Date:2010/02/20(Sat) Author:5-100

「とある少女の幸せ計画(ハピネスプラン)その1」

7月30日13:30 セブンスミスト水着売り場

「うーいーはーるぅぅぅぅ!こっち、こっち!」
「なんですか?佐天さん!」
「どうこれ!初春にピッタリだよ!白井さんも真っ青な三角ビキニィィィィ!」
「なっ!無理です!無理。そんなの私が着れる訳ないじゃないですか!」

「じゃあ、こっちはどうじゃ!白のワンピース…………」
「そっ、それぐらいならまだ…………」
「っと見せかけて、後ろからだとビキニ紐とTバックしか見えないセクシーダイナマイツ!!」
「キャー!無理無理無理無理。そんなHな水着、絶対着れません」

「もったいない!これ着たらプールの男の視線は独り占めだと思うんだけどな──!」
「着ません!しません!思いません!
 変な妄想しないで下さい……っていうか、今日は佐天さんの水着を買いに来たんでしょ!」
「まっ、そうなんだけどさ。初春に似合うやつを見つけちゃったから…………ついね」
「似合いませんから!着ませんから!!お願いですから、私で遊ばないで下さい!」

「ははっ、ごめん、ごめん」
「も──っ!佐天さんたら!知りません」

その時キャピキャピとはしゃぐ二人の女子中学生の横を一人の男子高校生が通り過ぎた。
周囲をチラ見しながら歩く姿は場所が場所だけに不審人物に見えなくもない。
その人物に気付いた初春飾利はその高校生に声を掛けた。

「あれっ?ひょっとして…………上条さんじゃないですか?」

そう呼びかけられた高校生、上条当麻はビクッと肩を震わせる。
実は今、上条はできたてホヤホヤの記憶喪失患者だったりする。
夏休み突入と同時に遭遇したとある事件のせいで、7月28日以前の自分がどんな人物で
どんな生活をしていたのかというエピソード記憶を綺麗サッパリ失っていた。
しかも故あってそのことを隠し通す必要があり、ここ2日は無くした記憶を補うために、
知識として残っている名称や風景を頼りに学園都市中を歩き回っていたのだ。

ここがセブンスミストという店であることは知っている。
少し前ここで大きな爆発騒ぎがあったのも知っている。
しかしそれが実際に体験した知識なのか、それともニュースで見た知識なのかが判らない。
だから自分の知識と一致する風景が無いものかと確認して廻っていたのだ。

まさかこんな所で上条当麻の知り合いに会うとは思わなかった上条は恐る恐る振り返る。
そこには頭にたくさんの花飾りを付けた女子中学生がいた。
上条にはその少女の記憶はないが、どうやらその少女は上条当麻を知っているようだ。
にこやかな顔で話しかけてくる。

「上条さん。今日も妹さんとお買い物ですか?」

その問いかけに上条当麻は一瞬身を固くする。
(確か上条当麻に妹はいないはず…………どういうことだ?)
上条当麻は思考をフル回転させ、最も当たり障りのない返事を捻りだす。

「いや。上条さんだって一人で買い物に来ることぐらいあるんですよ」
「そりゃー、そうですねーっ」
「ねえ、ねえ、初春。この人誰?」
「この人は上条さんといって、私がグラビトン事件で御坂さんに助けてもらった時にその
 場に一緒にいた人なんです」

「へーっ、そうなんですか。そうだ!
 じゃあその時どうやって御坂さんは爆弾から上条さん達を護ったんですか?
 初春ったらその時目を瞑っててなんにも見てないって言うんですよ」
「えっ?(まずい、そんなことがあったのか…………)えーっと…………ゴメン。
 実は俺も目を瞑っててよく憶えてないんだ」
「そうなんですか?残念」
「じゃあ、俺ちょっと急ぐから、それじゃあ。初春さんに…………えっーと」
「佐天涙子です」
「佐天さんも。それじゃまた」

そういって上条当麻はその場を逃げるように去っていった。

「なぁんか、ちょっと挙動不審なんだよねぇ」
「でも、ちょっとカッコ良さげな人だと思いません?」
「え──っ!?初春はあんなのが好みなの?
 どっからどう見ても普通でしょ。まあ中の上ってところね」
「あんなの…………って、佐天さん。見る目が厳しいんですね」
「そりゃそうよ。だって私の理想は一一一(ひとついはじめ)だもん!」

