1
「はぁーー」
一人の少年、
鉄枷束縛は何ともかったるそうな溜め息をつきながら第五学区のとある商店街を歩いていた。
辺りは大学生のカップルや飲み会帰りの大人達などで溢れかえっていて高一の鉄枷がいるのは若干場違いさを感じさせる。
「まったく、ぶっちゃけなんで俺がこんなことしなきゃいけないんだよ……」
鉄枷が佐野に言い渡されたことは今日起きた出来事を一五九支部の|
破輩妃里嶺《はばらゆりね》に報告しに行くことだった。
破輩妃里嶺は風紀委員一五九支部のリーダー的存在であり
風輪学園の第二位でもある。
鉄枷はなおも歩を進める。
風輪学園の学生寮は中等部の男子寮、女子寮。高等部の男子寮、女子寮と四つの寮に別れていて、鉄枷は今破輩のいる高等部女子寮へと向かっていた。
鉄枷は本音を言うと報告なんてメールやそこらで済ませてしまいたい所だが破輩の人格がそれを許さなかった。
リーダー、つまりは破輩に重要なことを伝える時には直接かつ迅速に伝えるのが風紀委員一五九支部のルールであるのだ。
ようやく商店街を抜けると風輪学園の女子寮が見えてきた。
その寮はこれといって特徴的な部分はなかったが、その分どこか落ち着いた雰囲気を醸しだしていた。鉄枷は入口前で立ち止まると携帯を取り出す。
さすがに風紀委員といえど男子禁制の女子寮にズカズカと入り込むのは色々とまずいので、破輩に電話してこちらに来てもらった方が手っ取り早いのだ。
「まさかこんな時間に寝てる訳はないし、出てくれるよな……」
鉄枷は苦笑いをしながら電話帳に登録されている破輩の電話番号に掛けた。
しかし数分後、
「だっーーー!! なんで出ないんだよっーー!!」
その淡い希望は悪い方に裏切られることとなってしまった。
だがここで引き返す訳にはいかないため、乗り気ではないが鉄枷は破輩の部屋を目指すことにする。
「はぁ……ぶっちゃけ何やってるんだろ、俺」
鉄枷は一人ボヤきながらエレベーターに乗りこむと三階のボタンを押す。
三階まで着くと見渡す限りどれも同じ様なドアばかりが並んでいた。
破輩の部屋が何号室かまでは知ってる鉄枷だが、それが三階のどこら辺に位置するかまではわからない、と言っても鉄枷は女子寮に足を運ぶことなんて一回もなかったし、行こうとも思わなかったのだから当然とえば当然だろう。
まさかここで時間を喰われるんじゃないだろうなー、と悪い予想が鉄枷の脳裏に浮かんだ。
しかしそれはエレベーターを降りた所のすぐ手前にあり“その”悪い予想は良い方向へと裏切られる。
鉄枷が寮に入ってからここに着くまでの時間はおよそ五分程度、しかしその五分が鉄枷には何時間もかかった様に感じられ、気がつくと丸一日中走りつづけたぐらいにドッと疲れ果てていた。
(本当次こそは出てくれるよな……)
これってさっきと同じ様なシチュエーションじゃね? と自覚しつつも備え付けの呼び鈴を押す。
部屋の中から誰かが出てくるという様子は伺えずピクリとも反応しない。
再び押す。
同じく反応はない。
焦りと苛立ちで頭を掻きむしる鉄枷のすぐ近くてチン、という音聞こえてきた。
その音はエレベーターが指定された階についた時になる音で、すぐそばにあるエレベーターから発せられたものだった。
まじかよ、とそれに気づいた鉄枷は慌てて隠れる場所を探すが、どこを見ても隠れられるような場所はない。このままではエレベーターから降りてくるであろう女子生徒に『女子料に忍び込んだ変態』だと思われてしまう。
「あーーちくしょう! もうどうにでもなりやがれ!」
鉄枷は半ばヤケクソ気味に目の前のドアノブを思いっきり捻った。
しかし冷静に考えてみると、いくら寮とはいえこの時間帯、年頃の女子なら万が一の事も想定してとっくに鍵を掛けている。室内に入ることなんて不可能だった。
(はぁ、万事休す……か)
しかし鉄枷の手に伝わってきた感触は鍵が掛かっているそれではなく、そのままドアが開いていくものだった。
(あ、あら? ここにきて悪い予想が外れるとは―――――)
どん! ガン! と予想外の展開にぼーっとしてた鉄枷はそのまま玄関に倒れこむような感じですっころんだ。
からだが玄関の床に叩きつけられる痛みが全身にじわじわと伝わってくる。
同時に部屋の奥から何やらドタバタとした物音が聞こえてきたが今は全身強打のせいで今はそれどころではない。
「◎Λ&#?!$$!!!(いってーー!! 鼻ぶった!!)」
あまりの痛みに声にならない叫びを発する鉄枷。
そんなところで不意に視界に映るものがあった。そこに見えたのは、思わず見惚れてしまいそうなほどスラリとした一対の美脚。
それは僅かに水滴を纏っていて、さながらお風呂あがりの素足を連想させる。
(……は?)
