既に午後11時半に近くなり、会合が終わった過激派・穏健派共に帰り支度を始める。

「おい、啄。お前等、刺界の口調の変化に全く驚いてなかったな。変だとは思わなかったのか?」
「刺界のあの口振りは、俺達十二人委員会では周知済みだったからな。『閃天動地』を生み出す際には、既にあの口振りだったぞ」
「何それ!?」

今日はもう救済委員活動はしないことになっていた。最近は積極的に動いていたこともあったので、花多狩にとって今回の会合は休養目的に受け入れた面もあった。

「安田殿!どうしたでござるか!?会合中もボーっとしていた風に見えたのだが・・・」
「反応らしい反応は雅艶の爆弾発言の時くらいだったからな。・・・やっぱり衝撃モノだったか、あれ?」
「ハッ!!あ、あの・・・すみません」
「いいって。誰だってあんな衝撃発言を耳にしたら茫然自失状態になっちゃうってね」

ゲコ太と仲場からの質問でようやく我に返る春咲。彼女は先刻の会合の際も心あらずといった状態であった。

「グッ・・・!!」
「大丈夫、刺界?雅艶に手酷くやられたみたいだけど」

そんな春咲の目に飛び込んできた光景は、雅艶によってボコボコにされた界刺と、それを心配する花多狩の姿であった。
未だに足を引き摺っている界刺。おそらく、帰宅にも支障が出るだろう。それに気付いた春先が近付いて行く。

「あ、あの、私が刺界さんを送っていきます」
「安田さん?・・・余計な心配かもしれないけど、彼の体格だとキツくない(ボソッ)」

春咲の意外な申し出に花多狩は確認を取る。界刺は一般的な男性の体格において中の上といったくらいだ。対して春咲の体格はやはり小さい。

「大丈夫です。だって・・・刺界さんは私の下僕ですから(ボソッ)」
「・・・フフ。あなたも言うようになったわね。ここへ最初に来た時に比べて・・・少し変わったんじゃない?」
「変わった・・・私がですか?」
「ええ。少なくとも私はそう思うわ。よし、それじゃあ刺界のことは任せるわ。彼をお願いね」
「は、はい!」

花多狩の言葉に少なからず衝撃を受ける春咲。彼女からは私が変わって来たように見えると言う。当然、春咲自身にはそんな自覚は無い。

「お嬢さんに肩を借りる日が来るとはな・・・。予想外にも程がある」
「・・・何ですか?そのいかにも心外って態度は?」
「だって、そう思ったもん」
「ホントに嫌味しか言いませんね。ホラ、行きますよ」

界刺の嫌味を受けながらも、先程に花多狩の言葉について考える春咲。傍から見ればガスマスクを被った2人という奇妙な光景。
その光景を・・・・・・雅艶は視線無き“視線”を向けていた。






「痛っ!だ~、くそ!あの雅艶って野郎。ちったあ手加減の1つでもしろっての」
「だ、大丈夫ですか?・・・どこかで休憩します?」
「いや・・・もう遅いし、このまま行こう」

夜の学園都市を歩く界刺と春咲。2人共ガスマスクは既に外している。警備員等に不審者に見られないようにするためだ。
今の2人の状態と言えば、小さな春咲がダメージによってうまく歩けない界刺の右腕を担ぐように支えながら歩いているという具合だ。

「もしかして、界刺さんがそんな状態になったのって・・・私のせいですか?」
「うん?いや、違う。雅艶には、俺が『シンボル』の一員ってことでボコられた。どうも、『シンボル』活動中の俺の姿を見たことがあったみたいだな。
そりゃ救済委員って活動をしてりゃあ、なんでそんなトコのメンバーが救済委員に入ったのかって疑問に思うわな。逆の立場なら、俺だってそう思うだろうし」
「でも・・・あなたなら雅艶さんのような強硬手段は取らない・・・ですよね?」
「・・・ああ。そうだね」

