毒島SS番外編  とある風輪の尾行追跡

霧の盗賊とスキルアウトが交戦している時間から遡り、現在午後8時10分。
ちょうど春咲桜が159支部から飛び出して少しした頃。
支部の明かりはまだ点いており、みなそれぞれの作業に勤しんでいた。
支部の中は皆仕事に追われて一杯一杯なのか、いつになく沈黙が続き、
パソコンのキーボードを打つ音と始末書に色々記入する音しかなかった。
そんな空気の中、当支部の支部長を務めあげている女性、破輩妃里嶺(はばら ゆりね)はその沈黙を破る。
「・・・どう思う?」
「どう思うって、ぶっちゃけ何がッすか?」
先程から机の上にある山積みの始末書を処理していた鉄枷束縛は、筆を走らせるのを止めて椅子に体重をドッカリと乗せると、少し疲れた眼で破輩の方へ向く。
すると破輩は意地悪そうに口角を吊り上げながら、
「さぁーて、にゃんでしょうねー。はいじゃあ鉄枷君!十秒以内で解答せよ!!」
ビシィッ!!という効果音がどこかから聞こえてきそうな勢いで鉄枷を指さす。
急に無茶ぶりを受けた鉄枷は、先程の眠たそうな様子はどこに行ったのやらといった様子で慌てふためく。はっきり言って全くと言っていいほど解答は思いつかず、かといって洒落のきいたセリフも吐くアドリブ能力も持ち合わせていない為、しどろもどろになっていた。
もっとも聞いた破輩自身も答えに困る顔が見たくて質問したのだが。
(それでも何とか気の利いた事を言おう、てか言わなきゃまたダメ枷だの何だの言われる!!イジられる!!女性連中の暇つぶしという名の地獄の千本一発芸が始まる!!!!)
そう危惧した彼が悩みぬいて出した渾身の一言。それは、

「今日の先輩の化粧のノリですか!ぶっちゃけいつもより調子が悪いっすねぇハイ!!」

鉄枷の爆弾、いや核爆弾発言に支部の空気は凍りつく、会話を小耳に挟んでいた一厘のキーボードを打つ手が止まり、破輩の眉間に深い縦皺が刻まれる。
その一方で答えを出し終わり、やり切った感溢れる鉄枷の輝かしいほどに清々しい顔は―――






破輩の渾身の回し蹴りによって大きく歪められたのであった。

「・・・と、まぁ冗談はさておき。春咲先輩の事ですよね?」
破輩の強烈なハイキックを食らってピクピクと痙攣する鉄枷を横目に、
159支部唯一の常盤台の生徒、一厘鈴音はいたってまともな返答をする。
「そっ」
破輩は部屋の隅で粗大ゴミみたくなっている男なんて目もくれずに話を続ける。
「最近春咲に似た人物が完全下校時間を過ぎた後でも徘徊しているのを目撃したという連絡が相次いでいる。学校側にも風輪の女生徒が夜中に町をうろついているっていう連絡が警備員の方から来たそうだ。」
破輩は続ける。
「連絡があった容姿も春咲に良く似ている。もしかしたら・・・」
「夜中に出歩いて何か良からぬ事でもしているとかですか?先輩に限ってそんな事はあり得ないと思うんですが」
一厘の表情が少し曇る。春咲を疑っているのか、と言わんばかりの目で破輩の目を見る。
確かににわかには信じられない話であった。
あの口数が少なく、支部で誰よりもか弱く気の小さそうな彼女が夜中まで外で遊んでいる姿など彼らには想像する事すら難しかった。
「私だって信じない、というより信じたくもねぇ。だがこういった話が出ている以上私達は確かめる必要がある。そうじゃないか?」
破輩の少し威圧感のこもった言葉に、一厘は黙って頷く。

もし春咲がそのような事をしていたとしたら、自分はどうしたらいいだろうか?
もしかしたら春咲は自分たちに告げていない、告げられない悩みを抱えているのではないだろうか?
もしそうだったらどうして自分達を頼ってくれないのだろうか?

