「ビクッ!・・・!!」
「・・・殻衣。普通にしてろ。気取られるな」
「固地先輩。・・・。気付いていたんでしたら、教えてくださいよぉ」
「・・・殻衣っち?どうしたの?」
焔火が、隣に歩く殻衣の表情が青ざめているのに気が付いた。その証拠に、額には暑さによるものでは無い、冷や汗の類が流れていた。
「・・・私達を尾行している人達が居る」
「えぇっ!?」
「焔火!お前も普通にしていろ」
「は、はい!・・・でも、どうやってわかったの?確か、殻衣っちの能力って・・・」
「『土砂人狼』。殻衣ちゃんは、土砂なんかを材料に人形を作り出すことができる」
「う、うん。それは、昨日殻衣っちに教えてもらったんだけど・・・。そんなこともできるんだなぁって・・・」
「私も、風紀委員になるまではこんなことはできなかったよ?・・・。全ては固地先輩の地獄のようなトレーニングのせいで。・・・。ううぅっ!」
「殻衣っち!?地獄!?」
「それは、俺から説明してやろう」
何か嫌なことでも思い出したのか、殻衣が手で顔を覆い俯いてしまう。そんな殻衣に変わって、疑問符だらけの焔火に事情を説明する固地。
「殻衣は、今年の4月に風紀委員として178支部へ入って来た。その能力の実用性の高さから、俺は殻衣にあるトレーニングを課したのだ!」
「トレーニング?ど、どんなトレーニングを?」
「『土砂人狼』の材料・・・つまりこの地面を歩く者達をそれぞれ識別するトレーニングだ。
具体的には、体重の掛け方や歩幅、足を出す時間的な間隔等から特定の人物を識別すると言った所か。尾行を見破る時等に活用できるように」
『土砂人狼』は、殻衣から半径5m内に材料があれば作成可能。そして、その操作範囲は殻衣を中心に半径217m内である。
固地が着目したのは、『殻衣から半径5m内に材料があれば作成可能』という部分だった。
ここで言う『作成』とは、『支配下に置く』と言い換えることができる。
別に『人形を作成する』という結果が無くても、材料を支配下に置くこと自体は元から可能だったのだ。
「そこで、俺は考えた。人間とは、もれなく地面に足を着けて生きている生き物だ。
ならば、その地面を材料とする『土砂人狼』の応用として、支配下に置いた地面を歩く人間を識別することは可能ではないかとな!」
殻衣自身、当初はそんなことは不可能だと渋っていた。彼女が生み出せる『土砂人狼』は最大で74体で、人形自体に知覚は無い。
だが、操作者である殻衣は人形やその作成及び形成にかかる材料の圧縮度合いや外圧等を“認識”することができる。
確かに殻衣が人形を全てコントロールしている以上、人形が破壊された等の衝撃は操作者である殻衣にも“認識”として伝わる。
しかし、それを人形も作成・形成しない材料状態で、しかも人間の歩く歩幅や時間的間隔を識別することに応用するというのは、とてもじゃ無いが不可能。
そう、殻衣は考えていた。
「あの。・・・。あの地獄のようなトレーニングは。・・・。もう嫌ぁ・・・」
そんな消極的に物事を考える殻衣に、固地が上司命令によって無理矢理にトレーニングを課したのである。
固地は、風紀委員の伝手を活かして各所から様々な資料を収集し、嫌がる殻衣に無理矢理押し付けた。
参考書、映像データ、研究資料、果ては、約1万人にも上る人間の足音とその衝撃の度合いを録音・解説する教材まで取り寄せ、殻衣に見させ、読ませ、聞かせ続けた。
固地の指導の下、実地訓練も数多くこなした(こなされた)。これも、当然無理矢理である。
人形を作成・形成する各段階において、様々な圧力(衝撃)を与えることで殻衣自身の“認識”の引き出しを増やすために、
