第4章 突入開始 Follow me
ここは第7学区の39号線・木の葉通り。
昼間には雑貨店や服屋、食料品店など様々な店が立ち並び、毎日多くの人がこの通りを訪れる。
表面的には何の変哲もない賑やかな通り、
しかしこの場所は大きな通りを少し外れると途端にその表情を変え、裏との接点の多い危険な場所としても有名であった。
一体誰がそう呼んだのかは不明であるが、その通りの裏の一面を知る者はこう呼んでいる。
“ケンカ通り”と、
さて、その一部では有名なケンカ通りを少し外れた一角に、今は使われていないビルが立ち並んだ場所がある。
それ程背の高くない寂れたビル群の中に一つだけ人が使っている形跡のある
(といっても注目しなければ気付きもしない程度だが)
赤色、というより暗い朱色のビルがポツンと、目立たぬように佇んでいる。
そこが“風の盗賊”が秘密裏に使っているビルだ。
裏の人間に“霧の盗賊”の存在を嗅ぎ付かれてしまうことを避けるため、
“とあること”をする以外の時はほとんど使われていないそのビルに
まるで何かに憑りつかれたかのようにふらふらと人が入っていく。
現在は午後8時半。
“霧の盗賊”の参加者達は≪家政夫(ヘルプマン)≫からの二度目の緊急招集をかけられ、今このビルに集まってきていた。
ビルに入った時に毒島から携帯を回収され、二回も急に呼び出された事もあり、
誰もあまり良い表情はしていない。
しかし一回目の緊急招集の時に文句を垂れた参加者への≪
毒島拳≫の対応が記憶に鮮明に刻まれているのか、誰も文句を言う事はなく、
借りてきた猫のように萎縮したままビルの中の一室で話が始まるのを待っていた。
部屋の中はしばらく使われていなかったのかどこか埃っぽく、壁も所々ヒビが入っており、
ビルの外観の割に広くフォーマルな雰囲気の室内も相まってどこか勿体なさを感じる。
部屋の真ん中には背の低いテーブルを囲むようにソファーが置かれており、
参加者はそこで座って待っているよう指示されたため、毒島と家政夫、≪安田≫を除いた全員はそこに座っている。
その光景はまるで第十学区にある工場の応接室を模したかのように瓜二つであるが、
そんな余計な事を考える者は誰もいなかった。
毒島と家政夫は二人とも参加者と同じ部屋にいながらそれぞれ別の事をしていた。
毒島は部屋の壁に背中を預け、自分の銃を分解して動作点検を黙々とこなしており、
家政夫は安田に連絡を取ろうと何度も電話をかけている、心なしか苛立っているようだ。
やがて家政夫は気持ちを切り替えるかのように携帯をたたむと
参加者の方に向かう。
「やー、ホンマすまんなぁ。安田さんまぁーた遅れるみたい♪けどあの人の遅刻は毎回の事やし勘弁したってな。」
参加者達は何も言い返さない、いや、言い返せないといった方が正しいか。
彼らは文句でも言おうものなら壁にもたれ掛っている男に何をされるか分からない、と思っているからだ。
もちろんそんなことは毒島と家政夫は自覚しており、というよりむしろそれは彼らが言う事を聞かない参加者達を従わせる時にいつもやっていた事でもあったから、自覚していて当然だった。
毒島は銃の点検をしながら話を始めた。
「・・・ビルに入った時に携帯を回収して申し訳ない。今からそれについての話をするからリラックスでもして聞いてくれ。」
落ち着けるはずもない。なぜなら彼らは二人から形容しがたい怒り、殺気のようなものを感じていたからだ。
これから始まるであろう話がなんであるか、それだけが気がかりで仕様がないという顔を参加者は誰しもがしている。
「まぁその前にせにゃいかんことがあれんけどな・・・」
家政夫はそういうと、履いているダメージジーンズのポケットから見慣れない物体を取り出した。
それはリップクリームの容器のような筒状の物体だった。
恐らく金属製であるそれは側面に液晶がついており、その中にはよく見えないが赤い点滅が4つ程点いているように見える。
(・・・4つ?)
