とあるビルの屋上で、男は微笑む。
「さて、これから演じられるは悲劇か、否か。喜劇か、否か。この面白い事件は何を見せてくれる?」
響き渡る声は渋い紳士の声。しかし、黒いローブを着た二人の男が金と銀の杭に貫かれている背景は、紳士の立つ場所には到底ふさわしくない。
「愉悦。本能。憎悪。忍耐。責任。探究心。愛情。嘲り。死。―――――――――――――――――生。
全ての果てに、一体何を見せてくれる?」
黒い羽根が三枚、空を舞った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
月と星は消え、わずかだが空が白み始めている時刻。
しかし、まだ時間帯的には夜なのか、街灯は点いたままであった。
自然の光と、人工の光。
双方の光が醸し出すロマンティックな演出も、今のこの二人には夜戦のための灯にしか成り得ない。
「ハッハァ!!」
デヴァウアが『簒奪の魔剣』を右から左へと振り被る。
彼女の霊装は今や偶像の理論で北欧神話でシグルズが使っていた魔剣グラムを表している。
そんな魔剣はマティルダの体ではなく、彼女の後ろの街灯を……
否、街灯とその後ろにあった街路樹2本を易々と切り裂いた。
あれでは『螺旋の腕』も容易く斬り落とされるだろう。
マティルダの『螺旋の腕』が未だ斬り落とされていないのは、一重に『螺旋の腕』の透明化機能のおかげだとしか言いようがなかった。
見えないが故に、狙いをつけられず斬り落とすことが出来なかったのだ。
「……へぇー、すごい切れ味。身体能力も殺人鬼さんと張り合うくらいだし。前戦った時はあんなに強くなかったんだけど。」
「あぁ、あいつに渡したアレのおかげかしら。」
「ほぇ、知ってるの?」
「知ってるも何も、アイツは『呪狼の皮』の実験台よ。
元ネタはシグルドの父親、シグムンドが被った呪われたオオカミの毛皮よ。
アレを被ると、理性と引き換えに驚異的な身体能力、回復能力、戦闘続行能力が得られるわ。持久戦にも適した霊装でしょうね。
弱点と言えば、自力じゃ脱げない所かしらね。」
「そうなんだ。でも、そんな事敵にべらべら喋っちゃっていいの?」
「かまわないよ。……だってあんたはここで死ぬんだからさぁ!!」
そうして、デヴァウアは『簒奪の魔剣』を構え直すと、マティルダに斬りかかる。
マティルダもまた、『螺旋の腕』でデウァウアを迎撃する。
「≪……なんだって二人とも。≫」
…否、迎撃しながら通信用霊装を用い、ヤールとニーナに情報を送るという器用な真似をしていた。
情報を送り終えると、マティルダは『螺旋の腕』から風槍を放つ。
デヴァウアは、放たれた風槍を躱すと『簒奪の魔剣』を構える。
デヴァウアは『簒奪の魔剣』を2、3回薙ぎ、マティルダはギリギリでその斬撃を躱す。
最後の斬撃で、マティルダの髪の端が少し切れる。
直後、デヴァウアは『簒奪の魔剣』を振り上げ、一気に振り下ろそうとする。
ソレを見て、マティルダは不敵な笑みを浮かべる。
「(にへへ。いい作戦思いついちゃった。)」
マティルダは“自分にとって”いい作戦を、考えから即座に行動へと移す。
鉄ですら切り裂いてしまうその斬撃を。
マティルダは更に踏み込み、デヴァウアに打撃を与える事で阻止しようとしていた。
“攻撃される前にこちらが仕掛けることで、相手の攻撃を阻止する。”
これがマティルダの“いい作戦”だった。
デヴァウアはそれを察すると、振り下ろすことをやめて刀身を盾にすることで打撃を受け止める。
マティルダの左腕とデヴァウアの『簒奪の魔剣』が激突した。
義手が刃を破壊する音も、刃が義手を切り裂く音も響かなかった。
金属がぶつかり合う、硬質的な音が鳴り響く。
その直後、二人は一旦、距離をとった。
「(へぇ…今のをとっさに防ぐんだ。いい反射神経してるね。)」
マティルダは心の中で感心する。
その感心がマティルダの闘争本能にエンジンをかけ、加速させた。
「(痛ッ……あの籠手にも何かしら仕掛けを施してあったのか。)」
一方で、デヴァウアは冷静に分析を行っていた。
デヴァウアの察する通り、この籠手には装着部位の膂力を九倍に増加させるという機能があった。
「どうしたの?まさか怖気ついた訳じゃないよね?」
