前回までのあらすじ

富士見の一言により急遽始まったバレンタイン大会。三人寄れば姦しいと言わんばかりに戯れる乙女達の一方で。
何故か独りでに自爆していく粉原とそれに乗じてヒャッハー水だーとはしゃぎ回る樹堅&入場。
隠していたとは名ばかりの幼子に甘い本性が見え隠れ(割合8:2)する粉原に更に追い討ちを掛ける四方。
阿鼻叫喚の準備期間を経て振舞われた『ちよこれゐと』は想定以上の好評を受け企画は成功であったと言える。
しかしその影では粉原へと敵意の視線を送り続ける江向や四方へと熱っぽい視線を向ける江向の姿があったことを忘れてはならない。
ある意味普段以上に積極的に見える江向の行動だがこう見えて通常運行。画面に映らないだけでいつもこうなのである。
そして普段から着回されくたびれ気味の四方のネコミミパーカーに怪しい視線を送る富士見と江向に戦慄する吉永。
ここは常識人枠として風呂敷広げにゃならんと発した言葉は『服を買いに行きましょう』そして今回のお話に富士見と江向は不在。


「いや、何よこの適当な前回のあらすじ」


日曜日の昼下がり。私達は繁華街にやってきていた。
そして現在地は洋服を取り扱うお店の前。ガラスのショーウィンドウに展示された洋服が目を惹く。

あまり来る様な場所では無く、おのぼりさんの如くきょろきょろと首を巡らせる。
やはり視界に入るのは新鮮な光景。周りを歩く人達も、普段は見慣れないきらびやかな衣服に包まれている。

「で、お目当てはここな訳で。この前言ってた事は本気だったのか…」

慣れない場所にすこし戸惑いながらも、口を開く。
正直誰かと話していないと場違い感に押しつぶされそうである。

私のそんな繊細な心境を察してかそれとも知らずか、声が返ってくる。
声の主は隣に立っていた。栗色のロングヘアーを揺らしながら、隣に立つ少女が答える。

「当然よ。今日は存分に着せ替え人形にしてあげるから覚悟しなさい」

彼女は『吉永芙由子』デバッカーの頼れる仲間でもあり、私の親しき友人でもある。
芙由子と二人でここへやってきた理由は彼女の言ったとおり。

「既に本音を隠す気が無くなってるし」

着せ替え人形。要するに先日の話に出たように基本的に同じパーカーを着まわしている私に対して
そのファッションセンスを嘆いた芙由子が私に新しい服を宛がうというイベントだ。

正直な話、気は進まない。別に持っている服が少ないわけでも、似たような服ばかり持ってる訳でも無い。
だが芙由子が言うにはいつも同じパーカーばっかり着てるから代わり映えしないのだと言われ、ここまで連れて来られた次第だ。

…別に同じパーカーを着回してるからって洗ってない訳じゃないわよ?
人臣から同じパーカーもう一つ貰ってるからローテを組めている。

「つべこべ言わずに付き合いなさいな。似合うの選んであげるから」

腕まくりをして張り切る様子の芙由子の気勢を削ぐのも何なので大人しく付き合う所存だ。
あんまり変な服を着せられるのはごめんだけどね。

とは言え芙由子は我がデバッカーの中でも一番の常識人枠。
ファッションセンスに関しても一任して間違いは無いはず…と信じたい。

「はいはい、今日は任せるよ。ただし、お手柔らかにね、芙由子?」

既にやる気満々の芙由子に肩を竦めつつ店へと足を進め、入店するために扉を潜り店へと這入る。
しかしまぁ、最近メンバーの皆と仲良くなってくるにつれて、逆に振り回される機会が増えている気がする…。

最初は私の方がみんなをいじって遊ぶ役割だった筈なのになぁ。
いつからこうなったのやら。一体誰のせいだ。…何となく焔が原因な気がしてきた。

「まっかせなさいな。途中で逃げんじゃないわよ、視歩?」

そんな思考も知らず、振り返った芙由子が爽やかに笑った。
友人のそんな笑顔にすっかり毒気を抜かれ、大人しく付き合うことを改めて決めた私だった。



~~~~~~~とある猫娘達の日常 8話 とある女子組の衣服選び~~~~~



と、いう訳で。

「い、いや…これは流石に…恥ずかしいんだけど」

着せ替え人形にされている最中だが、さっそく心が折れそうだ。
一番最初に着せられたのは、ホットパンツとタンクトップで夏らしい服!

と言えば聞こえは良いんだけど…とにかく丈が短い!
あとタンクトップも面積が無駄に少ない!恥ずかしいから!

「えー。アンタよく動くし、活発な感じで似合ってると思うんだけど」

よく動く事も見た目的にも活発である事は否定しないけど!
…うーん、髪伸ばそうかしら?そうすればもう少し印象も変わって…いや邪魔だから無理ね。

しかし活発そうだからってこの服は…

「いやいや、それにしたって丈が短くて…これ着て動くのは恐いんだけど…」

ホットパンツとは言え、ここまで短いと動いた拍子に下着がはみ出しそうだ。
普段から短パン着用のミニスカートなので、いつもは気にしなくて良いんだけど…

「ああ、そういえばアンタ短パンいつも使ってたわね」

どこぞの赤い奴が色気がないとか言ってたけど軽くスルーだ。
逆に血晶赤の場合無駄に色気振りまき過ぎだと思うわ。

「まぁね。にしてもこんな短いのは履かないけどさ」

しかしこれは論外としても、もう少し色気のある格好した方がいいのかな…。
一応私だって女の子な訳だし、同姓にばかり言い寄られるのも改善できるかも。

…女の子らしい格好をした私を思い浮かべて諦めるのだった。



~~~~~入場とホットパンツの場合~~~~~



とりあえずこのホットパンツは「尋常じゃねぇローライズ」と名付けるとして。
ともかく着てみたはいいけど、普段から着るのは無理だから脱ぐとしよう…

「お、吉永じゃんか。何やってんだ?」

…試着室に戻ろうとした矢先に邪魔が入った。しかも随分と聞きなれた声だし。
そこに現れたのは、デバッカーのメンバーである入場だ。

よりによってこいつか…余計な奴が余計な時に…!