界刺は少し驚いた。春咲が自分の思考というか行動パターンを読んだことに対して。

「それに・・・元はと言えば、あなたが救済委員に入った理由は私のせい。お守りという言葉がそれを証明しています」
「・・・」
「あなたは・・・いえ、何も無いです。どうせ答えてくれないでしょうし、嫌味しか言わないでしょうから」

春咲は喉から出ようとした言葉を飲み込んだ。その言葉は果たしてどのような種類のものであったのか。それは、春咲本人にしかわからない。

「・・・聞かないんですか?」

その代わりに出て来た言葉。それは、この男なら先の会合で必ず疑問に思う事柄を。

「何を?」
「・・・春咲躯園という女性のことです」

自分と同じ春咲という苗字を持つ・・・姉の存在を。

「容姿的に・・・君のお姉さんか何かかい?」
「ええ。あの人は・・・躯園お姉ちゃんは私達家族の・・・長女です」
「ふ~ん。君さ・・・お姉さんが救済委員なのを知っていて救済委員に入ったの?」
「知るわけないじゃないですか・・・!もし知っていたら、私は救済委員なんかになったりしていません」
「会合でも思ったけど・・・君のお姉さんって相当ヤバい系?」
「お姉ちゃんは・・・能力至上主義なんです。自分と同じレベルで無ければ対等な関係を築こうとしない。それが、たとえ家族であったとしても」

春咲は苦い記憶を掘り起こす。いつも罵詈雑言を浴びせられた。いつも暴力を振るわれた。
それは、自分のレベルが低いから。無能だから。だから・・・春咲桜は家庭内で居場所が無くなった。






「お姉ちゃん・・・いつから救済委員に入ってたんだろう・・・」
「ふ~ん。でも血は争えないよね」
「へっ!?」
「だってさぁ、お姉さん・・・君と同じガスマスクを持ってたじゃん。お姉さんの場合は能力使用のためみたいだけど・・・趣味の酷さはそっくりだ、うん」
「!!そ、それは・・・」

界刺の指摘に今更のように気が付く春咲。確かに躯園は自分と同じようなガスマスクを持っていた。
自分の場合は、顔をすっぽり隠せるからというのが理由だったが・・・改めて指摘されると偶然と言い切るのは少々難しい。

「もしかして・・・君も将来お姉さんみたいな傲慢な女性になったりして・・・。あ~恐っ!君には絶対借りを作らないようにしないと」
「ブッ!!だ、誰が傲慢な女性になるって言うんですか!?根拠の無い想像はやめて下さい!!」
「ちなみに今の肩を貸してもらってるのはノーカンね。君のお守りの駄賃代わりで相殺ってことで」
「人の話を聞いているんですか!?あ、あんな傲慢な女性になってたまるもんですかー!!」

必死の抗議を全くと言っていい程無視する界刺に、怒りをぶつける春咲。その態度を見て、界刺は目を細める。

「へぇ・・・」
「な、何ですか?」
「てっきりお姉さんに頭が上がらない、他人にもその愚痴や文句を漏らせない女の子だと思っていたけど・・・ちゃんと言えるんだね」
「えっ・・・」
「前に君が爆発した公園でのやり取りでも無かった・・・そんな風にお姉さん個人に対する愚痴を漏らすなんて、初めてのことなんじゃない?」
「・・・・・・」

春咲は驚く。それは自分に対する驚き。今の今まで自分の姉に文句を言ったことは無かった。
他人に―159支部の仲間にも―漏らしたことは無かった、家族個人に対する愚痴や文句。それを・・・今自分は口に出した。目の前の男に対して。

「人間誰だって愚痴や文句の1つ2つ言いたい時ってあるよ。俺なんか四六時中言ってるし。もちろん、君に対する嫌味も」
「・・・それはやめて下さい」
「いんや、やめない。だって、自分の素直な感情だもの。そりゃ我慢する時もあるけど・・・我慢しっぱなしってのは良くは無いよね」
「・・・」
「そうやってさ、君んトコの風紀委員(なかま)にもぶつけてやればいいじゃない?
あいつ等なら苦い顔してもさ、ちゃんと聞いてくれるって。それだけの時間を過ごして来たんだろう?」

