「ハァ、ハァ・・・。何だ、あの光は・・・?」
夜の第6学区をひたすら駆け回っていた鉄枷の目に映るのは、空に浮かび上がる幾つもの光源。
何の前触れも無しに突如浮かび上がったそれ等に、鉄枷は疑問を抱く。
「(ライト・・・じゃ無ぇよな。ぶっちゃけ空中を飛ぶライトって何だ?そんなもん、学園都市に住む俺だって聞いたこと・・・!!!)」
思案に耽っていた鉄枷を現実に引き戻したのは、轟音。何か固いもの同士がぶつかったような大きな音。それは、あの光源の方向から聞こえて来た。
「・・・!!ウオオオオオォォォッッ!!!!」
鉄枷は再び走り始める。風紀委員を務めている鉄枷の、それは勘。あの衝突音は、能力によって発生したもの。そう、鉄枷の勘が言っている。
もしかしたら、あの光源も能力者の仕業なのかもしれない。であれば合点がいく。今の状況において、第6学区という場所で発生した光と音。それが意味するものは・・・
「ハァ、ハァ・・・!!」
救済委員。この第6学区で活動していると思われる者達。そして・・・
春咲桜を救済委員として見掛けたという情報がある。能力者である彼女を。
能力者・・・すなわち異能の力を持つ者達。そして、救済委員にも多くの能力者が居ると言われている。もし、遠くに見て、聞いた光や音も異能の力によるものだとしたら。
「春咲先輩・・・!!」
鉄枷は、ある願いを胸に持てる力を振り絞って駆ける。それは、矛盾した願い。己が慕う先輩が、これから向かう場所に居ないことを願いながら。
“ソレ等”、すなわち数多の小型コンテナがまるで砲弾染みた速度で放出される。狙いは、過激派救済委員。
その放出前にいち早く己が危険を感じ取った
金属操作は、即座に周囲にあるコンテナ群を液状化し、自分達を守る壁に鋳造する。鋳造が完了したと同時に・・・“ソレ等”が来た。
ガガガガガガガガガガガガガガッッッッッッ!!!!!!
砲弾並みの速度で放たれた小型コンテナや水の弾丸が、金属の壁を襲う。凄まじい衝突音。その威力に戦慄しながらも、壁の維持に集中する金属操作。
小型コンテナ自体の数は限られている。この攻勢も一時のこと。そう看破している金属操作にはその時、少しばかり余裕があった。それは、己の能力に対する絶対の自信。
真っ向からぶつかり合うのならば、負けることは無いと自負する己が能力への・・・それは驕り。
ドゴッ!!!
壁の一部分が小型コンテナとの衝突で砕け飛ぶ。それは、慣れない足場のために予定地点へ到達するのが遅れていた“彼女”にとって千載一遇のチャンスであった。
そして、“彼女”はそのチャンスを逃さない。
パアァァンッッ!!!
音が鳴り響く。それは、銃声。遠距離からの狙撃。狙いは・・・
「グアアアッッ!!!」
「峠っ!?」
峠上下。過激派において、空間移動という重要な役割を負う彼女を本気で潰すために“彼女”は狙撃した。
峠は左腕から血を流し、その場にうずくまる。麻鬼が、狙撃された峠の傷を診るために駆け寄った。
「・・・銃弾が通過していない。まだ、肉体に残っている。峠、まずは、銃弾を肉体から・・・『残っている』・・・?」
麻鬼は銃弾が峠の肉体に残っていることから、狙撃手の当てを付ける。確か、“彼女”が持っている銃は設定次第で豆腐の中にすら弾頭を残す芸当が可能だった筈。つまり・・・
「・・・菊・・・!!」
麻鬼は驚愕する。何故なら、峠の目が怒りで血走っていたからだ。それは、誰に対する怒りなのか。それは、峠にしかわからない。
「菊・・・!!!」
峠は、凄まじい怒りに囚われていた。自分を撃ったであろう“彼女”―
花多狩菊―は、峠が信用する数少ない仲間である。
穏健派、過激派という思考も方針も違うグループに属しながらも、時には一緒に行動を共にし、時には力を合わせて敵に立ち向かう。
偶に性格の違いから喧嘩することもあるが、最後には―大概は峠が謝って―仲直りする。花多狩の穏やかな性格を、峠は気に入っていた。
峠が相手を下の名前で呼ぶのは、峠自身がその相手を信用していることに他ならない。
だから、『今回も』峠は花多狩が自分を本気で攻撃するなんて夢にも思わなかった。そんなことは、今まで一度も無かったから。
「菊ゥゥゥッッ!!!!」
