行間
第7学区にある
長月学園はいつも以上の賑わいがあった。
長月の生徒達はみな体操服に着替えおり、グループに分かれて運動場、体育館、プールなど様々なところで能力を使っては一喜一憂し、
教職員は何やら仰々しい機械を用いて能力の精密さや威力、制動距離などを正確に測りとっている。
長月学園は今日は身体検査(システムスキャン)の日だ。
定期的に行われる身体検査は日頃の努力が実っているか確かめる日であるため、能力開発においてはなかなかの上位に位置する長月学園の生徒達にとって何よりも重要な日と言えよう。
ほとんどの生徒はこの日を待ち望んでいたかのように、自らのレベルを上げようと躍起になっているため今日は普段ではありえない位の盛り上がりをみせている。
だが文化祭や体育祭で何故か盛り上がらない人間がいるように、長月学園にも身体検査に興味を示さない者も少なからずいる。
長月学園の中庭のベンチで昼寝している彼もその内の一人だ。
両手を頭の後ろに置き、日の光が眩しくないようにアイドルの写真集を広げて顔に覆いかぶせたまま、仰向けで快眠中の様子から察するにどうやら身体検査をサボっているようだ。
だが生徒たちはおろか教師でさえ青年にそのことを咎める者はおらず、
まるでさわらぬ神に祟りなしと言わんばかりにその青年に一定の距離をおいているようにみえる。
そんな彼にゆっくりと近づいていく者がいた。
着古した雰囲気のあるアーミージャケットを右腕に掛け、タンクトップにタイガーストライプ調のズボン、軍用ブーツを履いた筋肉質な青年。
髪型は横を刈り上げた金髪のオールバックで、長月の生徒というよりスキルアウトだと言われた方がしっくりくるような風貌であった。
もちろん彼もれっきとした長月学園の生徒で、むしろ長月学園を代表する特権階級の一人だ。
彼の名前は≪
東海林矢研≫、”長月四天王”の一人だ。
長月四天王とは長月学園の中で能力開発トップ4の人間に与えられている通称であり、
その4人は学園内で絶対的な権力を持っている。
また個々の能力も強力なものばかりで、普通のレベル4でも敵う者が少ないことで長月学園以外の人間にも知られ、恐れられている。
そんな長月学園の主の一人、東海林矢研は中庭のベンチの前に立つと、そこで寝そべっている青年に話し掛けた。
「よぉ。」
東海林は長月四天王の中でも飛び切り
プライドの高いことで有名だ。
その自尊心は凄まじいもので、レベルの低い能力者はまったく相手にしない、ましてや無能力者に関してはまるで空気のような存在と認識しているのか歯牙にもかけない。
そんな彼が自分から話し掛けたということ、
それがベンチで寝そべっているサボり魔が秘めている実力の高さを物語っていた。
青年は東海林の声に反応すると、顔にかかっている写真集をのけて眩しそうな目で東海林を見る。
雑誌で隠れて見えなかった顔はいたって普通で、どこの学校にも探せば二、三人いるような顔立ちだ。
真っ黒なストレートの髪にちょっと砂で汚れたしわしわの体操服、中肉中背な体躯からはどこにも東海林のような特別な人間が纏う独特の雰囲気というものが感じられない。
しかし彼も東海林と同じ特権階級の人間の一人なのである。
「なんか用?」
サボり魔の青年、もとい長月四天王の≪
南馬王将≫は気怠そうにつぶやいた。
東海林は、南馬が起きたことを確認するとまるで友達と接するかのように気さくな態度をとる。
ここであえて“まるで”という表現を用いたのは、彼ら二人は普段めったに接さないことを示している。
長月四天王は“四天王”と呼ばれ、長月学園の象徴として長月学園のアピール及び治安維持活動をしてはいるものの
四天王全員の個性、というより我が強すぎるせいか無理に接触させると水と油のように互いに反発し、諍いを引き起こしかねないため基本は単独行動しかせず、
特に南馬王将に関しては全くといっていい程他の四天王達と関わろうとしない。
なので東海林と南馬が接触しているということはとても珍しい光景なのである。
「別に、世話話でもしようかと思ってよ。まぁちょっと席空けてくれや?」
南馬はむっくりと自分の身体を起こすと、眠たそうな目を手でこすりながら身体をずらして席を空けた。
「サンキュ。」
東海林は全体重をベンチにのせるかのごとくどっかりと腰かけると、足を組んで一息ついた。
「いくら怠いからって身体検査サボっちゃダメだろ、俺でさえ参加してんだぜ?」
「もう終わったよ。朝一にすました。」
「マジ?」と東海林は呟くと、ベンチの裏側に両腕をまわし、深くため息をついた。
「俺も朝一がよかったわぁ、俺は昼休みに測定だからな。・・・てか何で俺らだけ違う時間なんだよ。」
「一般生徒の中に混じってテロ並みの爆発とかバカバカ物壊してたら危ないからじゃね?」
東海林は理屈では分かっているようだがどこか納得のいかない顔をしている。
じゃあ四天王は全員朝一にすればよかったじゃねぇか、と言わんばかりの顔をしながら、東海林はポケットから携帯を取り出し受信したメールの確認をしだした。
基本単独行動しかとらない長月四天王の面々に友達などいるはずもなく、メールの内容はケータイの広告や以前興味本位で登録したコミュニティサイトからのお知らせなどがほとんどであるが、その中に見慣れないアドレスのメールがあることに気付いた彼は
メールを開きその内容を確認する。
どうやら“畜生道(ビーストロード)”からのメールのようだ。
東海林は何一つ表情を変えず、無感情に、ただ黙々と、返信をする。