と、参加者が心当たりのある数字にどこか疑問を感じる間もなく、
「・・・ほんじゃ、スパイさんはここで脱落やでぇ~」
家政夫はそう言うとどこか楽しそうに液晶に触れると、液晶の画面から一つの赤い光が消えた。
それと同時に、
参加者の一人が糸が切れたかのように床に倒れこんだ。
一瞬何が起こったのか理解できなかった。
参加者達は訳も分からぬまま、倒れこんだ一人の男を起こそうとすると、
その男の首全体が黒紫色一色に変色していた。
「ッ!!・・・!?うわああああああああああああああああああああああああ!!!!?」
参加者達は悲鳴をあげる。今まで堪えていた緊張感が爆発し、部屋の中がパニックになる。
その場に倒れこむ者、部屋から抜け出そうとするもの、etc・・・。
部屋から逃げ出そうとする者は部屋の扉が開かないことにさらにパニックになり、倒れこんだ者はまたその死体が視界に入りまたパニックになる。
もはや地獄絵図と化している部屋の中、毒島は動作点検し終わった銃をすぅっと真上に向けると、
パァンパァッン!!パァァァッッン!!!
と数発天井に向けて発砲する。
パニックになっていた空気が静まり返る、しかしすぐに元のパニックに戻りそうだ。
なので毒島はその一瞬を逃さぬように口を開きだす。
「・・・落ち着け。これから狩りをする奴らがパニックになってどうすんだ。」
毒島の一言からしばらくたった、現在は午後9時。
部屋は先ほどのパニックが一旦収まり、皆話を聞ける状態に戻っていた。
家政夫は全員落ち着いたことが分かると、先刻のことについて説明しだした。
「さっきはホンマすんませんな、こればっかりは今回に限った事や、堪忍してぇや。」
堪忍できるわけねぇだろ、と参加者達は心の中で奇跡的な全員同意を決め込むと、
参加者の一人が家政夫に質問をする。
「一体何が起こっているんですか、僕たちはまだ今の状況に全然ついていけていない。」
おそらくこれは参加者全員が感じていることだ。
参加者達は今日急に呼び出され、携帯を没収され、意味も分からず一人が死んだ。
普段は普通の学生である参加者たちにとってこの一連の出来事はあまりに異質で異常、恐らく普通に生活しているなら目撃しない光景だった。
なので説明を聞いてもよく把握できないであろう、しかし説明はしてもらいたい、でなければもはやついていけないような、そんな気がしたからだ。
家政夫は質問に答える。
「まぁ皆さん全員うすうす理解できとる思うけど、こいつは“畜生道”の一員、いわばスパイや。」
家政夫はあごで冷たくなった死体を指す。
死体の首の色はより一層黒色に染まっている。
参加者はもう大分死体がある環境には馴れたが、やはり直視するのはまだ馴れないのか
横目でチラッと見るとすぐに視線を家政夫の方に戻す。
「まぁそれは察しがつきますけど・・・。」
「ところで、なんでこいつは急に倒れたんだ?なんかリモコンみたいな物持ってたよな?」
参加者の一人が先程の機械について触れると、家政夫は待ってましたと言わんばかりに嬉々として語りだした。
「おぉ!これか!?これはな、この小型マッスィーンを操作しとってん♪」
彼は軽やかなステップを刻みながら死体の方に向かうと、死体の首に点いていたそれを摘み取り、参加者の方に見せびらかした。
それは昆虫のように見えた。
目視ではよく分からないが全長大体2㎜くらいか、
シャープペンの芯のような体躯に先端には蜘蛛の足のような4本の脚、
もう一方の先端には正六角柱の塊が付いている。
蜘蛛のような生き物独特の不気味さと機械独特の無機質さ。
そんな矛盾した雰囲気を併せ持つ小さな破壊の化け物は、言い知れぬプレッシャーを放ちながら家政夫の掌の上で静かに佇んでいる。
「元々癌細胞を周りの細胞を傷つかずに摘出するために開発された医療用機器ねんけどな、それに機動力、耐久性、カリスマ性、その他諸々を改良したもんがこれや!」
「今ワイが持ってるこのリモコンでマッスィーンを操作しててん♪」
家政夫は仮面をかぶっているので全くと言っていい程表情が読めないが、
声がいつもより一層弾んでいるのでどうやらこの不気味な機械の説明に夢中なようだ。
恐らく全部言い終わるまで話は変わらないだろうなぁ、と参加者達はあきれつつ静聴する。
「ほんでリモコンのこのボタンを押すとな・・・ポチッとな♪」
家政夫はそう言ってリモコンの小さなスイッチを押すと・・・
チャッ!