「とある少女の幸せ計画(ハピネスプラン)その2」

7月31日17:05 第6学区繁華街路上

「あ────っ!それ、あたしのバッグ!!
 待てぇぇぇ!こンのひったくり野郎!
 これでも喰らえぇぇぇぇぇぇぇえええええ!!」

初春飾利と街を歩いていた佐天涙子は自動販売機からジュースを取り出そうとした隙に
肩に掛けていたバッグをひったくられてしまった。
気が付けば取り出したばかりの缶ジュースをひったくり犯めがけて投げつけていた。
缶ジュースの打撃力は予想外に高く、結果的にひったくり犯は盛大にすっ転んでいた。
幸運なことに通りがかった警備員(アンチスキル)がその場でひったくり犯を拘束し、
バッグも無事佐天涙子の元に戻ってきた。
こうしてひったくり事件はわずか20秒で無事に解決した。不幸な高校生のうめき声を残して。

「痛ぅ────────っ!」
「あのーっ、大丈夫ですか?後頭部に思いっきりコブできてますよ」
「まだちょっとズキズキするけど。まあ、なんとか」
「でも驚いたーっ。
 あいつに投げた缶ジュースが外れた時、あたし悔しくて思わず『うがぁぁぁ!』って
 叫んじゃったんですよ。
 それに、それがひったくり犯の先を歩いていた人をノックアウトしちゃうし…………
 しかも、その人が上条さんだったなんて…………ビックリしちゃいましたよ。
 でも倒れた上条さんにつまずいてひったくり犯が転んじゃった時は思わず笑っちゃいまいした。
 まるでコントじゃないですか。大笑いですよね」

「あのーっ、佐天さん。
 笑ってないで、まずは上条さんに謝った方がいいんじゃないですか?」
「ご、ごめんなさい。つい、はしゃいじゃって。
 それに、すみませんでした。缶ジュースぶつけちゃって…………」
「もういいよ。ワザとじゃないんだし」
「…………えっ?怒んないんですか?」
「なんで?悪いのは佐天さんからバッグを引ったくった犯人だろ」
「そりゃあ、まあ、そうなんでしょうけど…………」
「結果としてみんなが幸せになったんだから、何の問題もねえじゃねえか」
(でも上条さんだけ不幸になってる気がするんですけど…………気付いてないのかな?)
「で、どうする?コイツは」

そういって上条は地面に転がっていた缶ジュースを拾い上げた。

「どうぞ、上条さんが飲んじゃって下さい。たんこぶ作っちゃったお詫びです」
「サンキュー。(でもコイツは炭酸系だから今開けるのはマズイよな)」
「(???)どうしたんですか?」
「いやなに、今ここで缶を開けて炭酸を顔に浴びるなんてお約束なネタを繰りだすほど
 上条さんはバカじゃないってことですよ」
「あっ!ごめんなさい。新しいのを買ってきます」
「冗談だよ。コイツは下宿に帰ってから飲ませてもらうさ。ありがとな」

そういって右手に持った缶ジュースを目の前に持ち上げた途端、ボシュッと飲み口から
盛大に炭酸が噴き出し不幸にも上条の顔は一瞬で泡まみれになった。
どうやら先ほど地面に叩き付けられた衝撃で缶に亀裂が入っていたようだ。

「おわっちゃあぁぁぁぁぁ!」
「だっ、大丈夫ですか?」
「ああ、濡れたのは顔だけだからな。でも良かったよ。
 もう少しで佐天さんにこんな危ないもんを押しつけちまうところだった」
「いえ、そんな…………
 (この人どうしてこんなに優しいんだろう?
 他人の代わりに辛い目に遭ってるのに…………どうして笑顔でいられるんだろう?
 あたしは…………とても真似できないや)」

「とある少女の幸せ計画(ハピネスプラン)その3」

8月2日17:40 第7学区とあるスーパーマーケット

その日、上条がスーパーマーケットでふと見かけた白梅の髪飾りを付けた少女につい声を
掛けてしまったのは特に理由があったからではない。
あえて言うなら、上条当麻のことを知らないこの少女は今の上条が安心して話ができる数
少ない人物だったからだろう。

「よっ!確か…………佐天さんだっけ」
「あっ、上条さん。こんちは」
「今日は初春さんと一緒じゃないのかい?」
「初春のヤツ、昨日の風紀委員(ジャッジメント)の仕事がきつかったみたいで、今日は
 ちょっと寝込んじゃってるんですよ。だから今日はあたしが夕飯をつくってあげるんです」
「へーっ、それで買い出しに来たのか?佐天さんは優しいんだな」
「いえ、そんなことありませんよ。
 初春のヤツってなんか放っておけないキャラじゃないですか。護ってやりたい的な…………
 おっと、いけない。もうこんな時間。
 じゃあ初春がお腹空かせてると思うのでお先に失礼します」
「ああ。気を付けてな」

