~~side S~~
XZ年四月二十七日:戦闘訓練室
―――朝―――
・・・ビーッ!これより、「訓練プログラム123」を開始します。
対象者「四方 視歩」は、これより不特定位置に出現するターゲット30体を、
それぞれ、出現後3秒以内に破壊してください。
なお、今回のプログラムではターゲットを直接攻撃で破壊することを条件とします。
当プログラムでは、正確な判断能力と反応速度、そして戦闘スピードを維持する持久力が
要求されます。・・・では、健闘を。
四方「・・・(やれやれ。こんな訓練に何の意味があるのやら。ま、面倒なだけなんだけど。)」
ここは研究施設の中にある訓練場である。広さは大体25×25mで天井までは5mと言ったところか。
無駄に広いこの部屋では、主に私の戦闘訓練が行われている。
どうやら学園都市の上部は、私を暗部の戦闘員として育てたいようだ。
『どうせ失敗に終わるのに・・・。人臣も無駄な苦労をするんでしょうねぇ。』
・・・っ!最近はこの感覚も慣れてきた。理由は未だに分からないが、
私はこれから起こることの一部を最初から『知っている』らしい。
・・・私には未来予知の能力は無いはずなんだけど。ま、たまにしか起こらないし気にすることでも無いんだけど。
では、開始5秒前。4、3、2、1、プログラムスタート!
四方「(さて、最初のターゲットは・・・。後ろね。)」
ガシャンッ!と、硬質な音と共に私の背後10m先に人型のターゲットが現れる。
四方「ふっ!」
体を捻りつつ背後に向けて裏拳を放つ動作を始める。もちろん、この位置からでは到底届かないが。
だが、10mの距離など私にとって無いも当然。ターゲットに向けて1ステップ、その一瞬で10mの間合いは既に0になっていた。
なんてことはない、タネを明かせば単純なこと。
私の力は「風を生み出す力」だ。ステップした方向へ背後から強風を起こしただけ、それがこの超スピードの秘密である。
体のどこにどの程度の風をどのように与えればいいのか、それを理解すれば難しい話ではない。
ボッ!と、鈍い音を立てて人型の胴体が消し飛ぶ。
おおよそ裏拳を受けた物体の末路では無いが、これもまた単純。
裏拳を繰り出す腕を暴風で包み込む。鋭い真空波の束となった腕から放たれる一撃は打撃では無く一つの巨大な斬撃。
氷で出来たターゲットは、常人ならば素手で砕けるような代物ではないが、これを受けては何の意味もない。
・・・最も、素手で殴っても普通に砕けるだけの技術は持っているが。痛いからやらないけど。
四方「まずは1つ!次!」
ガシャ、ガシャンッ!・・・立て続けに次のターゲットが出現する。
それを追いかけ、砕く。切り裂く。吹き飛ばす。この期に及んで動かないターゲットなど的以外の何者でもない。
四方「ほら!次来なさいよ!」
既にその姿は目で捉えられない程に疾く、鋭い。30体のターゲットは次々とその残機を減らしていく。
そして、最後のターゲットが現れる。場所は現在地の正反対の壁際。
四方「これでっ、ラストっ!・・・吹っ飛べ!」
最後の一体だ。意味はないが、今できる最大出力をもって対象を消し飛ばす!
―――極限まで増幅された暴風を纏った体躯は、仇なす全てを消し飛ばし疾走する―――
最後のターゲットは破片すら残さずに消し飛ぶ。ターゲットにたどり着くまでの床をも削り取るというオマケ付きで。
四方「・・・消えろ。」
そして決め台詞。ここは重要である。・・・決まった。
ガァンッ!!という音ともに頭上に衝撃と激痛が。
四方「痛い!・・・って、何故にタライッ!?ここまで真面目な感じだったのに!」
そう言って壁を睨む。すると壁の防壁が開き、研究者用の監視室と訓練室をつなぐガラス窓が現れる。
人臣「馬鹿か、キミは。意味もなく部屋を破壊するんじゃない。直すのは研究員達なんだぞ。」
・・・こんな風に、私の、「
四方視歩」の一日は始まる。
朝っぱらから訓練室での訓練。私は普通の人間の生活を知らないが、多分普通に考えれば結構ハードな朝だろう。
ところでだ・・・。
諸君は、私と人臣のやり取りを微笑ましいものと捉えただろうか。
傍から見れば仲睦まじい関係にでも見えたかもしれない。でもそうじゃない。
・・・結局、どこまで馴れ合おうと人臣と私は敵同士。出来れば和解したいと思う私の心情ははたして異常か?正常か?
きっと異常なのだろう。なにせ人臣は私の命を奪い、心を砕く者だ。
こんな相手ですら恨めない私はきっと、異常なのだ。
―――和解したいという、この感情すらも。所詮一方通行の思いでしかない。それでもいつか、そう願い続けるのだ―――
XZ年四月二十七日:四方専用収容室
―――昼―――
―――てんぐ‐かぜ 【天狗風】
突然はげしく吹きおろす旋風。つむじかぜ。の事。―――
ふむふむ。風を表す言葉にはこんな言葉もあるのね・・・。
なんていうか、確かに知識は付くかもしれないがこの知識が将来役に立つときが来るのだろうか?
