これより語るは射手の話。
元々、彼の持つモノは少なくてソレを抱える両手も幼い。その上、幼き彼には不釣り合いな、『罪』という名の自己嫌悪が枷となる。
故に持つモノに尊さを感じ、その両手は頑なで。護る為に、零れ落とさない為に努力する。
何をしてでも。どんな手を使ってでも。もう二度と失わないために抗い続ける。
“清廉さなんていらない。泥臭くて構わない。戦い抜いた末に、あの女性(ヒト)を、彼女との約束を、暖かい世界を護れるならば―――――――。”
それ故誰よりも高潔な、騎士の話を語るとしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
10年前、8歳の頃。
物心ついた時には僕には、父親も母親もいなかった。中にはそれを揶揄してくる子供や、僕を見てひそひそと話す人たちもいた。
けど寂しいと思ったことはなかった。
「ゴドリック。」
僕には兄がいた。父さんと母さんの遺産でアパートを借り、10歳くらい年の離れた兄と暮らしていた。
「ゴドリック。」
そして、兄の幼馴染と名乗る一人の女性がいた。この人こそがジュリア。僕は彼女に対して最初から姉のように慕っていた。
初対面の頃から、僕はジュリアの事を“ジュリア姉さん”と呼び慕っていた。
兄はその時だけ少し辛辣だったけど、それ以外は面倒見のいい、典型的な兄貴分というにふさわしい人だった。
親しみから憧れに。憧れから恋慕に。そして、恋慕は諦めへ。
全部幼いながらに実感したことだった。
ジュリアと話していると心が安らいだ。そして、二人が一緒に話している時は安らぎと諦めが心の中で一緒にあった。
それでも、3人でずっと一緒に。
幸せに暮らすことこそが当時の僕の夢だった。
「二人はパパとママみたいなもので、僕はその二人の子供。きっと、兄さんがジュリア姉さんを幸せにしてくれるんだろうなー…。」
幼い僕は公園で一人、ポツンと呟いた。
そんな僕は、肩に手を置かれた感触を覚える。振り返ると、そこには知らない男がいた。
これが、僕の人生を大きく変えるきっかけだった。
そこから、みるみるうちに意識は薄れ、残る意識で抱えられたことを覚えている。
僕は、誘拐された。
一回目、目を覚ました時は縄に縛られていて、状況判断が出来なかった。目の前には炎に包まれた槍を持ったジュリアと、火矢を発射する兄がいたのは覚えていた。
目の前の事がアニメの様で現実離れしていて、何が起こっているかの解らなくて、必死に叫ぼうとした。
爆発が起きたのは、兄さんと目が合って叫ぶのを思わず戸惑ってしまった時だった。
そこから、すぐに意識は失われていった。
二回目、目を覚ました時は教会の一室。僕はベットで寝ていて、すぐ横にいた神父が、僕を見ていた。
そう言ってジョフリーは部屋を出る。暫くするとまた入ってきて、傍には自分の良く知る女性が一人、いた。
「ゴドリック!!良かった、心配したのよ?」
ジュリアはそういって僕を抱きしめた。互いの頬がくっ付きあうが、感触と温もりはジュリアの頬に貼ってあったガーゼに遮られた。
「ジュリア、姉さん。…………兄さんは?」
「…………………………。」
「ジュリア姉さん?」
「君は魔術師に攫われて、お兄さんとそこの彼女が助け出そうとした。その結果、お兄さんは行方不明になった。もう二度と、君に会えないかもしれないんだ。」
ジョフリーは、事実を言った。いずれ解って、受け入れなければならない事実を。
この時、僕は実感がわかなかった。呆然とするしかなかった。もう、二度と会えないって事も、すぐには受け入れることは出来なかった。
ただ、一つだけ思ったことは。
「ごめんなさい、ゴドリック。ごめんなさい。私の、せいで。私が不甲斐無かったから…………。」
兄さんと二度と会えないのも、ジュリアが傷ついて、こんなになっているのも。
僕のせいだと、いうことだった。それを思うと、泣きたいのに涙が出なかった。
それからすぐに、僕はジュリアの家族と一緒に暮らすことにした。すぐに新しい家族になじんたけど、やっぱり兄さんの事や、ジュリアの一生残るであろう頬の傷を見ると、泣きたくても、泣けなかった。
魔術の事は、引き取られた後、少しだけ知ったけど、誰も僕に魔術と関わらせようとはしなかった。これはジュリアだけでなく、ジュリアの家族全員の意思だった。
それから少しして、僕が引き取られて半年になる頃。ジュリアの家族は僕に笑顔を取り戻してくれた。居場所があったのが。たとえ少なくても、居場所の中に人がいたのがうれしかった。
そう思った矢先、今度は、ジュリアの両親が、亡くなった。何者かに殺害されての、死だった。
あんなに僕によくしてくれた二人の死。ジュリアは二人に突っ伏して、大声で泣き叫んだ。夜になっても霊安室から離れようとはしなかった。墓前の前で泣き叫ぶ彼女を傍から見ているほかに何もできなかった。
そして、僕はそのとき、気づいた。
