プロローグ


一人の少女はバスの窓から街の景色を眺めていた。窓から見える景色はクルクルと回る風力発電のプロペラと仰々しく建ち並ぶ高層ビルばかりである。
バスの乗客は彼女ただ一人だけだ。しかも自動運転の為、運転手すら乗っていない。
適度な温度に保たれた車内は、ただ沈黙を守りつづけている。

「相変わらず退屈ね、この時間は」

少女は一人呟く。いや、一人だからこそ呟いたのだろう。
時刻は昼過ぎといったところで、部活のない学生は寮に帰る時間帯だ。

「まだ…時間掛かりそうねーー」

退屈そうに窓の外を眺めていた少女は薄っぺらい鞄から手鏡とブラシを取り出し、髪を結い始めた。こういう空き時間に髪をセットし直すのが少女の言う効率の良い時間の使い方らしい。
手短に髪のブラッシングを済ませると少女は藍色のリボンを取り出す。
肩まである艶やかな黒い髪を左側に束ねてリボンで結ぶと、

「よっし、こんなもんでいいかなー?」

一人自画自賛するように少女は手鏡でいろんな角度から髪をチェックする。
その時、プシューと音をたてながらバスが止まった。

「へ?」

少女は一瞬状況を理解出来ず、間抜けた声を出す。
恐る恐る窓から外の様子を確認すると見慣れた景色が広がっている。
そう、そこはいつも降りているバス停だった。

「やっば!もう着いちゃったの!?」

少女は手早く手鏡とブラシをしまうとそさくさとバスの出口へと走り出した。
自動運転の為、待ってはくれない、時間がたてばお構いなしに出発してしまうのだ。

少女は精算を済ませバスから降りた。
どうやら間に合ったようだ。
ほっと一息ついた少女であったが、冷房のきいたバスから降りてみると暑さがどっと押し寄せてきた。
少女の格好は灰色のプリーツスカートに半袖のブラウス、ブラウンのサマーセーターと、いたって涼しい格好だ。
しかしそんな涼しい格好などお構いなしにあちこちから汗が流れでてくる。

「あっつー…」

少女は思わず口に出してしまう。
うだるような熱気にノックアウトされそうになりながらも少女はバス停のすぐ横に広がる軽い傾斜を昇り始めた。
その坂は緩やかだが何しろ距離が長く、しかも日陰になるような所がない。
こんなに日差しが強い日に坂を延々と昇り続けるのは地獄といっても過言ではない、と少女は心の片隅で思う。

「はぁ……はぁ…もう、駄目……」

長い長い坂を昇り終え、すっかり汗だくになってしまった少女はからだを引きずりながら近くのベンチに腰を掛ける。
彼女が腰掛けているベンチからおよそ数百メートル。そこには遠目でもわかる位に大きな学校がそびえ立っていている。
その学校の名は風輪学園《ふうりんがくえん》、全校生徒1000人弱のいたって普通の中高一貫校である。
少女はベンチから横目でその学校を見ながら一言

「毎度毎度思うけどホントあの学校浮いてるわねーー」

風輪学園の周囲には大学や短大といった建物が多く建ち並んでいるため、どうしても風輪学園だけが浮いて見えてしまうのだ。

「まあ」

少女は薄っぺらい鞄から風紀委員の腕章を取り出すと右の袖に腕章の安全ピンを通す。

「そんな浮いてる学校にお仕事しにいく訳だけどね」

少女はスクッと立ち上がると風輪学園へ向かって歩き始めた。
まだ疲れが抜けきれてないのか、足どりは重い。
校門の前に着くと、ビュウと春の風が吹き、少女の頬を優しく撫でる。
同時に校門の近くに植えられている桜の木がユサユサと揺れて花びらが周囲に舞った。
―――――まるでその少女を歓迎しているかのように

「さーて、この私、一厘鈴音《いちりんりんね》が来たからには、この学校の風紀は一切乱させはしないからね!」

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最終更新:2012年07月23日 20:20