第二部     事前協議 prior consultation

「・・・安田さんはもう少し時間がかかりそうだな。」

閑散とした事務室の中で全身黒色の青年≪毒島拳≫はため息を含んだ声でつぶやいた。
今回の参加者はもう別室の応接室に待たせており、あとは≪霧の盗賊≫の常連≪安田≫が来るだけなのだがいつまでたっても来ない。
彼(彼女?)は毎回こういった集まりには遅刻しているので、
安田の性質を知っている毒島と≪家政夫(ヘルプマン)≫にはこれくらいの遅刻は手慣れたものだが、他の参加者は少し苛立ちが表れ始めているようだ。

「しゃーないでー今回は緊急やねんから。せっかちな男は嫌われんでー。」
「・・・にしても今来ている参加者には先に内容を伝えた方がいいんじゃないか?あんまり待たせるのもよくないだろう。」
「まーせやな、ほんならぼちぼち始めるかなー・・・」

家政夫は重い腰をあげ応接室へ向かう、その足取りは決して軽やかなものでない。
まるでこれから参加者に伝える話がどれだけ深刻なものかを物語るかのような彼の背中を見ながら、毒島もゆっくりと席を立ち参加者の待つ部屋へと向かう。

「はーい!!どもどもー!ながらく待たせてホントすんませーん!!今回の計画者でこのサイトの管理人、家政夫でーっす♥よろしくー♥」
「・・・毒島だ。」

先ほどの乗り気じゃない態度が嘘だったかのような家政夫のテンションに少しうろたえつつ、毒島は応接室を見回す。
寂れた工場の一部屋とは思えないような小奇麗な部屋、部屋の床には緋色のカーペットがしきつめられており、
部屋の真ん中には黒が基調の背の低いテーブル、それを囲むように置かれたソファーはどこか高級な雰囲気を醸し出している。
この部屋は別に家政夫が買い取った際改装したわけではなく、工場の元経営者が客を出迎える時に利用していたそうだ。

そんな彼らには場違いな部屋のソファーに、今回の“参加者”達が腰かけていた。
見たところ参加者は全員で5人、後から来るであろう安田を含めると6人になる。
毒島と家政夫は参加者達と向かい合うように座る。

「いつもなら初めに自己紹介するねんけどな、みんな急に集められて待たされてでイラついてるやろ?」
「・・・・・・」

返事がない。
長い時間待たされて苛立っているのか貧乏ゆすりをしながらこちらを睨みつける者もいれば、これから話される事が気になって仕方のない者、単に緊張している者もいる。
お互いサイト上でしか関わりのなかった者たちなので協調性など一切なく、それぞれが自分の欲求を解消するために参加しているのがほとんどだ。
そんな自分勝手な連中が寄せ集まっているだけなので、初めは毎回こんな感じだ。
(・・・さて、どうしたもんか・・・)
と、毒島が思案を巡らしていると、先ほど貧乏ゆすりをしていた参加者が机に身を乗り出して毒島を凝視していることに気付いた。

「・・・何か言いたい事でもあるのか?」
「大アリだよ。俺ら客人待たせといてゴメンの一言もなしか?あ!?」
「・・・だからさっさと話始めるって言ってんじゃねぇか、聞こえなかったのか?」
「謝罪しろって言ってんだよ!!!こっちは時間切り詰めてこんな寂れた学区まで足運んでやったんだぞ!?お詫びの気持ちくらいみせろや。」
「ハァ・・・今回参加者に集まってもらったのはターゲットに関する重大な情報が手に入ったからだ。恐らく厳しい戦いになる。」
「だから今晩作戦を練って「無視すんなよゴラアアアアァァァァァアアアア!!!」」

ッバァァァン!!!
と、ガラの悪い参加者がテーブルを平手で叩いた。怒り心頭というところだろう。
今にも毒島に飛び掛かろうと前に乗り出し彼を睨み殺さんとばかりに見る。