界刺の言葉が春咲の胸に突き刺さる。春咲の心の奥底に眠らせていた感情を刺激する。
確かに思っていた。確かに心のどこかで考えていた。自分が抱える不満や愚痴を誰かに打ち明けたい。誰かに聞いて欲しいと。でも・・・

「・・・そんなことできませんよ。皆に迷惑が掛かります。鉄枷君なんかに話しちゃった時には・・・躯園お姉ちゃんに突っ込んで行っちゃいますよ」
「あー・・・確かに。その光景がリアルに浮かんで来るね。あいつなら、きっとそうするな」
「でしょ?だから・・・言えません。他人なら尚更。私は・・・皆が私のせいで傷付く所を見たくない。それに・・・今の私にはそんな資格はありません」
「ふ~ん。・・・ならさ、どうして俺には言えたわけ?」
「!!」

159支部の仲間や他人には打ち明けられない。そう明言した春咲が、今度こそ心の底から驚愕する。自分は今何って言った・・・?

「君はさ、もう忘れちゃってるのかもしれないけど。俺には言えたよね。『あんな傲慢な女性になってたまるもんですかー!!』ってさ。
俺は君の言う所の仲間じゃない、単なる他人でしか無い。君は言ったよね?『他人なら尚更言えない』って。そんな君が、何で俺には言えるの?」
「そ、それは・・・!!あなたがそういう方向へ誘導したせいで・・・」
「そうだね。確かに誘導はした。でも、可能性は低いと思っていたよ。君を見ていた限りは。君の“殻”は相当固いと思っていたし」
「・・・!!」
「やっぱさ。君は・・・誰かに聞いて欲しいって本当は思っているんだよ。心の底から。いい加減認めたらどうだい?じゃないと・・・」
「・・・理由ならありますよ。界刺さんに打ち明けた理由くらい」

追求の手を緩めない界刺の言葉に覆い被さるかのうように言葉を放つ春咲。
その春咲の言葉に興味を抱く界刺は問う。

「へぇ。んじゃ、聞かせてよ。俺に打ち明けられた理由ってのを」

その問いに春咲は答える。顔を上げ、視線を界刺の視線に合わせる。






「それは・・・界刺さんが私の下僕だからです」
「・・・・・・・・・はっ?」

春咲の口から発せられた言葉に理解不能な反応を示す界刺。そんな界刺の様子を無視するかのように春咲は言葉を続ける。

「下僕には、愚痴の1つ2つ零しても罰は当たらないでしょ。だって、下僕なんですから。主人の愚痴を聞く役に徹するくらい当たり前です」
「ちょ、ちょっと待て!!下僕ってのは言葉のあやっつーか、救済委員に入るための口実というか・・・」
「弁明は聞きません。あなたは私の下僕です。それ以上もそれ以下もありません」
「ひ、人の話を聞けぇぇー!!」
「あなたに言われたくはありません!!」

ギャーギャー騒ぐ界刺と春咲。もちろん肩を担いでいる態勢なので、お互いの顔の距離は近い。傍から見れば恋人同士のいちゃつきにしか見えないだろう。

「ハァ、ハァ。・・・ったく、強情な女の子だこと。“殻”が予想以上に分厚いぜ。もしかしたら、亀の甲羅より固いんじゃね?」
「ハァ、ハァ。あなたこそ、よくもまぁそんなに愚痴が出てきますね。欲求不満なんじゃないですか?
もう救済委員なんかやめて、夜遊びの1つ2つしてきたらどうですか?」
「・・・そして、風紀委員の君が補導するってオチか?」
「よくわかりましたね。その通りですよ」
「くそっ!いけしゃーしゃーと何てことを言いやがる。風紀委員が捏造してもいいんですかー!?」
「捏造なんかじゃありません!れっきとした正当な手段ですーだ!!」

