第一部 決行前夜 Eve shine


第十学区は廃れた学区だ。
そこは学園都市で唯一の墓地のある学区で、正確に言うと墓地を設置する余裕のある学区がそこにしかなかったと言うのが正しい。
そんな理由もあってか第十学区は学園都市内で最も地価が安く、治安の悪い学区でもある。
この学区に寄り付こうなんて人間はめったにいないし、
増してや地価が安いからと言って住みつこうなんて人間は学園都市の人間からしたら馬鹿以外の何者でもないと思う事だろう。

だがそんな馬鹿も少なからずいるものである。

第十学区の入りくんだ路地裏の奥にしばらく使われた形跡もない工場が立ち並んでいる。
そんな悲壮感漂う工場の中一軒だけぼんやりと明りのついた工場がある。
その建物の事務室に“馬鹿”がいる。
くすんだ金髪を後ろで結わいた、長身の男。ダメージジーンズに猟奇的なプリントが施された長袖のTシャツ、顔は・・・全く分からない。
というのも彼の顔は某スプラッター映画に登場する大男が着けているようなアイスホッケーのマスクで覆われているからだ。

さて、そんないかにもな格好をした彼、≪家政夫(ヘルプマン)≫は今何をしているかと言うと、ある人物達を待っている間に自分が立ち上げた闇サイト“霧の盗賊”の更新情報を確認している。
「なんや今回の相手結構めんどそうやなー・・・割に合いそうもないしバックれたろうかなー」
 ・・・と、とても今回の討伐の計画者とは思えない爆弾発言をかましていると、
彼が待っている人達の内の一人が事務室の扉を開けた。
「・・・計画者は逃げたら罰金、自分で作った規則で自分の首しめてどうすんだ。」
ため息混じりで家政夫にツッコみを入れたのは“霧の盗賊”のもう一人の立ち上げ人
毒島拳(ぶすじま けん)≫だ。
暗い色のレンズのサングラスに黒が基調のパーカ、ズボンも決して明るい色ではない。
彼の顔・・・もいまいちよく分からない。
何せ顔の下半分はバンダナ、頭部はパーカについているフードで隠しているので
顔の表情を読むのでさえ苦労しそうだ。

お互い全く顔を見せないのは互いに信用していないのか、
はたまたそこはプライベートとして割り切っているのか、
そこまで深いところまでは分からないが、どちらかと言うなれば前者なのであろう。

「おー!!毒島ちゃーん!!なんや聞いとったんかいな、ジョークに決まっとるやないかジョークに!そんくらい笑って流すくらいのユーモアなかったらモテへんでー。」
「・・・冗談に聞こえないんだよ、お前の場合特に。」

そう毒島が言うのも無理はない。彼は討伐で危険と判断時に真っ先に味方を盾にして逃げることがこれまでに何度もあったからだ。
前の戦いでも彼と彼の味方が爆破に巻き込まれそうになった時味方を壁代わりにして爆風をしのいでいた。
そんな彼が破門にされないのは、それを補って余りある位の実力があるからであり、そうでもなければ有無を言わさず毒島に射殺されているだろう。

「・・・ところで」
「んー?」
「よくこんな治安の悪いところの土地買ったもんだな、廃工場なんて不良の恰好のたまり場じゃねえか。」
「そこを利用したわけや。」
「・・・は?」
「だから、工場なんてたまり場にできるのなんざある程度大きなグループくらいにしかでけへん。小さなグループがこんなトコたまっとってもデカイグループに奪われるんがオチやからな。」
「それにこの廃工場、昔は学園都市製の精密機器の部品取り扱っとるとこやったみたいでな、部品の情報漏らさへんようにするセキュリティも欠陥品を廃棄する焼却炉もあるし暗部の活動にはもってこいやねん。」
「・・・」

あえて話に関係のない焼却炉を強調したのは死体の処分もここでできるとでも言いたかったのだろう。俺が殺されたらここで塵も残さず燃やされ、人知れず墓地送りになるのだろうな、と毒島は漠然と思いつつ話を本題に移した。