1日1000体もの人形を作成+破壊し、それによって得た“認識”を詳細に報告するよう義務付けられた(毎日)。もし、虚偽の報告をしようものなら固地のカミナリが落ちる。
しかも、1000体に届かなかった分は翌日に持ち越しであったため、殻衣は毎日泣きながら必死に作っては壊し、作っては壊し続けた。
ある時は、地面に耳を着けて周囲を歩く人の足音(衝撃)を実際に体感することで、『土砂人狼』を操作する時の感覚にフィードバックを試みたり、
実際に自分の体を人の足で踏まれてみたり(もちろん、踏むのは固地)etc。
これ等過酷極まるトレーニングを、殻衣は通常の学業や風紀委員活動と平行してこなした。
よくノイローゼにならなかったなと殻衣自身が思うくらい、トレーニングは過酷に過酷を極めた。
そんな地獄が約3ヶ月も続き・・・殻衣は遂に識別方法を会得したのである(本人は心底心外)。
「俺が何時も殻衣を外回りへ連れ出したのも、それが目的の1つだったからな。やはり、前線での実地訓練は効果が大きい。テストも何回にも渡って繰り返したしな。
フッ、殻衣も今では自主的に人間観察をしているくらいだからな。俺の部下の成長を願う気持ちが伝わったようで何よりだ!」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
焔火、殻衣、真面は、固地の発言に反論する気力も無い。あんたがそう思うんだったらそうなんだろ?というくらいの気持ちしか湧いて来ない。
「・・・・・・え、え~と。そ、その私達を尾行している奴ってどんな感じなの、殻衣っち?」
何とか気を取り直した焔火が、尾行を看破した殻衣に尋ねる。
「え、え~と・・・」
「殻衣。その回答は、もう少し後でいい。次のチェックポイントが見えて来た。そこで“判断する”」
回答しようとした殻衣を遮り、固地は焔火達をチェックポイントである路地裏へ誘導する。
「真面!俺達を尾行している奴等が居るようだからな、さっさと調査を終わらせるぞ!」
「りょ、了解です!」
「殻衣!焔火!今回はお前達も一緒に来い。あそこなら、人目にも付き難い」
「「は、はい!」」
固地の指示に従い、3人は路地裏へ入り込む。固地と真面が迅速に調査を進めている間に、殻衣が尾行者の同行を探る。
「やっぱり。・・・。私達を尾行しているのは2人。・・・。歩幅や衝撃の大きさから推測すると・・・男と女。・・・。その内の1人は、透視系能力者の可能性がある」
「・・・理由は?」
「2人は今、ある地点で立ち止まっているわ。・・・。それも、その地点からじゃあ私達の居場所は見えない。・・・。
そもそも、この2人はさっきの街道でも私達と100m程の距離を保ったまま尾行していたわ。・・・。
あの人混みの中で100mも対象者から離れると、見失う危険性が大きいのにも関わらず」
「・・・すごいね、殻衣っち。そんなことまでわかるんだ」
「・・・その代わりすごい集中力を使うから、同時に戦闘をこなすなんてことは無理だけど」
「俺も、機械とか使って上空から監視されてるかもって思ってこの手鏡とか使ってそれとなく観察していたけど、何もなかったよ。怪しい“電波”も無かったし」
「(・・・み、皆やることやってる・・・!!うううぅぅ・・・!!)」
殻衣の見立てを真面が補足している様を見て、焔火は焦る。どうしても焦ってしまう。自分にも何かできることはないか。考えて・・・しかし思い付かない。
尾行された時の対処方法等、焔火は真剣に考えたことが無かったからである。
「固地先輩って、殻衣ちゃんよりも早く尾行に気が付いていましたよね?やっぱり『水昇蒸降』ですか?」
「あぁ」
「『水昇蒸降』?」
「・・・そういえば、お前にはまだ教えてなかったな」