「げっ、入場!ちょ、ちょっと!それ以上近づくな!」

私以上に焦っている子が一人いるから意外と冷静なんだけどさ。

ともかく男性恐怖症の芙由子が慌てながら威嚇しているのを気にせず近づいてきた。
一応、芙由子の立ち位置を避けるように大回りして此方へきた入場が私の姿に気付く。

「吉永は相変わらず…ん?そっちのかわいい子は友達か?」

ああいや、私の姿には気付いたみたいだけど…。
それを私と認識しては居ないらしい。いつもと大分違う格好だから仕方ないとは言え。

顔を見たら分かるだろうと入場の方へ向き直り手を挙げ笑顔を向けた。
リーダーの姿くらい衣装が違っても判別しなさな。

「私だよ、私。入場、顔を良く見ると良い」

私の顔をしっかりとみると、入場の顔が見る見るうちに驚愕に変化する。
というか、すこし青ざめてるのは何故だ。私に失礼だろ。

青ざめた顔を振り払って私を指差す。
人を指差すんじゃありません。マナーが悪いわよー、と何だかお母さんでもやってる気分ね。

「し、四方っち!?え、いや、ごめん!そんな格好してるから分からなかった…」

わたわたと入場にしては珍しい慌てぶりで弁明をしている。あ、視線の動きで思い出した。
そういえば髪型も少し弄ってたんだった。それじゃあ分からなくても責められないか。

「別に謝る必要は無いよ。まぁ、すぐに着替えるんだけどさ」

どっちにしろ着替えた後で髪も戻すけどね。
いつもと違う髪形って言うのも落ち着かないし、むずむずしてしまう。

「ええ、もったいない。それ似合ってるのに」

はいはい、と適当に答えながら更衣室のカーテンを閉めた。冷静になったのか軽口を取り戻した様だ。
とりえあず元の服へと着替えていると話し声が聞こえてきた。

「しっかし、四方っちがあんな服を着るとはなぁ。ほら、あのホットパンツとか可愛いじゃん」

ほうほう、入場はこういうのが好みか。
からかいのネタを自分で増やしている事に気付かないんだろうか彼は。

ちなみに説明しておくとこの入場は我がデバッカーの中でも一番の好色家だ。
特に年下の女の子が好みらしく、しょっちゅう女の子に声を掛けているのを見かける。

デバッカー内でも皆口説かれて…焔は同い年だから口説かれて無いわ。
むしろ見た目的には一番美少女美少女してるんだけどね、あの子。

…焔が年上と言う事実は思い出すたびに自分の頭を疑いたくなるな…。

「入場…アンタが言うと途端に軽く聞こえるわね…」

「ひっでぇ!?」

入場の軟派癖は今に始まった話じゃないんだけど…。
今まで私にそれを向けた事は無かっただけに、いざ標的になると複雑だ。

さっきも言ったが皆口説かれて無いだけに私にだけそれが向かない理由は何なのだろう?
別に口説かれたい訳では無いけど、そんなに私魅力無いのかな…。

「しかしさ、四方っちもよく見ると幼い顔してるし、俺としてh」

…今みたいな事考えてたのが恥ずかしくなるわね。
実際歯の浮くようなセリフを向けられると何ともいえない気分だわ。

「視歩にそれ以上変な目を向けたら消し炭にするわよ…?」

バチバチと電気が弾ける音が聞こえてくるんだけど…
店内であまり暴れるなよー、と試着室内から声を掛けるがあまり効果が無いようで。

というか私以上に怒っている芙由子に少々驚きだ。
私は案外大事に思われているようで何とも嬉しい。気分が良くなってきちゃった。

「恐い恐い、吉永だって可愛いのに怒ってばかりだと台無s」

「アンタの全てを灰に変えてやるわ…血染めの真っ赤な灰に「いやマジで恐い!?」

漫才に見えるが、そろそろ吉永の堪忍袋と入場の命が危険なので止めに入る事にする。
ばちんばちんと帯電がそろそろ危険域に達しつつある芙由子の頭にチョップ。

「そろそろ止めとく様に。周りに迷惑かけたらダメ」

「むー、でもこう言う不埒な事考えてる男風情は駆逐しておいたほうが…」

駆逐て。あれー、芙由子ってこんなに物騒な事言う子だったかなー。
とか考えていると入場が疑問に答えてくれた。

「相変わらず、吉永は男には容赦ないな…。鳥肌立ったよ」

ああ、男限定なのねこれ。恐がるだけかと思いきや反撃に出る気概も最近はあるらしい。
芙由子の男性恐怖症が治る時は果たして来るのだろうか…?

「というか、芙由子って男に近づくと動けなくなるって印象だったんだけど…」

むしろ今は男に対して攻撃的になっている様な。あと少し遅れてれば入場に攻撃してたんじゃなかろうか。
実際に手を出しているわけでは無いんだろうけど。

「ああ、知り合いになった相手とかなら少し余裕が出てくるからこうなるのよ」

「…芙由子相手だと、逆に仲良くなった方が恐いのか…」

斬新だな。男性恐怖症の子と仲良くなってその人だけは平気~みたいな流れにはならないらしい。
芙由子に惚れた男は色んな意味で苦労しそうだ。命が足りない的な意味で。

「これじゃあ迂闊に吉永に近づけなくてなぁ。口説く事も出来やしない」

肩を竦めながら入場が答えるが、芙由子の腕を掴んで抑えるのに必死で様子はあまり見えていなかった。
というか、既に発言の前半部分で芙由子の顔に青筋が浮かんでいるのが見えんのかコイツは。

ふーっ!と猫が威嚇するような声をあげながら襲いかかろうとする芙由子をなだめつつ

「そんなに口説きたいなら妹を口説けば良いんだよ、君は」

と、こんな具合でちょっと逆襲してみる事にする。
妹という単語をちらつかせると簡単に動揺を誘う事ができるので入場は扱いやすい。

「ちょっ、まっ、何言ってんでしょーかね!?俺がい、妹を口説く訳ないでしょーが!?」

どもりまくりである。こうも分かりやすいシスコンも珍しいもんだ。
入場も入場で妹に関しては色々と苦労してるから仕方ないか。この兄妹には幸せになってもらいたい物だ。

「いや焦り過ぎ…。あんた、何か妹にやましい事でもしたの?」

あー、そういえば芙由子は入場の妹の件は最後まで関わってなかったっけ。
まぁ、まだ語ってない話だし詳しくは伏せておく。

簡単に言えば、妹さんを助けるのに少しばかり手を出したりした結果、思った以上に大きな騒ぎになったと…。
まぁ後は言うまい。一番の見せ場の告白シーンは壮観だったとだけ言っておこう。

