第6章前半 前哨戦 a preliminary skirmish
完全に計算外。
巻き上がる砂埃と鳴り響く銃声の中、スキルアウトの一人野洲歌留多(やすかるた)は身体を長椅子の裏に隠し降り注ぐ銃から身を守りながら、
的確な思考判断を下せなくなっていた頭でそう結論付けた。
それは彼らの送り込んだスパイが殺されてしまったことや、戦闘の準備が完全に出来ていない事も計算外と言えばそうだが
今現在彼が“計算外”と思っている事柄はそのいずれでもなく、
それは広いホールの中一面を覆い尽くし、床を削り取り、大の男十数人を蹂躙するような弾幕を放っているのが、
たった一人の襲撃者によるものだという事についてである。
ドガガガッガガッガガガドドガッガガ!!!!!!
重機関銃はただただ無感情に弾を放ち続ける。
砂埃が舞い上がり床は剥がれ、部屋にあった物は何度も打ち砕かれ原型を留めない。
さっきまで息をしていた人間が、次第に部屋の中でピンク色のドロドロした肉に成り果てていく。
もはや生き物の反応があるかどうかも疑わしいような変わり果てた部屋の中、
襲撃者はそれでも銃弾を放つ事を止めない。
そんな地獄絵図の中で未だ生存している野洲は、少しでも長く生きる為に物陰に身を隠し反撃の時が来るのを待ち続ける。
しかし弾幕が止まる気配は微塵も感じられなかった。
(ち、くしょう。一体どうなってやがんだ!!!!)
野洲は物陰から首だけを動かし恐る恐る襲撃者の様子を観察する。
その襲撃者はガスマスクをかぶっていた。
上から暖色系のボンボンのついた帽子を被っていた。
自分よりも一回りも二回りも小さく、一発殴ればのびてしまうのではないかと思う程の体の華奢さ、それに似つかわしくない重厚で大雑把な重機関銃。
彼が思っていたのと全く違うその姿に、彼は驚きを隠せなかった。
(“緩衝流体《ゲルグリップ》”で衝撃を緩和してんな。それか超音波伸縮性の軍用テーピングでもして身体ぁ補強してるか。じゃねぇとあんなもん俺らでもまともに扱えやしねぇよ!!!!)
野洲が少し足りない頭でそう分析している間も弾は少しづつ彼の命綱を削り取っていく。
もはや彼を守る長椅子は原型を留めず、今にも彼の背後で崩れようとしている。
『・・・』
襲撃者こと安田は崩れゆく物陰から彼の身体を確認すると、銃弾を放ちながら彼の命を奪い去る為に照準を彼に向けようとしている。
「くそったれが!!」
野洲はなりふりかまず思い切り横に飛び込む。銃弾は彼が先程いた場所を粉々にし、土とコンクリートを巻き上げながら、
それでもなお彼の足を貫き、勢いよく右足を弾き飛ばす。
「があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
野洲の激痛に顔を歪め、絶叫する。
ただただ悲痛に苦悶の表情を浮かべ、頬を血と涙と土埃で汚しながら、それでもなお生きる為に身体をがむしゃらに引きずりながら残った物陰に身を潜めた。
彼は一呼吸すると、一旦落ち着いて辺りを見渡す。
部屋の中は硝煙と死臭でいっぱいになり、そこらじゅうに同朋の血が飛び散っていた。
ほんの数十分前まで談笑していた、馬鹿だが気のいい連中は今やもう見る影もない。
彼の内側でふつふつと怒りがこれ以上ない位に湧いてくるのを感じた。
身に覚えのないのに突然襲われる事の理不尽さに、実力の違いに、そして仲間が無慈悲に殺された事に。
(少しでも長く生きる。あわよくば奴に一矢報いる。これ以上てめぇらの玩具にされて、たまるかってんだよ!!!!)