真面と焔火の言葉を受けて、固地は調査がてら自身の能力と、尾行を見破った経緯を説明する。
「『水昇蒸降』。それが、俺の能力だ。レベル3に該当する能力で、水を水蒸気に、水蒸気を水に変換して操作する能力だ。
逆に言えば、水を水のまま、水蒸気を水蒸気のまま操作するのは不可能という面倒臭い性質を持っている」
「・・・その能力でどうやって・・・」
「少しは考えたらどうだ、落ちこぼれ?お前のその頭は何のためにある?」
「うっ!!・・・う~ん・・・・・・」
焔火は考える。固地が言った『水昇蒸降』の性質。それは、水や水蒸気が無ければ発動できない能力だ。尾行に感付く応用法があったとしても、水や水蒸気が無ければ無理だ。
しかも、水を水として、水蒸気を水蒸気として操作することは不可能。どちらを使うにしろ、どこかで水ないし水蒸気を変換した場所が・・・
「・・・・・・あっ!!」
「・・・言ってみろ」
それは、自分達が着替えた場所。『根焼』の裏手にて、固地は水場に行っていた。“水がある場所”に。
「す、水蒸気を操作し、周囲の人達に水蒸気を纏わせることで尾行に気付いた・・・ですか?」
「・・・簡単に言えばその通りだ」
焔火の回答に、一応の及第点を付けた固地は説明を再開する。
「正確には、『水昇蒸降』によって水を水蒸気に変え、後方に向かって間隔を空けながら放出していた。
別に、水蒸気を纏わせても人物を認識できるわけじゃ無い。俺の操作範囲を超えたらそれは唯の水蒸気となり、人間に纏わせることも不可能になる。
だが、俺の操作範囲にあるのなら、俺はその水蒸気の位置を把握できる。この応用により、俺は尾行を見破った。
まぁ、殻衣程の認識はできないが。フッ、さすがは俺の部下だ、殻衣」
「・・・あ。・・・。ありがとうございます」
固地の思わぬ評価に、殻衣は虚を突かれながらも返事をする。
「焔火!ちなみに、お前はその手の応用はできるのか?例えば、電磁波による物体感知やジャミングを・・・できていれば気付いてるか・・・」
「・・・すみません」
「いや、これに関しては俺が悪かった。現状では不可能なことを、奴隷に押し付けた主人の俺がな」
「・・・・・・すみません」
『電撃使い』には、電気の他にも電波や磁力を操るタイプもおり、その応用方法は多岐に渡る。
多種多様な能力。それが、『電撃使い』としての真骨頂。その中に属する1人、
焔火緋花はその手の応用に欠けるタイプだった。
電気で筋肉を動かしたり軽い電撃の槍を放つ等はできるものの、磁力や電波はうまく扱えず、固地の言う物体感知やジャミング等の類はサッパリだった。
「能力というのは先天的な才能、つまり素質等に依る所が大きい。だが、その伸ばし方や方向性を見極めることは後天的な才能、つまり意識の力が大きい。
例えば、風紀委員という環境と自分の能力を照らし合わせて、職務に応じた応用を思い付いたり、ある目的のために自分の能力を磨いたりする。
闇雲に伸ばせばいいというもんじゃ無い。目的あってこその能力研磨だ」
そう言って、固地は焔火を睨み付ける。彼も彼なりに焔火に対して怒っているのだ。明確な目的意識を持たない、焔火の怠慢に。
「焔火!お前は、風紀委員として自分の能力をどう活かすつもりだ?唯単に、能力による敵の制圧だけに活かすつもりか?
そういうのを何と言うか知っているか?宝の持ち腐れと言うんだよ。お前には、まだまだ色んな方向に才能を伸ばせる余地があるかもしれない。
なのに、当のお前の意識は自分の素質に無関心だ。お前は違うと言い張るかもしれんが、俺からすれば無頓着だと判断せざるを得ない」
「・・・!!」
「そんな調子では、何時まで立っても“風紀委員もどき”から脱却できんぞ?何でもいい。少しは自分の能力についても思考を張り巡らせ!