一瞬この場違いな光景に鉄枷の頭には、はてなマークが浮かぶ。そのまま恐る恐る顔をあげていくとその美脚の持ち主、破輩妃里嶺がにっこりと笑いながら鉄枷を見下ろしていた。
破輩の格好はお風呂の途中に慌てて出てきた様な感じで、からだには大きめのバスタオルが一枚巻いてあるだけでおそらく下には何もつけてないだろう。
年頃の男子ならこんな光景を目の当たりにすると興奮するのかもしれないが今の鉄枷の頭にはそんな感情など一切湧かないほど、恐怖と絶望で埋め尽くされていた。
部屋の奥でそんな様子を恥ずかしげに伺うもう一人の女性がいる。
その女性は鉄枷との知り合い……と、いうよりかは同じ風紀委員の先輩で風輪学園の一四位、名は|
厳原記立《げんはらきりつ》。
普段の彼女は後輩思いの面倒見の良い『委員長』と呼ばれ親しまれているが、今の彼女はただおどおどしているシャイな女の子に成り下がってしまっている。(お風呂の途中に突然男が乗り込んできたというのだから仕方ないといえば仕方ないが)
「んでー……てつかせくーん?」
突如発せられた破輩の一言一言が鉄枷の胃を締めつける様な威圧感を放つ。
「はぃ……なななんでしょうか」
「死ぬ前に~、何か言い残すことはあるかなぁ~?」
相変わらずにっこりとした笑顔の破輩だがその笑顔には並々ならぬ殺意のようなものが滲みでている。
「ははは……は、は……」
鉄枷は苦笑いしながら数分前の事を振り替える。
もしかしたら、鉄枷が電話した時にはまだ破輩達はお風呂に入ってたのかもしれない。
もしかしたら、呼び鈴を鳴らしても出なかったのは呼び鈴自体が故障してたからかもしれない。
もしかしたら、今破輩の目に映ってる自分はただの風呂を覗きにきた変態にしか見えてないのかもしれない。
そして、
「先輩、ぶっちゃけ良い脚ですね」
もしかしたら、破輩を褒めて話を逸らせば助かるかも――――
「死にさらせえェェェェェェ!!」
次の瞬間、鉄枷の顔面に破輩の蹴りが飛んできたのは言うまでもない。
2
「―――――と、いうわけで今話した事を伝えるためにここまで来たんスよ」
鉄枷は破輩に蹴られた右の頬を濡れたタオルで抑えながら今日の事を語り終えた。
あの後、その光景を目撃した女子生徒が変質者がいる、と騒ぎあげたせいで寮監は来るわ、挙げ句の果てに|警備員《アンチスキル》まで呼ばれそうになるわでとんだ災難を被った鉄枷だが、破輩と厳原の必死の説得の甲斐あってか何とか大事には至らなかった。
といっても破輩達も完璧に鉄枷を信じたという訳では無かったため、ここに来た動機を今まで吐かせてたといった所であった。
鉄枷から風輪学園の裏で行われてた暴力やかつあげがあった事を聞き、破輩と厳原は少し表情を曇らせていた。
「……なるほど、それは大変なことになったな」
と破輩。
「まあ、起こってしまった事に悔いても仕方ないわ、この先私達『風紀委員』がどう対処していくかについて考えましょう」
と厳原。
鉄枷はどこか納得いかない様子で二人を見ていた。
「あのーー、俺もいくつか質問していいっスか」
なんだ言ってみろ、と破輩が促す。
「まずどうして携帯に電話したのに出なかったんスか」
「そりゃあお風呂入ってたからでしょ」
「じゃあなんで呼び鈴鳴らしたのに出なかったんスか」
「あーー、一週間前辺りから調子悪くてな、鳴らないんだよ、呼び鈴」