という微かな音と共にシャープペン状の身体から極細の針が勢い良く飛び出、
家政夫の掌を突き刺すと、得体の知れない何かを注入していく。
家政夫の手が見る見るうちに紫色に染まっていく、どうやら皮膚の裏では血管が破裂し内出血しているようだ。
家政夫は自らが改良した機械の出来にうっとりしながら黒々とした掌を見つめている。
「・・・なぁ?スゴイやろぉ、これ作るの大変やってんでぇ~♪特にこの正六角柱上の容器に強塩基性の液体仕込むのにはホントにもぅ・・・」
「いや!説明してる場合じゃねぇ!!?掌が大変な事に―――ッ!!?」
その時参加者の誰もが自分の目を疑った。
家政夫の掌が徐々に修復されていっているのだ。
紫色一色だった彼の掌がすこしづつ元の血色の悪そうな肌色に戻っていき、血が通いだし、数秒後にはまるで刺された事実がなかったかのように完全に治っていた。
家政夫は参加者達がその光景に目を白黒させているのにしばらくして気付いた。
「ああ、ワイの能力説明してなかったな。ワイの能力は“瞬間再生(アンデッド)”っちゅーてな、まぁ肉体再生のレベル4や。」
参加者達は彼の能力を聞いて安心した、どうやら彼のことを自傷行為好きの狂人とでも思っていたのだろう。
「あぁなるほど・・・肉体再生系のレベル4を見た事なかったからビックリしましたよ・・・」
「すげぇな、再生速度が速すぎてもはや不死身じゃねぇか。」
「不死身にはほど遠いけどなぁ、説明するのもメンドイし不死身って思てくれてかまへんよ。」
家政夫はそういうと、小型のリモコンを操作し小型機械を掌から外すと、
少し反れてしまっていた話を本題に戻す。
「まぁそんな事はどうでもええねん。」
真剣な話に入ると分かり、参加者達の背筋が無意識に伸びる。
家政夫も今までよりほんの少しだけ真面目な態度になった気がした。
「“畜生道”の回し者が参加者の中に紛れ込んどる可能性を考慮して、今回はこちら側で参加者に探りを入れさせてもろてん。」
「それがさっきの“小型マッスィーン”や。」
「ワイらは初めに参加者全員を集めた時、皆さんの身体に小型マッスィーンを忍ばせて、後日の君らの動きを逐一監視しとったわけや。」
「ちょっと、それって僕らの個人情報を見たって事じゃ―――!?」
「ふざけんなよテメェ!!すぐにデータを消せ!」
参加者達は怒り狂う。
彼らは殺し合いの場に自ら参加するようなどこか頭のネジが外れた面々だが、
それは“狩り”という一種の“特殊な環境”の中においてのみである。
彼らは普段、普通に学校に通い、授業を受け、充実した学園生活を享受している者がほとんどであり、
そんな彼らにとって“普段の生活”に支障が出るのは最も避けたい事の一つだ。
なので彼らの普段の生活を覗き見された事に怒りを露わにするのは至極当たり前の反応とも言える。
参加者達は家政夫にくってかかる、家政夫は“まぁまぁ”というだけで何もしない、
話は全く進まない。
そんな彼らの様子を見かねてか、先ほどからずっと黙っていた毒島が会話に加わる。
「・・・この話が終われば皆の前でデータを全部消すつもりだ、だから話を最後まで聞け。」
「―――ッ!!!」
参加者は何か言いたげであったが、毒島が纏う危険な空気がそれらを全て押し留める。