そのすぐ後にテーブルを叩いたままの右手に激痛が走った。
恐らく本人でさえ一瞬何が起こったか分からなかったであろう。

何者かの手が彼の右手にナイフを突き刺している。
右手から飛び出たナイフの刃先はテーブルを傷つけ、それを見た家政夫は(毒島ちゃ~ん?後で修理費請求するで~)とボヤいている。
そう、彼の右手を刺したのは毒島だ。
まるで家畜を殺めるかのように無感情で、手慣れた様子まで感じ取れるその行為は、
それだけで他の参加者を従わせ、場の流れを自分達のものにするに十分だった。

「??あっ!??がああああああああああああああああああああああ!!!???」
「・・・うるせぇな、ピーピー喚いてんなよカス。」
「あああああっ!!手っ、離っ!!いがああああああああああ」
「初対面で待たされてイライラすんのも分かる。だが勘違いすんなよ?お前らは客じゃない、参加者だ。お前らは自らこのサイトに入って、申し込んで、好きでこんなところに来ている。俺と家政夫はその場を提供してお前らの殺戮行為に手を貸してやってるだけだ。」
「嫌なら今すぐ帰ってもーてもかまへんよ~♪まぁそん時はキャンセル料っちゅーもんはもらうけどな。」
「・・・まぁそういうことだ、大丈夫、コイツみてぇに輪を乱すような行為に走らなければできる範囲の我儘も聞き入れるし、お前らに無傷で欲求を解消させるためのフォローもする。」

彼らがつらつらと話している間にも刺された参加者の絶叫が続いている。
そもそもこんな狂気の殺し合いに日常では体験できないような恐怖、緊迫感、興奮を求めるような連中に常識など通用せず、こんな状況を目の当たりにしても途中で抜ける人は少ない。
キャンセル料を払うのが嫌という理由もあるのだろうが、別に払えない値段でもなく、
恐らく彼らは毒島と家政夫に恐怖する他に、心のどこかで“自分はこうはならない”とでも思っているのだろう。
もちろんそんな保障などどこにもなく、油断して全員死ぬなんて可能性もある。

まるでリセットでもすればやり直せる程度にしか思ってない、ゲームと現実を混同しているような奴ら。
(まあそんな奴らがおるからワイは儲けれるんやからなーホンマ感謝感謝。)

「毒島ちゃ~んソイツやかましいから締め出したってー。キャンセル料?今回はサービスしとくわ、俺って太っ腹やろ~?」

毒島は刺した参加者を連れて部屋を出て行った。その後その参加者はどうなったか知る人はいないが、恐らく普通に生活していることだろう。

「・・・さてっ!邪魔者もおらんようなったしそろそろ本題に移ろか。今回の“畜生道”のメンバーを調べとったらちっとばかしやっかいな相手がおってな、そいつの紹介と対策を事前にしたいと思ったわけや!」
「やっかいな相手?ソイツの対策を練る必要があるくらい厄介な敵ってどんな無能力者ですか?僕無能力者十数人位なら一人でしとめる自信ありますけど・・・」
「ほー強気に出たなぁ自分!どんな能力かは今は言う必要ないけど期待してんでー♪」
「はい。ありがとうございます。」
「けどなぁ・・・そいつ能力者やねん。んでかなり強いねん。多分君一人だけやったら厳しいかもしれんなー。」
「・・・」

その言葉に参加者は微妙だが確かに反応した。
その参加者は恐らく、というより間違いなく自分の能力に自信を持っている。
これ程のプライドを持っていることから、この参加者は高いレベルの能力者であることが予想でき、いつもの狩りならこの参加者一人と毒島と家政夫の3人でも十分であっただろう。
だが今回はそうはいかない。
それ程“畜生道”側についた一人の能力者は大きな力を持っている。

「・・・誰なんですか?普通のレベル3程度なんなら僕をナメない方がいいですよ?僕はレベル4『長月四天王って言えば分かるかな?』」
「・・・え?」

参加者たちは声がした扉の方を見た。
そこには先ほど参加者の一人を刺し、締め出した毒島と何やら物騒な格好の人間がいた。
上下は黒のライダース、頭はボンボンのついたニット帽、武器という武器は何一つ持ってない。
顔は・・・・・・またしても分からない。
その人はどこで手に入れたか分からないような位本格的なガスマスクをつけている。
もはや男なのか女なのかすら区別のつかないその人は、どうやら毒島と家政夫にとってはお馴染みっであるようだ。