「で、は、さ、い、ご、に!! なんで厳原先輩がいるんスか!! 確か一人部屋ですよねここ!?」
「あら、鉄枷君、私がいたら何か問題があって?」
破輩に質問したつもりで言ったことにいきなり厳原が答えたので少し面くらった鉄枷。
「いえ……それは、いちいち一人ずつに話す手間が省けたからいいっスけど……」
そんな様子を見た破輩はニヤリとしながら
「なぁに、ただ厳原が胸のことで相談があるからって………」
そこまで喋ったところで破輩は厳原に後ろから口を抑えられた。
「胸………?」
そういう所では鈍いのか鉄枷はまるで訳がわからないといった様子で呆然としている。
「つ、つまり!! どうすれば胸を張って生きていくことが出来るかって、妃里嶺と相談してたの!!!」
らしくもなく厳原は慌てふためいて、とってつけた様な嘘をついたが
「なるほど、流石は『委員長』、考えることが深いっスね!」
と、鉄枷はあっさりと信じてしまった。
「何言ってんのよ、もんだら大きくなるって言ったら、記立があっさりと信じるからお風呂にまで行って、もんで………」
そこで再び厳原は破輩の口を抑えた、今度は両手で、しっかりと。
破輩と厳原のよくわからない会話においてけぼり感が否めない鉄枷は話題を戻す。
「それで、ぶっちゃけこれからどうすんスか」
「そうだなー、まずは厳原を最低でもDカップに………」
そっちの話ではないでしょ!!、と顔を赤面させた厳原はなんども喋りだす破輩の口をなんども抑え込む。
(はぁ………)
鉄枷はそんな様子を見て心の中で溜め息をついた。
(この支部のツートップがこんな調子で大丈夫か………?)
3
時刻は午後8時13分。
いつもならばとっくに風紀委員の仕事を切り上げて寮に帰る時間だが佐野、春咲、湖后腹の三人はまだ一五九支部にいた。
「鉄枷くん………ちゃんと破輩先輩に報告できたかな?」
キーボードをカタカタと鳴らしながら春咲は呟いた。
「どうでしょう、鉄枷のことですから、いらぬ誤解を受けて蹴りの一つや二つもらっててもおかしくありませんね」
と、そんな鉄枷の様子を想像してか微笑しながら答える佐野。
支部内はお世辞でも良い空気とは言えず、どこかピリピリとした空気が張りつめていた。そのため先程からこのように喋っては黙りの繰り返しである。
佐野はちらりと湖后腹へ視線を向ける。湖后腹は部屋の隅でつっぷしていた。
湖后腹の様子は明らかに落ち込んでいるといったものであり、佐野はその理由を知っている。
「………まだ自分が犯人を取り逃がした事を気に病んでるですか、湖后腹」
「……俺のせいなんだ、俺があの時しっかりと捕まえてれば……!」
湖后腹は悔しそうに拳をギュッと握り締めた。未だに自分が犯人を取り逃がしたことを悔いているのだろう。
無理もない。今までミスを犯したことのない湖后腹が今日になって初めて致命的とも言えるミスを犯してしまったのだから。
そんな様子を見かねて佐野は湖后腹の片にポンと手を掛けた。
「過ぎてしまったことをうじうじ悩んでいても仕方ありませんよ」
優しく語りかける佐野に湖后腹は顔を背けた。
湖后腹はまだ納得出来ない、佐野の言う事ではなく自分の失敗に。
「けど………だけどさ!!」
そこで遮る様に春咲が口を開いた。
「佐野君……位置出たよ」
彼女が言う位置とは先程、春咲に頼んでおいた犯人と共に消えた手錠の行方のことである。
