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東セクレアの軍事


対サマルパスタミネス教国

サマルの特徴。
中央集権的。主に農民を徴発することで大軍を組織できる。
戦いを長期化できない(農閑期にしか戦争できない)。兵站の整備が困難。練度が低い。装備は支給されるがあまり良いものではない。
なので、一部は常備軍として精鋭化している。
精鋭軍が国境に張りついている。しかしそれだけでは侵攻は非常に困難。フェルナの魔法力があれば侵入を捉えることは容易であるため、少数で忍び込んでの通商破壊戦も難しく手が出せない。
フェルナ側から見て最も怖いのは大軍に任せた強行渡河。これを防ぐためにサマルにおける農民の徴発については警戒している。また、イナムとの同盟で、サマルが不審な動きをした場合はイナムがサマルを海上封鎖することも考えられる。
現在のところフェルナ有利。しかしフェルナは人口が少なく、これ以上サマルの国土に侵攻することはまず不可能。
サマルはウィミカ王国をひそかに支援し、ウィミカからフェンティン方面へ侵攻させている。森と山岳であり、またウィミカが小国であるから侵攻も小規模であるが、フェンティンは防衛のためにそれなりの軍事資源を消費せざるを得なくなっている。

memo

東セクレアはかつてひとつの大きな帝国であった。
南は現在中央集権化している。しかし市民兵の常備軍はなく、状況はオットー大帝のころのドイツに似ている。軍と教権は牽制し合う。とはいえ、ほとんど帝=教皇なので、むしろ状況はオスマントルコのスルタン並か? そうすると牽制しあうのは教会内部同士ではないか? そのなかで軍事を担当している者と政治の中心とが対立する?
北は帝国分割から封建制へ移行した。帝座はユラノンが持ち、帝権は一応北全体におよぶことになっているが実質的な権勢は南方の山岳地帯にはおよばない。

帝国はどのように成立したか
東セクレアの地理的要因。山岳がちで拠点防御が楽で大軍の展開が困難(砂漠地方のような大遠征による短期間の統一はまず無理)。ローマのように時間をかけて大きくなったと考えうる。いったん帝国化すれば、外圧が薄いので長期間平和を享受できる。一方山岳がちであるため帝国内の統一を保つのは難しいこともある。南北に分裂しやすいため、南北を同時に統治しようと思えば中央フェンティン地方の掌握が必要。ここにいわゆる魔法ベルト地帯が存在することに注意する(魔法使い(オトヨミ?)は軍事力に多大な貢献がある。「魔法優勢」という状況がある。魔法使いがいないとロクに戦争もできない。とくに情報戦が重視される山岳戦では)。

集合離散の時期
長い平和をむさぼっていた時期
崩壊期

帝国はなぜ崩壊したか→南北対立が原因・魔法もきっと関わっている
もともと山岳がちな地形であり、容易に地区ごとに独立してしまう
帝国は内部にあまり兵を持たなかった(辺境防衛を確立させ、全体の兵負担を減らす、アウグストゥス以降のローマ帝国)。
南北対立のあとは通商破壊戦、および内部から発生した山賊騎士が跋扈し、小村単位で自主防衛・防壁の建設が促された。この過程で帝国の防衛に頼ることのできない地方に少しずつ封建制がうまれた。また北部からの侵入・西部からの侵入も少なからずあった(西部は山岳を越えたところに遊牧民がいる。遊牧民は西と東の珍しい品を交易することで生活必需品を得る(シルクロードのように)。東西交易がうまくいかない時期は遊牧民は毛皮程度しか交易に出せなくなり、生活必需品を得るために山岳を越えてファサ・タリア方面へ侵入することがある。ファサ・タリアにしても東西交易は生命線であり、場合によって山岳を越えて遊牧民の事情に介入せざるを得ないことがある。この流れで誕生したのがイファの遊牧民を主力とする騎馬弓兵隊である)。(北部は生産性の低い土地で、遊牧と酪農が主体となる。しかし銀鉱山と西方からの交易線があり、通商経済国家としての側面を持つ(北の地中海~黒海ラインが参考となる。帝国はついに天の山脈の騎馬兵を越えることができず、逆に騎馬兵は帝国をさんざん脅かした)。
南は成立過程で多数の盗賊騎士団を産み、その矛先を北方征伐へ誘導した。


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最終更新:2007年11月30日 23:25