学生が八割を占める学園都市には似つかないこんな深夜二時過ぎの戦場に慣れてしまった私は私が思っている以上に異常なのだろうか。
くっくっ。いやはや
チャイルドデバッカーのリーダーを張るこの
四方視歩にとっては今更の問いか。
他のメンバー、特に
吉永芙由子という名の少女に聞かれたらまた親父ギャグと切り捨てられかねない。あのツッコミ、今も胸に刺さってるし。
「どうだい樹堅。まだ私達の奇襲には悟られていないみたい?」
「大丈夫だ。罪木の視覚情報を見る限りそういった兆候は見受けられない。吉永のハッキングで敷地外の監視網は無力化しているし安心しろ」
安心しろと言われても戦場で安心できる場所がどれ程存在しているか甚だ疑問だ。まあでも奇襲に悟られてる気配が無いのはプラス要素だね。
瞳の『負の感情を読む能力』はこういう時にアドバンテージを私達に齎せてくれる。芙由子のハッキングにも何時も世話になっているし、私の仲間は皆すごい。
「それと罪木から伝言。『くるしんでいるこどもたちがいる。はやくたすけてあげてしほ』だって」
「わかってるよ。瞳に伝えておいて。『私が必ず救命する。そして悪事を働く連中を必ず糾明する』とね」
「また親父ギャグ視歩?懲りないわね」
「ぐっ。芙由子。人の通信に割り込んでくれないかい?折角瞳を元気付けようと・・・」
「瞳ちゃんも苦笑いしてるんじゃない?」
「・・・『そんなことないよ』だとさ」
全く芙由子のツッコミスキルの上達具合は私の想像以上だ。彼女をからかうのも少し控えておいた方がいいかもしれない。
そして瞳。君は本当に私の心を癒してくれるね。君のためにもこの作戦は必ず成功させてみせるよ。
「吉永。研究所内部の様子はどうだ?」
「う~ん。とりあえずハッキングで覗いているけど、大体瞳ちゃんの情報と同じかな。唯一部の監視系統が故障してるみたいで全部網羅できていないわ」
樹堅と芙由子のやり取りを耳にしながら少しずつ心を落ち着かせよう。監視系統の故障というイレギュラーな事態。
これは研究所側にとってもそうだし奇襲を仕掛ける私達自体警戒すべき事態でもある。通常では起こらないイレギュラーは時に危うい方向へ私達を追い込む事もある。
今回の奇襲には私や芙由子の他に粉原、焔、入場も参加している。誰も彼も大能力者の猛者揃い。杞憂であればいいのだけど。
「作戦を少し変更するよ。芙由子の能力で研究所全体の電子網を掌握直後三方から攻め込む。慎重かつ迅速に。
樹堅は瞳と共にサポートよろしく。皆も随時連絡を取り合って欲しい。陽動は焔と粉原。派手に動いてくれて構わないよ」
「了解。俺と富士見なら問題なく敵の気を引け・・・」
「私は視歩ちゃんと一緒に行動したかったのおおおおおお!視歩ちゃん!今からでも遅くないよ!」
「おいこら富士見!作戦前にわがまま言ってんじゃ・・・」
「焔。作戦が終わったら一緒に甘いものを食べにいこうか。二人きりで」
「わかった!そうと決まれば派手にいくの!」
くっくっ。焔の言動に右往左往している粉原の姿が簡単に思い浮かべられる。粉原なら焔のバックアップもちゃんとこなしてくれるだろう。
彼はチャイルドデバッカーの中でも強大さと汎用性を兼ね備えた念動能力者。頼りにしてるよ。・・・瞳も付いてくると言いかねないな。念のため考えておこう。
「子供達の救助は芙由子と入場。入場。60kgを超過している子供はいないと思うけどいたら芙由子と協力して対処してほしい」
「了解。四方っちこそ一人で大丈夫?作戦だと俺達三人で救出に向かう手筈だったし」
「視歩。一応確認しておくけど一人で無茶して突っ走らないでよ。あんたの暴風はこっちがフォローするのに手を焼く程荒いんだから」
やれやれ。酷い言い草だ。折角救出に最適な空間移動(テレポート)能力を持つ入場と彼が対処の難しい相手へのアクションを可能とする芙由子を救出役に任せたのに。
本音を言えば私だってこの手で苦しんでいる子供達を救いたい。でも・・・気になるんだ。あのイレギュラーが。