いや、ないんだろうけど。
四方「しかし・・・。天狗ってのは何のことだろう?・・・天狗、天狗っと。」
索引から天狗の文字を探し、その項目を見つける。
四方「ふーむ。日本に昔から伝わる妖怪ねぇ・・・。妖怪って何かしら?」
また、索引から目当ての項目を見つけるため目を走らせる。
基本的にこの時間は学習のための時間となっているが、ここ最近は自習が主になっている。
前までは基本的な一般常識やら一般教養を授業という形で受けていたのだが、
とりあえず成人するまでに学ぶべき一般の教養はすでに覚えてしまったので、
この部屋に大量に置かれた書物から自分の興味のある事柄について学ぶ、といった形をとっている。
最近は辞書から気になる単語を調べ、その単語から派生してさらに気になる単語を調べる。
これだけで時間がかなり早く過ぎていく。役に立つかどうかは微妙だが。
四方「『疾風怒濤』・・・。激しく風が吹き荒れる様、か。おお、なんか私にピッタリな言葉じゃない。」
こういう名乗り文句もいいかもしれない。しかし、天狗風からよくここまで繋がったものだ。
四方「・・・あれ。もうこんな時間だし。時間つぶしにはいいけど、なんか無駄に人生浪費してるような気がする・・・」
ふとベットに倒れこみ天井を見つめる。
四方「・・・ここに来てから、もうどれだけ経ったんだっけ?」
まだ私は世間的にいって子供もいいところな年齢だ。だが、ここでの研究と訓練と講習の賜物か
私の精神年齢は既に子供のそれでは無くなっていた。
最も、ここまで早く教養を身につけれたのは私に備わっているこの謎の『知識』のせいだろうが。
講習を受けながら、何故か『知っている』事が多々あった事には最初は戸惑ったものだ。困惑していたのは研究員も同じだが。
精神年齢が実際の年齢以上に成長する。これは、傍から見れば喜ばしいことなのだろうが、私の場合どう考えても精神が摩耗した
結果としか思えない。
そんな事を考えるたびに、自分はこのままここにいていいのか?という疑問に突き当たる。
―――――・・・一度、脱走してみるのもいいかもなぁ。―――――
おっと、声には出てないよね。出てたら大変だわー(棒)
ふむ、しかし脱走というのはいい考えかもしれない。最近は自分に対して行われる人体実験もエスカレートし、
そろそろ命の危険を感じ始めたところである。
戦闘員みたいな真似もしたくないし、逃走計画・・・考えてようかしら。
~~side H~~
XZ年四月二十七日:人臣研究室
―――夜―――
夕陽はほぼその姿を隠し、夜の帳が本格的に降りてくる頃。
この研究室にはそれなりに大きな窓が備え付けられており、外の様子がよくわかる。
もちろん、外からは見えない特別性ではあるが。
椅子に座りコーヒーを嗜みながら今回の実験についての資料に目を走らせる。
しかし幾度となくボクを驚かせてくれる子だ。「四方視歩」という子は。
・・・最近になって気づいた事なのだが、思考の中で彼女の事を「物」扱いしなくなっていることに気づく。
ボクがここまで執着をもったオモチャは初めてだ。
だからこそ、彼女を戦闘員にするという上の方針は何とか阻止する必要がある。
方法は幾つかあるが、確実性に欠けるものがほとんどだ。
しかし、没案をまとめたこのレポート、誰かに見つけられたらとんでもない事になるな。
まぁ、この部屋に入る奴なんていない訳だけど。
人臣「それに、問題はそれだけじゃあ無い訳だし。今日の実験、アレは何だ・・・?」
そう。今日の「四方視歩」の実験で不可解な現象が起きたのだ。
研究員は気づいていない、些細な現象。しかし、見逃せるものではなかった。
実験の最中に勝手に能力が発動するのはよくあることだが、今日の「アレ」は・・・。
今日彼女が起こした風は・・・一瞬だけ。赤い・・・いや「紅い」色を帯びていたのだ。
最初は被験中に出血した為だと思ったが、どこにも出血した様子は無く、そして。
彼女を拘束していたベルトの一部が、『無くなっていた』のである。
人臣「風に切り裂かれ、切断されたのなら分かる。だが、このベルトは明らかに『消滅』している・・・」
彼女の能力は「風を生み出す」力だ。それがどう作用したとしても『物体の消滅』等という結果は生まれない。
口元が歪む。まだ確証は取れていない。むしろ、ほんの少し可能性が生まれただけと言えるが。
それでも、可能性が生まれただけでも歓喜を感じざるを得ない。やはり彼女は最高のオモチャだ!
・・・今回の件、普通に考えるならば未だ実現されていない「多重能力」を疑う所だろうが、
違う。そうではない。これこそが、ボクが望み続けた「暴走能力」の奥にある一つの「奇跡」なのだ。
いよいよもって彼女を失うわけには行かなくなった。
いや、むしろ彼女が公式に
被験者という立場にあること自体が不都合になってきた。
ならば、ボクがとる行動は一つだ。さて、彼女はうまく『脱走』してくれるかな?
さあ、楽しくなってきた。この短い人生の中でここまでの期待と高揚を覚えたのは初めてだ。
本当に子供だった頃よりも、今の方がよっぽど子供じみた感情に支配されている。だが今は・・・。
―――この感情の赴くままに、望むままに、ボクの信じるボクの『真理』を見つけてみせる―――
――――――研究者と被験者。二人の思惑と利害は思わぬ形で一致する。
彼と彼女と、二人を取り巻く世界が、今、動き出そうとしていた――――――
――――――とある科学の問題修復(チャイルドデバック)0章 2話 終わり―――――
最終更新:2013年06月09日 21:48