繋ぐためのコネクタだと解釈したようだが、それは間違いだ!! 『火』と『水』はあくまで後付けの武装に過ぎん!! この『縄』の本来の目的は、人々を惑わす魔女の首を絞め、縊り殺すことなのだがな!!」
 ドッ!! と押し寄せる『縄』は、咄嗟に動くことさえ叶わなかったハーティの細い首に巻きついた。『看守の槍』を使い内部の魔力循環を乱そうとしたが、そもそも魔力を乱すための魔術にさえ防護機能が働いてしまっているのか、それは叶わない。これでハーティの実力が高ければまた話も変わってくるのだろうが、少なくとも今のハーティでは防護機能を越える攻撃を加えることは出来なかった。
(く……、どうす、れば……? この状況、何をすればひっくり返せる……?)
 必死に解決策を探すハーティだが、手持ちの魔術ではこの拘束を解くことはできない。拷問用の魔術はたいてい『生かさず殺さず』を目的としているため、どれだけ深みにはまってもそれだけで命を落すことにはなり得ない。しかし、ノーランド司教の使う魔術は『火炙り刑』『溺死刑』『絞殺刑』と、『拷問魔術』というよりはどこまでも『処刑魔術』に特化していた。処刑魔術とは、何よりも『相手に反撃を許すことなく、一方的に殺す』のを重視した魔術である。黙っていれば、窒息死特有の赤黒い顔面を晒して夜のロンドンに打ち捨てられるのは明白だった。
「この霊装の正式名称は『魔女殺しの縄』と言ってな……。魔女の処刑に使われた『絞首刑』をメインに、同じ『処刑』であるという共通点から『火炙り刑』『溺死刑』の二種をサブウェポンとして搭載した『処刑用霊装』だ。私も昔はこの霊装で何人も殺していたのだがな……、おっと、拷問官は『生かさず殺さず』が原則なんだったか?」
(ぐ……まず…………このまま……では……っ!!)
 何かないか、とあたりを見渡した瞬間、ハーティははっとして、それから再び不敵な笑みを浮かべる。
「……? 何だ、諦めの境地にでも至ったか。フン、それとも酸欠で頭がいかれたか。殺さず済むのであれば有難いのだがな。実験動物が増える」
「ぁ……た……」
 下卑た笑みを浮かべたノーランド司教に、ハーティは僅かに首を振った。絶対的有利だったノーランド司教は、その様子に怪訝な表情を浮かべる。

「……貴方の敵は、私だけじゃないのよ……って、言ったんですよ」

 今度こそはっきりと聞こえた言葉に、ノーランド司教はぎょっとした。次の瞬間、ボヒュッ!! という音と共に魔法の船《スキーズブラズニル》が消えうせ、ただの紙袋だけが残る。
 そこにいたのは、二つの人影だった。
 一人は金髪碧眼、黒い学生服のような服を着た少女。
 もう一人は、輪郭がぼやけているが……古代ヨーロッパの住人のような、簡素な衣を身に纏っただけの美丈夫だった。
 少女は言う。
「さあさあさあさあ、『幻影の王』のお通りッスよ!! テメェら全員頭が高いッス!! ……って、えええ!? ハーティさん、大丈夫ッスか!?」
 せっかく満を持しての登場だったというのに、ピンチのハーティを見て即座に目を剥いて驚いてしまうヴィクトリア。その様子に苦笑しつつ、ハーティはすぐに叫ぶ。
「ヴィクトリア!! すぐに『幻影の王』に攻撃をさせて! 『私ごと』で良いですから!!」
「で、でも……!!」
「い、い、か、ら!!」
「は、はいぃ!」
 凄まれたヴィクトリアは、びくびくとしながら『幻影の王』を操作する。『幻影の王』が右手を横に振ると、どこからか細身の剣が現れた。
「……ッ! くっ、アレは……『勝利の剣』か!!」
 叫んだノーランド司教は、即座にハーティの拘束を解いて後ろに下がる。
 瞬間、今までノーランド司教がいた場所を、ハーティごと剣が切り裂いた。
「~~~~~っ…………!!」
 操作した張本人であるくせに目を瞑り、『どうかハーティが斬られていませんように』と祈っていたヴィクトリアは、ゆっくりと目を開く。そこには、切り裂かれ胴体が真っ二つに割れたハーティの姿……ではなく、五体満足で地に足をつけているハーティの姿があった。司教は、すでに姿をくらましている。
「はぁー良かった……。って、アレ!? おかしくないッスか!? だって今の『勝利の剣』は完全にハーティさんに直撃するコースだったはず……、」