「・・・今回のターゲットはいつもと違うから綿密に計画を立てようって話だよな。」
「おう、その話やねんけどな・・・“安田さん”とかも来てへんけど先に毒島ちゃんに大まかな敵の手駒教えとくわ。」
「安田さん今日来るか分からんだろうが。大体あの人は俺達より素性が分からない。せめて他の参加者みたいに“本名”を名乗ってほしいもんだ。」
「まあその辺はアバウトでえーがな。なんだかんだあの人毎回来るし、役にも立ってんで。」
「安田さんは置いといて、ターゲットは“畜生道(ビーストロード)”、メンバーは約三十人で丁度明日の夜に会合があるとか書き込んであったよな。」
「そのとーり!流石毒島ちゃん記憶力バッツグーーン!!」

ッタァン!!!
と、乾いた発砲音が工場内に響き渡った。
引き金を引いたのは彼、毒島であった。
もちろん打たれたのは家政夫の方。
大方さっきの挑発じみた発言が毒島を苛立たせたのだろう。
普通の人間なら有能な味方(?)を躊躇なく打ち抜くなんてことはしないし、
毒島も相手が普通の人間ならあの程度の発言で発砲するほど短気でもない。

そう、彼は普通の人間ではない。
手慣れた手つきで銃を彼のベルトから下がったホルダーに収める頃には彼は倒れた椅子を元に戻し引き続きサイトの更新情報をチェックしていた。

「・・・ふざけてんなら次は金が詰まったテメェの頭ぶち抜くぞ。」
「やーん・・・ジョーダンやてジョーダン・・・」
「で?参加者全員集めるだけの追加情報って一体なんだ?」

まったく冗談っちゅうもんを理解でけてへん男やなぁ、と家政夫は言いそうになったが喉のあたりで言うのをこらえることにした。
これ以上変な発言をして毒島の機嫌を損ねることになんのメリットもないし、金儲けに支障をきたす事態は少ないにかぎる。
ましてや今回の不安要素を打ち破るには実力のある毒島に協力してもらわないと話にならない。
色々と不満をぶちまけたい気持ちもあるが、家政夫は堪えつつ話の本質に移る。

「今回の敵“畜生道”には実はワイらが殺しそこねたチームの残党が複数人おるねん。」
「なんだよそんなことならわざわざ召集かけなくてもサイトの掲示板で・・・」
「で、そこの残党がこのサイトを閲覧してたっちゅー記録がのこってんねや。」
「・・・」

敵にサイトを閲覧される、というのは要するに自分達がとろうとしている作戦、実行する日程、参加者の数など敵に丁寧に説明しているようなものだ。
本来そんなことがないように“霧の盗賊”ではサイトに入る際にパソコンのIDを読み込み持ち主の個人情報をある程度調べる仕様になっており、スキルアウトや無能力者はサイト自体入れないようになっている。

それが閲覧されたということは・・・

「能力者がグルってことか・・・。」
「そーいうこと!能力者の何者かが“畜生道”に肩入れしてることになるわなー」
「IDは調べたらどうだった?」
「それがなー大体特定はできてんけどな?これ聞いたらバックれようってゆー俺の気持ちが分かるわ。」
「・・・で、誰なんだ?もったいつけてるとまた身体に風穴開けんぞ。」
「ええっ!?わーった!言う!!早く言うから銃構えんといて・・・」

刹那、殺風景な事務室に重い緊張感が漂う。
まるでこれから彼が発する言葉に呼応するかのように。
発言を待つ数秒が長く感じるほど、毒島はその空気にどっぷりとつかっていた。
そして、彼はその数秒後、家政夫の気持ちが痛いほど理解してしまうことになる。


「・・・長月四天王っちゅーたら分かるかな。それの一人、“東海林矢研”って男が絡んどるみたいや・・・。」

第二部に続く

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最終更新:2011年09月06日 02:24