「!?ま、待て、峠!!!」
銃声と着弾から、花多狩が居る方角はおよそわかる。峠は、麻鬼の制止を無視して、金属操作が作り出した金属の壁でできた影に入り込み・・・『暗室移動』を発動する。
対象者は、自分1人のみ。転移先は、花多狩が居るであろう方角の何処か。峠の頭には、今や友への怒りしか存在しなかった。
「上下ちゃん・・・?えっ・・・ど、何処に、行っちゃったの・・・?は、花多狩姐さんが・・・撃った?本気、で・・・?う・・・嘘・・・」
そんな峠の行動を目の当たりにして、酷く動揺する羽香奈。自分達に危険が差し迫っても、峠の『暗室移動』で楽々と退避する。だから、峠と居る時は何が起きても安心だった。
それが、今までの現実。少なくとも、峠と行動を共にしている時の
羽香奈琉魅という少女にとって当たり前だったこと。その当たり前が・・・崩壊した。
「こ、この、このままじゃあ・・・。あ、あたし、も上下ちゃんみたいに、撃たれたり・・・?そ、そんなの・・・嫌・・・絶対に、嫌・・・!!」
元々、羽香奈は直接的な戦闘力を持たない能力者である。救済委員に入ったのも、そこまで深い理由があるわけでも無い。
お遊び感覚とまでは行かないが、どこかでナメていた節はあった。救済委員という存在が、時には命を懸ける程のものだったことを、彼女は自覚していなかった。
「嫌・・・嫌・・・嫌アァァァッッ!!!!!」
「羽香奈!?何処へ行く!?」
故に、羽香奈はパニックに陥る。命を懸けるという現実を自覚してしまったから。今の彼女には雅艶の制止も届かない。ただ、逃げる。それだけが、今の彼女に存在する選択肢だった。
「峠っ!?羽香奈!?あいつ等・・・」
金属操作は、峠や羽香奈の身勝手な行動に苦虫を噛むと同時に妙な親近感を抱いていた。彼女等も自分と同じように、抑えきれない衝動に突き動かされて行動を起こした。
本来であれば非難されて然るべき峠や羽香奈の行動を、金属操作は非難する気にはなれなかった。
「(・・・どうやら終わったみたいだな)」
今まで轟音をこの空間の響き渡らせていた衝突音が止んだ。つまり、弾切れということである。
「(とりあえず、壁の修復が最優先だな。あいつ等がまた攻撃してこないとも限らないし・・・)」
『
シンボル』や穏健派から新たな攻撃が来ることを警戒する金属操作は、小型コンテナによって大きく傷んだ、しかし耐え切って見せた己が成果を見やって、それでも気を引き締める。
峠に一撃を浴びせられたのは、間違いなく金属操作の油断であったからだ。
「(・・・二度とあんな失態は演じねぇ!!今度こ・・・そ・・・?)」
壁の修復のために、周囲のコンテナ群を見る金属操作の目に映ったのは・・・漆黒のコートを羽織る男。
「・・・!!!」
その男を、金属操作はよく知っている。その姿が、その態度が、その言葉が、一々癪に障る男。その男が、金属操作に向かってある動きを見せる。
「!!!」
小型コンテナのよって砕かれた壁の一部を指差した後に、自分の左腕を押さえるその姿は・・・まるで、先程の峠の姿を思い出させるかのようだった。自分が犯した失態も一緒に。
そして、その姿は・・・まるで、自分の失態を嘲笑っているかのように金属操作には見えた。見えてしまった。
「こ・・・こんの・・・この馬鹿鴉があああぁぁぁっっ!!!!!」
だから、金属操作は止まらない。自分で自分を止められない。峠や羽香奈と同じように。よりにもよって、自分が一番嫌う男に自分の失態を見られたから。嘲笑われたから。
その際限無い怒りは、“激流”に対して放った怒りとは比べ物にならない程凄まじかった。
「おいっ!!金属操作!?くっ、馬鹿鴉とは啄のことか!?雅艶!この近くに奴が居るのか!?」
「いや、少なくとも俺の『多角透視』では近くに啄の姿は見当たらない!!幾ら奴が『分裂光源』で自分の姿を生み出せたとしても、
この近辺にいない奴がコピーの光をうまく操作できるとは思えない。金属操作の見間違いか何かじゃ無いのか!?」
「くっ・・・。どいつもこいつも勝手に動き回って・・・!!奴等の思う壺だぞ、これでは!!」
麻鬼と雅艶は、自分達が不利な現状に置かれていることを自覚する。