「様子はどんな感じですか?」
「対象数は湖后腹君の報告通り四つ、だけどバラバラじゃなくて一箇所に集中してる……そして動きが見られる」
それを聞いて佐野はおや、と首を捻る。
湖后腹の話によると二人の男に二つずつの手錠をはめたと聞いている。
手首と足首両方を固定された情態で移動するなど普通では考えられないし、そんな情態である四つの手錠が一箇所にまとめられてる事も気になる。
これらの事実から導き出される答えは―――――
「にわかに信じ難いことですが、おそらく手錠は既に外されていて、一人の人間がまとめて持っていると考えるのが妥当ですね」
それを聞いた湖后腹は佐野に喰ってかかる。
「そんな……! あの手錠を外すのには半日は掛かるっていってたじゃないか!! どういうことなんだよ佐野先輩!!」
湖后腹の質問に佐野は答えられなかった。
「それは捕まえて吐かせればいいことです……そんなことよりも春咲さんは私の携帯に現在のターゲットの位置を送信して下さい」
「……わかった」
数秒もしないうちに、佐野の携帯に現在のターゲットの位置が表示される。その場所を確認すると佐野は外に出る準備を始めた。
「湖后腹、貴方がどうするかは聞くまでもありませんね」
「けど、俺……佐野先輩の足を引っ張るかもしれないし」
「何言ってるんですか、学園内の四位と五位が一緒に行動するんです。失敗なんてありえないでしょう」
「そうだな……自分のケツは自分で拭かないとな」
と、返事をして湖后腹は重い腰を上げる。
数分後、二人は準備を終えると入口の前で靴を履きかえていた。
「それではターゲットに動きがあったら逐次連絡して下さい」
「うん……わかった。 じゃあ、いってらっしゃい」
バタン、とドアが閉まる音が聞こえた。ついに春咲は支部内で独りだけになってしまった。
独りっきりの支部内は外から聞こえてくる虫の音色だけがやけに大きく聞こえてくる。
普通の人だったらここで寂しさや悲しみを感じるのだろうか、と春咲はふと思う。
風紀委員一五九支部《ここ》での仕事は嫌いではない。むしろ家なんかにいるよりかは随分とマシ。
家に帰っても待っているのは、まるで不良品を見るかの様な目で見てくる両親と、レベル2の春咲を小馬鹿にするレベル4の姉と妹だけなのだから、
それに比べ一五九支部の面々は皆、春咲を一人の人間として、仲間として扱ってくれる。
一五九支部は家よりも落ち着ける数少ない春咲の居場所になっていた。
――だが、彼らは全員が全員春咲よりもレベルは上なのだ。
もしかしたら、姉や妹の様に心の中では自分の事を馬鹿にしているんじゃいだろうか、と時々春咲は考える。
もしそうだとすると凄く―――――凄く怖かった。
「……やっぱ、独りが落ち着く」
そう独り言を呟き、春咲はまたパソコンの画面に向かう。
言葉とは裏腹に少しの寂しさを感じたような気がしたが、恐らく気のせいだろう。
支部の外は驚く程暗く、少し肌寒さを感じさせる。
舗道に出ると点々と設置されてある街灯に沿って湖后腹と佐野は歩を進めた。
遠くから見た学校は午後八時を過ぎてることもあってかまったく人気を感じさせない。―――――かと思いきや、中等部の体育館辺りでこそこそ動く数人の人影があるのだが、そんな事は二人は気づくはずもない。
ある程度歩いたところで佐野は歩みを止めた。それにつられて湖后腹も立ち止まる。