「『コレ』よ」
 ヴィクトリアの言葉に、ハーティは自分の身に纏っている、布地の薄いボンテージの端をつまんでみせる。そのあまりに(絵的に)危険な行動に、思わずヴィクトリアは目を逸らした。
「私は使用する魔術の関係上、どうしても接近戦に偏りがちだから。身に着けている服装にも、『拘束服』と対応させた魔術的補強を行っているんです。たとえば……『自傷の禁止』。拷問中に自害されたら、困りますからね。『拘束服』ではそうした『自傷の禁止』をする役割も兼ねているの。そこから『自分』の定義を味方全体に広げることで、私は『同士討ち《パートナーアタック》』のリスクをゼロに出来るのよ」
 な、なるほどー、と冷や汗をかきながら納得したヴィクトリアに、今度はハーティが疑問をぶつける。
「それよりも、アレは何です? 『勝利の剣』といえば確かにかなりの威力を誇ってるけれど、たかがレプリカであれほどの威力は出せないはずよ?」
「あー、それはッスね」
 ヴィクトリアは照れくさそうに頬を掻いた。
「北欧神話における『武器』っていうのは、基本的に黒小人《ドヴェルグ》が作り出したモンなんスけど、それらの武具っていうのは、それぞれの持ち主である神々のみが一〇〇パーセントの力を発揮できる仕様になってるんス。まあ、正確には『それぞれの持ち主の神々のみが武器に対応した正しい「接続術式」を持っていた』訳なんスけど……、当然、現代じゃそんな接続術式を持ってる人はいないッス。だから、現代で使われてる北欧神話系の霊装は、どれもその霊装本来の力を十全に発揮してる訳じゃないんスね」
「……確かにそういうことになるわね」
「はい。でも、『幻影の王』がいると話は変わってくるんス。たとえ幻影でも、アレは豊穣神《フレイ》ですからね、幻影ゆえに解析はできないッスけど……それでも、『接続術式』は健在ッス。だから、アタシが作ったただのレプリカでもほぼ一〇〇パーセントに近いスペックで力を発揮してくれるんス。尤も、フレイ関係の武器となると勝利の剣以外の攻撃霊装は少ないから、そこまで脅威じゃないッスけどね」
 とはいえ、戦闘的には大したことはないにしても、学問としての魔術であれば凄まじい技術である。曲がりなりにもきちんとした『接続術式』を現代に再現しているのだ。彼女が成り上がっていないのを不思議に感じるハーティだった。
 ……尚、ハーティは知らないことだが、この『幻影を召喚してほぼ百パーセントのクオリティで霊装を使う』手法は、既に手垢のついた手法であり、これ以上精錬しても『接続術式』は判明しないと分かりきっている。しかも、この手法は殆どフレイ関係の伝承にしか応用できない為、北欧神話の武器強化にも繋げることができない。なので、ヴィクトリアが取り立てられないのはある意味必然なのだった。
「それで、例の『犯人』の男は誰だったんスか? 見たところアナタと同じ拷問系の魔術みたいでしたッスけど」
「『元』上司よ。名前はキース=ノーランド。位階は司教……。どさくさに紛れて旧王立天文台《ロイヤルオブザバトリー》の中に逃げ込んだわ」
「旧王立天文台《ロイヤルオブザバトリー》…………」
 そう言い、ヴィクトリアは金色の長髪を風になびかせながら目の前の天文台を眺める。
「行くわよ。相手は引退したとはいえ元々は処刑《ロンドン》塔の異端審問官《インクジショナー》、時間を与えたら禄なことにはならないです」


 天文台内部は、普段博物館として開放しているからか、魔術要塞とは思えないくらいに物が整理され、閑散としていた。まるで巨大な倉庫のようだ、とハーティは思った。
 コツコツと、硬い地面を叩く音が断続的に響き渡る。数は二つ。ノーランド司教は既にどこかに身を潜めているようだった。
「なんつーか、不気味ッスね……。ジャパンじゃこういうところだと、ゴーストが出るって信仰されてるらしいッスよ」
「馬鹿馬鹿しい。仮に幽霊が出てきたところで私たちは魔術師ですよ? ズタボロにしてあげればいいだけじゃない」
「……ノリが悪いッスねー……」
 フレイ(死亡済)の幻影を漂わせながら渋い顔をする金髪スケバン。既に背後に幽霊(っぽいもの)が漂っていることに気付かないのはご愛嬌である。