「いざとなれば芙由子達に助けを求めるよ。あの研究所そんなに広くないし、来ようと思えばそんなに時間は掛からない。私なら壁を吹き飛ばして駆け付ける」
「やっぱり荒いわね」
「慎重且つ迅速・・・且つ大胆にね。時と場合を見量って行動を定めるのは何時の時代も変わらないわけさ」
芙由子の溜息に釣られて他の仲間達の苦笑が通信機越しに聞こえてくる。彼等は私をリーダーとして慕ってくれている。
個性が強い面々が揃うチャイルドデバッカーを纏めるのはリーダーとしての私の役目。彼等から何時でも頼れられるリーダーでありたい。
そのためにも私は倒れるわけにはいかない。負けるわけにはいかない。皆のために。私自身が果たさなければならない使命のためにも。
「それじゃいくよ」
作戦開始時刻まで10秒を切った。戦場特有の緊張が私を含めたチャイルドデバッカー全体に漂う。
待ってて。必ず助けるから。苦しむだけの箱庭から救い出してあげるから。絶対に。
「死ぬな、殺すな、死なせるな」
誰にも悟らせない程の小さな音量で呟く。最初は無自覚。自覚したのは結構前だけどそれでも止める気が全く生まれなかった。
この誓いは私の心に誓った絶対遵守のルール。もちろんそんな事がずっと続くわけがない事も知っている。気付いている。それでも私は・・・私は・・・
「作戦開始!」
『二度と』目の前で誰かが死ぬのを許したくないんだ。
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最初の異変は突入直後から現れた。
「視歩!気付いてる!?」
「ああ。突入した直後から研究所全体から響く爆発音。風に乗ってよく響いてくるよ。これは焔達が暴れてる音だけじゃないね。芙由子。どうなってる?」
「私も確認したけど視歩達が突入した途端監視カメラとか研究所内部のあちこちが次々に爆破されてるようなの。これは事前に仕掛けられていた可能性があるわね」
自分の勘の良さに天晴れと褒めてあげたかったがこういう勘の良さは余り嬉しくないね。どういう理屈か知らないがこちらの奇襲がバレていたんだ。
芙由子の説明だと研究所側はその役割を放棄して自爆行動を採っている可能性が高い。このままでは子供達も自爆に巻き込まれる。それだけは何としてでも防がなくては。
「四方!」
「樹堅か。どうしたんだい?」
「モニターに映していた罪木の視覚情報に異変が発生したんだ!『一人』を除いて研究所内の『負の感情』が全て消失した!」
「なんだって!?」
驚きで声が上擦ってしまった。冷静に冷静に。まだ死んだと決まったわけじゃない。とにもかくにも入場に子供達の安否確認を指示して樹堅の話をよく聞く。
彼の話だと瞳が今まで視ていた『負の感情』が間を置かずに立て続けに消失したらしい。
最初は爆発で慌てふためく研究所の従業員もしくは警備に勤めていた人間が、次に子供達が。そして消失と同時に出現した新たな『負の感情』。瞳曰く『うすいうすいくろ』。
出現地点は芙由子が言っていた監視系統の故障箇所。私が目指す場所でもあるそこは子供達が働かされる大きな実験場だ。
「『すごく薄い悪意』か。普通に考えてまともな思考回路をした人間じゃ無いだろうね」
もし普通の感性を持つ人間なら子供達への仕打ちに怒りも湧き起こってくるだろうし悪人ならもっとちゃんとした悪意が抽出している筈だ。
それなのに私達の突入前まで一切『負の感情』を抱かず、事を始めたと同時に生まれた感情が『すごく薄い悪意』とは。私も人の事を言えた義理じゃないけどね。
「四方っち!着いたぜ!」
「子供達の様子は!?」
「・・・全員気を失っているけど外傷も無いし命に別状はなさそう。うん、大丈夫だよ四方っち」
「よかったぁ・・・」
空間移動で子供達が閉じ込められている部屋に侵入した入場の朗報に安堵の声が漏れ出る事を抑えられない事は許してほしいね。
最悪の事態まで想定していたし、子供達が全員何とか大丈夫そうなのは他の何よりも嬉しいんだ。