止まった場所はバスの停留所だった。
このバスは主に学区間を移動するために使われるので学区内の移動には向いてない、もしや、と思い湖后腹は佐野に尋ねた。
「それでターゲットの場所はどこなんですか」
湖后腹の言葉は掻き消されそうなくらい小さく、どこか儚い。
しかし佐野はそんな言葉も聞き逃さずに
「そういえばまだ言ってませんでしたね」
と軽く笑みを見せながら言った。
自分を励ますつもりなのだろうが、いちいち微笑み掛けてくる佐野に湖后腹は何ともいえない気分だった。
責めたければ、責めればいいのだ。実際にヘマをしたのは自分なのだから。
なのに佐野は優しく微笑むばかり、一五九支部に入った時から佐野のそういう何を考えているのかわからないところが湖后腹は苦手だった。
そんな湖后腹の心情を知ってか知らずか佐野は一人で話をすすめる。
「実は結構遠くて、学区をまたぐことになるんですよ」
やっぱりか、とうんざりした表情を見せる湖后腹に佐野は携帯の画面を押しつけてくる。そこには先程春咲に送ってもらったターゲットの現在地が映しだされていた。
「ここって……」
そう、そこは湖后腹も何回か行ったことがある馴染みのある場所だった。
「そうです。ついでとして汚れてしまった服の代わりにそこで何か買ったらどうですか?」
場所は第七学区―――――セブンスミスト。
4
「―――――それで、本当にこれからどうすんスか」
このやりとりは何度目だろうか、と鉄枷は嫌気を感じながらも言った。
実を言うと先程からこの質問を繰り返す度に何故か破輩に胸の話に持っていかれて、一向に話が進んでいないのだ。
「ねえ、妃里嶺。いい加減に真剣に考えた方がいいんじゃないかしら、この事件は今までみたいに簡単に解決出来るものではないと思うし」
破輩を黙らせようと、必死で口を抑え、疲れ果てた厳原にそう促されると破輩もようやく真剣な眼差しに変わる。
「仕方ないわね、冗談はここまでにしておいて真剣に考えようじゃないか」
ようやく破輩が本気で考えてくれる様になってホッとする鉄枷。
「というわけで、まずはお前から考えを言え、鉄枷」
まさかここで自分に話を振られるとは思ってなかった鉄枷は、は? と頭が一瞬真っ白になる。
「おいおい鉄枷くん、まさか人に聞こうとしてるだけで自分は何も考えてない、なんてことはないよなーー?」
「ももも、勿論ですよ先輩。ぶっちゃけめっちゃ考えてます!」
じゃあ言え、と破輩に促され、鉄枷は渋々と口を開く。
「まず、今まで監視カメラが設置されてなかった所に設置して、学校内のパトロールを強化していく感じでどうスか」
「……そんな程度で抑え込むことが出来ると思っているのか」
まるで刃物の様に鋭い破輩の視線がギロリと鉄枷へと向く。
「あ……いえ、どうなんスかね」
「一言で言って駄目駄目だ」
その言葉がグサリと鉄枷の胸を貫いた。
いくら付け焼き刃で考えた案だとしてもこう簡単に一蹴されると流石に悲しくなる。
しかしそういうことをキッパリと言えるところが伊達に風紀委員のリーダーを務めてる訳ではないことを鉄枷は再確認した。
「まず、監視カメラの数を増やすというのは無駄だな」
それを聞いた厳原は、
「あら、私は良いと思ったけどどうしてなの?」
とメガネを傾けて質問する。
まさかここで厳原から助け船を出されるとは思ってはいなかったのか、鉄枷は少し気が楽になった。