「話を広げるなぁー!?」

「そう言わずに。最近妹さんとはどうなんだい?仲良くやってるかい?」

語る語らないはともかく、ここぞとばかりに畳み掛ける事は忘れない。
どうにも血晶赤や芙由子相手だと劣勢に陥り気味で、最近人を弄り倒す機会が少なかっただけにココは逃せないな。

このシスコン男も少々女の子を口説き過ぎな悪癖がある事だし、少しばかり痛い目を見てもらう必要がある。
女好き尚且つ年下の女の子を口説きまわるコイツは要注意人物である。

瞳の保護者としては色々と注意しておかなければ。
前のバレンタインの時も不穏な発言をしていたし、入場の行動は要観察だな、うん。

…その際、何故か粉原が怒っていたのも聞いてたけど、それはそれで面白い展開な気がしてきた。
入場はどれだけ他の女の子を口説こうと本命が妹っていう前提があるけど…

粉原は様子を見るに割と真面目に瞳を好いてくれているっぽい。
瞳の方も粉原には懐いているし、案外いい感じの関係になれるのではないだろうか?

「ぐっ…いや、まぁ…『あれ』以来一緒に居れる時間も増えたけどさ」

それについて入場妹本人からコメントを頂いている。
確かに一緒に居る時間は増えたらしいが…それによって弊害もあったようで。

「あんまり過保護過ぎて嬉しいけど困ってる、ってさ。この前一緒に買い物したときに言ってたよ」

嘘ではなく事実だ。長らく離れていた訳だし、気持ちは分からないでもないけど。
それにしたって話を聞いていると過保護過ぎな気はする。

「何時の間に仲良くなってたんすか…。っていうか、頼むから仲間に誘ったりしないでくれよ!?」

アイツに怪我とかされたら俺どうすりゃいいのか!と頭を抱えている様子に、芙由子の目が冷たくなっていた。
そんな目で見てやるなよー、入場にも色々あるんだよ。

「どこからどう見ても残念なシスコンね、コイツ…」

立ち位置がさっきより二歩ほど下がっている辺り、リアルに引いている。
入場、強く生きろ…。

「お前ら少しずつ後ろに下がるな!俺から遠ざかっていくな!」

あ、私も下がっていた様だ。気付かぬうちに後退させられるとは。

(侮れない、これがロリコンの逆引力…!」

「いやロリコンじゃなくてシスコン!って、自分でシスコンとか言ってんじゃねーよ、俺!?」

おお、モノローグにまでツッコミを入れるとは。
ついに読心術まで会得するとはさすが入場だなー。

「モノローグならちゃんと役に徹しろよ…。途中から口に出てんだよ…」

頭を抱えたまま立ち直れない入場がうわ言の様に呟いている。
そんな入場の影を繰り返し踏んづけている芙由子に目を向けると、ふとこっちを見て思いついたかのように

「アンタ達、メタ発言は程ほどにしなさい」

重々しく言い放った。まぁ、メタ発言は瞳の特権なんだけどさ、私達の中じゃ。
というか、影を踏みつけるという芙由子の行為が意外とえぐい。踏みつけているのが頭な辺りマシマシだ。

「まあ、一線は越えてしまわない様に気をつけることだ。…世間の風当たり的に」

「えっ、ドン引きなんですけど…」

あまりに完ぺきな芙由子の繋ぎに私も戦慄。
さすが芙由子!欲しいときに欲しい以上の言葉をくれる!おっかない!

とまあ、そんなとどめの一撃は見事にクリーンヒット。
顔を赤くしたり青くしたりしながら立ち上がると、プルプル震え始めると

「お、俺は、妹が大事なだけなんだぁぁぁぁぁぁ!!」

お前らなんか嫌いだー!と走り去ってしまった。
おお、逃げ足速いな。能力を使わなくても十分だな、あいつ。

「そこら辺の運用も考えてみるか…?」

「いや、何の話よ。あれか、妹を使ってパワーアップさせるみたいな」

ある意味アリな案ではあるが、逆にオーバーヒートしそうなので却下。
とりあえず、今考えているのは別の事である。

「ほら、わざわざ洋服店にまで来て入場を弄り倒したんだし、それらしいオチを作ろうかと思ってさ」

「変なところで気を回すわね、アンタ。というか、オチが無いとダメって芸人じゃないんだから」

最もな意見はともかく、今自分が手ぶらである事に気付く。
話に夢中になり過ぎたか、と声を出して芙由子へ呼びかける。

「あ、着替えた後、ホットパンツ更衣室に置いたままだった」

はいはい、と慣れた様子で送り出してくれる芙由子を横目にカーテンを開いた。
そして、手に取ったホットパンツを見て―――閃いた!

「思いついた…相応しいオチを!」

デェェーーーン!!と脳内SEと共に掌を拳で打つ。
所謂思いついたのポーズだ。何が所謂なのか私にも分からないが。

携帯を取り出し、ボタンをプッシュする。
急に携帯を取り出した私を訝しんでか、首を傾げた芙由子が疑問の声。

「誰にかけんのよ?」

「入場の妹ちゃん」

瞬時にうわぁ、という顔になりつつも説明を求める芙由子に考えた事を解説してみる。
携帯の画面には既に妹ちゃんの番号が表示されていて、いつでも発信できる状態だ。

「いやさ、折角こんな所にいるから妹ちゃんに服をプレゼントしようと思ってね」

「…まぁ、それは良いとして。何の服を買ってあげるつもりなの?」

分かってて聞いてるだろう、と笑いながらも手に持った答えを提示する。
右手に持っているのは、さっきのホットパンツ。割合としては善意3割:悪意6割:興味1割だ。

「さっき、ホットパンツが可愛いとか言ってたからね」

「つまり、入場にとって一番かわいい存在である妹に、かわいいと評した服をあげる訳だ」

あとついでにその服を妹ちゃんに着せた状況で、入場と二人きりの状況を作るところまでアフターサービスだ。
その様子を遠巻きに眺めてから皆でからかおう、という計画である。