生き残る望みが薄くなっている事を肌と直感で感じ取った彼は、今ようやく目の前の敵を潰す事に死力を尽くすと心に決めた。
目に生気が宿り、銃を持つ手に力が入る。肺に空気が入り込み、頭は普段よりもずっと冷静だった。先程までやかましかった銃の音も今はもう気にならない。
明らかに劣勢であることは分かっているのに、何故か背を向けるという考えが浮かばない。
“死”というものをこれまで以上に意識しながら、再び反撃の時を地道に伺う。
鼓膜が叩きつけられるような激しい音と、時折薬莢がぶつかり合い鈴のような音が延々とこだまする。
彼がいる場所が分かっている安田は、彼がいるところに向かって集中的に銃弾をまき散らす。重機関銃は部屋の障害物をじりじりと削り取っていく。
先程と全く変わらない消耗戦に歯噛みしながら、野洲は銃を握りしめるしかなかった。
やがて部屋のものはあらかた崩れ落ち、彼の身体も次第に露わになっていく。
(止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ~~~~~~~ッ!!!!!!!!!!!!!!!)
彼の必死の祈りも空しく、銃口は今にも彼の身体に照準を合わせ――――――
ガキンッ!!ガッ、ガキッ!!!!
という音が部屋中に響き渡った。
その音はまさしく野洲が待ち望んだ瞬間を知らせるものではあったが、彼は突然の事過ぎて一瞬思考が追い付かないでいた。
その一方で襲撃者安田はガスマスクの裏で焦りの表情を浮かべる。
弾切れ。
野洲はその事実に気が付くと、今はない右足を引きずりながら、物陰から身を乗り出し銃を構えると、
「死ねやあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
と渾身の力を指先に込めて、襲撃者のいた方に銃口を向け、引き金を引く。
放たれた銃弾はまっすぐ、亜音速で、放った方向へと飛んでいき、
誰にも当たることのないまま、壁にぶつかりはじけた。
「・・・・は?」
野洲は確かに襲撃者のいた方向へ正確に銃を放った。思考が追い付く為に少し時間はたったものの、本来なら襲撃者の脳天を正確に貫き、辛くも勝利していた、
はずだった。しかし現実はそうはならなかった。
そこには襲撃者の姿はなく、彼をさんざん苦しめていた重機関銃も影も形もなく消え去っていた。
まるで最初から無かったかのように忽然と姿を消した、そのあまりに突然の出来事に野洲は今度こそ思考を停止した。情報が一気に頭の中を駆け巡り、まともな判断能力が一時的ではあるが確実に喪失する。
そしてその少しの思考の空白が、
彼の足もとに投げられた擲弾に気づき、対処する時間を奪い去った。
ドンッ!!!!!!!!!!
という地響きにも似た音が研究所内に響き渡る。
襲撃者、こと安田は手元の重機関銃に弾を装填すると、一つずつ分解していき、
彼女の能力で機関銃のパーツを転送していく。
『・・・あぶなかった』
彼女はガスマスクの裏の額に冷や汗が流れる。
重機関銃を操り大男達を蹂躙していても、中身は所詮ただの女の子。
戦闘では恐怖する時もあれば、足がすくむ時もある。
たった今も、後少し逃げるタイミングが遅れれば殺されていたのは彼女の方であった。
その“最悪の
パターン”を想像すると、背中に嫌な薄ら寒さを感じる。
心を落ち着けるように二、三回大きく息をすると、
『・・・ふぅ、向こうはもう片づいている頃?』
そういうと銃声の聞こえる方へ駆けていった。
研究所全体の空気が戦闘一色に染まり始めた頃、スキルアウトの6人は地下の第二実験室にいた。
地下の研究室の中はしっかりと換気がされていないのか汗と呼吸で嫌な空気でいっぱいだったが、それが全く気にならない程彼らの間には緊迫した雰囲気が漂っていた。
ある者は殺気立つ心を抑えながら、またある者は震える身体を見られまいとひた隠しにしながら、全員が武装して待機し第二研究室の出入り口を注視している。
その内その中の一人の女性は、
「・・・来るなら来い、そのドテッ腹に鉛ブチ込んでやる。こっちには武装した人間が6人もいるんだ負ける要素が見当たらない」
と呟く、しかし声に力強さがない。そうやって何かを口にしていなければプレッシャーに心を潰されそうだったからだ。
周りの者もその気持ちが理解できるのか、返事をする者はいなかったが、声を出す彼女を咎めようとする者もいなかった。
すると、
コツ、コツ、コツ。