「いくら監視カメラを多く設置した所で必ず“穴”が生ずるだろ?」
「確かに、流石にトイレとかには設置できないものね」
破輩の言うことはもっともなことであった。
「それに、この一ヵ月間で三台の監視カメラが破壊されてることは知ってるよな」
「外部には損傷はなく、何か故障を引き起こす様な特殊な電波によっての破壊だったらしいから発電系能力者のいたずらとして扱われている事件ね」
「しかもその犯人もぶっちゃけまだ捕まってないということは……」
何かを察した鉄枷にそうだ、と言わんばかりに破輩は大きく頷く。
「そう、この二つの事件は何か関係性があるかもしれないということ」
もしそうだとしたら、いくら監視カメラをあちこちに設置したところで壊されてしまっては無駄に被害を大きくするだけである。
鉄枷と厳原はその事を理解した。
「なるほど、じゃあなんで俺達での校内のパトロールの強化は駄目なんスか?」
その質問には破輩ではなく、厳原が答えた。
「まぁ、駄目というよりかは私達風紀委員の人数と学校の敷地面積が釣り合ってないといった所かしら、ね、妃里嶺?」
「そういうこと、まったく、厳原は察しが良くて助かるよ、どっかの誰かさんとは大違いでー」
破輩の鋭い視線を感じつつ、鉄枷は確かにそうだと今さらになって気づく。
一五九支部の人員はおよそ一〇人程度、それに引き返え風輪学園は広く、とても一〇人では見回りきることは出来そうにない。
「しっかし、そうなるとどうしようもないんじゃないすか?」
その二点を踏まえた上で鉄枷が出した結論は要するに手詰りといった所である。
「確かに“うちら”だけじゃ、正直人手不足で厳しいなー」
(“うちら”……?)
破輩のどこか思わせぶりな言動に引っかかった。
確かに人手が足りない現状では周りに頼る他ないが、誰に頼るというんだろうか。
「あっ! もしかして、他の風紀委員にも手伝ってもらうとかっスかー?」
「違う、自分達の学校内のいざこざに他の支部を巻きこんでどうするんだ」
「ですよね……」
これで否定されるのは何度目だろうか、と片を落とす鉄枷を尻目に破輩は続ける。
「ま、力を借りるという発想はあながち間違いではないんだがな」
「マジすか!!」
「ああ、マジだ」
そこで厳原が破輩に問い掛けた。
「他の風紀委員ではないというなら一体どこの組織の力を借りるのかしら? 流石に警備員は大袈裟過ぎやしない?」
「ふふーん、いつ私が組織の力を借りるなんて言った? 警備員なんて論外よ」
他の支部の風紀委員でもなければ警備員でもない、そもそも組織ではないときたもんだから鉄枷は更に混乱した。
「ギブアップっス、もったいぶらず教えて下さいよ先輩」
「仕方ないな、簡単に言ってしまえば風輪学園の生徒の力を借りるといったところかな」
鉄枷の率直な感想はありえない、といったところだった。
そもそも自分達風紀委員が何の為に学校内の治安維持をしてるのか、生徒達が快適な学校生活を送る為ではなかったのか。
それなのに当の生徒達に危険が及ぶかもしれない風紀委員の仕事を手伝ってもらうなんてやはり出来ない。
そんな鉄枷の様子を察した破輩は睨みつけながら言う。
「……何か言いたそうな顔をしているな」
「俺は……」
「まだ続きがある、それを聞いた後にしな」
(振っといて、聞かないのかよ!)