しかし、言っていることは互いに文句を言い合ったり、捏造紛いな提案を吹っ掛けたりとキツいことばかりである。

「グッ!!・・・チッ。大声出してたら、まーた体が痛み始めやがった」
「!!・・・す、すみません。調子に乗り過ぎました」
「いや、いいって。少しはストレス解消になったんじゃねぇか。あんだけズバズバ言ってればさ」

界刺が再び体の痛みを訴えたので、言い合いは中止となった。さすがにはしゃぎ過ぎたと思い、反省する春咲。

「それにしても・・・あなたがそんな状態になるなんて思いませんでした」
「うん?」
「だって、あの『シンボル』のリーダーですし・・・大きな事件でも活躍したって聞きましたし・・・レベル4ですし・・・・」

春咲は改めて思う。目の前の男が傷だらけになるという現実に対して。
レベル2の自分にとって、界刺のような高位能力者、しかも実績もある人がここまでボロボロになるとは中々に信じ難かった。
普段から常に人を食ったかのような余裕綽々の態度を取る―少なくとも自分の前では―界刺なら・・・尚更。






「君さ~、何を勘違いしてるか知らないけど、俺の能力ってのはそんな万能な代物なんかじゃないよ?」
「えっ」

その当人の口から発せられる・・・それは、自身の能力を否定するかのような言葉。

「幾ら光を操るって言っても、結局は相手を騙しているだけ。そもそも、光に直接的な攻撃力は無いし」
「・・・」
「俺の能力名は知ってるだろ?『光学装飾』。つまり、“光による装飾”だ。“装飾”に相手を打ち倒す力があると思うかい?」
「そ、それは・・・」

界刺は冷静に、冷徹に、己の能力の弱点や限界を語る。その姿に・・・春咲は少し震えていた。
あれだけ遠いと思っていた高位能力者(レベル4)が・・・本当は自分と大差ない存在でしかないのではないか。

「今回の件だって、雅艶は透視系能力者だったから俺の能力は効かなかった。だから、呆気無くボコられた。
第一、盲目の人間に俺の能力の大半は効かねぇ。精神系能力者の一部にもな。俺と同レベルの光学系能力者にも、その能力次第じゃあ負ける。
少なくとも俺は・・・自分の能力を万能と思える程過信なんかしちゃあいない。・・・雅艶に一杯喰わされたんじゃあ、説得力には欠けるけどね」

春咲の震えは次第に大きくなる。自分の周囲にいる高位能力者は―春咲の知る限りは―誰もが自分の能力に自信を持っていた。
それは当然。何故なら学園都市において、レベルの有無・高低はその人物における最重要ステータスなのだから。
故にレベルの高い者は自信を強く持ち、レベルの低い・無い者は中々自信を保てない、そんな世界である。春咲もそう捉えていた。
それなのに、目の前の高位能力者の言っていることを聞いていると、自分の感覚が本当に正しかったのかわからなくなる。
だって、自分の限界を露呈する目の前の男は・・・笑っていたから。

「しっかしまあ、久し振りの完敗だったなぁ。ハハッ!」
「・・・どうして」
「うん?」
「どうして・・・あなたは平気なんですか?どうして、そんな風に自分の限界を語れるんですか?どうして、笑っていられるんですか!?」

何時の間にか春咲の足は止まっていた。肩を担いでいる形となっている界刺もまた同様に。

「身の程を知っているから」
「えっ」
「自分の限界を弁えているからだよ。人間1人にできることなんてたかが知れているよ。だから、俺はこんな目に合った。油断していた俺の自業自得ってヤツだ」
「・・・」
「だから、こんな風に言える。こんな風に笑っていられる。だって、本当のことだもの。なんにもおかしくは無いよ。
花多狩も言ってたじゃん。“自分にできる最大限のことを見極めるのが大事”って。言ってなかったっけ?」
「・・・言っていました」