「おーっ安田さぁーん♥やっと来たかー!もう今日は来んのかと思てワイ寂しかったわぁ~。」
『遅れて申し訳ない。こっちも色々調べてて時間がかかった。』
(調べてたって・・・ホンマコイツは掴めんやっちゃわ。)
「えーよえーよぉ。にしてもよーここが分かったなぁ、いつもの事務室向かう思てたわ。」
「・・・俺が案内した。工場の前であったもんでな。」
「おー毒島ちゃんもおかえりー。」
「・・・」

無視かいな、と家政夫は心の中でツッコミをいれつつ視線を先ほどの参加者に向けると、
その参加者の顔からは明らかに余裕というものが失われていた。
かなり動揺している様子から“長月四天王”というものの恐ろしさを彼は知っているということが見て取れる。
他の参加者を見ても反応はほぼ同じ、それほどに広く知られた称号なのである。



“長月四天王”
学園都市にある長月学園の中で最強の4人に与えられた称号。
長月学園は能力開発に関しては中の上、それほど優秀なところではなく、レベル0も数多くいるのだが、
“長月四天王”は別格、4人ともレベル4なのである。
レベル4にも戦闘向きな能力やそうでない能力もあるわけなのだが、
彼ら4人の内3人は戦闘向きの能力、それもとても強力な能力であることで知られている。



(・・・まあ、しょうがないな。気持ちは分からんでもないしな。)
と毒島は先ほど座っていた席に向かいながら参加者達の心中を察していた。
『・・・座る席がないわけだが。』
「・・・?あぁ、すまんな今椅子を用意する。」
と言って毒島は彼(彼女?)の椅子を用意した。

「・・・さて、全員集まったか。」

再度ソファーに座った毒島は一息ついたあと話をしだした。
「何回も言うようで悪いが今回の敵の協力者は長月四天王の“東海林矢研”って男だ。もちろんレベル4、しかもただのレベル4じゃない。」
『その能力は“破砕点決(ブレイクポイント)”、物質に“弱点”を作る能力。能力の分類は念動力系、有効範囲や弱点などは明記されてなかったけど“長月四天王”になるくらいだから弱点なんてほぼないと思った方がいいかもね。』
「・・・」

(一体どこからそんな情報を仕入れてくるんだ?長月のコンピュータにハックしたかそれともバンクにでも侵入したのか・・・?)
と毒島は安田の情報収集能力の高さに驚き、彼が何者なのか疑問に思っていた。
しかし今はそんなことより参加者の不安を軽減させるのが先決と考えた彼は、先ほどから自信を消失してしまっている参加者達のフォローにまわることにした。

「・・・大丈夫だ、俺と家政夫と安田は今までレベル4と何度か戦ったことがある。お前らが死ぬなんてことはめったにないだろう。それに俺達は能力者だ。流石の長月四天王も能力者7人相手に勝てるとは思えん。」

もちろんそんな確証はどこにもない。だが実際に彼らは幾度となく高い能力者を相手にしており、事実今日まで生き残っている。
それらの経験は彼に絶対的な自信をあたえ、発言に信憑性をもたせる。
参加者の顔にほんの少し生気がもどっているように見える。
今の彼の力強い発言に少しばかりの自信を取り戻したのか、肝心な時は彼に任せればそれでいいと思っているのか、
どちらかなのかは分からないが、戦う意欲さえ戻ってくれればそれでいいと彼は思っていた。

彼らの顔に生気が戻るのを確認すると、家政夫は話を続けた。
「そんでな、具体的な作戦やねんけどな・・・」


どろりと暗い闇の中、その部屋だけが光を放つ。
彼らの声が寂れた学区に響き渡り、街はそれらを飲み込んでいく。
時間は刻々と過ぎてゆき、“事前協議”は夜明けまで綿密に練られた。
全ては明日の戦いに勝ち抜くために・・・


第三部に続く

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最終更新:2011年09月06日 02:27