2、日常 Utopia
ニュードルイド高校。
イギリスにあるごく普通の高校だが、学校名の由来を考えるとどうも魔術的な意味を勘ぐってしまう。
そもそも『ドルイド』とは古代ケルトの司祭職にして、現在の魔術師の原点の一つとも言える。
『現代社会にふさわしい新しきドルイドを輩出する』という理念を持つ学校だ。
「くわぁ~、やっと終わった。さ、魔術魔術。魔術に没頭できるぞ、っと。」
「よぉ、ゴドリック!一緒に霧の蛸いこーぜ!?」
「悪いな。これからバイトなんだ。」
「ったく、バイトにかまけてばっかだから成績が低空飛行なのよ貴方は。」
「その代り日常生活に役立つイロハを身に着けてるんだよ。」
「お前が言うと説得力あるわー。」
ベンは陽気そうな雰囲気で肩をバシバシ叩く。
ラグビー部エースが故に少しばかり力が強い。
「ったく。もし進級できずに留年なんかしたら我がクラスの恥よ、ゴドリック=ブレイク。」
「ボニーは相変わらず委員長ぶっているよなー。」
「ぶっているのではなく本当に委員長なのよ、ベン=ストランジー。」
ボニーはデコを光らせながら悪態をつく。
その輝くデコといい、委員長キャラといい、学園都市の
とある高校の某委員長といったところだ。
唯一違うのはその某委員長が巨乳なのに対し、こちらの委員長は虚乳だという事だった。
「……なんか失礼なこと考えてないでしょうね、ゴドリック=ブレイク。」
「考えてない考えてない!ていうか僕一択かよ!?」
「本当の事は一回しか言わない。よって疑わしい。んん!?」
「ちょ…、待っ…。ベン助けて!!」
「あら、ゴドリックにベン君じゃない。」
ワイワイギャアギャア、と騒いでる三人に蜂蜜色の髪をした女性が声をかける。
「あれ、どうしたのジュリア?」
「ちょっと買い物してたの。」
「あ、ジュリアさん久しぶりっす!!」
「久しぶりねベン君。元気そうでよかったわ。」
「え、あの……ちょ、二人とも知ってるの?」
「あらあら貴女は初めましてね。私は
ジュリア=ローウェル。そこにいるゴドリックの……」
「か・の・じょ・っすよねぇー?」
「幼馴染だよ!!」
「幼馴染です!!」
ベンのいう冗談に二人は顔を赤くしながら否定の声を上げる。
「か、のじょ…?」
しかし約一名冗談の通じない人間がいた。
「ゴドリック=ブレイク、どう言う事?アンタ彼女いたの…!?」
「ぼ、ボニー?どうした。」
「アンタ彼女って、しかも年上って、とか色々あるけど一つ断言しておく。
……今の成績で卒業してみろ、ヒモになること間違いナシよ!!!」
「一番言っちゃいけないことを言いやがったな!!?僕はちゃんと……」
魔術師として稼いでる、とか言いかけるがすぐに口をつぐむ。
魔術の存在は軍事機密に近いものであるが故に隠蔽した方がいいとかあるが、それ以前に「僕は魔術師だ!!」なんて言ったら絶対にボニーの家に連れて行かれる。彼女の父は精神科医だ。
「いいの、アンタは?大学も決まらず、就職先も決まらず、このままヒモになんるなんて……!!」
「アーオナカイターイ。ゴメンサンニントモサキカエルネー!!」
「待ちなさいこのヒモォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
「あー、賑やかっすね。」
「フフフ、そうね。」
これが、彼らの表側で、楽園。
夜、喫茶店ティル・ナ・ノーグ。
「―――――――チェック。」
「あぁ、しまった!!」
「…………………つまんない。」
サラリーマンのような恰好をした日本人と、ブルーグレーのローブを羽織った隠者の格好をした男がチェスを楽しみ、ソレを見ているラテン系の美女は退屈そうにコーヒーを飲み、
「ガツガツバクバクングングバリバリムシャムシャゴックン!!!」
「あはは……それにしても、よく食べますね。」
ランジェリー系の衣服とデニムホットパンツ、黒のニーソックスを着用した右腕が義手の快活な女の子と灰色のYシャツに黒のチョッキ、スラックスを着た紳士的で爽やかな少年がご飯を食べており、
「俺は
ハルマン=ゲイン。今は休暇でロンドンにいる。所で二人とも、…スケベしようや。」
「デイヴィット。掘れ。黄色い方で。」
「イエス、マム。」
ボサボサの髪とあごひげを蓄えた30代のイイオヤジがグレーのコートを着たペアルックの女性と子供のナンパに失敗し、
「まぁ、いつもの光景だよな。」
そんな様子をウェイターのゴドリックは魔術師たちの巣窟と化したカフェをそんな一言で片づけた。
ゴドリックは空のコップを片すため席を回ることにした。厨房から一番近い場所から回っていく。