様々な思いが一厘の頭の中で混ざり合い、かといって答えなど出ない悩みに少し消極的な気持ちになる。
一厘は自分の膝を見るようにうつむくと、小さく唸りながら、
「でももし本当だったとしたら、私達は・・・」
と自信なさげに呟く。
すると今まで頭の上で星を回しながらグロッキー状態だった鉄枷が勢いよく立ち上がり、
「何悩んでんだよ。らしくねぇな」
そして、
「俺等の手で道に戻してあげればいいだけ。ぶっちゃけそうっすよね、破輩先輩?」
と一切迷いのない明るい声で言った。
「・・・そう、だな」
破輩は一呼吸おいて、そっと目を閉じる。
まるでその言葉を待っていたかのように、どこか安心した様子で、
「それが私達“仲間”が出来る一番の正解だな」






そして時間は少し進み、現在午後8時半
夜はすっかりと更け、普通の学生はもう大体帰宅し、町に不良がはびこりだす頃。
夜の街頭はおぼろげに足元を照らす第七学区のとある裏道に、ブツクサ文句を垂れている一人の男、
「・・・それで何故俺が」
第159支部所属の風紀委員、鉄枷束縛はいた。
彼は今破輩と一厘の命により春咲の探索、追跡を行っているところであった。
なんでも、彼女達二人は春咲捜索の為に準備があるという事で別行動をし、
後程合流するというらしい。
しかしやはり風紀委員であっても、この時間帯に一人で裏通りを駆け抜けるのは気が引けるらしく、
延々と文句を並べているのは気を紛らわす為でもあった。
「大体、戦力的に言えば女性陣のどっちかが一人になるべきだってのに。あいつ等・・・」

『えぇ~やだぁユリちゃんこわぁ~い♪』
『女性に一人で夜道を歩かせるとか最低ですよね。そんなんだから永遠に春が来ないんですよ。死ねばいいのに』
『『というわけで、私たちは準備があるから単独行動ヨロシク♪』』

「・・・言いたい放題言いやがってぇえええええ!!てか一厘ヒドくね!?」
思わず拳に力が入る孤高の男鉄枷は春咲を探す為に夜の学園都市を縦横無尽に駆けていく。
しかし春咲の捜索は予想以上に困難なもので、彼が思いつく限りの場所へ向かい探してはみたものの、彼女がいた気配すら見つからなかった。
「しっかし・・・第7学区に狙いを絞ってはみたものの、ぶっちゃけ先輩がこの学区にいるとは限らねぇんだよなぁ。そうなったら完全に無駄足だな」
と呟き、そう考えないように首を振る。
そうだったとしても、彼女の居場所が分からない今は探索をこの学区に集中するのが効率的だと考えたからだ。
もし彼女がこの学区にいたとしても見落とすなんて事態はできるだけ避けたかったのだ。
そうこう考えている内も鉄枷は全速力で学区内を駆けまわる。
走りつかれたのか足が棒のようになり、肺が変に痛む。
それでも彼は足を止めない。捜索を止めない。
次第に顔は汗でベトベトになり、呼吸が乱れ始め、
とうとう鉄枷の頭に諦めという選択肢が出てき始めた頃、

彼は春咲を発見した。

彼女もまた、全力で町を駆けていたのだ。
鉄枷は彼女に気づかれないように、かといって見失わないよう適度な速さで春咲を追跡する。
鉄枷はポケットの中からおもむろにスマートフォンを取り出すと、現在何かの準備中である一厘に電話を掛ける。
「もしもし、先輩見つけたぞ」
『どこ?』
「第七学区の三九号線、木の葉通りだ。今走って追跡中だからまた折り返し連絡する」
『木の葉通り?第七学区で遊ぶなら地下街の方が色々揃ってるのに何でわざわざ?』
「・・・まぁ取り敢えず様子を見た方がよさそうだ」
そういうと一方的に電話を切った。
準備がいつ終わるのか聞きそびれたことに気づくも今はそんな長時間電話しながら走り続ける体力もなかった、といって自分の中で納得した。
そうこうしている内に春咲は木の葉通りの近くにある公園へ向かい、そこにある公衆トイレに入った。
鉄枷は息を切らし肩で呼吸しながらも、向こうに気づかれないように決して呼吸音は出さずに、物影に身を潜める。
(・・・絶対に何かある。先輩は俺らに言えない何かを抱えている)
鉄枷の顔が自然と引き締まる。
そして少しすると、トイレの方から一つの足音が聞こえてくる。
鉄枷はトイレから近くの物陰でその様子を伺う。
しかし、出てきたのは彼のよく知る先輩ではなく、何とも奇妙な格好をした者であった。