南馬は東海林の行動を横目で眺めながら、どこか侮蔑を含んだ表情を浮かべていた。
「まだそんな弱い者いじめしてんの?」
東海林はピタッと携帯の返信をしている指を止めると、上半身を南馬の方へ向け彼を睨めつける。
周りの空気が凍りつく。行きかう生徒や教師達は巻き込まれるのを避けるため心なしか足を速めてその場から離れようとする。
「・・・言い方がわりぃな、俺の相手になる奴がいないだけだ。」
声のトーンが先程より明らかに低い、かなり頭にきているようだ。
「ふぅん?」
南馬は全く興味のない素振りで気のない返事をした。
東海林は、自分が放つプレッシャーがあまり効いていない事が分かると大きい舌打ちをして体を正面に戻し、携帯の画面を眺めだした。
しばらく沈黙が続く。先程の重苦しい空気を垂れ流したまま二人はベンチで各々の行動をしている。
東海林は無言でメールの返信の文章をつくり、南馬は目が覚めたのか退屈そうに小さい試験管のような形をしたケースを眺めている。
ケースの中には無色の粉末が収納されており、ケースの表面には“取扱い注意”と書かれたシールがはってある。
南馬はしばらくすると自分と東海林が放っていたピリピリとした空気を断ち切るかのように口を開いた。
「てか、お前の“能力者狩り”って無能力者狩りがある所へ待ち伏せして無能力者狩りの奴らを狩るんだよな?そんな簡単に上手くいくのか?」
開口一番にその話題かよ、と東海林は空気の読めない(自分も読めないが)南馬に辟易しつつ、彼が生きがいとしている“能力者狩り”のプロセスを説明し始めた。
「まず小規模のスキルアウトに直接会って交渉すんだよ、“このIDを使え、そうしたらお前らを能力者から守ってやるよ”ってな。」
なぜ小規模かというと能力者狩りの対象になりがちだからだ。
能力者であるからといっても、何十人、何百人規模のスキルアウトをわざわざ対象にするほど、自分の力に酔った能力者狩りはなかなかいない。
なので能力者狩りの人間は小規模のスキルアウトや身体的に成長し切っていない小学校等、基本自分が絶対勝てるような相手にしか牙を向けない。
それを逆手に取って小規模のスキルアウトや無能力者の多い小学校にしぼって交渉をしているというわけだ。
「そんで交渉成立したスキルアウトに前に能力者狩りで狩った能力者のIDを渡す。」
「スキルアウトはそのIDを使って能力者狩り専用のサイトを閲覧する。」
能力者狩り専用のサイトは基本規制がかかっていて、サイトを閲覧することでスキルアウト等が事前に対策をとらないように、
無能力者のIDと能力者のIDを選別して無能力者のIDは閲覧できないようになっている。
「そんでそのスキルアウトが対象の能力者狩りがあれば日程と人数、場所を俺に連絡、俺はその時間にそこにいればいいだけだ。」
「へぇ、まぁシステムとしちゃまぁまぁかな?ところでなんでそんな説明口調なの?」
「そこはツッコむな。」
意外としっかりとしたシステムであったことに南馬はほんの少し感心していた、
てっきりむやみやたらに歩き回って勘で探しているものと思っていたからだ。
「・・・まぁ失敗もあってな、今回はスキルアウトがやらかしやがった。」
「なんかあったの?」
東海林はこのことを南馬に言ってもいいものか一瞬ためらったが、どうせ興味も持たないだろうと思い、その事について話はじめる。
「スキルアウトが閲覧してたパソコンの位置を探知されたんだよ。そっからIDがすでに死んだ無能力者狩りの物なのにスキルアウトが使ってるってのがばれて、しかも俺が絡んでる事が相手に知られたらしい。」
南馬はその話に少し疑問を感じた。
「でも普通はスキルアウトが殺した無能力者狩りのIDを使ってるって思わないか?なんでお前が絡んでるってばれるんだよ?」
東海林は何やら話疲れたように小さなため息をつくと、少し困った表情を浮かべた。
「普通、はな。どうやら相手に頭のキレる奴がいるっぽいな。」
「へぇ」
南馬が気のない返事をしている様子を見て東海林は予想通りであると内心呆れながら話を続けた。
「まぁ、今回は強い奴と戦えそうだ。」
南馬は東海林を見る、東海林は本当に嬉しそうに笑みを浮かべ、武者震いをしている。
東海林は戦闘狂だ、しかも能力者との戦闘にしか興味をもたない拘りがある。
自分の思い通りにいかない強い相手であればあるほど喜びを感じる彼は、実力があるであろうまだ見ぬ敵に対して大きな期待を抱いていた。
今回は思う存分楽しめそうだ、ああ、今から楽しみで仕様がない、と。
彼は懸命に抑えている、だが隠しきれてない待ち遠しい気持ちを胸いっぱいに溜め込んでいた。
南馬はそんな彼の様子を見て、ああこうなったら性質が悪いぞ、ご愁傷様、と顔も知らない無能力者狩りに同情している。
そうこうしているうちに辺りは少し騒々しさが薄くなっていた。どうやら身体検査が一通り終わったようだ。
体操服を着た生徒たちが急ぎ足で教室に戻っていく様子が見える。
時間は12時、もうすぐ一般の生徒の計測の結果が分かる時間。
東海林はその光景を眺めていると、自分の測定がもうすぐ始まることに気付く。
「やべぇ、間にあわねぇかも。」
彼はそういうとスクッと立ち上がり、口ではやべぇやべぇと言いつつもゆっくりとした足取りで測定の場所へと向かっていく。
南馬はその様子を横目に見つつ、また眠たくなったのかベンチで横になると、好きなアイドルが乗った雑誌を顔にかぶせ睡眠に耽るのであった。
第4章へ続く