「この施設にある魔術兵器といえば……、」
「大規模術式翻訳霊装――通称『大望遠鏡《テレスコープ》』ね」
 そう言って二人は頷き合う。旧王立天文台《ロイヤルオブザバトリー》の機能の中でも特筆すべき『ただの魔術を星座で再現することにより大規模魔術へと変換する機構』は、何もどこででも出来るわけではない。望遠鏡の向きを固定し、望遠鏡内部で見える星のつながりを魔法陣とする関係上、望遠鏡のある上層部でないと大規模魔術は使うことが出来ない。
「……といっても、この状況で大規模魔術を使う理由が見えないんスけど」
「確かにそうですけど、この要塞を使う以上、それ以外に使えるものなんてないでしょ?」
 旧王立天文台《ロイヤルオブザバトリー》は、謂わば『大規模魔術を使うための砲台』である。魔術要塞といっても、その内部の仕組みは殆ど大望遠鏡《テレスコープ》の保護のためにあるといっても過言ではない。罠や拷問のスペシャリストとして有名なかの『エーラソーン』ならその仕組みを変えて攻撃に使えるだろうが、元拷問官とはいえ一介の司教にすぎないノーランド司教にこの短時間でそれが出来るとは考えにくい。
「何にしても、大望遠鏡《テレスコープ》はイギリス清教が誇る有数の攻撃霊装の一つよ。最期の悪あがきで妙な細工をされたらたまらないもの、速やかに司教を始末しに行きましょう」
「……そうッスね!! そうと決まればこうしちゃいられないッス!!」
 ハーティが言い切るや否や、今度はダッ!! と駆け出すヴィクトリア。
(あの子の頭の中身の評価、下方修正しておいた方が良いかもしれない……)
 直情径行を絵に描いたような金髪スケバンに、ハーティは心中で溜息をつきながら追いかけた。



「来たか」
 巨大な望遠鏡の前に立ち、キース=ノーランド司教はその皺だらけの眉間の皺をさらに濃くして呟いた。彼の視線の先には、両方をあわせても彼が生きてきた年月に遠く及ばない程度の少女が、二人。
「罪状は理解しているでしょう。私達は必要悪の教会《ネセサリウス》所属の魔術師よ。貴方を少女連続誘拐事件の犯人として拘束させてもらうわ」
 暗がりの中から、コツコツと硬質な足音を立てて現れたハーティが言うと、続いて現れたヴィクトリアが言葉を続けた。
「まあ、この分だとさらに罪状が追加されそうッスけど……。無為な抵抗は、アナタの負う傷を深くするだけと知りなさいッス」
 清教が誇る必要悪の教会《ネセサリウス》所属のエージェントを相手に、二対一。その絶望的な状況において、ノーランド司教は二人の全てを否定し侮辱するような口調で嘲笑った。
「フン。私はその必要悪の教会《ネセサリウス》の司教なのだがな。だが、部下の不始末は上司の不始末。此処は一つ、私がじきじきに貴様らを殺すことで終幕としてやろう!!」
 その応酬が合図となった。
 互いに、ドバッ!! という音を発しながら、自分たちの扱う魔術を使う。
 ハーティはノーランド司教と肉薄し、ヴィクトリアは『幻影の王』をけしかけ、そしてノーランド司教は縄を鞭のように使いその先から炎を出して二人の動きを牽制した。
「まずは貴様からだッ!!」
 ノーランド司教がそう叫ぶと、炎を出していた縄が動きを止め、『幻影の王』に向かって水をたたきつけた。あまりの衝撃に『幻影の王』はノーバウンドで数メートルほど吹き飛ぶ。
「……ッ!! ですが、『幻影の王』に死はないッス!!」
 ヴィクトリアの言葉に呼応するように起き上がろうとする『幻影の王』だが、いつまで経っても起き上がることは出来ない。
「な……!?」
「フン。『幻影の王』とやらは大した膂力を持ち合わせているわけではないのだろう? まして『水の中』にいるのだ。動きが阻害されれば当然身動きがとれなくなるに決まっているのだがな」
 ノーランド司教の言葉通り、『幻影の王』の腕にも水が纏わりついていて、『幻影の王』を動けなくしていた。
「く……ッ!!」
 これが、ノーランド司教の余裕の正体か、とハーティは思った。今は司教としてのうのうと暮らしているとはいえ、彼も元々は処刑《ロンドン》塔の拷問官だった。司教となるまでそれを続けていたのだ、場数は圧倒的に相手に分があるのはある意味当然のことである。