スーパーマーケットを出た佐天涙子は通りに設置された大時計を見上げる。
時刻は17:45。見上げる夏空はまだ抜けるように青かった。
(初春のやつ、きっと今頃お腹空かせてるだろうな。
 初春ん家まで10分、食事の準備に20分。初春!あと30分辛抱するんだぞ!
 あたし特製の海鮮雑炊食べさせてあげるからね。
 今日はあたしが初春の世話をしてあげるからね。ドドーンとあたしに任せなさい。
 身体だって拭いてあげるからね。……………………そうだ!
 今日は絶好のチャンスかも……………………ふふふっ、
 この前は停電のせいで仕損ねたけど、今日こそはあん時のセクハラの続きを…………
 あたしのくすぐりにどこまで耐えられるかな?う・い・は・る!?)

山賊のような笑みを浮かべ拳を握りしめるセクハラ女子中学生は少し注意力が散漫だった
のだろう。
前から歩いてきた通行人とぶつかってしまった。
そして現実に戻った途端、佐天涙子は激しく後悔することになった。
最悪なことに相手はどこから見てもヤンキーにしか見えない高校生だった。

「てめえ!なにぶつかってんだよ!」
「ご、ごめんなさい」
「ごめんで済んだら警備員も風紀委員もいらねえんだよ!どう落とし前つけんだ!てめえ」
「本当にごめんなさい」
「口じゃどうとでも言えんだよ!
 ガキだからって『ごめん』で許して貰えると思ってんじゃねえだろうな!
 ちょっとこっちに来な!誠意の見せ方ってヤツを教えてやっからよ!」
「えっ、えっ!?」

不良にまくし立てられ、ただ身をすくめていた佐天涙子であったが、不良に手を掴まれ
路地に連れ込まれそうになりようやくわずかな抵抗をみせた。
しかし不良に掴まれた手にビリッと電気が走ったかと思うと佐天涙子の身体を激痛が駆け抜ける。

「かはっ!くうぅぅぅぅ」

肺の中の空気を吐き出し苦悶に顔をゆがめる佐天涙子を見て不良はニヤリと口元に下卑た
笑みを浮かべる。
そして佐天涙子の耳元に顔を近づけてニヤけた声で囁く。

「く、く、くっ、こう見えても俺はレベル2の発電能力者なんだぜ。
 今みたいに痛い目にあいたくなきゃ、おとなしく付いて来な!」

このまま路地裏に連れ込まれてしまったら何をされるかわかったものではない。
お金を取られるだけならまだ幸せかもしれない。もっと酷い目に遭うかもしれない。
そう思った途端、佐天涙子の身体を恐怖が蹂躙する。
手をふりほどいて逃げ出したいのにガクガクと震えだした身体は言うことを聞いてくれない。
小刻みに首を横に振り抵抗の素振りをみせるものの女子中学生が男子高校生の力に抗える
はずもなく、薄暗い路地がどんどん近づいてくる。

(ヤダ…………ヤダヤダヤダ…………こんなの嫌ぁぁぁああああ)

恐怖に顔を引きつらせ叫び声さえあげられなくなった佐天涙子は必死に祈る。

(助けて助けて助けて助けて…………お願い。神様!!)

いくら必死に祈ったところで神様が助けてくれるはずはない。
事実、路地に連れ込まれる瞬間まで必死に祈り続けた佐天涙子に神様は来てくれなかった。
そう、絶望した佐天涙子に救いの手を差し伸べたのは神様ではなかった。

佐天涙子の手首を掴んでいた不良の手を引き剥がしたのは一人の男子高校生だった。
佐天涙子からは後ろ姿しか見えないはずなのに、それが誰なのか一瞬で判ってしまった。
そして無意識のうちに思い浮かんだ名前を呼んでいた。

「とある少女の幸せ計画(ハピネスプラン)その4」

「上条さん!!」
「お前、中学生相手にみっともねえ真似するんじゃねえよ」
「なんだ、テメエは?でしゃばんじゃねえ!俺はレベル2だぞ」
「そうかい?俺はレベル0だよ。っで、それがどうした!?」
「能力もねえくせにカッコつけると痛い目みるって言ってんだ!このレベル0がぁ!」
「気を付けて!そいつ発電能力…………」

