…研究者の人生とは積み木の様な物だとボクは考える。
例えばそこに積み木が散乱していて、そこに時間が存在するならば。
特に拘りが無いのであればそれを積み上げる事は可笑しい話ではない。
子供染みた遊びではあるが積み木を組み立てる作業は中々どうして奥も深い。
限られたパーツのみで想像力を現実へと出力する遊戯。三次元パズル。
そしてその遊戯の果てに待っている物こそ至上の悦びである。
作品を壊す事、それも完成品ではなく製作の途中で耐え切れずに崩れる様。
「ボクが悦びを感じるのは、作品が折れる瞬間。耐え切れずに崩壊する様を見る事だ」
ボクはそれを楽しみに生きている。
無論、それだけが生き甲斐と言うほど寂しい人間ではない。
趣味もあれば多少親しい人間も存在する、至って普通の人間…の様な何か。
それでもボクは周囲の人間からすれば異常者に映るのだろう。
それについてボクは否定しない。確かにボクの破壊願望は普通ではないのかもしれない。
いや、自分で言うのは可笑しい話かもしれないがボクは唯、幼いだけなのだ。
子供ならではの残虐性。好奇心。その発露。
ボクの異常性は其処にある。その一部だけが幼いまま、ボクは大人になった。
だからボクは何時でも探している。ボクを愉しませる作品を、素材を。
「壊れない作品、ボクを永遠に愉しませてくれる―――そんな玩具を」
―――――――――――――――――――――――――――――――
「ところでこの車、何処へ向かってるんです?」
「私用に付き合わせて申し訳ないけど、ボクの知り合いの所だ」
そんなボクは今、人気の少ない田舎道の上で車を走らせていた。
助手席に部下の研究員である『阿須佳 番(あずか ばん)』を載せてだ。
ボクの職業は研究者であるが、その仕事は研究室に引きこもり実験を続けるだけではない。
足で情報や発想の源、そして素材をかき集めるのも仕事の一つなのだ。
最も学園都市に所属している研究者の多く、それもマッドサイエンティストと呼ばれる類の存在の場合
研究に掛ける思いは仕事と言うより生き甲斐と言った方がしっくり来る物であるのだけど。
そして現在進行形で情報収集中のボク。その現在地は学園都市…では無く、その外の街である。
研究の資料と現地調査の為にボクは学園都市の外部へと出張しに来ていた。
通常、学園都市の内外を行き来する事は出来ないが特殊な審査を受けた人物や、一部の研究者は外へ出ることも許される。
その例が今現在のボク達である。最も、外に出る際に発信機機能を持った名のデバイスを注入されている為、監視下である事は変わらない。
「知り合いですか…。人臣さんの知り合いって想像つかないです?」
今、彼が呼んだ「人臣」というのはボクの名前だ。
フルネームは『人臣 上利(ひとおみ あがり』と言う。
学園都市で学者をやっているボクだが、今現在は研究と研究の間に出来た空白期間中で暇なご身分だ。
その期間を利用して学園都市の外へ向かう仕事を選んだ訳だ。
さっきはあんな事を言ったが、実際に研究をしている間は引きこもり同然になるのが恒例である。
要するにこうして足を使って仕事をする機会と言うのは今みたいな空白の期間しか訪れないのである。
そう考えると次の研究の発想を得ることも出来るかも知れないし、気分転換にもなる。
そういうプラスな結果を齎す可能性のある仕事は楽しめる物がある。
ま、研究に没頭するのもいいが休息も重要と言う事で一つ。
「君は時折失礼な事を言うな、番。ボクが知り合いの一つもいない寂しい人間に見えるのかい?」
「そんな事は…。でもどんな人か気になりますし」
どんな人か…。彼は変人ではあるが、ボク達の様に日陰の世界に生きている訳では無い善人だ。
研究者特有の価値観が可笑しい点は否めないが、行き過ぎる前に道徳観が勝る人物である。