「やる事がえげつないわ…。まだ弄り足りなかったの?」

やるならとことんやるべきだろう。中途半端は何事も良くないものだもの。
本音としては、ようやく一緒に居られるようになった兄妹を外野から囃し立てたいだけなんだけどね。

今まで散々理不尽な理由で引き離されてたんだ。
これからの人生は二人仲睦まじく過ごして欲しいじゃないか、とは口に出さなかった。

「そんな事、言うまでも無い事だしね」



~~~~~瞳とネクタイの場合~~~~~



「何の話よ?」

会話だけ聞くと私がいきなり訳の分からない事言ってるだけだなこれじゃ。
いやいや何でもないよ、と話を切ってから話題を進める事にした。

「いや、こんな風に芙由子の悩みも解決した時があったなぁってさ」

その時の事はよく覚えている。
芙由子がデバッカーに入って間もない頃の話だ。

「そういや、そうだったわね。今となっては私も何を考えていたのやら」

よりによってアンタに嫉妬とか同情とか一番意味の無い感情だったわ…
と、額に汗を浮かべていた。そういや芙由子も最初はそんな感じだったな。

当初芙由子は私に複雑な感情を抱いていたらしく、私を見る目も濁っていたのが印象的だった。
今はそんな確執も無くなったのだが、当初の芙由子の様な目をしている面子がまだまだ居るのが我が組織なのだ。

直近の問題としてはメアリと焔か。メアリは元々歪だけど、最近焔の様子がおかしいのが気になる。
…と、そんな事を思考していると芙由子が顔を覗き込んでいるのに気付いた。

そういや何の返事も返していなかった。急いで言葉を選び当たり障りの無い返答を返す。

「芙由子の視点から見れば、そりゃあ仕方の無い話でもあるとは思うよ?」

研究施設に居た頃からある意味私は贔屓されていたし…同じ施設に居た芙由子からすれば目に付いただろう。
どれもこれも全部、人臣とか言う研究者が私を見つけてしまった事に起因する。

と、私と芙由子の間でしか成立しない過去話に花を咲かせていると、慣れ親しんだ声が掛かった。

「あらぁ?そこに居るのは視歩ちゃんじゃないかしらぁ?」

「…なぜココにお前が…血晶赤」

その声は赤色だった。いや、妙な例えだったな。
その声を発した人物は赤色だった。言うまでも無く血晶赤である。

一応紹介しとくと私達チャイルドデバッカーと敵対する組織『甲蟲部隊』の戦闘員。
…でもあり、私の古くからの友人でもある。ややこしい関係である事は自覚してるから言わなくてもいいわ。

「街を歩いていたらぁ、かわいい拾い物をしちゃったからねぇ」

返答になっていない様な気もするが、その拾い物が視界に入ってくると納得。

そう言って顔の前に持ち上げた物は、ってか者はとても見覚えのある姿だった。
というか瞳だった。(一応)敵と二人で何してんだお前は。

恐らく瞳を拾った後、瞳に私を探させたのだろう。
瞳が居れば私の居場所くらいはすぐに分かるし。能力抜きにしても何となくお互いの事は分かる物だ。

かれこれもう何年も一緒だし、同じ家で暮らして一日の殆どを一緒にすごす仲なだけはある。

「あのねぇ…。変な人に付いていっちゃダメって言っただろう?」

「………………………………………(確かに変な人だけどね)」

ニコニコと笑っている瞳に言い聞かせつつ、血晶赤の顔色を伺うと何だかショックな顔をしていた。
変な人とか言ったから傷ついてるのか。こういうとこ妙にかわいいのよね、こいつ。

こんな調子だから恨むに恨めない。接する機会が多ければ多いほど魅力が嫌でも目に入る奴なのだ。
強いて例えるならばスルメを口の中に突っ込まれる感じか。絶望的にイメージダウンだよ!

「はいはい。冗談だから傷ついた顔しない」

「あんたら早々にいちゃついてるんじゃないわよ…」

今まで発言を控えていた芙由子が口を挟んできた。
そういえば芙由子と血晶赤をまともに会話させるのは初めてね。

基本的には私と瞳以外のメンバーで血晶赤と接点があるのは二人。
一人は粉原。何度か戦場で戦った事があるはずだ。戦績は芳しくないらしい。

普通の手段を用いて血晶赤に打ち勝つのは非常に難しい。
彼女を中心とした半径10mは血晶赤の絶対の領域。これを破る手段が無いと傷一つ負わせる事が出来ない。

粉原が弱いわけでは無いのだが、能力として同系統な上に血晶赤本人の戦闘能力が異常なのだ。
その根拠として一つ彼女特有の『戦闘反射』という物があるのだが…

「あらぁ、あなたは…吉永さんだったかしらぁ?」

と、妙な解説をしている内にあちらで新たな展開が繰り広げられていた。
初めての組み合わせ且つ気になる二人の会話を眺めてみる事にしよう。

「え、あ…そうよ。吉永芙由子よ。よろしくね、血晶赤…って一応敵なのよね貴女」

芙由子はまず何よりどう接していいものか戸惑っているらしい。
対して血晶赤の方は割りといつも通りで、普通に友達に人を紹介された様なリアクションである。

血晶赤は女の子相手だとかなり友好的なんだよね。戦場以外で会うと特に。

「今は陽の高い時間…敵も味方も関係ないわよぉ?」

その言葉に嘘は無く、恐らくこれからも永久に昼の世界で彼女が事を仕掛ける事は無い。
敵の事を信じるのは愚かなのかもしれないが、それでもこの友人だけは疑う気になれない。

理由と聞かれても、血晶赤は血晶赤という言葉以外で説明が出来ないくらい難しい奴だから、としか。

私と言う相手に対して、敵になりきる事も出来ず仲間になる事も望まず。
群れる事を嫌いながら孤立する事を辞め、狂気を孕みながら優しさをも振りまく。
誰よりも死を思わせながら殺を嫌い、影に生きながら日向がとても似合う。

ありとあらゆる面において彼女は矛盾している。
矛盾こそが彼女の本質であり偽りようの無い本性なのだ。

―――アンビバレンス。血晶赤を一言で表せる言葉が『血晶赤』以外にあるならばこれだろう。

「その通り。というか敵に回したら厄介だから仲良くしてやってくれ」

分かりにくいなら厄介だと言い換えてもいいかも知れない。
少なくとも一般の方々から見ればそれで十分なだろうし、それ以上の理解を他人に望まない。

…私も私でどこか、彼女を理解して友人を続けられる事に一種の誇りを持っているのかもしれない。

と、この様な具合で我が愛すべき友人であるこの血晶赤を分析してみた次第である。

「…瞳ちゃんも懐いているのね。まぁいいわ、別に私も進んで敵対する理由ないし」

「………………………………………(みんな仲良くだよー)」

仲間内ではデバッカーの潤滑油と呼ばれているらしい瞳の言うように、出来れば仲良くしてもらえれば幸いだ。
誤解されやすいタイプだし、間違いなく善人では無い血晶赤だがこれでも優しいところがあると言うのは前述したとおり。

基本的に人に優しくする事に喜びを見出せる奴なのだ。
…そこに至るまでに複雑なフィルターが幾重にも掛けられている事も事実ではあるが。

少しの緊張を残しながらも警戒を解いている芙由子と、柔らかい笑顔で微笑みかける血晶赤を眺めながら瞳へと歩み寄る。
しかし、そんな偏屈とも呼べる厄介さは今回発揮されなかった様で。こうして見てると…

「あいつも変わったわね…。昔ならあんな風に私達以外の人と楽しそうに話したりしてなかっただろうし」

芙由子も初めて会った頃に比べれば確かに柔らかくなったが、血晶赤はそれ以上だ。
最近は血晶赤から狂気を感じる事が殆ど無くなった。それは願っても無い事だった。

昔の血晶赤は…