春咲も花多狩の言葉を覚えていた。あの時花多狩に褒められた界刺を見て歯噛みしていたことも一緒に。

「でもなぁ、今回は雅艶にボロ負けしたしなあ。俺の能力にもうちょっと使い勝手のいい攻撃手段があればなあ・・・」
「攻撃手段ですか・・・」
「うん。無いものねだりしてもしょうがないのはわかってんだけど。例えば、君の『劣化転送』みたいなさ」
「えっ!?わ、私の『劣化転送』・・・ですか?」

突然の『劣化転送』が欲しい発言に狼狽を隠せない春咲。

「・・・何驚いてんの。何か変なこと言ったか、俺?」
「い、いえ!!で、でも私の『劣化転送』なんか・・・」
「何が『なんか』だよ。君の能力、まぁ空間移動系全般に言えることだけど、防御一切無視の攻撃力ってのはすげぇアドバンテージなんだぜ?」
「た、確かに」
「だろ?それに、近距離・遠距離関係無く能力を行使できるのも魅力だよなぁ。羨ましいぜ」
「で、でも、空間移動にも距離や重量の限界はありますし、11次元への変換計算も複雑ですから。界刺さんが思ってる程便利な能力じゃ無いですよ」
「そこら辺については、その能力持ちじゃない俺より君の方が説得力あるなぁ。体験者は語るってヤツか。う~ん。でも、便利には違いないよな」
「で、でも。私なんかの能力じゃあ。レベル2の『劣化転送』なんかじゃあ、界刺さんには物足りないんじゃあ・・・」

春咲は自分の能力を改めて卑下する。目の前の高位能力者にとって、自分の能力―『劣化転送』―なんて釣り合わない。そう本気で考えていた。だが、





「レベルなんてどうでもいいだろ?能力の活用ってのは使用者の腕の見せ所さ。例えば『劣化転送』だって、使う奴次第で幾らでも化ける。俺はそう思うよ」


『レベルなんてどうでもよくね?能力ってのは使う奴次第だし。この能力を生かすも殺すも君次第だろ?君次第でこの能力は化けると思うぜ?』


「!!」

その言葉は以前にも聞いた言葉。もちろん一言一句同じでは無いが、言っている内容は同じ。
能力とは使う者次第。界刺の主張は、あの公園で会った頃から何一つブレていないのだ。

「そ、それは・・・私次第ってことですか?」
「そう。君次第で幾らでも活路は開ける。農条達を助けたあの時のように。もちろん限界はあるけど」

以前は、傲慢だと切り捨てた界刺の言葉を、今の春咲はすんなりと受け入れられる。そんな自分の変化に春咲は内心で驚いていた。

『ここへ最初に来た時に比べて・・・少し変わったんじゃない?』
「(もしかして・・・本当に私は変わったのかな?私にはわからない何かが・・・変わり始めたのかな?)」

花多狩の言葉を思い出す。そして、自分を改めて見つめる春咲。彼女が自身の変化を自覚する日も・・・そう遠くないのかもしれない。

「ところでさ、君に1つ聞きたいことがあったんだけど」
「・・・何ですか?」
「君の本当の能力名を教えてよ。『劣化転送』なんて言葉・・・君の本意じゃ無いんだろう?」
「ど、どうしてそれを・・・」
「農条達が言ってたんだ。自分達も低レベルの能力者だけど、君みたいに自虐溢れるネーミングには絶対にしないってね。そういうネーミングにした理由が絶対あるって言ってたよ」
「農条先輩達が・・・気を使わせちゃってたんですね」
「そりゃあ、あいつ等が勝手にやったことでしょ。君が引け目を感じる必要は無いさ。んで、どうなんだい?」

農条達にも見抜かれていた。その事実に春咲は引け目を感じるが、界刺は気にするなと言ってくれる。春咲は・・・その言葉に甘える。

「実は・・・『劣化転送』というネーミングは・・・躯園お姉ちゃんが付けたんです」
「君のお姉さんが・・・」
「はい。お姉ちゃん曰く、『低レベルの分際で至極真っ当な能力名だったら他の同系統の人達に失礼。だからあなたの能力名は今日から劣化転送よぉ?』。・・・だそうです」
「へぇ・・・」
「驚かないんですね。もしかして・・・」
「うん。候補の1つにはあったよ。君のお姉さんの態度を見るとねぇ・・・候補に入れるなって方が無理なんじゃない?」
「・・・そうですね」