「…………すげえな。さっきから二人のおかげで忙しいよ。」
「いつみても圧巻ですよ。」
「グラタン10皿にフィッシュ&チップス20皿、スコーン30個にクランベリージュース大ジョッキ三杯。……鉄の胃袋だな。」
「えぇ……あれだけ食べられると色々と心配ですよ。マチさん、おなか壊しますよ?」
「何言ってるのオズ君。あれだけ体動かしたんだからこれくらい食べて当然でしょ。オズ君ももう少し食べたらいいのに。」
「あ―――――――、ぼ、僕は大丈夫です。」
「だよな、これ以上食べたらコイツの財布が破産するもんな。」
「え?………あ、ああそうですね。」
「(あれ?まさかオズの奴?)」
「だからアタシも払うって言ってんのに。」
「わ、悪いですよそんなの!!そ、そーだ。この前姉さんに作ったカレーが大っっっっっっっっっっっっっ量に余ってますから、もしよかったらどうですか?」
「ホント!?ありがとー!!」
「い、いえ、そんな……。」
「オズ。」
ポン、とゴドリックはオズウェルの肩に手を置く。そして親指を立てながらこう言った。
「結婚式の時の料理は任せろ。」
「な、ナナななななななナナナナ、何を言ってるんですか?」
「(分っかりやす!!)」
「オズ君?ご飯喉に詰まったの?」
「(そしてこっちは鈍っ!!)……まぁ、頑張れよ(僕も人のこと言えないけどさ。)」
コップを片し終えると次の席へと向かう。
「………………ディムナさん、いくらなんでも酷い負けっぷりだ。それでもあんた智の隠者(ハーミット)かよ。」
「アハハ、いやー最近自分でも隠者(笑)って気がしてね。実際スランプなんだ。所で君のお姉さん、ジュリアさんだっけ。ちょっと紹介してほしいなー、なんて…」
「手ぇ出すなよこの≪ピ――!!≫。」
「実際高校生が言っていい言葉じゃない!!」
「成る程、君はあの看板娘が好きなのか、興味深いな。」
「ちょ、昂焚さん、何言って……!!」
「そんな君にこれを渡そう。」
「………陽気な女神(シーラ=ナ=ギグ)と……ナンスカコレ?」
「日本人のとあるサラリーマンにもらったお守りだ。健康と子宝、家内安全の効能がそれぞれある。」
「≪ピ―――!!≫を咥えた熊に木彫りの≪ピ――――!!≫、そしてウェスタンルックサムライガールの像とかどうなってるんだジャパンは。」
「昂焚が構ってくれない……。昂焚ぁー。」
「……あー昂焚さん僕からも一つ。ちゃんとユマさんにも気ぃつかってあげて。」
「?ん、あぁ分かってるよ。」
「……鈍いな。」
「……昂焚は鈍いよ、実際。」
昂焚、ユマ、ディムナからコップを回収し終えると、次の席へと向かう。
「…………お客様ー。当店での魔術のご使用はお控えください。特に戦闘力のある魔術、霊装の類は使用禁止って言ったろうがッッッ!!!」
「痛っ、何すんだよオッサン!」
「18歳のどこがオッサンに見えるんだ?っつーか『ガ・ボー』はやめろマジで。ココさんもgoサイン出さないでくれ。」
「だってねー。あまりにもウザいから。なんならアタシが硬雷の剣で暴れてやろうか?」
「やめてくれよホント。そこのお客さん、あーーー、と……。」
「ウッ、……フゥ。俺か?」
「そう。露骨なナンパはお控えください。(今の気持ち悪い余韻はなんだよ。)」
「ヘイ、ボォオオオオオオオオオオオオオオオオオイ!?コップを下げてくれないかぁーい!!」
「……………………………………………………はい、ただいま参ります。」
三人からコップを回収し、声のかかった方へと向かう。
「いつ来ても賑やかなカフェだ。ボーイももっと弾ければこのカフェは素晴らしくなるというのに。」
「ドレッドさん程弾けれる人っているんですか。」
「はっはっは、そう褒めないでくれたまえ。照れるではないか。」
「(いや、褒めてないよ。)」
このドレッドと言うマイケル=ジャクソンさながらの服を着た男もティル・ナ・ノーグの常連だ。
何とも濃い性格をしている魔術師で、魔術師となった人間の心理の奥底を見るため、自身を更にダンディーにするために魔術を学んでおり、攻撃目的で使う魔術に関してはよくて三流がいいところ、とは本人の談だ。
ドレッドはいつもゴドリックに『ダンディーとは何ぞや』という長話をするのだが、今回はその前に――――――――――。
ドガァアアアアアアアン!!
「キャ―――――――――――お鍋が爆発したぁああああ!!?」
「何をしたんだあの料理音痴は!?」
マッハで厨房へと駆けつける。
これが魔術師の間で密かな噂になっているカフェ、ティル・ナ・ノーグの日常で。
二人が心から尊く思える日常だった。
最終更新:2013年07月17日 00:32