と靴が地面を鳴らす音が聞こえた。
連中は皆その音に耳を澄ませ、その手に自然と力を籠める。
その足音はどんどん大きくなり、明らかにこちらに向かっている事が分かった。
コツ、コツ、コツ、コツ、コツッ、コツッ、コツッ。
緊迫感が一気に高まり、逃げ出したい気持ちがドッと押し寄せる。
殺人鬼はゆっくりと出入り口の前に姿を現すと、上半身を部屋の方に向けて中を覗き込む。
顔は隠れて見えないが、目を凝らしてよく観察しているのが分かった。
そして、
「みぃーつけた♪」
と、ホッケーマスクをつけた殺人鬼はマスクの裏で満面の笑みを浮かべる。
殺人鬼はおもむろに背中からするすると自分の得物を取り出す。
それは刃渡りが目測80センチは超えるだろう婉曲した刃物であった。
刃物は研究室の外、回廊からの微かな光を浴びて鈍く光る。それと同時に刃先から赤い液体が垂れている事が分かる。
殺人鬼は飄々とした様子で一歩ずつ彼らに近づいていく。
「あ、あああ、あ。あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
六人の内彼と一番距離が近いスキルアウトは、恐怖に耐えきれずに、
ガトリングのトリガーを引く。
それに呼応するかのように残りのメンバーも次々と銃弾を放つ。
数えきれないほどの弾は殺人鬼の方へ一直線に向っていき、彼の身体に無数の穴を開ける。
彼の身体中から血が噴き出す。普通の人間では致死量に達するほどの量。
しかしそんな普通の人間であるならそもそも無能力者狩りという殺し合いの場で丸腰で敵に挑みはしないであろう。
つまり、彼は丸腰で敵を殲滅し得る程の実力を体に有しており、彼は至って普通ではないという事だ。
ガトリングで体を撃ち抜かれながらも、彼は倒れない。
撃たれた衝撃で仰け反った身体をゆっくりと起こし、至る所から血を吹き出しながらスキルアウトを睨む。
「いったいわぁ」
というと同時に家政夫は足に力を入れて大きく踏み込む。
轟ッ!!!!!と家政夫は一番近くのスキルアウトに一瞬で距離を詰めると、
手にしていた大きなククリを振り回し、男に思い切り叩きつける。
男は左肩から右の横っ腹にかけて一刀両断されると、悲鳴を上げる間もないまま二等分され絶命する。
彼らが少しひるみ、銃弾を放つのをためらっている隙を突き、
家政夫は身体を大きく捻り、その勢いで彼の背後で銃弾を装填していた女の耳の裏辺りを目がけて、
腰に差してあった軍用ナイフを突き立てる。
そして更に身体全体を回転させ、そのまま女を地面に力一杯叩きつけた。
ドンッ!!という音とともに女は床に衝突し、跳ね上がる。首の後ろの方から血飛沫をまき散らしながら。
まさに一瞬の出来事。
脳幹をナイフで正確に寸断され、同時に首の骨を折られた女は、家政夫の足もとで二、三回大きく痙攣するとそれからはもう動かなくなった。
身体中を撃ち抜かれてできたであろう傷跡はなかったかのように消え去っており、彼のシャツは自分のものか殺した者のか分からない血で更に真っ赤になっていた。
家政夫はククリについた血を乱暴に振り飛ばすと、
「んん~?もう戦意喪失かいな??今回はなんやえらいチョロイのぉホンマ」
「ふ、ざけんなよ。テメェ・・・ッ!!!」
残りのスキルアウトは暗闇の中で一斉に銃を構え直し、臨戦態勢に入る。
しかし家政夫はそんな彼らとは打って変わって余裕をチラつかせながら、
「無駄無駄♪そんな玩具でワイは殺せへんでぇ~。いいから死んどけって、ワイがゆぅ~っくりじわじわぁ~っと地獄に送ったるさかい♥」
と言っておどける。
しかし彼らのうちの一人は顔を下品ににやつかせる。
「・・・それはどうだろうなぁ?」
その返答に家政夫が疑問を持つ前に、
彼が不敵な笑みを見せる理由は稼働し始める。
部屋の明かりが突然強く光を放ち、暗い景色に慣れた家政夫の目は一時的に視界を奪われる。
彼らがわざわざ地下の第二研究室で身を隠しているのには、三つの理由があった。
一つ目は研究室は緊急の為の非常用の電気が通るから。
これは実験の最中に万一の事があり電気が行き届かなくなった場合、実験に支障をきたさない為の措置らしいが、彼らが知る由もない。
二つ目、また第二実験室は第一実験室に比べて障害物として使えそうな捨てられたままの大型の研究器具が多かったから。
そして三つ目、彼らがそこを選んだ最大の理由。
それは――――――
キィィィィィィィィィィィィイインッ!!!!!!!