「んで、力を借りるといっても勿論全校生徒って訳じゃない」
その言葉で鉄枷は安心するも、また疑問が湧く。
破輩が|無闇矢鱈《むやみやたら》に生徒に手伝わさせる訳ではないのはいいとする。
しかし、よくよく考えてみると破輩という人物は風紀委員の仕事を人一倍重んじていて、一般人にそう易々と手伝わせはしない。
つまり、そんな破輩が力を借りると言ったからには、よほどの者達なのだろう。
そんな人物がこの学園内にいるのだろうか。
「それで、わたしが手伝ってもらおうと考えてるのは学園内のレベル4全員だ」
|大能力者《レベル4》、学園都市全体で見るとその数はあまり多くない稀少な能力者達だ。
風輪学園から見ても、約千人もの生徒の内のたった一六人と、かなりの稀少さであった。そんな一六人の力を借りようというのだからこれほど力強いものはない。
「レベル4ってことは……一位から一六位までっスよね」
単純に考えれば、人手が一六人分増えると思うかもしれないが実際はそういう訳でもない。
何故ならその中の二位破輩妃里嶺、四位
佐野馬波、五位
湖后腹真申、一四位厳原記立、は既に風紀委員に所属しているのだ。
「大丈夫なんスか? レベル4の連中の全員が全員、協力してくれるとは限らないし、仮に手伝ってくれるとしたってまだ人手不足だと思うんスけど」
確かに、人手が一二人分も増えれば現状の倍以上に仕事の効率は良くなるが、それでも学校全体を見回るにはまだまだ及ばない。
それにレベル4の連中はかなり気まぐれで身勝手な奴が多く、去年の大覇星祭もレベル4の半数が競技に参加しなかった為、風輪学園の結果は散々なもので終わったことは鉄枷自身よく理解していることである。
そんな奴らに応援を頼んだところで素直に首を縦に振ってくれるかどうかは怪しいところであった。
「まったくー、まだまだ考えが甘いなーー鉄枷くん」
いい質問をしてくれた、と言わんばかりにどこか上機嫌な破輩。
「ズバリ言うとレベル4の力を借りるのは、ただ単純に人手を増やす訳じゃあないんだなーー、これが」
「と、言いますと?」
「つまりは“学園内のレベル4全員が動いている”という事実だけで不良共への足枷になりうるってわけ」
そこで鉄枷はようやく破輩妃里嶺の言いたい事を理解した。
「なるほど……流石にレベル4軍団が相手となると奴等も動きずらくなるってことっスカ」
「そういうこと、それにわたしは他のレベル4の連中の扱い方も心得てるわ―――――……ただ一人を除いてね」
(……?)
最後の辺りで破輩の表情が雲った様な気もしたが、気のせいだろう。
「二位にして風紀委員のリーダーなだけはあるいい考えね、私はそれでいいと思けど鉄枷君はどう思う?」
今まで黙って聞いていた厳原に異論はなかった。
「え? 俺スカ? 俺も普通にいいと思いますけど……」
そこまで聞くと破輩は場を取り仕切る様にまとめた。
「よーし、これで決まりだな」
これで佐野に頼まれた事はやり終えたので、肩の荷が降り幾分かは気が楽になった鉄枷。
「明日は土曜日で非番の者もいるだろうが、一五九支部の奴等は全員集まる様伝えてくれ」
「り、了解です」
(明日は非番だったのに……)
せっかくの休みが潰れてがっくしする鉄枷はふと、思った。
「明日集まってどうすんスか? 今ここで決めた事を他の奴等に伝えるだけならメールとかで伝えればいいだけだと思うんスけど」
「いやなに、この計画には他のレベル4の連中との連携が重要視されるからな。 明日はこれからどう動いてくかをそいつらと一緒に考えていく為の会議を行うというわけだ」
はあ、と言葉では返す鉄枷だが正直なところあまり気乗りはしなかった。
(レベル4の奴らがこのことに対してマジになるとは思えないんだよなぁ……)
鉄枷は一五九支部以外のレベル4には会ったこともなければ話したこともないが、周囲から聞こえてくる噂はどれも良いものではない。
偏見なのかもしれないが、鉄枷はそんな簡単には信じれない。
「……わかりました、じゃあ明日の事は俺から皆に伝えときます」
鉄枷はそう言って立ち上がると、破輩と厳原にペコリと頭を下げ、玄関へと向かった。
「おーう、よろしくなー」