確かに界刺の言う通り、躯園の態度から予測することは容易いのかもしれない。我が姉ながら、そのわかりやすさに辟易してしまう春咲。

「それじゃあ・・・君の本当の能力名は何て言うんだい?」
「・・・・・・聞きたいですか?」
「そりゃあ、ここまで来たんならさ。ここで寸止めって焦らしプレイにも程があんだろって話さ」
「・・・はぁ。わかりましたよ。教えてあげます。全く、あなたのしつこさに根負けです。但し、他言無用でお願いしますよ。いいですね?」
「俺には他言無用する必要性がイマイチわからないけど・・・君が言うんだったらそうするよ」

春咲は界刺の達者な口に思わず愚痴をこぼしてしまう。肩を担いでいるこの男と出会ってから、自分は振り回されっぱなしだ。この男と関わってから嫌なことしか覚えていない。
でも・・・そんなに悪くない。むしろ、界刺と一緒に居ることに居心地の良ささえ感じている。そんな感情を思わず抱きそうになって、すぐに振り払う春咲。

「それじゃあ、1回しか言いませんからね。私の本当の能力名は―」

でないと・・・本当に“殻”が破れてしまいそうだから。
いや、自分の意思で“殻”を破って、ありのままの自分を彼にぶつけたくなるから。
だから、彼女―春咲桜―は自分の心に蓋をする。その自制心は、全くもって頑強の一言に尽きた。






「それにしても、雅艶対策は考えないといけないな。こういう時程、他の能力が欲しいって思うことも無いな」
「界刺さんでも、他の能力が欲しいって真剣に考えたりするんですか?生まれ持ったっていうか、その人特有の能力じゃない、別の能力を」
「・・・時々ね」

春咲の指摘に唸る界刺。何時もは自分の限界云々言っている彼も、やはり普通の人間だということか。

「界刺さん・・・もしかして落ち込んでいます?」
「・・・別に落ち込んでなんかいねぇよ」
「・・・意地張ってるだけような気がしてしょうがないんですけど」
「・・・意地なんか張ってねぇよ」

春咲は思わず質問する。さっきからの界刺の言葉は、春咲から見ても“らしくない”風に見えた。
何があっても飄々としてそうなこの男が、未練がましくブツブツ言っているということは・・・

「無理しなくてもいいんですよ。何たって、あなたは私の下僕なんですから。下僕の悩みを聞くのも主人としての役目ですから」
「・・・無理してねぇし。それに、まだ下僕設定を引き摺られるのかよ!?・・・こんなことになるんなら、下僕なんざ言うんじゃ無かったぜ」
「クスクス。“口は災いの元”。ですね」

界刺の反応に春咲は笑う。それは・・・心の底からの笑み。

「・・・!!」
「どうかしましたか?私の顔に何か付いていますか?」

その笑みに界刺は瞠目する。何故ならそれは、彼が春咲桜という少女と出会ってから初めて見る笑みだったからだ。

「いや・・・君がそんな風に笑うトコを初めて見たから。ちょっと驚いた」
「えっ。・・・!!!」

界刺が抱いた驚きを、少し遅れて春咲も抱いた。実の所、春咲自身も先程の笑みは全く意識していなかったのだ。
つまり、先程のやり取りで自分が笑ったり、笑みを受けべたりしていたことにも気が付いていなかったのである。
だが、界刺の指摘を受けて自分が無意識に笑っていたことを自覚する。

「(笑った・・・?私が?・・・何時以来だろう?こんな風に自然に笑ったのなんて)」


それは、思いかげない出来事。界刺も春咲も予想だにしていなかった光景。だからこそ・・・その光景にはかけがえのない価値が秘められていた。

continue!!

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最終更新:2012年05月12日 14:36