ピリピリとした空気が部屋を覆う、話しをするには最悪の雰囲気といったところか。
家政夫はそんな空気の中でも飄々とした態度を変えることはない。
「けどもし対処がなかったら情報ダダ漏れで“畜生道”の思う壺やってんでぇ?そしたら全滅は免れられへんかったやろうし、むしろ感謝してもらいたい位ねんで??」
「あと、小型マッスィーンはまだ皆さんの首筋についてんで?いいんかなぁそんな反抗的な態度、ワイ怒りで手ぇ震えてボタン押してまうかもなぁ~。」
「ちなみに無理に引き剥がそうとすると・・・ボンッ!や。おぉ~怖ぁ!」
(この野郎、いけしゃあしゃあとよく言ったもんだ・・・)
この瞬間参加者の心が一つになった、ような気がした。
「じゃあ早く外してくださいよ、これもう着けてる意味がないじゃないですか?」
「えぇ~どないしよっかなぁ~♪ワイ外したら苛められそうやし嫌やなぁ」
やりとりがあまりにもくだらないのか、毒島は本日最大の溜め息を吐く。
家政夫はようやく自分が空気が読めていない事に気付いたようだ。
「ゴホンッ・・・しゃあないな、今外すわ。」
ピッ!という小さな音と共に、小さな殺人兵器が力なく参加者の首から離れる。
一機を除いては。
「ちょっ、俺のだけ外れな・・・ッ!!!?」
ゴリッ、とその参加者の後頭部に固い物体が当たる、後ろに立っているのは毒島であった。
彼は黙って参加者に銃を向けていた。
「どういうつもりだ?」
「・・・すっとぼけてんじゃねぇ、心当たりがねぇとはいわせねぇぞ?」
参加者、もといスキルアウトの男は黙って両手を挙げる。
(くそっ!いつ気付いたんだ!?俺は死んだあいつみたいにアジトには戻らなかった!バレるなんて事は・・・)
彼の思考を読み取るかのように家政夫は話す。
「ちなみにこのマッスィーンは撮影機能も付いてる優れもんや、あんさんがアンチスキルと東海林にメールで連絡してたんはバッチリつかんでまっせ♪」
「・・・今から色々聞きたいことがある、黙って別の部屋に移動しろ。」
「・・・クソったれが!!!」
スキルアウトの回し者は毒島に連れられ、別の部屋へと移動する。
『すまないっ、遅れてしまった。』
ようやく安田がビルに到着した。現在は午後10時半。
家政夫はいつものテンションで返事をする、その様子から連絡を待っていた時の苛立ちはどこかへ吹っ飛んでいるように見える。
安田はソファーの空いている席に座ると、頭を垂れて一息つく。
よほど疲れているのか、肩で呼吸している。
(終バス・・・逃しちゃったから、走るしかなかった・・・疲れた。)
呼吸が整うと、安田は部屋を見渡し、何やら人が少ないことに気付く。
『毒島と参加者二人は?まさか遅刻?』
「んなわけあるかい!参加者の一人は処分したし、毒島ともう一人は向こうの部屋や。」
なんだ、と安田はがっかりする、どうやら遅刻仲間がいることを期待していたようだ。
家政夫は向こうの部屋をちらりと見る。
毒島とスキルアウトの一人が入ってしばらくたったのだが、
部屋の方から全く音が聞こえず、部屋の様子が分からない。
あまりにも音が聞こえない部屋は家政夫を不審がらせる。
(・・・まさかあのアホ殺してへんよな?)