「まさか。アンタをどういう風に血化粧してやろうか、考えていたところだよ。ついでに左手の籠手も欲しくなったし。」
「ほしいなら、取ってごらんよ。力ずくでね!!」
マティルダは『螺旋の腕』を、デヴァウアは『簒奪の魔剣』をそれぞれ構える。
そうして彼女たちの打ち合いは再開される。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その頃、ヤール・ニーナペアはというと……
「ヒャァアアアアアアアアアああアアああああああああああッッッはぁああアアあ!!シイイイいいいいいいいいいいねぇえええええええええええええええ!!!!!」
「うわぁ!!」
「キャア!!」
大苦戦していた。
マティルダから情報をもらったのは助かるが、『どうやって情報を生かすか』というのが問題だった。
「元ネタが判明したのは助かりましたね…。ニーナ、打開策は?」
「『樫の杖(オークワンド)』を使えばきっと…ですけど時間がかかりそうですから、持久戦になるかと……。」
「そうですか……。」
「ニクイニクイニクイニクイこおオオオオオオオおおおおオオオおおおおおっぉろすううううううう!!!」
荒ぶるジェイクに二人は身構える。
ニーナの策を使い戦いを終わらせるまで、二人は油断ひとつ許されない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
午前6時24分
更に空が白み始めた頃。
マティルダとデヴァウアは相変わらず戦いを愉しんでいた。
「(へぇ……なるほど。)」
闘いを通してデヴァウアがとある事実を察し、面白そうな表情を浮かべる。
風槍を『簒奪の魔剣』で受け流し切ると、一旦距離をとった。
「アンタ、自分より高い身体能力を持つ人間との戦いに慣れているね?」
彼女の霊装、『簒奪の魔剣』の効果により、彼女の身体能力は常人の20倍、イギリスの騎士派の団員に匹敵する。にも関わらず、マティルダはデヴァウアと渡り合うどころか、善戦しているのであった。
「にへへ、分かった?クライヴさんとかオズ君とかのお蔭かな?」
マティルダは赤面しながら、しかしその表情はどこか誇らしさすら感じられた。
「へぇー、もしかしてその二人のうちどっちか好きだったり、……恋人だったりする?」
「違うよ。」
「否定するの早っ。」
「だって恋愛とか、そういうの分かんないし。アタシはこうやって戦ってる方が好きだな。」
その一言に、デヴァウアが反応する。その表情は同志を見つけた、と言わんばかりの表情だった。
「イイねぇイイねぇ、戦いってホント最高だよねー。
相手を嬲って!!
切り刻んで!!
刺し殺して!!
そして心臓を食らい、血を飲む!!
全ては、相手の力を奪い尽くす事こそ、戦いの醍醐味!!愉悦!!
アンタもそうでしょう?立ち向かう人間を殺して、己の血肉、力にする。そのために戦う。そうでしょ!!?」
デヴァウアはその笑顔を狂気の色の染めながら、マティルダに問いかける。さも、やっと自分と同じ穴のムジナが見つかったと言わんばかりであった。
「違うよ。」
「は?」
しかし。
その問いをマティルダは否定した。
「今貴女が言った事もあたしには殆んど分かんないよ。あたしは純粋に闘いっていう行為が好き。だからあたし自身は闘った相手を殺した事なんてないよ。」
「嘘よ……嘘よ嘘よ嘘よ!!そんなの偽善よ!!殺しに愉悦を覚えないなら何のための戦いよ!!アンタは偽善者よ!!!」
デヴァウアが必死に捲し上げる。
ついさっきまで同志だと思っていたにも拘らず。
自身では理解の及ばない『
マティルダ=エアルドレッド』という存在はデヴァウアにとって相成れないモノとなった。
「正しいとか正しくないとか、そんな事はどうでも良いんだ。そういうの、よく分かんないし。 あたしにとって大事なのは、楽しい戦いが出来るか出来ないか。ただそれだけだよ。
だから、ここからは本気の本気、全力全開で行くよ?」
――――――――――比類なき死闘を望む者(luctantur241)。
マティルダは静かに、だが荘厳に唱える。
唱えられたソレは魔法名。
魔術師にとって自分の覚悟を見せ付ける事と同義であるその名を。
今。マティルダ=エアルドレッドは唱えた――――――――――――――。
最終更新:2013年07月24日 12:48