そんな彼だが、何故ボクの様な人間と接点があるかと言えば、彼の人並みはずれた情報収集能力に起因する。
彼は触れてはならない学園都市の闇へとニアピンしてしまったのだ。
「へぇ…そりゃあ命知らずと言うか…。でもそれと人臣さんが何の関係が?」
「別に。見てしまった物は仕方ないし、彼には利用価値がありそうだったから助けたんだ」
誤解されがちだがボクは「人が狂う」様を見るのが好きで、生き甲斐にしている…だけではない。
もちろんその欲求は一番にあるけれど、それが全てという訳ではない。
利害を無視して助けてあげるほどお人好しではないが、利があるのに見殺しにする程冷酷でもないつもりだ。
だからこそ、助けた。故に今この縁が繋がっているのだとすればそれも悪くは無いと思える。
「利用価値、というとその情報収集力って奴ですか?」
縁と言うかコネと言うか、その為に人を助けるのは不純といわれるかも知れないがね。
結局の所、恩を売っておけば言う事を聞かせるのは簡単だし、手間の掛かる事でもなかったからだ。
そして目論見通り彼は大いに役に立つ人物だったし、期待以上の情報を売ってくれた。
今回も情報を買いに行く用事を取り付けて、外部出張のついでに尋ねた訳だ。
「さて、着いた。君も一緒に来るかい?」
「ええ、是非に。気になりますし」
――――――――――――――――――――――――――――――
「ああ、人臣さん。お待ちしてましたよ」
「――――――――――――――」
そこで待っていたのは目的の人物と、それともう一人。
見覚えの無い少女―――違うな。この子は見た目通りの年齢じゃなさそうだ。
少女と呼ぶには少しばかり埒外な雰囲気を纏う彼女は、風貌からして人目を惹く。
白とも灰とも言えない色の抜けた髪の毛は、それでも未だ少女の様な艶やかさを持っている。
猫を連想させるその眼は何処か虚ろな様に見えて確かな魂を感じる不思議な瞳。
まるで中学生にも見違える小柄な体を不釣合いに大きい椅子に収めて、佇んでいる。
「すいません、客人が来ている所でして」
「いや、構わないよ。急ぐわけでもないし」
椅子から立ち上がりこちらへ頭を下げる彼は、やはり何時もの如く礼儀正しい。
黒縁の四角い眼鏡をかけて短く乱雑に切られた茶髪は今時の大学生といった風貌か。
…そう言えばまだ名前を紹介していなかったかな。
彼の名前は「手繰 見掛(たぐり みかけ)」と言う。確か歳は20歳だった筈だ。
普段は学園都市の外でこうして情報屋を営んでいる一般人で、偶に学園都市を仕事で訪れたりしているそうだ。
そして仕事で学園都市を訪れたその時に運悪く命の危機に陥っていた彼を、偶々助けたのがボクと言う事だ。
それ以来、彼には仕事を頼む事も多く関わる機会もそれなりにあったが…彼はちっとも変化が無いな。
いつもの様に表情は柔和で、更には口元に微笑を湛えた彼。
しかしいつもと同じでないのは、隣に見覚えの無い人間を連れている所だな。
彼の事だ。またお節介で助けた相手かもしれないし、もしくはボクの様な客かもしれない。
とは言え別にこれ以上詮索する必要は無いし、時間を掛けてはいけない理由も無い。
「では、用が済んだら呼んでくれ。ボクは応接間で待っているからさ」
「はい。ではまた後で。ではヨツバさん、お話をお聞きします」
そんな会話を背に受けながら部屋を後にする。
少しだけ気になって、ドアを閉める寸前に振り返ると…
「-――――――クスッ」
少しだけ目が合った。その、ヨツバと呼ばれた女と。
ほんの一瞬の視線の交差だったが何となく彼女の事が分かった気がした。
いや、分かったと言うより分からされたと言うべきか。やはり彼女は何か別の理の人間なのだろう。
―――後で、お時間がありますか?