~~~~~~~~~~


「視歩ちゃぁん…今日こそ私のモノになってもらうわぁ!」

「だぁぁぁっ!こっちにくんな、この変態がっ!」

「………………………………………(今日も今日とて愛が重い…)」


~~~~~~~~~~


こんな感じだったな。元々殺意は無かったけど、あの頃の血晶赤は何か恐かったし。
そういやこの頃は私を屈服させて自分の物にするとか言ってたけど、その欲望自体は失われてないんじゃないかと不安でならない。

彼女が変わった理由は分からない。私と出会ってからの彼女に、何かの転機があった事しか私は知らない。
しかしあえて語る必要も無い事なのだと、他でもない血晶赤自身が目で語るのだ。

「………………………………………(血晶赤が変わったのも、視歩が居たからなんだよ)」

「ん?…ごめん、よく聞き取れなかった」

おっと、目を逸らしていたから瞳の言いたい事が分からなかった。
私は瞳の表情とかから言いたい事を解釈している。故に顔を見ながらじゃないと訳せないのだ。

「………………………………………(何でもない。気にしないで)」

「…まぁ、そう言うなら気にしないけど」

正直気になる…と言えばすごく気になる。気にならないわけもない。

瞳が言葉を濁すのは結構珍しいんだけど、でも今は深く追求しても教えてくれないっぽいし。
今度改めて尋ねてみる事にしよう。アイスか何かで機嫌とってからが良いだろう。

「…へぇ、そんなに頻繁に視歩に会ってるのね。アンタの部隊に報告したりしないでいいのかしら」

「私の目的は視歩ちゃんだけ。例え貴女達のアジトの場所を知ったとしても、報告する事に意味なんてないのよぉ」

気付けばあちらはあちらで話が弾んでいるらしい。ほお、と少し感心する。
最初に言ったとおり珍しい組み合わせであるが、どうやら相性は悪くないと思われる。

だがしかし改めて考えてみると理由には心当たりがある。

ああ見えて取り乱す事の殆ど無い血晶赤は冷静と言っても差し支えない(あくまで現在の血晶赤の話)
大して芙由子は我が組織最大の常識人であるからして好ましく思う所もあるのだろう。

…冷静であっても常識人では無いから結局苦労する羽目になるのは芙由子の方だろうけど。

「話に聞いてた通りホントに視歩が全てなのね。焔と言い貴女と言い、同性に愛されてばかりねあの子」

耳が痛い話をしている様な気がする…。何度も言われ続けて来た話だが私には女難の相でも出てるのか?

「そういう星の下に生まれてきたのねぇ。それか視歩ちゃんにもそう言う素質があr」

「んな訳ねぇから!」

全く…少し目を離してる隙に勝手な事を言うんだから。
好かれるのは良いけど少なくとも異性にも好かれてみたいんだけどなぁ…彼氏とかは今はいいけどさ。

「あ、そういえばこの前…」

彼氏…そういえばこの前、朱点から聞いた話があった。
以前施設から救出した子どもの一人が、彼氏が出来たと喜んでいたと言う話だ。

「で、彼氏へのプレゼントに何を選ぼうかと悩んでいるって言われたのさ」

「へぇ。そんな話を聞くと何だか嬉しいわね。私達が助けた子が、そうやって幸せしてるの聞くと」

芙由子の言う通りだ。何かを助けるという行動自体、自己満足を含まなければ成り立たない。
そしてその自己満足を満たす物は、助けた対象の幸せであったり笑顔であったりする訳だ。

「自己満足ってはっきりと言ってしまうのねぇ」

「自己満足って言葉を悪いとは思わないからね。自分の為に、が無ければ何事も続かないだろうし」

ちなみに、私がチャイルドデバッカーを設立した際に人臣より受け取った被験者リストの人物数に対して
現在のデバッカーのメンバーが少ないのはここに理由があったりする。

良くも悪くも滅私奉公な人物は誘えなかったのだ。
もしくはその逆も当てはまる。自分の為にしか動けない人材もまた、危うい。

利他的な心と利己的な心を併せ持つ人物こそを誘い、その結果がこの面子だ。
要するに何が言いたいかと言うと、私が誘ったのは良くも悪くも普通でない子達だったのである。

そういう意味ではデバッカーのメンバーも血晶赤程ではなくともアンビバレンスな要素を持っている。
二面性、二面に限らず三面だったり更に多かったりと癖の多い連中ではあるが、
皆、人を助けるという、ある意味では不遜且つ厚顔無恥な行いに耐えうる人物であるのだ。

「………………………………………(私達のやってる事は、味方以上に敵を作りやすい)」

「助けられる必要のある人ってぇ、基本的に誰かがそれを望んだからこそ存在するのよねぇ」

悲しいかなその通り。そういう人を助けると言う事はそれを望んだ人への反逆なのだ。
誰かを助ける事は誰かを助けない事でもあり、そして誰かを助けようとする事自体が元からあった力関係を崩す行為。

調和を崩す行為であるが故に、私達は常に秩序を敵に回している。

「それを覚悟した上で、何食わぬ顔で振舞えるような子しかウチには居なくてね」

あの優しい香ですらそれを理解して振舞っている。
最も最初の頃はそうでもなく、それが原因で粉原がイラついてたりしてたっけ。

「ま、そうでもなくちゃやっていけない活動ではあるわよね」

「芙由子だって最初は色々複雑だったしねぇ」

う…それを言うなよ…。と頭を抱える芙由子。
芙由子は自分からデバッカーへ入る事を志願してきた珍しいタイプである。

当時荒れていた芙由子の加入理由は褒められる物ではなかったし、無茶ばかりしていたのも事実。
しかしそれもそう時間が掛からないうちに解決され、芙由子はある意味では最も早く組織に馴染んだとも言える。

その点特殊なのは難のある性格な粉原だ。
彼は加入当初から今に至るまで内面に変化は無く、言い様に言っては最初から馴染んでいた。

その特例を除けば芙由子は一番順応力のある方だった。

「………………………………………(嫉妬も羨望も人として当然の事。芙由子が視歩に抱いた感情は何よりも人間らしい物だった)」

…瞳が言うと説得力のある言葉だなぁ、とか思ってしまった。
そのセリフは芙由子に直接言ってあげて欲しいところだが、瞳ではそれは叶わない。

「………………………………………(そう伝えてあげてよ、視歩)」

自分では伝えられないから私に託す。自分の言葉なのに伝えてあげられないのはどれほどの事なのだろうか。
その辛さは瞳にしか分からないだろうけど、それを誰よりも長く見続けてきた私だからこそ…

「ま、そのセリフはいつか瞳が自分で伝えてあげなよ」

その言葉は、瞳自らに伝えて欲しい言葉だった。
瞳の目はもう治る事は無いだろうけれど、失った言葉は取り戻せるかもしれないのだから。

「………………………………………(視歩…私の声はもう…)」

「アンタが諦めても、私は諦めない。いつかアンタと語り合える日を楽しみにしてんのよ、こっちは」

私の言葉に俯いて黙ってしまった瞳。本人には酷な言葉だったろうな、今のは。
…それでも諦めるわけにはいかないのだ。他でもない私が瞳の幸せを妥協するわけにはいかない。