 相棒《パートナー》の切り札が使えなくなったことに歯噛みしつつ、ハーティはそれ以上彼女に気を配ることなく鉄槌を振った。既に柄は縮み、形状はただの鉄槌に戻っている。ガン!! と硬いものを叩くような音があたりに響き、不可視の釘がノーランド司教を襲う。
 しかし、ノーランド司教はそれを見て嘲るような調子で鼻を鳴らすだけに留まり、それ以上の対応は『縄』が全て片付けてしまう。ゴガン!! と余波で地面が抉れた。
 余裕なノーランド司教とは対照的に、ハーティは地面が抉れた拍子に体勢を崩してしまった。
 攻撃を仕掛けたハーティは体勢を崩し、しかし攻撃を受けたはずのノーランド司教は悠々と佇んでいる。
「――――ッ!!」
「フン!! 先ほどの攻防で学習しなかったのか!? 私の『魔女殺しの縄』は魔術に対して強力な耐性を持っているのだがなッ!!」
 ノーランド司教の周囲に纏わりつく縄から、剥離するように炎が発生する。
 ゴバッ!! という爆音が響いた。
 その場に立っていたのは、一人だけだった。
 しかし、立っていたのはノーランド司教ではない。そこに最後まで立っていたのは、体勢を崩していたはずの拷問官の少女だった。
「な……、馬鹿な! 貴様にあの魔術を防ぐ術式はなかったはず!!」
「……『祈りの椅子』の応用ですよ」
 その華美な服装を焦がし、余裕をなくして叫ぶノーランド司教に、ハーティは囁くように言った。
 『祈りの椅子』とは、腰掛ける部分に無数の針を突き立て、座った者に刺さるようにした拷問器具である。座った者が苦痛のあまり前かがみになっている様が祈っているように見えることからつけられた名前というのが、いかにも魔女裁判に対しての皮肉が利いているとハーティは思う。
 この拷問器具には、実は『威圧用』と『拷問用』の二つのタイプがある。『威圧用』には、よくイメージされるようにびっしりと針が突き立てられているが、『拷問用』には意外にも針は数箇所にしか突き立てられていない。『威圧用』のようにたくさん針を用意すると、却って圧力が均等に分散されてしまい、受刑者に痛みを与えることが出来ないのだ。
 しかし、今回ハーティはその理論を利用した。
「確かに本来の『威圧用祈りの椅子』じゃ、受刑者にダメージを与えることは出来ない。でも、私の使用する『祈りの椅子』は魔術です。本来有り得ない効果だって与えることが出来る。そもそも、『釘』によって空気に穴を開けるやり方だって通常の拷問器具では不可能な芸当だしね。そして、空気に無数の『穴』を空けることで自由な形に真空空間を作り上げたんです」
 例えばお椀型に真空空間を作れば、炎は跳ね返ってノーランド司教自身の身を焼く。
「くッ!!」
 即座に転がるようにして距離をとるノーランド司教を、ハーティが追う。ハーティの腕の振りに対応して、ガンゴンガガン!! と連続した金属音のようなものがあたりに響く。
「う、おォォおおおおッ!! 貴様、この私に対して!!」
 相手からの一方的な攻撃から逃げる、という構図が耐え切れなくなったのか、ノーランド司教は怒りながらハーティと相対する。今まで防御に徹していた『魔女殺しの縄』が、一瞬で防御を捨て、ハーティという怨敵を殺そうとその細首に迫る。対するハーティも、防御など考えていなかった。
 ゴン!! という音と共にハーティが放った空気の杭は、ノーランド司教の肩を僅かに抉るに留まり、逆にノーランド司教の持つ縄は寸分の狂いなくハーティの首を絞めた。
ギリギリギリ!! と、ノーランド司教の殺意を表現するように絞られている『魔女殺しの縄』に、ハーティの表情が苦痛に歪む。それを見て、ノーランド司教はサディスティックな笑みを浮かべた。
「ふ、はは。これでどうだ!! 最早魔術を無効化する縄で拘束された貴様は、陸に上げられた魚も同然!! どうしようもないのだがなッ!!」
 明らかに勝ち誇ったノーランド司教に、ハーティは喋るのもやっとといったような調子で問いかける。
「……ぁぐ、どう、して、こんなこと……?」
 それは、ハーティにとってずっと疑問に思っていたことだった。
「こんなこと? こんなこととは、幼い少女を誘拐していたことを言っているのか? ……フン、だとしたら随分と滑稽なのだがな。そんなことも分からず、清教の犬として動いていたのか」