―――構わない。
そんな視線だけの会話を交わして今度こそドアを閉める。
応接間は二つほど隣の部屋だ。既に其方へ向かっている番の背を追うように私はその場を去った。
――――――――――――――――――――――――――
「何というか、変な人でしたね。あ、男の人のほうじゃなくて女の子の方です」
「確かに。…あれは普通の人間じゃないな」
男の方も十分変人だがね、という言葉を飲み込んで素直な言葉を返す。
存在の埒外さで言えば二人揃って似た様な物なのは事実だが、言葉にしたところで意味は無いだろう。
再び先ほどの彼女を思い出す。風貌も雰囲気も人外のそれを思わせる彼女。
彼女が何者かは知らないが、後で話があるとか何とか。
学園都市の関係者では無さそうだが、はてさて…。
「それはそうと、彼に何を聞きに来たんです?」
「まだ次にする研究も固まっていないからね…。何かアイデアの基になる情報でも、と訪れただけさ」
要するに雑談と殆ど変わらない、そんな用事だ。
まぁ元も子もない事を言えば外部出張の期限はまだあるし、外を満喫したいだけでもある。
研究者と言うのが全て引きこもりの様な奴かと言えばそうではない。
少なくともボクは外出するのも好きだし、そもそも趣味が車を改造したり、その車でドライブに出かける事な程だ。
この愛車「グラントゥーリズモS」にも様々な改造を施してある。
今やこの車は垂直な壁を走る程度の馬力を誇るモンスターマシンと化している。
「そういえば意外な趣味ですよね、ドライブなんて」
「車は言う事を聞いてくれるからね。打てば響く、素晴らしいことだろう?」
普段実験対象としている子供は、直ぐに泣いたり駄々を捏ねたりと扱い難い事この上ない。
それに比べて車は楽で良い。言う事を聞くし、理論通りに性能を上げてくれる。
「言いたい事は分かりますけどねぇ。子供たちだって可愛いじゃないですか」
「可愛いと言いつつ実験台にしている君の方が余程残酷だろう…」
変に愛着が湧いた時点で、実験に支障が出る。
しかしその点、この助手は実験の際に不手際を起こすような事はしない。
子ども達を可愛いといいつつ
被験者に冷酷になれる…・
いや、冷酷なのではなく普通通りと言うべきか。どれだけ愛着が湧こうと被験者は被験者。
そちらの方が余りに異常だろう。
「あ、人臣さん。お待たせしました」
「いや、構わない。早速話を聞かせてもらえるかい?」
応接間を訪ねて来た彼を迎えると、彼は淀みなくボクの前へ腰を下ろした。
彼はボクへと近付く事に躊躇をしない珍しい人種でもある。
ボクの見た目や雰囲気が人好きのしない、あるいは敬遠される類の不気味さを持っている事は自覚している。
そんなボクに躊躇せずに近付いてくる人物は少なく、彼や隣の番を除けば殆ど居ない。
「とはいえ、今回は唯の孤児院の情報ですからね。そこまでの派手さは無いですよ?」
「構わない。そもそも研究と言うのは地味さが殆どを占める物だからね」
事実だ。そもそも研究で派手さがあるのなんて最初と最期くらいだ。
それ以外は地味な物の積み重ね。それこそ積み木の様な物だ。
「なら早速。こちらの孤児院や、ここの施設なんかが子どもの数が多くて手が足りないとの話です」
「なるほど。確かにこの人員と施設でこの数の子どもを受け入れるのはきつかろうな」
こういう施設の人間は総じて善人である物だが、それで故に利害が一致しやすい。
此方の目的は彼らが処理しきれない黒い部分を掠め取るのと良く似ているからだ。
子どもの数が多過ぎて世話を仕切れないという裏事情を、ボク達が受け持つ。
その実態は学園都市へと引き取られ、人体実験の被検体とされる運命だが…。
「少々金を積めば子どもをこちらへ引き渡してくれるだろうな」
「まぁ、利害の一致ではあるでしょうから…。孤児院からすれば学園都市がわざわざ子どもを受け取ってくれる訳ですし」