「視歩ちゃん!こっちの状況だけど、警備してた人達全員倒れてた」
「こっちもだ四方。研究員が泡吹いてぶっ倒れてる。目立った外傷も無いし、まるで誰かが俺達の突入を援護してくれたみたいな感じだ」
焔と粉原の報告も入ってきた。これはいよいよ妙だ。つまり、『すごく薄い悪意』の持ち主は表面上私達の援護を買って出てくれた形だ。
子供達の意識を喪失させたのは面倒な混乱を前もって防ぐためか?余計なお世話でしか無い。こっちの不安を駆り立ててくれて。
「報告ありがとう。外傷無しか。子供達も。・・・・・・まさか」
『すごく薄い悪意』の持ち主の下へ進む私は子供達や研究員の症状からある一つの推測に辿り着いた。
この推測はきっと当たっている。私の勘も当たっていると叫んでいる。まずい。この研究所はもしかしなくとも『すごく薄い悪意』の持ち主のテリトリー内。
おそらく芙由子しか応戦できない。湧き上がる『負の感情』に身を任せて叫ぼうとする私。『敵は精神系能力者だ!』と。
(さすがだな優等生。状況判断が早いじゃねぇか)
その叫びが・・・声になる事は無かった。
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「何者だい君は?」
「俺が何者かって?別に何でもいいんじゃねぇかな。どうせ、見ず知らずの他人の事なんかろくすっぽ覚えもしねぇだろ、優等生?・・・・・・まっ、『聴こえちゃいねぇ』だろうが」
研究所の中で一、二を争う程広い実験場で俺はキャンディーを頬張りながらチャイルドデバッカーのリーダー四方視歩と一緒に連中の仲間が来るのを待っている。
何時でも逃走できるように四方に構える扉は無理矢理爆破して開けた。全部が全部電子的に可動するってのも考えもんだな。
「研究所内の人達の意識を刈り取ったのは君だね?この研究所を潰し、私を捕らえて何をするつもりだい?」
「何をするつもりかって?余り深くは考えちゃいねぇさ。強いて言うなら『話を聞く駄賃代わりに潰した』ってとこか。
それにどうせここの研究員達は『殺害対象』に入ってたんだ。遅かれ早かれ誰かに消されていただろうさ。
まっ、こっちはそっちの『趣向』に合わせてわざわざ意識喪失に留めたんだ。感謝の言葉の一つくらい・・・ってこれも『聴こえちゃいねぇ』か」
四方視歩の感覚器官には俺の姿も声も届いていない。行動や能力も暗示で制限している。別に殺すつもりは無い。まだ『観察対象』の範囲内だし。
チャイルドデバッカーの噂は前々から聞いてたし、今回はお手並み拝見みたいな意味合いも込めて手を出したわけだが想像以上にヤバい連中だった。
こりゃ連中が『殺害対象』に繰り上がった時に事前情報無しで戦ってたら色々面倒だったかもしれねぇ。対策も考えねぇと。
「にしても手際が良かったなぁ。参考になるもんも結構あったわ。俺もトップとして色々経験積まないと」
本当に経験を積みたいのなら渡瀬のように後方で腰を据えるべきなんだろうがどうにもな。上層部の思惑も気になる。
「来たか」
位置的にずっと四方視歩を目指していた茶髪女だな。片割れのテレポート野郎は子供の救出に勤しんでるな。反対側から来る男女組はもう少し時間が掛かるか。
結局茶髪女だけどんな能力使うのかわからずじまいだったけど何とかなるだろ。・・・しまったな。四方視歩から聞き出せば良かった。他の事を聞くのに夢中になってたわ。
「視歩!!」
ぶち壊れた扉から姿を現した茶髪女が俺と四方視歩をその瞳に捉えた瞬間凄まじい形相になった。
あれは怒りもあるし恐れみたいなもんもあるな。まあいいや。こっちは話を聞きたいだけだし、とっとと暗示を掛けてと。
「痛っ!あんた・・・精神系か!!」
「なっ!?」
暗示が弾かれた!?こいつまさか!?
「この下衆風情が!私の友達に何してるのよ!!」
一瞬で茶髪女の右腕に凄まじい紫電の奔流が流れ、瞬く間も無くそれは放たれた。
第六話~四方視歩~
最終更新:2015年04月02日 22:32