佐天涙子が警告するより早く、不良は自分の手を掴んだ上条の右手に電撃をみまっていた。
いや、みまおうとした。それなのに1Vの電位も生じなかったことが不良を困惑させた。
キツネにつままれたような顔の不良に上条の言葉が追い打ちをかける。

「どうした?俺に痛い目をみせるんじゃねえのか?」
「うっ(なっ、なんだこいつ?レベル0って言ってたくせに。まさかホントは上位能力者なんじゃ?)」
「もうお終いか?じゃあ今度は俺の番だよな!?」
「えっ?(コイツ、ひょっとして俺なんかが手出ししちゃいけない相手だったんじゃ…………)」
「覚悟はいいな!?」
「ヒィィィッ!(ヤバイ。逃げなきゃ、絶対殺される)す、すんません。ひゃあぁぁーっ」

恐怖に駆られた不良はあられもない声を上げて路地奥へ転がるように逃げだした。
不良の姿が見えなくなり上条が振り返った時、佐天涙子は地面にペタンと座り込んでいた。

「大丈夫か?」
「いえ、そのーっ、ホッとしたら腰が抜けちゃって。あはっ、あははっ」

佐天涙子は自分の右手で頭を小突きつつおどけてみせるが、どれほど怖かったのかは上条
にも容易に想像できた。

「どう?佐天さん、立てそうかい?」
「まだ、ちょっと…………無理みたいです。ごめんなさい」
「そっか。じゃあ」

そう言って上条は佐天涙子の目の前にドカッとあぐらをかいて座り込んだ。
佐天涙子は上条がなぜそんなことするのかが判らずに目をパチクリさせる。

「どっ、どうしたんです?上条さん」
「なあに俺も少し疲れたから、ちょっと座って休憩しようかなってね」
「えっ?」
「丁度さっき買った缶ジュースにクッキーもあるからな。佐天さんもどう?
 まあ、俺みたいなのが傍にいちゃ迷惑かもしれないけど」
「そ、そんなことありません。
 (さりげなく私を気遣ってくれてるんだよね。これってやっぱり。
 こういうのってなんか……………………いいな)」

そうして上条と佐天涙子は歩道でささやかなお茶会を始めた。
たわいもない話をしているだけなのに佐天涙子にはとても楽しく思えた。
そんな佐天涙子がふと通りの大時計を見上げると時刻はもう18:30になっていた。

「やばーっ!もうこんな時間!」

佐天涙子がそう叫んで立ち上がるのを見て上条は微笑むとゆっくり立ち上がった。

「どうやら、もう大丈夫みたいだな」
「えっ?」
「脚だよ。脚」

そして佐天涙子は改めて気付く。怖い目に遭って腰が抜けてしまった自分のために上条が
わざわざ付き合ってくれたこと、気分転換のためにジュースとクッキーをくれたこと、
そして自分が落ち着くまで話相手になってくれたことに。

「はい!もうすっかり元通りです。ご心配をお掛けしました」
「いいよ、別に。大した事じゃねえからさ。
 それより急がないと!初春さんが下宿で待ってるんだろ」
「あっ、そうでした。ではお先に失礼します」

佐天涙子はペコリと頭を下げると駆けだしていった。

「今度は気をつけて帰るんだぞ!」
「はぁ────い!わかりましたぁ────っ!」

上条の声に振り返ると佐天涙子は大きく右手を振って答えた。

8月2日18:45 初春飾利の下宿

「佐天さん。遅いじゃないですか!私もうお腹ペコペコです」
「ゴメンゴメン。ちょっと色々あってさ。ところでさあ、初春」
「なんですか?」
「この前会った上条さんって…………ちょっとカッコ良かったよね」
「え──っ!?佐天さんこの前はそんなこと言ってませんよ」
「えっ?そうだっけ!?」

8月2日23:10 佐天涙子の下宿

潜り込んだ布団の中で佐天涙子は今日あった出来事を思い出していた。

(ちょっと怖い目にも遭ったけど、今日は良い日だったかもね。
 明日も良いことがあるといいな。
 さあもう寝よっと。おやすみなさい……………………上条さん…………)

無意識のうちに呟いていた名前に気付いた瞬間、佐天涙子は布団の中で顔を真っ赤にする。
しかし次の瞬間、佐天涙子は赤かった顔を今度は真っ青にして跳び起きた。

(ひょっとして、あたし…………上条さんに一言もお礼を言ってないんじゃ…………
 ど、どうしよう?)」

続く

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最終更新:2010年03月26日 11:14