そう、向こうからすればボク達が子どもを引き取るのは生徒とする為となっているのだ。
世話をし切れない子ども達を、有名な学園都市が引き取り世話をしてくれている。
そう相手が捉える限り、相手にとっては子どもを引き渡す事さえ『善行』と思うわけだ。
その末が実験用マウスである事など彼らは知らないのだし。
「ここと、あとこれですね。今回の情報はこんな所です」
「ご苦労。相変わらず良い腕をしているね」
これも本音だ。本来ならば期間などを考えてもそれほどの情報は集まらないと思っていたのだが…。
彼の集めてきた情報はボクの予想を大きく超えた量だった。
相変わらず卓越した情報収集能力だな…。
「ふむ……めぼしい被検体をリスト化しておいた。番、まとめておいてくれ」
「わ、早いですね。今もらった情報なのに…」
正直この時点でのデータなど眺めた所で大した情報にならないのは確かなのだが。
それでも候補となる孤児の健康状態くらいは確かめておく必要がある。
健康体である子どもをリストにまとめただけで大した事はしていない。
――――――えと、吉永…弓削…紅ヶ咲…ここらへんは問題なしと。
たどたどしくも書類にチェックを通していく
「とりあえず今回依頼されていた情報は此処までですけど…」
「ああ、先ほどの彼女だけど…少し話をさせて欲しい」
ボクの言葉に彼は驚いたように眼鏡を掛け直した。
どうやらあちらさんもボクとの会話を望んだらしく、妙な一致に驚いたらしい。
「一目ぼれ、だなんてかわいい話ではなさそうですけど…」
「まぁ、少し気になることがあるだけさ。番、君はここでデータを纏めておきたまえ」
ええ!?と不満顔の番を置いて、ボクは応接間を出た。
背後からは「ヨツバさんなら、先ほどの部屋で待っていますので!」と言う彼の声が掛かった。
なるほど、先ほど彼を訪ねる為に訪れた部屋で彼女は待っているらしい。
「ヨツバ…と言ったか。ボクにわざわざ話を持ちかけてくるなんて…如何ほどの存在なのやら」
そんな独り言を零して、ボクは部屋のドアを開けたのだった。
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「―――――待っていたわ…。少し、お話をしてみたくて…」
目の前の少女は、いや少女では無かったのだったか。
改めて目の前の女は見た目の幼さとは裏腹に落ち着いた物腰で話を切り出した。
女が座っている席の前に、椅子を引きずっていって腰を下ろした。
ボクが話をする準備を整えたのを確認して、彼女も表情を改めたようだ。
「待たせたようで悪かった。それで、君は?」
「私はヨツバ…。世界中を旅している旅人ね…」
旅人、と来たか…。今時世界中を旅するなんて珍しいを飛び越えて愉快な御仁だ。
しかも見る限りその言葉に偽りは無さそうで、確かに彼女からは異国の香りがした。
先ほどまでの微笑を湛えた表情から一転して真剣な表情で自らを説明する彼女だが、
それにしても真剣な顔をしていて尚、大人には到底見えないな…。
「では、ヨツバ。君は何故ボクと話をしたいと?」
「ボク?何だか随分と可愛らしい人だわ…ふふふ」
折角真剣な表情を作っていたようだが、ボクの一人称を聞いて緊張が崩れてしまったらしい。
別に自分の呼び方くらいどうだって良いだろう…それに。
「質問に答えてくれるかい…。まぁ、褒め言葉だと受け取っておくが」
よりによって、かわいいとは…。
本当に変わった女だな…。ボクをかわいいと評する奴なんて…。
あ、番もその一人だったな。元々知り合いの少ないボクだし、その内の二人がかわいいとボクを評している。
もしかしたら案外、ボクは見た目的にはそう悪くないのかもしれない。
いや、そんな事は極めてどうでもいいが。
自分の見た目に気を使う事なんて殆ど無いしね。
「そうね…。要するに、貴女を見定めたかっただけなの…」
「見定める?ボクをかい?一体何の為に………っ」