「あら、何の話してるの?」

「二人でこそこそ内緒話しちゃってぇ…いけない子ねぇ」

いつの間にかこちらへ来ていた二人、っていうか内緒話をしていたらいけない子なのか?
しかしまぁ気付けば既にかれこれ十分以上話していたらしい二人だが、多少は仲良くなれただろうか?」

「気にする必要も無いような事だから大丈夫だよ。それより、仲良くなれそうかい?」

「………………………………………(見た感じ険悪な感じはしないけど)」

それを聞いて二人が視線を合わせ、微笑んだのは血晶赤の方。
芙由子はと言えば、微かに笑みを浮かべながらも肩を竦めていた。

「やっぱりこいつも視歩の友達ね…。話してて類は友を呼ぶと思ったわ」

「失礼な。私はコイツほど変じゃないだろう?」

我ながら私の発言の方が失礼だな、と考えながらも反論してみる。
事実、血晶赤と同じ扱いをされるほど変人じゃないわよね、私?

「視歩ちゃんの方が余程失礼よねぇ、今の」

「………………………………………(どっちもどっち)」

どっちもどっちて…。まぁいいけどさ。
でも芙由子の様子を見る限り、それなりにお互い気に入ってくれた様だ。

どちらにせよ私が居る限り血晶赤と芙由子が戦う事もないだろうし、仲良くなってもらっても問題ない。

「それについてだけど…なんで視歩としか戦わないの?」

「他のメンバーには手を出すなって言われちゃってるしねぇ。そもそも私は…」

甲蟲部隊に属してはいても、連中の仲間になったつもりはないものぉ。
そんな事を言ってくるりと回ると、後ろを向いて後ろ手を組んだ。

「私の目的は視歩ちゃん一人…最近は、そんなポリシーも崩れてきちゃったけど」

「みたいだね。最近は瞳と言い焔と言い、他の奴とも仲良くしてるらしいし」

焔とも知り合いなのね…あ、共通点が分かってしまった自分が嫌だわ、と芙由子。
言うな、二人とも愛が重すぎて私にはきついんだ。

ちなみにさっき言っていた血晶赤と接点のあるもう一人が焔の事である。
でもこっちはどこで知り合ったのか知らないのよね…。

「淑女同盟という奴ねぇ~。私と焔ちゃんと瞳ちゃんの三人で構成されているわぁ」

「そんな同盟つくるなよ!?そしてなぜに瞳が加入している!?」

その二人と一括りにされたら瞳まで私の事好きみたいじゃない。
あんまり瞳の教育に悪い事教えるんじゃないわよ、こいつ。

「まさか瞳ちゃんからの好意には気が付いてないのコイツ…!?」

「ん?何か言った芙由子?」

芙由子がなにやら驚愕の表情を浮かべている様だけど、聞き取れなかった。
…ん?気付けば瞳が袖を引っ張ってるわ。

「どしたの瞳?……何でそんなに顔真っ赤なのよ、あんた」

「………………………………………(き、気のせい気のせい)」

気のせいには見えないけど…熱でもあるのかな?
とりあえずおでこで熱を測って見ることにしよう。

「……………………………………っ(~~~~~~~~っっ!?)」

「あらぁ羨ましいわね。少女マンガみたい」

何が少女マンガだか。ただ熱を測ってるだけだってのにさ。
んー…別に熱は無さそうだけど…。調子が悪いなら遅くならない内に帰ったほうが良さそうだ。

「これ…わざとやってるんじゃないわよね…?」

「視歩ちゃんはぁ、何故か瞳ちゃんには鈍いのよねぇ…」

何を勝手な事を。私の何が鈍いって言うんだか。
って言うか、瞳が動かなくなっちゃったんだけど…どうかしたのかな?

「………………………………………(し、視歩…もう良いから…!)」

あ、悪い悪いとおでこを離す。瞳が後ろを向いてぶつぶつ言ってるように見えるが…。
こちらからじゃあ伺えないな。さて回り込んで…

―――――さっ。

「…む」

―――――ささっ。

「………むむ」

―――――さささっ。

「……………よけないでよ」

「………………………………………(やだ)」

何か怒らせるような事したかな…。
これ以上やっても無駄そうだから後で再チャレンジするとしよう。

「この二人、店の中で何いちゃついてるのかしら?」

「仲良いわよねぇ。姉妹みたいだわぁ」

良い様に見えるのか、これ?どうみても私が瞳を怒らせたみたいに見えるけど。
あの二人には私には見えない何かが見えているらしい。

「………………………………………(いや、多分視歩にだけ見えないんだと思うよ…)」

そして相変わらず顔を見せてくれない瞳だった。
うーむ、機嫌を取らなくては。何か買ってあげようかな…

「………………………………………(物で釣ろうとするその発想がまずどうなのさ)」

あ、そうだ。服屋に居るんだから服を買おうじゃないか。
そろそろ服も古くなってきた事だし、瞳に何か新しい服を買ってあげよう。

「芙由子、何か瞳に合う服は無いかな?」

「え?瞳ちゃんに?…そうねぇ、今の服が良く似合っているし…小物を変えてみるとイメージが変わるかも」

ふむ、小物か…。靴とか、ヘアピンとか。
髪飾りを買ってあげるのがいいかもしれない。リボンとかかわいいかも…。

「………………………………………!(り、リボンとか恥ずかしいから!)」

「え?似合うと思うのに…」

かわいい系の服装や髪型を勧めるとすぐに恥ずかしがるんだから。
髪型はサイドテールとか似合いそうなんだけどなぁ。

「ならぁ、ネクタイなんてどうかしらぁ?瞳ちゃんと視歩ちゃんお揃いにね」

「あぁ、ネクタイ。良いかも知れないわね。二人ともネクタイつけてるし、お揃いってのも良い感じだわ」

ネクタイか…私の趣味で買ったネクタイを今も着けてくれている瞳に新しいネクタイを贈ると言うのは妙案かもしれない。
とりあえずネクタイ売り場へ視線を滑らせ確認する。

「…よし、種類も沢山あるな。瞳、一緒に選びにいこ?」

「………………………………………(………うん。分かった)」

今日一緒に寝てくれたら許してあげる、と付け加えた瞳。
それくらいならお安い御用だ。存分に抱き枕にしてやろう。

全快とはいかなくとも機嫌をある程度まで持ち直してくれた瞳と手を繋いでネクタイ売り場へ向かう。
こうしてると自分でも本当の姉妹の様に感じる。戸籍では本当に姉妹だけどね。

「………………………………………(結局、妹としか見られてないのかなぁ…)」

「あん?そりゃあアンタは妹みたいなもんでしょうに」

そういう事じゃないのよぉ、とかここまで鈍いと傍から見ててもイラつくわね、とか。
何か後ろの二人がすごいやかましい気がするが、どうしたってのよ?

「………………………………………(ま、今はいいか。ひとまずは私が一歩リードだろうし)」

だから何の話なんだ…という言葉を飲み込んでネクタイ売り場へ向かうのだった。




「さて、瞳ちゃんの恋が実る日は来るのかしらね、アレ?」

「うーん…視歩ちゃん次第としか言い様が無いわねぇ」

「ちなみにあの二人、お風呂とか一緒に入るらしいわよ?」

「羨ましいわぁ~~~。私も視歩ちゃんと…お風呂で裸の付き合いがしたいわぁ~~!」

「ぶれないわね、アンタも…」