という超音波に近いような音が研究室内に響き渡る。
音は部屋の中で反響し、延々と流れる。
ただそれだけであった、しかし彼らの表情は先程とは異なり少しのしたり顔を浮かべている。彼らはその音波を聞いていても変化など依然として見受けられなかった。
それに対して家政夫の身体には明確に異変が生じていた。
彼の額に嫌な冷や汗が流れる。足がおぼつかなくなり、急に頭を押さえて呻きだす。
頭の中でガンガンと音が反響し、思うように集中できない。上手く演算ができない。
家政夫は目と頭の痛みを堪えて辺りを見渡す。
そこには巨大なスピーカーと、
壁には音を反射し、データを入力する事で表面の凹凸を変え部屋の特定の位置で音を共鳴させるための特殊シートが部屋の壁一面に張り付けられていた。
家政夫は床に突っ伏し、肩を震わせ悶絶する。マスクの裏では苦悶の表情が露わになっていた。
「こ、れっは。もしや、ッ!?」
「そのもしやだよ、殺人鬼ちゃん?」
スキルアウトの内の一人の女性が膝を抱えるように座り、家政夫と目線の高さを合わせる。
女の眼は能力者を出し抜いた事による優越感と仲間を殺した人間に向けられる憎しみが混在していた。
「キャパシティダウン。殺人鬼ちゃんも名前位は知ってるよね?」
そういって女は首を傾げる。一見可愛らしくおどけている様に見えるが目が全く笑っていない。
「さぁてねぇ。聞いた事あるような、ないような。お兄ちゃんあんま難しい言葉は知らへんわぁ」
と、苦し紛れで冗談を吐くが、声に先程の余裕など消え去っている。
勿論家政夫がそんなメジャーな対能力者用の機械を知らないはず等なく、むしろ熟知していると言っていい程であった。
なのに彼がのこのこと罠に掛かったのは明らかに油断や慢心によるもので、
彼らを必要以上に舐めていた当然の報いだった。
「第二研究室は元々能力者の身体をいじくる際に用いられた場所。暴走した能力者を抑える為にキャパシティダウンがあるのは当然だよね♪もしかして考え付かなかったのかな?それとも油断してたとか?」
スキルアウトの女の後ろに銃を持った男達三人が、銃口を家政夫に向けたまま突っ立っている。
「絶体絶命ってやつだね」
と、スキルアウトの女は乾いた微笑みを家政夫に向ける。
家政夫は腕で何とか身体を持ち上げたまま、女の方へ視線を向けると
「・・・ッ!!・・・アホか。ワイが、お前等みたいなダボハゼに殺られる訳あらへんわ」
そう言うとほぼ同時に、男の内の一人による蹴り上げで家政夫の身体が少し宙を浮く。
腹に激痛が走り、喉の奥の方から鉄臭い液体が込みあがる。
「ゴボッ!!がはッガハッげボっ!!?」
「強がりも大概にした方がいいよ?今は私たちの方が優位なんだから。取り敢えず私の靴の裏でも舐めながら懺悔するのが賢い選択だと思うよ?殺人鬼ちゃん」
「自分で舐めとけや糞ガキ」
もう一発蹴りが横っ腹に突き刺さる。床をごろごろと転げまわり、今度こそ赤い液体が口から溢れだす。
意識が痛みで朦朧とし、身体はガクガクと震えだす。
しかし彼は何故か許しを請わない。
彼は元々こう言った事態では真っ先に許しを請い、時には仲間すら平気で裏切る冷血漢である。
今回も本来ならばスキルアウトの女の靴を舐め回してでも許しを請い、スキルアウト側に寝返るはずであった。
それが何故今に限ってこれ程までに反抗しているのか、その時スキルアウトの面々は知る由もなかった。
「じゃあしょうがないよね。悪いけど楽に逝かせないよ?」
女がそう言って手を軽く振りかざすと、男たちはそれに合わせて引き金に力を込める。