見定めると言う言葉の意味を考えていると、不意に彼女が動いた。
ずいっと顔を近づけてくる女に面食らいながらも、負けじと彼女を見返す。
至近距離で目が合うと、改めて女の異常さが身に染みる。
先ほどまでは気づきもしなかったが、その猫の様な瞳はそもそもその色彩からして以上だった。
その瞳は非人間的な紅色に染まっていて、その瞳を見つめていると酷く不安定になりそうだ。
ボクは宗教に詳しくは無いのだが、そんなボクですら一つ連想できる物があった。
―――まるで『悪魔』の瞳だと、神話に出てくる悪魔の瞳を女神が何らかの手違いで持ってしまったかのような違和感。
酷く整った顔立ちを凌駕する不安定さ。彼女の印象はそれだ。
「少し考えていることがあってね…。託す事の出来る人を探していたの」
「託す…。君の話は要領を得ないな…」
見定める、託す、と続けて意味不明なワードが乱発する。
こちらが彼女の話をうまく飲み込めていないのか、もしくはそもそも話を分からせる気が無いのか。
多分後者なのだろうが…。まぁ、良いけど。
と思えば再び彼女は突飛な事を言い出したのだ。
「いえ、そうね。貴女は今、行き詰っている事とかあるかしら…?」
「話が飛ぶな…。いや、確かに研究が行き詰っているといえばその通りなのだけど」
事実、ボクは次の研究が決まらずに居る訳だし、彼女の疑問にはイエスと返答すべきだ。
彼女はどう見ても科学に精通しているとは思えないし、ボクの研究に助言など望める訳が無いのも分かってはいるのだが…
「…そうだな。今、ボクは次の研究が見つかっていない状態だ」
「…そう。私は科学の心得は無いのだけど…私と会ったのなら。出逢ってしまったのなら、どうであれ進展があると思うわ」
一体何の根拠があってそんな事を言うのやらとも思ったが、彼女の言葉には妙な力がある。
なぜだがその言葉は本当の事になるのでは無いかと、そう信じれてしまうのだ。
「そう…。珈琲をどうぞ、ミルクはお好きに…」
「君も客じゃないか…調子が狂うな、全く…」
と思えば微笑みながら微笑ましい振る舞いをする。
ニコニコと目を細めている間は不安定さも薄れるのだが…妙な女だ。
文句を言いつつも珈琲を手に取った。
備え付けられたミルクを珈琲のカップへと垂らして、スプーンで掻き混ぜる。
そんな様子を何故だかにこやかに眺めていた彼女が気になる発言をしたのはその直後だった。
「珈琲に垂らしたミルクって、掻き混ぜなくても放置しておけば混ざるわよね…」
「それは…温度差や垂らした時の運動量があるからだろう。それにミルクと珈琲では比重も異なるだろうし」
意味の無い問答だが、応えない事にも意味が無いので素直に応じる。
そもそもこんな事は科学の心得うんぬんの前の話ではなかろうか?
しかし彼女は此方のそんな思考など気にもしない様子で
「そうね…。なら、極めて同じモノがどちらも静止した状態で同じ場所にあるなら…それは独りでには混ざらないのね」
だなんだと言ってのける。そんなもの…
「極めて同じモノならそもそも混ざろうが混ざるまいが同じ場所にある時点で同化しているような物―――――待てよ?」
極めて同じモノ、しかし違う物。それは自然には混ざらない物で何かしらの干渉があって初めて融合する。
これを能力者に置き換えてみよう。能力と能力、似て異なる二つに外部から干渉を行うのならば…
「能力の―――融合?………そうか、それなら…」
未だ学園都市の誰もが為し得ない『多重能力』
それが不可能である根拠は「一人の脳に複数の能力を制御させるのは負担が大き過ぎる」という物だ。
ならば一つの能力を振るう事で複数の能力を振るうのと同じ結果を生み出せばいい。
つまりは『二つの結果を生み出す一つの能力』を生み出す。
「………試す価値はあるな」
「あら、何か思いついた…?私には科学は分からないけど…貴女は学園都市の科学者なのでしょう…?」
ボクの素性は彼にでも聞いたのだろうか?