~~~~~血晶赤とドレス(とパンツ)の場合~~~~~




「と言う訳でおそろいにして見ました」

「………………………………………(して見ましたー)」

清算を終え二人の下に戻ってきた私達はお揃いの赤色のネクタイをしていた。
瞳と二人で選んだ物だ。前のネクタイはまだ瞳との意思疎通がうまくいかない時期に買った物。

選んだのは私で、センスも趣味も私が選んだものだった。
今度は二人で選んだネクタイ。私達が着ける物としては最適だろう。

「へぇ。良いセンスね。私も欲しくなってきたわ」

「私もよぉ。ピンク色のが欲しいわねぇ」

このデザインは随分と評判がいいらしい。
となれば…瞳と目を合わせお互い頷く。そして私が発言した。

「なら、デバッカーのメンバーにも買っていこうか。色を変えて、お揃いのデザインでさ」

「あらぁ?私もそれに含めていいのかしらぁ?」

愚問だな。アンタは敵である以前に私の友達なんだから。
そんな所で遠慮とかしなくていいのよ。ほらピンク色着けてみなさい。

と、血晶赤の首にネクタイを締める。
ぱっ、っと手を離して眺めてみると…思った以上に似合うな。

コイツはピンクとか赤とか一色のみのコーディネートでも似合うのが憎らしい。
名を冠した赤色も似合うが、ピンク一色で固めてみたらそれはそれはかわいいだろう。

「………………………………………(私の友達でもあるよ!)」

「まぁ、私も友達って事にしといてもいいわよ?視歩の友達なら、私の友達みたいなもんよ」

瞳はともかく、芙由子も友達って呼んでくれてよかったじゃない。
あんまり友達多そうなタイプじゃないしね、血晶赤は。

「失礼な物言い、と言いたいけれど事実だものねぇ。視歩ちゃん達以外に友達いないのよぉ」

「………………………………………(さらりと悲しい事を…)」

ほっほう。次に開催すべきイベント事が決定したな。
芙由子の耳元に口を寄せ、呟いてみる。

「あのさ、学校の知り合いとかに声掛けたりできる?」

「あん?出来なくは無いけど…どうするのよ?」

ここ最近の血晶赤なら、人と知り合うきっかけさえ作れば知り合いを増やせそうだ。
となればたくさんの人と一度に接点を作るための催し…。

「表名義のデバッカーでの親交を深める会って事で、今まで助けた子ども達にも声かけてさ」

「なるほど…人たくさん呼んでパーティーにする訳だ」

学生なら少しの接点でも、食べ物飲み物目的で誘ってくる事も出来るだろうからね。
血晶赤もそれに誘ってつれてきてしまえば、沢山の人達と接点を作れる。

「そういう事なら…おーけー。色々声掛けといてあげるわ。焔とか香とかにも頼みましょう」

「私も少ないけど知り合いに声掛けるとするわ。少ないってのが悲しいけど…」

学校通ってないからなぁ、私。
そういうコミュニティーに所属してないから、仕方ないとは言え。

パーティの話かしらぁ?いいわねぇ、ドレス用意していかなくちゃあ」

「へぇ、ノリノリじゃない。良かったわね視歩」

いや、それは良いんだがドレスの所に突っ込みどころがあるぞ!
お前の言うドレスは色んな意味で危ないんだよ!材質とか露出とか!