そう考えると、急に不安が家政夫の脳裏を過ぎる。
スキルアウトの嫌いな毒島のことだ。かっとなって殺しちゃったテヘッ♪、なんて状況も十分ありうる。
別に殺してしまっても構わないのだが、それは彼が持っている全ての情報を聞き出してから、その前に殺したってなんの意味もないし、処分するだけ時間の無駄になる。
そうなってからではもう後の祭り、不満を漏らしてももう遅い。
家政夫はいてもたってもいられず席を立つ。
「ワイ今から向こうの様子見てくるさかい、安田ちゃんは参加者と待っとってくれへん?」
安田が小さく頷いたのを確認すると、部屋へと向かい、音ひとつ聞こえない部屋の扉を開ける。
中は参加者達がいる部屋とはまるで異質な部屋であった。
部屋はそれほど大きくなく、中にある家具は錆びて変色したパイプ椅子二つと机のみ。
そんな部屋のどの辺りが異質なのかというと、部屋の壁が特殊なのである。
壁一面が凹凸で埋め尽くされている。
見続けると目眩さえ起こしてしまいそうなその特殊な壁面は、その凹凸が音を吸収することでほぼ完全に音を遮断できる設計なのだそうだ。
毒島とスキルアウトの男はそんな特別な部屋で“話し合い”をしていた。
もちろん“話し合い”というのは普通の意味のそれではなく、所謂“拷問”のことだ。
毒島の手には拳銃、床には薬莢が無造作に転がっている、どうやら拷問で何発か発砲したようで、男の身体のいたる所から血が噴き出ていた。
拷問を受けた男は恐怖、後悔、絶望・・・とにかくあらゆる負の感情をこの1時間で体感し、精根尽き果てた、そんな表情をしている。
「ちょっと拷問下手すぎひん?普通指とか爪とか身体の局部を集中的に痛めつけるもんやで?」
「こういうのは俺の性分に合わないからな、殺すんなら一撃で殺す、生かすんなら傷一つつけず生かす。だから殺すつもりでやった。」
さらりととんでもないこと言うなや、と家政夫は不満に思うも心の中で押し留め、男の様子をちらりと見る。どうやら息はしているようだ。
「はぁ、じゃあこういうのは今度からワイがやるわ。で、情報は一通り聞けたん?」
「・・・総人数は29人、もう少ししたら全員根城に集まって迎え撃つ準備をするらしい。東海林は明日の午前3時に来るそうだ。それで・・・」
「OK、そんだけ聞き出せれば十分や、ご苦労様。」
毒島が一応やることを全うしたことを確認できて、ほっと胸をなで下ろす。
そして、ベンチで憔悴しきっているスキルアウトの男を見下ろす。
もうこいつに用はない、こいつをどうやって処分しようか、と思案を巡らす。
焼却処分、土葬、はたまた生かしておいて身売りさせるか・・・、思考をフル回転させていると、
精神を嫌という程破壊され、今まで灰のようになっていた男が、微かに残った力を振り絞り最後の抵抗をする。
「・・・俺らは全員知ってるんだぜ?」
「・・・は?」
「“畜生道”のメンバーは全員能力者狩りから生き延びた人間だ。だから俺達は一通りの能力者狩りの情報を把握している、もう訳の分からないまま襲われるのは御免だからな。」
拳を精一杯握りしめ、男は頭を挙げる。力が入らないのか小刻みに震えながら。
まるで生まれたての小鹿のような様子を見て家政夫は含み笑いをし、
どこが可笑しいのか理解はできないといった様子(といっても表情は読めないのだが)で毒島は家政夫を見ている。
「毒島ちゃんこんな奴ほっとき、どうせイタチの最後っ屁や。それより時間も押してるし早う出発したほうが―――」