しかしそんな事はどうでも良い。この発想はすぐさま試してみる必要がある。
その発想を与えてくれた目の前の彼女には感謝しなくてはならない。
「ああ。申し訳ないがボクは失礼するよ。少し急用を思い出した」
「あら、では最期に貴女の名前を聞かせてくれないかしら…?」
席を立ったボクの背中に投げかけられた問いに、少しばかりの感謝を込めて応える。
ここで名乗った事実が、後のボクの運命を大きく変える事になるとは未だ知らずに。
「ボクは
人臣上利という名前だ。また縁があれば会おう、旅人さん」
そう言って部屋を後にしたボクの背後で、彼女が口にしたセリフが何だったのか。
それをボクは一ヵ月後に知る事になる。
「人臣………あの方に預けましょう。『あの子』に幸運が訪れますように…」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「番!今すぐ学園都市に…いや、その前に情報のあった孤児院へ向かってから戻る」
「えっ、ちょっ…まっ!待ってくださいよ~どうしたんですか、人臣さん!」
応接間へ早足で駆け込み、未だ書類と睨めっこしている番の腕を引く。
突然の事に驚いた様子の番だが、かまってはいられない。
気にせずに腕を引きつつ、彼の方へ目を向ける。
さすがに別れの挨拶くらいはしておくのが礼儀だろう。
今回限りの関係という訳でもないし、次の機会の為にも別れ際は大事にしなくては。
「世話になった。また次の機会もよろしく頼むよ」
「了解。また良い情報を集めておくよ。人臣さんはお得意様ですしね」
―――――礼を言う。
そんな言葉を残してボク達は早足に車へと向かうのだった。
そういえば…
あの不思議な女とはこれを最期に終ぞ会話を交わす事は無かったな、と今はしみじみと思いながら。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
―――――――一ヵ月後
「さて、粗方の準備は済んだ。番、被検体の用意は?」
「出来ています。しかし、予定より一人少ないですね。途中で他の所に持ってかれたみたい…」
ちっ、と舌打ちしたくなる気持ちを抑えて頭に手をやる。
一人なら誤差の範囲と言いたいがこれから行うのは長期、かつ繊細な実験だ。
初期の人数位はしっかり計画のまま進めたい。
「誰が奪われた?それと、代替品の準備は?」
「奪われたのは紅ヶ咲って子ですね。代わりの子についてなんですが、一つ心当たりが」
心当たり?と首を傾げると番はタブレットを取り出してボクの前へと差し出した。
その画面へと目をやると現在行き場をなくしている「置き去り」のリストが表示されていた。
その中に一つ、要閲覧のマークがついた名前があった。
「これは?――――名前を指定した紙を持たされていたって事?」
「はい。それもその指定された名前ってのが、教育者とかじゃなくて人臣さんの名前なんですよ」
ボクの名前が?ますますよく分からないが、様子を見てみるのもいいか。
もしかしたらこの子が代理として被験者になるかもしれないし、時間も手間もそう掛からない。
「分かった。すぐに向かおう。番、君は待機しておきたまえ」
「りょーかいです!それじゃあ気をつけて行ってらっしゃい!」
調子のいい奴だな…と思いながらも見送りを受ける。
待機と言えば堅い印象を受けるが、要するに休憩時間な訳だし嬉しいのは分かるけど。
それにしたって番はあまりにも科学者然としていない気がする。
ボクが気を遣うべきことではないけど、あれではこの先苦労するのでは無いだろうか。
「ボクがずっと面倒を見るなんて事にならなきゃいいけど…」
こういう嫌な予感は当たるんだよなぁ、と溜息を残して車に乗り込むのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「それで?ボクの名前が指定されていたと聞いたのだけど」
「ああ、お待ちしていました。そうなんですよ。此方としても扱いに困っていまして…」
学園都市の外周を囲む検問を管理している役人に事情を聞く。
どうにもその子どもを置いていったのは女だったようだが、誰もその顔を見ていないのだという。
しかしボクの名前が本当に指定されていたのだとすれば、罠の可能性もあると思ったが…
「もちろん、危険物などを持ち込んでいないかチェックしましたよ。異常無しです」
その懸念はひとまずは杞憂らしい。
ボクを恨んだ誰かがボクを狙い打ちにしたのでなければ、一体何のためだったのかと疑ったところで。
「…そういえば、あの女は託すと言っていた様な…」
一ヶ月前に会話を交わした妙な女。
その女にボクは名乗ったし、女は女で気なることを言っていた。
となればその子は彼女の関係者か?
「分かった。面会…と言うか、会わせてくれるかい?」
「了解です。では、お通り下さい」
役員に通されて部屋へと這入ると、そこでボクは出逢ったのだ。
これからのボクの運命を大きく変える事になる、その少女と。
「ああ、そういえばその子の名前なのですが…
役員が語るその子のプロフィールを聞きながら、ボクは目を奪われていた。
目の前に座って此方を視ているその幼子に。その瞳に。
―――――四方 視歩と言うらしいです。
それがボクと視歩が出逢った、最初の刻だった。
ここを始点として切っても切れない縁が繋がってしまう事は、まだお互い分からないまま。
最終更新:2015年05月07日 22:51