 ノーランド司教は、今度こそ心からの侮蔑を込めてハーティを見下す。
「そもそも、私が貴様らに手を下したのは『大望遠鏡《テレスコープ》を使われたら自分の犯行が見つかってしまうから』という理由などではないのだがな」
「……、」
「フン、おかしいとは思わなかったのか? 何故私が、見つかるリスクを抱えてまでグリニッジで少女を誘拐していたのか。大望遠鏡《テレスコープ》程度しか利用価値のないこのオンボロ博物館に逃げ込んだのか」
 ハーティは、ノーランド司教の言いたいことがだんだんと分かってきた。しかし、確証が持てない。
「答えは単純なのだがな。『貴様らに此処を漁られたら、折角整備した大望遠鏡《テレスコープ》の調整が全て水の泡となる』、ただそれだけのことだ」
「……!! ま、さか……貴方、元々『大望遠鏡《テレスコープ》』を使う、つもりで……幼い少女を、誘拐、していたの……!?」
 大規模術式への変換とは、言葉だけ聞けば非常に魅力的かもしれないが、全世界に普及せず、イギリス清教においても限られた条件下でしか使われていないのにはここに理由があった。
 変換作業の中で、『魔術使用のコスト』が高まってしまうのだ。
 例えば、『炎を放つ魔術』を『天空から火柱を放つ魔術』に翻訳するとする。すると、『天空から火柱を放つ魔術』の使用には、『牡羊座、獅子座、射手座のどれかの力を借りる』必要が出てきたり、『使用者の肉体を魔術的に精錬する』必要が出てきたり、……『膨大な使用魔力を補う為に、幼子の生命力を全て魔力に変換し使い潰す』必要が出てくるのだ。
「ぐ、……な、何故、そこまでして大規模魔術を使おうと……?」
「……フン、まあいい。教えてやろう。……簡単なことだ。最大主教《アークビショップ》を失脚させる、ただそれだけのことだよ」
「……あー、く、びしょっぷ……を……?」
「そうだ。私はずっと、奴の存在が疎ましくて仕方がなかった。何を考えているか分からない奴が。イギリス清教のトップという位置に立っておきながら、特別自らの私腹を肥やす訳でもなく、しかし善人というにはあまりに冷血な手法をとっている……。奴は、私のような『司教』に対してあまりにも配慮が足らなすぎる。ローマ正教などの司教を見てみろ! 私などお呼びもつかないほどに肥え太っているはずだ! 私には、それと同レベルの『財』を手に入れる資格がある!!」
 髪を振り乱し、完全に自らの私利私欲に基づいた理念を語るノーランド司教。あまりの醜さに、ハーティは眉を顰めた。
「大規模魔術に変換するのは、これだ。私の使う『魔女殺しの縄』、これをイギリス一帯の『龍脈』に対応させることで『龍脈』の形を自在に操作し、その動きを制御しようという訳なのだがな」
「りゅう、みゃく……」
 ハーティの首を絞める縄を撫でたノーランド司教に、彼女はぼんやりと呟いた。
 ……龍脈を操る魔術。
 大規模な霊装――神殿ともなると、個人で魔力をまかなうことは難しくなってくる。すると、必然的に必要な魔力は龍脈と呼ばれる、力の溜まりから吸い上げることになる。その力の溜まりを捜査されたなら……よくて、イギリス中の魔術施設の活動停止、悪くすれば魔力の暴走によって爆発が起きたり、最悪魔力が反乱してイギリス中に天変地異が巻き起こってしまう。
「幸い、私の他にも同じような理念を持つ者は何人かいてな。そいつらを利用し、私がトップに立つ新たなイギリス清教を作ろうと決断した訳だ!!」
「……なる、ほど」
「……どうだ、ハーティ=ブレッティンガム。何なら、貴様も私の配下につかないか? 貴様は殺すには惜しい。そこの日本かぶれの少女も一緒に助けてやろう。悪い話じゃないだろう?」
 にやり、と下卑た笑みを浮かべて問いかけるノーランド司教に、ハーティは笑みを浮かべた。
「……そう、ですね……」

「そんなもの、願い下げよゲス野郎」

 誘いを断られたノーランド司教は、しかし動揺しなかった。最初から、彼女がそう答えることは分かっていたのだ。これは、ただのお遊び。最後の最期に彼女のプライドを傷つけるために言った、どうでもいい一言。しかし、『そうか』とノーランド司教が勝ち誇る前に、ノーランド司教の背後で爆裂が巻き起こった。