お前は、自分の素質をお前自身の手で潰している!それは、自滅行為だ。真面も殻衣も、徐々にではあるが自分のスタイルというものを確立してきている。
同年代の人間に負けたくなければ・・・本物の風紀委員になりたければ、もっと真剣になれ!!」
「・・・・・肝に銘じます」
固地の言葉は正しい。焔火は俯き、頭を垂れるしかなかった。
「さて、ここも異常は無かった。では・・・これより尾行者を潰す作戦に切り替える」
「・・・どういう方法で行くんですか?やっぱり、殻衣ちゃんの能力で?」
「それは、歩きがてら説明しよう。奴等を潰すのならば、“直線距離”で仕留められる街道がいいしな」
ということで、固地、焔火、真面、殻衣は街道に戻り先と変わらず人混みの中を歩いている。尾行者も一緒に。
「殻衣の推測通り、片方が透視系能力者とすれば・・・」
「もう一方は、その護衛的な役割になりますね。戦闘系の能力者の可能性が十分にある・・・。俺も動きましょうか?」
「いや。ここは、お前以上の適役に任せるとしよう」
「適役?・・・もしかして焔火ちゃんですか?」
「わ、私ですか!?」
固地と真面の会話に自分の名前が出て来た焔火は、驚きをもって固地達に顔を向ける。
「そうだ。能力を使ったお前の身体能力の高さは聞いている。お前なら、高速で動く『土砂人狼』に乗るのが初めてでも何とかなるだろう」
「・・・私でいいんですか?」
「今のお前には、それくらいしかとりえが無いだろうが。今日の同行で、お前は一体何をした?成果らしい成果を挙げたか?フッ、何もできていないだろう?
これは、俺の温情だ。落ちこぼれが活躍する機会を恵んでやったんだ。感謝の言葉の1つあってもいいくらいだぞ?」
固地の嘲笑。だが、確かにこれはチャンスでもある。自分がここに居る意味を少しでも見出すための・・・これは固地がくれた機会。だから、焔火は即断する。
「わかりました。必ず、尾行者を捕まえてみせます!絶対に!!・・・固地先輩、ありがとうございます・・・!!」
「・・・フン」
焔火の謝意に固地は軽く鼻を鳴らすに留め、現状整理や仕掛けの詳細を詰めて行く。
「尾行者は『
ブラックウィザード』と関係がある可能性が高い。
その前提で話すが、タイミング的に考えて“今”俺達を尾行しているということは、奴等は俺達の動きに勘付いているということだ」
「・・・もしかして、以前から風紀委員が監視状態にあったっていう可能性もあるんですかね?今日の風紀委員会も・・・」
「加えて警備員の動きもな。これは、由々しき問題だ。風紀委員会に報告し、然るべき対処を取らんとな。
他の支部にも、奴等の監視や尾行の類が張り付いている可能性も否定できない」
「・・・!!」
「固地先輩。・・・。仕掛けのタイミングはどうします?」
「今少し待て。尾行している人間を、何とかして油断させなければならない。例えば、俺達が誰かの応対をしているとか・・・な。
それに、連中の周囲に居る人の群れが薄くなった時を狙わんとな。お前の『土砂人狼』との兼ね合いもある。わかっているとは思うが・・・トチるなよ?」
「・・・!!・・・。ぜ、善処します」
「焔火!俺が合図したら、すぐに動け。いいな?」
「わ、わかりました!」
焔火を含めた178支部の面々は、次第に緊張の色合いを強めて行く。勝負は一度切り。成功か、失敗か。2つに・・・1つ。
「!!・・・フッ。丁度いい“カモ”が居たぞ。あいつ等を使わせてもらおう」
「“カモ”?ど、何処に・・・!!!」
いち早く固地が見付けた“カモ”に、焔火も視線を向ける。その先に居たのは・・・
continue…?
最終更新:2012年06月05日 21:18