「鉄枷君、ちゃんと右のほっぺ冷やしときなよー」
厳原に指摘され鉄枷は照れ臭そうに右頬に手を掛ける。
瞬間、ズキン!と痛みが走った。
これは冗談ではなく本気で冷やしたほうがよさそうだと、心の片隅で思いながら鉄枷は部屋を後にした。
鉄枷が出ていくのを見送ると破輩は大きく伸びをしながら言う。
「さて、と 私もレベル4の連中等に連絡を送っとかないとね」
5
春咲は不意に鳴りだした携帯を取り出すと、よく知る人物の名前が映しだされていた。
なにかあったのだろうか、と鳴り響く携帯の発信ボタンを押す春咲。
はいもしもし、という第一声を放つ前に電話のむこうの声に先を越された。
『あ、繋がった!! もしもし春咲先輩っスか!?』
「……そんなに大きな声で言わなくても聞こえるから、鉄枷君」
春咲はいきなりの大声に携帯から耳を五センチ程遠ざける。
『すいません……それで佐野達は今どうしてます?』
「佐野君達はついさっき出掛けてったよ」
『てことは……手錠の居場所がわかったってことっスカ!?』
「うん」
あっさりと答える春咲に鉄枷は少し興奮した口調で続ける
『流石っスね! いやー、そっちも順調そうでなにより』
「“そっちも”……ということは鉄枷君の方もうまくいったんだね」
はい!! と一々大きな声で返す鉄枷。
そんな鉄枷に春咲は弱冠呆れていた。
何故、この男はこんなにも元気なのだろう。
ついさっき湖后腹の話を聞いて、取り乱していたことなんてまるでなかったかのようだ。
春咲はそんな鉄枷に呆れる反面、口元は少し笑っていることに気づく。
今まで誰かと話していて楽しいなんて思ったことはなかった春咲だが、今は何か楽しい。
相手の言うことなんてどうせ裏があるのだろうなどと考えてまともに会話もしなかった頃と比べると、考えられないことだ。
「それで……破輩先輩はなんていってたの?」
春咲はそんな気持ちを鉄枷に悟られない様に、いつものペースを崩さず喋る。
『ああ、はい、そのことなんですけどね』
それから鉄枷は春咲にありのままを伝えた。勿論、最初にあったごたごたを除いてだが。
『―――――と、いうことで明日、風紀委員は全員集合しろとのことです』
「明日って……わたし非番なんだけど…」
『俺もっすよ……』
『………』
「………」
『「はぁ………」』
数秒の沈黙の後、二人は電話ごしに溜め息をつく。
しかし破輩の言うことなら、逆らう訳にもいかないし、この問題は学園全体の問題でもあるので非番がーー、なんて言ってはいられないだろう。
『ではそういう訳なんで、これで切りますね』
「………鉄枷君はこのあとどうするの?」
『そっすねーー 俺はもう色んなところがボロボロなんでさっさと寮に帰って休みたいところなんス』
そこまで聞くと、春咲は少し寂しさを感じた。
もし鉄枷が帰ってしまうんだとしたら、佐野達が戻ってくるまで春咲は独りぼっちだ。
独りの方が落ち着くというのに何故かそれだけは避けたいと、本能が訴えかけてくるかのようだった。
鉄枷の言葉はまだ続いていた。
「―――――が、春咲先輩のようにか弱い女性をこんな時間に支部内に独りっきりにするのは危ないっスから、今からそっちに戻りますよ」
我ながらクサい事を言ったもんだ、と鉄枷は自負しつつも、半分は冗談であったので軽く流してくれるだろうと思った。
しかし春咲のリアクションは皆無。
『あ、あのーーー 春咲先輩?』
(くー! 何か言ってくれよ! これじゃ、ただの痛い人みたいじゃねーか、俺!)
その数秒後
『………バカ』
それだけ言って春咲は電話を切った。
「もしもーし! 春咲先輩ーー!? もしもーし!」
いくら呼びかけても携帯から聞こえてくるのはツーーツーーツーー、といった電子音のみ。
もしかして怒らせてしまったのだろうか、と鉄枷は思う。
「ま、とりあえず戻るとしますか」
(………佐野達がまだ頑張ってるっつーのに俺だけ帰るわけにいかないしな)
鉄枷はまた風輪学園の方面へと歩きだす。この時、鉄枷はまだ気づいていなかった。
――――後をつけてくる一つの人影に。
「風紀委員一五九支部所属、鉄枷束縛…か、悪いが潰されてもらうぜ………」
最終更新:2012年07月23日 20:55