「よく見ると…ドレスが似合いそうな体型よね。胸が、む、胸がでかい…!」

「………………………………………(ほんとにそうだよねぇ。身長小さいのに!顔こんなに幼いのに!)」

確かにいえている。顔の幼さ身長の低さ髪綺麗胸大きいウエスト細い脚綺麗…あれ?
こいつって良く見たら焔並みの美少女じゃね?

「そんなに褒められたら照れちゃうわぁ」

「だがしかしお前のドレスに関してはスルーできない!」

お前のドレスは血液の色どころかホントに血液で出来てんだろ!
前にそれ着て登場して阿鼻叫喚の事態を引き起こしたのを忘れたか!

「大丈夫よぉ。ちゃんと今度は消臭剤を使うからぁ」

「努力の方向が間違ってる!普通のドレス買えよ!」

何だったっけ。確かこいつ露出趣味もあるんだよな。
ドレスの時まかり間違ってスカートの中が見えてしまって…死にたくなった。

「そうねぇ…一枚、買って行こうかしらぁ」

「あと下着も買いなさい。…あ、いやお前が選ぶな!私が選んであげるから!」

こいつに下着とか選ばしたらとんでもないの選びそうだし。
…既に視線を向けている下着が危ないんだよ!スキャンティにしても布面積少なすぎ!

「ええぇ…。下着って布が多いと落ち着かないのよねぇ。出来ればはいてな」

「いやちょっと!何言ってんの!?」

芙由子がたまらず口を挟む。
そういやさっきから私達だけで話してたわ。

「…あのさ、血晶赤ってそんなにヤバイの?」

「…基本的に露出好きなのと、あんまり服着るのが好きじゃないみたいでね」

我ながら凄まじい友人だとは思う。見える形で発揮されている訳じゃないからいいけど。
彼女のドレスのチョイスが気になるところではあるが、それを私が着ろと言われても無理に決まっている。

「あらぁ!これなんて良いんじゃないかしらぁ」

どうやら気に入ったのを見つけたようだ。
どれどれ…―――――あっ(察し)

「おいおい…これどうやって隠す気なんだ…?色々と」

「むしろ何でこの店こんなの置いてるのよ!?」

血晶赤が手に取った服は、辛うじて胸の頭頂部を隠せる程度の細い肩紐と横乳丸見えな上半身部。
それに加え膝上どころか股下から数えたほうが早いミニ丈のスカート。

振り返れば背中どころか腰、もといお尻の所まで見えている開きっぷり。

「それ着てこられたら色んな意味で隣に立てない…」

「………………………………………(恥ずかしさと劣等感)」

スタイル良い奴だからこそ許される服というか、いや許されてないけど。
こんな格好したら襲われるよなぁ。襲った奴はもれなく血祭りだが。

主に本人と私の手によって。友人に手を出したら制裁―――!

「血晶赤、頼むからこっちにしといて頂戴」

と、それは置いておいて。

ばっ、と掲げたドレスはミニ丈なのは変わらないが上半身はかなり露出を抑えた物だ。
私が着れるギリギリの物を選ばせて貰った。基準として自分を使うのは気が引けるけどね。

「それもかわいいわねぇ。少し布が多い気がするけど…」

これでも布多いのか…。私には理解しがたい感覚だ。
ともかくこれで良いの!と押し付けて購入完了。はい次下着!

「じゃあこのパンツがかわいいとおm」

「隠せてないから!見えちゃうから!」

しかしこちらは押し切られ結局選ばれたのはスキャンティ(H度90%マシマシ)
それ下着の役割果たしてるの!?

「…瞳ちゃん。貴女の友人はとんでもないわね…」

「………………………………………(ちなみに私のパンツもこんな感じ)」ぴらっ

ぶっっっ!!?とか言う噴出した音が背後から聞こえたが何が起きたのか把握できなかった。
倒れ伏す芙由子に駆け寄り、何があった!と問いかけると…

「てぃ、てぃーばっく…ぐはっ」

一体何があったと言うんだ…。
ん?そういえば視界内に血晶赤が居なくなっている。

「これも下さいなぁ」

「ちょっ、何買ってんの!?…シール?」

ハート型のシールに見える何かを手に持ちながら、彼女は言った。
私には一生縁が無いであろうその衣服の名前を…

「これはねぇ…ニプレスって言うのよぉ?…視歩ちゃんも着けて見るぅ?」

いやもうなんと言うか…

――――――――…絶望した!!





―――後日談の様なもの

その後、結局私達の下着も購入する事になったのだが何より驚いたのが…。
瞳が血晶赤が買ったのと同じスキャンティを買ったことだ。

ホントに悪い教育になってる気がするんだけど…
まぁ下着くらいなら…と思ったもののこのまま血晶赤と同じ様な服装を目指しだしたら…
いや、それはまずい。色々とまずい。そんな事になったら私が立ち直れない。

しかし今の時点では瞳にその気は無さそうなので安心だ。
あと…血晶赤に勧められて買ったこの下着なんだけど…。

所謂スキャンティという奴だ。血晶赤や瞳が履いている物に比べれば大分控えめではあるが。
まぁ折角だし履いてみるか…と装備してみた結果。

「「あれ、これ以外と良いかも…………はっ!?」」

全く同じ思考を繰り広げたと思われる芙由子と遭遇。
しばし見詰め合い、ばしっと手を取り合う二人。

「「二人だけの秘密って事で!」」

以来、二人の箪笥にはキワドイ下着が増えたとか増えないとか。



―――――――――って何だこのオチ!?



~~~~~~完~~~~~~

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最終更新:2014年10月27日 22:31