「なん……だ……!?」
 呆然と振り返ったノーランド司教の視線の先には、燃え盛る炎の中に立つ二人の人影があった。
「『レーヴァテイン』ッスよ」
「レー、ヴァテイン、だと……!? 馬鹿な!! アレは豊穣神《フレイ》の武器ではないはず!! 貴様に使える訳が……ッ!!」
「勉強不足ッスね。……この、『勝利の剣』」
 ヴィクトリアの言葉に呼応するように、『幻影の王』が右腕を振る。彼の右手の先には、炎の枝があった。
 ……否、その炎の中には、ノーランド司教が先ほど見た細身の剣があった。
「一説では、レーヴァテインはフレイの持つ『勝利の剣』と同一だといわれているんス。まあ、とはいっても『勝利の剣』の設定をレーヴァテインに再設定する必要があるんで、普段の戦闘じゃまず使えない方法なんスけど」
「くッ……! だ、だが! こちらには『人質』がいる、余計な真似をすればコイツを殺す、」
「そういえば」
 余裕なく叫ぶノーランド司教に、ハーティは薄く微笑んだ。まるでスイッチが切り替わったかのような笑みだった。
「私、今日『縄』を買ったの。エーラソーンの新作で、私が魔術構造の一部を監修したんです。お陰で、いつもよりも安く売ってくれたわ」
 戦慄しながら話を聞くノーランド司教の身体には、いつの間にか麻で結われた古めかしい縄が巻きついていた。
 ノーランド司教の頭に、ハーティの言葉が色濃く残る。『私が魔術構造の一部を監修したんです』。……彼女の拷問魔術には、どんな特徴があったか?
 そういえば、いつの間にかハーティの首を絞めていた縄がほどけている。動かそうとしても、一向に動かない。
「司教は言っていましたね? 『私の魔術は、魔女狩りの拷問を「魔力の循環を阻害することで魔術の発動を無効化し、結果的に魔術師を無力化する」ものだと解釈したものだ』と。今の貴方の状態、『私の扱う「縄」に巻きつかれている状態』は、果たしてどんなことを意味しているのかしらね?」
「……ッ!!」
「……まあどちらにしても、貴方は既に私の魔術にハマっているのだけれど」
 ゴリゴリゴリ!! と、肩につけられたかすり傷が急速に広がるような激痛がノーランド司教を襲ったと思った瞬間、彼の両手両足に衝撃が叩き込まれた。
「ぐがッ!?」
 見ると、ノーランド司教の腕は肩より高く上げられている。恐らく、今の一瞬でハーティによって蹴り上げられたのだろう。そしていつの間に開けられたのか、その掌には綺麗な風穴が開いていた。足も同じだった。一瞬のうちに、両足首の辺りに綺麗な風穴が開けられている。
「今度はこちらから聞かせてもらうわ。おかしいとは思わなかったんですか? いくら狙いが大雑把な『鉄槌』とはいえ、あの距離で私が『掠るだけ』なんて凡ミスを犯すはずがないでしょう。全て、貴方の自主的な自白を促す為のものですよ。今までの発言は全て、録音させてもらっているわ」
 その言葉を聞いてとりあえず暴れてみるものの、ノーランド司教の身体はまるで風穴に杭が通っているかのように動かない。
「鉄槌は確かに釘を打ち込む役割の象徴よ。しかし、拷問においては打ち込まれた釘の方が重要な役割を果たします。……例えば、『身体延長刑』。両手両足を釘で打ち込みばね仕掛けの床の上に固定し、ばねを伸ばすことで身体を引き伸ばす拷問処刑法。……勿論、受刑者は両手両足をぴんと伸ばした体勢を強いられるわ。今の貴方みたいにね」
 薄く微笑むハーティを見た瞬間、ノーランド司教の喉が干上がり、背筋に冷たいものが走る。
 次の瞬間、ノーランド司教の両肩、股関節、脊椎に耐え難い痛みが発生した。
「な、が、ァ、がァァァァああああああああああああああああああああああああッッ!! !! !! !?」
 あまりの痛みに絶叫するノーランド司教を前にして、ハーティは幸せそうな、それでいてあまりにも酷薄すぎる微笑を浮かべ、聞き分けのない子供をあやすような口調で、静かに囁いた。
「――――Recipio022《我が身にすべてを打ち明けよ》。正直に全てを話せば、一瞬で終わらせてあげますよ?」


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最終更新:2011年09月03日 12:20