家政夫はそれでも態度を改めず、痛みを堪えようと小鹿の様に震えている。
口から溢れるように血が流れる。どうやら胃が破れたらしく、家政夫は腹のあたりに尋常でない痛みと熱を感じた。
男たちは徐々に指にかける力を大きくしていき、もうあと少し指に力を加えれば発砲する。
「じゃあね殺人鬼ちゃん。永遠にお休み♪」
引き金は完全に引かれ、発砲音が部屋中に鳴り響き、
家政夫の身体に風穴が―――――
開く事はなかった。
そして代わりに、風穴は正確に男の一人の銃を持つ手を弾き飛ばし、ほぼ同時に彼のこめかみを貫いていた。
「何だ!?」
男二人は部屋の中を見渡す、しかし人の気配は少しも感じられない。
物音ひとつ立たず、部屋の中の静けさが不安を煽る。
「確認して来て」
女がそういうと男たちは腰に差していた拳銃を片手に持ち、もう一方の銃を常に家政夫に向けたまま部屋の中を散策し始める。
第二研究室は第一研究室に比べて研究資材や器具がそのままになっており、それが彼らが身を守り、応戦するのに優位に働いていた訳だが
今はそれとは全く逆で、敵を隠し捜索を妨げる障害物でしかなかった。
「クソッ、邪魔だぁ!!」
痺れを切らした男の内の一人が足で資材を蹴り退ける。しかし資材は雪崩のように崩れ落ち、捜索をさらに難しくする。
それがさらに男の苛立ちを助長する。という負の連鎖が生じていた。
男は目尻をひくつかせ、明確な怒りを露わにする。
「おい!!そっちはどうなってんだぁ!?」
男は探索をしながら声を荒げてもう一人の男に確認を取る。
しかし、もう一人の男からは返事は返って来ず、代わりに何かが倒れこむ音が返ってきた。
男は不審に思い音がした方に向く。そこには正確に頸動脈を切られて血だまりを作っている味方の姿があった。
その時男の頭の中で何かがブチ切れる音がした。
音もなくいつの間にか殺されていた味方の様子を見て、男はもう正確な思考判断は取れなくなっていた。
とにかく殺す。彼の頭にあるのはもはやそれだけ。
憤慨し、頭に血が上り、獣のように荒々しく我武者羅に銃を乱射し続ける。
「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
首を振り回すように動かし視界が目まぐるしく変わる。仲間を殺された怒りで我を忘れてしまっている。
部屋中に銃弾は飛び、研究資料は舞い上がり、一機何百万はくだらない高価な研究器具も歪に形を変える。
女は身を低くして身を守りながら、
「落ち着いて!!武田、落ち着きなさい!!!!」
武田と呼ばれたその男は女の声など耳にも入らず、構わずトリガーを引き続ける。
「クソッたれがああああああああああああああああああああ!!!!死ね!死ね!!死ねえええええええええええええええええ!!!!!!」
怒りが最高潮に達し、脳が沸騰するような感覚に陥られながら、
武田はその指に更に力を入れ、そして。
突然音もなく倒れこんだ。
即死だった。
彼は床にうつ伏せになり、眉間の辺りから真っ赤な血が溢れ出ている。
何が起こったのかすら上手く把握できないまま、味方のいなくなった女は明らかな動揺をみせる。
「え、は?嘘、一体何が??!」
部屋の出入り口の方から、家政夫とは別の声が聞こえてくる。
「・・・頭痛ぇから正確に狙えなかった。よぉ、いつにも増して無様な格好だなオイ」
「ゴ、ゴホッ!!ッハァ、ハァ・・・ホンマ堪忍やで♪てか暫く見てたんならもう少しはよ助けてほしかったなぁ?」