あの時、僕が攫われさえしなければ、こんなことは全部無かったんじゃないのか、って。
しばらくして、ようやく落ち着いた頃、僕は一つの決意を、ジュリアに打ち明けに行った。自分なりに、考えた結論を彼女に打ち明けに言った。
「ジュリア姉さん。僕に魔術を教えて欲しいんだ!!」
そう告げた後、一瞬彼女の顔は凍り付いた。けど、直ぐに彼女は応えた。勿論、喜ばれはしなかった。
「な……何を言ってるのゴドリック!?」
「もっかい言うよ!!僕に魔術を教えてください!!」
「ダメに決まってるでしょう!?何を考えているの!!」
そこからはひたすら大ゲンカだった。
思えばあの時だけがジュリアと対等に口げんか出来た唯一の時期だったと思う。
そうして、一晩中喧嘩して。もうお互い感情をむき出しにしてたくさん言い合った。自分をぶつけあった。
そうして、遂にジュリアは限界まできた。
「本当に、なんでよ?なんで貴方まで魔術に関わろうとするのよ………。
あなたのお兄ちゃんも魔術が原因で行方不明。私のパパとママも魔術が原因で死んだ。もう嫌なのよ。魔術の、私のせいで誰かが死ぬのは、もう――――――嫌なのよ!!」
「だったら何でジュリアは魔術師になったのさ!!」
「そ、それは。」
「お兄さんももういない!!おじさんもおばさんももういない!!全部僕が、僕が攫われたりしたから、こうなったんだ!!僕が悪いんだ!!」
ああ、そうだ。この時、初めて“ジュリア”って言ったんだ。
僕は思い切り涙を流して、ありったけの声を振り絞って叫ぶ。
本当に子供なのかって思うくらいの頑固さで、いや、もしかしたら幼いからこそ、こんなにも頑固だったんだ。
頑固だった僕は幼い頭で必死に言葉を選んだ。
顔は涙でまみれていて、どこまでも子供でみっともなかった。
でも、今だから解かる。
幼い僕はもうこの世界(にちじょう)をこれ以上減らしたくなかったんだ。
「もう、こんな事嫌だよ。僕のせいでいろんな人がいなくなっていって、今度はジュリアかもしれないんだぞ!!
誰かがいなくなるのも、ジュリアがそのせいで泣くのも、嫌なんだ!!
そんなの嫌だ。僕はそんなの嫌だよ!!………………………………だから、だから。
――――――――――――――――――――――――――――――――――!!」
あれ?おかしいな。ここだけ、思い出せない。なんて言ったんだっけ?
とにかく、その後ジュリアは今までの様子がまるで嘘のように一瞬で固まって。額に手を当ててため息をついた。
「………………………………解ったわ。貴方に魔術を教えてあげましょう。」
「本当!!ありがとジュリア!!」
「た・だ・し!!」
ズイ!!とジュリアは自分の顔を、僕の顔を近づける。
「私と約束して。“どんな手段を使ってでも生き残る”って。それさえ約束できるなら私は魔術を教えてあげる。」
「うん、解った!!」
その時、部屋が光に照らされる。人工の灯ではなく、自然光。太陽の光だ。喧嘩をしている間に夜が明けたんだ。それ程までに長い時間喧嘩していたんだと思うと呆れてくる。
こうして僕は、魔術師になった。
魔術師になってからはいろいろと苦労した。魔術理論を理解するのに頭を抱えたり。
フリーランスの魔術師として活動するようになってから、“どんな手段を使ってでも生き残る”という約束を果たすために作戦も考えたり。
大けがをして入院して、ジュリアに世話をかけ、説教を食らったり。
ああ、でも。
「ゴドリック。まだ時間がかかっているの?いいわ、こうなったらとことん教えてあげるわよ。」
そうやって、貴女は夜遅く、いや、夜が明けても親身になって教えてくれた。
「ゴドリック!!またこんな無茶な真似をして!!死ななきゃいいって問題じゃないのよ!!」
そうやって、貴女は僕を叱ってくれた。
「ゴドリック。なんかさ、こうして一緒にご飯食べて。一緒の時間を過ごして。一緒の空間にいるだけでも、今の私は十分に幸せだなぁー……。」
こんなやり取りをする貴女が愛おしくて。
こんなやり取りができる日常こそ、更に愛おしいものだった。
兄を殺し、貴女に疵を残した僕に、こんな資格はないのかもしれない。
けど。
唯一つの理想を護る為に。
僕は引き金に手を駆けよう。
どんな醜行にも手を染めよう。
僕の全てを賭けよう。
そうして、約束を守って、貴女の笑顔を見届けよう。
僕にできる事は、そんな事だけ。
けど、これ以上、僕の世界は絶対に減らさせない。
夜と星を掃う太陽の光を見るたびに、僕はその意志と始まりの日を思い出すんだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
光は、皆に平等に降り注がれる。
それがたとえ、希望を失い、朽ち果てた者であっても。
少年が夢を失い、絶望のなかにある時、眼に入るその光はより眩しく、尊い。
それはまるで、暗闇にさす一筋の光のような――――――――――――。
最終更新:2013年08月09日 01:57