「お前の正体だって調べはついてんだよ、―――家政夫さんよぉ!?」
「・・・あ?」
家政夫は一瞬で態度を一変させた。普段のおちゃらけた様子からは想像もつかないほどのどす黒い雰囲気を纏いながら、男の方に身体を向ける。
スキルアウトの彼は全く動揺しない、覚悟を決めたようだ。
「こんな危ない橋渡らねぇと到底返済しきれねぇみてぇだな、17人分の慰謝料で人生棒に振ったなぁ“親殺し”さんよぉおおおぉぉお!!?」
ボトッ、と何かが落ちる音がした。
何が起きたのか家政夫以外の誰もが一瞬理解できなかった、当のスキルアウトの男でさえも。
家政夫は自分の懐から出した約50センチにもなる湾曲した刀、ククリ刀を手に持つ、刃先には赤黒い液体がしたたり落ちている。
スキルアウトの男の腕があった場所から血が噴き出す。彼が自分の腕が切り落とされた事に気付くのに時間はかからなかった。
「―――ッ!?ぎっがああああああああああああああああああああ!!!!!」
彼は絶叫する、のた打ち回る、泣き叫ぶ。しかしその音は部屋の壁が全て飲み込み、反響もせずに儚く消える。痛みに耐えきれず、その場にひれ伏す。
家政夫はまるでゴミを見るような目で男を見下し、視線をスキルアウトの男から毒島に向け直す。
「忘れろ。」
毒島はサングラスの向こう側で首筋を見る。
彼の首元には血が滴る化物刀が、今にも刈り取らんとしていた。
毒島は全く動じることはない、ただ憮然とした態度で家政夫と向き合う。
「・・・俺達はあくまで利益で繋がってるにすぎねぇ、お前の弱みなんか握っても狩りに支障が出るだけでメリットなんざありゃしねぇ。」
「・・・」
毒島は続ける。
「だから俺がお前の弱みを知る必要もねぇし、第一興味もねぇ。」
「信用でけへんねん。もしお前が弱みを握るようなマネせんとは限らへん。」
「・・・その時は後ろから刺しても構わん。」
「・・・」
部屋にはスキルアウトの絶叫だけが鳴り響くも、二人は聞こえていないかのように興味を示さず、ただお互い牽制しあう。
痛みさえ感じそうな空気の中、その雰囲気を叩き壊すように家政夫が口を開く。
「なら、そーさせてもらおうかなぁ♪」
いつもの家政夫だ。毒島はとりあえず一安心する。
「なら、俺はもう出発の準備に入る。・・・ソイツは煮るなり焼くなり好きにしろ。」
毒島はそういうと、それ以上は何も語らず、拷問室をあとにする。
部屋に残された家政夫とスキルアウトの男。男はこれ以上の地獄はないと言わんばかりに苦しみ、泣き狂っている。
―――しかし彼は知らない。
「・・・さてと。」
―――これから彼に起こりうる悲劇を
「ワイは優しいからなぁ、殺すつもりやったけど、特別に生かしちゃるわい。」
―――彼は知らない。
「とりあえず証言のできん身体にせにゃいけんけどな、筆談できんように手足は切るし、舌も切断やな、目で読まれるのも困るから目もほじくっちゃる。」
―――死ぬより辛い地獄が数秒後に訪れることを
「・・・楽に逝ける思てんなよ、意地でも生かしちゃる、お前は一生苦しんで生きとけ。」
家政夫の手が少しづつ男に近づいていく。まるでこれからの地獄の人生の幕開けをカウントダウンするかのように。
10センチ・・・8センチと、少しづつ、少しづつ。
5センチ・・・3センチ・・・。彼は何もできない、何の抵抗もできない。ただ家政夫の手が近づくのを恐怖して見つめる。
1センチ・・・・
そして
第5章に続く