上下黒のライダースに暖色系のボンボンが付いた毛糸の帽子。
それでもそのアンバランスさで街中で目立つものだったが、
さらに極め付けだったのが、

その顔はガスマスクで全く見えなかったのだ。

その異様な格好をした者は念入りに辺りを見渡し、誰もいない事を確認する。
あれが自分の先輩であるかどうかは分からないが、明らかに怪しい。
そう思った彼は事前に支部から持ってきた小型の探査機をガスマスクの怪しい者に投げつけると、探査機は音もなくその者の背中に乗った。
ガスマスクの者は彼がいる事も、ましてや超小型探査機が背中についている事も知らずに、
公園を跡にする。

「・・・行ったか」
鉄枷は物陰の後ろから顔を覗かせ、再び怪しい物が出てきた方に注目する。
もう中には人の気配がなく、物音ひとつ聞こえない。
鉄枷は中に人がいない事を確認すると、恐る恐る中を調べ、何か手がかりがないか探し出す。
そして鉄枷は一番奥の個室の扉に手を掛け、ゆっくりと扉を開く。
「これは―――ッ!!」
鉄枷の顔が更に険しくなる。
それは春咲のカバンだった。
個室の床にこじんまりと置かれたそれは彼女が普段支部に持ってくる物と全く同じで、
支部の仲間である彼にはそれが彼女の物であるという事はすぐに分かった。
「やっぱり、あのガスマスク野郎の正体は先輩、だったんだ」
鉄枷はおもむろに床に置いてあったカバンを持ち上げると、
慎重にその中身を確認する―――――







「きゃあああああああああっ!!!!!!!!!!!」
という耳をつんざく声が、中に響き渡る。
鉄枷はあまりに突然の事に身体を強張らせ、おそるおそる後ろを振り返る。
そこには恐らく鉄枷と同年代であろう女子二人が、顔に恐怖を露わにしながらこちらを伺っていた。
「な、なんだお前等。ビックリさせんなよ!」
「なんだはこっちの台詞です!!ここを何処だかわかってるんですか!?」
一体何を言っているんだこの子達は、と言わんばかりに不機嫌な顔をしながら、
鉄枷は今自分がいる場所を確認し、

自分の過ちに絶望した。

「女子トイレで女性の私物を漁って。もう言い逃れしようったって無駄なんですから」
女の子の内の一人はこちらを軽蔑を込めた眼で睨みつける。
もう一人の女の子は恐怖で腰が抜けたのか、力なくその場に座り込みすすり泣いている。
どうやらこのままでは社会的に死ぬ。そう鉄枷の第六感が警告を告げる。
「ちょっ!!待て待て待て待て!!!!お前等勘違いしてるぞ!これは正当な理由があってだな・・・」
理由を説明しようとするも突然の事にしどろもどろになる孤高の男鉄枷、
目が泳ぎ、汗が滝のように溢れる。足は恐怖で微かに震えており、
その姿はまるで必死に言い訳を考えている変態にしか見えなかった。
「てか、君たち何でこんな時間に外出歩いてんのさ!!もう完全下校時刻だぞ!!」
「クラブ活動で遅くなったんです!!というより話を逸らさないで貰えますか!?エリちゃん!警備員に通報して!!」
「う、うん!!」
エリちゃんと呼ばれたその大人しそうな子はその見た目に似合わず目にもとまらぬ超スピードで携帯を操作し警備員に連絡している。
もう一人の活発そうな女の子はこちらを逃がさないようトイレの前で道を塞ぐ。

絶体絶命という言葉が鉄枷の頭の中で浮かび上がり、思うように頭が回らない。
もう少しで警備員が来る、そう思うと頭が更にパニックになり、泣きそうになる。
そして、
「ああもう、先輩を探してただけなのに。不幸だあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

と、どこか聞き覚えのある台詞を叫ぶのであった。




番外編2に続く?

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最終更新:2012年04月13日 18:24