と家政夫は口から血を吐きながら調子のいい声でそう言った。
男は黒のフード付きのパーカに黒のサングラス、顔はバンダナで隠しているため見えないが、家政夫の味方で、スキルアウトの女の敵であることは容易に見て取れる。
黒ずくめの男、
毒島拳は片手に銃を持ち、それを女に向け、もう片方の手で頭を押さえている。
どうやら家政夫程の能力者では無いが、彼もまた能力を持っているようだ。
じりじりと毒島が近づく一方で女は少しづつ家政夫から離れ、逃げる為に別の出入り口に近づいていく。
普通なら今戦闘をすれば分が悪いのは能力者達の方だと女は理解していたが、何故か戦闘に持ちこもうとはしなかった。
それは新しく現れた敵、毒島が能力主体の戦闘方法ではないと読んだためだ。
キャパシティダウンの影響を受けているにも関わらず、あれ程の精密さで射撃できる技術に自分が太刀打ちできるなど思えなかった。
身体中から汗が溢れる、女はこの場を切り抜けるために思考を巡らす。
「絶体絶命ってやつやな♪」
家政夫はマスクの穴という穴から血を垂らしながら、どこか明るい声色で、聞き覚えのある言葉を返した。
(今すぐブチ殺したい位ウザいわあのホッケーマスク・・・でもしょうがない、ここは一旦逃げるしかない、か。)
毒島と一定の距離を開けながら、彼女は毒島たちに気づかれないようにデニムの後ろのポケットから薄い板のようなものを取り出す。
それは研究所内の操作を管理するコントローラであった。
研究所にはもちろん管制室なるものが存在し、緊急時に一時的に使われる電力や所内の避難経路の管理、能力者の脱走を防ぐための障壁の操作までできるが、
それだと緊急時の際に不便であるという事からここにいた研究者達一人ずつに渡されていたものらしい。
もっともそのコントローラでも出来ない操作もあり、そういった操作は直接管制室で行わなければならないようだが。
それでもこのコントローラは上手く利用すれば“研究所という環境全体を操る道具”として十分な効果を発揮する事ができる。
そして彼女は今まさにそれを実行しようとしていた。
(電力が十分に行き届いてないから障壁は使えない。ここに閉じ込める事は不可能)
(それならこれはどうだ――――――)
女はコントローラを見ないで感覚で操作していく、そして。
ブツンッ!!という音と共に毒島たちの視界が一気に真っ黒になる。
それと同時にキャパシティダウンの、あの超音波のような不快な音も消えた。
「くッ!!」
毒島は一寸先も分からない場所で、女に向けて銃弾を放つ。
しかし当たったような感触はなく、壁に当たって弾ける音だけが響いた。
その少し後に出入り口の方から走って逃げていく足音が聞こえた。
「・・・緊急用の電力を敢えて止めて目くらましにしたか。なかなか頭が回る奴もいるんだな」
銃をホルダーに収めながら、毒島はそう言った。
その少し後ろでもう一つの声が響く、
「まぁおかげ様でワイも再生できてんけどな」
と家政夫は調子よく軽やかなステップを刻んで毒島に近づく。
「寄るんじゃねぇよ負け犬」
「いやん手厳しい♥そんで、追わへんのん??」
家政夫が、追うのはあくまでお前の仕事だと言わんばかりに無責任な口調で言うので、
毒島は顔に少し苛立ちを見せながら、
「焦るな、まだ時間はあるんだ。ゆっくり狩りをさせてもらう」
そして一呼吸おいて、
「狩りはまだまだこれからじゃねぇか」
そういうと、毒島と家政夫は彼女が逃げた方向へ真っ直ぐ向かっていく。
第六章後半へ続く
最終更新:2012年04月12日 11:23