この場に居るのは、雅艶、麻鬼、躯園、林檎、七刀、刈野の6名。峠、羽香奈、金属操作の3名はこの場から離れてしまっている。
特に、防御に秀でている金属操作と移動能力を有する峠がこの場を勝手に離れてしまったのは痛かった。
「林檎?あなたの念話能力で峠達と回線を繋げることはできない?あなたの念話範囲は相当広いんでしょう?」
「躯園姉ちゃん・・・ゴメン。あたしの能力は念話を繋げる相手の場所がわからないと回線を繋げられないんだ。相手に大音量をぶち込むのも一緒の理由で、今は無理なんだ」
「雅艶君。あなたの『多角透視』で林檎さんに峠さん達の居場所を伝えて連絡を取るか、『敵』の居場所を伝えて動きを封じるか・・・というのはできないの?」
「・・・『敵』も峠達も今は常に動いている。『多角透視』からの『音響砲弾』では、どうしてもタイムラグが発生する。林檎の言う条件では無理だろう」
「で、でも!位置さえわかれば、待ち伏せみたいなことはできるよ!?念話でも攻撃でも!別に対象を見ないといけないっていう能力じゃないし!」
「・・・それも無理だな。お前はこの辺りの地理に詳しくない。それどころか、今日初めて訪れた場所だ。
この辺りはコンテナが数多く並んでいて、見通しがすこぶる悪い。幾らお前の演算能力が優れていようが、演算に必要な地理情報がお前に備わっていない以上、有効性は低い」
「・・・ごめんなさい」
雅艶の冷静な指摘を受けて、林檎はしょんぼりしてしまう。林檎の『音響砲弾』は念話能力の発展形であるため、普通に念話能力としても機能する。
その有効範囲も半径1キロ、一度に回線を繋げられる人数は数十人にも及ぶ。『音響砲弾』も同様に。
但し、その回線接続には対象の位置を林檎が認識する必要がある。それは、視覚で無くてもいい。林檎が対象者の居る場所を何らかの方法で認識できれば繋げることができる。
言い換えれば、その場所を具体的に認識できなければ回線を繋げることはできない。例えば・・・初めて訪れた場所とか。
「となると、これからどうする、雅艶?おそらく、奴等はこうしている間にも俺達を狙って来るぞ?
俺としては、峠や金属操作がいない以上こうやって一箇所に固まっているのは得策では無いと考える。包囲戦を仕掛けられる危険性もあるしな」
「確かに、麻鬼さんの言う通りです。今は徹底抗戦よりも、何組かに分けて穏健派の攻勢を掻い潜り、このターミナルから脱出を図った方がいいかと思います。
状況はこちらに不利ですが、雅艶さんや林檎さんの助力があれば、峠さんの移動能力が無くてもここを脱出するくらいは可能でしょう」
「峠さんや金属操作君は自力で何とかできるだけの力はある。羽香奈さんは・・・もし穏健派と衝突することになっても殺されるということは無いと思うわ。
一応穏健派だし、彼女。希望的観測なのはわかってるけど」
「ということだ。いいな、春咲。お前は不服だろうが、今は何よりここからの脱出が最優先だ。もし、この方針に逆らうと言うのなら・・・お前も『裏切り者』として・・・」
「・・・わかったわよ。林檎を危険な目に合わせたくはないし。あのクズと穏健派の連中には、後で目に物を見せてくれるわ!!」
一番反発するであろう躯園を脅しでもって承諾させた雅艶は、早急にここからの脱出方法を企てる。
「よし。まずは、林檎!お前は俺達全員と念話回線を繋げろ。俺が『多角透視』から得た情報をお前に送るから、それを皆に周知する。いいな?」
「わ、わかった!!」
「組み合わせは、俺と麻鬼、七刀と刈野、春咲と林檎という3組。それぞれ、脱出する方向は別だ。異論はあるか?」
「林檎と一緒なら私には異論は無いわ。林檎、お姉ちゃんが必ず守るからね」
「う、うん!」
「私は刈野さんとですね。了解しました」
「私も異論は無いですよ」
「俺もだ」
「よし。それでは・・・行動開始!!」
そうして、雅艶達は早急にターミナルからの脱出を図る。そんな彼等を・・・『敵』は黙って見過ごすわけが無い。
ここは、戦場。何が起きるのかを完全に予測し得る者など存在しない、それは世界の一部たる混沌が支配する掟無き渦の如し。
continue!!
最終更新:2012年05月20日 14:11